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43.聖なる槍の継承者

 朝になり、魔族の襲撃事件は綺麗に収まっていた。アリナが呪闇術カダルを使うデビルのボスを早い段階で倒した事と、ミアンの解呪と怪我人の回復、ルジイの闇術具ダルグを使用した異形化した人間の探索と解呪が的確だった事が大きかった。また2人を守りつつデビルを倒したエルとゴマルの活躍もあった。人と騎士団の配置を考えるとアスイの対策は完ぺきだった。しかしそれでもトミヤの裏切りと死はみんなの心に大きな傷跡を残していた。

 町の建物や人への被害は多少は出ており、事後の対応は王国の騎士団などが引き継いで行っていた。双子達学生は徹夜したのもあって、家に返され、その日は学校を休んで寝る事になった。色々考える事はあったが、スミナもアリナも疲れたので入浴後にすぐに眠りについたのだった。


 スミナが目覚めたのは夕方前の学校が終わるぐらいの時間だった。スミナは扉に魔法のメモが張ってあるのに気付く。メモは寮長のネギヌからのもので、内容はアスイから目が覚めたら連絡して欲しいという言伝だった。スミナは顔だけ洗った後、魔導具の携帯電話でアスイに連絡する。


『もう起きたのね。ごめんなさい、休む間もなく連絡させてしまって』


「いえ、大丈夫です。それで、何かあったのですか?」


『ちょっと緊急事態になったわ。直接話したいから来て貰ってもいいかしら。私達は昨日の研究施設に居るので』


「分かりました、アリナも連れて行きます」


『ありがとう、宜しくね』


 アスイとの通話はすぐに終わる。ベッドの方を見るとアリナは既に起きていた。


「なんかあったって感じだよね」


「そうみたい。エル達にも声をかけて来る」


 エルとホムラも当たり前に起きていて、スミナ達に付いて来る事になった。

 研究施設に向かうと既に学校が終わった生徒がちらほら下校していて、スミナは少しだけ気まずい気分になる。ただ、下校している生徒達の様子も少し暗く見え、何か異様な気がしていた。

 もう少しで研究施設という場所で双子達は見知った人物が待っているのに気付く。


「メイル?」


「お待ちしていました、お嬢様。本当はお迎えに上がりたかったのですが、アスイの手伝いをしていてここで待たせてもらう事になりました」


「それはいいけど、メイルは休んで無いんじゃない?」


「いえ、アスイの所で数時間は休んだので大丈夫です」


 そう言うメイルだが、明らかに顔に疲労が伺えた。友人だったトミヤの裏切りと死が大きいんだとスミナは思った。


「それで、何があったの?」


「詳しくはアスイの話を聞いて貰いたいのですが、簡単に言うと昨日の襲撃の裏で別の事件が起こっていたという事です。町の様子がおかしく感じませんでしたか?」


 アリナの質問にメイルが答える。メイルの言う通り生徒達の様子がおかしかった。裏町の襲撃事件の他にあった事件の影響が生徒にまで出る程大きな事が起こったのだろう。話しているうちに一向は研究施設に到着する。研究施設の周りには今まで居なかった警備の騎士が立っていて、大きな問題が起こっているのが分かる。騎士はメイルの顔を見ると会釈し、双子達をそのまま研究施設へ通してくれた。


「スミナさん、アリナさん、疲れているところを来てくれてありがとうございます」


 施設に入るとすぐにアスイが出迎えてくれた。そのまま部屋に案内され、そこには既にミアンとドシンが待っていた。双子達が席に座るとナナルが待っていたようにお茶を持って来てくれた。


「ルジイさんがまだ来ていませんが、先に話をしておきましょう」


 アスイも会議室の席に座り、話を始めた。


「まずは裏町の襲撃事件の被害状況について説明します。建物の被害は10数件ありましたが、市民の被害は死傷者3人、負傷者15人で済みました。騎士や兵士も死傷者は4人、負傷者8人で済んでいますので野外訓練の時に比べてかなり被害は抑えられたと思います」


 アスイが被害状況を説明する。スミナはどうしても聞いておきたい事があったので質問した。


「アスイさんは今回の襲撃がアスイさんをおびき寄せる為の罠だと分かっていて準備していたんですよね?」


「申し訳無いけどその通りよ。事前にみんなに話すと行動が乱れたり、トミヤを取り逃す恐れがあったので誰にも伝えずに準備していました」


「でも、そのせいでメイルに危険が及んだよね?」


 アリナがアスイに怒りを向ける。確かにアスイ1人で行けば問題は無かったかもしれない。


「アリナお嬢様、それは違います。アスイは私にトミヤを説得する機会を作ってくれたんです。そこで油断して捕らえられたのは私の責任です」


「いえ、アリナさんの言う通りよメイル。私の甘さがメイルとナナルを危険に晒す事に繋がりました。完全にダルグに支配されている事を予想した対応もしておくべきでした」


「アスイさんの考えは分かりました。過去を後悔しても先へ進みませんし、今起こっている問題の話を聞きたいです」


 スミナは過去の事よりも今の問題が大事だと思い気持ちを切り替える。


「スミナさんありがとうございます。丁度ルジイさんも到着したようですし、迎えに行ってきてその後話します」


 アスイはスミナに礼を言って出て行った。


「少しきつく言い過ぎたかな」


「アリナの気持ちも分かってるし、アスイさんは大人だから大丈夫だよ」


 スミナは反省するアリナを慰める。結果的に仲間が誰も死なずに問題が解決したので十分だとスミナは思う。ただ、トミヤが発した言葉のいくつかについては一度アスイと話し合いたいとスミナは思っていた。


