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41.異変の兆候

 スミナの自主的な特訓が終わり、寮に戻る事に決めた。だが、今すぐ帰っても学校が終わるまで時間がある事に気付く。なので魔導馬車を途中で止め、メイルと昼食を取ると共に買い物してから帰る事にした。

 買い物をしている時、アリナにはお土産があるが、長期間待たせてしまったホムラとエルにはお土産が無い事に気付く。スミナは2人の欲しい物が分からないので、悩みつつ自分が気に入った品を買って帰るのだった。

 スミナは寮には夕方ぐらいに着き、部屋で休んでいると学校からアリナとエルとホムラが帰って来た。


「お姉ちゃん、お帰りなさい。どうだった?」


「ただいま。一応自分でも上手くいったと思う。それより学校の方は大丈夫だった?何か問題無かった?」


「大丈夫だよ。たまにホムラが変なことして少し騒ぎになったぐらいで」


「変な事とはなんじゃ。気になったから確認しただけだろうに大げさな。

それよりスミナ、スッキリしたようじゃな。ますますわらわ好みになっておるわ」


 アリナとホムラは笑顔でスミナを迎えてくれた。


「マスター、ご無事で何よりです。寂しかったです」


 エルはスミナに抱き付いてくる。思えばエルとこんなに長期間離れたのは初めてだった。スミナはエルの頭を優しく撫でてあげる。


「エル、長い間ありがとうね」


「ちょっと長く抱き付き過ぎじゃぞ」


 人間姿のエルが長時間甘えていたのでホムラが引き剥がしにかかる。


「そうだ、みんなにお土産があるんだった」


 エルがスミナから離れたタイミングでスミナは持ち帰った品からお土産を取り出した。


「まずはアリナだけど、館にお父様から送られた品物が結構溜まってて、その中からアリナが使えそうな物を持ってきたんだ。武器はアリナの祝福ギフトと組み合わせられそうだと思う。

魔導鎧は前に壊れて、町に気に入ったのが無くて間に合わせのを使ってたでしょ。わたしも以前のが少し使い辛くなってたし、お父様がわたし達用にどこかで手に入れた物が丁度あったの」


 スミナはアリナに武器の魔導具と魔導鎧の腕輪を渡す。スミナもアリナと対になっている魔導鎧の腕輪を既に以前の物と交換して身に着けていた。


「ありがとう。ちょっと使ってみるね」


 アリナは魔導鎧の腕輪を身に着け、実際に着てみる。色合いは以前と同じ赤を主体にしたものだが、前より鎧の部分が多く、露出度は下がっていた。全体的に以前のものより性能が向上し、防御力は確実に高い。


「鎧の部分が増えて動き辛いかと思ったけど、そんな事無いね。追加の機能もあるし、良い物貰ったね。後でパパにお礼を言わないと」


「うん。武器の方も見てみて」


「分かった」


 アリナは魔導具の武器を手に持ち、振り回してみる。一見ただの棒状の物体に見える。


「なるほど、こういう事か」


 アリナが何かに気付いたように言うと棒は長く伸びたり、弓のように形が変わったりした。


「魔導具自体は形状を自由に変えられる武器なんだけど、それにアリナが魔力で刃とか矢とかを作れば魔力を抑えて攻撃出来ると思う」


「そうだね、これはコンパクトに持ち運べるし、色々使えそう。確かにあたし向きだ」


 アリナはスミナの見立て通り魔導具を気に入ってくれた。


「ホムラには好みとか分からないから、わたしの趣味で選んだけど気に入らなければ使わなくていいから」


「なんじゃ?わらわはスミナのくれる物なら何でも嬉しいぞ。

これは、髪留めじゃな」


「うん、髪をいつもツインテールに縛ってるから、それなら使うかなって」


「ああ、ありがとう。喜んで使わせてもらうぞ」


 ホムラにはピンクの髪に似合うと思った青い飾りの付いた髪留めを帰りに買って来たのだった。ホムラはお世辞ではなく喜んでいそうでスミナは嬉しかった。


「エルにはこれね」


「これは宝石亀ですね」


「今若い子に人気って聞いてて、世話も楽だしこれなら寮でも飼えるかと思って。それに甲羅の色がエルの宝石に似てるでしょ」


「ありがとうございます、大事に育てます」


 エルは宝石亀が入った飼育ケースを受け取り目を輝かせる。宝石亀はこの世界のモンスターに近い生き物で、5~20センチぐらいの小型の生物だ。背中の甲羅が宝石のような形をしているから名付けられ、甲羅の色は食べ物や環境によって変化するという。主に砂漠に生息し甲羅に入って岩に擬態して敵から身を守る。少量の水と植物だけで長期間生きるので飼育しやすい。町で売られているのは色の濃い植物を与えて若い女性が好きそうな色に整えた物だった。


