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42.人間の弱さ

 双子達が牧場から出発する時、牧場の人達がせめてものお礼にと乳製品やお菓子、保存の効く加工肉などをお土産に持たせてくれた。これでしばらくおやつに困らないし、メイルが持ってきてくれるお弁当でも牧場の味が楽しめるだろう。


「お姉ちゃんの戦い方流石だったね。1人でほぼ解決しちゃったし」


「そんな事無いよ。アリナだってやろうと思えば同じような事出来たでしょ」


「あたしだったら何も考えずに端から倒そうとしてたよ。あの戦い方だったから変化させられた人も動物も助けられたんだし」


「そうです、マスターは素晴らしい戦い方でした」


 帰りの魔導馬車の中でアリナとエルに褒められてスミナは悪い気はしなかった。ただ、自分だけの手柄では無い事も理解している。


「でも、わたしもあのままだったらデビルに変化させられた人を殺していたかもしれない。呪闇術カダルの事を教えてくれて、剣を止めてくれたホムラには本当に感謝してる」


「わらわは知っている事を伝えたに過ぎんよ。まあスミナのお礼ならいつでも大歓迎じゃ」


「本当にありがとうね、ホムラ」


「ホムラの知識凄い……。流石竜神様……」


 ソシラも自分が分からなかった事を教えてくれたホムラを更に崇めているようだ。ホムラがこのまま人間社会に溶け込み、人間の味方になってくれればとスミナは思った。


 スミナ達が王都のワンドエリアに戻ると町では既にモンスターの襲撃の話が広まっていた。どうやらモンスターの被害に遭ったのは牧場だけでは無いようだ。スミナは寮に帰ると早速アスイに連絡して自分達が遭遇した事件について説明する。


『連絡ありがとうございます。私も明日現地に調査に行く予定だったわ。私が知っている限りでは牧場の他にその近辺にある農場や自然公園などもモンスターの襲撃に遭い、巡回していた騎士団が対処したそうよ。

しかし、動物を呪闇術カダルで異形化させたモンスターですか。しかもそれを操っていたのもカダルによって異形化した人間だったとは。スミナさんが現地にいたのはたまたまだと思うけど、あの辺りを狙ったのには何か目的があるように思えるわね』


 携帯電話でアスイがスミナの話を聞いて感想を述べる。


「目的と言うと、やっぱり王都の食料を減らす為とかですかね」


『いえ、そうでは無いと思うわ。勿論それも含まれてはいるかもしれないけど、あの規模だと一部流通が止まる程度にしかならない。それを狙うならワンドエリア周辺以外の農地も同時に襲撃していた筈。

私が思うに王国側がどれだけ動けるのか試したんじゃないかしら。カダルを使う魔力は必要だけど、実際に戦うのは異形化させた人間と動物だけだから負けても損害は少ないし。操っていたと思われるデビルが近くに居なかったのもそれが理由だと思うわ』


「つまり、今回の襲撃は今後の予行演習って事ですか?」


『あり得るわね。敵には明確に襲いたい目標があって、それがどれくらいで阻止されるかの確認をしたかったのかもしれない。牧場や農場が再び襲われる可能性は低いと思うわ』


 アスイの説明を聞いてスミナは納得していた。あえて郊外の牧場を襲ったのは警備を王都の外へ集中させる為かもしれない。


「次の敵の目標はやっぱり王都の中って事ですか?」


『恐らくそうでしょうね。ただ、王都への侵入は厳しくなったし、魔族対策も増やしてる。問題は相手が魔族じゃ無かった場合ね』


「今回の事件は魔族が原因なんじゃ無いんですか?カダルはデビルしか使えないし、トミヤさんも周辺でデビルの目撃情報があったって」


『私が怪しいと思ってるのはその部分よ。トミヤは今王国からの仕事を受けておらず、それでもデビルと取引している人間の情報を持っていた。一方私達にはそういった情報は入って来ていない。裏で人間が動いているのは確実でしょうね。モンスターを率いていたのが闇術具ダルグを使った人間らしいのも引っ掛かるわ』


 アスイの話を聞いて、スミナは確かに今回の騒動は人間だけでも起こせる事を理解する。


『最強の剣と呼ばれた呪いの剣を覚えてる?』


「はい、勿論覚えています。あ、あれもダルグの一種なんですか?」


『正確な分類は出来ないけど、城で保管している呪いの道具の一部はデビルが作ったダルグよ。呪いの剣は明確な意志を持った道具だから魔族のようなものだけど、あんな感じに人を魅入らせさせて操るダルグもある。発端は魔族でも今回直接問題を起こしたのが人間である可能性はあるわね』


 操られた人間が起こした事件かもしれないとアスイは言う。スミナはその場合ここまで計画的な犯行が出来るだろうかという疑問が出てくる。


「操られた人間がここまで意思を持って襲撃を起こせるのでしょうか?」


『カダルについては知らない部分が多いのでどの程度人間に影響を出るのかは分からない。もしかしたら悪意を持った人間が自分の意志でダルグを使って襲撃を起こした可能性もある。そんな人間がいるとは思いたく無いけどね。

まあ、全体的にもう少し調査が必要ね』


「分かりました。わたしの方でも何か気付いた事があればまた連絡します」


『お願いね。もしかしたらまた貴方達に助力を求めるかもしれないわ。それじゃあ切るわね』


 アスイも忙しいと思われ、通話はここで終わった。



 それから数日は普通の学校生活が続き、牧場での事件もあれだけで終わったかに思われた。そんな時、再びアスイから魔導具の携帯電話で連絡が来たのだった。


『スミナさん、アリナさん、メイル、それにエルさんにも協力を頼めないかしら。この間の動物の異形化の黒幕を捕まえられそうなの』


 アスイは最初に用件を伝えてくる。黒幕を捕まえるという事は調査が進んだのだろう。


「わたしとエルは大丈夫です。アリナとメイルも後で聞きますが大丈夫だと思います。それで、どんな事を手伝えばいいんですか?」


『ワンドエリアの裏町の倉庫に怪しい人物が何かを持ち込んでいるのを確認出来たの。恐らくそこから戦技学校への襲撃を企てるようです。なので犯人が動き出す前に突入して、証拠を押させて捕まえる予定よ。貴方達にはその援護と異形化させられた人の解呪をお願いしたいと思ってるわ』


