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37.共存の限界

 ホムラが寮にやって来て二日目になった。初日にあんな事がありホムラが、落ち込んだり気分を害したりしてるかと思ったがそんな事は無かった。朝にホムラと挨拶した際はむしろ元気が良過ぎるぐらいに感じた。スミナは念の為にエルに聞いてみたが、特にホムラに何かあったり、何か企んだりはしてないそうだ。


「ホムラ、昨日は配慮が足らなくてすみません」


「何も謝る事など無いぞ。あの程度の些事、わらわにとってはどうとでも無いわ」


 スミナが一応謝っておいたが、ホムラは本当に気にしてないようだった。ただ、しばらくはスミナもホムラから目を離さないようにしなければと思っていた。


 ホムラとエルは選択授業を全てスミナと同じにしたので、学校では本当に丸一日付きっ切りとなった。ホムラは自然体で授業を受け、言いたい事ややりたい事は何でもやろうとした。

 座学の授業はそれでもまだ何とかなった。授業の内容の誤りを指摘したり、改善点を挙げたりしただけだったからだ。教師としては困ったりしたものの、ホムラが特別な生徒だと知らされていた為か、ホムラの言う事に反論したりはしなかった。スミナはホムラの言っている事が正しいかどうかは分からないが、何か発言するたびに冷や汗をかく事になった。


 問題は実技の授業だ。自信満々だったホムラなので周りの生徒の注目度も高く、ホムラ自身もやる気に満ちていた。


「ホムラさんとエルさんは授業の途中からの参加になるので、基礎が教えられていません。なので、難しい部分があれば後で補習を受けてもらう事になると思います」


「恐らく大丈夫じゃ。見ればすぐに理解出来るじゃろ」


「そうですね、まずは見てもらって分からない部分などは質問して下さい」


 実技の教師でもある担任のミミシャが慎重に話す。ホムラが余計な事をしないか気が気では無いだろう。


「今日は剣を持った相手のガードを崩す方法を教えます。剣での攻撃のガードについては既に教えていますね。それを今度は攻撃側としてどうやって崩すのかを説明します。ジオノ君、剣を持って私の攻撃をガードして下さい」


「分かりました」


 ミミシャが代表として男子で一番剣術が上手いジオノを指名する。お互い訓練用の剣を持って構える。


「まずは普通に攻撃します」


 ミミシャが剣を振るとそれをジオノが剣で弾いてガードした。ミミシャは本気では無いが、ある程度技量が無いと今の攻撃も上手くガード出来なかっただろう。


「では、今度はガードを崩してみます」


 再びミミシャが攻撃する。ミミシャは上段から剣を振り下ろすように見え、それにジオノが対応しようとした。だが、次の瞬間にミミシャの剣は下から上へ振り上げる攻撃に変わり、ジオノがそれを防ごうとしたがうまく力が入らずに腕が上に跳ね上げられ、胴体ががら空きになった。


「今のは魔法を使わずにやっています。相手はガードしようとした方向と逆方向からの攻撃への対処は即座には出来ません」


 その後ミミシャが細かい説明やガード側の対処法、魔法を使った場合の対応などを説明していく。その後、基本となる動きを練習させ、ホムラもエルも真面目にそれを聞いて授業に付いて行っていた。


「では今日の授業のまとめとして、実際に私のガードを崩してみて下さい。直接攻撃以外ならどんな事をしてもいいです。ただ力押しで崩しても評価はしません。授業の内容を理解してると思われる方法で、見事崩せた人には成績に得点をあげましょう」


 ミミシャが実技の最終確認を行う。双子達やレモネはこうした最終確認ではほぼ毎回得点を貰っていた。ただ、ミミシャが厳しいのもあり、ギリギリだった事もスミナは多かった。

 生徒達は適当に並んでいた順番に次々とミミシャに対して攻撃を仕掛けていく。元々トリッキーな動きが得意なアリナやレモネは難無くガードを崩していた。運動が苦手なソシラも虚像と入れ替わる祝福ギフトを使って見事にミミシャのガードを崩す。スミナは少し緊張しつつも、基本を守ってミミシャへ攻撃を仕掛けた。左からの攻撃に見せかけて、ギリギリで右からの攻撃に切り替え、ミミシャが反応したのを確認して左から攻撃をする。スミナの2度のフェイントに対応しきれず、ミミシャのガードは崩れた。