「いい物を貰ったの。昔は金色の宝石亀を見つけるといい事があると言われて探すのが流行ったそうじゃ。そいつも金色に育ててみたらどうじゃ?」


「駄目です、この色のままに保ちます」


 ホムラの提案をエルがきっぱり断る。ホムラの言う昔がどれぐらい昔なのか分からないが、金色の生き物が貴重とされる話は文献で読んだ事があった。

 “コンコン”と部屋の扉がノックされ、アリナが開けるとそこにはレモネとソシラの姿があった。


「やっぱりスミナ帰ってたんだ。お帰りなさい」


「お帰り……」


「ただいま帰りました。なんかご無沙汰してごめん」


 スミナは2人に何の話もせずに出て行った事を申し訳なく感じていた。


「そうですよ。突然学校を休んで、戻って来たと思ったらまたスミナだけいなくなって。

話は色々とアリナから聞いてるけどね。それで、また強くなったの?」


「強さかは分からないけど、以前より出来る事は増えたと思う。戦い方は変ったよ」


「そう聞くと怖いなあ。前のスミナを基準に対策打っても駄目って事だし」


 レモネはそう言いつつ嬉しそうだった。


「そうだ、あとで渡そうと思ってた物が。帰り道に寄ったお菓子屋でケーキを買って来たから2人で食べて」


 スミナはレモネとソシラに渡そうと思っていたお土産を取り出す。


「思ったより大きいし、今切り分けてみんなで食べるのはどう?いいよね、ソシラ」


「うん……」


「分かった、じゃあわたしは紅茶を入れるから」


 結局買って来たケーキは6人で分けて食べる事になった。


「お姉ちゃん、これ美味しいよ。当たりの店じゃん。後で場所教えて」


「いいけどここからだと遠いから屋敷に行く用事がある時に寄るのがいいと思う」


「本当に美味しいね」


「うむ、美味い。人間の文化でもお菓子に関してはずっと進化を続けておるな」


 レモネもホムラも買って来たケーキを気に入ったようだ。ホムラは町に連れ出せない分、お菓子を買ってきてあげるのはいいかもしれないとスミナは思った。



 翌日、スミナは約2週間ぶりに学校へ登校する。授業の遅れを取り戻す為に学業も頑張らないとと思っていた。登校して教室で座学の授業が始まるのを待っていると、何か雰囲気がおかしい事に気付く。どことなく教室内の生徒の顔が暗く感じたのだ。


「ねえわたしのいない間に何かあったの?」


 スミナは同じ授業を受けるレモネに聞いてみる。


「そっか、スミナはずっといなかったから知らないよね。最近体調を崩して休む生徒が増えてるの。この授業だって前はもっと人がいたでしょ。あと、町の方でも倉庫が荒らされたり、飼育している動物が盗まれたり、犯罪が増加してる。それでまた魔族が何か仕掛けてるんじゃって学校中で噂になってるの」


「少し調べてみましたが、学校内に魔族の形跡はありませんでした」


 レモネに続いてエルが教えてくれる。


「ガリサも最近学校を休みがちで、顔色も悪かったわ。軽く聞いてみたけど体調が悪いだけで病気じゃないとは言ってたんだけど少し気になってる」


「ガリサは寝不足で倒れる事はあっても身体は丈夫な筈なんだけどな。

もしかして伝染病とか流行ってるのかな。アスイさんは何も言ってなかったけど」


 スミナはもしかしたらアスイは自分が集中出来るように黙っていたのかもしれないと思う。寮に戻ったら聞いてみようとスミナは思いつつ始まった授業を真面目に受けるのだった。


「スミナさーーーん」


 休み時間で教室を移動していると遠くから声が聞こえてきて、聖女のミアンがスミナに抱き付いてきた。


「寂しかったです。帰って来たなら教えて下さいよぉ」


「ごめん、今日久しぶりに登校したところだったから」


「ミアン、くっつき過ぎじゃぞ」


 ホムラがミアンをスミナから剥す。大衆の面前で抱き付かれていた事にスミナもようやく気付いたが、ホムラと一緒に居る事で好奇の目で見られるのに慣れてしまい、そこまで恥ずかしくなくなっていた。


