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40.わたしだからできること

 魔導要塞は完全に破壊されていた。中にあったグスタフや機械も全てだ。残ったのはわずかな外壁の残骸だけだった。双子達の乗った脱出ブロックは海に浮いていたところを軍艦に見つけてもらい、今はクイーンアロー号に乗っている。

 あのタイミングで脱出ブロックが破壊されずに済んだのは魔族が仕掛けた結界のおかげだとエルが解析していた。結界があったおかげで爆発の衝撃を防ぎ、逆に遠くに飛ばして貰えたと。脱出のタイミングが早くても遅くても危険だったという事だ。

 海上部隊の方は3隻あった軍艦がグスタフとの戦いと魔導要塞の爆発が起こした津波の影響で1隻破壊され2隻に減っていた。それでも騎士達の死者は6名だけで壊れた軍艦の乗員は分かれて残りの2隻に乗っていた。被害がこれだけで済んだ事は十分な成果らしい。


 しかし、戻って来た最大の功労者である突入部隊の面々に喜びの表情は無かった。ミーザの犠牲は全員に大きな陰を落としていた。それでもアスイは仕事として状況の説明や確認に艦内を走り回っていた。ナナルと双子は船の部屋で言葉を交わさず休んでいた。実際スミナは神機しんき使用の疲労があり、寝ないまでも横にならせて貰っていた。エルはスミナの為に猫の姿になって寄り添って寝ている。

 スミナの頭によぎるのはどうしてこうなってしまったのだろうという思いだった。勿論自分一人の責任では無いと分かっている。それでももっと上手く出来たのではという後悔が消えなかった。

 そんな悲痛な空気の漂う部屋の扉が“コンコンッ”とノックされた。


「どうぞ」


 ナナルが代表して返事をする。


「失礼するわね」


「ネーラ様!!」


 部屋に入ってきたのは国王の大叔母であり女性騎士団名誉騎士団長でもある老齢の騎士ネーラだった。スミナも寝ていては失礼だと急いでベッドの上に起き上がる。


「いいのいいの、楽な姿勢でいてね。あくまでただの老婆として様子を見に来ただけだから。お茶とか接待はしなくていいから」


「そんな訳には行きません。せめてお席を」


 ナナルは急いでネーラの為に椅子を用意する。


「ありがとう。駄目ねえ久しぶりに無理したからか私も身体が痛くて仕方ないわ」


 ネーラは優しい顔をして椅子に腰を下ろす。スミナはとりあえずベッドに腰かけ、アリナとナナルはネーラの正面の椅子に座る。エルは猫の姿のままベッドに寝ていた。


「まずは王国の一市民としてお礼を言わせて頂戴。ありがとう。貴方達のおかげで多くの人達が助かったわ」


「いえ、私は与えられた仕事をこなしただけです」


「よかったです」


 ナナルとアリナが答える。スミナも何か言わなければと思うが上手い返事が思い浮かばない。


「お役に立てて何よりです」


 スミナは形式的な回答をする。自分でも気持ちがこもってないなと思ってしまう。


「英雄さん達は浮かない顔をしてるわね。理由は分かるわ、私にも。

老婆の昔話を聞いてくれるかしら?」


「老婆だなんてとんでもございません。ネーラ様は今でも十分お若いですよ」


「もう、お世辞なんていいのよ。

私もね、色んな人の死を見て来たわ。病気や歳ではなく、戦いでの死をね。当然よね、私は騎士として殺し殺される戦いをしてるんですから。国を守る為、家族を守る為、そして私を守る為多くの人が死んでいった。そこに無駄な死なんてなかったわ。

もちろん理想は誰も死なせずに勝つ事よ。私だってその為に強くなったの。それこそ王国一なんて言われるぐらいにね。でもいくら強くなっても全員を守ることなんて出来なかったわ。むしろ私が強くなったことで敵に狙われ、多くの味方が死ぬことになったとさえ感じたわ」


 ネーラは優しい声で自分の話をした。ネーラの活躍をスミナは知っていた。だが、その裏で多くの人の死があったことは理解していなかった。


「戦友や親友、部下や家来。そして恋人。多くの人が私より先に行ってしまった。何度も泣いて、何度も後悔して、何度も叫んだ。でも私に出来るのは剣を振る事だけだったから、私は剣を振る事で先に進む事にしたの。全員を守れなくても、私が剣を振る事で助かる人がいると分かったから。