「スミナさん、お見事です」


「ありがとうございます」


 特別な力も魔法も使わず出来たのでスミナは満足していた。他の生徒は成功が3割ぐらいで、ミミシャもそれなりに厳しくやってるのが分かる。そんな中、華麗に剣を動かしてガードを崩した生徒がいた。金髪のお嬢様であるマミスだ。双子達がクラスで目立っていき立つ瀬の無かった彼女だが、夏休みの間に鍛練し、魔族も倒せるほど強くなっていた。彼女の剣技はスミナが見ても綺麗だと思えた。実戦に華麗さは必要無いという人もいるが、華麗に動いて実力もあるのなら士気も上がるだろう。

 テストが終わったマミスはまだ並んでいるホムラの前に移動する。スミナは揉め事が起こらないか心配で近くによって見守る。


「ホムラさん、貴方はご自身の実力に自信がおありのようですわね。貴方にわたくし以上の剣技が出来まして?」


「先ほど舞っておった生徒じゃな。なに、わらわはもっと華麗にやるのも容易じゃぞ」


「おっしゃいましたね。恥をかかなければいいですわね」


 そう言ってマミスは離れていった。


「なんじゃ、あれは」


「えーと、マミスさんはプライドが高いのでホムラが目立っているのが少し気にいらないんです」


「なるほどな。ならそのうち弁えるようになるじゃろ」


 スミナの説明にホムラは納得したように言う。ホムラは簡単に挑発に乗ったりはしないようだ。

 会話しているうちにホムラの前に並んでいたエルの番になっていた。エルは剣を構えもせず、ミミシャの前に立つ。次の瞬間、エルは機械のように精密に動き、剣を下から振り上げるように見えたのが一瞬で反転して振り下ろしていた。ミミシャもそれには反応出来ずにガードが崩れていた。


「やりますね、エルさん」


「はい」


 エルは頷いてテストを終える。そしてホムラの番になった。ミミシャも少し緊張しているのがスミナにも分かった。


「参るぞ」


 ホムラが剣を構える。その後のホムラの動きは優雅で、剣の流れが綺麗に見えた。ミミシャは緊張しつつも惑わされずにそれをガードしようとする。剣が右側から流れるように打ち込むのが見えていたが、ミミシャの剣とぶつかる瞬間に剣が消えた。そしてミミシャの剣が柔らかく横に倒される。ホムラの攻撃はスミナにも殆ど見えなかった。ミミシャも自分のガードが緩やかに崩された感覚に戸惑っているようだ。


「どうじゃ?」


「素晴らしかったです、ホムラさん。文句の付け所が無いです」


 ミミシャが絶賛する。見守っていた生徒も皆ホムラの剣技に見惚れていたのだった。

 実技の授業が終わり、別の教室へ移ろうとした時だった。


「ホムラさん、少し宜しいでしょうか」


「なんじゃ?」


 ホムラを呼び止めたのはマミスだった。先ほどの授業では完全にホムラの方が剣技も華麗さも上だった。それについて何か言いたいのだろう。


「わたくしの完敗ですわ、ホムラさん。失礼な態度を取った事を謝罪致しますわ」


「別に気にしてないぞ。わらわはお主の剣の動きは好みじゃ。鍛えればもっと強くなると思うぞ」


「あ、ありがとうございます」


 急にホムラに褒められてマミスは素直に喜んでしまっていた。

 そんな事があってか、マミスはホムラに対しては礼儀を持って接するようになっていた。その影響で双子達への当たりも以前より柔らかいものになっていた。その事についてはスミナはホムラの強さに感謝していた。


 ホムラとエルが学校に通い始めて数日が経ち、2人はいつの間にか学校の人気者になっていた。ただでさえ2人とも美少女で、ピンクの髪と銀色の髪が目立つのあった。それに加えて2人とも学力も運動能力も魔力も抜群で、ホムラは傍若無人な性格が、エルは感情が顔に出ない冷静な雰囲気が受けていた。ホムラに関しては普通の人なら使い方の分かる道具が使えなかったり、常識としてやらない事をやってしまうという世間知らずなギャップも可愛いと思われているようだ。

 ホムラの態度は生徒達の反感を買うかと思いきや、逆にホムラの為に何かしてあげたいと思う生徒が増えていた。そもそもマミスが素直にホムラを認めているのも予想外の状況だ。普通の人との実力差が大きいのもあるのだろうが、もしかしたら竜神と人間という種族の違いをみんな直感的に感じているのかもしれない。

 双子達は野外訓練の事件で活躍したので学校が再開したら色々聞かれたり前より人が寄って来るかと思っていた。事実学校が休校している間は外で他の生徒に会うと話を聞かれたり、遠巻きに噂されたりしていた。だが、ホムラとエルのおかげで自分達が目立たなくなっておりスミナは助かっていた。ただスミナに関しては結局人気の2人と一緒にいるので人が寄って来る場所にいる事には変らなかった。


