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39.魔導要塞奪取作戦(後編)

 大海獣との戦いが終わり、スミナ達は甲板に降りて戦った騎士達を出迎えた。


「ネーラ様お疲れさまでした。流石ですね」


「若い頃なら私1人で十分でした。老いには勝てないものですね」


 褒めるアスイにネーラはそう答える。スミナにはネーラの剣技がとても衰えているとは思えなかった。


「サニア、近寄らないでくれる?体液を浴びて貴方臭いのよ」


「戦いってのはこういうものだろ。なんだよお前のヒラヒラした戦い方は」


「私はああいう巨大なモンスターを相手にするのは苦手なのよ。貴方達に任せておけばよかったわ」


 そう言う紫苑しおん騎士団団長のシルンだが、大海獣相手でも十分強かった。対人戦はもっと得意という事は敵に回したくない人物だとスミナは思った。そんなシルンが双子に気付いてこちらに寄ってくる。


「丁度よかったわ。2人ともちょっとこっちに来てくれる?」


「はい」


 シルンに呼ばれたのでスミナとアリナは付いて行く。


「オリミ、この子達が例の双子よ」


「団長、わざわざありがとうございます。ご挨拶は初めてになりますね。自分は紫苑しおん騎士団の副団長をしております、オリミ・ナンプと申します。

スミナさんには妹がお世話になったと聞いております。それにお2人の力が無ければ助からなかったとも。本当にありがとうございました」


「エレミさんのお姉さんですね。わたしはスミナ・アイルです。お噂はかねがね伺っております」


「妹のアリナ・アイルです」


 双子は野外訓練でスミナと一緒のパーティーだったエレミの姉であるオリミに挨拶する。エレミと同じ濃い灰色の髪をしていて似ている部分もあるが、自信無さげなエレミに対してオリミはしっかりした騎士らしい騎士に見えた。


「オリミは少し堅苦しいのよね。しかし、本当に凄い強いって聞いているわ、貴方達。今度お手合わせ願えないかしら」


「いえ、シルンさんは物凄く強いと聞いています。わたしでは相手にならないかと」


「まあ嬉しい。でもそういう噂が広がり過ぎて、戦ってくれる人が居なくなってしまったのよね。妹のアリナさんの方はどうかしら?」


「あたしですか?いいですよ、今度模擬戦をしましょう」


 アリナは負けず嫌いだからか、シルンの誘いを素直に受ける。


「団長、勝手な事言わないで下さい。ごめんなさい、騎士団の騎士と学生とでは模擬戦は禁止されているんです。冗談なので本気にしないでいただければ」


「私は冗談のつもりは無かったんだけどね。まあ一応決まりだからそういう事で。また今度、お暇な時にお話しましょうね」


「はい、是非」


 シルンはオリミに引っ張られるように去っていった。シルンは思ったよりも癖のある人物だなとスミナは思うのだった。


「予定ではあと半日程度で軍艦と魔導要塞は接触します。その数時間前には魔導潜水艇で離れますので、その準備をしておいて下さい」


 アスイに言われ、双子達は潜入部隊として待機する事になった。ただ、準備と言っても休む以外やる事がほぼ無く、結局他の人の邪魔にならないようにアスイ達の部屋で大人しくしているしかなかった。


「アスイさん、狭くていいので誰も来ない部屋を少しの時間借りる事は出来ますか?」


「出来ますよ。何かありましたか?」


「いえ、少しだけアリナと2人で話がしたかったので」


「でしたら斜め向かいの部屋が私達の為に予備としてもらってますのでそこを使って下さい」


「ありがとうございます」


 スミナは少しアリナと話したかったので部屋を借りる事にした。


「エルには悪いけど、ちょっとの間この部屋で待っててくれる?」


「それが命令なら了解です。待っています」


 エルは付いてきたいのを我慢して待っていてくれた。エルに話しても問題は無いのだが、今はアリナにだけ確認したいとスミナは思っていた。


「で、お姉ちゃん、わざわざ2人きりで話すって何かあったの?」


 借りた部屋に入るとアリナが聞いてくる。スミナは椅子にアリナと向かいあって座ってから話し始めた。


神機しんきの事、どうすればいいのか迷っていて。リスクがあるのは分かってるし、勇者テクスもホムラも危険なものとして認識してる。

でも、神機を使えばわたし1人で潜入任務だって出来るし、わざわざみんなを危険に晒さなくてもよくなる。わたしの我儘で誰かが死ぬことになるのではって思うと、神機を扱えるわたしがやるべきなんじゃないかって」


「それは違うよ、お姉ちゃん。本来王都を守るのは騎士団の仕事で、学生の仕事じゃない。ネーラ様も言っていたように本当は騎士団だけで何とかしなくちゃいけない事なの。

それに出来る事をやってないっていったら、あたしなんか毎日小さな危険は察知しても見て見ぬふりをしてるよ。あたしは知ってるから、全部を救えないって事を。自分や知り合いが危険に晒されたり、町に大きな被害が出るとかじゃ無ければモンスターや犯罪者をあたしは放置してる。それで住民や騎士が死ぬ事になっても」


「アリナのは違うでしょ。勝手に情報が入って来るんだから。今回の作戦は大きな被害が出るかもしれない。それを知っていながらやらないのはやっぱり自分勝手だよ」


 スミナはアリナの言う事を理解しながらも気持ちが落ち着かない。


「だからお姉ちゃんはここまで来て、作戦に参加してるじゃん。それだけでも十分だよ。アスイ先輩だって神機の力が必要ならそれを言ってくるでしょ。神機を使って欲しくないから今の作戦を立てた。お姉ちゃんは十分役目を果たしてるよ」


