38.魔導要塞奪取作戦(前編)
双子のホムラへの不信感は少しずつ増えていった。実際にホムラの言動に危うさを感じたり、危険な行動を取って冷や汗をかく事があったからだ。それでもホムラが5つの条件を守っていたので魔族の殺害のような大きな事件には至らなかった。
ホムラが学校に通い始めてから2週間が経過した。その日はスミナとホムラとエル、そしてミアンと一緒に下校していた。ミアンはいままで通りスミナに機会があれば会いに来たが、ホムラが横に居るので前のようにスキンシップを取ってくる事が無くなっていた。ミアンはスミナの目から見てもストレスが溜まっているのが感じられた。だが竜神相手に喧嘩を売るような事は流石に自重していた。
「スミナ、そういえばそろそろ返事をもらえたりせんかのう?」
「返事って、あ……」
「忘れていた訳ではあるまいな、わらわがここで暮らしている意味を」
スミナも完全に忘れていた訳では無かったが、ホムラからの結婚の申し出の返事はまだまだ先のつもりでいた。あわよくばホムラが忘れてくれればと願っていたぐらいだ。
「ホムラ、すみません。まだ回答は出来ません」
「そうか。まだわらわの魅力が十分伝わってないのかのう」
ホムラは残念そうに言う。横でそれを聞いているミアンは小刻みに震えていた。スミナはどうにかミアンを鎮めないとと話題を考える。
「ミアン、この間の探索の時にはみんなを助けてくれてありがとう。ミアンが居なかったら全員無事じゃ無かったと思う」
「いえ、ミアンは当然の事をしたまでです。それに凄いのはスミナさんの方ですよぉ」
褒められてミアンは笑顔になる。
「確かにミアンの治癒魔法は優れておるな。今の時代の聖女だというのも納得じゃ。だが、わらわはもっと激しい怪我も簡単に治す事が出来るぞ」
ホムラが褒めたのかと思いきや、自分の方が上だと宣言した。
「ホムラさんの技は竜の秘術ですよねぇ。流石にそれが出来る人間はいませんよぉ」
ミアンは堪らず反論していた。ホムラはあくまで人間では無いので土俵が違う事をほのめかして。
「ほぉ、秘術の事も知っているとは流石聖女じゃのう。だが、わらわはもっと凄い技も持っておるのじゃぞ。流石に秘密だがな」
「やっぱりホムラさんには敵わないですねぇ」
ホムラの堂々とした態度にミアンもお手上げだった。スミナはともかくホムラが機嫌を損ねなかった事に安堵していた。その後ミアンと別れて寮に戻り、少しすると久しぶりにアスイから魔導具の携帯電話で連絡が来た。
『スミナさん、突然連絡してすみません』
「いえ、大丈夫ですよ。アスイさん、何かあったんですか?」
『まず最初にホムラさんの事を任せきりにしてしまい、申し訳ないです。色々あった事は聞いてます。ターンさんから愚痴を言われましたが、責任は私にあるのでターンさんには感謝しかないです』
「アスイさんだけの責任では無いですよ。ターンさんは王国や学校の事を思って動いてました」
元々色々抱えているアスイにとってホムラの件は更に重圧になっているのだろう。
『それで、本題ですが、海に沈んでいた魔導要塞に動きがありました。私が忙しかった理由の一つが魔導要塞の対応だったのよ。見つかったのはいいけど、海の真ん中で引き上げる方法も調査するのも難しく困ってました』
「魔導要塞ってホムラが上部を破壊して動くような状態では無かったのでは?」
『普通に考えるとそうなんですが、実際ゆっくりと動き出したので、急遽対応が必要になったの。中にグスタフや魔族が残っているとかなり問題になります』
アスイの言う話は想定外だった。ただ、魔導要塞の技術が手に入るなら王国にとっては逆に利益になる。
『なので、私やターンさんなどの騎士団の主要騎士はその対応の為に王都を離れる事になると思う。今日はその連絡をしておきたかったの』
「わたし達は参加しなくて大丈夫ですか?」
『はい、今回は王国の仕事なので大丈夫です。ただ、その間ホムラさんの対応をお願いしますね』
「分かりました」