「遅くなってしまい申し訳ありません」


 小柄なルジイが部屋に入って来ると申し訳なさそうに謝る。いつ見ても子供みたいな見た目で魔法の天才とはとても思えない。


「いえ、お疲れの中こちらが無理矢理呼び出したので謝らないで下さい。それにルジイさんが居たからこそ町の被害があそこまで抑えられたのですよ」


「僕は使える魔法を使っただけですよ。ゴマルがいなければ自分の身すら守れませんでした」


「いや、ルジイが手早く解除していなければ自分も危うかった。自分はほんの少し敵からの攻撃を防いだだけだ」


「お2人の活躍は誇ってもらってもいいぐらいですよ。

では、本題の方に入りましょうか」


 アスイが再び席に座り、話始める。


「今朝になって判明した事なのですが、ワンドエリアで昨晩のうちに30人を超える人が失踪していました。注目すべきはその大半が戦技学校の生徒だった事です。

発覚した時は昨晩の魔族の襲撃の影響かとも思いましたが、発生場所と裏町との距離はバラバラでした。何より失踪者の家を調べたところ、皆誘拐された形跡は無く、自主的に出て行ったと思われます。

そして、失踪者に共通している点としては皆しばらく前から体調不良を訴えており、生徒に関しては学校を休んでいた人が殆どでした。生徒以外の町民に関しても皆病気だったと分かっています」


 アスイが話したのは昨晩起こった襲撃事件とは別の事件だった。


「でも、昨日のタイミングで発生したなら、やはり魔族が関係してるのでは?」


「そこのところはまだはっきり結論は出てないわ。ただ、タイミングとしては襲撃事件で警備体制が変わったところを狙ったのだとは考えらる。

そしてこれはスミナさんとアリナさんには辛い報告になるのだけれど、失踪者の中に2人の友人であるガリサさんが含まれています」


「「え!?」」


 双子はそれを聞いて驚く。確かにガリサもしばらく前から体調を崩していた。だが自分から失踪するようには見えなかった。


「大量に人が消えたんなら監視カメラの魔導具に何か映ってたんじゃないの?」


「それが、丁度アリナさんが倒したデビルが襲撃開始の際に周囲の魔導具のカメラに妨害を出していたようなの。失踪したのもその時間帯で、皆途中から足取りが消えてしまっていた」


 アリナの質問にアスイが答える。


「そうなるとやっぱり魔族が狙ってやっていたのでは?敵の本当の狙いは大量の人を連れ去る事だったのではないでしょうか」


「私もその線で考えていたのだけど、人を攫うだけならもっといい方法が取れたと思うわ。失踪した人に共通点や関連性は無く、国の重要人物も含まれていない。襲撃事件が囮の可能性は被害を考えると無いと思う。連携はしていても、それぞれの事件は別のものとして捉えた方がいいでしょう。

何よりも不可解なのは本当にあれだけの人が魔法の痕跡も残さず消えてしまった事。魔族が以前使っていた転移の力を使ったとしてもその痕跡がまるで無い事はありえないの」


 デビルの転生者レオラも転移で逃げたり現れたりしたが、その痕跡は残っていたそうだ。つまり今回の失踪はレオラが犯人の可能性は低いとアスイは伝えたいのだろう。


「今日急に呼び出したのはわたし達で失踪者の捜索をするという事ですね?」


「いえ、捜索自体はもう国で動いているのでそこまでしてもらうつもりはありません。ただ、ガリサさんと親しかったお2人なら何か気付いた点が無いかと聞いてみるつもりでした」


「お姉ちゃん数日前に会ったよね」


「うん……」


 スミナは最後にガリサと会った日の様子を思い出す。あれは牧場に行く前で、ガリサは起き上がれるぐらいには元気が良かった。あと、モアラという子がお見舞いに来てくれると言っていた。


「ええと、最後に会った時にはモアラさんという方がお見舞いに来てくれると言っていました」


「ガリサさんとモアラさんなら僕も知っています。2人とも知識が豊富で、よく2人で話しているのを見かけました。どちらかというと2人は真面目で、悪い事には関わらないと思います」


 スミナの話を聞いてルジイが言う。ルジイも同じ魔法科で、クラスは違っても知ってるぐらいには2人とも名を知られているようだ。


「ありました、そのモアラさんという子も失踪しています。モアラさんが怪しく無いのであれば、単に2人とも巻き込まれた可能性が高いですね。他に何かありませんか?」


「前にも話しましたが、ガリサ達の体調不良は学校が事件に巻き込まれた影響だと思ってました。そうした心が弱った人を狙った魔法なのではないでしょうか?」


「恐らくそれが一番ありそうですね。ですが、これだけの人数を魔法で同時に操るのは難しい気もします。飲んでいた薬に何か仕込んでいた可能性に関しては既に調査を始めています。

今日は疲れているところを呼び出してしまい申し訳ありませんでした。調査は国に任せて、また学生生活に戻って下さい。ただ、何かしらの事件が引き続き起こるかもしれないので注意はしておいて下さい」


 アスイはそう言って会合を閉めようとした。


「ちょっと待って下さい。何かが起きようとしています。

皆さん、急いで外に出て下さい」


 今まで発言しなかったミアンが急に喋り出して、神がかったように立ち上がり走り出す。一同は呆気にとられながらもミアンに続いて研究施設の外へ出た。

 外は夕方で、夕日が射してオレンジ色になっていた。ただ、スミナにも外の景色が歪んでいるような感覚があった。


「来ます!!」


 ミアンがいつもののんびりした口調ではなく、はっきりと言う。次の瞬間、“ドンッ!!!!”という地響きが響き、地面が大きく揺れた。いつもの竜のいびきのような断続した地震では無く、その後に揺れは続かなかった。ただ、夕日とは反対の東の方の空が大きく歪んでいる。そして段々と日が沈んで暗くなるのでは無く、東の空が異様な紫色に変わっていく。その禍々しさをスミナは見た事があった。