「また学校が狙われているんですか。そうなるとやっぱり相手の目当てはわたし達なんですかね」


 牧場は偶然としても、再び学校が狙われるなら前回同様目的は自分達なのではとスミナは考える。


『もしかしたら今回の目的はホムラさんかもしれないわね。王都内を混乱させる事で人間と竜神の関係を壊そうとしている可能性もあるわ』


「でもホムラはそんなに単純では無いですよ。騒ぎが起きたらむしろ騒ぎを起こした魔族をより敵視するだけなのでは」


『黒幕が魔族だった場合はね。でも私は今回の黒幕は人間だと予想しているわ』


 アスイはスミナが考えていなかった事を口にする。確かに前にその話をしていたが、黒幕として人間を操る魔族が存在しての事だとスミナは思っていた。


「以前の話では、たとえ人間が首謀者だとしても魔族が操っているという話ではなかったですか?」


『もちろんその可能性はまだ捨ててない。だけど、牧場や農場での調査、裏町の情報を合わせると魔族は関係ないと思われる部分が多かったの。魔族が計画したにしては人間社会に溶け込み過ぎていると』


「もしかして誰か心当たりがある人物がいるんですか?魔族と関係する人達は大分捕まったと聞いていますが」


 スミナはアスイがここまで言うならもう目星がついているのではと思ってしまう。


『いる事はいるのですが、それを言ってしまうとスミナさんまで偏った捉え方をしてしまうかもしれない。スミナさんは貴方自身の考えでいてもらいたいわ』


「分かりました」


『じゃあ集まる日時については追って連絡するわね』


 そう言ってアスイからの連絡は終わった。アスイの言葉通り話し合いは大事だが、人の言う事を聞き過ぎて考え方が似てしまうのは危険かもしれないとスミナは思った。


 後日アスイから再び連絡があり、平日の夜にスミナ達は集まる事になった。その際、ホムラが手伝わないが付いて来ると言い出した。ホムラを止められる者は存在しないのでスミナは好きにさせる事にした。

 集合場所は裏町から離れた学校の近くのアスイが自由に使っている研究施設だった。敵に気付かれないようにする為だろう。中に入るとアスイとその部下のナナルの他によく知る学生達が待っていた。


「ミアン、それにルジイさんとゴマルさんも。アスイさん、3人にも協力を?」


「はい、今回は少数精鋭で行く必要があり、騎士団や調査部隊の人達より皆さんの方がいいと考えました。確かに危険な任務ですが、皆さんの実力なら問題無いと思っています」


 3人とも神機しんき探索に付き合ったメンバーなのでアスイの言っている事は間違っていない。アスイはこちらに予定にないホムラがいる事に気付く。


「ホムラさんは作戦には参加しないでいいんですよね?」


「ああ、邪魔はせんから話を進めてくれ」


「分かりました。初対面の者がいるので紹介だけさせて下さい。私の部下のナナルです」


「ナナル・ミジヌと申します。ホムラさんの事はよく存じています。よろしくお願いします」


「ああ、よろしくな」


 ホムラはあまり興味無さそうに返事する。ナナルはそれでも笑顔でホムラを見つめていた。ナナルにとってはホムラも興味の対象なのだろう。


「それじゃあ、出発前に今回の作戦について説明するから」


 アスイに案内されて研究施設の一室に一同は案内され席に座る。少数精鋭といっても特殊技能官のアスイとナナル、学生のスミナとアリナとミアンとルジイとゴマル、更にメイルとエルとホムラの10人とそれなりの人数になっていた。


「これが地図で、ここが目的地。敵に逃げられないように部隊を3つに分けて同時に突入します」


 アスイが説明する。1つ目の部隊はアスイとナナルとメイル、2つ目の部隊はスミナとエルとミアン、3つ目の部隊はアリナとルジイとゴマルとなり、アスイ、スミナ、アリナをそれぞれリーダーとした。確かに戦力的にはバランスがいいかもしれない。


「戦闘が起こった場合は基本的に私の部隊が戦います。皆さんには異形化した人間の解呪に専念してもらいます。ただ、ルジイさんには術者の探索に専念してもらい、ゴマルさんはルジイさんの護衛をお願いします。ミアンさんは解呪した際に傷付いた人の回復に専念して下さい」


 今回ルジイとゴマルとミアンを呼んだ理由がこれだった。ルジイは異形化させたカダルの術者を探す魔法が使えるという話だ。今回の黒幕であろう術者が見つかれば異形化も止まり、手早く解決出来るだろう。


「なんかあたしの部隊だけむさ苦しくない?」


 アリナが自分の所に男子が集められている事に不満を述べる。


「アリナさんの部隊が一番重要なので、危険を察知出来るアリナさんにお願いさせてもらったの。まあどうしてもというなら私が交代してもいいですけど」


「冗談だよ。割り振りの重要性は理解してる」


 アリナは自分の役割を理解し答えた。敵が探知能力者を優先的に狙って来るとしたら、確かにアリナがその護衛にぴったりとなるだろう。その後、細かい段取りをアスイが説明した。スミナはあまりにもうまく行きそうで、何か違和感を感じる。


「この倉庫が囮や罠の可能性はありませんか?敵が姿を見せて倉庫に出入りしてるなら、知られてもいい情報だという可能性は?」


「その可能性も考慮して、対策は取ってあるわ。今夜は一部騎士団の方にも協力をお願いしてあります。ただ、あまり大きな動きをすると敵に感づかれるので少人数ですが。

それにこちらは既にかなり確度の高い情報を入手してるの。その話をする為にはまずは黒幕か、黒幕に近い人物の事を明かさないといけないわね。今回の事件に関与しているのは情報屋のトミヤ・パスリです」