「でも、ご無事で何よりですスミナさん。それにどことなく雰囲気が変わってより魅力的になりましたねぇ」


「そう?自分ではそんなに変わってないと思うけど」


 ミアンの人を見る目は鋭く、スミナ自身でも気付かない変化を感じているのだろう。


「聖女だろうとスミナは渡さんぞ。スミナもわらわの良さに気付いてきたようじゃしな」


「スミナさん、そろそろホムラさんにはっきりお断りした方がいいですよぉ。じゃないとしつこく付き纏われますよぉ」


 ホムラとミアンが火花を散らす。スミナの知らぬ間に2人も言い合えるぐらい仲良くなっていたようだ。


「スミナ、そろそろ急がないと次の授業に遅れます」


「エル、ありがとう。行くよ、ホムラ。ミアンもまたね」


「はい、いつでも呼んで下さいねぇ」


 エルの冷静な口出しで話はうやむやのまま終わる事が出来た。学校に通うようになってエルが一番成長したのかもしれないとスミナは思った。


 今日は神話と伝承の分析の授業の日だったが、教室にガリサはやって来なかった。レモネが言っていた事は本当のようだ。授業が終わった後、スミナは教師のジゴダに呼ばれた。


「スミナくん、話は聞いているよ。お休み期間中の授業内容で資料に載ってない部分を紙にまとめておいた。もし不明点があればいつでも聞きに来てくれていいからね」


「ジゴダ先生わざわざありがとうございます」


 休んでいた一生徒の為にここまでやってくれるとはジゴダは生徒思いなのだろう。


「それと、ついでではないのだけれど、スミナくんはガリサくんと仲が良かったよね。最近ガリサくんはこの授業を休みがちで少し心配なんだ。同じ紙を届けてもらって様子を見てきてもらってもいいかな?」


「はい。わたしもお見舞いに行くつもりでしたので大丈夫です」


「ありがとう。最近彼女は話にも来てくれなくて少し寂しかったんだ。じゃあ頼んだよ」


 そう言ってジゴダは去っていった。


「そういうわけだから、わたしは今日の放課後ガリサの所に行く事にしたから。ホムラとエルは先に帰ってもらってていい?」


「まあ友人が心配だろうししょうがあるまい」


「ホムラの事はエルに任せて下さい」


 スミナは放課後にガリサの住んでいる魔導具屋まで行く事に決めた。



「スミナちゃんありがとうね。ガリサは部屋で寝てると思うから顔見せてあげて」


「分かりました、お邪魔します」


 放課後、ガリサの親戚がやっている魔導具屋に着くと、店番をしていたおばさんが住居の方へ通してくれた。ガリサの部屋をノックすると「どうぞ」という弱弱しい返事が返って来た。


「ガリサ、入るよ」


 スミナはそう言いながらガリサの部屋に入る。ガリサは寝ているかと思ったら、机に向かって分厚い本を読んでいた。


「スミナ、来てくれたんだ。色々噂は聞いてるよ。頑張ってるね」


「ガリサ大丈夫?学校休みがちだって聞いたけど」


 スミナは部屋に入り、椅子に座るガリサと話せるようにベッドに腰掛ける。


「ここのところちょっと体調がね。熱が出る日も多いし。一応病院にも行って薬も貰ってるけど、なかなか良くならなくて」


 ガリサの顔は少しやつれ、目も力が感じられなかった。


「これ、食べられたら食べて。味は美味しいし、栄養もあるって」


 スミナはお見舞い用に商店街で栄養価の高いフルーツを使ったお菓子を買ってきていた。


「ありがとう、食欲が出たら頂くね」


「あと、これジゴダ先生から。ガリサあんなにジゴダ先生の授業好きだったのに、あんまり出て無いんだって?」


「授業は受けたいんだけど、以前ほど意欲は無くなったかもしれない。

多分これは私だけじゃない。野外訓練の事件で健康を害してる人が多いと思う」


 スミナはガリサの言葉で、ガリサの体調の原因が事件で友人を失った事によるストレスだと理解する。スミナもドシンの死で心に傷を負っていた。ただ、その後も色々あり過ぎて忘れざるを得なかったのだ。ガリサは1人で悩み、そのせいで体調も悪くなったのだろう。


