44.異界災害
スミナが封印兵器から拒絶されずに持ち続けているのを見て周囲の人々は安堵していた。聖女以外の人物が封印兵器を使用出来るのは奇跡みたいなものだ。
「スミナさん、これも使って下さい」
聖教会の聖職者の服に戻ったミアンが魔導具の腕輪をスミナに手渡そうとする。聖騎士セリヤが着ていた白い魔導鎧の腕輪だろう。
「それは受け取れません。わたしは聖女でも聖騎士でもありませんので」
「いえ、聖なる槍を使うなら必要なものです。この鎧には強い異界災害への抵抗力があり、これを着ていなければ異界の扉の近くまで行く事は叶いません」
「そうなんですか。分かりました、今だけお借りします」
スミナはミアンから腕輪を受け取り、いつもの魔導鎧の腕輪を仕舞って聖騎士の腕輪を身に着ける。そして早速白い魔導鎧を装着してみた。全身から聖なる力が漲り、封印兵器とも上手く連動してるように感じた。
「やっぱりスミナさんは凄いですねぇ。ミアンよりずっとお似合いですよぉ」
「ありがとう。ミアンの分も頑張るから」
スミナはミアンの辛い気持ちを汲んで自分で出来る事をやろうと誓った。白い聖騎士の鎧に白い聖なる槍たる封印兵器を携えたスミナの姿は本物の聖騎士のように周囲の人々の目には映っていた。
「皆さん、予定とは少し変わりましたが、これで異界災害を封印する準備が整いました。予定通り先遣部隊から出発をお願い致します」
聖教会の長であるオーベが指揮を取り、作戦が開始された。スミナ達本隊はある程度異界災害へ突入する道筋が完成してから出発する事になる。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫そう?」
スミナの元に本隊のみんながやって来る。
「大丈夫だよ。わたしの祝福はどんな道具だろうと適切に使う事が出来るから」
スミナはみんなを安心させるように言う。実際はスミナもどうなるかまだ分かっていない。
「私が使えれば良かったのですが、私の能力を取り込む方法だと本来の封印の仕方が出来ないと思うので」
「大丈夫ですよ。それにアスイさんは戦闘要員として参加して貰った方が戦力として頼りになりますし」
スミナは夕方のアスイの動きを見て、アスイが自分よりずっと強い事を再確認していた。アスイとオルトとアリナの3人がいれば倒せない敵などいないだろう、ホムラを除けば、とスミナはどこかで見守っているだろうホムラの事を思い浮かべた。
「本当に凄いですね、スミナは。私も出来る事を頑張らないと」
「竜神様に見初められただけはある……」
レモネとソシラもスミナを褒めてくれる。
「それが聖なる槍と呼ばれる封印兵器なんですね。確かにすさまじい魔力を感じます」
ルジイはやはり魔導具としての封印兵器に興味があるようだ。こんな事態になってもマイペースなのでルジイは本当に大物なのかもしれない。
「スミナさんはやっぱり凄いな。俺も出来る限り援護するから思いっきりやって来い」
「オルト先生、ありがとうございます」
オルトにまで褒められてスミナはようやく自分がとてつもない事をやろうとしている事を理解したのだった。
「スミナっ!!」
突然呼びかけられて誰かと思うとそこには双子の兄のライトが立っていた。
「お兄様!」
「まさか、こんな事になるなんて。でも、スミナはお父様とお母様の娘だ。スミナなら出来ると信じてるよ。僕も出来る限りの協力をする。アリナ、スミナの事を頼んだぞ」
「勿論、任せてお兄ちゃん」
ライトはそれだけ言うと自分の部隊の方へと急いで向かった。他の騎士団や魔術師団、聖教会の人達も次々と大聖堂の外へと向かっていく。そんな中、1人の女性がスミナの元にやって来た。
「スミナさん、あえてこの国の王族として貴方にお話します。どうかデイン王国を救って下さい。
私は貴方なら出来ると思っているわ」
「ネーラ様、ありがとうございます」
老齢の女騎士ネーラもそう言って戦場へと向かっていった。スミナは今様々な人の想いを受け取り、自分がやらなければという使命を感じていた。