「まさか、異界災害!?」


「残念ながらそのようです。東のどこかで異界の門が開いてしまいました」


 スミナの疑問にミアンが答える。ミアンはいつもの友達のミアンでは無く、聖女のミアンだった。言葉も姿もいつもより凛々しさが感じられる。


「トミヤが言っていたのはこの事だったのでは?まさか魔族が異界の門を開いた?」


「メイル、魔族もそこまで愚かでは無いわ。世界が異界化してしまったら魔族も消滅するのだから」


 メイルの考えをアスイは否定する。ただ、確かにトミヤはこの事を暗示するような事は言っていた。情報屋として何かを知っていたのかもしれない。


「あれ何?」


 最初にそれに気付いたのはアリナだった。アリナが指差した方を見ると、東の紫がかった空に一本の線が地上に向かって伸びていた。よく見るとそれが地上から空に向かって伸びた塔のようなものだと分かる。


「塔?もっと拡大して見てみる」


「スミナさん、駄目です、あれを直視しては。異界災害で異界の建造物が現れると聞いた事があります。ただ、塔のような高いものが出て来たという記録は今までありませんでした」


 遠視の魔導具を出そうとしたスミナをミアンが止める。確かに異界災害の記憶を見た時も中心部を見る事は本能が拒否していたので見たら倒れていたかもしれない。


「異界災害が起こった以上、ここからは我ら聖教会が対策に当たります。私はすぐに近くの神殿に行きます。皆さんは安全な場所に避難して下さい」


「ミアンちゃん、そうも言っていられないみたいだよ。何か来る!!」


 アリナがそう言いながら魔導鎧を装着する。アリナの危険察知の祝福ギフトが敵を捉えたのだろう。スミナも魔導鎧を身に着け、他のみんなも同様に臨戦態勢に入る。すると塔の方角から複数の何かが四方八方に高速で飛んでいるのが分かる。そのうちのいくつかはこちらの方向に飛んで来て、それが人型をしているのが何となく分かった。


「空飛ぶ異界の化け物、という事は眷属化した人でしょうか?」


「そんな筈はありません。異界災害の範囲内で眷属化してしまっても、その異界化した空間でしか活動出来ない筈です。つまり、あれは異界の門を潜り抜けてきた異界の存在です」


 ミアンが説明する。異界の存在についてはスミナも巨大な化け物として記憶と絵画で見ていたが、今襲ってくる敵は人型でそのイメージと大きく違っていた。


「それって倒せるの?」


「はい。ここはまだ異界化していない空間なのでこちらの方が有利です。弱らせれば私が消滅させられます」


 アリナの質問にミアンが答える。聖教会の聖女、もしくは聖職者ならば異界の存在を消滅させられるようだ。


「見たところまだ数は少ないようです。手分けして近くの敵を倒して町を守りましょう」


「待って下さい、今魔法をかけます」


 アスイが指揮を取ろうとしたところでミアンが止め、全員に何かの魔法をかける。するとスミナは心が軽くなったような気がした。


「精神耐性向上の魔法です。戦う時は敵をなるべく直視せず戦って下さい。長時間見続けると精神汚染が始まり、心が異界に引っ張られてしまいます。気分が悪くなったと感じたら敵からなるべく離れて下さい。あと、直接敵に触れるのも出来るだけ避けて下さい」


「「はい」」


 ミアンの指示をホムラ以外は全員聞く。その後アスイの指示で昨夜の部隊分けと同じ3部隊で敵と戦う事に決まる。ただ、ミアンのいるスミナの部隊は唯一敵を消滅させられるので敵を倒しつつ対処出来た味方の所を回る必要があった。

 まずスミナ達は一番近くに飛んで来た敵へと向かって行く。


「何なの、これは……」


 近付くにつれ、敵が遠くから見えたシルエットで予想した姿と大きく剥離している姿なのが分かる。翼だと思った部分は右側にしかなく、羽根というよりサボテンのようなゴツゴツした何かで羽ばたきもしていない。辛うじて手足が2本ずつあるようだが、大きさも長さも異なり、爬虫類の皮膚のような形状で不規則に伸び縮みしている。胴体は結晶のような角ばった物体が寄り集められ適当にくっ付いているだけだ。一番不気味なのが顔と思われる部分で、半透明の歪んだ球体があるだけで目も鼻も耳も口も髪も無い。あくまで人間基準で頭と手足と胴体があると感じるだけで、よく分からない物体が適当にくっ付いているだけなのかもしれない。

 スミナはその暗い紫色が奇妙に変色する異界の存在を観察するうちに気が遠くなっていく。


(マズい!!)


 スミナは急いで視線をそれから逸らせる。ミアンが直視するなと言った理由はこれだろう。その存在の周囲が歪んでいるのは周囲を異界化させながら動いているからだとスミナは推測する。どう戦えばいいかスミナは少し悩んだが、直接触れるのは不味いと聞いたので遠距離から攻撃して様子を見る事にした。


「エル、攻撃するよ」


「了解です」


 スミナは光の槍の魔法を放ち、人間形態のエルも胸の宝石からビームを放つ。それはこちらに飛んで来ている敵に当たったかに見えた。しかし、次の瞬間敵の姿は消えていた。スミナは寒気を感じて急いでその場から飛び退く。するとスミナがいた場所に背後から異界の存在は現れていた。


(速い!!)