きっと戦っている人達はみんな同じだと思うわ。敵も味方もね。みんなそうやって必死に生きてるの。

だから、貴方達も自分を責めたりしないで」


 ネーラは優しく励ましてくれた。スミナはネーラの言っている事は分かった。それでもまだ自分の中で納得出来ない部分が残っていた。


「ネーラ様、ありがとうございます……」


 ナナルはネーラの言葉を聞いて涙を流していた。スミナはつられて泣くのを我慢する。


「ネーラ様、話してくれてありがとう。

でも、あたしはまだ自分が許せない。あの場で大した事が出来なかった自分が」


「アリナさん、貴方はとても強いのね。その気持ちはとても大事なものよ。

でもね、全部が思い通りに出来る人なんていないわ。だから強くなりなさい。貴方はもっと強くなれるわ」


「分かった。絶対に強くなってみせる」


 アリナは決意を言葉にした。その純粋さがスミナは羨ましかった。そしてアリナならまだまだ強くなれるだろうと思えた。それに比べて自分はとスミナはどうしても思ってしまう。


「スミナさん、お隣に座ってもいいかしら?」


「え?は、はい」


 ネーラはスミナが返事を返す間にすっとベッドに座るスミナの真横に座っていた。


「貴方が一番重症みたいね。貴方が居たから魔導炉の事も分かったし、王をも守れて犠牲も減らせた。もし貴方が参加してくれなければ私を含めて全滅していた可能性すらあるのよ。貴方はそれほどの活躍をした。それでも納得いかないかしら?」


「――はい。わたしがもっと上手くやっていれば少なくともミーザさんは死なずに済みました」


 スミナはネーラ相手に嘘は言えず、正直な気持ちを話した。


「スミナさん、貴方は昔のアスイそっくりね。あの子も自分の取った行動をいつも悔やんでいたわ。十分過ぎる働きをしてくれていたのにね。いくら慰めてもあの子は納得しなかったわ。

多分貴方は自分の手に余る力を手にして、それをどうすればいいか分からないのだと思うわ。それを捨ててしまえば楽になる事が分かっていても、捨てる事も出来ない。周りの人が求めているのはその力を持った自分だと思っているから。

私はそんなもの捨ててしまえばいいと思うわ。そうすれば貴方はもっと自由になる」


 ネーラはスミナの顔を見つめて真剣に言った。神機を捨てるなどと言えるのはネーラぐらいだろう。ただ、スミナはそうなった時の自分を想像し、それがとても魅力的に思えた。


「まあ、それはあくまで私の意見ね。ただ、そういう道もあるという事を覚えていて欲しいの。

スミナさん、貴方はまだ若いわ。今は悩みなさい。悩んで、迷って、それで自分がどうしたいのかを考えなさい。みんな後悔しながら生きているのよ。進んだ道に誤りなんてないのだから」


「ネーラ様、ありがとうございます。気が楽になりました」


 スミナは本当にネーラの言葉に救われた気がした。自分がどうすればいいかは分からないが、悩む自分も間違っていないと思う事が出来た。


「それは良かったわ。あとはアスイだけど、これだけは私ではどうにも出来ないでしょうね。

アスイの件で貴方達に知っていて欲しい事があるの。もう少しだけお話させて頂戴」


 ネーラの言葉に3人は頷く。ネーラはベッドから移動し、元の椅子に座り直した。


「貴方達の知らない、ミーザの話をしておくわ。

ミーザは戦災孤児だったの。あの子を保護したのは私なの。まだ現役の騎士だった私は魔族に襲われている町を救いに行った。けれど手遅れだった。町は蹂躙され、燃えて破壊しつくされていた。その場にいた魔族は倒したけれど生存者はわずかだった。そんな中、母親の遺体の下の隠し部屋にいたのが幼いミーザだったの。

王都の孤児院に入ったミーザに私はたまに会いに行く事にしていた。町を救えなかった贖罪の気持ちもあったんだと思うわ。そんな中ミーザが成長するにつれ剣の才能がある事が分かった。私はミーザをお城で引き取り、騎士団の元で訓練させる事にしたわ。いずれ国を守る騎士になってもらう為にね」


 ネーラは少し悲しそうな顔をしていた。自分の過去の行動を悔やんでいるのかもしれない。


「丁度魔王を討伐した時期だったのよ。これからは平和な時代が始まる。ミーザにはそんな時代に生きる騎士になって貰おうと思っていたわ。丁度疲弊した軍隊や騎士団の再編もしていたしね。いずれは私の跡を継ぐような騎士になって欲しかった。

でも、そうはならなかった。魔族の残党の暗躍は続き、国の首脳陣は危機感を抱いていた。そんな中ミーザの祝福ギフトが特別なものだと判明したの。確かに騎士にしておくには惜しい能力ね。それを知った前王のマグラはミーザを特殊技能官に欲しいと言って来た。