スミナは参加しなくていいと聞いて複雑な気持ちになっていた。自分達の事を考えての決定だと思うが、頼って欲しいとも思っていたからだ。電話が終わりしばらくするとアリナが帰宅したので連絡の内容を話す。
「――アリナ、何があるか分からないし、わたし達も協力した方が良くないかな?」
「いいんじゃない、たまにはアスイ先輩たちに任せても」
アリナはスミナの話を聞いてそう答えた。
「そうだよね。この話ホムラにしておいた方がいいのかな?」
「どっちでもいいんじゃない」
「学校の警備が手薄になる事を教えるって事だし、どうしようか」
スミナは考える。もしこのタイミングで魔族が学校を襲って来た場合、ホムラは警備に任せるつもりで放置するかもしれない。そうなると最終的な対応が出来ても学校の被害は増えるだろう。ホムラが警備が減っている事を知っていれば自ら戦わないにしろ、自分達のフォローをしてくれるかもしれない。どっちみちホムラが本気を出したらおしまいな以上、スミナは伝えておいた方がいい気がしてきていた。
「伝えておく事に決めた。ホムラとエルを呼んでくる」
スミナは2人を自室まで連れてきて、魔導要塞の件を話した。
「もう動き出したか。流石に魔導帝国時代の物は再生能力が高いのう」
「ホムラは魔導要塞の事を知ってるの?」
「わらわが生まれたのは魔導帝国が滅んだ後じゃから、知識としては知ってはいるが実際に見たのは初めてじゃった」
ホムラの正確な年齢は知らなかったが、少なくとも何千年も生きていない事が分かった。
「魔導要塞はあの時ホムラが結構壊してたじゃん。あれから再生出来るものなの?」
「わらわも詳しくは知らんが、魔導要塞は小型の魔導炉を積んどるらしい。それが稼働してるなら時間さえあれば再生出来るじゃろう。その辺はエルの方が詳しいじゃろ?」
「はい知っています。ワタシに使われている技術を考えれば、魔力さえあれば再生出来るでしょう。魔導炉が積んであるなら確実です」
スミナはエルの再生能力を思い出す。エルは確かにかなり破壊されても時間をかければ修復出来ていた。同じ魔導帝国の技術を使っているのだから魔導要塞も同様でおかしくはない。そこでスミナは気になった事を確認する。
「そもそも魔導炉とは何ですか?昔の記憶を見た時も度々聞きましたが」
「魔導炉とは魔力を特殊な装置で循環させて、永続的に魔力を供給出来るようにしたものです。供給される魔力量は魔導炉の大きさに左右され、魔導炉が故障しない限り無限の魔力が得られます」
「凄いじゃん、それ。そんな物があったんだから魔導帝国は栄えたわけだ」
アリナの言う通りだとスミナも思う。今の王都も魔力を使った魔導具を生活のインフラにしているが、それは太陽光やゴミの燃焼、水力や風力から魔力を作り出して電池のように魔石に入れてそれを使っている。魔石を買うお金が無い人は自分の魔法や魔法を使わない道具で暮らしていた。魔力が無限に得られればそうした人達も平等な生活になるだろう。
「その逆じゃ。魔導炉など作ったから魔導帝国は滅びたのじゃ。どうして魔導帝国が滅びたのか知らんのか?」
「魔導帝国が一夜にして滅んだというのは知っています。前に見た記憶でも爆発か何かが起こっていて、あの魔導要塞が地中に退避してました」
「魔導帝国が滅んだのは魔導炉が暴走して爆発したからじゃ。まあわらわも記憶を継承して知っているだけじゃがな」
「それって、魔導要塞も魔導炉を積んでるんじゃなかったけ?ヤバいじゃん」
双子はその事実に気付く。
「そうじゃな、小型でも王都ぐらいは簡単に吹き飛ぶじゃろう。わらわはそれがあるから魔導炉の無い部分を狙って破壊してやったんじゃぞ」
「そんな。アスイさんに伝えないと。でも、どうやって魔導要塞を止めれば……」
「そんなのスミナなら簡単じゃろ。お主の祝福を使って魔導要塞を動かせばいいだけじゃ。中の兵器も全部スミナの物に出来るぞ」
ホムラの言葉を聞いて確かに自分なら出来るかもしれないとスミナは思う。
「アリナ、やっぱりわたしは行かないといけない」
「いいよ、あたしも一緒に行くから」
「ワタシも勿論付いて行きます」