 アスイの言葉にスミナを含む何人かが驚きの声を上げる。スミナはトミヤが怪しい人物だとは思っていたが、魔族に関わる犯罪に加担するとは思っていなかった。


「待って下さい、トミヤがそんな事する筈がありません。あの子は法を犯したとしても魔族に与する事は絶対にしないと思います」


 メイルが珍しく感情的に発言する。トミヤはメイルの友人でもあるので擁護するのは当然だろう。


「メイル、気持ちは分かるけど彼女が今回の事件に絡んでいるのは事実よ。トミヤは以前の魔族と関係ある人の調査の後、国からの仕事を受けなくなった。その後の彼女の表立った動きは殆ど見られず、故意に姿を隠していたの。そんな中、今になって怪しい動きをしているのがトミヤなの」


「それはトミヤなりに危険に飛び込んで調査しているだけでは?」


「そう思いたいところだけど、今回は怪しい所を見た証人がいるのよ。メイルが納得しないだろうから、直接話を聞いて貰うわ。ちょっと待っていて」


 アスイはメイルに説明する為に証人を呼びに部屋を出て行った。


「わらわもトミヤという奴は怪しいと思うぞ」


「アリナはこの間会った時に何か感じなかった?」


 ホムラの意見は置いておいて、スミナはアリナが危険を感じていたか聞いてみる。


「うーん。正直最初からトミヤさんは怪しい雰囲気が出てたし、この間会った時の危険な感じはホムラを見たからだと思ってた。もしかするとあの時からあたし達に敵意を抱いていたのかも」


 アリナの話にメイルは何も言わなかった。そうなるとあの場での出会いは偶然ではないのかもしれない。


「連れて来たわ。ナシュリさん、ここに居る人達は信頼出来る人達だから安心して話していいですよ」


「ナシュリさん!?」


 アスイが連れて来たのは裏町でアクセサリー屋をしている水色の長髪の美女ナシュリだった。指輪を貰ってからは1度しか会っておらず、スミナが会うのは久しぶりだった。


「アリナちゃん、スミナちゃんお久しぶり。2人の活躍の噂は聞いてるわ」


「ご無沙汰してます。最近お店に行けずにすみません」


「おひさ。ナシュリさんが出てくるなんて流石にあたしも驚いたよ」


 双子はナシュリに挨拶をする。


「あら、2人は知り合いだったのね。なら話は早いわね。ナシュリさんの本職はアクセサリー職人なんだけど、占い師の祖母の血を引いていて人の本質を見抜く力が少しあるの。ここからはナシュリさんの話を聞いた方がいいわね」


 アスイはナシュリを席に座らせて話を促す。


「では私の方から見た内容を話すわね。

私は裏町でお店をしている仕事柄、人をよく観察しているの。危険な人にはなるべく近寄らず、逆に頼れそうな人とは出来るだけ仲良くするように。だから、情報屋のトミヤさんの事は知っていたのよ。

トミヤさんが怪しい仕事をしているのも知っていたし、彼女は独特の雰囲気を持っていたから私の中では目立って感じていた。話した事は数度しかなかったけど彼女を見間違えない自信はあったわ」


 ナシュリはトミヤの事について話していく。


「丁度二ヶ月ほど前だったと思う。私はアクセサリー作りでどうしても必要な材料があって、忘れないうちにと夜に買い物に出かけたの。売ってる店が遠かったので裏町に戻って来たのは深夜だったわ。深夜の裏町は危険なので私はあまり人に知られていない裏道を通ってお店に帰っていたの。

そこで私は長身の全身黒ずくめ男が路地を横切ったのを見たの。それだけだったら私も驚いたぐらいで特に気にしなかったわ。私が気になったのはその人物からトミヤさんと同じ感覚を、あえて言葉にすると魂が同じに感じたの。トミヤさんは知っての通り小柄だから違和感があった。ただ、その時は仕事で変装しているのだろうという事で気にしなかった」


 二ヶ月前というと野外訓練で事件が起こる前の事だろう。


「でも、それ以降裏町で違う姿をしているトミヤさんを度々見かけたの。時には老人だったり若い女性だったりと見た目を変えていたけど、私にはトミヤさんだと分かった。出会う場所もいつも私の店の近くの人通りの少ない路地の辺りだった。

そして、ある日何かを持って大きな倉庫に入っていくトミヤさんを見たの。その倉庫は人通りの少ない路地の近くにあって、ようやく私はそこへトミヤさんがいつも向かっていた事が分かったわ。

流石に何をしているのか見に行く事はしなかったけど、しばらくして王都の方が怪しい事が無かったか聞きに来たので少し気になる事としてトミヤさんの名前は伏せて伝えておいたの。そして後日、アスイさんがやって来たのでトミヤさんの事も話したわ」


「ナシュリさん以外にも倉庫の周りで不審者情報があって、最初に気付いたナシュリさんに聞きに行ったらトミヤの事が分かったのよ。それで監視の魔導具を近くに設置したところ人目を忍んで倉庫へ入るトミヤとおぼしき人物が確かに確認出来た」


「それだけではトミヤが魔族と関係しているとはならないのでは?それにナシュリさんの勘違いの可能性もあるのではないでしょうか?」


 ナシュリとアスイの話を聞いてもメイルは納得しない。


「ごめんなさい、こんな事は言いたくなかったのですが、私は悪意を抱いて行動している人が分かるんです。以前のトミヤさんはそこまで怪しくは無かったのですが、変装してからのトミヤさんは確実に悪意を持って動いていました」