特殊技能官とは知っての通り、転生者を保護し、補助する仕事だけれど当時はもっと危険な仕事だった。転生者を守る為なら命を差し出し、逆に転生者が国に背いたら決死の覚悟で始末する。そして少しでも情報を漏らした技能官は始末された。

言っておくけど、昔の話よ。今はアスイが入ってそこまで厳しくせず、優秀な人材を多く取る方向に変わったから」


 ネーラが念の為説明する。今は分からないが、少なくとも昔そうだったのは事実なのだろう。


「ミーザが特殊技能官になる事に私は反対したけど、王の命令に背けなかった。それを拒否出来るのはミーザ本人だけ。だけど彼女は拒否せず特殊技能官として生きる道を選んだわ。理由を聞いた私にあの子はこう言ったの。

“家族も親戚もいない私が死んでも誰も悲しまない。だから私は助けてくれたネーラ様や国の為に私にしか出来ない仕事をしたい”って。

彼女の決意は本物で、必死に働き、転生者の情報を探り、ついにアスイを見つけ出した。それからの事は貴方達も知ってるわよね。ミーザがアスイを導いた事で、国は救われ、アスイも国の為に働くようになってくれたの」


 スミナはネーラの話で詳しくは知らなかったミーザの事が少しだけ分かった気がした。


「特殊技能官になった時からミーザもいずれ死んでしまうのだろうと私は思っていたわ。実際に彼女は何度も死にかけた。でも生き残ってくれた。魔導結界が張られてからは危険な仕事も減って私も少し安心してたわ。

でも、彼女はずっと特殊技能官になった時と気持ちは一緒だったのでしょう。アスイを守る為ならいつでも命を投げ出せる。だからアスイも彼女の決意に反対したりしなかった。とても悲しいけれど、彼女は立派だと思うわ」


 ネーラが涙を流す。スミナもアリナもナナルも泣くのを止められなかった。


「あの子の為に泣いてくれてありがとう。これからもミーザの事を少しでも覚えておいてくれると彼女も喜ぶと思うわ」


「忘れたりしませんよ、絶対」


「うん、覚えておく」


「忘れません」


 ナナルとアリナに続きスミナは泣きながら答えた。ネーラは涙をふくと「お邪魔したわね」と言って部屋を出て行った。多分アスイと話に行ったのだろう。部屋には涙の余韻が残り、猫の姿のエルはスミナを慰める為に膝に乗り撫でられるのだった。


 ネーラと話した事で双子達は少しだけ元気になり、戻って来たアスイと今回の戦いで得た情報の整理を行った。


「記憶を見た限りではレオラの祝福は魔導機械を不完全な状態で起動する事が出来るようでした。その為グスタフは少数しか動かせず、魔導要塞の修復も遅かったのだと思います」


 スミナは魔導炉の制御装置で見た記憶について話す。


「そして不完全だったから、その祝福を解除させると魔導炉が暴走して爆発したという事ね。レオラが魔導結界を転移の魔導具を使って突破した時の話とも繋がって来たわね。そうなるとレオラさえ倒せば魔導帝国時代の兵器や道具を恐れる必要は無くなる可能性が高い」


 アスイが以前の事件も含めて話をまとめる。


「レオラはホムラが倒したんじゃないの?」


「あの様子ではどこかに転移させただけで、生死は不明ね」


 アリナの問いにアスイが答える。スミナはレオラがまだ生きているような気がした。魔族の転生者なので他の魔族より丈夫で、ホムラもあえて殺さなかったと思えたからだ。


「どちらにせよ、今回の魔導要塞の突撃で魔導結界内での魔族の攻撃手段は無くなってきていると考えられます。あるとしても逃げ延びた魔族や魔獣での小規模な攻撃だけでしょう。なので今のうちに同じような襲撃を行えないよう対策を取る必要があります」


「魔導要塞の資料と現物の比較が少し出来たので、次に魔導要塞が侵入してくる際は発見出来ると思います」


 魔導要塞に居た時間は僅かなのにそこまで理解しているナナルを凄いとスミナは思った。スミナは魔導具などを使う事は出来るが、その理論や対策までは理解していないからだ。そこまで踏み込めればもっと応用が利くのだろうが、魔導具の基礎さえ理解していない自分では難しいとスミナは実感していた。