 瞬間移動では無いが、それと同等の速度で移動してきたのだ。そして次の瞬間、異界の存在は胴体が膨張して破裂する。すると結晶体のような胴体が鋭い刃のように四方八方へ飛んで行く。スミナはそれを咄嗟にレーヴァテインで弾いて防いだ。エルも同様に手を剣にして防ぎ、ミアンは魔法のシールドで何とか防いでいた。ホムラも宙に浮いて観察しているがそもそも当たらないようだ。地面に刺さった刃を見ると、そこから数メートルの範囲が紫色の異界に変化しているのが分かる。もし人に当たったら眷属化してしまうかもしれない。


(早く倒さないといけない。でもどうすれば)


 スミナは遠距離攻撃は無理と考えて、近接攻撃をしても大丈夫かと悩んでしまう。


「スミナさん、私が動きを封じるので、その間に攻撃を」


「分かった」


 ミアンがそう言いつつ魔法を放つ。すると異界の存在の周りに光の輪が広がり、輪が縮まって敵の動きを封じた。スミナはレーヴァテインで敵に斬りかかる。レーヴァテインは魔力の刃なので直接触れずに敵を斬る事が出来た。縦に真っ二つに割れた敵は分裂しても動きを止めない。すかさずエルも作り出した魔力の剣で敵を更に細かく切り刻む。スミナもそれに倣ってなるべく小さくなるように敵を斬っていった。


「スミナさん、エルさん、もう大丈夫です。その大きさなら消滅させられます」


 ミアンが言ったのでスミナもエルも攻撃を止める。細かくなった破片はなおも単体で動いており、近くにある破片とくっつこうと藻掻いていた。ミアンが手を広げ、魔法を唱えると破片の周囲が輝き、次の瞬間何も無くなっていた。


「凄いですね。どういう魔法なんですか?」


「消滅といっても消し去った訳では無いんです。あくまで元の異界に送り返しただけです。他の皆さんの所へ行きましょう」


 ミアンに言われスミナもみんなが苦戦してるかもしれないと急いで移動した。スミナはアリナの存在を近くに感じたのでそこへ急行する。そこには異界の存在を攻撃しているアリナの姿があった。ルジイが敵の動きを止め、その隙に攻撃しているようだ。


「アリナ、大丈夫?」


「あたしは平気だけどゴマルが」


「すみません、ゴマルは僕を庇って敵の体当たりを受けてしまいました」


「この状態ならまだ大丈夫です。先に敵を消滅させましょう」


 魔法を使うルジイの横でゴマルが倒れていた。ゴマルの身体は素肌の部分も鎧の部分も一部が暗い紫色に変色し、歪んで見えた。ゴマルの祝福である肉体の硬質化も異界の存在相手では効果が無かったようだ。スミナは先ほどの戦いで敵の体当たりを避けられなければ自分もこうなっていたと思うとゾッとしていた。

 スミナはミアンの言葉を信じ、アリナとエルと共に先に敵を攻撃する。ルジイの魔法はミアンの拘束ほどでは無いものの、敵の動きを鈍らせ、不規則な攻撃を回避して敵に攻撃を当てる事が出来た。やがて異界の存在は身体が細切れになり、それをミアンが消滅させた。


「どうなってるの?コレ」


 アリナが倒れているゴマルに近寄って聞く。


「異界の存在に触れると身体が異界に引かれ眷属化し始めるんです。ただ、ここは異界災害の範囲外なのでこの程度で済みました。まだ魔法で回復出来ます」


 ミアンが気を失っているゴマルに魔法をかけた。するとみるみる内にゴマルの紫色に変色していた部分が元の色に戻っていく。やがてゴマルが目を醒ます。


「済まない、後れを取った」


「ゴマルのおかげで僕が助かったんです。ありがとうございます」


「しばらく頭がぼんやりすると思うので、無理しないで休んでいて下さい」


「ミアンさん、ありがとうございます」


 ゴマルは深々とお辞儀した。スミナはアスイ達の事もあるので、ゴマルとルジイを残してアスイのいる方へと向かった。


「ミアンさん、こんな感じで消滅させられますか?」


「凄い……」


 スミナはアスイが敵を小さく切り裂き、複数の四角い形の結界に封じて身動き出来ない状態にしていたのを見て素直に驚いた。既に数体の敵を結界に入れているようだ。アスイの実力は分かっていてそれほど心配していなかったが、ここまで出来るとは思わなかった。


「ありがとうございます、これなら消滅させられます」


 ミアンはそう言って次々に異界の存在を消滅させていく。その後、アリナの危険察知能力で近くにいた敵を見つけ出し、全て消滅させていった。敵の増援は現れず、アリナが察知出来る範囲の敵は居なくなった。


「増援は来ないみたいですが、敵の目的は何だったんでしょう?」


「異界の存在の考える事は理解しがたいけど、偵察のようなものだった可能性は高いわね。そうで無ければわざわざ動きが鈍る異界災害の範囲外まで来る必要は無いから」


 アスイはあの敵は偵察では無いかと推測する。偵察とは言ってもミアンやアスイやアリナレベルの者がいなければ苦戦しただろう。そして異界災害の中心部ではもっと厳しい戦いになるという事だ。


「ミアン様、ここにおりましたか」


 戦い終わった一同の元に聖教会のローブを着た中年の男が近付いて来た。


「すみません、すぐに神殿に向かえなくて」


「いえ、我々も異界の存在の相手をしておりそれどころではありませんでした。お互い無事で何よりです」


 聖教会の聖職者達も異界の存在と戦っていたようだ。


「ミアン様、それにアスイ様も少し宜しいでしょうか」


「「はい」」


 ミアンとアスイは聖教会の男に言われ、スミナ達と少し離れた場所に移動して何かを話し合っていた。スミナは聞き耳を立てるわけにも行かず、とりあえず周囲を警戒していた。


「しかし何度見ても気色悪い奴らじゃな」


 今まで戦闘にも会話にも参加してこなかったホムラが手持無沙汰になっているスミナを見かねてか話しかけて来た。


「ホムラは異界災害の事を知ってるの?」


「知ってるも何も、人間達が対応出来るようになる前の時代、異界災害を対処してたのは我がご先祖の竜神達じゃ。わらわが生まれた頃には聖教会の者どもが封印の術を使えるようになっていたからわらわは直接手を下した事は無いが、それ以前は竜神が異界災害を駆逐してたのじゃ」