 ナシュリが悲しそうに言う。


「アスイ、ナシュリさんの言う事は信じていいんですか?」


「はい。ナシュリさん、この部屋には初対面の人が多くいますよね。気になった人がいたら何人でもいいので教えて下さい」


「分かりました、アスイさんとアリナちゃんとスミナちゃん以外で言います。

まず、一番気になったのはあなたです。えーと、間違っていたら悪いのですが、人間ではありませんね。感じられる力の量がとてつもなく大きいです」


「お主なかなかやるな。お主の言う通りわらわは人間などでは無い」


 ナシュリは簡単にホムラが人間では無い事を当てる。


「あとはあなたとあなたもとても大きな力を秘めているのが分かります」


 ナシュリはミアンとルジイを指して言う。聖女であるミアンと魔術の天才であるルジイは確かに当たっていた。


「最後にあなたも人間では無いですよね?力を読み取る事が出来ません」


「合っています。エルは魔導帝国の遺産で、人間では無いです」


 ナシュリはエルも見破る事が出来た。彼女の心眼は本当のものだろう。


「ナシュリさん、ありがとうございます。なので私はナシュリさんの話を信じてここまで進めて来ました。ナシュリさん、もういいので今日は危険なのでこの施設で休んでいて下さい」


「分かりました、皆さん頑張って下さい」


 ナシュリは部屋を出て行った。ある程度の話はアスイから聞いているのだろう。


「アスイ、一応納得はしました。ただ、トミヤと話せるなら説得するチャンスを下さい。それに彼女の真意も聞きたいです」


「私もなるべく穏便に済ませたいとは思っています。トミヤが魔族に操られている可能性もありますし、いきなり攻撃したりはしませんよ」


 アスイの話を聞いてメイルも少し落ち着いたようだった。

 その後、実行の時間まで待機し、アスイが裏町に置いた見張りから連絡が来たので作戦開始となった。アスイの提案通り部隊を3部隊に分け、スミナ達は裏町の南側から回り込む事になる。ホムラは勿論スミナの部隊について来ていた。


「ミアン、ごめんねこんな事に付き合わせて」


「スミナさんが謝る必要は無いじゃないですかぁ。それに町の人が危険に晒されているのなら、それを阻止するお手伝いをするのは聖教会の方針です」


「スミナ、ミアンは見た目よりも図太く強いぞ。多少無茶させても問題なかろう」


「ホムラさん、それは誉め言葉だと思っておきますねぇ」


 ミアンとホムラは思ったより打ち解けていそうだった。ミアンの能力が高いのは事実なのでスミナは自分が守る前提で頼らせてもらおうと思った。


「ただ、このメンバーでは問題がありますね。全員が学生にしか見えないので人に見られると確実に絡まれるでしょう」


 アスイの部隊は全員大人で、アリナの部隊はガラの悪い大人にしか見えないゴマルがいるのでいいが、スミナ達はどこからどう見ても深夜の裏町に似つかわしくない若い女性達でしかなかった。


「エル、大人の男性に変身出来る?」


「マスター、お安い御用です」


 エルは言われて身体が光って姿を変える。エルは身体が大きくなり、目つきが悪い銀髪の美青年に変わっていた。学校にも家族にもいないタイプだったのでスミナは少しドキッとした。エルがスミナに出会う以前にこういうタイプの人と関わっていたのかもしれない。


「こんな感じでいいでしょうか?」


「いいけど、その見た目だったらもう少し口調を男らしくして」


「分かったぜ」


 声も姿も変わったがどこか不自然な感じがエルらしくてスミナは笑いをこらえる。


「それならわらわも姿を変えた方が良さそうじゃな」


 ホムラもそう言うと身体が光り出す。身長が伸び、髪はピンク色のままだが逞しくワイルドな雰囲気の男性に変わっていた。スミナはホムラの服装が日本の戦国時代の人が着るような豪華な着物に変わっている事に驚く。


「なんで着物を?」


「そうか、スミナは転生者だから知っとるんじゃったな。東国で昔流行ったのが転生者が提案したこの着物じゃった。かくいう我の父もその東国出身で着物を着とったのじゃ」


 男性に変わったホムラが野太い声で言う。恐らくホムラの父は今のホムラに似た姿だったのだろう。


「これだとかえって目立ちませんかねぇ」


「一般人には目立つかもしれないけど、敵には逆に怪しまれないと思う。

わたしとミアンはこれを被って、どちらかに付き添う形で進もう」


「なら我がスミナをエスコートするぞ」


 ホムラはエルに取られる前にスミナの横にくっつく。しかしエルもスミナの反対側に寄ってきた。とりあえずミアンにフードを渡し、スミナもそれを被ってからどうするか判断する。


「ごめん、エルはミアンを守って」


「分かった、スミナが言うならそうするぜ」


 エルが慣れない言葉遣いで応えてミアンの横に付く。


「そろそろ予定の時間だから行こう」


 魔導具の時計を確認し、作戦開始時間に近付いたのでスミナ達は裏町へと夜道を進んで行った。比較的安全な道を事前にアスイから聞いていたので最初は誰にも会わずに倉庫への道を進んでいた。しかしどうしても人が集まっている道を横切る必要があった。魔法を使って回避する案もあったが、下手に魔法を使うと敵に感付かれるかもしれないので倉庫まではなるべく使わないように言われている。


「ホムラもエルも堂々と歩いてくれる?話しかけられても無視していいから」


「我はいつでも堂々としてるぞ」


「分かったぜ」


 人がいる道に入る前にスミナは注意を促した。ホムラとスミナが先導して大きな道に入る。そこは深夜だというのに酔っ払い達が集まりちょっとした宴会をしていた。皆見るからに普通の市民ではなく、道を踏み外したならず者だった。ただ、酒宴を楽しんでいるのでスミナ達を気にする様子は無い。あと少しで再び狭い路地に入れる時、1人の男がホムラの方へ寄ってきた。


「見ない顔だな。何してるんだい?」


 男は痩せ型で、違法な薬でも使ってそうな病的な顔つきだった。ホムラが着物で目立ったのだろう。ただの好奇心だろうが、ここで上手く返せないと怪しまれるだろう。スミナはどうするか必死に考える。