「そうですね、ナナルには王都に戻ったら頼みたい事が山積みになると思います。期待していますよ」


「はい、頑張ります」


 ナナルの表情は覚悟が決まった者の顔に見えた。今後の話をして会議は終わり、各々休む事になった。結果的に神機を使って体力を奪われたスミナが一番回復に時間がかかっていた。

 スミナが身体を休めているうちに船は王都の港に到着した。恐れていた王都への魔族の襲撃は無く、アスイの言っていた通り、魔導結界内の魔族にそこまで力が無い予想は当っていると思われた。双子は一旦ソードエリアの屋敷に戻り、そこで休養してから寮に戻る事にした。

 アスイ達と別れ、メイルの迎えを待っている双子のもとに薔薇騎士団のサニアとフルアがやって来た。


「今回はよく頑張ったな。色々思うところはあるだろうが、お前達はよくやったぞ。今後力が必要な時はうちの騎士団にいつでも声をかけてくれ。無償で手助けするぞ」


「団長はまた勝手に約束するんですから。

まあ、私も団長と気持ちは一緒です。今回は一緒に戦えませんでしたが、また一緒に戦いましょう」


 2人はわざわざ見送りに来てくれたのだ。サニアは大雑把だが情に厚い人物のようだ。


「ありがとうございます。またお会いしましょう」


「一緒に戦えるのを楽しみにしとくね」


 スミナとアリナは2人に別れの挨拶をして、魔導馬車で屋敷に戻るのだった。



「大変だったのですね。お嬢様達が無事に戻って来られて本当に良かったです。しかしミーザさんの事は残念でした。私もミーザさんとは面識があって、アスイと一緒に何度か話す機会がありました。とても優しく頼りになる人でした」


 メイルが悲しそうに言う。双子は帰って来た屋敷でお茶を飲みながら今回の事を話していた。


「ねえ、メイルもあたし達が助かる為なら自分が犠牲になるの?」


「勿論です。ただ、自分が死ぬとお嬢様達が悲しむでしょうし、今後お嬢様達の世話をする者がいないので、なるべく生き延びたいとは考えています」


 アリナの質問にメイルが真面目に答える。スミナは今までメイルが死ぬなんて事を本気で考えた事は無かった。子供の頃から誠心誠意自分達の為に尽くしてくれているので、それ位の覚悟を持っているとは思っていたが。


「聞いた事無かったけど、メイルはなんでそんなにわたし達の為に尽くしてくれるの?お金の為とかじゃないよね」


「お嬢様達は知らないでしょうがお金は結構貰っていて、贅沢もしていますよ。まあ、お金の為に尽くしてるわけじゃないですけどね。

私は最初戦う事が生きる術だと思っていたんです。それしか知らなかったのもあります。でも、メイドとして人に仕える方法を知って、人のお世話をするのが性に合っている事に気付いたんです。

ただ、お嬢様達に尽くすのはそれだけじゃないですよ。私はお嬢様達の笑顔が好きで、それが見られるから頑張っていけるんです。なので、今更他の人のメイドになれと言われても無理だと思います」


 メイルが少し照れながら言う。スミナはメイルが自分達のメイドで良かったと思った。そして、自分達の為に死んで欲しくないとも。


「死んだら駄目です」


「はい?」


 スミナの言葉にメイルは困惑する。スミナ自身その言葉は反射的に出てしまっていた。慌ててスミナは説明する。


「ごめんなさい、言葉が足りなかったです。メイルは死ぬような事はしないで。確かに戦闘で手助けしてくれる事はありがたいけど、命を差し出してまでわたし達に尽くさないで欲しい。それがわたしの本心です」


「そうそう、今やあたし達の方が強いわけだし、メイルは無茶しなくていいよ。気持ちは嬉しいけどね」


「お嬢様。ありがとうございます。分かりました。お嬢様達の為に尽くしますが、出来る限り生き延びる事を優先しますね」


 メイルは嬉しそうに言った。スミナはメイルが無理をするような事にならないよう、自分が頑張らねばと思うのだった。


 屋敷に一泊した後、双子達は魔導馬車で寮へと戻った。その日の授業に出るのは難しいので、学校に行くのは更に翌日になる。寮の前には待ち合わせしたように制服姿のホムラが待っていた。