「ごめんね、もっとガリサと話をすればよかった」


「スミナが誤る事無いよ。私の問題だし、私が弱いからこうなってるだけだから。それにスミナはそれどころじゃ無いでしょ」


 ガリサの言う通りでスミナはホムラの件も、魔族の件もあり忙しかったのは事実だ。ただ、友人としてガリサを放っておく事も出来ない。


「ガリサ、わたしに出来る事があったら何でも言ってね」


「うん、ありがとう。今日来てくれただけで十分だよ。それにホムラさんがいる間は無理しないでいいよ。そっちは国の平和がかかってるんだし」


「そうかもだけど、ガリサも大事だよ」


 正直スミナは自分がもう一人いてくれればと思ってしまう。


「魔法科の友達のモアラって子がよくお見舞いに来てくれてる。それで私は大分助かってるから。元気になったらまたスミナ達と遺跡調査とかしに行くから、それまで待ってて」


「分かった。無理しないで元気になってね」


 ガリサが辛そうだったのでスミナは帰る事にした。今のガリサにとってスミナは迷惑なのかもしれないと帰り道に考えていた。双子とガリサ、そしてドシンの4人の組み合わせが一番噛み合っていたのだと。

 スミナは寮に戻ると念の為アスイに連絡して生徒や町の問題について聞いてみた。


『確かに生徒の体調不良が増えている件と町で軽犯罪が増えている話は聞いているわ。ただ、スミナさんも言っていた通り、生徒に関しては色々あった為のストレスが原因でしょうね。

犯罪が増えているのは事件後に町の警備を増やしたので犯罪が一般市民にも可視化されたのもあると思う。今のところ魔族が関与している可能性は低いと思っているわ。ただ、何かある可能性もあるし、こちらでも引き続き警戒しておくわ』


「ありがとうございます。わたしの方でも何か気付いた事があればまた連絡します」


『それはありがたいけど、今はなるべく学生生活を満喫して欲しいところね』


「はい、努力します」


 スミナはアスイとの魔導具の携帯電話での連絡を切る。アスイの言う通り今の状況は魔族の襲撃の影響ではあっても、魔族自体が暗躍しているものでは無さそうだった。アリナが寮に帰って来たのでガリサと会った時の話をする。


「ガリサも辛そうだし、しばらくは様子を見るのでいいんじゃないかな?」


「アリナもそう思う?わたし達に出来る事はないのかな」


「そこら辺はあたしよりお姉ちゃんの方が分かるんじゃない?あたしはあんまりお節介焼くよりこういう時は距離を置くことにしてるから」


 アリナはガリサと仲は良いが、どちらかというと自分の方がガリサと趣味が合っていたとスミナは思う。なので自分が思いつかない事をアリナに聞いてもしょうがないと理解する。


「たまに話したりお見舞いに行くぐらいしか出来ないかな。それか、前みたいにガリサが興味ありそうな本でも持って行ってあげればいいかもしれない」


「うん、そういうのでいいと思うよ。今度行く時はあたしも一緒に行くから」


 アリナと話した事でスミナの気持ちは少しだけ晴れてきたのだった。


 スミナが復学してから1週間が経過していた。体調不良の生徒は残っているものの、スミナ自身は今までの日常が戻って来た気がしていた。町での犯罪も無いわけでは無いが、魔族が関与していると思われる大きなものは発生していなかった。


「お姉ちゃん、今度の休みの日にみんなで牧場に行こうと思うけどどう?」


 学校からの帰り道、アリナがそんな提案をしてくる。


「別にいいけど、なんで牧場なの?」


「友達から聞いたんだけど、牧場だと新鮮な食材を使ったスイーツが食べられるんだって。あと牧場見学ならエルちゃんとホムラが楽しめるでしょ」


「ワタシは行きたいです」


「わらわも興味はあるぞ」


 エルとホムラが楽しめるならちょっとした旅行はありかもしれない。ホムラも牧場なら騒ぎを起こす可能性は低いだろう。


「それで、牧場ってどこにあるの?」


「王都の外側の郊外を少し行ったところに大きな牧場があるって。魔導馬車なら日帰り余裕でしょ。他にも何人か誘ってみようよ」


「分かった」


 アリナの提案で牧場へ行く事が決まった。隣室のレモネとソシラは即答で一緒に行くと言ってくれた。ガリサは今の状態だと誘い辛いのでスミナは翌日ミアンを誘ってみる事にする。


