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1.璃奈の記憶

 双子の転生者の妹であるアリナ・アイルは見知らぬ土地の見知らぬ建物の見知らぬ部屋に居た。姉の死に面して衝動的に魔族の力を使い、デビルロードである転生者レオラに魔族に寝返ったとみなされたからだ。レオラの能力でゲートを開き、魔導結界の外にアリナは連れて来られた。ただ、まだ信用が無いらしく、案内されたのは魔族連合の砦の一つだった。「この部屋でしばらく待っていてくれ」と言われ、外には見張りのデビルがいるのを知っている。いわゆる軟禁状態だった。

 今のアリナが本気を出せば砦の中の魔族など敵では無いが、見知らぬ土地でいきなり暴れる気も無かった。衣食住は実家の屋敷ほどでは無くても、学校の寮よりは豪華で、とりあえず生活するのに不満は無い。何よりアリナは何か自主的な行動を起こす気力など無かった。


(どうしてこんな事になったんだろう)


 時間だけは腐るほどあるので、アリナは過去の記憶を遡り、どこで失敗したのか考えてみる事にした。そして、一番最初の記憶、この世界に転生する前の事を久しぶりに思い出す。



 宮野璃奈みやのりなは常に人の顔色を伺うような子供だった。

 勿論最初はそんな子では無かった。幼い頃の璃奈はもっと純粋で、素直で、よく笑う活発な子供だった。美人の母親と優しい父親に囲まれ、自分の家族が世界で一番幸せだと思っていた。

 だが、それも璃奈が3歳を過ぎ、母親が職場復帰すると変わっていった。母の父へ対する態度は酷くなり、事あるごとに暴言を吐かれていた。璃奈にとって家は幸せの場では無くなり、父親はどんどんみすぼらしくなっていった。そして璃奈が小学校に上がる前に離婚の話が出たのだ。


 璃奈の父は楽器を弾き、作曲を得意とするミュージシャンだった。母は大企業の広報担当で、仕事で父と出会い、父の曲に惹かれて恋愛結婚したのだった。2人が目指す方向性が違う事に気付いたのは結婚後だった。

 母は上昇志向が強く、人脈も広く、妥協をしない女性だった。反対に父は自分のやりたい事をマイペースに進め、お金や名声に興味は薄かった。子供の育て方に対する考え方も大きく違い、母は父を無責任だとよく罵っていた。


 稼ぎは母の方が上で、住んでいる高級マンションも璃奈の母方の祖父母が買った物だと璃奈は知っていた。それでも璃奈は母より父の方が好きだった。離婚が決まり、璃奈に選択の時が来た。

 幼い璃奈に対して母はこう言った。


「好きな物も買ってあげるし、美味しい物を毎日食べられる生活がしたいならお母さんと一緒に暮らそう。じいじとばあばとだっていつでも会えるよ」


 一方父は寂しそうな顔で「璃奈の好きに決めていいよ」としか言わなかった。父親の実家は地方で、一度だけ遊びに行ったが、残っているのは祖父だけで楽しい思い出はそれほど無かった。


 結局選択肢は一つしか無かった。あの母に父と一緒に行きたいと言う事など不可能だった。当時の母の事は嫌いじゃ無かったし、璃奈に対しては優しかった。綺麗な服も着たかったし、欲しい玩具も買って貰いたかった。だから「ママと暮らす」という回答が出るのは当然だった。


 負けず嫌いな母を見て璃奈は育ち、常に母の顔色を伺うようになっていった。母に連れられ様々な大人を見て、母に怒られないように可愛く振る舞うようになった。そうすると母は褒めてくれて、欲しい物を買ってくれた。反対に我儘を言う事は少なくなり、璃奈は自然と大人しい子へと変わっていった。


 璃奈が小学校に入ると、母が買ってくれた少し派手な服は子供達の中で浮いていた。子供は異質なものに敏感で、璃奈をいじめの対象にするようになった。その理由には璃奈が大人しく自分の意見を言わない事も含まれていた。

 もちろん小学校低学年のいじめなのでそこまで酷いものでは無かった。だが、母親はそれをどこかから聞き付け、学校に文句を言いに行ってくれた。璃奈は母が助けてくれたのだと思った。

 だが、家に帰って母が璃奈に突き付けた言葉は違っていた。


「周りに見下されているからいじめられるのよ。もっと味方を作って、人の上に立つようになりなさい。璃奈はママの娘なんだから出来るわよね?学校は変えてあげるからもう一回やり直してみなさい」


 今の学校にも友達はいたが、幼い璃奈に反論など出来なかった。璃奈にとって学校のいじめよりも母が怖かった。母に父のように捨てられるのが怖かった。だから璃奈は自分を変えるしかないのだと思った。


「転校生の宮野璃奈さんです。皆さん仲良くしてあげて下さいね」


 家から少し離れた別の小学校に転校した璃奈は前の学校での失敗を繰り返さないよう努力した。明るく振る舞い、誰とでも仲良く接し、流行りを理解して話題を提供した。人を観察し、クラスの中心に居る女子と特に仲良くした。彼女の好みを理解し、話を合わせ、欲しがっていた物をあげた。彼女は璃奈の親友となり、璃奈は見事にクラスに打ち解ける事が出来た。