 その日はジゴダの神話と伝承の分析の授業のある日で、久しぶりにガリサと同じ授業だった。ガリサには軽くホムラとエルが転入して同じ寮で暮らしている事は話したが、きちんと話す機会は無かった。


「ガリサ、前に話したけどこちらがホムラ。ホムラとエルはわたしと同じ授業を受けてるから」


「あ、どうも、初めまして。スミナ、私はお邪魔になるから離れた席に座るね」


 ガリサは挨拶だけするとスミナ達から離れた場所に座った。確かにスミナはエルとホムラに挟まれる形で座っているが、わざわざ離れる必要は無い。


「遠慮なんかしなくていいのに」


「なんか暗い雰囲気の少女じゃな」


「ガリサも以前はあんなじゃ無かったんです。前の野外訓練の時に親友を亡くして、それからずっと元気が無くて」


「戦場で人が死ぬなんて珍しくも無いじゃろう」


「わたし達は学生です。まだ戦場に出る前の状態なんですよ」


 スミナはホムラの認識の違いを再び感じる。


「そうか、学生は戦い方を学んでいる最中の者じゃったな。しかし人の一生は短いのだからいつまでも引きずる事もあるまい」


 スミナはホムラの言葉に反論したかったが、認識が違うのだから言っても無駄だと言葉を飲み込んだ。

 ジゴダの今日の授業は現存する伝説の武器の作成された時代に関する考察だった。ホムラは授業の内容を聞き入り、噛みしめるように頷いていた。授業が終わるといつもジゴダの元に訪れたガリサがそのまま次の教室へと移動していた。ジゴダはガリサが来ないので少し寂しそうに見えた。


「間違っている部分もあるが、この授業は面白いな。人間にも正しい知識を持っている者もおるのじゃな」


「ホムラの知っている事を教えてあげたらジゴダ先生は喜ぶと思いますよ」


「いや、それは意味が無いじゃろ。研究者は自分で答えを導き出すのが仕事じゃろうし、全てを教えたらやる事が無くなってしまうじゃろ」


 ホムラの言う事にスミナは納得してしまった。長い年月で蓄えた竜神の知識を聞いてしまえば答えは簡単に分かるが、それは研究者としては望んで無いのかもしれないと。


 1週間ほどホムラと学生生活を過ごしたが、大きな問題は起きなかった。スミナは素直にホムラの知識や能力に感心していた。ホムラは尊大な態度を取っているものの、能力の高さを自慢する訳では無いので周りに悪い印象をそれほど与えなかった。スミナはホムラという存在を受け容れつつあった。


 それは魔法の歴史や仕組みを掘り下げる、魔法研究史の授業を受けている時に起こった。その授業はスミナの友人は誰も受けておらず、今まではスミナと少し仲の良いクラスメイトと一緒に受けていた。今はエルとホムラが居るので、そのクラスメイトは少し離れて座っている。

 ホムラも授業に対する口出しにあまり意味が無い事に気付き、よほど気にならなければ授業を中断しなくなっていた。スミナはそうした日々が続いた事で少し油断し、エルにも油断があったのかもしれない。そして事件は授業と関係無い所で突然起きた。

 授業の真っ最中、ホムラが急に斜め前を指差した。その先には1人の女子生徒の姿があった。スミナは即座に反応出来なかった。エルは気付いたが動く前に既に事は起こってしまった。ホムラの指先から糸のように細い光線が伸び、女子生徒の背中に当たった。次の瞬間女子生徒の身体が膨れ上がり、風船のように破裂したのだ。赤い血肉が飛び散り、女子生徒の隣に座っていた生徒や机や椅子や床にぶちまけられた。


「きゃあああああーーー!!!」


 隣に座っていて血がかかった女子生徒が叫び声を上げる。そして教室は喧騒に包まれた。生徒達は何があったか分からずに逃げ惑う。教師も状況が飲み込めず、「皆さん落ち着いて」としか言えずあたふたしていた。


「ホムラ、何してるの!!」


「よく見よ。ほら、色が変わったじゃろ。あれは人間に化けた魔族じゃ。魔法での検査をすり抜ける道具を持っていたようじゃが、わらわの目は誤魔化せぬぞ」


 ホムラの言う通り、飛び散った血肉の色が変色している。だが、それだけで魔族かどうかスミナには判断出来ない。


「スミナ、ホムラの言う事は正しいです。生徒に紛れていた魔族を見事に排除しました」


「お主達が問題にしておった事じゃろ。魔族の命を奪うなとは言われておらんしな」


「でも、授業中にこんな方法でやって、大変な事態になってるじゃないですか」


「何を暢気な事を言っておる。魔族が仕掛けて来たらこの程度では収まらんかったぞ」


 ホムラの言う通りではある。だが、あんな物を見たら生徒達は混乱するに決まっている。スミナが頭を悩ませている間に警備の騎士が教室に入ってきて、スミナ達を取り囲んでいた。教室内には異臭が漂っている。