反対するかと思いきや、アリナはスミナに付いて行く事を即答した。
「わらわは行かんぞ。色々話していて、ちとやれねばならぬ用事を思い出したのでな。お主らが学校に行かないのならわらわも行ってもしょうがないし、その間は王都を離れる事に決めたぞ」
「そうですか。確かにエルを連れて行くとなると学校でのホムラの補佐をする人がいなくなりますよね。わたしの方から学校には伝えておきます」
「ああ、宜しく頼む」
ホムラが仲間として来てくれると助かったのだが、流石にそこまで上手くはいかなかった。だが、重要な情報を聞けただけでホムラには十分助けられたとスミナは思う。スミナはその後ホムラとエルから聞いた話をアスイに話し、魔導要塞をどうにかする為に自分達が行かねばいけないと説明する。
『本当は私達で何とかしたかったけど、魔導炉の件があるとなるとそうですね。スミナさんとアリナさんの祝福とエルさんの知識はこちらとしても欲しかったところです。すぐに出発だけど大丈夫?』
「はい、メイルに頼んですぐに向かいます」
スミナはアスイと合流する場所を聞いて、すぐに出発の準備をした。
「それではスミナ、しばしの別れじゃ。お主なら大丈夫だと思うが、気を付けてな。お主らが戻って来る頃にわらわも戻って来ると思うぞ」
「ありがとうございます。ホムラもお元気で」
出発する前にスミナ達はホムラと別れる。ホムラは王都の夜空を飛び去って行った。
「メイル急に呼び出してゴメンね」
「いえ、私は大丈夫です。お嬢様達こそ急な話で大変でしょう。私は同行出来ませんが、学校への連絡等はお任せ下さい」
メイルが魔導馬車と共に寮の前までやって来て、そのまま集合場所であるソードエリアの港まで魔導馬車で移動する。港自体は行った事があったが、夜なのに明るく、沢山の人達がせわしなく動いていてまるで印象が異なっていた。
あまりに人が多いのでエルには一旦宝石形態になってもらいバッグで我慢してもらう事にする。双子達はメイルと別れると人混みの中でアスイの姿を探す。臨時の司令部のテントがあると聞いていたのでそれらしきものの方へと向かった。
「スミナさん、アリナさん、ここです」
アスイの声がしてその方向を見ると人が集まっているテントの近くにアスイの姿があった。周りを見るとターンを始めとした王国騎士団の各騎士団の団長の顔が並んでいた。以前の緊急招集の時みたいだが、それよりも人の数は多い。
「お兄ちゃん!!」
アリナは兄ライトの姿を見つけるとアスイを置いておいてそっちへと向かっていった。スミナはアスイの方へと向かう。
「急な話になってしまい申し訳ありません。ですが、スミナさんからの情報は大変助かりました」
「いえ、あれはホムラが教えてくれた事なので。しかし、凄い数の人ですね」
「これでもまだ人手が足りないぐらいなんです。詳しい話は船の中で話しましょう」
「船?」
そういえばスミナはどうやって魔導要塞に向かうのか聞いていなかった。
「はい。魔導要塞は現在水中を移動しているので3隻の軍艦で向かう事になっています」
「船で行くんだ。楽しみ」
ライトと話して満足して戻って来たアリナが言う。双子はボートぐらいの小舟なら乗った事があるが大型の船に乗った事は無かった。港には今から使うと思われる大きな木製の軍艦が並んでいた。
「軍艦は魔導帝国製ではありませんが、スクリューなどの動力部分は魔導帝国製の魔導機械を使っています。なので移動時間もそれほどかからないでしょう。皆さんには私と同じ船に乗ってもらいます」
「分かりました」
スミナは海に出た事は無かったので少しだけ楽しみだった。
「スミナさん、アリナさん、来て頂きありがとうございます」
そう言ってやって来たのは王国騎士団長のターンだった。
「ターンさん、こんばんは」
「ホムラ殿は来てないようですね。少し安心しました。しかし、またお2人に頼るようになってしまい申し訳ないです」
「いえ、自ら志願した事ですから」
ターンは以前と同じく柔らかい物腰で話す。