 クラスで影響力がある男子とも仲良くし、孤立した女子とも会話してあげた。先生の手伝いも進んで行い、クラスの模範となる生徒になった。勿論勉強も疎かにせず、身体の小ささから不利な体育以外は上位の成績を取った。


 璃奈は今度こそ上手く行ったと思っていた。しかし、平穏は続かなかった。クラスの女子の中で大人しい子へのいじめが始まったのだ。暴力や暴言などでは無く、仲間外れや無視などの陰湿ないじめだ。その子は可愛くて大人しい、以前の璃奈のような子だった。最初は璃奈はその子と自分を重ね、いじめを止めさせようとした。しかしいじめの首謀者が親友の子だったのもあり、どちらに付くのが正しいかは明白だった。璃奈は親友を失望させる事も、自分もいじめの対象になる事も無く、乗り切る事に決めた。


 しかし、更なる問題が起こった。いじめられた子が不登校になり、いじめが発覚したのだ。クラス全体の問題になり、先生から何があったか生徒個人の聞き取りが行われた。璃奈は親友の事は隠しつつ、女子全体としてどういういじめをしていたかを正直に話した。

 後日、璃奈は母親と一緒に再び先生に呼ばれた。先生が言うには璃奈が先導していじめを行ったという発言が複数の生徒から聞かれたという。今正直に謝れば大ごとにならずにいじめられた生徒も許してくれるという話になった。璃奈は母の前でどう答えていいか迷った。


「璃奈、ちゃんと謝れば許してくれるんだし、正直に謝りなさい」


 母は先生の言う事を信じていた。璃奈に出来る事は決まってしまった。


「ごめんなさい。もういじめはしません」


 璃奈は嘘をついていじめの主犯格になる事を選んだ。

 後日分かったのは璃奈をいじめの主犯格に仕立て上げたのが親友だと思っていた子だという事だった。璃奈も薄々感付いていたが、事実だと分かって深く傷付いた。そしてクラスでの立場も変わり、その子の子分Aの立ち位置に収まる事で何とかいじめられずに済んだ。そんな学生生活はクラス替えまで続いたのだった。


 小学校の高学年になり、璃奈の立ち回りは変っていた。ゲームやアニメ、音楽やアイドルなど、クラスの話題になるコンテンツを追い、どんな話にでも加われるようにした。色んな女子のグループと仲良くし、その上下関係を把握した。色んな女子の相談に乗り、その子が喜ぶ事を言ってあげた。必要以上に目立たず、1人の子とだけ特別仲良くならないようにした。そして、陰口に乗っかり、噂話を教えてあげた。自分がいじめられる側にならないよう、仲良くする子を次々と乗り換えた。

 璃奈のこの立ち回りは母親の人付き合いを見て覚えたものだった。璃奈は母のこういう部分が嫌いだったが、コミュニティでの立場を維持するのに役立つという事を理解してしまった。学校で失敗せず、母親からも見捨てられない為には必要なスキルだと分かってしまったのだ。


 璃奈は学校では気を使い、家に帰っても母親がいない事が多かった。祖母が母の代わりに面倒を見に来てくれる日もあったが、璃奈が手のかからない子に成長するに連れ、誰もいないマンションで過ごす時間が増えていった。そんな孤独な璃奈を救ったのはテレビゲームだった。母も祖父母も璃奈にプレゼントする事が多々あり、欲しい者は殆ど買って貰えた。最初はクラスの話題についていく為に始めたテレビゲームだったが、璃奈の反射神経と理解力に合っていて、どんなゲームでも上手くプレイする事が出来た。勉強は学校で真面目に授業を受けるだけでついていけたので、璃奈は他の子より多くゲームで遊ぶ時間があった。

 璃奈が特に好きなゲームはRPGやアクションRPGだった。RPGならレベルや装備でどんどん強くなれるし、アクションRPGなら自分の上達で強くなれる。ゲームの中では自分の思い通りに進める事が出来る。璃奈はゲームの中でだけ本当の自分を出して生きていた。ゲームの中の世界が璃奈の逃げ場だった。


 中学生になり、璃奈の母は仕事が軌道に乗って更に忙しくなっていた。マンションに誰かを連れて来る事も無くなり、マンションに帰らない日の方が多くなっていた。そして璃奈の教育については「成績はいいし璃奈のやりたいようにやればいいよ。高校を卒業したら私の知り合いの会社から好きなところを選べるしね」と完全に放棄していた。璃奈は今まで母が美人で仕事が出来て誇らしかったが成長するにつれて寄って来る男に女の顔で接する母を見るのが苦痛になっていた。