 ホムラから知らなかった情報を聞かされる。確かに竜神はこの星を見守る使命があるので異界災害に異界化されるのは本望では無いのだろう。


「言っておくがわらわは手を貸さんぞ。わらわでもあれらに触れると気持ちが悪くなる。それに過去に何度も窮地に立たされても人間達は異界災害を封じてきた。今回が特別だからと失敗する事は無いじゃろう」


「過去の竜神達はどうやって異界災害を対処してたんですか?封印兵器と同じで異界の門の周りを無理矢理固めたのですか?」


「いや、そんな跡が残るような事はせんよ。異界化した部分を切り取って、それを空の上で焼き払っただけじゃ。大地にとってはその方が元に戻りやすいからな」


 ホムラの言っている意味は分かるが、とても人間に出来るような事では無かった。ただ、古代魔導帝国時代ならそれと同じような事も出来たのかもしれない。そんな事を考えているとアスイとミアンがスミナ達の方へ戻ってくる。話し合いが終わったのだろう。


「お待たせしました。とりあえず王都の他のエリアは騎士団と聖教会が協力して対処しているので大丈夫だそうです。ただ、異界災害の発生した地点は調査中で、その被害もまだ分かっていません」


 アスイが今の状況を説明する。


「この後王国の騎士団と聖教会とで話し合いが始まります。おそらく今夜中に聖教会による封印対応が行われるでしょう。その際は皆さんにご協力お願いするかもしれません」


 ミアンが聖教会の聖女として話す。恐らくミアンが封印兵器を使って封印する事になるだろう。


「そういう事なので、みんなは一旦家に戻って身体を休めてもらいたいの。スミナさんとアリナさんは確実に協力してもらう事になるわ」


「分かりました」


「もう慣れたよ」


 スミナとアリナがアスイに返事をする。


「これはこの世界を救う為の戦いです。無理は承知でご協力お願いします」


「はい、勿論です」


「分かってるよ、ミアンちゃん」


 礼儀正しくお願いするミアンに対しても双子は答える。そうして一旦双子達は寮に戻る事になった。


「ミアン、あんまり無理しないでね」


「スミナさん、ありがとうございます」


 スミナは帰る前に深刻そうな顔をしていたミアンが心配になり声をかけていった。スミナを見るミアンの顔は少しだけ和らいだようだった。



 寮に戻って一息ついたが、スミナもアリナもすぐに眠る事は出来なかった。寮の中も外も人々は皆不安で緊迫しているのが伝わってきたのもある。だが昨日の今日で疲労も残っているので、なるべく休まなければとスミナは無理矢理ベッドに入り眠る事にした。

 アスイから魔導具の携帯電話で連絡が来たのは深夜だった。スミナは何とか3時間ぐらいは眠れたと実感していた。


『聖教団との作戦会議が終わり、異界災害の封印を決行する事になりました。度々すみませんが、スミナさん、アリナさん、エルさん、あとご友人のソシラさんとレモネさんも連れて一緒に来て下さい。迎えはメイルが向かっています』


「分かりました、急いで準備します」


 アスイとの通話をすぐに切り上げ、アリナを起こすとスミナは急いで身支度を整える。レモネとソシラも呼ぶという事は、本気で人手が必要なのだろう。準備が終わるとアリナと共にまずは右隣りのホムラとエルの部屋へ行く。


「エル、異界災害の対応で呼び出されたから行くよ。ホムラはどうします?」


「了解です、マスター」


「前にも言った通り気持ち悪いからわらわは行かんぞ」


 エルもホムラも寝て無かったのか起きて座っていた。


「分かりました、じゃあ行ってきます」


「スミナ、ちょっと待て」


 エルを連れて出て行こうとするとホムラに呼び止められる。


「これを持って行け。必要になるかもしれんからな」


 ホムラがそう言って取り出したのは以前貰った飴玉のようなもの二つとホムラに取り上げられた銃型の神機しんきだった。飴玉は一定時間体力と魔力が大量に得られるもので、それが使えるならスミナはかなり助かると思った。


「いいんですか、こんな大事な物を」


「神機に関してはそもそもスミナの物じゃよ。ただ無茶な使い方をせぬように預かっていただけじゃ。今のスミナなら誤った使い方はせぬだろう。この飴も2個やるが、2個同時とか連続とかで使うなよ。身体がもたなくなるからな」


「分かりました、大切に使わせて貰います」


 スミナは神機と飴をホムラから受け取った。そして、銃型の神機について本当に自分が使えるか少し触ってみる。きちんと記憶を見ると魔力を使うので、使い方だけを的確に読み取る。


「これは神機ライガと呼ばれていた神機です。魔力を吸収してエネルギーの塊として解き放つ射撃武器ですね。ホムラの飴が無ければまともに撃つ事も出来ません。その代わり、これがあればどんな物でも撃ち抜く事が出来るでしょう」