「ターンさんはスミナさん達相手だとそんな感じなんですね」
「アスイさん、からかわないで下さい。
すみません、忙しい立場なので挨拶だけで失礼します」
「ターンさんも頑張ってね」
アリナに励まされながらターンは離れていった。
「そろそろ荷物も運び終わったようですし、私達も乗り込みましょう」
アスイに連れられて双子達は港にある軍艦の一隻に乗り込むのだった。
「この船は乗員が女性ばかりなんですね」
スミナは乗船してみて周りに女性しかいないのに気付いて言う。
「はい。別に女性しか乗れないわけじゃないんですけど、この船“クイーンアロー号”は元々ネーラ様の為に作られた船で、その後も女性騎士団が使う船になっていたのよ」
「スミナさん、アリナさーん」
聞き覚えのある声が聞こえ、そっちを見ると以前一緒に戦った薔薇騎士団のフルアが走って来ていた。
「フルアさん、お久しぶりです」
「おひさ」
「あ、アスイ様もいらっしゃいましたか。ええとどうも。
しかしまた皆さんと一緒に戦えるのは嬉しいです」
そんなフルアの背後に大きな人影が現れる。そして“ゴンッ”と鈍い音がしてフルアの頭にゲンコツが落ちていた。
「いったぁー」
「フルア、話している最中に居なくなる奴がどこにいる。
アスイ様すみません、うちの子が。おっと、そちらの2人とは正式に挨拶をしてなかったな。あたしは薔薇騎士団の騎士団長をしている、サニア・オオロだ。よろしく頼む」
「スミナ・アイルです。フルアさんには以前お世話になりました」
「妹のアリナ・アイルです。なんか強そうですね」
サニアは長身のスミナやフルアより更に一回り背が高く、何よりも鎧の隙間から見える筋肉が圧倒的だった。いるだけで騎士団長としての威圧が感じられる、そんな存在だった。
「スミナさんとアリナさんの事はミミシャから聞いてるよ。転生者だって聞く前から凄い生徒がいるってね」
「ミミシャ先生とお知り合いなんですか?」
「ああ、あいつとは学校では同級生で、よくケンカしたもんだよ。しかしあいつが教師ってのは未だに信じられないね」
「それを言ったらサニア団長だって他の騎士団長と比べると異常じゃないですか」
「なんだと。まあ普通じゃないとは思ってるが、命令違反常連のお前にだけは言われたくないね」
サニアとフルアは何だかんだ仲は良さそうだった。そんな時スミナ達が船に乗り込んだ方から騒ぎの声が聞こえてくる。
「ネーラ様、お願いですからお戻り下さい」
「国王陛下に怒られてしまいます」
「黙りなさい!!そもそも私に隠して進めようとしたのが気に入りません。この船を使うなら猶更です」
騒ぎの中心は国王の大叔母であり、名誉女性騎士団長である老齢の騎士ネーラ・デインだった。止めようとしているのはネーラの付き人だろう。
「あちゃー、ネーラ様にバレちまったか。面倒な事になるなあ」
サニアが顔をしかめる。聞こえて来た話から考えると今回の作戦の事はネーラに黙っていたのだろう。アスイが状況を察してネーラの方へと向かう。
「ネーラ様、夜分にも関わらずお越し頂きありがとうございます」
「アスイ、貴方なら私が同行する事を認めてくれるわよね?」
「今回の作戦はどれだけ時間がかかるかまだ分からず、王都の守備にいささか不安があります。ネーラ様は王都の守りの要、長期間離れられる事態は避けたいところです」
「まあ、貴方も同じ事を言うの?その言葉は聞き飽きました。そもそも魔導要塞を落とせなければ守備も何も無いでしょう」
怒り心頭のネーラにアスイは言い返す事は出来ない。そもそもネーラとやり合える人は国王以外居ないだろう。
「ババ様、アスイ様は悪く無いんだ。うちら騎士団長内で黙っている事に決めたんだからな」
「誰がババアですか。サニア、また私を年寄り扱いするの?」
「まだまだ元気みたいだな。ただ、昔のようには動けないだろ」
「じゃあここで試してみますか?」
ネーラが腰の剣に手をかける。サニアはその前に仁王立ちする。双子達はその様子を眺めるしかなかった。
「ネーラ様が乗りたいっていうなら、乗せてあげればいいんじゃない、サニア」