 璃奈の中学生活は小学生の頃より更に大変になっていた。成長するにつれ流行りが移り変わり、女子のグループははっきりと分かれるようになった。お洒落やファッションも重要になり、恋愛話も盛んになった。目立てば悪い噂が流れ、より陰湿ないじめが行われていた。スマホのメッセージが陰口の主戦場となり、そのやり取りに一喜一憂する事になった。

 璃奈が中学で一番思い知ったのがオタクなどの陰キャグループと遊び回る陽キャグループで大きく分かれた事だった。そこにはヒエラルキーがあり、一度落ちてしまうと元に戻るのは大変だと理解させられた。誰とでも仲良くすることに価値は無くなったのだ。


 璃奈の心は中学時代でほぼ崩壊していた。明るく、人付き合いのいい璃奈という仮想のキャラクターを学生生活で演じ、誰もいない家ではゲームでストレスを発散して精神を保っていた。璃奈は可愛く成長し、男子にモテたが、それが一番の問題だった。告白してきた男子を好きな子がいる事を璃奈は知っていて、断るしかなかったが、それでも女子から恨まれる事がしばしばあった。何よりも精神が大人びていた璃奈にとって中学生男子はただのガキにしか見えなかった。


 中学で色々あった璃奈が選んだ高校は女子校だった。恋愛話に辟易していたのと、中学からその高校へ行く生徒が少なかったのが志望理由だった。母親は「別にいいんじゃない?」と興味無さそうに同意してくれた。璃奈の成績なら簡単に入れる高校で、受験勉強もそこそこで合格する事が出来た。

 高校に入ると同時に髪を茶髪に染め、見た目もお洒落も口調もギャル寄りに変えた。高校が比較的自由な校風なのもあるが、ギャルっぽいキャラで行った方が人間関係が楽だと思えたからの変化だった。


 璃奈の高校生活の出だしは好調だった。背が低く可愛らしい璃奈は女子校では可愛がられ、趣味の話も周囲に合わせて話す事でクラスの中心のグループに溶け込む事が出来た。皆流行りに敏感になり、流行りの移り変わりはすさまじい速度で行われていた。ネットのインフルエンサーの子の発言力は強く、そのチェックは欠かせなかった。結局璃奈が振り回される毎日を送るのは高校生になっても変わらなかった。


 『綺麗な子だな』というのが璃奈が沢野巳那さわのみなの第一印象だった。高校一年生で同じクラスになり、背が高く黒髪の美人で運動神経もよかった。巳那にはクラスで人気者になる素質は沢山あったのだが、そうはならなかった。クラスでの巳那は陰気で、口数が少なく、1人で小説を読んでいることが多かった。巳那はクラスの集まりに参加する事は無く、オタク系の友達は出来たようだが、クラスの中では暗い子というイメージが定着してしまった。なので璃奈は巳那と関わる事は無いだろうなと思っていた。


 変化があったのは璃奈が漫画を読むようになった事だった。小中学校でも読んでないわけでは無かったが、のめり込むほどは読まなかった。クラスの話題についていく為に人気作だけ読むぐらいだった。

 だが、高校生になって、ネットの配信者がアニメや漫画の話題を出した事でギャルのグループでも読む者は多く、璃奈もその機会にがっつり漫画を読んでみる事にした。漫画にも流行り廃りがあり、話題になった漫画はアニメ化や映画化したりしていた。璃奈はネットで話題の漫画を読み漁る事で、漫画の質が話題性と釣り合ってないなと思うようになっていた。


「佳子が教えてくれた漫画、凄い流行ってんじゃん。あれ前から読んでんの凄くない?」


 ギャルグループの1人である奥田幸恵おくださちえが言う。璃奈達は学校帰りにファーストフードで数人でダラダラと雑談していた。


「ああ、あの漫画ね。あれ実は私が最初に見つけたんじゃないんだ。沢野が私が好きそうだって薦めてくれたのよ」


 答える高田佳子たかだよしこはオタク側のグループだが、ノリが軽いのでたまにギャルグループに混ざっていた。


「沢野ってあの、教室の端でいつも本読んでるヤツでしょ。何が楽しんだろ」


 ギャルグループの中心的人物である山田美海やまだみみが言う。美海は特にオタク系の趣味と反りが合わなかった。なので璃奈は美海の前ではそういう話題は避けていた。


「美海も漫画読んでみればいいのに。好きそうなのあるよ。今度沢野に美海が好きそうな漫画聞いてあげようか?」


「ちょっと、冗談でもよしてよ。オタクは嫌いなの」


 佳子に美海は心底嫌そうな顔をして返すのだった。その後はいつも通り他愛ない話をして解散していた。ただ、璃奈の頭の片隅に巳那の事が刻まれていた。



「ねえ、この漫画最初に面白いって広めたのあなたなの?」


 学校の休み時間に璃奈が巳那に話しかけたのは好奇心と、少しからかってやろうという相反する二つの気持ちからだった。たまたまよく喋る友人が皆教室におらず、巳那が教室の隅で1人で浮いていたのも大きい。璃奈は最近漫画にかなり詳しくなっていたので、巳那が流行りを追っているだけでは無く、本当に漫画に詳しいのか鎌をかけてみようと思っていた。