大聖堂の中の人が殆ど居なくなり、残りは本隊であるスミナ達と少しの聖教会の聖職者だけになっていた。オーベがスミナ達の元にやって来て、遂に出発の時となる。
「スミナさん、封印をお願いします。道中はミアンを補助に付かせますので必要な情報はミアンから聞いて下さい。道案内はマーゼが行います。私は付いて行けなくて本当に申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です。行って参ります」
スミナは大聖堂でオーベと別れ、マーゼの案内で異界災害の中心部へと向かう。
「こちらに緊急用のゲートがあります。ゲートの先は異界災害の近くになりますので装備を整えてから通って下さいね」
マーゼが大神殿の地下にある魔導具の転送の扉であるゲートまで案内してくれた。他の部隊の人達もこのゲートを通っていったのだろう。ゲートは王国内でも使用をかなり制限されていたが今は緊急事態だという事だ。
ミアンが先導してゲートを通り、その後をスミナ達は続いて通っていく。転送先のゲートはカップエリアにある聖教会の神殿の地下だった。異界災害が近いのか、移動した直後に空気が重く感じられる。
「全員いますね?では行きましょう」
マーゼが異界災害へと部隊を案内する。スミナのいる本隊はスミナ、アリナ、エル、ミアン、レモネ、ソシラ、ルジイ、アスイ、オルト、マーゼの10人の部隊となっていた。
「既に腕輪に変色が確認出来ます。皆さん赤色になってないか注意しつつ進んで下さい」
ミアンが先ほど渡した異界災害対策用の魔導具の腕輪について注意を促す。スミナとエル以外は腕輪の宝石の色が赤になったらそれ以上は進まないという取り決めになっていた。聖騎士の鎧を着ているスミナ以外の腕輪の宝石は移動した直後から正常の青色が少し変色し始めていた。
神殿の外に出ると更に空気が変化した。空は既に紫色に不気味に輝き、その色が世界を浸食しているように感じる。そして東には不気味にそびえ立つ塔のようなものが見えた。スミナは聖騎士の鎧と腕輪のおかげで塔を見てもそこまで精神に影響は無かった。塔は歪に伸縮し、形が定まらない。ただ暗い紫色の吐き気を催す気持ち悪さだけは伝わってきた。
「皆さん、心を強く持って下さい。異界災害のものは同じ箇所を長時間直視しないよう心掛けるように」
先頭のマーゼがそう言いつつ塔へ向かって進み出す。周囲の町の人は既に避難済みのようで人の気配は感じられない。しばらく早足で進むと戦闘している様子が見えてきた。丁度戦闘が行われている辺りが異界災害と通常の世界の境界なのだろう。スミナは近付いてみてどのような状態か理解した。
聖教会の聖職者が異界災害が広がるのを抑える魔法を周りから交代でかけていて、それに襲い掛かる眷属化した人や動物を騎士や魔術師が戦って守っているのだ。ただ、眷属化した生物は異界と一体化している為、一度倒してもしばらくすると復活してしまう。なので徐々に後退する事になり範囲が広がってしまうのだ。そしてその範囲が一定を超えたら聖職者の魔法も潜り抜け、一気に異界化が広まってしまうだろう。
「皆さん疲労が激しいです。急ぎましょう」
「「はい!」」
マーゼが状況を確認して速度を上げる。ただ、異界災害の範囲に入った瞬間、みんなの様子が一変した。動きが鈍くなり、呼吸が乱れたのだ。スミナは聖騎士の鎧のおかげで少しの身体の不調だけで済んでいた。特に動きが鈍ったのはレモネとソシラとオルトだった。転生者でも聖職者でも無い人には特に厳しいようだ。
「大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと油断してた」
「まだ大丈夫……」
「俺もこのぐらい大丈夫だ」
スミナが3人の方に声をかけると何とか耐えている返事が返って来た。
「きつそうでしたら魔法をかけるので言って下さい。皆さん無理をせず急ぎましょう。この先は他の部隊の方達が敵を排除しつつ道を作って下さっています」