双子の後ろから艶っぽい声が聞こえる。そこには妖艶な美女が立っていた。
「シルン、またお前は無責任な事を言って。何かあったら責任取れんのか?」
「取れませんよ、そんなの。ただ、ネーラ様だってご自身の身ぐらいは守れますでしょう?」
「当たり前です」
「だったら乗せてあげましょうよ。他の団長は私が説得しますわ」
薄い紫色の長髪の妖艶な美女シルンは紫苑騎士団の団長で、対人戦では最強と噂されている人だ。彼女の言動にはどこか反論出来ない力があった。
「分かったよ。フルア、行くぞ」
「はい。それではまた」
サニアはフルアを連れてこの場を離れていく。
「それではネーラ様、あとで私達のところまでお出で下さい。色々ご説明いたしますので」
「分かりました」
「そちらの可愛らしいお2人も後でお話しましょうね」
「はい」
シルンは双子にウィンクして去っていった。残されたのはアスイと双子達とネーラ達だけになった。
「貴方達は私の部屋を片付けておいて」
「「分かりました」」
ネーラが付き人達に言いつけ、2人は船の奥へと去っていく。
「お見苦しい所を見せてしまったわね。前にお城で会ったけれど、きちんとした挨拶はまだだったわね。私はデイン王国の騎士、ネーラ・デインです。一応名誉女性騎士団長なんていう肩書はあるけど、実際は見ての通り厄介者扱いなのよ」
「アイル家の長女のスミナ・アイルと申します。ネーラ様の偉業は色々聞いております。直接お話出来る事、光栄に思います」
「アイル家の次女、アリナ・アイルと申します。ネーラ様は物凄くお強いと聞いておりました」
「2人とも、城の外では身分は関係ありません。堅苦しい話し方でなくて大丈夫よ」
ネーラは笑顔で言う。先ほどの剣幕と打って変わってとても穏やかで優しそうな顔だった。双子達は自然と肩の力が抜ける。
「しかし、アスイ。また2人を同行させるのですか?魔導要塞の件は騎士団中心に進めると決まったのでは?」
「ネーラ様、すみません。詳しい話は後でしますが、状況が変わりました。王国の安全を考えるとお2人とエルさんの力を借りるべきだと私は思います」
「そうですか。アスイがそこまで言うならそうなのでしょうね」
ネーラはアスイの言葉はきちんと受け止めるようだ。今までの実績もあるからだろう。
「ネーラ様、今回の同行はわたし達から言い出した話なんです。わたしの祝福なら魔導要塞を動かす事も出来るかもしれないので」
「確かにそうね。貴方達の活躍や力はよく聞いています。でもね、本当は貴方達に頼らずに騎士団の力でどうにかしたいという思いもあるの。アスイ、貴方も含めてね。そうでなくては複数の場所で問題が起こった時に対応出来ないでしょ。過去に王国はそれで大変な目に遭ってるのですから」
ネーラが言っているのはアスイが魔導結界を張らねばどうにもならなくなった状況の事だろう。アスイは自分の力不足を責めたが、本来はアスイ1人で対応出来る事では無い筈だ。
「ネーラ様、ありがとうございます。ですが、事態は急を要します。今回は私達で全力で当たらせて下さい」
「そうね。詳しい説明があるでしょうし、また後で会いましょう」
ネーラはそう言って去っていった。
「もうすぐ船が出港します。私達も部屋へ行きましょう」
双子達もアスイに連れられ船内の一室へと向かった。
「アスイ、遅かったわね。何かあったのかしら?」
アスイに案内されて部屋に入ると、特殊技能官でアスイの補助役のミーザが待っていた。それともう1人、知らない若い女性が座っている。見た感じ可愛らしい魔術師のように思える。
「ミーザ、実はネーラ様が付いて来ると船に乗り込んで来たのよ。結局騎士団長達も止められず、一緒に行く事になったわ。そうだ、2人は初めて会ったのよね。こちら、新しく魔導師団から引き抜いた、天才魔術師のナナルよ」
「アスイさん、その呼び方はやめて下さいって言ってますよね。えーと、お2人が転生者の双子ですね。初めまして。私はナナル・ミジヌという魔術師です。先月からアスイさん達の下で働いています」