「そうだけど、どうかした?」


「本当にそうなんだ。

ねえ沢野ちゃん、他におススメの漫画とか無いの?」


 璃奈がなるべく人懐こさそうに巳那に質問する。すると巳那は好みの漫画が分からないと答えられないと逆に最近読んで面白かった漫画を聞いてきた。璃奈は相手に試されていると思い、なるべくマイナーで分かる人にしか分からない漫画を3つ答えてやった。しかし巳那の顔は渋く、反応は微妙だった。そして巳那はおすすめ漫画を述べてきたが、その漫画は確かに話題だが途中から展開が間延びしてると璃奈は思っていた。


「それは読んだよ。でも、面白いのは最初だけで、その後の展開は間延びしてるなって」


 璃奈はなるべく明るく返答したが、内心巳那に馬鹿にされているのではと思っていた。その後、再び巳那の口から出て来た漫画は確かに面白いがどれも読んだ事のある漫画だった。この時点で璃奈は巳那は確かに漫画には詳しいかもしれないが、どこにでもいるオタクと変わらない存在だと認識していた。なので適当に話を切り上げる事にした。


「何でもいいよ。とりあえず読んでみるから。

じゃあ、沢野ちゃんのお気に入りの漫画を教えてよ」


「私の?」


 彼女のお気に入りの漫画を聞いて、それで巳那との関係は終わりになる筈だった。しかし巳那は渋って何も教えてくれない。内心璃奈はイライラしていた。


「うん。ジャンルはどんなのでもいい。あたしは今新しい刺激を求めてるだけだから」


「刺激……」


 なかなか答えてくれない巳那はもしかしたら変態的な嗜好をしてるのでは、と璃奈は勘ぐった。そしてようやく巳那が口を開いた。


「昔の漫画で電子版が無いのだけどいい?」


「いいよ。タイトル教えてよ買ってみるから」


「買わなくていい。というか、多分もう売ってない。明日持ってくるから」


「貸してくれるの?ありがとう」


 璃奈は巳那がどんな変な漫画を持ってくるか少し楽しみになっていた。



「これ、読んでて合わなかったらすぐに返してくれていいから」


 翌日巳那は5冊の漫画が入った紙袋を璃奈に手渡してきた。璃奈は本当に持ってきたんだと思うと共に、新しい物との出会いに内心期待していた。


「分かった。わざわざありがとね」


 巳那は渡すとそそくさと去っていった。


「璃奈が沢野と話すなんて珍しい。何受け取っての?」


 璃奈が漫画をカバンに仕舞っていると、2人の共通の知り合いである佳子が話しかけて来た。


「ああ、昨日たまたま沢野ちゃんと話してさ、なんかおすすめの漫画があるからって貸してくれたんだ」


「へー、あの子そんな事するんだ。珍しい」


 佳子はそれだけ言うと去っていった。巳那が人に漫画を貸すのは珍しい事らしい。璃奈は少しだけ優越感を感じていた。



(何これ、キモチ悪い)


 これが璃奈が巳那から借りた漫画を家で読み始めた時の第一印象だった。表紙は確かに綺麗で洒落ていたが、登場人物は他の漫画のように美男美女では無かったからだ。どこか不気味な登場人物達が少しグロく怪我したり死んだりしていく。璃奈はここで読むのを止めようかとも思った。

 だが、話がこの先どうなっているのか気になってしまっていた。そしてページをめくり始めると、読むのが止まらなくなった。最初は不気味と思っていた登場人物達も緻密な描写で描かれ、彼らが実在する人物のように魅力的に見えてきた。グロい描写もインパクトを出す為だけでは無く、世界観を表現し、物語に緊迫感を出す為に必要なものだと分かった。

 璃奈は次の巻をどんどん読み進めていった。緊迫した展開に手に汗握り、予想外の展開に打ちのめされた。登場人物の死に涙ぐみ、最終巻の最後の主人公の言葉が胸に染みた。こんな凄い漫画が存在していたのだと璃奈は感動していた。


 ネットでその漫画の事を調べてみると、ファンがかなりいて、感想はみんな絶賛していた。それでもその漫画は掲載誌では打ち切りで終わり、最終回は単行本でほぼ書き直された事が分かった。確かに明かされてない謎が残っていたり、最終巻の展開で早足で進んでいるなと璃奈も思っていたので納得だった。そして、こんなに面白い漫画でも打ち切りになるのだなと少し悲しくなったのだった。


 漫画を借りた2日後の放課後に璃奈は巳那に漫画を返しつつ話しかけた。


「貸してくれた漫画凄い良かった。あんな漫画あるの知らなかった!」


「あれね、私が小学生の時に初めて自分のお小遣いで買った漫画なの」


「これを小学生で?」


「うん、表紙になんか惹かれて」


 璃奈は巳那の話を聞いて、小学生でこの漫画を見つけて読んでいた事に驚かされた。それは一種の才能だと璃奈は思った。だから璃奈は巳那から他の漫画も教えてもらいたくなっていた。巳那は璃奈におすすめの漫画を色々教えてくれた。