「そういう事じゃ。気を付けて使えよ」


「エル、グレンを出して貰っていい?」


 スミナはエルにグレンを取り出してもらう事にした。


「いいですがどうするんですか?」


「もしかしたらエルと離れる状況になるかもしれない。今ならミーザさんのベルトに仕舞っておけるから、私がライガもグレンも持っていようと思って」


「分かりました。ただ、ホムラも言った通り無茶な使い方はしないで下さい」


「分かってる」


 スミナは腕輪の形のグレンを受け取るとホムラからもらったライガと飴と共にベルトに仕舞い込んだ。


「今のお姉ちゃんは無敵だね」


「一時的だけどね。前みたいに使うタイミングを失敗して後悔しないようにしないといけないし」


 スミナはミーザが犠牲になった時の事を思い出す。もう誰も犠牲になってもらいたく無かった。


「そうじゃ、もう一つスミナに渡しておくものがあった。目を瞑って貰っていいかの?」


「はい?いいですけど」


 スミナはホムラに言われて素直に目を瞑る。見えない中でホムラが目の前に移動してきたのを感じる。そしてホムラはスミナの肩に手を置いた。そういえばこんな事が以前にもあったなとスミナは思い、ハッとする。が、その時には遅く、スミナの唇には柔らかい感触が当たっていた。しかも今度はホムラの柔らかい舌がスミナの口の中に割り込んできていた。スミナは思わず目を開き、目の前のホムラの桃色の透き通るような瞳を見つめ返す。


「ちょっとどさくさに紛れて何してんの!!」

「離れて下さい!!」


 直ぐにアリナとエルが2人を引き離し、キスは一瞬で終わった。


「おまじないみたいなものじゃ。これでスミナはわらわの元に必ず戻って来る」


「……」


 スミナはどう反応していいか戸惑う。これはこれでホムラなりに危険な場所に行く事への励ましなのかもしれない。


「ホムラはお姉ちゃんの許可無しにキスするの禁止で!!」

「そうです、無理矢理は駄目です」


「分かったよ、今度したくなった時はスミナに確認するぞ」


 ホムラは少しだけ済まなかったような顔をする。その姿は竜神では無く、普通の女の子に見えた。


「ホムラ、ありがとう。ただ、戻ってきたら文句を言うかもしれません」


「そうじゃ。文句を言いに必ず戻って来るんじゃぞ」


 スミナは寮の部屋でホムラと別れたのだった。



「ごめんね、深夜に呼び出す事になって」


「大丈夫です、私達もアスイさんから事前に呼び出すかもしれないと連絡を貰っていたので」


 スミナがレモネ達の部屋へ行くと、2人はすぐに起きて準備をしだした。アスイから事前の連絡があったので説明は不要なようだ。


「ホムラさんは付いてこないんだ」


「うん、異界災害は気持ち悪いみたいで、近寄りたく無いって」


「竜神様も苦手なものあった……」


「流石にあれが好きな人はいないんじゃない?」


 情報を更新するソシラに対してアリナが当たり前の事を言う。過去の記憶で異界災害を実際に見たスミナは本能として近寄ってはいけないものだと身体が覚えている。そんな異界災害にどう対抗出来るのだろうかとスミナは不安になってくる。そんな時ホムラから受け取った神機と飴玉がとても心強く感じられたのだった。

 レモネとソシラの準備はすぐに終わり、寮の警備員に緊急の用事だと伝えて双子達は寮の外に出た。


「お嬢様、お待ちしておりました」


 外にはメイルが魔導馬車で待っていた。外は夜なのに東の空が不気味な紫色に怪しく輝いて見えている。メイルの運転で魔導馬車は発車し、目的地となっている聖教会の大神殿へと向かった。


「メイルも戦いの参加するの?」


「いえ、私では力不足なので申し訳ありませんが離れて見守らせて頂きます」


「危険な場所だし、メイルが無事でいてくれる方がわたしは嬉しい」


 スミナは素直な気持ちをメイルに伝える。本当であればソシラ達も危険な目に遭って欲しくなかったが、アスイの頼みならば必要な戦力なのだろう。

 聖教会の大神殿は王都の南東のペンタクルエリアの王城に近い場所にあった。王都内にある聖教会の神殿の中では一番大きく、近付くにつれその大きさに圧倒される。大神殿に着くと、既にその周りに沢山の騎士団や聖職者達が集まっているのが見えた。双子達は馬車を降りるとメイルと別れ、説明された通り大神殿の中へアスイから呼ばれた旨を伝えて入っていく。


「スミナさん、アリナさん、こちらです」


 大神殿の中を進むとアスイが双子達を見つけて声をかけてくれた。大神殿の中は巨大な柱が建ち並ぶ白く立派な建物で、いるだけで神聖な気持ちになっていく。アスイは双子達を大神殿の真ん中にある大聖堂へと案内した。

 大聖堂には沢山の椅子が並んでいて既に多くの人が座っていた。聖職者の他にも騎士や魔術師がおり、騎士団長などの見知った顔を多く見かけた。その中に双子の兄のライトの姿も見つけたが、人が多く、案内されている途中なのでアリナも流石に声をかけに行くのは我慢していた。


「ホムラさんは来なかったんですね」


「異界災害が気持ち悪いので来ないそうです。ただ、道具を貰っているので十分協力してもらっています」


「道具、というと神機ですか。確かにそれは心強いですね」


 アスイはスミナの言葉で察したようだ。アスイに案内されて双子達は大聖堂の一番奥の一段高くなっている教壇の前まで移動した。


「お越し頂きありがとうございます」


 檀上に立っていたのは過去の記憶で聖騎士セリヤが着ていた白い立派な魔導鎧を着たミアンだった。その雰囲気はいつもの柔らかさが無くなり、気高く神々しかった。


「ミアンがその鎧を着てるって事は」


「はい、私が聖なる槍を用いて異界災害を封印しに行きます」


 ミアンが聖なる槍と言っているのは封印兵器の事だろう。今の聖教団では聖なる槍という呼び名が正式名称になっているようだ。スミナ達が来たのに気付いてミアンの横に1人の老人がやって来る。


「その前に状況の説明を致しましょう。

初めまして。私は聖教会で大司教をしているオーベ・センモという者です。大司教などと大層な肩書がありますが、単に歳だけ取った老いぼれです。私自身には大した力もございません」