「ごめんなさい、誘って頂いて大変嬉しいですが、ミアンはどうしても外せない仕事がその日あるんですよぉ」


 休み時間に話をすると、ミアンがとても残念そうに答える。ミアンは聖女としての仕事を掛け持ちしてるのでこういう事もあるだろうとは予想していた。


「次の機会は絶対に行きますから、また誘って下さいねぇ。

話は少し変わりますが、スミナさん、何か嫌な予感がするんです。ミアンに予知能力はありませんからいつ起こるか分かりませんが、気を付けて下さい」


「分かりました、ありがとうございます」


 ミアンも学校や町に漂う異様な空気を感じているのだろう。ミアンに言われた事でスミナは何が起こってもいいように気を引き締める事にした。



 週末の休みになり、双子達は牧場への小旅行に出発した。メイルが魔導馬車を持って来てくれて、メイルの運転で移動を開始する。念の為に戦闘用の武器や防具の魔導具は持って行くが、皆荷物にならない程度にしていた。スミナは譲ってもらった道具を仕舞える魔導具のベルトがあるので、いつ戦闘になっても問題無かった。ホムラとエルも含め、全員私服で動きやすい恰好をしていた。

 牧場は王都の結界の外にあるので魔導馬車で王都の門を抜ける必要がある。門での衛兵のチェックは以前より厳しくなり、身分証の無い者の出入りは出来ない。こういう時にホムラとエルの学生証は大きな意味を持ち、双子やソシラが貴族の娘なのもあって簡単な荷物検査だけで門を抜ける事が出来た。もしホムラの正体がバレたら大ごとになっていただろう。


 王都内にも小さな牧場や農地は存在するが、王都に住む大量の人達の食事を賄えるほどでは無い。王都の人々の食料は王都の外にある広大な土地を農地や牧場として使って生産していた。王都の外なのでモンスターや野盗に狙われる可能性が高く、王国から警備用の魔導具や専門の警備兵を格安で借りられる仕組みが出来ていた。それに加えて騎士団の見回りの範囲にも含まれ、モンスターも野党も滅多に襲撃する事は無いそうだ。


 魔導馬車は王都を出てから1時間ほどで目的地の牧場に到着していた。その牧場は観光地としての売り出し方もしていて、双子達は来訪を歓迎された。


「色んな動物がいます!!」


 牧場の係員に動物達が放牧されているエリアに案内されるとエルが目を輝かせて言う。この牧場は乳牛をメインに豚、羊、馬などが飼われていた。羊は羊毛用で、馬は乗馬用として育てているそうだ。動物への餌やりが体験出来るというので、双子達はやってみる事にした。


「子供の頃は実家で似たような事してたよね、お姉ちゃん」


「そうだね、昔はあまり考えずに動物飼育してたなあ」


「よく食べて大きくなるのです」


 昔を思い出す双子をよそにエルは必死に動物に餌を配って食べさせていた。ホムラは自分でやる気はなく遠くから眺め、レモネもソシラが餌をやるのを見守っていた。レモネは動物と触れ合うのが苦手なようだ。


「この子達は大きくなったら食べられるのですよね。可哀想です」


 エルが子豚に餌をやりながら言う。スミナも現実世界の小学生だった時に似たような感情を抱いた事があった。あの思いは大きくなるにつれて消え、こちらの世界に来た時は家畜は食べる為のものという認識が常識になっていた。


「可哀想と思えるのは知的生物が他の動物を下に見てるからじゃ。牧畜は人間が飢えないように知恵と長年の努力の末に辿り着いた方法じゃ。食べる為に育て、家畜の子孫を残し続けるのじゃから共生関係としては悪い物では無いじゃろう。人に飼われた動物達が喜んでいるとは言わぬが、こうやって餌をもらっている事には感謝していると思うぞ」


「動物達は人間に飼われる事で外敵から守られている……。少なくともここの動物は怯えて暮らしてはいない……」


 ホムラとソシラがそれぞれの考えを述べる。実際問題牧場が無ければ自分達は美味しいご飯を町で食べられなくなるので、スミナは必要な事だと思っていた。


「それにエル、お主はペットとして宝石亀を飼っとるではないか。娯楽目的に生物を飼う事の方がわらわは家畜より自分勝手だと思うぞ」


「カメルは家族です。ペットじゃないです」


 エルは宝石亀をカメルと名付け可愛がっていた。ホムラの話を聞いて深く考えずにエルにペットを飼わせてしまったなとスミナは少し反省する。


「それはお主の主観であろう。まあよいわ。

折角だから一つ面白い話をしてやろう。昔、転生者で人間も動物もモンスターも上下関係は無く平等に生きる事を説く者がおった。その者は戦争を終わらせると人間にモンスターや動物を殺さないよう提案した。その後どうなったか分かるか?

