45.おわり
ホムラからもらった飴玉も綺麗に消え去り、それでもなおスミナの体力と魔力は限界に来ていた。魔導具の灯りでスミナは周囲を照らしてみる。周囲の空間は異界化した世界が黒い物質に塗り固められたようで、どこにも出口は見つからない。
『エル、大丈夫?』
『マスターご無事でしたか。ワタシは大丈夫ですが、周囲の壁を破壊するのに少々手間取っています。もう少しお待ち下さい』
魔宝石のエルと魔法の会話で連絡を取り、エルの無事が確認出来た。スミナも魔導具のベルトから自分の魔力を使わずに壁を破壊出来る掘削用の魔導具を取り出し、それでエルがいる方向へと掘り進んで行く。
「エル!!」
「マスター!!」
数分後、お互いが掘っていた穴が繋がり、スミナとエルは抱き合う。
「マスター、すみません。魔力がほぼ尽きていましてマスターに魔力を受け渡す事が出来ません」
「いいんだよ、エル。エルが無事でいてくれただけで嬉しい」
「あと、移動するにはこの姿のままだと大変なので姿を変えます」
エルはそう言うと想像の猫の姿に変形した。
「その方が魔力を使わないんだ」
「はい。小動物の姿は効率的なんです」
久しぶりに猫の姿になったエルを見てスミナの心が和む。もしかしたらエルはそこまで考えて気を利かせてくれたのかもしれない。スミナはアリナが近付いて来ている反応を感じていて、アリナの無事も確認出来ていた。魔導具の携帯電話でアスイに連絡してみたが、この空間では通じなかった。スミナは残りのみんなも無事でいてくれればと祈る。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
エルが開けた穴を戻って更にアリナが居る方へと掘り進んで行こうとしたところ、アリナが急速度で穴を掘ってスミナと合流した。アリナもスミナに抱き付いてくる。
「わたしは大丈夫だよ。アリナこそ大丈夫だった?」
「問題無し。それより怪我してない?痛いところない?」
アリナがスミナの身体を見て回る。
「うん、見たところ大丈夫だね」
「アリナは心配し過ぎなんだって。それよりガリサは?」
スミナの問いかけにアリナは悲しそうな顔で首を振る。アリナが直接倒したのか封印によって消えたのかを聞く事は出来なかった。
「これ、ガリサの形見だよ」
アリナはそう言ってガリサの眼鏡を取り出してスミナに渡そうとする。
「それはアリナが持っていて。わたしが持ったら記憶を見てしまうかもしれないから」
「分かった、これはあたしが大事に持ってる」
アリナはガリサの眼鏡を布に包んで腰のカバンに仕舞った。
「でもお姉ちゃんは本当に凄いよね。あの異界災害を封印出来たんだから」
「そうです、マスターは凄いです」
「そんな事無いよ。たまたまわたしの祝福が封印兵器と噛み合っただけだよ。みんなの協力が無ければここまで来れなかったし、ホムラの飴玉があったからこうして今も生きてる。
帰ったらホムラにお礼を言わないとね」
「そうだね、流石に今回はホムラの協力無しじゃムリだったかも」
アリナが珍しくホムラを認める発言をした。
「アスイさん達も無事だといいんだけど」
「アスイ先輩なら問題無いでしょ。あたしなんかよりずっとしぶといよ、あの人」
アリナは少し悔しそうに言う。スミナと同じくアリナもアスイとの実力差を実感しているのだろう。
「こっちの通路を壊して進んだ方が直接穴を開けるよりいいと思う」
アリナはガリサがいた部屋辺りまで戻ると来る時に見たのと似たような通路を歩き出す。これが以前から地下にあった遺跡の通路で、異界災害を封印した結果、一部だけ元に戻ったのだろう。アリナも魔力の消費は激しい筈だが、スミナに負担をかけまいと通路の塞がれた部分を武器の魔導具と祝福の力を合わせて穴を開けていく。
「ミアン!!」
スミナはアリナが開通した穴の向こうの開けた空間にミアンが倒れているのを見かけて走り出す。封印兵器は邪魔にならないように一旦魔導具のベルトに収納し、倒れているミアンを抱き起した。
「スミナさん……。封印出来たのですねぇ。それに無事で何よりです……」