「アスイさんは神機にリスクがあるから使って欲しくないんだと思う。でも、ホムラに頼んで飴玉を貰えばそのリスクも回避出来た。本当はそうするべきだったんじゃないかな」


「あの飴玉こそ何が入ってるか分からないモノじゃん。もしかしたら寿命が縮むとか、副作用があるのかもしれない。絶対にそれを頼ったらダメだよ。

本当にお姉ちゃんがどうしようも無くて、それでも何とかしたい時の為に神機は取っておいた方がいいとあたしは思う」


 アリナは必死に訴えた。神機をいざという時の為にとっておいた方がいいのはその通りだろう。もしかしたら魔導要塞の中でその時が来るかもしれない。それを考えると確かに簡単に使う判断をすべきではないだろう。


「分かった。ありがとう、アリナ。やっぱりアリナに話して良かった」


「ううん、本当はそんな事をお姉ちゃんが考えなくてもいいようにあたしがしないといけないんだと思う。それこそあたし1人で魔導要塞を奪取出来ればいいんだし」


「そんな事言いだしたら今度はわたしが止めるって」


 スミナとアリナは少しだけ笑う。スミナの心の中の重圧は少しだけ軽くなっていた。



「これが魔導潜水艇……」


 クイーンアロー号のデッキから海の上に吊るされた魔導潜水艇を見てスミナが呟く。想像よりも小型で5人が乗り込んでギリギリの大きさだと分かる。ラグビーボールのような楕円形の形状で紺色の金属製のような表面をしている。窓は無く、突起は後部にスクリューがあるだけだ。視界は魔法で確保しているのだろう。


「これだと水中で攻撃されたらおしまいじゃない?」


「大丈夫です。全面をシールドで覆われていて、少しの間ならグスタフのビームにも耐えられます。ただ、航行にもシールドにも魔力を消費するので長時間行動は出来ません」


 アリナの不安に対してアスイが魔導潜水艇について説明する。


「じゃあ、攻撃は?弾とか撃てないの?」


「残念ながら攻撃機能はありません。シールドを使った体当たりが出来ますが、船にもダメージがあるので使わない方がいいでしょう」


「隠れて近付いて、乗り捨てるって事ですね」


「はい。貴重な物なので出来れば後で回収したいですが、今はその事は気にしない方がいいでしょう」


 貴重で価値のある物だが他に水中で近付く手段が無い以上、壊れたり捨てる事になっても使うしかない。


「勿体ないですよね。これを複製出来る技術が現代にもあればいいんですが」


 新たに特殊技能官になった魔術師のナナルが残念がる。


「魔導機械の研究は進めていて、少しずつだけど魔導具や魔導機械を作る事も出来てるわ。王都が破壊されればそれも一からやり直しになるのだし、そうさせない為にも頑張りましょう」


 ナナルにミーザが言う。特殊技能官としてミーザは転生者の補助だけでなく、魔導技術の復活にも協力もしてきたのだろう。スミナも余裕が出来たなら自分の道具の使い方が分かる祝福ギフトや記憶を読み取る祝福でその協力が出来ればと思うのだった。


 魔導要塞に船が近付き、魔導潜水艇の発進の準備も完了していた。スミナは乗り込む為にエルには宝石形態になってもらい、バッグに入れておく。潜水艇に乗り込む準備をしたアスイ達の周りには各騎士団の騎士団長や名誉女性騎士団長のネーラの姿があった。


「私達の心配はしなくていいから、魔導要塞の事頼みましたよ」


「分かりました。行ってまいります」


 ネーラにアスイが返す。アスイを先頭にミーザとナナルが潜水艇の上の入り口から乗り込んでいく。


「思いっきりぶっ壊して来いよ」


「サニア、話をちゃんと聞いていたの?魔導要塞の奪取が目標で、破壊したら爆発する恐れがあるわよね」


「分かってるよ。勢いの事だよ、勢いの」


 薔薇騎士団団長のサニアに対して紫苑騎士団団長のシルンが冷たく言い放つ。


「わたし頑張りますので、皆さんも無理せずご無事で」


「さっさと終わらせてきちゃうからね」


「ああ、頼りにしてるぜ」


「2人は無理せず、アスイ様の補助ぐらいに考えておきなさいね」


 双子は2人の団長に励まされて潜水艇に乗り込んだ。


「運転は誰がやるんですか?わたしも出来ると思いますが」


「私がやります。この日の為に練習もしてきましたから」


 潜水艇の運転はナナルがすると言ってくれた。スミナは祝福の力で運転出来るが、多人数を乗せる責任を思うとナナルがやってくれて助かったと感じる。中は外から見た時より広くは感じたが、それでも一番前に運転席があって、その後ろが人がギリギリ通れる通路と左右に席が一つずつ2列分あるだけだった。後ろに荷物を詰める空間が一応あるが、人を乗せるには流石に狭い。

 運転席にナナルが座り、その後ろの列にアスイとミーザが、次の列にスミナとアリナが座った。船側から繋いでいたアームが外され、潜水艇は完全に船と切り離される。


「それでは航行を開始します」


 ナナルが運転席のスイッチやレバーを操作していく。すると船内の壁と思われていた部分が全て外の景色に変わる。まるで水中に椅子に座ったまま入っているような感覚だ。


「凄い綺麗!!」


「凄いですよね、全面外の映像を映し出していて。接触まではまだまだ時間がありますので、その間に色々説明します」


 ナナルが言いながら潜水艇を操作する。景色が変わり潜水艇が進んでいるのが分かる。海の中は透き通っていて、周りに魚や海洋生物、小型の水中モンスターなどが優雅に泳いでいた。