しばらくは平和が続いたが、やがて動物やモンスターからの作物の被害や人的被害が広がり、人間側が大打撃を受けた。そりゃそうじゃろう、動物やモンスターは人間の意図など分からぬのだからな。

動物やモンスターの社会は弱肉強食で成り立っておる。人間は知恵という力を持っておるのだから、それを使わなければ馬鹿なだけという事じゃな」


 ホムラが意外と色々と考えている事をスミナは意外に思った。圧倒的強者なのだからそんな些細な事は気にしないと思っていたのだ。


「まあ難しい話はもういいんじゃない?折角牧場に遊びに来たんだし、エルちゃんももっと動物見たいでしょ?」


「はい、見たいです」


「じゃあ色々回ってみようよ」


 アリナが切り出した事でとりあえず話を終わらせる事が出来た。エルも気持ちを切り替えたのか、その後は色んな施設で色んな動物を楽しんで見て回れたのだった。

 あっという間に昼になり、双子達は牧場が経営しているレストランで昼食を取った。流石に新鮮な食材を売りにしているだけあって、料理はどれも美味しかった。特に乳製品が美味しく、スープやチーズはスミナも町で食べるのと全然違うと感じていた。デザートにはアイスやプリンが出てきて、こちらもまた絶品だった。


 食後双子達は牧場にある丘で休憩していた。木陰とベンチがあり、秋風が心地よかった。スミナは久しぶりにみんなと平穏な時間を送っていた。しかし、その平穏はしばらくして打ち破られるのだった。

 突然牧場内が騒がしくなり、野に放たれていた動物達も一斉に移動していた。何かと思って双子達も立ち上がると牧場の係員がこちらへとやって来る。


「急いで逃げて下さい。モンスターの大群がこちらにやって来ています」


 係員の女性が双子達に説明する。


「牧場の防衛体制はどうなっていますか?」


 スミナは一応聞いてみる。


「魔導具の柵と防衛用のゴーレムは設置してあります。ただ、大量の敵に対しては対応出来ず、今救援を呼んでいます。皆さまの安全を考えると今すぐ離れて頂く必要があります」


 係員の言う通りだとするとすぐに柵は突破され、動物達にも被害が出るだろう。


「アリナ、行けそう?」


「うん、余裕だと思う」


「モンスターの件、わたし達に任せて貰えないでしょうか。これでも魔族の襲撃に対抗したり、戦技学校の襲撃を解決したりしているんです」


 スミナはアリナに敵の危険度を確認し、行けそうだと判断して戦う事を提案する。


「もしかして、戦技学校で噂の双子さんですか?もしそうなら謝礼は弾むのでご助力して貰えないでしょうか?」


「多分その双子で合っていると思います。謝礼はいいので、わたし達が戦っている事を他の人に伝えて下さい」


「分かりました」


 係員は急いで去っていく。双子達の噂はこんなところまで広まっているようだ。


「わたしとアリナとエルは戦える装備があるから、レモネとソシラは待っていて」


「いえ、私もこんな事もあると思って、最低限の戦う準備はしてあるんです。ソシラも行くでしょ?」


「うん……。牧場を守りたい……」


 スミナは自分達だけで解決しようと思ったが、レモネとソシラもやる気だった。


「私も勿論援護します」


「わらわもこの姿で出来る範囲で手を貸そう。動物達が無下に殺されるのは見て楽しいものでは無いからな」


 メイルが協力するのは当然だったが、ホムラまで手を貸してくれるとはスミナも思っていなかった。


「みんな行くよ」


 敵の場所が分かるアリナを先頭に一同は牧場の端の方へと移動する。牧場の端にある柵の付近まで来るとスミナにもモンスターの大群がこちらに向かって迫って来ているのが分かった。なるべく牧場から離れて倒したいところだ。


「わたしに策があるから、みんなは漏らした敵を倒して貰っていい?」


「はい」


 スミナの提案に皆頷く。スミナは早速この間特訓して身に着けた力を実戦で使って見る事にした。スミナは新しい魔導鎧を身に着け、飛行補助の魔導具を取り出して背中に付けて飛び上がる。更に視力上昇のゴーグル型の魔導具を取り出してまずは周囲の状況を確認した。


(知らないモンスターだ)


 モンスターの群れは数百匹ぐらいの大規模で先頭の方に見えるモンスターはどれも黒や灰色に近い暗い色合いで見た目は亀やトカゲなどに似ていた。どれも目が凶暴そうで知性は感じられない。モンスターに空を飛ぶタイプのものは混ざっていなかった。スミナは恐らく魔族が魔導結界の外から持ち込んだモンスターなのではと予想する。