「ホムラ、もしかして待ってました?」


「いや、着きそうな時間を計算して、ちょっと前に着いたばかりじゃ。お帰り、スミナ」


「ただいま帰りました」


 久しぶりにホムラの顔を見て、スミナは少しだけ安心してしまった。

 寮の部屋に戻るとホムラとエルが双子達の部屋にやって来た。ホムラは自分からは質問してこなかった。スミナは自発的にどんな事があったかを簡単に説明した。


「ホムラは魔族が魔導炉を使って自爆する罠を仕掛けてたのを知ってたの?」


 アリナが何気なく質問する。ホムラが全部知っていて、あえてついてこなかった可能性は確かにあった。


「まさか。わらわはそこまで全能ではないぞ。ただ、魔族は愚かだからそれぐらいはするかもしれんとは予想はしておったがな」


「ホムラだったらあのぐらいの罠なら簡単に切り抜けられたですよね」


「そもそもわらわなら魔導要塞を奪おうなどとは思わん。遠くから破壊して終わりじゃ。もし奪取しようとしたならわらわも失敗しておったじゃろうな。そもそも奪えんのだからな」


 ホムラの言う通りで、魔導要塞を奪取するという計画はそもそも計画自体が失敗だった。今回重要だったのは失敗した際の対応だったのだ。


「お主ら浮かない顔をしておるな。わらわは優しい言葉をかけたりなんぞせんぞ。そもそも戦いで死者が出るのは当然じゃ。弱い者が死ぬのは自然の摂理じゃからな」


「ミーザさんは弱くなんてありません」


 スミナはつい感情的に反論してしまう。


「話は最後まで聞くものじゃ。わらわが言ったのは戦って死んだ者の話じゃ。それとは別に自らの命を差し出し他者の為に死ぬ者がおる。そうした者は書物や残った人の記憶に名を残す。死とは縁遠いわらわにしてみると少し羨ましいと思う事もある」


「でも死んじゃったら終わりでしょ」


「そうじゃ。だがわらわにしてみればどのみち人間の寿命は短い。だからその一生を精一杯、どのように生きたかが重要だとわらわは思うのじゃ」


 竜神であるホムラにとって人の一生は一冊の本みたいなものだろう。だから、本が薄くてもその内容が濃ければ価値があると感じるのだろう。スミナは色々考えて、結局自分はどうなのかという問いに辿り着いてしまう。


「一つ質問してもいいですか?ホムラはわたしが神機を使えるから興味を持ったんですよね。もしわたしが神機を使えなかったら好意を抱かなかったですか?」


 スミナは自分の価値が神機を使える事なのではと心の中で思っていた。ネーラが神機を捨てる案を出した事でそれをどうしても確認したかった。


「愚問じゃの。わらわが好きになったのは今のスミナじゃ。そこには神機を扱えるという事も含まれておる。もし神機を扱えなかったら好きにならなかったじゃろうな」


 ホムラの回答はスミナの予想していたものと違った。漫画などの創作の物語ならどんな状態でもその人を好きだと返すのが当然だった。スミナはホムラの答えを聞いてショックを受けている自分に驚いていた。きっとホムラなら好きだと言ってくれると内心思っていたのだ。


「スミナ、お主は勘違いしているようじゃの。別にわらわは神機の能力を好いているわけでは無い。神機そのものの強さには惹かれはせん。

わらわが好きになったのはわらわより強いかもしれない存在だからじゃ。剣の達人がいて、その者が剣が使えなくなったら達人か?違うじゃろ。確かに強力な剣自体に価値はあるかもしれんが、真に価値があるのはその剣を扱える者じゃ。お主の能力は生まれ持った能力で、それはお主の力じゃ。それはお主と切り離す事など出来ん。

だからわらわはスミナが神機を使わなくてもお主の事が好きなのは変わらんぞ。理解出来たか?」


 ホムラの言葉を聞いて、スミナの中で何かが弾けた。まるでパズルの最後のピースがはまったような感覚だ。他人の能力を羨んでいたスミナだが、自分の持っているものの価値にようやく気付けたのだ。


「ホムラ、ありがとう」


「どうした?ついにわらわに惚れたか?」


「いえ、それはまだ待って下さい」


 スミナはそう言いつつも、ホムラに対する認識がかなり良い方に変わっていた。


 その日の夜、ベッドの中でスミナは考えていた。自分の力と自分が出来なかった事を。そして自分だから出来る事を。


(神機は捨てない。今それを使えるのはわたしだけなんだから。でも、むやみに使う事もしない。わたしには神機を使わなくても出来る事が沢山ある。剣と魔法だけじゃない。それがわたしだからできることなんだ)