「オーベ様、そんな事をおっしゃらないで下さい。貴方がいなければ私は聖女になっていなかったのですから」


 やって来たオーベに対してミアンが言う。オーベは立派な聖教会の服装をした、禿頭に立派な白い髭を生やした優しそうな老人だった。ミアンにとても慕われているのは分かる。


 その後オーベが現在の状況について説明してくれた。異界災害が起こったのは王都の北東にあるカップエリアの東端の方で、発生した時点でそこに住む多くの住民が巻き込まれたそうだ。元々そこには過去に異界災害が起こった地下遺跡があり、その箇所で人為的に異界災害を引き起こしたのではないかというのが調査して出た結論だった。そしてそれは今起こっている失踪事件とも関係ありそうだと。

 カップエリアの遺跡はそういった可能性も考え近くに聖教会の神殿があり、発生直後から聖教会の聖職者達が異界災害の広がりを止める行動を取る事が出来た。

 ただ、その後に発生した異界の存在、オーベがソルダと呼ぶ単独行動出来るタイプの強襲により一旦体制が崩れたそうだ。国の騎士団の協力によりソルダの消滅は行えたが、そのタイミングで異界災害の範囲が広がってしまった。聖職者達の対応で再び抑え込んだが、今も少しずつ拡大し続け、聖職者達の負担も大きいそうだ。


「異界災害は徐々に拡大しております。早急な対応が必要な為、聖女ミアン様に聖なる槍を使ってもらう事になりましたが、封印は異界の門たる存在の近くで行う必要があります。そこで皆様方にミアン様の警護をお願いしたいとお呼び致しました」


「ここからは私が説明します。異界の門に近付くにつれ、精神汚染が激しくなります。異界災害の精神汚染に強いのは勿論聖教会の聖職者の方達なのですが、彼らは戦闘は不得意であり、異界の門に近付くのは難しいと聞きました。

そこで私達の力が必要になりました。まず転生者である私、スミナさん、アリナさんは他の方より精神汚染に強く、戦闘力もあります。また若い方ほど精神汚染に強いという事で若くても力のあるソシラさん、レモネさん、ルジイさんをお呼びしました。残念ながらゴマルさんは先の戦いの事もあるので休んでもらっています」


 オーベに続いてアスイが説明してくれる。先に到着していたのか、いつの間にかルジイも話を聞くスミナ達の並びに立っていた。


「これをお渡ししておきましょう。精神汚染への抵抗力を上げる魔導具です。真ん中の宝石の光が青に近い程良好で、赤くなってきたらそれ以上進むのはやめて下さい」


 オーベがスミナ達に腕輪を渡してくれたので魔導鎧の腕輪を付けていない腕に装着する。すると前にかけてもらったミアンの魔法と同じく心が軽くなった。スミナはエルが腕輪を受け取っていない事に気付いて直接確認してみる。


「そういえばエルは異界災害の範囲に入っても大丈夫なの?」


「大丈夫です。ワタシは魔族の呪闇術カダルやモンスターの融合などに対抗出来るよう、全身に魔力の障壁が張られています。例え傷付いて宝石形態になっても同化する事は無いでしょう」


「良かった。それを聞いて安心した」


 エルが創られた時にも異界災害の脅威は存在していたのでその対策がなされていてもおかしくないなとスミナは納得した。


「聖女様、どうやら間に合ったみたいですね」


 スミナがエルと話しているとミアンに対して見知らぬ女性が声をかけていた。


「マーゼ様、来て下さったのですね」


「丁度王都に戻っていて良かったです。私も微力ながら協力させて下さい」


「微力だなんて。皆さん、こちらは聖教会の聖魔術長をしているマーゼ・トワン様です。私の聖女としての先生に当たります」


「マーゼ様、ご無沙汰しております……」


「あら、ソシラさんも参加なさるのですね。周りの方も学生さんかしら?」


 マーゼと呼ばれた女性が聞いてくる。ソシラも聖教会と関わりがあったので知り合いでもおかしくない。マーゼは30代ぐらいのふくよかで母性が感じられる柔らかな女性だった。


「はい、レモネ・ササンと言います」

「スミナ・アイルです」

「アリナ・アイルです」


「あら、ハーラ様の娘さん達じゃない。小さい頃にお会いしてるのだけど、覚えていないかしら?」


「ごめんなさい、記憶に無いですね」

「あたしもそこまで昔の事は」


「そうよね、会った時はまだ歩けないほど小さかったものね。ハーラ様には大変お世話になりました。本当は私が聖女になれれば良かったのだけれど、資質が無かったみたいで。ミアンに負担をかける事になってしまって」


 マーゼとはハーラが元聖女だった縁で双子は会った事があるらしい。ただ2人とも転生の記憶が戻るまでの記憶はそこまで覚えておらず、まるで覚えが無かった。


「マーゼ様は十分ご立派です。逆に今でも私が聖女でいいのか疑問に思う事があるぐらいです。

マーゼ様が一緒に行って下さるなら安心出来ます」


「私の命は聖女様の為に差し上げます。なのでお役目の遂行を是非ともお願い致します」


 マーゼが神聖な面持ちでミアンに言う。聖教会の聖職者達は騎士よりも更に自分の命を使命に捧げているようだ。


「マーゼが来たので準備は万全になりましたね。あとは聖なる槍が届くのを待つのみです」


 オーベが場をまとめて言う。双子達は勧められて大聖堂の最前列の席に座った。

 大聖堂の席に座っている周りの人を見てみると、各騎士団の団長クラスの人達が座っていた。スミナの顔見知りの薔薇騎士団の団長サニアや部下のフルアはスミナの顔を見ると軽く手を振ってくれた。紫苑騎士団の人達がいないのは昨夜の魔族襲撃の対応があったからだろう。他にも名誉女性騎士団長であるネーラの姿もあった。老齢ながら手を貸してくれるようだ。王城の守りなど来れない人はいるものの、王都の最高戦力がここに集まっている事が分かる。