ミアンは意識を取り戻し、笑顔で言う。服はボロボロだが五体満足のようだ。
「お姉ちゃん、あたしが回復する」
スミナはミアンに簡単な回復魔法をかける。するとミアンも少しだけ回復したのか、自ら身体を起こして立ち上がった。
「アリナさん、ありがとうございます。本当はお2人を助けなければいけないのに助けられてしまいましたねぇ」
「そんな事無いよ。ミアンが偽物に気付かなければわたしも危なかった。他のみんなも含めて、みんなの力があったからわたしは封印が上手く行ったんだよ」
「それが叶ったのはスミナさんの今までの積み重ねのおかげだとミアンは思います。今回のご恩は今後身をもってスミナさんにお返しします」
ミアンはスミナに頭を下げた。
「分かった。ミアン、今後何かあったら手助けしてね」
「はい、勿論です」
スミナはミアンが聖女として封印出来なかった事を悔やんでいると思い、それが少しでも軽くなればと願っていた。スミナ達は一旦休憩して少し回復してから再び掘り進む事に決める。
「スミナさん!!他の皆さんも無事だったようね」
休憩して5分もしないうちにアスイがスミナ達がいた広間にやって来た。後ろには元気そうなルジイの姿もある。アリナのように上の広間から障害物を破壊しながら通路を降りて来たのだろう。
「お2人も無事なようで何よりです。地上の方はどうなってるんでしょうか?」
「私達も下に向かって来たのでまだ地上の様子は分からないの。
スミナさん、封印をしてくれて本当にありがとう」
「いえ、わたしは出来る事をしただけです。皆さんの協力が無ければ無理でした」
スミナは本当にみんなに助けられたと実感していた。
「スミナさん、魔力が殆ど枯渇してますよね。僕の魔力で良ければ少し分けてあげられますよ」
「ルジイさん本当?確かにこのままだと少し厳しいからお言葉に甘えさせてもらおうかな」
ルジイはアスイと共に戦っていたので、それでもまだ魔力が残っているのは流石としか言いようが無かった。
「僕に出来るのはこれぐらいなので。アスイさんの戦いには邪魔にならないよう少ししか手伝えなかったですし」
「いえ、十分助けられたわよ」
アスイがこうして元気なのはルジイのおかげかもしれない。ルジイは座っているスミナに近付き、魔力を分け与えようと手をかざした。スミナは素直にルジイから魔力を貰おうとする。
「お姉ちゃん逃げて!!」
アリナが叫び、スミナは何が起きたのか分からぬまま、とにかく起き上がって後ろに飛んだ。スミナが居た場所のルジイを見ると、その手には銀色の銃の形をした神機ライガが握られていた。
「いつの間に。
ルジイさん、なんでそれを?」
「させません!!」
スミナが質問するのと同時に何かを察したアスイが動いていた。アスイは全速力でライガを奪い返そうとする。しかし、アスイの身体は途中で止まってしまった。床と天井から黒い物体が伸びてその身体を捕らえたのだ。アスイはそれを振り払おうとした。
「神機解放」
アスイが自由になるよりも早くルジイはライガを変形させ、激しい閃光を放った。閃光はアスイに直撃し、アスイの身体は崩壊していく。ついにアスイの姿は消え、背後の壁には巨大な穴が空いたのだった。
「アスイさんっ!!」
あまりにあっけなく、一瞬のうちにアスイが死んだ事にスミナは感情が追い付かない。
「アスイの行動予測の能力がとても厄介だった。どんな攻撃も避けるか防がれてしまう。
だが行動予測にも弱点があった。こちらの攻撃に気付いたら止めに動くしかない。そして、その途中にある罠には気付けない。そして神機の攻撃なら避けられず、防ぐ事も出来ない。まあ異界災害との戦闘で疲弊して無ければこうも上手くは行かなかっただろうがな。
異界の化け物はアスイを疲弊させると共に弱点の研究をするのに打って付けだった。異界災害も意外と役に立つものだ」
ルジイはいつもの声でいつもとは違う口調で話だした。顔つきも今まで見た事の無い邪悪な笑みを湛えている。
「妹の方、動くなよ。動いたら姉が死ぬぞ。
ここにはしばらく誰も辿り着けないだろうし、楽しく談笑しようじゃないか」
ルジイは飛び出そうとしたアリナを神機でけん制する。