 スミナはそうして自分にやるべき事をがある事が分かった。スミナはしばらく学校を休む決意をして眠りにつくのだった。


「お姉ちゃん、本当に行くの?あたしも一緒に行っちゃダメなの?」


「うん、しばらく1人でやりたいから。アリナには申し訳ないけどホムラとエルの事をお願いしたい」


「ワタシはマスターの命令であれば我慢します」


「わらわはスミナの好きなようにやればいいと思うぞ。まあわらわが必要ならいつでも呼んでくれていいのじゃぞ」


 スミナが3人にしばらく学校を休んで1人で行動したい事を説明すると三者三様の回答が返って来る。ホムラの事は心配ではあるが、以前よりスミナはホムラを信用していた。


「大丈夫、一週間もしたら戻って来るから。前より強くなってね」


「あたしは邪魔?」


「邪魔じゃないよ。でも、これはわたし一人の問題だから、誰の手も借りずにやりたいの。あ、誰の手も借りずでは無いか。多少は手助けしてもらうけど、あくまで決めるのは自分自身って事で」


 スミナはこれからメイルやアスイに多少迷惑をかける事を考えて少しだけ発言を訂正する。


「分かった。あたしもお姉ちゃんを応援する。学校の方は任せて安心して行ってきて」


「ありがとう、アリナ。ホムラとエルもわたしの我儘聞いてくれてありがとう」


「当然です」


「再会を楽しみに待っとるぞ」


 スミナは3人と別れ、1人でソードエリアのアイル家の屋敷に向かうのだった。



「スミナお嬢様、急にどうしたのですか?」


 屋敷に戻るとメイルが驚いて聞いてくる。スミナは事前に戻る事は伝えていたが、理由までは話していなかった。スミナが国などの依頼やアリナの行動で学校を休む事は今まであったが、スミナが自発的に休んだのは始めてなのでメイルが驚くのも無理はない。


「急にゴメンね、メイル。わたしはもっと強くなろうと思う。それで色々考えて、自分に出来る事は何でもやろうって思って。以前に遺跡で見つけた魔導具はまだ残ってる?」


「魔導具ですか?勿論処分を頼まれた物以外は全て保管してあります。しかしスミナお嬢様が学校を休んでまで来るとは思いませんでした」


「この間の事があって、今後何があっても後悔したくないから。

メイルにだけ話すけど、わたしは自分の道具を使う祝福ギフトがそんなに好きじゃなかった。アリナみたいな戦闘ですぐに役立つ祝福が羨ましかった。あと、神機が使える事もあくまで使えるだけで、凄いのは神機だと思ってた」


 スミナはメイルになら話してもいいと思い内心を打ち明ける。


「ただ、神機については使えば何でも解決出来る最終手段として必要だとも思ってた。だから剣を使った魔法技マギルと神機だけでどんな事も出来ると思ってた。でも、それは間違いだって今になって気付いたの。

わたしにはどんな道具でも使える力と道具の記憶を読み取る力もある。それはもっと色んな事に使える筈だけど今までやらなかった。だから神機は自分が出来る全部をやって、それでもどうにもならない時にこそ使おうって決めたの。

そんなわけで、もう一度自分に出来る事をもっと増やそうと以前見つけた魔導具を確認しに来たわけ」


「そうですか。私は今のスミナお嬢様も十分頑張っていて、十分強いと思います。ですが、スミナお嬢様が必要だと感じているならそうなのでしょうね。私も出来る範囲でお手伝いしますので何でも言って下さい。勿論身の回りのお世話は欠かさずに対応しますよ」


「ありがとう、メイル」


 スミナはメイルに話した事でかなり気持ちが楽になっていた。アリナやエルが頼れないわけでは無い。ただ、2人に話すと更に無茶をするのが目に見えているから話せないのだ。話すなら自分が強くなってからだとスミナは思っていた。


「あれ、何か多くない?前見た時よりも明らかに」


 メイルと共に武器や魔導具などを保管している倉庫部屋に行くと、そこには以前来た時より多くの品が保管されていた。スミナが初めて見る物も多い。


「ええとですね、お嬢様達には黙っていたんですが、ダグザ様がお嬢様達を心配して度々武器や装備や魔導具を送って来ていたんです。屋敷に有った物もあれば、新たに購入した物もあります。あまりに多いので知らせると逆に負担になったり、ハーラ様を巻き込んだ問題になると思い、必要になるまで私の判断で黙っていました。ごめんなさい」


「いや、それで正解だと思う。うん、昔家で見た物も確かに混ざってる。新しい物も結構あるし、いくら使ったんだろう……」


 スミナが見た事の無い魔導具にはどう見ても高価な物も混ざっていた。以前実家に帰った時にダグザと会話が噛み合わず、適当に返事した事があったが、これらの事を話していたのだとスミナはようやく納得する。