「モンスターも周りにいるけど、この船襲われたりしないの?」


「知能の低いモンスターなら潜水艇は大型の魚ぐらいの認識なので無闇の襲ってこないでしょうし、襲われてもシールドがあるので大丈夫です。問題なのは先ほどの大海獣で、あれに見つかると不味いです」


「もしかして大海獣が周りにいないか見張らないといけない感じ?」


 アリナがナナルの説明を聞いて嫌な予感を感じる。


「いえ、それは大丈夫です。この船には高性能のレーダー機能が付いています。ここに表示しますね」


 ナナルが操作すると運転席側の右斜め前に地図のようなものが表示される。それにはいくつかの丸が映っていた。


「この真ん中の緑の丸がこの船の現在位置です。3つの大きい青い丸が味方の軍艦3隻になります」


 海と思われる地図上にナナルの説明した丸が移動していく。並んでいる3つの青い丸は緑の丸から徐々に離れているのが分かった。


「それで、この赤い大きい丸が魔導要塞です。軍艦が正面から接近するのに対して、この船は迂回して斜め背後から接近する予定です」


 地図上の赤い丸はまだ青い丸とも緑の丸とも離れた位置にいた。ただ、青い丸と徐々に距離が縮まっているのが分かる。潜水艇には凄い便利な機能が付いているのだとスミナは感じていた。


「レーダー機能は分かったけど、これで大海獣から逃げられるの?」


「はい。今表示しているのはあくまで船と要塞だけです。これに加えて、察知している大型の海洋生物を表示するとこうなります」


 ナナルがそう言うと、地図上に大小様々な丸が大量に表示される。色は黄色やオレンジ色が殆どだった。


「黄色が海洋生物と判明しているもの、オレンジ色がモンスターか大型の海洋生物か判明しないものです。大きいオレンジ色の近くを避けて行けば安全でしょう」


 ナナルがそう言いながら黄色の丸を消して地図を表示させた。するとかなり分かりやすく安全な場所が分かる。


「凄いですね。よく潜水艇の使い方が分かりましたね」


「ナナルの祝福はどんな書物でも意味を理解する能力なのよ。だから特殊技能官になってもらったの」


 スミナの疑問にミーザが答える。スミナは自分の道具の使い方が分かる祝福と似た能力だなと思った。


「わたしも似た能力ですけど、それだと魔導研究所の研究員の方が活躍出来るのでは?」


「確かに魔導研究所の仕事も魅力的ではあるんですが、私としては現地に赴く方が好きなんです。こう見えても身体を動かすのも好きなので。だから最初は魔術師団に入ったんですけど、魔術師団は護衛や討伐の仕事の方が多くて、能力を活かせなくて。そんな時アスイさんとミーザさんが私をスカウトしてくれたんです」


「実戦も出来て現地調査も出来る人材が喉から手が出るほど欲しかったのよ。こんなにぴったりの人材がいるとは思わなかったわ」


 アスイが嬉しそうに言う。アスイにそこまで言われるのだから、実戦でもナナルは強いのだろう。


「そんなに褒められると困ります。実戦に関しては経験も少ないですし、皆さんにはとても及ばないです。今回はあくまで潜水艇の運転手みたいなものですよ」


「それが出来るだけでも十分凄いことよ。ナナルが居たからこそ今回の作戦を立てられたんですから」


 ミーザはナナルをかなり認めているようだ。確かにスミナやエルなら潜水艇を操作出来るかもしれないが、王国にそんな事が出来る人が何人もいるとは思えない。今後もナナルは王国の役に立つのが分かる。


「このレーダー機能は魔導要塞にも付いてると考えられますよね。魔導要塞側に探知されたら作戦が失敗するのでは?」


「それは大丈夫です。魔導要塞側から見た潜水艇はレーダーに映っているオレンジの丸と同じです。軍艦のように海上をあの大きさで移動してれば判別されますが、遠くから潜水艇と大型の海洋生物を見分ける事は魔導要塞だろうと出来ません。

ただ、近付き過ぎると流石にバレるでしょう。目視出来る距離では確実に。なので、ある程度近付いてからは気付かれたと想定して動く必要があります」


 ナナルの知識は魔導要塞のも及んでいるようだ。ただ、想定外の事も考えておかないといけないとスミナは思う。


「魔導要塞に早めに気付かれたり、魔族に襲われた際の対応も念の為考えてあります。ですが、魔導要塞が完全に修復する前に動き出したのには訳がありそうなので、あまり余計な心配はしなくていい気がしています」


「そうそう、あたしの危険察知もあるし、何とかなるって」


 アスイとアリナの言葉でスミナの不安も大分薄れていた。この2人とエルがいるので想定外の事態も対応出来る気がスミナもしていた。


「ここでしばらく待機です。軍艦と魔導要塞が接触するまでは景色でも眺めていましょう」


「こういうのは平和な時にやりたかったなあ」


 ナナルの言葉に対してアリナが愚痴る。確かに綺麗な海の中が見れるが、これからの事を思うと純粋に楽しめなかった。


「そうだ、先にこれを見ておいてもらいましょう」


 アスイからスミナとアリナは1枚の紙を受け取る。そこには建物の通路が書いてある地図のようなものが印刷されていた。


「文献から見つかった魔導要塞の内部図です。ただ、今回侵入する魔導要塞が同じ作りかは分かりません。なので、あくまで参考までに見ておいて下さい」


 アスイは図について説明する。通路は迷路のように複雑で、部屋が沢山あった。見たとしてもどこを目指せばいいか分からない。


「どっから侵入して、どこへ行けばいいの?」


「侵入箇所の理想はありますが、あくまで近付いて一番近い入り口から侵入する事になります。目標地点は魔導要塞とグスタフの指令を行う中央指令室と考えられる場所です」


 アスイが図のどこに当たるかを教えてくれる。


「あとは、侵入箇所が近ければ先に魔導炉の制御室へ向かうのもいいかもしれません。魔導炉を止めれば少なくとも魔導要塞は止まり、魔導炉が爆発する恐れも無くなりますから」