 確認が終わり、スミナの中で今回の敵に対する対策が固まる。スミナはモンスターの群れの先頭の上空まで移動すると氷の壁を作りだす魔導具を取り出した。それに加え魔法の威力を上げる魔導具も取り出す。そして群れの右端の方からUの字のようにモンスターを凍らせつつ取り囲むような氷の壁を作り上げた。

 壁は厚さが5メートル、高さが8メートルぐらいあり、モンスターの体当たりでも簡単には壊れない。上に行くほど鋭利に尖った壁なので乗り上げる事も出来ず、壁にぶつかったモンスターは後ろからのモンスター達に押し潰され、全体の動きが止まった。そこでようやくモンスター達も壁を回避して移動するしかなくなる。これでひとまず敵の進軍が止まり、大群で一気に攻められる事は無くなっただろう。


 スミナは一旦みんなのところに戻ると、仲間達は氷の壁より前に居たモンスター達を次々と撃破していた。ホムラとエルは人間姿のままで剣を使って戦っている。


「動きは止めたので、あとはエルの大規模な攻撃で殆ど片付くと思います」


「スミナ、何か変……。こんなモンスター知らない……」


 戻って来たスミナにソシラが言う。確かにスミナも知らないモンスターだったが、スミナより詳しいソシラも知らないとは思わなかった。


「亀形のモンスターは形状として宝石亀との類似点が多いです。宝石亀と近い種類のモンスターだと推察されます」


「エル違うぞ、こいつは元が宝石亀だったんじゃ。呪闇術カダルによって変化させられたのじゃろう。カダルの事は聞いた事あるじゃろ?」


 ホムラがエルの考えを否定する。呪闇術カダルについてはスミナは学校の授業で少しだけ聞いていた。魔族の中のデビルだけが使う、特殊な魔法や技の総称だ。デビルの中でも力を持った者しか使えず、強力な呪いや破壊に特化していると聞いている。恐らく以前戦ったレオラの特殊な攻撃もカダルだったのだろう。


「つまり、このモンスターの群れは元はただの動物だったって事ですか?」


「そうじゃ。エル、他のモンスターも似た動物を知っておるじゃろ」


「はい、形状が近い動物が皆存在します。

つまり、ワタシ達が倒したのは動物だった」


 エルが珍しく動揺している。エルは動物を観察し、大事にするようになっていた。それに加えて最近飼い始めた宝石亀と同種の動物を知らずにモンスターとして倒していたのだからショックだったのだろう。


「カダルで変化したなら解呪の魔法で元に戻せる筈……。でも私は使えない……」


「私も無理です」


 ソシラとレモネは魔法はそこまで使えないので解呪で元に戻す事が出来ない。今日は魔法科の生徒もいないのでホムラを除くと解呪出来るのはスミナとアリナだけだ。


「わたしとアリナは使える。エルは解呪出来る?」


「はい、可能です。頑張ります」


「この数を1体ずつ解呪するのは無理があるのではないか?元の動物に戻しても後から来るモンスター化した奴に殺されてしまうぞ。

まあ、一つだけ解決策はあるがな。カダルを使ったデビルを倒せば皆元に戻る。術者無しで変化していられる時間は短いからまだ近くにいる筈じゃぞ」


「ホムラありがとう。わたしが探してきて倒してくるから、それまでみんなは無理ない範囲で持ちこたえて」


 スミナは言うが早く、再び上空に飛び出した。以前のスミナならこういう事はアリナに任せていただろう。だが、今のスミナはあらゆる事を自分で解決出来るよう準備し、その行動は早ければ早い程いいと理解していた。


(居た、あそこだ!!)


 スミナは先ほどのゴーグル型の魔導具の機能を使ってモンスターの群れの奥に人型のモンスターがいるのを判別して発見する。それは体長3メートルある黒色のデビルに見えた。スミナは一直線にそこに向かい、レーヴァテインを取り出して斬り付けた。しかし、その攻撃は相手に届く前に何者かに防がれた。


「ホムラ!?」


 スミナの攻撃を防いでいたのはいつの間にか目の前にいたホムラだった。ホムラは両手で持った剣でスミナの渾身の一撃を防いでいた。スミナはホムラがなぜこんな行動をしたのか理解出来ない。