 巳那から借りたり教えてもらった漫画はどれも面白く、璃奈に新しい世界を見せてくれた。ゲームやアニメで感動した事はあったが、漫画にもこんなに凄いものがあるとは思っていなかった。

 ただ、クラスで直接話すのは他のクラスメイトに指摘されるので、2人はスマホのメッセージのやり取りで話すのが基本となった。メッセージ上では色々話してくれて巳那の印象は璃奈の中で大きく変わっていった。


《今度巳那の家に遊びに行っていい?》


 お互い名前で呼び合う仲になった璃奈はもっと巳那の事を知りたくなってしまった。そして璃奈は自分の中で課していたルールである『友人の家で友人と2人きりで会わない』というのを破ろうとしていた。このルールは中学の友人関係で色々問題があり、人の家に行く時は絶対に複数人でないと後で問題が起こりやすいという経験によるものだった。そもそも高校生になってから璃奈が自分の意志で他人の家に行こうと思った事は今まで無かった。


《いいけど面白いものなんて無いよ》

《毎回選んで漫画持ってくるの大変でしょ?》

《それは別に》

《ねえ、行っていい?》

《分かった、片付けとく》


 勇気を出してメッセージを送った璃奈は折れるわけにいかず、何とか巳那の家に行く事が決まった。

 巳那の家は璃奈と同じ電車の路線にあり、璃奈のマンションがある駅の方が4駅分学校に近かった。巳那に「集まるなら璃奈の家の方がいいんじゃない?」と言われた時、璃奈は「散らかってて人を呼べる状態じゃない」と言って断った。

 断った理由の半分は事実で母親は滅多に家を片付けず、璃奈も掃除があまり好きじゃないので祖母がたまに来るまでは散らかっているからだ。ただ、最近母親が片付けを始め、璃奈にも掃除しておいてと言っていた。恐らくまた仲良くなった男性が出来てそいつを家に呼びたいのだろう。


 巳那の家は駅から歩いて10分ぐらいの場所の住宅街にあり、一軒家で立派な家だった。巳那もそこそこお金持ちの家庭の子だとそれだけで分かる。家の中へ巳那が鍵を開けて入り、璃奈もそれに続いた。


「お邪魔します」


「今日は夜まで誰も帰って来ないから大丈夫」


「へー、良い家じゃん」


 家の中も立派で綺麗だとは思った。ただ、他に誰も帰って来てないのもあってか、どこか不気味な感じがした。


「私の部屋はこっちだから」


「うん」


 巳那は1階にある部屋を見せずに璃奈を2階の自分の部屋へ案内した。巳那はお菓子を取ってくると言って下へ降りて行ったので璃奈は部屋に1人残される形になった。巳那の部屋は6畳ぐらいの大きさで、よく片付いていて清潔で、璃奈の部屋と大きく違っていた。ベッドが部屋の大半を占め、あとは本棚とクローゼットがあるぐらいで物は圧倒的に少なかった。その代わり本棚は複数あって知らない漫画や小説が大量に並んでいた。流石に手に取るのは不味いと思い巳那がお菓子をもって戻って来るのを璃奈は待っていた。


「凄い、色んな漫画読んでるんだ!」


「今は電子書籍で買ったり読む事が増えたけど、好きな漫画は本で買ってる」


 巳那が戻って来たので璃奈は実際にどんな漫画があるか見させてもらう。本を手に取っても巳那は注意したりはしなかった。だが、巳那の大事な物だろうと思い、なるべく丁寧に手に取るように心掛ける。


「つまんない部屋でしょ?」


「そんな事無いよ。巳那らしい部屋だなって」


 巳那の部屋はテレビとゲームが一応あったが、ゲームでよく遊んでる感じでは無かった。彼女の興味は漫画や小説などの読書にあるのは本棚の丁寧な並びを見て良く分かった。巳那はオタクなんだろうけど、今まで見て来たオタクの子とはどこか違っていた。彼女は流行に囚われず、自分の好きな物を見つけているのだと。璃奈はそんな巳那がとても羨ましく感じた。