「魔導炉のある場所は分かりやすいですね」


 魔導炉は魔導要塞の丁度真ん中に位置する場所にあると図に描かれていた。これは別の魔導要塞でも同様だと考えられる。中心ならどこから侵入しても同じ距離ぐらいになるだろう。


「魔導炉への案内ならワタシが出来ると思います」


 スミナのバッグの中からエルの声が聞こえる。


「エルは魔導炉がある場所が分かるの?」


「はい。あれだけの魔力の動きは簡単に感知出来ます」


「分かりました。一応指令室を目指しますが、場合によってはエルさんに魔導炉まで案内してもらいましょう」


 アスイもエルの能力を作戦に組み込んだようだ。こうして少しだけ作戦についてみんなで話し合って突入までの時間を過ごすのだった。



「間もなく軍艦と魔導要塞が接触します。魔導要塞が戦闘行動を起こしたらこちらも作戦を開始します」


「ナナルお願いね。みんな装備を着けておいて」


「「はい」」


 アスイに言われ、双子は魔導鎧を装着していつでも動ける姿になっておく。レーダーの青い丸と赤い丸が徐々に接近している。潜水艇の緑の丸は赤い丸の丁度真横に位置していた。赤い丸との間に敵と思われる反応は無い。見ていると赤い丸の周囲にオレンジ色の丸が複数現れる。恐らく巨大なゴーレムであるグスタフだろう。オレンジ色の丸は4つで、魔導要塞の先に出て軍艦へと向かう。


「魔導要塞からグスタフと思われる反応が4体現れました。潜水艇を出発させます」


「お願い。油断は出来ないけど、以前の戦いを考えると今の魔導要塞では4体ぐらいしか同時にグスタフを出せないのかもしれないわね。これは多分チャンスだわ。4体なら騎士団でもある程度持ちこたえられる」


「ささっとやっちゃおう」


 アスイもアリナもやる気だ。スミナも気合を入れて突入の準備をする。潜水艇は猛スピードで魔導要塞へと向かった。あっという間に魔導要塞が目視出来そうな距離に近付く。


「では予定通り私とエルさんで先に海中に出ます。魔導要塞の攻撃があれば防ぎますので、その間に魔法をかけて外に出て下さい」


「「はい」」


 アスイは早速潜水艇の入り口へ向かい、スミナはエルを戦闘形態で呼び出す。アスイは取り込んだ能力で、エルも機能で水中での行動が出来る。魔導要塞から攻撃があっても2人なら防いでくれるだろう。そうしているうちに水中を進む魔導要塞の巨大な姿が見えてきた。


「ここが限界です。潜水艇を止めますのでアスイさん、エルさんお願いします」


「先に出ます」


「お任せ下さい」


 アスイとエルは止まった潜水艇の入り口の扉を開け、水中へと出ていく。潜水艇の入り口は水面と内部の間を魔法で区切り、出入りは問題無く出来る。ただ、普通の人間がそのまま出たら水圧が一気に襲い掛かるだろう。


「皆さん順々に魔法をかけるので完了した人から外に出て下さい」


 ナナルがそう言ってミーザから順に補助魔法をかけてくれる。ナナルがかけるのは水中で呼吸、移動、会話が一定時間出来る魔法だ。あとは自分で高速遊泳等の魔法を使えば問題無く行動出来るだろう。ミーザが先に外に出て、その後をスミナ、アリナと続く。敵が気付いているのか分からないが、まだ魔導要塞からの攻撃は無い。

 ナナルの魔法は高度で、水中でも濡れず、空中移動してるような感覚で進む事が出来た。全員が潜水艇を出て、潜水艇はそのまま待機状態で残される事になる。


「行きましょう」


 アスイが先頭に立って魔導要塞へと近付き、その後をみんなで泳いでついて行く。


「攻撃が来ます!!」


「ワタシも対応します」


 アスイが叫び、エルもアスイに並ぶ。魔導要塞の壁が開き、そこから楕円形の弾のようなものが複数放たれた。それは一直線にこちらに水中を進んでくる。まずアスイがそれを魔法で撃ち抜くと、それは爆発して破裂した。水中爆弾だろう。


「近距離で爆発させると危険です。私達が対処するので、スミナさんはその間に扉を開けて下さい」


「お姉ちゃん、防御は任せて」


「分かった」


 アスイとアリナに言われてスミナは魔導要塞へと近付いていく。すると魔導要塞は次々と水中爆弾を放ってくる。アスイとエルはそれを破壊していくが、数が多く、スミナの周りにも近付いて来る。


「私が対応します」


 ナナルがそう言うと爆弾の群れに魔法を放った。ナナルの魔法は水をゲル状に固め、爆弾が進むのも爆発するのも止めていた。咄嗟の判断でそうした魔法が使えるのは流石だとスミナも感心する。


「ナナルやるわね。私も頑張らないと」


 ミーザがそう言ってナナルの魔法と反対側の方に手をかざす。すると複数の爆弾が動きを止め、そのまま水中を落ちていく。ミーザも何か爆弾の動きを止める魔法を使ったのだろう。みんなの援護があり、スミナは魔導要塞の外からの入り口に辿り着く。


「お姉ちゃん、守るから集中していいよ」


「ありがとう」


 周囲の防御はアリナに任せてスミナは外にある操作パネルに手をかざす。パネルの操作法を理解し、扉が開くようにスミナは操作した。すると扉が開き、内部へ侵入出来るようになる。