「我が女を連れて何をしようが勝手だろう」


 ホムラは野太い声で答え、スミナを抱き寄せる。強引な力強さがあったが、そこには守られている安心感もあった。エルも無言で男を睨みつけていた。


「そうかい、邪魔したな」


 2人の男に威圧され、痩せ型の男は素直に引き下がっていった。そのまま路地に入り、スミナは一安心する。


「ホムラ、ありがとう」


 とスミナが小声で言った時、目の前に背の伸びたホムラより更に大きな男の姿いつの間にかあった。


「おまえらこの町は初めてだな。町には町のルールってもんがある。ツラ貸しな」


 男は冷静だが、威圧感がある声で言う。恐らく裏町を仕切っている側の男なのだろう。見るからに筋肉が付き、黒い服がはち切れそうだった。目つきも鋭く、人を脅すのに慣れていそうだ。


「誰に向かって口を聞いておる。どかぬとぶちのめすぞ」


 ホムラは怯みはしなかった。ホムラなら簡単にこんな男は倒す事が出来るだろう。だが、それをしてしまうと騒ぎが起こる可能性がある。スミナはエルに何かを言わせて場を収める方法を考える。が、既に一触即発の状態で、それを止める言葉が思い浮かばない。この男に付いて行くという選択肢は無いのでいっそスミナが魔法で眠らせようかとも考える。


「ボムゾ、ごめんなさい。緊急の要件なのです。通して貰えませんでしょうか」


 そんな時口を挟んだのはまさかのミアンだった。ミアンはフードを下ろして顔を男に見せていた。


「聖女様。申し訳ありません。気付きませんでした。どうぞお通り下さい」


 男は急に姿勢を正し、スミナ達に道を譲った。スミナは驚きつつもそのまま路地を進んで行く。


「ミアン、どういう事?」


「あの方は確かに裏町で用心棒をしていますが、聖教会の信者なんです。裏町にも聖教会の信者の方は多く居て、ミアンもたまに裏町に来ているんです」


 ミアンの顔が広いのは知っていたが、裏町まで来ているとはスミナも思わなかった。ともかく危機は去り、スミナ達は倉庫へと大分近付いていた。


 目的地の倉庫に近付くにつれ、スミナの中で違和感が大きくなっていった。確かに声をかけられどうするかという場面はあったが、それを除くと順調過ぎるのだ。敵の計画の実行日がいつにしろ、ここまで何の障害も無く近付けるものだろうか。それにもしトミヤが関わっているとしたらこんなに簡単に見つかる場所で計画を立てるだろうか。

 スミナの頭は冴えていき、1つの答えが導き出された。そもそも学校が狙われているという前提が違っているのだ。確かに倉庫から学校へは距離的には近いが、いざ倉庫から向かうとなると途中で目撃され、学校に辿り着く前に阻止されるだろう。数の暴力で学校を襲撃する事も出来るが、そこまで戦力が集められるならわざわざ学校を狙う必要は無い。

 そして気になるのが倉庫の位置だ。丁度裏町の中央に近い場所にあり、周囲から包囲しやすい。確かに裏町は隠れて事を運ぶのに適しているが、今は色々な事件があって、むしろ警戒されている。情報屋のトミヤが一番分かっている事だ。罠の可能性についてアスイには言ったが、アスイはそれも考慮していると言っている。あえて罠に飛び込むつもりなのかもしれない。


(アスイさんなら罠だろうが恐れず突入する。ただ敵がそれを考慮してるとしたら……)


「みんな、ちょっと止まって」


 スミナは移動を止め、貰った地図を見直す。もし自分が罠を張る側だとして、倉庫が餌だとしたらどういう罠をしかけるだろうか考える。倉庫に集まったのは獲物。その獲物は市民を気にして町中では自由に戦えない。戦う事と助ける事は同時には行えない。迷えば迷うだけ被害は広がる。敵にとってここはとても戦いやすい場所なのだ。


(やっぱり罠だ!そして囲まれているのはわたし達の方だ!!)


 恐らく敵は倉庫に入ったタイミングでその周りから襲撃を開始する。その範囲は広く、全部を救うのは難しい。そして、助けに入ったところを攻撃してくる。こちらは守る人がいる以上、全力で戦えない。そして戦う敵もまた動物や人間が変化したものでこちらは戦うのを躊躇する可能性もある。つまり、始まってしまったら取り返しのつかない事になるだろう。

 もう倉庫は目前だ。ここまで来て罠を回避する事が出来るのだろうか。


(諦めたら駄目だ。今気付いたのなら、何か出来る筈だ)


 スミナは時間をかけないよう必死に考える。敵が異形化を戦力とする以上、それを行う術者がいる。1人にしろ複数にしろ、使える術者、つまり使う道具であるダルグの数は限られている筈だ。そして最終的にはそれを統べる指揮官に当たる人物がいる筈。自分がもし指揮官ならどこから包囲する部隊を指揮するか。

 スミナは地図と町の建物の記憶をすり合わせ、裏町を上から見るのに相応しい場所を思い付いた。ワンドエリアにある高層ホテル。魔族では泊まれないだろうが、人間なら問題無い。そして警備や騎士団もホテルの中や宿泊客まで調べる事は無いだろう。

 スミナは自分の考えが正解である事を信じ、自分が阻止する事を決意する。スミナは急いで魔導具の携帯電話でアスイに連絡を入れた。


『アスイさん、これは罠です。敵の指揮官は高層ホテルで町やわたし達を襲うつもりです』


『分かりました。スミナさん、貴方の信じる通りにやって下さい。私は倉庫の方がまだ気になりますので罠に警戒しつつ調べてから合流します』


『はい、お願いします』


 アスイとの話を最低限にし、スミナは自分の考えを仲間に伝えてホテルへ向けて踵を返した。速度優先なので隠密行動も止め、魔法も使う。ミアンもスミナに付いて来ていて、ホムラとエルも移動しやすいように姿を女性の姿に戻していた。


(まだ間に合う!)