「ルジイさん、なんでこんな事するんですか?一緒に戦って来たじゃないですか」
「スミナさん、それはルジイさんではありません」
「うーん、半分正解で、半分不正解かな。僕はルジイでもあるんだよ。じゃなきゃ、神機は使えない。グユのヤツは神機を使える振りをしたけど、本来魔神は神機を使えないんだ」
「誰だ、オマエ」
アリナがルジイを怒りの目で睨む。
「そんなに急かさなくても正体を見せてやるよ。スミナ、お前に一度殺された魔神のドヅだ」
喋りながらルジイの声が変わっていく。ルジイのライガと一体化している右腕以外が溶けるように変形していき、黒と青の混ざった金属のような巨体に変わっていった。その頭部には戦国武将の兜の飾りのようなものが生えていて、その姿がかつて戦った魔神ドヅだと分かる。
「どうして……。あの時確かに倒したのに……」
「ああ、俺の完敗だったよ。小娘と思い油断し過ぎた。だが、俺はあの戦いの最中に身体の一部を砕かれた。砕かれた破片は消滅させずに残ったんだよ。魔神は身体が少しでも残っていれば生き残る事が出来る。ただ、細かい破片だったので再生にとても時間がかかったよ。再生までの長い時間、俺はどうやって復讐するかずっと考えていた」
ドヅの説明を聞いて、スミナはドヅを倒した瞬間、神機の負荷で倒れてしまい、破片の確認までしていなかったのを思い出す。エルもボロボロでオルトも疲労の中スミナを運ぶので精一杯だった筈だ。あの時アリナがいればドヅの意識が残っているのに気付けたかもしれない。
「運良く俺はお前らの学校に通う人間と同化し、その中で再生しつつお前らを観察する事が出来た。
複数の転生者に神機の力、そして竜神まで現れたのには流石に驚かされたぞ。転生者が災いを呼び込むというのは本当らしいな。
最初は俺を倒したスミナが1人の所を狙おうかとも考えた。だが、お前の近くには神機を持った魔宝石がおり、隙を突くのも難しかった。それにお前を殺すだけでは気が済まないとも思った。だから転生者3人とその仲間は皆殺しにする計画を考えたのだ」
「それが弱ってるところを不意打ちで倒す計画?魔神なんて大層な呼び方だから以前よりパワーアップして戦うのかと思ったら、勝てないからズルするみたいな戦い方じゃカッコ悪過ぎない?」
アリナが挑発する。アリナは少しでも敵を油断させ、時間稼ぎをしてくれているのだろう。スミナはドヅから目を離さず、今の危機から抜け出す方法を必死に考える。
「そんな言葉で俺が取り乱すとでも思ったか?魔神は戦う事は好きだが、負ける事は大嫌いなんだ。今の時代で何人か人間如きに負けた魔神どもが居るが、奴らはただの馬鹿だよ」
「一度お姉ちゃんに負けた癖によく言うよ。自爆してまで引き分けに持ち込もうとした砂漠の魔神の方がまだマシだね」
「いつからルジイさんと同化していたのですか?私もアリナさんの能力も魔神の存在に気付けませんでした」
ミアンもアリナと同様に質問して時間稼ぎをしてくれる。スミナは何とか状況を分析する。
一番頼りになるだろうアスイはもういない。エルの魔力も尽き、ミアンも多少の魔法は使えても戦う事は出来ないだろう。アリナは少し魔力は残っているが、1人でドヅと戦うのは厳しい。スミナも身体は何とか動くが魔力がほぼ無く、ベルトから出した魔導具を使うぐらいしか出来ない。他に考えられるのはオルトなどの外の人が助けに来てくれる事だが、深さを考えるとまだ時間はかかるだろう。
一番の問題はドヅが神機ライガを使える事だ。魔神の魔力は人間とは比にならないのでアスイを撃った威力でも何発も撃てる。まともにライガの射撃を防げる者などホムラか同じ神機を着た者ぐらいだろう。飴玉も魔力も無いスミナに神機グレンを使う事はもう出来ない。
「魔術師のガキの身体に入ったのは休みが明ける少し前だ。気配を消して同化し、意識も最初はルジイのままにしたのだから気付く事は出来んさ。周囲の人間どもから少し変わったかと言われはしたが、休みの間に成長したと考えれば疑われる事も無かったな。