マーゼがみんなに声をかける。マーゼの言う通り、異界災害の中でも塔へ向けて先に来た部隊が道を切り開き周りの眷属を押さえ込んでいた。スミナ達は戦ってくれている人達に感謝しつつ先を急ぐ。
異界災害の中は元々は町で、建物が建ち並んでいたのが全て変化していた。建物の直線は無くなり、境界は薄れ、生物と無機物の中間の物体に変わる。常に鳴動し、色も音も匂いも温度も曖昧になっていく。眷属化した生物もまた地面や建物と一体化しており、その境界は曖昧だった。だからといって動きが遅いわけでは無く、むしろ生物の限界を超えていた。
デビルの呪闇術で異形化した生物はまだ原型を残し、魔族のような嫌悪感はあっても同じ世界の存在として認識出来た。だが異界災害で眷属化した生物はとても自分達と同等の存在であると認める事が出来なかった。
「お、来たな。ここら辺の化け物はあたし達に任せてくれ!!」
スミナ達の気が滅入る中、眷属達と戦っていた薔薇騎士団団長のサニアがこちらに気付き声をかけてくれる。周囲では同じく女性騎士団の騎士達が奮闘して眷属を近寄らせないようにしてくれていた。スミナは勢いあるサニアの言葉で力が湧いてくる。スミナ達はしばらく交戦せずに塔へと近付く事が出来た。
「大分濃くなってきたね」
「皆さん宝石の色は大丈夫ですか」
アリナが空気の違いを感じ、マーゼがみんなに確認する。宝石の色は緑から黄色で、まだ赤になっている人はいなかった。敵の量も大きさもあからさまに増し、戦っている騎士団の人達も精鋭部隊の人が殆どになっていた。それでもまだ魔術師や聖職者の協力で戦いは均衡を保っている。しかしスミナ達が進もうとしている先はそうも言っていられない状況だった。
「ソルダが来ます!!」
ミアンが空から襲ってくる異界の存在を確認してみんなに忠告する。ソルダは眷属では無く、異界の門から侵入した独立して動くタイプであり、かつ、異界災害の範囲内では先に戦った時と比べて圧倒的に能力が上がっていた。重要な塔を守っているのは眷属では無くより強力なソルダ達だという事だ。迫りくる数体のソルダに対してミアンとルジイは動きを封じようと魔法を唱える。
「嘘?魔法が効かない?」
「僕も無理です」
しかしミアンとルジイの魔法はソルダを止められなかった。そこにアリナと戦闘形態になったエルとアスイが割って入り、ソルダの攻撃を何とか受け流した。
「偵察で戦ったソルダに連動して受けた魔法の耐性を付けたんだと思います。別の魔法や手段で対抗して下さい」
アスイがそう言いつつ1体のソルダを細かく切り刻む。しかし細かくなった破片もすぐにくっ付き始め、再生していく。異界災害の空間でソルダの相手をするのはかなり厳しい事が分かった。ソルダは次々と寄ってきてその相手をしていては身動きが取れないとスミナは感じる。
「ここは僕達が引き受けます」
「先にお行きなさい」
そんなスミナ達の方へと駆け寄って来た騎士達がいた。双子の兄であるライトと同じ騎士団であり金騎士団や名誉女性騎士団長であるネーラなどの優秀な騎士達だった。彼らは魔法技を駆使してソルダを攻撃し、身動き取れなくさせていく。
「オルト、エスコートを頼んだぞ」
「分かったよ、ここは頼んだ」
かつての戦友で今は王国騎士団長であるターンがソルダを吹き飛ばしつつ言い、オルトがそれに応える。
「みなさん、行きましょう」
再びマーゼが先頭に立ち塔へと向かっていく。周囲のソルダは騎士達が相手をしてくれてスミナ達は塔に辿り付けそうだった。しかし、敵もそれでは済ませはしなかった。
「大型のソルダですね」
「こいつはちょっと大変そうだ」
他のソルダが2~3メートルぐらいの大きさなのに大して、塔の前に現れたソルダは10メートル近くあった。身体のパーツは前のソルダよりも様々な形の物がくっついていて、それが常に入れ替わっていて形状が掴めない。ただ、既に攻撃を始めており、異様な物質がスミナ達へと飛んで来ていた。今は距離があるので各々が魔法などでそれを防いだり避けたりしている。