 スミナがそう思った時だった。スミナ達の進行方向の前方から火柱が上がる。それと同時に町の建物が破壊されるのが見えた。切っ掛けが何かは分からないが敵の攻撃が始まってしまったのだ。そして火柱は遠方からも見え、同時に周囲で同じ規模の襲撃が始まっているのが分かる。


「遅かった……」


 スミナはそう言いつつも急いで近くの襲撃場所に向かう。


「デビル!?」


 そこでスミナが見たのは異形化した動物と共に町を破壊する、明らかに人が異形化したのでは無いデビルだった。アスイが言っていた人間のみが起こした襲撃という仮説が間違っていたのだ。これが複数の箇所で起こっていたとしたら、町の被害は甚大なものになるだろう。

 スミナは逃げ惑う人を守り、近くにいたデビルを倒した。が、異形化した動物達が周囲を囲んでいた。自分達がどれだけ頑張ろうと市民への被害は防げない。そう思ってスミナの動きは止まってしまった。


「スミナさん、諦めないで下さい!!」


 スミナの横から温かな光が広がる。そして周囲にいた異形化した動物達が一気に元の姿に戻っていた。ミアンの聖女としての力だ。大範囲の解呪が出来るのだ。


「マスター、ここはワタシ達に任せて下さい」


 エルが手から光線を放ち近くのデビル達を消滅させる。2人の力は確かに凄い。だが、周りに被害が広がり始め、遠くにも逃げ惑う一般人の姿もある。自分もせめてこの人達を守る為に戦うべきなのでは無いだろうか。


「2人の言う通りよ。スミナさん、貴方は貴方のやるべき事をやりなさいね」


 艶やかな声が聞こえ、上空から一般人を狙うデビルが一刀両断されていた。そこには紫色の鎧を着た紫苑騎士団団長のシルンが立っていた。更に周囲でも一般人を守り、デビルを倒したり異形化した人を解呪する紫苑騎士団員の姿が見えた。


「アスイさんも人使いが荒いのよねぇ。私達はこういう作戦には合わないのに。まあ今回はデビル相手だからやりやすくていいけど。

そんなわけで、町の方は心配しないでいいから、行って頂戴」


「シルンさん、ありがとうございます。

ミアン、騎士団の人達と協力して市民を助けて。

エルは、ミアンを守って」


「分かりました」


「了解です、マスター」


 スミナが移動を再開すると他の騎士団のメンバーがデビルや異形化した動物と戦っているのが見えた。スミナは気になるが、今は仲間や騎士団を信じて先へ進む事にした。


「みんななかなかやりおるな」


 1人スミナに付いてきたホムラが呟く。スミナは全部自分でやろうと思っていた事が自惚れていたのだと理解した。


「はい、凄い仲間です」


 スミナはそう言うと速度を上げて高層ホテルへと向かった。ホテルに近付くにつれ、スミナはアリナとの距離が近付いている事に気付く。アリナもスミナと同じく敵の指揮官を狙っているのだろう。危険察知出来るアリナなら当然一番強い指揮官の位置が分かるので自然な流れだろう。スミナは少しだけ進行方向をずらして先にアリナと合流する事にする。


「アリナ!」


 アリナの姿を確認してスミナは呼び掛ける。


「お姉ちゃん。やっぱりお姉ちゃんも敵の罠に気付いたんだ」


「うん。アリナはいつから?」


「あたしは倉庫に突入する直前に敵のボスの危険を察知して、そのすぐ後に襲撃が始まって。ルジイくんの術者の探知もあたしの感じた危険と同じだったから突入はやめてあたしだけでもボスを倒そうと思ってこっちへ来たんだ」


 アリナがホテルに向かったのは大体スミナと同時ぐらいだと分かった。アリナとルジイが同じ存在を察知してるならスミナの予想は確実だろう。しかしそこでスミナはまた違和感を覚える。敵に本当にトミヤが協力してるなら、アリナの危険察知の祝福やルジイの術者を探知する魔法の事を知っていてもおかしくない。多少時間はかかってもすぐに指揮官は見つかり、倒される危険は分かっている筈だ。

 そして再びスミナの頭の中で一つの仮説が組み立てられていった。アスイが倉庫の調査をすると言った事、重要な筈のルジイを自分の部隊に入れなかった事。スミナでも気付いた罠の事を皆に説明せずに騎士団の準備をしていた事。


「アリナごめん、敵の指揮官をお願い。わたしは倉庫に向かう」


「どういう事お姉ちゃん?」


「あとで説明するからお願い!!」


 スミナはそう言い残すとアリナと別れて全速力で倉庫の方へ戻っていく。とにかく速く。スミナは魔導具のベルトからいくつかの魔導具を取り出し、それを身に着ける。高速飛行の魔導具に効果向上の魔導具、そして加速の身体への負荷を減らす魔導具。これで神機しんきを使って全速力で飛ぶのと同程度の速度で飛ぶ事が出来る。ホムラの事は考えなかったが、ホムラはそのスミナの後を難無くついて来ていた。


(最初からアスイさんは気付いていたんだ)


 スミナは自分が立てた仮説が当たっている事を確信していた。この襲撃は魔族が中心となって仕掛けたように思い直したが、やはりそうでは無い。アスイの言った通り人間が計画していたのだ。そして罠の目的はアスイをおびき寄せる事。アスイはその事を理解し、あえて自分から罠にかかりに行ったのだ。だからアスイの部隊は部下のナナルとトミヤの友人のメイルだった。メイルを呼んだのは今回の黒幕がトミヤだからだ。過去に何があったか知らないが、アスイはトミヤからの挑戦状に自分で挑みに行ったのだ。