「初めまして、スミナ・アイルです」
「妹のアリナ・アイルです。よろしくね」
双子はナナルに挨拶する。ナナルは小柄で、おかっぱのように黒髪を短く切りそろえているので学生のように若く見えた。
「ナナルは古代魔導帝国の魔法に詳しいのよ。何か聞きたい事があれば聞きに来るといいわ」
「そんな、私はまだまだです。王国には研究所もありますし、魔術師ユキア様にはまだまだ届きません」
「ナナルさんはユキアさんの事を知っているのですか?」
亡くなったオルトの仲間であるユキアの名前が出たのでスミナは驚く。
「勿論です。私はユキア様に憧れて魔術師になったんですよ」
「一般には知られて無いけれど、古代魔導帝国の魔法の研究者としてユキアさんは魔術師の中では有名だったの。ただ、古代魔導帝国の魔法は禁止されているものもあるのでひっそりと研究しているのよ」
「魔導具や魔導機械ばかり注目されてますが、古代魔導帝国の本質はやっぱりその素晴らしい魔法にあると思うんです」
「それはどうでしょうか」
そう言って姿を現したのは人間形態のエルだった。魔宝石として何かしらの誇りがあるのかもしれない。
「もしかして、あの魔宝石の子ですか?凄いです。人間そっくりです!!」
「これぐらい簡単です」
「エル、まずは自己紹介して」
「はい、マスター。ワタシは魔宝石のアルドビジュエルです。皆さんエルと呼んでいますので、エルと呼んで下さい」
「分かりました、宜しくお願いします、エルさん」
「船旅は続くので、今日はこれぐらいにしましょう。3人も寝るのはこの部屋ですが、入浴施設や食堂は別にあるので好きに使って休んで下さい」
アスイが話が長くなるのを止める。船は出港し、詳しい話は翌日という事で、双子は入浴施設で身体を洗ってからその日はアスイ達と同室のベッドで眠るのだった。
翌日になり、外を見ると船は海原をかなりの速度で進んでいた。少し離れた左右にはクイーンアロー号と同じぐらい巨大な2隻の船が並走していた。それぞれ他の騎士団や魔術師団が乗っているのだろう。双子はアスイ達と一緒に朝食を取り、その後アスイの案内で会議室へ向かった。
会議室は既にほぼ埋まっており、20人ぐらいの女性騎士団の騎士団長と副団長と思われる人が並んで座っていた。アスイに案内されるまま、スミナ達は長いテーブルの端の席に座り、アスイは一番奥のテーブルの中央の席に着く。アスイが今回の会議の代表者という事だろう。見たところ空いてる残りの席はスミナの正面に当たる端の席だけだ。しばらく待つと会議室の扉が開いた。
「立って貰わなくて結構です。ここでは上下関係はありませんからね」
入って来るなりネーラは断りを入れる。本来ならネーラは王家の人間なので起立して迎えるべきが礼儀だという事だ。ネーラは分かっているかのようにアスイの横のスミナの正面の席に来て着席する。スミナは軽く会釈だけした。
「全員揃ったようなので、今回の作戦について詳しく説明します」
アスイが説明を始める。説明はまずは魔導要塞の状況についてと、その危険性についてアスイが語る。
「以上のように魔導要塞自体が王都を破壊出来る危険な爆弾のようなものです。それに加え、中にはまだグスタフや魔族、魔獣や巨獣が存在している可能性もあります。王都に向かって動いているので、魔族の生き残りがいるのは確実でしょう。
我々の目的は魔導要塞が王都に近付く前に乗り込み、奪取する事です。魔導要塞が奪取出来れば魔導要塞自体に加え、グスタフやその他の魔導技術が王国の物に出来ます」
「質問していいかしら?」
「勿論です、ネーラ様」
「魔導要塞自体が私達を誘い出す罠の可能性は?突然浮上して我々の上空を飛んで行くとか、手薄になった王都を他の魔族が攻めて来る可能性もあるのじゃないかしら?」
ネーラの疑問は当然だった。魔族としても勝機の無い魔導要塞での攻撃をするとは考え辛い。
「お答えします。まず魔導要塞が浮上する可能性ですが、現在水中を移動しているのは修復が完全では無いか、魔力が足りていないかのどちらかだと考えられます。観測された形状が最初に見たものから破壊されたままの箇所が多いのもそう考える理由の一つです。