「開きました!!みんな急いで!!」


 スミナが叫び、みんなが来るまでアリナの防御の手伝いをする。アリナは魔力の物質化を使い、上手く爆弾の破裂を防いでいた。スミナはなるべく自分から遠くで爆発するように攻撃をする。みんなの行動も素早く、すぐに全員集まった。アスイを先頭に中に入り、扉を閉めて室内の水を抜く操作をスミナがする。空気が入り口の空間に充満し、普通に呼吸が出来るようになった。ここまでは順調だ。


「開けます」


 魔導要塞の通路に繋がると思われる扉をスミナが操作して開ける。アリナの危険察知もエルも反応しないので、ここに罠は無いだろう。通路は明るく、広く、魔導遺跡と似たような紋様の壁が続いていた。アスイが先頭で通路に出て、皆がそれに続く。


「ようこそいらっしゃい。あらあら、転生者3人も来るなんて大漁じゃない」


 甲高い女性の声がする。声の方を見るとそこには灰色の女性のデビルの姿があった。くねくねと動くその姿は蜘蛛を連想させた。


「実態はありません」


「アタイは魔導要塞司令のスビャよ。アタイはレオラみたいに慢心なんてしない。こうなる予想をして幾重もの罠を仕掛けておいたの。逃げて帰るなら今のうちよ」


「逃げるわけないじゃん」


 スビャの挑発にアリナが答える。勿論スミナも逃げる気は無い。


「精々頑張って。アタイの所まで辿り着けたら相手してやるから」


「貴方の言う事は信じません」


 アスイがそう言って天井にあると思われるスビャの幻影を映し出していた魔導具を破壊する。スビャの幻影は消え去った。


「作戦を変更しましょう。私とミーザとナナルは予定通り中央指令室を目指します。スミナさん、アリナさん、エルさんは魔導炉を目指して直接魔導炉を止めて下さい」


「罠があるならあたしが指令室へ行った方がいいんじゃない?」


「それは大丈夫よ。さっきも見たと思うけど、私の祝福は魔導具や魔導機械の機能を停止させる事が出来るの。今まであまり活用出来なかったけど、こういう場所は私が得意なの」


 ミーザが言う。ミーザの祝福を聞いたのは初めてだが、確かに魔導要塞の侵入にはもってこいの祝福だ。魔導具などの罠ならミーザ1人で十分だろう。


「では、お互い頑張りましょう。何かあったら魔導具で連絡を」


「分かりました」


 アスイ達と双子達は分かれて行動を開始した。どちらも罠があるだろうが、罠が多いのはアスイ達の道のりだろう。


「罠があるからあたしが先導する。エルちゃんは魔導炉の方向と魔導機械の罠が分かったら教えて」


「了解です」


「アリナ、お願いね」


「任せてよ」


 罠があるのでアリナ頼りになってしまうが、スミナはなるべく援護するつもりで付いて行く。罠は元から魔導要塞に搭載されていたと思われる物が多かった。なのでエルが直前で気付き、簡単に回避したり解除したりする事が出来た。


「そこ!」


 アリナが潜んでいた魔族を串刺しにする。たまにこうやって魔族が潜んでいたり、魔族が追加で仕掛けた罠もあった。それもアリナの危険察知の祝福のおかげでかなりの速度で通路を進む事が出来た。途中で隔離用の壁が閉まったりもしたがスミナが祝福で解除する。3人を止める事が出来るものは無かった。


「やっぱりいるよね」


「何かあった?」


「中ボス戦かな」


 アリナの言い回しでそれなりの強敵が先にいる事が分かる。ただ、回避していくよりは倒す方が早いだろう。少し開けた通路には5メートルぐらいの大きさのゴーレムが居た。通路ギリギリの大きさで、倒さなければ先には進めない。魔導要塞を傷付けないようにか、接近戦用のアームが沢山付いている。


「行くよ」

「うん」

「はい」


 スミナの合図で3人で一斉に攻撃する。今まで出会ったゴーレムの中では確かに強かった。しかし魔神ましんや竜神と戦ったスミナ達にとっては簡単な相手だった。アリナが敵の攻撃を引き付け、エルがいくつかのアームを破壊し、その箇所をスミナがレーヴァテインで攻撃する。あっという間にゴーレムの胴体には大きな穴が空き、再生出来なくなって動かなくなった。


「行こう」


 3人は再び走り出す。もうすぐ魔導炉というところでアリナが立ち止まる。


「お姉ちゃん、何かヤバい。魔導炉の方から凄い危険な感じがする」


「魔族が魔導炉を破壊しようとしてるのかもしれない。それを止めれば収まるかも」


「分かったけど、本当に危なくなったら逃げるよ」


「分かった」


 心配そうなアリナに返事をしてスミナ達は魔導炉の制御室へ入る。そこはガラス張りの部屋でガラスの向こうには赤く輝く大きな機械が見えた。魔導炉と思われる機械は大きく揺れ、スミナにもとてつもない魔力の流れが感じられた。


「詳しくは分かりませんが、魔導炉の様子が変です」


「操作してみる」


 スミナは制御室の制御装置と思われる機械に触れてみる。それは確かに魔導炉を起動させたり停止させたりする装置だった。だが、スミナは既に魔導炉が操作を受け付けない状態である事を理解する。