「私は塔の中には入れ無さそうですので、私が相手をします」
「なら、俺も同じだな。お前らは先に行け」
マーゼとオルトが名乗り出る。2人の強さを信用していないわけでは無いが、2人で何とか出来るとはスミナは思えなかった。
「スミナさん、ここは2人に任せて進みましょう」
「でも……」
「お姉ちゃん、大丈夫だよあの2人なら」
アスイとアリナに説得され、スミナは先へと進もうとする。それに合わせてオルトとマーゼも敵を引き付けようと動き出した。
「あのオルトさんと共に戦えるとは光栄です」
「俺も学生の時に噂には聞いてたよ。凄い聖職者の魔法の使い手の後輩が入ったってね」
オルトとマーゼは歳も近かったようでお互いの事を知っているようだ。オルトは自慢の速度で敵の攻撃を避け、複数ある腕を次々と斬り落としていく。マーゼは網目のような魔法を敵の周りに張り、動きを鈍らせ飛び道具を封じていた。確かにこの2人なら何とか出来るかもしれないとスミナも気持ちを切り替えて進む。
スミナ達は近寄る眷属やソルダを倒しつつ何とか塔のような物体の前まで移動した。
「塔みたいって言っても入り口は無いんだ。どこに異界の門があるかミアンは分かる?」
「この塔のどこかというのは分かりますが、正確な位置は塔に入らないと無理ですね」
「お姉ちゃん、早くしないと敵が集まってくる。どうする、ぶち破る?」
「大丈夫、封印兵器にはこういう使い方も出来る」
スミナは封印兵器を両手で握り、壁に突き刺した。すると突き刺した点が円となって広がり、塔に大きな丸い入り口が開いた。
「聖教会の秘術の魔法ですね。そんな能力も持っていたなんて知りませんでした」
「魔力消費を気にしなければ大抵の聖教会の魔法は使えるし、戦闘も出来る。ただ、封印の事を考えるとあまり使えないかな」
「マスターはなるべく力は温存して下さい」
「とにかく急いで進みましょう」
アスイが先頭に立って塔に入る。塔の中はスミナも息苦しく感じる程異界に変化していた。油断すると頭がボーっとしてきてしまう。スミナは聖騎士の鎧で守られているが、それでも腕輪の宝石の色が黄色にまで変化していた。
「みんな大丈夫?ミアン、異界の門の位置は?」
「ちょっと待って下さい。
かなり下の地下です。恐らく遺跡だった場所の最深部でしょう」
「お姉ちゃん、あたしも下に同じように危険を感じる。ミアンの言ってる場所が正しいと思う」
「分かった」
「あと、敵が沢山来る!!」
アリナの言う通り上からも床からもどんどんソルダが湧いてくる。塔だと思ったものはそもそもソルダの集合体だったのかもしれない。スミナ達はあっという間に敵に囲まれていた。
ただ、狭い空間に敵が多いので、攻撃すればどれかに当たるようになっていた。アスイは巨力な魔力の弾を高速で撃ち出して次々と敵を破壊していく。エルも同様にビームを途切れず発射し、近付く敵を薙ぎ払っていた。アリナは魔力の刃を誘導して動かして敵を切り刻んでいく。レモネとソシラは協力してソシラが囮になり、ソシラの残像に近付いた敵をレモネが斧を飛ばして破壊していた。
戦闘ではこちらが優勢かと思えたが、そうでは無かった。敵が細かく切り刻まれるほど塔の内部の異界の濃度が増し、スミナの腕輪の宝石さえオレンジ色にまで変化していたのだ。
「ルジイさん、皆さんの精神防御の魔法をお願いします。私はこの空間をなるべく浄化します」
「分かりました」
皆の腕輪の宝石が赤色になったところで、ミアンとルジイがそれぞれ魔法で対応してくれる。そのおかげでスミナの宝石の色は黄色に、みんなの宝石の色もオレンジ色にまでは回復した。しかし、敵は制限なく再生し、ミアンとルジイもいつまでも魔法を唱えてはいられない。塔の中に地下へ降りる階段は見えず、聖教会の魔法でいちいち穴を開けていても埒が明かないだろう。
(使うのは今しかない!!)