お前らはルジイを仲間と信頼して手の内を全て話してくれた。そして神機という便利な道具もわざわざ持って来てくれた。本当はもう一つの神機も奪えればよかったが、まあお前は使えないだろうし問題無いな」
「まさか魔族の手引きをしたり、トミヤさんやガリサに情報を伝えたのはあなたなの?」
「とんでもない。俺はそれらには何の関与もしてないぞ。そんなリスクを冒す必要も無く人間は勝手に破滅したんだよ。魔族などという下らない連中はそもそも眼中にも無い」
ドヅの言葉を聞いてスミナは複雑な気持ちになる。ドヅが諸悪の根源だった方がまだ救いがあると思ってしまったのだ。
「もう聞きたい事は聞けたか?時間稼ぎしている間にいい案は浮かんだか?」
ドヅはこちらの意図も理解していたようだ。スミナはどうやってもドヅを倒す方法が思いつかない。ライガさえ奪われていなければまだ方法はあったかもしれない。
「アンタ、仮にも魔神でしょ?弱い者いじめして勝っても嬉しく無いんじゃない?神機を使わずにあたしと戦ってくれてもよくない?」
「お前と普通に戦えと?まあ全員相手でも負ける気はしないが、再生した身体慣らしには丁度いいかもしれんな。
いいだろう、神機を使わずにお前は殺してやる」
「アリナ!」
「大丈夫、任せてよ」
アリナは魔力をかなり消費していて、異界災害に長時間居たので疲労も溜まっている筈。いくらアリナが強くなったとしても以前戦ったドヅの強さを考えるとアリナ1人では倒せない。それでもアリナが戦いを挑む意図がスミナには分かっていた。
(アリナは時間を稼いで自分を逃がそうとしてるんだ)
魔法は使えなくても魔導具を駆使すればスミナはこの場を逃げる事は出来る。勿論ドヅが追って来ない事が前提だが。だが、逃げたとしてもアリナが倒されればそれで終わりではないのか。そしてスミナに逃げるつもりは無かった。
ドヅは神機を解除し、自分の身体の中に仕舞い込む。そして拳で戦うスタイルでアリナに向き合った。
「少しは楽しませろよ」
ドヅはそう言うと同時に物凄い速度でアリナに殴りかかる。アリナはそれを魔力で作った複数の物体化した壁で減速させ避けた。アリナの危険察知の能力をもってしても純粋に避けるのが難しい速度だという事だ。ドヅは壁など気にもせず連続して殴り、蹴るを繰り返す。アリナはそれらをギリギリで避けるのが精一杯で反撃出来なかった。
『マスター、ワタシも戦いに加わりますのでその間に逃げて下さい』
エルが魔法の通話でスミナに伝える。しかしエルに魔力は残っておらず、動くのがやっとの筈だ。捨て身でアリナの援護に回ろうというのだ。
『ちょっと待って、わたしにもやってみたい事があるから』
『分かりました。無茶しないで下さい』
『分かってるよ』
スミナはエルに伝える。もうこれ以上誰も殺させはしない。その為に出来る事がまだあるとスミナは必死に考えて最後の望みに賭ける事にした。
アリナは徐々にドヅの攻撃が当たり始め、傷が増えている。反撃の機会を伺っているが、ドヅは隙を見せないのだ。ドヅの身体能力は以前スミナが戦った時より増していて、ルジイだけでなく別の力も取り込んでいるのかもしれない。
「所詮そんなものか。姉やオルトの方がまだ歯応えがあったな」
「うるさい!!」
アリナはそう言って避けながら準備していた罠を発動させる。先ほどドヅが砕いた魔力の壁が刃に変わり、背後からドヅを貫いたのだ。そしてそれと同時に魔導具の武器を剣の形にして、ドヅの首を刎ねようとした。
「やはり考えが甘いな。この程度の攻撃など……」
魔導具の剣を手で掴んだドヅは油断していた。しかしアリナはあっさり剣を手放し、ドヅの前から姿を消していた。
「アリナ!!」
「うん!!」
アリナはスミナの所に移動していて、スミナが取り出したレーヴァテインを2人で握った。
「お前ら何を!?」
ドヅは急いで動こうとするが、いつの間にかドヅの足元に魔導具で強力な封印がなされていてすぐには動けない。それに加えて目くらましの煙や身体を縛る糸などもドヅに絡みつく。2人が戦っている隙を見てスミナが複数の魔導具を発動させていたのだ。ドヅが全ての罠を排除するほんの数秒、その時間があれば十分だった。