 倉庫が見えて来たので少し減速してレーヴァテインをスミナは取り出す。そして倉庫の壁を全力で切り裂いた。そのままスミナは倉庫の中へと飛び込む。


「思ったより早く来てしまったね、スミナさん。とりあえず動かないで貰えるかな」


 聞こえて来たのは中性的なトミヤの声だった。スミナは声の聞こえた方を向き、状況を確認する。倉庫の中は薄暗く、小さな魔法の灯りがあるだけだった。最初に目に入ったのは剣を構えるアスイの姿だ。アスイの視線の先には謎の機械に手足を縛られたナナルとメイルがいた。そしてその奥にこちらを睨むトミヤの姿があった。


「どういう状況なんですか?」


「ごめんなさい、私のミスです」


「2人の命は俺の手の中にある。会話はしないで貰おう。ただ、一つ問題があるな。ホムラさん、俺は貴方と争う気は無い。手出ししないで貰えると助かるのだが」


「わらわは最初から手を出すつもりは無いぞ。ましてや人間同士の下らない争いなら尚の事じゃ」


 いつの間にかスミナの横に立っていたホムラが言う。スミナはようやく状況を把握する。罠に嵌ってナナルとメイルが人質になり、アスイが動くに動けなくなっているのだと。恐らく人質の2人を縛っているのは魔導具か魔族のダルグで、トミヤが命じれば一瞬で2人を殺せるのだろう。ホムラなら瞬時にトミヤを倒せるが、アスイやスミナでは2人を安全に助ける事は出来ないという事だ。


「それは助かります。スミナさん、このまま何もしないで貰えるなら、君の命も人質2人の命も保障するよ。だから馬鹿な考えは起こさない事だ。

じゃあ、アスイ話の続きをしよう。今すぐ自害してくれないか」


「!?」


 トミヤの言葉にスミナは驚いた。勿論トミヤが敵に回ったのなら当然の考えではある。しかし、知り合いの人間同士でどうしてそんな事になってしまったというのだろう。


「俺だってこんな方法は取りたくなかった。だが、どうやっても君を殺せる方法が思いつかない。だから君には自滅してもらうしかないという結論になったんだ」


「アスイさん、私の事は気にしないで下さい!!」


「そうです、アスイの方が大事です。

トミヤ、どうしてこんな事するの?」


 ナナルとメイルが悲痛な声を上げる。


「どうして?そんなの決まってるじゃないか。人類の平和の為だよ。

あまり長話をするとまた邪魔が入る。アスイ、覚悟を決めてくれ」


「分かりました」


 アスイは剣を自分の首筋に当てる。スミナはどうすればナナルとメイルを助けられるか必死に考える。何かきっかけがあれば1人だけなら助けられる可能性はある。もしホムラが協力してくれれば2人とも助けられるが、ホムラが協力してくれるかどうかは正直分からない。そんな事を考えていると既にアスイの剣はアスイの首筋に食い込み、血が流れ始めた。スミナは自分だけが気付いている最後のチャンスに賭ける。


「そこまでだよ!!」


 緊迫する倉庫の中にアリナの声が響いた。アリナはスミナが開けた穴の所に浮いていた。一瞬だけ倉庫の中の時間が止まったようになる。


(今だ!!)


 スミナはトミヤの視線がアリナに移った瞬間にベルトから一つの魔導具を取り出し、トミヤに向かって発動した。トミヤもこの一連のスミナの動きは捉えられなかった。


「今です!!」


 スミナは大声で叫んだ。アリナもアスイもスミナの意図を瞬時に理解し、動いた。アスイはナナルを、アリナはメイルが縛られていた部分を切り裂き、2人を救出する。次の瞬間、2人を縛っていた道具が作動し、首があった部分を左右から刃がクロスした。数秒遅ければ2人は死んでいただろう。


「何をした?」


 トミヤがようやく言葉を発する。


「一瞬だけトミヤさんの周りに幻覚を見せ、音を消しました。流石にすぐに気付いてしまいましたが、間に合いました」


「やっぱり警戒すべきはスミナさんだったな」


「デビルの親玉も倒して、外の騒ぎは収まりつつある。作戦は失敗だよ」


 メイルを抱えたアリナが言う。


「ああ、それは計画通りだ。魔族は俺を利用してるつもりだが、俺は奴らを利用させて貰っただけだ。最初から狙いはアスイだけだよ」


「それも終わりです。観念して捕まって下さい」


 アスイは剣を構えて言う。アスイの首の傷はすぐに再生していた。スミナはどうしても聞きたい事があった。


「どうしてこんな無謀な計画を立てたんですか?アスイさんが最初から本気を出せばトミヤさんは死んでたと思います」


「どうして、か。これしか方法が無かったからだよ。無理なのは重々承知の上だ」


 トミヤは悲しそうな顔をする。嘘を言っているようには見えなかった。


「あの事が忘れられないのは分かります。でもトミヤ、ここまでする必要は無かったでしょう?」


「確かに切っ掛けはツルキの死だよ。でも、俺はもっと恐ろしい事を知ったからアスイを殺そうと思ったんだ。

全ての元凶は転生者だ。転生者さえいなければ魔族は人類を滅ぼそうなどという事はしなかったんだ」


 トミヤは恨むように言葉を吐き出す。


「その考え方は誤りです。魔族に何か吹き込まれたのかもしれませんが、転生者の有無に関わらず魔族は人間を襲うでしょう」


「アスイ、お前は自分が転生者だから自らの過ちを受け容れたくないだけだ。

さて、俺は最後の悪あがきをさせてもらう」


 トミヤはそう言うと黒い球体を取り出し、それを自分の胸に押し当てた。球体からは黒いオーラのようなものが立ち上り、それが邪悪なダルグだと分かる。球体はトミヤと融合すると植物のようにトミヤの全身に根を這わせていく。トミヤは苦しそうに呻き声を上げる。トミヤの身体はどんどん巨大化し、5メートル近くまで大きくなった。その姿はトミヤからかけ離れ、顔さえ見なければデビルと見間違える邪悪さだった。顔だけはトミヤのままで残っている。