スミナは決意すると封印兵器を左手に持ち替え、右手に魔導具のベルトからホムラの飴玉を取り出す。そしてそれを口に含んだ。
「お姉ちゃん!?」
「今使わないと後悔するから。大丈夫、無茶な事はしない」
スミナはそう言いつつ右手に二つ目の神機であるライガを取り出した。
「スミナさん、それは!」
「そう、あの遺跡で見つけた神機ライガだよ。ホムラから返してもらったの」
神機を見て驚くルジイにスミナは説明する。
「神機解放!!」
スミナがそう叫ぶと銀色の銃型の神機ライガが光り輝き、スミナの右腕と一体化した。それは細長く、美しい銀色の大砲に変わった。それと同時にスミナの白い聖騎士の鎧から白い翼が生え、スミナ達がいる空間を一気に浄化させる。スミナは羽ばたき、空中から塔の下部へと砲身を向ける。
「ミアン、正確な位置を思い浮かべてくれる?」
「分かりました」
「少しだけ意識を読ませて」
スミナは魔法でミアンの意識を読み、正確な異界の門の位置を把握した。一瞬だけミアンの複雑な感情がスミナに流れ込んだが、スミナはそれを胸に仕舞い込んで集中する。スミナはライガを撃つ方向を異界の門へと定めた。
「なるべく射線から離れて!!」
「「はいっ」」
みんなが天使のようなスミナの姿に見惚れつつ、ライガの射線から距離を取る。
「ライガ、全力開放!!」
スミナが叫ぶとライガの中にスミナの魔力が全て注ぎ込まれ、それが白い閃光となって発射された。白い閃光は塔の床を破壊し、斜めに地下を抉っていく。そのエネルギーは凄まじく、エルがシールドを展開してみんなを保護してくれていた。
「これがあの神機の力……。凄い威力ね」
「スミナさん、凄いです」
アスイとミアンはスミナの攻撃に見入っていた。ライガの射撃は10秒ほど続いて終了した。終了すると同時にライガは元の銃のサイズに戻り、スミナの翼も消え、脱力して落下する。
「お姉ちゃん!!」
アリナが落下するスミナをキャッチして地面に優しく下ろした。
「アリナありがとう。大丈夫、今飴玉が急激に消化されて回復するから」
スミナの口の中の飴玉は一気に消え去り、その代わりスミナの身体はほぼ本調子に戻っていた。
「スミナさん、今飴を使って大丈夫なの?」
「はい、封印用にもう一つ残してますから。なので異界の門まではお願いします」
「分かったわ」
アスイにスミナは説明する。スミナは今のタイミングで飴を一つ使った事に誤りは無いと思っている。
「開いた穴が閉じようとしています。急ぎましょう」
ミアンが床に空いた穴を確認して言う。それと同時に浄化された塔の中から再びソルダが再生し始めた。
「スミナ、私達はここに残って敵を防ぎます。挟み撃ちになると不味いでしょ?」
「疲れるから急いでね……」
「レモネ、ソシラ。ありがとう、急いで行ってくる」
復活するソルダの相手をレモネとソシラが引き受けてくれると言う。2人だけでは危険だとも思うが、この先を考えるとなるべく戦力は欲しいところだった。スミナ達は2人を信じて地下に空いた穴を魔法で飛行しつつ降りていった。
塔の地下に空いた穴はまるで生物の体内のようだった。油断すると触手や針や液体が飛んで来る。かといって速度を下げると穴自体が消えてしまうのでアリナの危険察知を頼りに捨て身で降りていくしかなかった。アリナは飛んでくる攻撃を防ぎ、打ち落とし、なるべく後続に被害が出ないように対処してくれた。
「こりゃボスキャラだね。どうする?」
アリナが開けた空間に繋がった手前で止まる。見ると異界の広間に直径10メートルぐらいの巨大なジャガイモみたいな紫色の球体が浮いていた。球体の穴からは常時黒い液体が滴り落ちている。
「これの相手は私がします。スミナさん達はそのまま封印に向かって下さい」
アスイが両手に見知らぬ武器を出して前に出る。
「僕もそろそろ宝石の色が限界なのでアスイさんを援護します」
「いいけど自分の身は自分で守ってね。そこまで余裕がある敵じゃ無さそうだから」
「努力します」