「駄目みたい、操作出来ない。ちょっと記憶を見てみる」


 スミナは制御装置の直近の記憶を手早く見る事にした。


「どうやっても動かないよ。こんな骨董品使い道無いでしょ!!」


 制御装置の前で文句を言っているのはデビルのスビャだった。周りには他のデビル数体とレオラの姿もある。


「動かせるわよ。アタシの祝福の力があればね」


「ちょっと待ちなよ、それじゃいつ壊れるか分からないんじゃ」


「少しの間でも動けば人間達を滅ぼせるわ。アナタはそれまでにこれの使い方を理解しておきなさい」


 そう言ってレオラとデビル達は出て行った。残ったのはスビャだけだ。


「分かったよ、アンタよりアタイが優秀だって事を思い知らせてやるから」


 スビャは邪悪な笑みを浮かべて部屋を出ていく。


 数年後、再びレオラとスビャが制御室にやって来る。


「行くわよ。これであの転生者達を一掃するの。準備は出来てるわね?」


「勿論よ、レオラ様。この魔導要塞は隅から隅まで把握したからね。もしレオラ様が失敗してもアタイが何とかしてやるから」


「いいわね、それぐらい貪欲な方が。アナタにいい物をあげるわ。この瓶はアタシの祝福を解除する魔力を込めた物よ。どうしようもなくなったら魔導炉に使いなさい。半日ぐらいで魔導炉は爆発すると思うわ」


「それは助かります。使わずに済めばいいけどね」


 レオラとスビャはお互いに敵意を隠さず小瓶を受け渡す。その後レオラは制御室から魔導炉のそばへ移動し、魔導炉に手をかざした。すると今まで止まっていた魔導炉は急に赤く光り出し、動き始めた。レオラはスビャを一瞥し、魔導炉から離れていく。スビャはしばらく魔導炉を観察しニヤリと笑ってから制御室を出ていった。


 それから数ヶ月後、館内が騒がしくなったのが制御室からでも分かる。丁度魔導要塞から野外訓練にグスタフを下ろしていた時だろう。そして大きな音がし、要塞内に警報が鳴り響く。ホムラによって上部が破壊され、落下しているのが分かる。そして大きな振動が起こった。魔導要塞が海に着水した衝撃だろう。


 落下してからしばらくの間艦内は静かだった。その後、機能が回復したのか、徐々に艦内が騒がしくなる。やがてスビャが再び制御室に入ってきた。


「クソ、魔導要塞の修理が終わる前に見つかちまった。侵入者対策もまだ出来ていないし、このままじゃ……。

やっぱりこれを使うしか」


 スビャが取り出したのはレオラから渡された小瓶だった。数日後、魔導要塞が移動を始める。それから4日ほど経ち、丁度スミナ達が突入する半日ぐらい前の時間だった。スビャは制御室に入ってくる。


「半日後には敵の船とぶつかっちまう。グスタフ4体じゃ止められないし、侵入もされる。使うなら今だ」


 そう言ってスビャは魔導炉の前まで移動し、小瓶を取り出し魔導炉に投げ付けた。すると魔導炉の光が増し、異音を発してガタガタと揺れ出した。


「もう戻れねえ。何とか侵入者を閉じ込めてアタイは逃げてやる」


 そう言ってスビャは魔導炉の前から去っていった。


 スミナは記憶を見終わり、今の状態がとても危険である事を理解した。


「アリナ、魔導炉はもう止められないし、もうすぐ爆発する。敵は最初からわたし達をおびき寄せて巻き添えにするつもりだったの」


「逃げよう、お姉ちゃん」


「駄目、それじゃあアスイさん達も助からないし、外の人達も巻沿いになる」


「でもどうするの、お姉ちゃん」


「とにかくアスイさんに伝える」


 スミナは魔法の携帯電話を取り出し、アスイに連絡する。


「アスイさん、罠です。魔導炉がもうすぐ爆発します!!」


『どういう事、簡単に説明して』


 アスイに言われ、スミナは記憶で見た内容を説明する。


『分かったわ。私達はこのまま指令室を目指します。スミナさん達は脱出して』


「アスイさん達を置いて行けません。それにまだ指令室に辿り着いてないなら操作が間に合わないとかもしれません。すぐに着けそうなんですか?」


『ごめんなさい、予想より障害が多くてまだ時間がかかるかもしれない。でも、間に合わせるわ』


「わたしなら、神機の力を使えばすぐに行けます」


 スミナは決意してその言葉を口にする。


「お姉ちゃん、ダメ、絶対に」


「アリナ、今やらなければ後悔する」


『――分かりました。無理の無い範囲で使うならお願いします』


「待っていて下さい。直ぐに魔導要塞を制御します」


 スミナは携帯電話を切る。


「お姉ちゃん、どうしてもやるの?」


「うん。決めたから」


「分かった、無理しちゃダメだよ」


「分かってる。エル、グレンを」


「分かりました、マスター」


 エルも辛そうな声を出しながらグレンの腕輪をスミナに渡す。


「神機解放!!」


 スミナの身体を蒼い炎が包み込み、青く輝く衣をスミナは装着した。ホムラの飴玉を貰っていないので最大開放は使えない。長時間使う事も、高威力の攻撃も危険だ。スミナは精神を集中し、周囲の状況を把握する。スミナの頭の中で魔導要塞の内部の状況も敵の位置も壁の薄い箇所も全て理解出来た。


「最短距離を行く!!」


 スミナは力を作り出した剣の先の一点に集め、飛び上がった。剣が壁を破壊し、途中の罠を破壊し、潜んでいた敵を破壊してスミナは真っ直ぐ突き進んだ。スミナの後ろには人1人通れる穴が空き、そこをアリナとエルが続いていく。一瞬のうちにスミナは中央指令室に辿り着いていた。中央指令室には勿論魔族もいて罠も仕掛けてある。