アリナがスミナの身体を支えて、魔法で2人の身体を加速させる。そしてレーヴァテインに魔力を注ぎ、威力を増した。スミナの剣術とアリナの魔力が一体となり、強力な攻撃へと変化する。
「これでっ!!」
「トドメっ!!」
スミナが叫んでドヅの頭からレーヴァテインを振り下ろした。2人で構えた魔導具の剣の刃は魔神の身体を真っ二つに切断していた。
「やったよ、お姉ちゃん!!」
「アリナが気付いてくれたからだよ」
双子は勝利を喜び合う。ドヅの身体はレーヴァテインの魔力を受けて消滅していく。
「2人とも、まだです!!」
そんな中ミアンの叫びが広間に響いた。
「嘘……」
「どうして?」
天井から黒い物体が落ちてきて、それがドヅの身体に変わっていった。その右腕には神機ライガが付いている。戦闘形態になったエルが捨て身でドヅに斬りかかるが、ドヅは避けようともせず、エルを蹴りつけ壁へ叩き付けた。
「戦いは受けたが、負けるつもりはそもそも無かったという事だ。戦っている最中に神機を壊されては敵わないと神機ごと半身を退避させたんだよ。
まあ、予想以上に手強かったのは認めてやろう」
ドヅが分裂していた事をスミナもアリナもエルも気付けていなかった。元々勝ち目の無い戦いだったのかもしれない。
「もう魔力も体力も残ってないだろう。上の奴らも近付いて来た事だし2人まとめてあの世へ行ってもらうとしよう」
ドヅが双子へ向けてライガを構える。神機の攻撃を避ける事は危険予測出来るアリナにも不可能だろう。スミナはどうにかしてアリナだけでも助かる方法を必死に考える。
「お姉ちゃん、生きて」
だが、アリナもスミナと同じ事を考えていた。アリナはスミナの周りを魔力で作った壁で覆い、球状に固める。そしてドヅが射撃を撃つタイミングを見計らっていた。スミナをなるべく遠くへ逃がそうとしているのだ。
「やめて、アリナ、お願い!!」
スミナは自分の周りの壁を叩くが、簡単には壊れそうになかった。スミナはこんな結末を望んではいなかった。
「美しい姉妹愛だな。だが、逃がしてもすぐに後を追うだけだ。愚かな人間ども、死ね」
「神機解放」
スミナは神機グレンを身に着け、アリナが魔力で作った壁を破壊した。
「アリナ、あとをお願いね」
「お姉ちゃん!?」
スミナは全力でアリナを吹き飛ばした。次の瞬間ライガから放たれた閃光はスミナを完全に包み込んでいた。
(みんな、ごめんなさい)
そしてスミナはこの世界から消滅したのだった。
「スミナさん!!」
「ミアン、マスターの反応が完全に消滅しました……」
「嘘、お姉ちゃん、どうして……」
スミナが立っていた場所には塵一つ残っておらず、奥の壁にはアスイの時よりも大きな穴が空いていた。
「そんなに悲しむ事は無いぞ。すぐにお前らも死ぬのだからな」
ドヅの銃口は壁に吹き飛ばされて倒れているアリナの方を向いていた。悲痛にくれたアリナは起き上がろうともしない。
「そんな事はさせません。
ごめんなさい、遅かったみたいですね……」
そんな中、全身ボロボロでまだ身体の一部が欠けているアスイが吹き飛ばされた穴から出て来た。
「やはりお前は化け物だな。神機の直撃で生きてるなんて。だが、次に殺すのはお前だ。今度は出力を上げて完全に消し去ってやる」
ドヅは攻撃の対象をアスイに変更する。緊迫する空気の中、広間に人が流れ込んできた。
「おい、何があった。
そいつは魔神か!?」
地上からの通路が開通したのか、オルトが入って来てドヅの姿を見て驚く。その後ろにはレモネとソシラ、聖教会の
マーゼの姿もあった。
「皆さん、スミナさんが!!」
ミアンがスミナがドヅによって倒された事を伝えようとする。
「いい所に来たな。お前もなぶり殺しにしてやりたいと思っていた所だ。が、まずは邪魔なアスイからだ」
ドヅはそう言ってライガの一撃を放とうとしていた。
「バカみたい。必死に頑張って、取り繕って、我慢して。スミナだけは何としても守ろうとしたのに、逆にあたしが守られた。
ガリサの方が正しかったなんて知りたくもなかった」
「どうした?姉を殺されて妹の方は頭が壊れたのか?