ルジイがアスイの協力を名乗り出る。アスイはルジイをかなり評価しているようだ。
「私が戦って隙を作るので、その時に通り抜けて」
「分かりました」
アスイがそう言って飛び出す。異界の球体は近付くアスイへ糸のようなものを飛ばしてきた。アスイはそれを左手の槍のような武器で防ぐ。槍が糸に触れた瞬間、溶けだした。糸は強力な溶解効果があるようだ。しかしアスイはそれを意に介さずにそのまま近寄る。
球体は再び複数の糸をアスイへと飛ばした。アスイは今度は右手の武器を前に出す。すると糸は勢いが落ちて、一気に下へと落ちていった。そのままアスイは右手の武器で球体を殴りつける。球体は急に圧し潰されたように地面に叩き付けられた。アスイの右手の武器は重力を操る魔導具のようだ。ルジイが魔法の鎖を張り巡らせ敵を床へと縛り付ける。
「今です!!」
アスイが叫んだのでスミナ達は高速で奥の穴へと進んで行く。蘇った球体がスミナ達へ攻撃しようとしたが、それをアスイとルジイが防いでいた。2人なら何とかなると信じ、スミナは更に異界の門へ近付いて行った。
再びスミナ達は開けた縦穴から広い空間に出る。そこが穴の終点で、その中心に15メートル近い巨大な何かが存在しているのが分かった。
「これが異界の門?」
「ダメだ、キモチ悪くて直視出来ない」
アリナがその物体から目を逸らす。最深部にいたのは目のような物体が沢山付いた山盛りの汚物のような何かだった。それは音、臭い、見た目、温度など五感全てを不快にさせていく。スミナは一刻も早く封印せねばと勇気を振り絞ってそれに近付いた。
「罠です!!それを封印してはいけません!!」
ミアンが叫んで飛び出し、スミナを突き飛ばした。スミナはエルに抱き止められ、体勢を立て直す。突き飛ばしたミアンは代わりにその物体に飲み込まれていた。
「ミアン!!」
「迂闊でした。異界の存在は過去の敗北を理解し、異界の門そっくりの存在を罠として作っていたのです。本当の異界の門は更に地下です」
「ミアンちゃん、今助けるから」
アリナは沢山の刃をそれに向けて放つ。
「大丈夫です、聖女は異界と相反する存在。取り込まれるまでは時間がかかります。その前に封印をしていただければ私は助かりますので」
「分かった、急いでやって来る。だから待ってて」
「はい、ミアンはスミナさんを信じてますからぁ」
ミアンは苦しい状況でも笑顔でスミナに答えた。スミナは聖女ミアンが成し遂げられなかった事を絶対にやらなければと思った。
「マスター、下に空洞の反応があります。今穴を開けます」
エルがそう言ってビームで床に穴を開ける。するとそこには過去の遺跡と思われる、人工の通路が現れた。
「行ってくる」
「あとは任せて」
スミナとアリナはエルと共に本当の異界の門を探しに通路へ降りて行った。
「お姉ちゃん、この先だと思う」
「マスターこの先に部屋があります」
通路を進むとアリナとエルが何かを感じ取る。スミナも奥に見える扉の先に何かがある気がした。スミナ達は扉へと周囲を警戒しながら近付く。
「お姉ちゃんなんか変だ。気を付けて」
「うん、気を付けるよ」
スミナは自分がいるこの空間が異様だと気付いていた。そもそも異界災害の中心部に近いのにここは昔の遺跡のままで、空気も匂いも洞窟の中のようだ。それなのに異界の濃度自体は高く、腕輪の宝石は赤に近いオレンジ色にまで変化している。誰かが意図して昔の姿のままに似せているとしか思えない。
「ワタシが開けます」
異界との接触を考えてエルが扉を破壊して開ける。するとそこからは異様な臭気が漂ってきた。双子もよく知っている血の匂いだ。
「誰?助けに来てくれたの?」
暗い部屋の奥から少女の声がする。その声に双子は聞き覚えがあった。
「ガリサ!?」
スミナは声が聞えて来た方へと近付いて行く。エルが光で声がした方を照らした。そこには行方不明になっていた人達と思われる鎖に繋がれて倒れている人達が折り重なっていた。その一番隅に双子の幼馴染の眼鏡をかけた魔術師、ガリサが同じように鎖に繋がれていた。衣服はボロボロだが五体満足で大きな怪我も無いように見える。