「絶対に使わなそうな物もありましたが、ダグザ様が送って来た物なので全て保管してあります。部屋から溢れそうになったら要らない品を売ろうと思っています」


「そうだね、その時はわたし達も手伝うよ。ここだと集中出来ないから、わたしが選んだ気になる品を他の部屋に運んでもらっていい?」


「勿論です、何でも言って下さい。」


 スミナはまずは数を絞り込んで使えるかどうか考える事にした。流石にこの部屋全部の物を確認する事は出来ないが、スミナの道具を使う祝福には物の価値を見極める能力も含まれている。なので道具として価値がありそうな物をピックアップし、メイルに別室に運んでもらった。


「これはお父様が買った魔導具の武器かな。なるほど、これアリナが使えそうかも。お土産に持って帰るからこれも持って行って」


 スミナは魔導具の武器を触ってみてアリナ向きだと思い持って帰る事にした。結局1時間ぐらいかけて特に価値のありそうな物を選び抜き、スミナは別室で実際に道具の使い方を調べ、分類して使える物はメモを付けて持ち帰る予定の場所に置いていく。


(道具といっても戦闘用、援護用、回復用、探索用、罠用と色々な使い道がある。今後どういう事があっても対応出来るように考えながらやらないと)


 スミナは道具の使い方を見ているうちに新しい使い方や組み合わせも思い付き、一度は要らないと思った道具も見直したりしていた。時間はあったという間に過ぎ、メイルに呼ばれるまでそんなに時間が経っているとは思わないぐらいだった。


「お嬢様のお手伝いが出来なくて申し訳ないです。ですが、長時間休憩せずに作業に熱中しているようですので、あまり根を詰め過ぎないよう。今日は早めにお休みになってはどうでしょう」


「ありがとう、メイル。でも、もう少しでキリがいいのでそれが終わったらお風呂に入って休むわ」


 夕食を食べながらスミナはメイルと会話する。確かに集中し過ぎて疲れたが、時間が経つと忘れてしまうので今日中に出来る事はやりたいと思っていた。その日スミナがお風呂に入ったのは結局深夜だった。


 スミナは丸二日少し無理をしつつ屋敷にあった武器や魔導具で使えそうな物の確認を終えた。エルを見つけた遺跡で持って帰った魔導具は貴重な物を集めていただけあって使える物が多かった。ただ、癖があったり、使用回数が限られていたりと、スミナでも使う場面が限られる物もあった。他にも父ダグザが買った魔導具の中に双子達の生存率を上げる物もあり、改めて父の愛情をスミナは感じるのだった。



「忙しいところ押しかけてすみません」


 屋敷の道具の確認が終わった翌日、スミナは前もって連絡していた王城にある特殊技能官用の仕事部屋に来ていた。


「いえ、いつもこちらから頼んでばかりでしたのでもっと頼って欲しいぐらいです。それで、魔導具を見せて欲しいという話だったけど、どういう心変わりがあったのかしら?」


 アスイの言い方はスミナの事をよく理解していた。


「この間の件で自分が出来る事をちゃんと出来なかったと感じたんです。それで神機に頼るのではなく、自分の持てる力を出し切る為にもっと色んな魔導具を使えないかと」


「確かに神機は強力だけど、それを前提に戦うのは危険ね。そしてスミナさんの道具を使う能力は色々な使い道がある。全面的に協力するわ。気に入った魔導具はなるべく持ち出せるようにするのでうちにある魔導具を一通り見ていって。

あと、貴方に打って付けの魔導具があるの。来てもらっていいかしら?」


「はい」


 アスイが立ち上がったのでスミナはそれに付いて行く。


「ここは?」


「ミーザの部屋よ。片付けようと思って少し調べたのだけど、駄目ね、途中で苦しくなってそのままにしてるの」


「そうですよね……」


 寂しそうなアスイの顔を見てスミナの胸が痛む。


「ごめんなさい、その話をするつもりで呼んだんじゃないのよ。ミーザの遺品に貴方に打って付けの魔導具があって、それを渡そうと思ったの」


 アスイは部屋に入ると机の上に並んでいた道具の一つを手に取った。


「触ってみて」


「失礼します」


 その魔導具は見た目はただのベルトだが、そこに付いている宝石に大きなリュック分ぐらい物を収納出来る魔導具だった。出し入れは使用者が念じれば一瞬で出来るという。エルの胸の宝石に物を入れられるのと同じ仕組みなのだろう。

 スミナは確かに便利だが、それがミーザの遺品と聞いて自分が貰っていいのかと思ってしまう。


「そんな貴重で、ミーザさんの遺品なんて使えません」


「でも、スミナさんがこれからやる事を考えるとそれは必要でしょ?その魔導具は私には必要無いし、ミーザの遺品は他にも色々あるわ。スミナさんが使ってくれたらミーザも喜ぶと思うわ」