「邪魔っ!!」


 スミナが剣を振ると魔族達は真っ二つに切られ、更に天井に仕掛けてあった罠も同時に破壊していた。スミナは周囲の危険が無い事を確認すると神機を急いで脱ぐ。


「うっ……」


 神機を解除した瞬間、疲労と頭痛が一気に襲って来た。全身から汗が流れ、今すぐにでも眠りたい気持ちになる。


「マスター、魔力を補給します」


「ありがとう、エル」


 エルが手をかざすとスミナに魔力が戻ってきて、少しだけ楽になった。スミナはすぐに指令室の操作パネルに触れ、魔導要塞の動きを掌握した。軍艦と戦っているグスタフを停止させ、魔導要塞の進行方向を軍艦と逆に設定する。それと同時に全ての罠と扉を解除し、アスイ達がここへ来れるようにした。


「お姉ちゃん、何も出来なくてゴメン」


「アリナが居てくれるから後先考えずに動けたんだよ。魔導炉の危険はどう?」


「まだ少し時間はあるみたい」


「良かった、間に合った。外の人達にも伝えないと」


「外への連絡は出来ています」


 猛スピードでやって来たアスイが答える。これで魔導要塞が爆発しても軍艦の人達への影響は少ないかもしれない。


「じゃあ脱出しよう」


「ハハハハハハッ!!」


 アリナが脱出を提案した直後に高笑いが響いた。スミナは少し離れた場所にスビャが隠れている事を把握していたので声がスビャのものだとすぐに分かった。警戒しなかったのは残りの敵がスビャ以外大した脅威で無かったからだ。


「アンタたち脱出出来ると思ってるのか?」


「楽勝よ。あんたはさほど強く無さそうだし」


 アリナが剣を構えてスビャの隠れている場所を睨む。


「残念だけど、時間内に逃げるのはムリ。アタイもだけど。

レオラの部下がアンタらが入ったのを確認して魔導要塞全体に結界を張った。それはもう誰にも解除出来ない。笑えるだろ、アタイは最初から捨て駒だったのさ。

それでもアタイは転生者を葬った魔族として名が残るってわけ。悔しいがそれで我慢するしかねえ」


「貴方と話している時間はありません」


 アスイは一気に壁に近付き、隠れていたスビャを一刀両断した。


「他に敵はいないみたい。コイツの言ってた事は本当なの?」


「はい。魔導要塞を囲むように山頂でワタシを捕らえたような結界が張られています。解除には多少の時間がかかるでしょう」


 アリナの質問に確認したエルが答える。


「ミーザさんの祝福で結界の解除は出来ないですか?」


「残念ながら、魔導具や魔導機械が張っている結界では無さそうなので無理かと思います。アスイはどう?」


「私も時間をかければ出来ますが、すぐに解除は難しいです」


 ここに来て魔導要塞から出られないという問題が発生する。残り時間がどれだけあるか分からないが、急がないといけない。


「わたしの神機なら結界に穴を開けられると思います」


「お姉ちゃん、さっきあれだけ疲労したのにすぐに使うのは無理だよ」


「私もアリナさんの意見に賛成です。他にも手段がある筈です」


「ちょっと待っていて下さい」


 そう言いながらナナルが魔導要塞の操作パネルを色々と押して調べている。


「ありました!!これなら脱出出来そうです」


「ナナル、どうやって?」


 叫ぶナナルにミーザが質問する。ナナルは指令室の壁に魔導要塞の全体像を表示させた。


「これです。この魔導要塞の壁面にあるこのブロックは緊急時の脱出装置になっています。ここに行って切り離せば脱出出来ます」


「切り離すって結界があるのに出来るの?」


「はい。結界は魔導要塞と外部との境に張られていて、そこを抜けるのは難しいです。ですが、魔導要塞の壁面の一部が移動すると結界もそれに沿って形を変え、最終的には脱出した部分を包み込むように結界の場所が移動する筈です」


 ナナルが自信ありげに言っている。本当にそうなるか分からないが、ナナルの説に今は乗るしかない。


「分かりました、やってみましょう。ナナル、案内を」


「はい」


 今度はナナルの案内で魔導要塞の通路を急ぐ。罠は解除し、敵もいなくなっていたのでアスイ達はすぐにその脱出出来るブロックに到着した。


「スミナさん、操作をお願いします」


「了解です」


 ナナルに連れられスミナはそこにあったパネルに触れる。流石にナナルもすぐに魔導要塞の機能を操作するのは難しいのだろう。スミナが操作方法を理解し、動かすと周囲に壁が降りてきてそのブロックが分離する動作が始まる。スミナは上手く行った事に安堵する。


「動いたね。これで脱出出来る」


 アリナが喜びの声をあげる。しかし、“ガコンッ”という音と共に分離動作は止まってしまった。スミナは動作エラーの表記が出ている事が分かる。しかしそれがどういったエラーなのかがスミナには理解出来なかった。パネルで操作出来る内容の範囲外なのだろう。


「エラーで止まってますね。内容を確認します」


 ナナルがパネルに出ている文字を解読する。ナナルが居てくれて本当に助かるとスミナは思った。


「原因が判明しました。このブロックと隣のブロックを接続している機構があって、こちら側は正常に動作しているのですが、隣のブロックの機構が動作せず離してくれない状態だそうです。恐らく魔導要塞が修復中なので隣のブロックに指示が届かなくなっているのだと思います」


「つまり、隣のブロックに移動して、その操作をすればいいんですか?」


「残念ですが、そう簡単な話ではありません。隣のブロックは脱出機構が無いのでそもそも操作するパネル等がありません。中央指令室に戻って直接操作が必要です。そして、その操作をする人は脱出が出来ません」