 その日は特に巳那との会話に盛り上がり、お互いの本心をさらけ出していた。璃奈は巳那になら本当の気持ちを話しても大丈夫だと信頼していた。


「私最初は璃奈は話題作好きのにわかなんじゃないかと思ってた」


「酷いなー。誰だって初めの頃はみんなにわかでしょ。あたしは好きになるのに浅いも深いも無いと思ってる」


 璃奈はそう言いつつも、巳那の鋭さに驚かされ、感心していた。


「そうなんだけど、私は頭が固いからどうしても」


「巳那はもっと気楽に考えるようになるといいよ」


 実際巳那が今の雰囲気で周りに溶け込めたら人気者になれるだろうな、と璃奈は思っていた。


「ねえ、あたし達ってこんなに気が合ったんだね。名前の語感も似てるし、もしかして前世で双子だったんじゃない?」


 璃奈は完全に気を許していて、そうだったらいいのにな、という気持ちで喋っていた。


「でも、見た目も性格も似てないよ」


「あたしが言ってるのは魂の部分が似てるって事」


「璃奈はそういうオカルト信じてるの?」


「ぜんぜん。でも、なんか巳那といると安心するんだよね」


 璃奈の言葉は本心だった。他の子と居る時は気軽に喋っていても、どこかで口を滑らせていないかいつも気にしていた。そして誰かが悪口や人間関係について喋っていないか警戒していた。何となく言った事が今はすぐにメッセージで広まり、謝って回るのに苦労する。みんなが相互監視していて、上げ足取りをしようとしている。そんな事と無縁な巳那との関係は本当に心地よかった。


 巳那と漫画の趣味が合う事が分かり、漫画を借りる代わりに今度は璃奈がゲームを貸す事にした。ゲームに関しては璃奈にもこだわりがあり、巳那は璃奈の話を熱心に聞いてくれた。貸したゲームはちゃんとプレイしてくれて、感想も言ってくれた。璃奈がオタクと思われると困るから出来なかった事がようやく出来るようになった。璃奈にとって巳那は唯一の親友となっていた。


 巳那とのやり取りを始めてから数ヶ月が経ち、2人の関係は上手く続いていた。今までの友人との関係やクラスでのやり取りはなるべく変えず、璃奈は巳那と友人関係である事を上手く隠し通せていた。ただ、どうしても他の友人よりも巳那と会う事を優先し、「家の用事があるから」と断る事が増えてしまっていた。


 その日も璃奈は放課後に巳那と会い、長話になってマンションに帰るのが少し遅くなってしまっていた。ただ、門限は無く、殆ど母親がいないので問題は無かった。が、マンションの前に高級車が止まっていて、そこで男女が抱き合っているのに気付く。女性は璃奈の母親だった。璃奈の母はその男性と長時間抱き合い、長い口づけをしていた。璃奈はその男性をよく知っていた。


「じゃあ、また今度」


「気を付けて帰ってね」


 男性が車で去り、母親がマンションに入ってから少し時間をかけて璃奈もマンションの部屋に帰る。


「璃奈お帰り。遅かったじゃない」


「ママ、ただいま。今日は友達とちょっと盛り上がっちゃって。それよりママがこの時間に帰って来てるのは珍しいね」


 璃奈の母は部屋着に着替えてくつろいでいたが、どこか綺麗に着飾った跡が残っていた。璃奈は女の顔をしている母が嫌いだった。


「そうだ璃奈、ちょっと話があるんだけど」


 璃奈は聞きたくなかった。だが、逆らえなかった。


「なあに、ママ」


「昔うちに来た事ある映画のプロデューサーの人知ってるでしょ。ママね、あの人と再婚しようと思ってるんだ」


 璃奈の母は先ほど会った中年の小太りした男性の事を話す。璃奈はその男の事を忘れた事は無かった。璃奈が中学の頃にその男は何度もマンションに押しかけて来ていた。その男は既婚者で璃奈の母と不倫していたのだ。それだけなら過去に数度あった事なので璃奈もそこまで気にしなかった。

 璃奈がその男の事を忘れなかったのは璃奈の事をいやらしい視線で舐めまわすように見て、璃奈がいない時に璃奈の部屋に勝手に入った事だった。ちゃんとした証拠があるわけでは無いが、実際タンスが少し空いていて、下着が無くなった事があった。思春期だった璃奈にはショックが大きく、一度下着を全部捨てて買い直したりもしたのだ。

 その後その男と母は別れ、璃奈は安心した。だが、そいつは再び現れたのだ。


「ママ、その人と前に別れたんじゃなかったっけ?」


「うん、そんな事もあったけど、あの人離婚して、今度は本気でママと付き合いたいって。お金持ちだし、豪邸もあるし、芸能界でも顔が広いの。璃奈が興味があれば芸能デビューも考えてくれるって言ってるわよ。

どう?凄い良い話じゃない?」


 璃奈はその男の目的が母の仕事関係と、自分なのではないかと想像出来た。だから、そんな話は断りたかった。


「あたしはどっちでもいい。ママの好きに決めていいよ」


「璃奈ならそう言ってくれるって思ってた。今度3人で食事がしたいって言ってたから、予定が決まったらその日は空けてね。そうだ、今度服を一緒に買いに行きましょう」


 璃奈の母親にとって、璃奈は自分の付属物なのだろう。璃奈は再婚よりも早く学校を卒業し、自立出来ればと願っていた。


 翌日、璃奈は昨日の出来事があって気分は最悪だった。それでも学校にはちゃんと行き、放課後、出来れば巳那と会って話したいと思っていた。

 午後の授業が終わった休み時間、友人の美海が話しかけて来た。話の内容はいつもと同じ大した事では無く、璃奈は一応興味がある振りをして適当に返答していた。話はダラダラと引き延ばされ、早く終わらないかなと璃奈は上の空で聞いていた。すると美海が一瞬周りを見渡し、話を止めて別の話をし始めた。