 アスイの言葉を聞いてスミナは悩む。他にも収納能力が高い魔導具の袋などはあるが、出し入れはこの魔導具の方が断然しやすい。この魔導具があればスミナの戦い方も大きく変わるだろう。それは今一番スミナが望んでいるものだ。


「分かりました。ミーザさんの分までアスイさんを支えられるよう、使わせてもらいます」


「良かった。ありがとうね」


「お礼を言うのはこちらですよ」


 それからスミナは特殊技能官が所持している魔導具を見せてもらう事になった。国の宝物庫には更に色んな魔導具があるが、それを持ち出すのは流石に大変だと聞いていたのでここだけ見せてもらう事になった。それでもここにはアスイ達が過去に発見したり購入した魔導具が大量に並んでいて、数日で全部を見るのは不可能な量だった。


「何日来ても大丈夫だけど、帰る時は声をかけて頂戴ね」


「いえ、そこまで長く居るわけにもいきません。2日間だけ見せて下さい」


 スミナはそう言い、2日間王城に通う事に決めた。


「では、この魔導具はお借りします」


「一応貸すって形式ですが、壊しても気にしないわ。スミナさんに使ってもらうのが一番だと思いますから。ただ、奪われないようにだけ気を付けて貰えれば」


「勿論です。活用させて貰います」


 スミナは2日間で見られる限りの魔導具の使い方を確認し、自分が活用出来る物をピックアップしてアスイに持ち帰れるか確認した。アスイはそれに対して全ての魔導具の許可をあっさり出してくれたのだった。スミナはそれらの魔導具をミーザの遺品の収納の魔導具に入れ、屋敷に持ち帰った。


 続いてスミナは特訓を開始する。様々な場面を想定し、どの魔導具をどう使うのが効率的か、魔導具によってどれだけ魔力を使うのかを確認した。そして魔法技に魔導具を組み込み、それを使いこなせるよう調整する。魔道具を使う事で魔力の消費を抑えられる物もあり長期戦も想定出来た。今まであまり考えなかった怪我や事故などにも即座に対応出来る方法も検討した。

 スミナは他の人には難しい魔導具の複数同時使用も出来る事が分かり、その行動も選択肢に入れる。スミナの出来る事の可能性は無限に広がったが、それと同時に臨機応変に対応する為にはある程度のパターンを作っておかないと反応が遅れる事が分かった。色々悩み、頭をフル回転させてパターンを作っていったが、それ自体をスミナは辛いとは思わなかった。


 ある程度パターンが出来たらスミナは実際に試してみる必要を感じたのだった。魔法や魔法技や魔導具を実際に組み褪せて臨んだ結果になるとは限らないからだ。アイル家の屋敷には広い庭があるのでそれを試すには丁度良かった。上手く行った場合は更に速度を上げる方法を考えたり、失敗だった場合は再度別の道具を使う方法を検討し直した。ただ回数制限のある道具は気軽に試す事も出来ないので、あくまでシミュレーションして使う事を考えるに留めるしかなかった。

 自分一人では試せない物もあり、メイルには模擬戦の相手をして貰ったり、保護や捕獲する対象になって貰ったりした。瞬間的に複数の魔導具を管理するのは予想以上に頭を使い、違う魔導具を使ってしまって失敗する事も多々あった。メイルに怪我を負わせるような失敗は無かったものの、ヒヤッとする場面は何度もあった。ただ、メイルが相手をしてくれたので分かった事もあり、スミナは本当にメイルに感謝していた。


 スミナが寮を出てから一週間が経過していた。完全では無いものの、とりあえずスミナが納得出来る形で様々な魔導具を駆使出来るようになっていた。休憩を取りつつやってはいたが、スミナの頭も身体もヘトヘトになっていた。ただこれ以上学校を休むのも問題だと思い、疲れた身体で寮に戻る事に決めたのだった。


「メイル、色々ありがとうね」


「少しでもお役に立てたのであればよかったです。それよりも、スミナお嬢様の新しい戦い方を早くアリナお嬢様に見て驚いて貰いたいですね」


「アリナがこれぐらいで驚くかなあ。でも、前よりは自信をもって戦えると思う」


 スミナは自分でも驚くぐらいやり切った感覚があった。魔法技の特訓をした時も成長を感じたが、今回はそれ以上だった。


(この力で絶対みんなを守ってみせる)


 スミナは決意を新たに魔導馬車で寮へと戻るのだった。


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