「操作して、戻って来て乗れないの?」


「無理です。既にこのブロックの脱出指示が出ていて、それを止めるとその操作も行えません。

なので、私が行ってきて皆さんを脱出させます」


 ナナルが自分が犠牲になると宣言する。


「だったらわたしが行きます。わたしが神機を使えば操作後も自力で脱出出来ると思います」


「お姉ちゃん、もうそんな余力が無いでしょ!!」


「マスターが行くならワタシが行きます。ワタシなら魔導炉の爆発でも耐えられる可能性があります」


 スミナに代わりエルが行くと言い出す。いくらエルが丈夫でも魔導炉の爆発には耐えられないだろうとスミナは予測する。スミナはエルもナナルも失いたくないと思い、自分が何とかしなくてはと考える。しかし、既に神機を使ったあとの状態で、魔力は多少回復したが、体力が限界に近い事は自分が一番理解していた。


「ねえ、その機構とやらを破壊すればいいんじゃないの?」


「難しいと思います。ブロック同士が噛み合っているので隣のブロックの機構だけを破壊するのは難しく、それだけ威力のある攻撃では確実に脱出ブロックも破壊してしまいます」


「私が残ります。私が一番生存確率が高いですから」


 今度はアスイが残ると名乗り出る。確かに生存確率が高いかもしれないが、生きて帰れる保証は無い。


「貴方達はこれからの為に生き延びなくては駄目よ。誰か1人でも欠けたらきっと王国は守れない。

だから、私が残ります。私なら指令室に行かなくても隣のブロックの機能を停止出来るわ」


 そう言ったのはミーザだった。


「そんな事出来るんですか?」


「理論上は可能です。脱出作業が止まったのは隣のブロックがそれを止めたからで、その機能を止めれば強制的に分離出来る可能性が高いです。

ですが、ミーザさんにそんな事をさせるわけにはいきません」


「ねえ、ミーザさんがそれを脱出ブロック側からやればいいんじゃない?」


「残念ながら私の祝福は見える範囲にしか使えないのよ。もう時間がない。早くしないと全滅するわ。私が行くからみんなは逃げて頂戴」


 ミーザが微笑みながら言う。確かにここで議論している間にもいつ爆発するか分からない。


「分かりました、ミーザお願いします」


 そう言うアスイにスミナは衝動的に反対しようと口を開きかけた。しかし、辛そうなアスイの表情を見て、口を出すのを止めた。


「ありがとう、アスイ。

さあ、まずは本当に出来るかやってみないとね」


 ミーザはそう言って脱出ブロックに出来た壁に向かう。


「スミナさん、開けて頂戴」


 ミーザにそう言われ、スミナはアスイの顔を見る。アスイが頷いたので、スミナは操作パネルで一旦降りて来た壁を上に上げる。ミーザは壁の向こう側へ移動した。


「いいわよ、もう一度下ろして」


 スミナは微笑むミーザの顔を見ながら壁を下ろした。


「こちらのブロックの機能を止めてみるわ。ナナル、状況を確認して頂戴」


「分かりました」


 壁越しのミーザの声を聞いてナナルがパネルに出ている表示に注目する。パネルに出ている文字が赤から黄色に変わったのがスミナにも分かった。


「ミーザさん、上手く行きそうです。あとはこのブロックの脱出指示を再度実行すれば動くと思います」


「良かった。じゃあみんなお別れね」


 ミーザの言う事は分かっていたが、スミナは胸が苦しくなる。


「アスイさん、本当にいいんですか?まだ間に合います」


 スミナはどうしても我慢出来ずに言ってしまった。


「ミーザの決意を無駄にしたくない。私達がここで死ぬわけにはいかないの。

ミーザ、今まで本当にありがとう。貴方が一緒に居てくれたから今の私がある」


「アスイ、ごめんなさいね。あなたに辛い思いばかりさせて。

それでも私はあなたといられて幸せだったわ。これからはあなた自身の幸せを考えて生きて頂戴」


 アスイとミーザは壁越しに会話をする。スミナはそれを聞いてすぐにでも壁を開けたい気持ちが抑えられなくなる。しかしそれはアリナの声で止められた。


「お姉ちゃんごめん、もう本当に危ない」


「スミナさん、脱出を」


「――分かりました」


 アリナとアスイに言われ、スミナはパネルで脱出の操作を再開した。再び周囲の機械が動き出し、大きな音が鳴り響いた。先ほどまでのようなエラーも出ず、動きは止まらない。


「ミーザさん、短い間でしたが一緒に仕事が出来て良かったです!!」


 ナナルが泣きながら壁に向かって叫ぶ。


「ナナル、今後はあなたがアスイを見てあげてね。

スミナさん、アリナさん。巻き込んでしまってごめんなさい。ですが、あなた達がこの国の希望です」


 脱出ブロックが分離したのか、ミーザの声が段々小さくなり、最後の部分はギリギリ聞こえるぐらいだった。スミナは悔しさと悲しさが入り混じり言葉を返す事が出来ない。


「ミーザさん、あとはあたし達に任せて!!」


 アリナが叫ぶ。同時に脱出ブロックが猛スピードで水中を移動しているのを感じた。


「ごめんなさい……」


 スミナが小さく声に出せたのはそれだけだった。それも響く爆音によってかき消される。既に魔導炉の爆発が始まっているのだろう。脱出ブロックは猛スピードで空中に飛び出しているが、どこまで離れられるか分からない。双子達は壁に設置された手すりにつかまり脱出ブロックが飛び出す振動と爆発の振動に耐えた。

 振動が弱くなり、スミナは脱出ブロックのパネルを操作し外の様子を壁に映し出した。そこには周囲の海を蒸発させ、爆炎に包まれる魔導要塞の姿が映っていた。


「うぅ……」


 アスイは嗚咽を漏らして床に泣き崩れるのだった。


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