「スミナ、アリナ、それにエルちゃんも。助けに来てくれたんだ!!」
「ガリサよく生きてたね。一体何があったの?」
「私もよく覚えていないの。ただ、モアラが怪しい本を持って何かをしていたのは薄っすら覚えてる。
周りの子はみんな死んでるみたいなの。ねえ、早く鎖を解いて!!」
ガリサが悲痛な声で訴える。
「お姉ちゃん」
「うん、分かってる。貴方は誰?本当にガリサなの?」
双子とエルはガリサに向かって武器を構えた。
「そうだよね。やっぱり2人には気付かれちゃうよね。まあ上手く封印兵器を奪えたら楽だと思ったんだけどなあ」
ガリサは笑顔のまま立ち上がる。すると床とガリサの身体が粘土のように溶け合い、他の死体も一緒にくっついていく。それはガリサの上半身がくっついたドロドロの異界の存在になっていた。
「言っておくけど私はガリサだよ。まだ意識は残ってる。私は私の意思でここに居るの」
「そうじゃ無ければと願ったけど、やっぱりガリサが封印災害を起こしたんだね」
アリナがガリサを睨む。
「準備は大変だったよ。運良く破滅を望んだトミヤさんと出会えたから上手く行った。あの人知識も人脈も凄くて、あんな逆恨みに人生費やさなければ優秀だったのにね」
「何でこんな事したの?ガリサだってこの国の平和を祈ってたんでしょ。両親だって親戚の叔父さん叔母さんだっているのに」
スミナはガリサは知識欲はあっても人の道から外れるような子だとは思えなかった。
「なんで?そんなの分かってるでしょ。ドシンが死んじゃって、学校も滅茶苦茶になって。私なんてこんな所にいたらいつ死ぬか分からない。そりゃ2人は違うだろうけど、今いる世界が結界に守られた偽りの世界だなんて聞いたら普通じゃいられないの。だったら壊されて、殺される前に自分で壊しちゃえばいいって」
「ガリサ、あんたは確かに知識は凄いかもだけど本当にバカじゃん。なんでそっちに振り切れるちゃうのよ。これだけの事が出来る頭があればもっと凄い事が出来たかもしれないでしょ」
「ガリサ、ごめんね。貴方の事をちゃんと見れていなかった。ねえ、今から止める事は出来ないの?」
アリナとスミナはガリサに訴える。
「ほんと嫌になっちゃう。2人がそんなだから私は身動き出来なくなったの。絶対に敵わないって分かったから。
もう無理だよ。私は私であると同時に既に異界の存在の一部なの。表層的な意識が残ってるだけ。もう止められない。今回は特別な門を開いたから封印兵器で封印出来るかも分からない。
ねえ、2人も諦めて一緒になろうよ。異界と同化する事は恐くないよ。全てが一つだから孤独に怯える事も無くなるの。ドシンの事も恐い事も全部忘れられる。とても優しくて暖かい、海のような存在になれるのよ」
「お姉ちゃん、エルちゃんと一緒に封印に行って。コイツはあたしが引き受ける」
「分かった。お願い。
ガリサ、さよなら」
「行かせないわ!!」
部屋が脈動し、スミナを包み込むように動き出す。周囲の色が変わり一気に異界の狂気に包まれていく。ガリサの身体も更に溶けて、辛うじて眼鏡と顔だけがガリサを保っていた。
「アンタの相手はあたしだって言ってるでしょ!!」
スミナに迫っていた壁が燃えて消滅していく。見るとアリナが形状を変えられる魔導具の武器を巨大な槍に変化させ、その先端に真紅の炎を纏った刃を付けて次々と異界の存在を燃やし、切り裂いていた。触れた物体は異界化してしまうのでアリナは刃部分を常に自分の魔力で生み出して対応しているのだ。
「マスター、アリナに任せて行きましょう」
「うん」
エルがビームで壁に穴を作り、スミナは封印兵器の魔法で異界の存在を跳ね除けながらエルの後に続いた。
(アリナ、頑張って)