もし浮上された場合でも、現在魔導要塞はこちらの監視下にあるので、対応出来る準備をしてあります。空中ではグスタフが使えないので、むしろ飛んでくれた方が楽なぐらいです。
次に手薄になった王都の防衛に関してですが、守の要である金騎士団と銀騎士団には王都に残ってもらっています。魔術師団に関しては今回同行する者の方が少ないです。
ただ、王都の魔族襲撃の可能性は低いと考えています。理由の一つは王都に竜神ホムラがいる事を魔族が知っているからです。学校に魔族が潜んでいたのでその情報は既に魔族に広がっているでしょう。もう一つはそれだけの戦力が残っていたなら野外訓練の事件の際に別途王都へ攻撃を仕掛けられたからです。あくまで魔族の切り札は魔導要塞だったと考えられます」
「分かりました。不測の事態の対応も考えているという事ですね。話を続けて下さい」
ネーラも納得したようだ。ホムラの件は確かに魔族にとって嫌な存在だろう。魔導要塞を破壊したのもホムラだからだ。それでも魔導要塞を王都へ向かわせているのはそれなりの覚悟があるのかもしれない。
「今回の作戦では軍艦3隻を使って向かっていますが、軍艦は主戦力ではありません。申し訳無いのですが、軍艦は敵の陽動と時間稼ぎの役目で動いて貰います。作戦の成功は魔導要塞への侵入、そして奪取にあります。グスタフを大量に出された際の対応策は王国にはありませんので」
アスイの言う通りグスタフに対抗出来る戦力は王国には無いだろう。グスタフの恐ろしさは大量に投入される事にある。アスイやアリナなら単体との戦いに勝てるかもしれないが、複数には勝てない。例外としてスミナを除けばだが。
スミナは自分が神機グレンを使いさえすれば、大量のグスタフだろうと、魔導要塞の奪取だろうと1人で出来る事は理解していた。だが、それをやろうとは言い出せなかった。ホムラに頼んで例の飴玉を貰えば代償も無い筈だった。それでもスミナはそれをしなかった。スミナはむやみやたらに神機を使わない方がいいと思っているからだ。
「今回魔導要塞に侵入するのは“魔導潜水艇”を使います。王国に1台しかない貴重な物ですが、国王陛下から許可を頂き使用させて貰いました。魔導潜水艇を使えば軍艦よりも速く動け、敵に気付かれてもかなり近くまで接近する事が出来ます。ただ、魔導潜水艇には5名しか搭乗出来ず、その5名は魔導要塞に潜入するのに特化した者を選出させて頂きました。
まず、私アスイと、同じく特殊技能官であるミーザとナナルです。2人は戦闘能力もさることながら魔導技術に対する知識が豊富なので選びました。そして私と同じ転生者であるスミナとアリナです。2人の能力は潜入と魔導要塞の奪取に特化しています。それに加え、スミナは魔導帝国製の魔宝石も呼び出せるので実質6人で潜入出来ます」
アスイの説明に不服を漏らす者は居なかった。女性騎士団には潜入などの特殊任務を得意とする黒百合騎士団があるのだが魔導要塞への潜入という意味では役割が異なるのだろう。
「で、実際のところ作戦の成功率はどれぐらいの予想だ?」
今まで黙っていた薔薇騎士団団長のサニアが質問する。
「潜入と奪取だけに限れば70%ぐらいだと思っています。ただ、陽動部隊である軍艦の方は敵の出方次第です。もしグスタフが10機以上出て来た場合は軍艦乗組員の生還率は20%ぐらいになるでしょう。そして、それは私達の奪取が遅れる程確率が低くなってしまいます」
「逆に言うとあたし達が素早く魔導要塞を奪取出来れば軍艦の被害を防げるって事でしょ」
難しい顔をしているアスイに対してアリナが堂々と言う。
「そうですね。勿論グスタフが本格的に活動する前に潜入作戦の方が完了すれば被害はそこで止まります。しかし敵は潜入の対策もしている筈なので、甘い予想は出来ません」
「どちらにしろここで止めなければ王都に被害が出ます。私達でそれを食い止められるならば必死にやるしかありませんね」