「アスイ、死ね」


 トミヤは鉤爪の付いた巨大な腕を振り上げ、アスイ目掛けて突進した。


「私がやります。手出し無用です」


 アスイは冷ややかな声を発した。そして剣を構えて突進するトミヤへとゆっくりと近寄る。トミヤの腕が振り下ろされる事は無かった。その前にトミヤの巨大な四肢はアスイの剣で胴体から切り離されていたからだ。素早く無情な剣技だった。これがアスイなりの優しさなのかもしれない。トミヤは手足を失って仰向けに倒れ、その倒れた胴体にアスイは脚を掛け剣を突き刺せるように持ち変える。


「やはり強いな、アスイは。

ここから先は地獄だぞ。今日死んだ方がお前は幸せだったと思うだろう」


「さよなら、トミヤ」


 アスイはトミヤの胸の中央にある黒い球体部分に剣を突き刺した。球体は割れ、黒いオーラが消えていく。それと同時に巨大だったトミヤの身体は元の形に戻っていった。手足が失われ、胸に穴が空いた状態に。


「ツルキ、遅くなったな……」


 トミヤは誰かの名を呼んで息を引き取った。


「トミヤ……」


 メイルはトミヤの死体に駆け寄り、膝をついて涙を流した。


「最後まで自己中心的な奴じゃったな」


 ホムラが侮蔑の言葉を投げ付ける。だが、それに反論する人はいなかった。皆殺されかけたのだからしょうがない。スミナは確かにそうかもしれないが、ホムラが人間では無いという事を再確認させられたのだった。


「トミヤは大分前からダルグに操られていたのでしょう。ナシュリさんが邪悪だと感じた事とあのダルグを見て確信しました」


「操られてたならアスイ先輩が助けられたんじゃないの?」


「他者からカダルをかけられるのと、自ら契約してカダルを受け容れるのは異なるの。トミヤは自分の意志で契約したのでそれを解呪する事は出来ない」


 アスイの言葉が正しいとすると、今は操られていたとしても、トミヤは最初は望んで呪いを受け容れた事になる。スミナは最強の剣に魅了された王と姫の事を思い出していた。


(トミヤさんも何かを望んでいた?)


 スミナはそれがトミヤとアスイの過去に関係するのだと思った。


「アスイさん、トミヤさんは過去に何があったんですか?」


「そうね、こうなってしまった以上、話しておいた方がいいわね。

魔導結界が張られ、貴方達が生まれてから少し経った頃、私は結界内に残った魔族を探して退治していたの。その時に調査に協力して貰ったのが、トミヤとメイル、そして先ほどトミヤが言っていたツルキさんだった。ツルキさんは私達より少し年上だったけどトミヤと組んで情報屋をやっていた。今のトミヤのような裏側主体では無い、正規の情報屋をね。メイルはアイル家に仕えてはいたけど、その能力から王国からの依頼として力を貸してもらってたの」


 アスイは昔の話を語り始めた。


「あの頃はまだ王国内の騎士団もボロボロで調査部隊も機能していなかった。私はせめて結界内の平和だけでも早く取り戻す為に必死だった。その時は歳が近いメイルやトミヤは一緒に仕事をするのに気が合ったの。そしてツルキさんは有能で、優しく、若かった私達をフォローしてくれた。

だから私は2人にどこか甘えてしまっていた」


 アスイの声が少し辛そうになる。


「その情報は情報源があからさまに怪しい魔族の目撃情報だった。だけど、その時の私は少しでも情報を求め、その調査をツルキさんとトミヤに依頼してしまった。後で怪しい事を指摘してくれたのはミーザだったわ。

そこは王都から少し離れた町で、私はメイルとミーザと共に馬車でトミヤ達を追いかけたの。出発した時間は半日差ぐらいだったので、着く前は間に合うのではと思っていた。けど、町に着く前に見つけたのは傷付いて助けを求めるトミヤの姿だった」


 アスイの表情はとても悲し気だった。


「私は急いで町へ向かった。町は炎に包まれ、魔族とモンスターが跋扈していた。私は全力で敵を排除したけど、生き残りは皆無だったわ。そして町の中には無残に切り裂かれたツルキさんの死体があった。

ツルキさんは異変に気付き、トミヤと共に逃げる事も出来たけど、町の人を助ける為にトミヤを助けを呼びに行かせて残ったそうよ。町を滅ぼすには多過ぎる敵の数から私を倒す為の罠だったのだと思う」


 スミナはこの話を聞いたのは初めてだった。町一つ滅ぼされたのなら大きな事件だが、恐らく国の中で情報統制したのだろう。魔導結界の件を考えれば難しい話ではない。


「トミヤは深く傷付き、ツルキさんを死なせたのは自分の責任だと感じていた。その後、国が魔族を町におびき寄せて、町の人を犠牲にして一掃したという噂が一部に流れたわ。勿論根も葉もない噂よ。ただ、その後に大きな魔族の襲撃や魔族の姿自体を見る事は減ったことが噂に信憑性を持たせてしまった。

トミヤに噂の事を聞かれた時、私は返答しなかった。それでトミヤに恨まれたとしても、トミヤが自分を責めずに生きてくれるならそれでいいと思ったから」


「アスイからは私にもトミヤに話さないように口止めされてました。本当は私がトミヤを支えてあげればよかった。でも、トミヤの心の傷は大きく、私も昔の事を思い出してしまった。そして魔族が出なくなって調査の仕事も無くなり、アイル家に戻ってメイドの仕事を優先するようになった。

トミヤは昔はもっと女の子らしかったけど、見た目も口調もツルキさんを真似て、裏の仕事も危険な仕事も何でもするようになった。多分贖罪の気持ちもあったんだと思う。でも、心の中でここまで恨みが溜まっていた事を気付いてあげられなかった……」


 メイルが悔しそうに言う。スミナは2人にかける言葉が出てこなかった。悲痛な空気をよそに空は明るみ始め、町には新しい朝がやって来るのだった。


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