「スミナ、よく見よ。お主ただの人間を殺したいのか?」


 ホムラに言われてスミナは斬ろうとした対象をよく観察する。見た目はほぼデビルだが、その顔は精気が無く、目だけが爛々と狂気を纏っていた。確かにデビルと似ているが、他の動物がモンスター化したのと同じ傾向が全て当てはまっている。


「ありがとう、ホムラ。とにかく解呪してみる」


 スミナはそのモンスター化した人間がこちらを攻撃する前に解呪の魔法を唱えた。するとその姿はどんどんと縮んでいき、肌の色も黒から肌色に戻っていった。ただの人間の男性に戻った男はそのまま意識を失い倒れる。スミナは男性が他のモンスターに襲われないように警戒したが、周囲のモンスター達も次々と元の動物に戻っていった。


「どういう事?」


「また手の込んだ事をしておるな。騒ぎを起こしたデビルは自分が捕まるのを防ぐ為、モンスター化したこの男に闇術具ダルグを使わせて他の動物を変化させたのじゃろう」


 ホムラの言う闇術具ダルグとは魔導具のような物でカダルを使える道具の事だ。


「だとしてもこの人をモンスター化したデビルは近くにいるんじゃないですか?」


「いや、1人だけなら数時間変化させられる。もう近くにはおらぬと思った方がいい。敵は巧妙か臆病な奴じゃろうな」


 スミナはともかく問題が解決したので男を牧場の方へと運んで仲間と合流した。


「ありがとうございます。この人は近くで農家をしている方です」


 先ほどの牧場の係員の女性が男性が誰か知っていた。この男が犯人という事はまず無いだろう。モンスター化した動物達は連れ帰るわけにもいかず、かといって放置する訳にもいかないのでエルが残って環境が合いそうな場所まで連れて行くそうだ。スミナはエルの好きなようにやらせる事にした。

 双子達はとにかくお礼がしたいと言われ、牧場でスイーツをご馳走になっていた。


「もう解決したと聞いて誰がやったのかと思ったら君達だったか」


 スミナは中性的な声を聞いて振り返る。そこには黒い短髪の青年のような見た目の情報屋、トミヤが立っていた。


「トミヤ、こんな所で会うなんて」


 トミヤの友人であるメイルが驚く。確かに牧場に遊びに来るような人物ではない。


「トミヤさん、お久しぶりです。もしかして国の調査でこの辺りを調べてたんですか?」


 スミナはトミヤに挨拶した。トミヤは独自の情報網を持っているので今回のモンスターの襲撃の兆候を知っていたのかもしれいないとスミナは考える。


「いや、今回は国からの仕事じゃない。この辺りにデビルを見かけたという情報とまたデビルと接触する人がいるという情報があってね、調査に来ていたんだ。

と、初めましての方がいるから自己紹介をしなくてはね。俺は情報屋をやってるトミヤ・パスリだ。アイル姉妹とは以前仕事で関わった事がある。

あ、そっちの自己紹介はしなくても大丈夫。戦技学校の学生のレモネさん、ソシラさん、そして噂のホムラさんだね」


 トミヤはホムラの事も既に知っているようだ。まあ彼女ほどの情報通なら当然かもしれない。


「そうだ、ソシラさんはモット家のご令嬢でモンスターに詳しいんでしたね。今回この牧場が狙われた理由とかも分かるんじゃないですか?」


「分からないです……。私が詳しいのは生態とかなので……」


 ソシラは突然話を振られしどろもどろに答える。トミヤは前の事件の時のリストにソシラの名前が入っていたので少し疑っているのかもしれない。スミナはこれまで一緒に居て完全にソシラの疑念は晴れていたのでトミヤの態度を少し不快に感じていた。


「なんじゃ、この怪しい奴は。わらわはこういう輩は好かんぞ」


「まあみんなに好かれる仕事じゃないとは思うよ。じゃあ俺は自力で調査するので、またの機会に」


 トミヤはそう言い残して去っていった。ホムラの恐ろしさも理解しているのだろう。


「スミナ、付き合う人間は選んだ方がいいぞ」


「ホムラさん、確かに今のトミヤに問題が無いとは言いませんが、本当はいい子なんです」


 ホムラに対してメイルがフォローする。場は微妙な空気になってしまっていた。


「戻りました。動物達はみんな生きていける環境に連れて行けたと思います」


 そんな時、エルが戻ってきた。元々居た環境とは異なるので、生きて行けるかはその動物次第だろう。牧場を楽しむ感じでは無くなり、アスイに今日の事を報告する必要もあるので双子達は牧場から王都へ戻る事にするのだった。


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