「あたしもネーラ様と同意見だ。他の騎士団連中だってそのつもりでここまで来てる筈だぜ」
ネーラの言葉にサニアが賛同する。皆国を守る為に必死なのだ。自分達も全力で対応しなければとスミナは思った。
「会議中すみません、敵襲です!!」
1人の騎士が部屋に入って来て叫ぶ。その声を聞くと流石王国騎士で全員が即座に立ち上がり移動を開始した。アスイ達や双子もそれに続いて動き出そうとする。
「貴方達潜入部隊は戦闘に参加しては駄目よ。今怪我してもしょうがないでしょ」
「分かりました。皆さん、そういう事なので私達は見守りましょう」
ネーラに言われてアスイが他の潜入部隊の人の動きを止めた。一先ず騎士団の人達の動きを邪魔しないように双子達は部屋で待っていた。騎士団の面々はそれぞれ準備をして甲板の上に移動したようだ。
「私達も邪魔にならない場所で状況を確認しましょう」
アスイに連れられ双子達は外が確認出来る船の上部の部屋に移動した。外を見ると船の前方に巨大なモンスターが10体ほど泳いで立ち塞がっているのが分かる。1体が軍艦と同じぐらいの大きさがあった。
「あれは大海獣ですね。恐らく魔族が準備したのでしょう」
アスイが説明する。大海獣とは海にいる巨獣のような巨大なモンスターの総称で、見たところ海蛇型のシーサーペントやタコのようなクラーケンなどが並んでいた。海での戦いに特化し、大きな船でも簡単に破壊する恐ろしい存在だとスミナは聞いていた。
「大丈夫でしょうか?」
「あの程度なら問題ありません。見ていましょう」
アスイの落ち着きぶりからして騎士団の人達でも対処出来ると判断しているようだ。左右の船では早速戦闘が開始され、数人の騎士が空中から大海獣に斬りかかっていた。船からも援護の攻撃や魔法が飛び、瞬く間に1体の大海獣が沈んでいく。
クイーンアロー号の先端にも数人の騎士が戦う為に集まっていた。その先頭に立つのは金色の薔薇のように華やかな魔導鎧を着た女性だった。
「ネーラ様?大丈夫なんですか?」
「今も強いですよ、ネーラ様は。見ていれば分かります」
スミナはアスイの言葉を信じてその様子を見続ける。一応騎士団長クラスの人がネーラを止めようとしたが、戦うのを止めそうになかった。
ネーラは甲板を飛び出すと近くのシーサーペントへと向かって飛んで行く。その後を体格に見合う大剣を持った薔薇騎士団団長のサニアと、細いレイピアのような剣を持った紫苑騎士団団長のシルンが援護の為に付いていった。
ネーラはシーサーペントの前で長剣を抜き、空中で静止して剣を構える。シーサーペントはネーラを呑み込もうと物凄い速度で突っ込んできた。
(速い!!)
次の瞬間ネーラは敵を十字に斬る魔法技を物凄い速さで行っていた。シーサーペントは顔の中心から綺麗に4つに裂け、それが数十メートル続いていた。速さも威力もアスイやオルトに匹敵する技術だ。攻撃の威力はスミナの方が上かもしれないが、速さではネーラに敵わないと思った。
ネーラの左右ではフォローで入ったサニアとシルンがそれぞれクラーケンとの戦闘に入っていた。サニアは技よりパワーでとにかく近付く触手を薙ぎ払い、多少の攻撃はものともせずに本体へ近付いていった。そして必殺の1撃でクラーケンの胴体を一刀両断していた。
一方のシルンは華麗な動きで触手を避け、素早く本体に近付いていた。そしてクラーケンの弱点と思われる部分に向けて細い剣で鋭い1撃を放つ。クラーケンの胴体には直径30センチぐらいの穴が開き、クラーケンは動かなくなった。
ネーラ達は一騎当千の強さを見せたが、他の騎士団も負けじと次々と大海獣を倒していた。10分も経たずに敵は全滅し、海には大海獣の死体が浮いていた。
「皆さん凄いですね」
「はい。騎士団も準備して連携が取れていれば巨獣だろうと魔族だろうと本来は負ける相手ではありません。だから、今回の作戦は上手く行くと信じています」
アスイが祈るように言う。スミナもたとえ魔族の罠が待ち受けようとこれだけの強者が揃っていれば負けないのではと思うのだった。