狂言で時間稼ぎは出来んぞ」
「いいよもう。あたしも全部終わらせるから」
アリナはそう言って立ち上がると、足元の空間から黒い腕輪を取り出し、今付けている魔導鎧を解除して、その腕輪と交換して身に着けた。
「俺が何かするのを見逃すと思うか?姉を追って今すぐ死ね!!」
ドヅはアスイからアリナに再び目標を変え、ライガの閃光はアリナへと向かっていった。アリナは避けもしなかった。しかし、その閃光は急速に収束し、消えてしまう。
「お前何をした?」
「闇術鎧開放」
アリナがそう言うとアリナの周りに漆黒の闇が集まる。闇は怪しく紅く光り、そこから黒と紅を基調とした禍々しくも妖艶な鎧を纏ったアリナの姿が現れた。アリナの紅い髪は身長と同じぐらい長く伸び、鎧と相まって妖しく輝いていた。広間にいた皆は何が起こったか理解出来ず、ただ変化したアリナを見つめていた。
「なんだ、それは」
「うるさい。死ね」
アリナの鎧からはコウモリのような翼が生え、ドヅとの距離を一気に詰めた。ドヅは攻撃しようとしたが、反応が間に合わない。次の瞬間、アリナの真紅の剣でドヅは真っ二つになる。
「残骸一つも残さない」
ドヅの切り裂かれた肉片をアリナが作り出した大量の魔力の刃が徹底的に破壊していく。天井に隠れていた細かい肉片も全てアリナは破壊していた。
「アリナさん、それは一体?」
「さよなら、先輩。今は見逃してあげる。だから下手に動かないで」
アリナはそう言うとアスイに大量の槍を降らせて、アスイの身体を地面に縛り付けた。アスイは藻掻くように動くが、動くほどに槍の魔力が増してアスイの身体にめり込んでいく。
「アリナさん、何をしてるんですか?」
「アリナ、どうなってるんですか?」
「わけ分かんないよ、アリナ!!」
ミアンとエルとレモネがそれぞれ困惑する。ソシラは冷たい視線をアリナに送っていた。マーゼはどうしていいか分からないようだ。
「アリナさん、それはデビルの呪闇術だな。まさかお前も操られているのか?」
オルトはアリナに向かって剣を構える。
「あたしはあたしだよ。
先生じゃ今のあたしには勝てない。先生には恩もあるから、今日は戦わない。
レオラ、見てるんでしょ。そろそろ出て来たら?」
「ね、アタシの言った通りでしょ。ニンゲンの味方をしたって碌な事にならないって。
ニンゲンの皆様~。今コロシテあげてもいいんだけど、今日はアリナのお迎えが命令だから見逃してあげる。だから余計な事をしないでね。生きていたいなら」
アリナの真横にデビルの転生者であるレオラが突然現れた。レオラの横には魔族のゲートがあった。
「じゃ、行きましょ、アリナ」
「みんな、次に会う時は敵同士だから覚悟しておいて」
「「アリナっ!!」」
「「アリナさんっ!!」」
皆がアリナを呼ぶが、アリナは振り返らずレオラに続いてゲートを通り抜け、消えてしまった。広間には傷付いた人達と沈黙が残るだけだった。
この日、デイン王国は2人の転生者を失ったのだった。
―― 第1章 完 ――
第1章はこれで終わりです。
話はまだ続きます。