スミナは祈りながらどんどん息苦しくなっていく穴を進んで行った。ここまで来るとスミナもエルも異界の門がどこにあるか分かった。既にスミナの腕輪の宝石も赤色に変わり、気を抜いたら意識が飛んでしまいそうだった。周囲の異界の密度も増し、エルが身体から四方八方へビームを放つが、それも押し込まれてきていた。
「エル、ありがとう。ここまで大丈夫だよ。アリナのところに戻っていて」
「いえ、ワタシは出来るだけマスターのそばに居ます。ここで待っています」
「分かった、無理しないでね」
スミナはエルにそう言うとホムラに貰った飴玉の最後の一つをベルトから取り出す。魔力の供給が無ければスミナではこの先は進めない。
(お願い、間に合って)
スミナは飴玉を舐め、全身に力が増したのを感じた。
「聖なる槍よ、力を貸して」
スミナは封印兵器を両手に持ち、その先端を異界の門がある方向へと向けた。すると人1人分の空間が開き、その先に何か分からない物体の組み合わせが見えた。スミナにはそれが異界の門であると分かる。スミナは駆けだし、一気に門へと近付いた。すると全身が絞られる雑巾のようにうねり、曲がり、圧し潰されそうになるのを感じる。それは精神も含めてだ。異界の力が溢れ、精神汚染を抑える為の腕輪が破裂する。辛うじて聖騎士の鎧があるおかげで人としての身体が保てていた。
(まだだ、もう一つ殻を開けないと)
スミナと一体化した封印兵器がまだ封印が行えない事を伝えてくる。異界の門には辿り着いたが、その門の中心に封印兵器を使わないといけないのだ。
(みんなが待ってる……)
スミナの脳裏にアリナやライトなどの家族、レモネやソシラなどの友人、アスイやオルトなどの尊敬する人達の顔が浮かんでくる。そして自分に好意を抱いてくれるエルやミアン、ホムラの顔も。その想いがスミナに力を与え、封印兵器と聖騎士の鎧にも力が満ちた。
「こじ開ける!!」
封印兵器を異界の門に押し当てその中心をこじ開けた。そこには周囲の異物の組み合わせとは異なる純粋なエネルギーの塊のようなものがスミナには見えた。
「赤ちゃん?」
スミナはなぜかそれが人の赤ん坊と同等のもののように感じられた。だが、次の瞬間それから閃光のような凄まじい異界の波動が放たれ、スミナは後ろに吹き飛ばされそうになる。スミナはそれを何とか踏ん張って耐え、最後の力を振り絞った。
「封印兵器よ、今こそその真の姿を現し、異界を封印せよ!!」
スミナが叫んで封印兵器を異界の門の中心へ突き刺した。すると封印兵器の先端が膨張し、それは巨大な白いのっぺらぼうの顔のような形になる。白い顔は大きく口を開け、異界の門の中心を飲み込んだ。次の瞬間、スミナの魂は異界と溶け合う。
スミナは理解した。異界災害とは悪意でも侵略行為でも無い事を。その存在が望むのは純粋なる一体化。同一の存在になれば安心するという、単純な願い。それだけだった。ただ、スミナ達はその願いを叶えてやる事は出来なかった。
「ごめんね、ここで眠っていて」
封印とは異界の存在の願いを眠りという形で終わらせる事。恐らくガリサが行ったのは過去の封印からの目覚めだったのだろう。過去に眠らされた記憶とガリサの記憶が合わさり、今度は封印されないように新たな対策を生み出したようだ。が、それも新たに加わったガリサの願いだっただけで、異界の存在の願いも行動も何一つ変わって無かったのかもしれない。
「みんな、終わらせよう」
封印兵器と一体化したスミナは封印兵器の中の魂たちと共に広がった異界の願いを眠らせていく。それは零れたインクの上から更に別のインクで塗り潰していくような感覚だった。封印行為は封印兵器の中の魂を消費していき、次々と魂が消滅していく。
「終わった……」
封印が完了し、スミナの意識が現実に戻ってくる。全ての封印が終わった時、封印兵器の中に残った魂はわずかだった。そしてスミナの魔力もほぼ限界だった。もし異界災害がもっと広がっていたら間に合わなかったかもしれない。
「みんなありがとう」
魔力が尽きて聖騎士の鎧も腕輪に戻ってしまったスミナは、封印兵器を抱きながら黒い洞窟のような空間で感謝の言葉を呟いた。