「ねえ、璃奈さあ、最近付き合い悪く無い?」


 美海は粘っこい声でそんな事を言ってきた。璃奈としてはなるべく不満が出ないよう、事あるごとに一緒に帰ったりして付き合いは継続しているつもりだった。


「そんな事無いよー。この間も一緒にカラオケ行ったじゃん」


「でも、買い物誘った時はダメだったよね」


「あの日は用事があって」


 確かにその日は巳那と約束していて断った。だが、みんな同じぐらい自分の用事を優先して断る事だってあった。璃奈は何がそんなに不満なのだろうとイライラしていた。


「ねえ、最近沢野さんと仲良いんでしょ?この間幸恵が一緒にいるの見たって」


 ここに来て美海が何を気にしているかを璃奈は理解する。幸恵は確かに璃奈達と同じ電車で通学していた。巳那と遊ぶ時は他のクラスメイトに会わないよう気を付けていたつもりだが、どこかで幸恵に見られていたようだ。璃奈は何とか誤魔化そうとしてみる。


「別に、沢野さんとはたまたま好きな漫画が一緒で」


「えー、あのオタクと?」


 美海はわざと大きな声で言う。璃奈をオタクに認定しようとしているのだろう。ここでレッテルを貼られると中学の時と同じ失敗をする事になってしまう。璃奈は必死に否定した。


「別に凄い仲が良いってわけじゃないよー」


「そうだよね、そんな理由で誘い断ったりしないよねー」


 美海が何を言って欲しいのかを璃奈は理解していた。ただ、いつもの璃奈ならもっと周りが見えていたかもしれない。しかし今日の璃奈は昨日の事で頭が回っておらず、急な問答でそこまで気が回らなかった。だから、思い浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった。


「うんうん、そう。ちょっとからかって話合わせてただけだよ」


「良かったー。

ねえ、沢野さん、璃奈はもう一緒に遊ばないって」


 美海が大きな声で後ろの誰かに向けて言う。璃奈が振り返るとそこには席に座っている巳那の顔があった。(しまった)と思った時には既に遅かった。


「うん、分かった」


 巳那はその言葉を残して教室を出て行った。巳那の顔には涙が浮かんでいた。


「美海、お前わざと沢野さんの前でこの話をしたでしょ」


「そんな事無いよ。たまたまだよ。それに、今のが璃奈の本音じゃないの?沢野さんと付き合ってたらクラスから浮いちゃうし丁度良かったじゃん」


 美海は悪びれもせずに言う。佳子も近くで笑っていて、全てが仕組まれた会話だったことを璃奈は理解した。

 巳那は帰ってしまったようで、ホームルームにも表れなかった。


 璃奈は学校が終わると真っ直ぐに家に帰り、その道中に何度も巳那にメッセージを送った。


《あの言葉は本音じゃない 話を合わせる為にしょうがなかったんだ》


《ほんとゴメン 直接会って話したいけどダメかな?》


《ねえ、ちゃんとあたしの話聞いてよ 電話かけてもいい?》


《分かった もうあいつらとは友達止める あたしが一緒にいて楽しいのは璃奈だけだから》


《この間借りた漫画返しに行ったらダメ?》


 何度メッセージを送っても読んでもらえず、返事は返って来なかった。自分の部屋に戻った璃奈は部屋にあったぬいぐるみを壁に投げつける。八つ当たりしても勿論気分は晴れなかった。


「あたしはなんてバカなんだろ……」


 物が散らかった自分の部屋で璃奈は崩れ落ちる。巳那は許してくれないかもしれない。もし巳那と友達じゃなくなって、美海達と遊んだとしても、とても楽しめる気がしなかった。璃奈は巳那との時間がどれだけ大切なものだったかを改めて認識していた。


“ピコンッ”


 スマホからメッセージの受信音が鳴った。


「巳那!?」


 璃奈は急いでスマホを開く。しかしそこに表示されていたのは巳那の名前では無かった。


《昨日話した3人での食事だけど、今度の土曜になりそうなの。璃奈は大丈夫だよね?》


 それは母からの再婚予定の男性との食事の連絡だった。璃奈は2重のショックでスマホを投げそうになったが、耐えて母親に返信する。


《うん、大丈夫だよ》

《よかった。買い物に行く時間は無さそうだから、一番可愛い服装で行こうね。》


 璃奈はこの時ほど母を嫌いになった事は無かった。


 翌日、直接巳那に謝ろうと璃奈はいつもよりも早い電車で登校した。巳那がいつも乗っている電車の筈だが、電車に巳那は見当たらず、教室に入っても巳那は登校していなかった。そして朝のホームルームの時間になっても巳那は登校しなかった。

 朝のホームルームが始まり、担任が暗い顔でこう言った。


「今日はとても残念なお知らせがあります。昨晩、沢野巳那さんが事故でお亡くなりになりました」


 その言葉を聞いて、璃奈の頭は真っ白になった。(なんで?どうして?巳那が死んだ!?)担任が続けて何か言っていたが、言葉が通り抜けて行き、話は璃奈の頭に入って来なかった。