「聖なる槍が届いたようですね」


 オーベがそう言うと、確かに大聖堂の入り口辺りがざわついている。大きな箱を持った騎士達とそれを護衛する騎士達がミアンの立つ教壇の方へと向かっていた。護衛の騎士には王国騎士団の騎士団長であるターンと今は騎士を止めている双子達に剣を教えたオルトの姿があった。オルトは双子達の姿を見つけると封印兵器を守る集団から離れて双子達の方へとやって来た。


「オルト先生、なんでここに?」


「お前達が解決した動物の異形化の件を俺独自に追っててな、情報を王城に持っていたところでこの騒ぎだ。ターンの奴に出くわして人手が少しでも欲しいからと引っ張り出されたってわけだ」


「先生も役に立つ時が来たワケね」


「俺だっていつも自分勝手にやってるわけじゃない。まあそういうわけだから宜しく頼む。騎士団の奴らと一緒だとやりにくくてな」


「オルトさんなら歓迎ですよ」


 アスイが笑って言う。ミアンを守る人物はどれだけいても足りないぐらいなので、オルトの戦力は本当にありがたかった。


「聖なる槍を開封します」


 白い鎧に着替えたマーゼが檀上に上がって台に置かれた封印兵器の箱を開ける。するとスミナは再び凄まじい力をその槍状の魔導具から感じるのだった。


「聖女様、聖なる槍をお持ち下さい」


 オーベがミアンに呼び掛ける。ミアンは神聖な面持ちで台の上の封印兵器へと手を伸ばした。そしてそれを厳かに両手で持ち上げる。その姿は遺跡で絵画になっていた聖騎士セリヤの姿と重なりとても美しく見えた。

 だが、“ゴトッ”と音を立てて封印兵器はミアンの手から離れ台の上に落ちた。そしてミアンが壇上で崩れ落ちる。


「聖女様!!」

「ミアンっ!!」


 オーベとマーゼがミアンに駆け寄る。しかしミアンは床に崩れ落ちた姿勢で小さく震えていた。その姿は先ほどの聖騎士では無く、ただの十代の少女に見えた。


「ごめんなさい……。ミアンにはやっぱり無理でした……」


 ミアンが小さな声で言う。


「聖女様、何がありました?」


「聖なる槍に拒絶されました……。ミアンに覚悟が無かったから……」


「オーベ様、私がやります。私なら覚悟は出来ております」


 マーゼはそう言うと確認も取らずに封印兵器に手を伸ばした。が、マーゼは封印兵器に触れる事すら出来なかった。逆に無理に触ろうとした瞬間後ろに数メートル吹き飛ばされたのだった。

 その様子を見ていて大聖堂の中の聖職者達も、王国の騎士達も慌て始める。本来封印兵器の使い手である聖女が封印兵器を使えなければ全ての作戦は水の泡になってしまうので当然だ。


(誰だって死ぬのは恐い。だったら)


 スミナは決意して立ち上がろうとした。


「お姉ちゃん、何しようとしてるの?」


 アリナがスミナの肩を押さえて動きを止める。


「アリナ、わたしなら大丈夫だから。ホムラに貰った物もあるし」


「でも……」


「スミナさん、アリナさん、この世界の為です、どうかお願いします」


 アスイがスミナのやろうとしている事に気付いて渋るアリナとスミナに向けて嘆願する。


「分かった。でも、絶対に無茶はしないこと」


「分かってる。行ってくるね」


 スミナはそう言って立ち上がり、檀上へと上がっていった。そしてしゃがみ込んでいるミアンの前にしゃがむ。


「ミアン、無理なんだよね?」


「スミナさん私……。ごめんなさい……」


「大丈夫だよ。わたしがやるから。

オーベさん、マーゼさん。わたしは祝福ギフトの力で封印兵器を使う事が出来ます。わたしは聖教会の信徒ではありませんが異界災害の封印の役目、やらせて貰えないでしょうか?」


「いいでしょう。貴方の事はよく存じております。私の方からもお願い致します」


「ハーラ様の娘であるスミナさんが使うのであるなら、それが宿命だったのかもしれません。この国の為、宜しくお願いします」


 オーベとマーゼがそれぞれスミナに答える。スミナは壇上にある封印兵器に手を伸ばした。触れるのは2回目だが、以前ほど恐怖は感じない。


(わたしはこの世界を救いたい。だから力を貸して欲しい)


 スミナは祈りつつ封印兵器に触れた。そして手に持つ。手からその魔導具の恐ろしさが伝わってくる。封印兵器を完成させる為に身を捧げた人の魂の叫び。様々な想いが一気に押し寄せその記憶をスミナに読ませようとする。だがスミナは心に壁を作り、それを何とか防いだ。そしてそれを温かく包み込むように封印兵器を胸に抱く。すると封印兵器からの拒絶の想いは消えていった。

 それと同時に封印兵器の使い方を正確に理解する。取り込んだ魂を封印の力として異界の門に塗りこめて封印するのだ。そしてその際に自分の魂も削りながら塗りこまなければ封印は完成しない。その為、封印兵器の使用者は廃人になるか死ぬかのどちらかになる。

 他人の命を使う責任と自分の命を使う覚悟、その両方を迫られたのでミアンは耐えられず封印兵器から拒絶されたのだろう。そもそもそれを十代の少女に強要するのは無理があるのだ。スミナは転生者として死を一度経験しており、かつ記憶を見る能力で様々な人の死を見て来たのでその覚悟が出来ていた。それにホムラからもらった飴玉を使う事で最悪でも死ぬことは避けられるだろうという希望もあった。


(わたしは大丈夫。わたしの力を使ってあげる)


 そう念じるとスミナと封印兵器は一心同体となっていた。


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