 ホームルームが終わると青ざめた顔の璃奈の元に美海と幸恵と佳子がやって来た。


「璃奈、危なかったね。もし自殺だったらいじめの調査とかされて大変だったよ、きっと。あたし達大した事してないのにさ」


 美海がテストで赤点を取ったぐらいの調子で言ってくる。


「美海はまだいいよ。私なんか一応友達扱いされるし、恨み言でも書かれてたらと思うとゾッとするよ」


 佳子も自分の心配しかしていなかった。


「でも死んじゃったのは少し可哀想だよね。顔は良かったし」


 幸恵もネットのニュースぐらいの感想で巳那の死を捉えていた。璃奈は昨日の事があっても、そんな態度の3人を心底軽蔑していた。璃奈の怒りは沸騰した。


「昨日あんな事しておいて、何だよその言い方は!!クラスメイトが死んだんだよ!!」


「ちょっと璃奈、落ち着きなよ」


 美海も璃奈の剣幕に驚き、宥めようとする。


「お前らみんなブスなんだよ。お前らが死ねばよかったんだ!!」


「流石にそれは酷いよ!!」


 幸恵が璃奈の言葉に言い返す。


「お前らとの仲良しごっこはここまでだよ。じゃあね!!」


 璃奈はそう言ってカバンも持たずに教室を出て行った。


「ちょっと璃奈!!」


 誰かが璃奈を呼んだが璃奈は振り返らなかった。璃奈はそのまま校門を出て、電車に乗った。スマホに友人からメッセージや電話が来たのでスマホの電源も落とした。璃奈は本当に全てがどうでもよくなっていた。気が付くと璃奈は巳那の家がある駅で降りていた。

 璃奈は巳那が生きているなどとは思っていなかったが、それでも足は巳那の家に向かっていた。家の周りにはパトカーが止まっていて、璃奈の希望は即座に打ち砕かれた。


「あら、あなた巳那ちゃんと同じ制服ね。もしかしてお友達?」


 とりあえず巳那の家の前まで来ると噂好きそうなおばさんが璃奈に話しかけて来た。他にも野次馬と思われる近所の人が数人集まっていた。


「えーと、はい」


「巳那ちゃん可哀想だったわね。なんか、運悪く事故死したみたいで、念の為警察が他殺じゃないか確認してるみたいね」


 おばさんは情報源が怪しいと思われるような話を説明してくれる。その時“ガシャーンッ!!”とガラスが割れる音が巳那の家の方から聞え、続いて女性が叫ぶ声が薄っすら聞こえた。


「巳那ちゃんのお母さん荒れてるわねえ。夫婦仲が悪くて離婚秒読みだったみたいね。息子も出て行って、巳那ちゃんも亡くなって、ほんと大変よねえ」


 璃奈はこれ以上話を聞くのに堪えられず、おばさんにお辞儀だけしてその場を去ったのだった。


 近くの公園でジュースを買って飲みながら璃奈は巳那の事を考えていた。


(巳那の家庭環境なんて聞いた事も無かったし、相談された事も無かった。逆にあたしだって巳那に家の事を話さなかった。あたし達って本当に親友だったのかな)


 結局璃奈は巳那に信用されていなかったのではという結論に辿り着いてしまった。だが、璃奈にとって巳那は必要だった。もっと自分の事を話しておくべきだった。今更後悔してもどうしようもなかった。


(終わりにしよう)


 璃奈は決意して自分のマンションへ向かった。璃奈は本当は全てをぶち壊したかった。関係を崩した友達を殴ってやりたかった。母親に正面から文句を言いたかった。でも、そんな事をしても意味が無いと分かっていた。今のこの世界にはなんの価値も無かった。


(なるべく綺麗に死にたいな)


 璃奈はそう思って色々考えたが、いい方法は思い付かなかった。コンロのガス栓を外して窒息死するのが楽かと思ったが、今のマンションはそういった事故に対応出来ていて、死ぬ前に発見される可能性が高かった。飛び降りたり、飛び込んだりすると他の人に迷惑がかかるし、迷惑をかけるなら母親だけにしたかった。


(多分どれかが原因で死ぬだろうな)


 璃奈はまず家にある薬を種類を問わず大量に飲んだ。そして母親のお酒を気持ち悪くなるまで飲んだ。最後に風呂場に入り、換気扇を塞いでバーベキュー用の炭を金属バケツに入れて燃やし続けた。風呂場は煙だらけになり、意識は朦朧とし、アルコールが回って世界が回った。


『神様、もし生まれ変わる事が出来たら、巳那と一緒に居られるようにして下さい』


 璃奈は最後の願いを祈りつつ意識を失った。璃奈の死体が母親に発見されたのは翌日の深夜だった。



「あなたの思うように生きなさい」


 璃奈は光の中で美しい女性の声を聞いた気がした。

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