「何があったか説明して下さい」


「わたしが説明するのでホムラとエルは黙っていて下さい」


「別にいいぞ」


 2人に釘を刺してからスミナは一部始終を騎士に説明した。騎士達の一部はその間に飛び散った死体を確認している。


「話は分かりました。念の為ご同行お願いします」


「分かりました。ホムラ、エル、黙って付いて来て」


「分かった」


「はい」


 ホムラが余計な行動をしないように警戒しつつスミナは騎士に従って移動した。スミナ達は学校の教室から少し離れた場所にある個室に軟禁された。しばらくして制止する騎士を振りほどいてアリナが部屋に乱入する。


「お姉ちゃん大丈夫!?」


「アリナ、落ち着いて。わたし達は大丈夫だから」


「そっか、よかった」


 落ち着いたアリナは関係者という事で、同じ部屋に留まる事になった。誰か話が出来る人か、暴れても対処出来る人を連れて来るのだろうとスミナは思っていた。思い当たるのはミミシャかアスイ辺りだ。しかししばらく待って部屋に入ってきたのは予想外の人物だった。


「お待たせしてしまいすまなかった。少しの時間お話させていただけないだろうか」


 そこには銀色の鎧を着た壮年の騎士、王国騎士団長であるターンの姿があった。ターンは他の騎士を部屋から下がらせるとスミナ達が座るテーブル越しの向かいの席に座った。


「ホムラ殿とエル殿とは初対面ですね。まずは自己紹介をしておきます。私は王国騎士団の騎士団長をしている、ターン・ロフスという者です。今のギーン戦技学校の警備の総責任者でもあります」


 ターンが礼儀正しく挨拶する。確かに警備の責任者で、剣の腕も立つターンが来るのも当然かもしれない。だが、騎士団の長であり、一番忙しい人物が来るほどの事なのだとスミナは事件の重さを実感する。


「ターンさん、ご無沙汰しています」


「どうも」


 スミナとアリナが軽く挨拶する。2人がターンと会うのは王城での緊急招集以来だった。


「なるほど、警備の責任者か、よく分かった。それで、何の話じゃ?」


「教室に魔族が潜んでいて、その対応をホムラ殿がして下さったというので詳しく話を聞かせて頂こうかと。

ホムラ殿は生徒に扮していた魔族に気付き、すぐに対応しようと離れた場所から気付かれずに一撃で魔族を倒したと聞きましたが、本当ですか?」


「ああ、それで合ってるぞ。あれぐらいの芸当なら簡単な事じゃ。魔族に気付かれたら他の生徒に被害が出ておったし、早々に排除してやったわけじゃ」


 ターンの分かりやすい話にホムラが答える。ターンとしてはホムラの行動の意図を知りたかったようで、それを上手く引き出したと思った。


「迅速な対応で大変助かりました。

ただ、我々騎士団にも警備の仕事をするという誇りがあるのです。もし今後魔族が扮しているのを見つけたのなら、情報を提供して頂き、魔族退治は我々にやらせて貰えないでしょうか?」


「なるほどな。そちらの仕事を奪わないで欲しいというのじゃな。まあよかろう。わらわは手柄が欲しいわけでも無いし、退治するのは今後はお主らに任せようじゃないか」


「ありがとうございます。とても助かります。

話はそれだけです。ホムラ殿とは今後も良い関係でいたいと思っております」


 ターンはとても腰を低くして対応した。ホムラが約束を守れば今後は突然魔族を倒したりはしないだろう。ターンはもっと堅苦しい人物かと思っていたのでスミナには意外に思えた。


「ホムラ殿とエル殿は帰って頂いて結構ですよ。スミナさんとアリナさんはこの後少しだけ話をさせて貰っても宜しいですか?」


「いいですよ」


 ターンの話とはホムラの事だろうと理解し、即答する。


「わらわもまだ残ってもよいぞ」


「ホムラさんとエルは先に寮に戻って貰っていいですか?わたし達もすぐに帰ると思いますので。

エル、お願い出来る?」


「了解しました」


「そうか?では先に戻っておるぞ」


 スミナに言われてホムラはエルと部屋を出て行った。何かあればエルが魔法の通話で連絡してくるだろうし、大丈夫だろう。


「スミナさん、ありがとうございます。お2人には多大な負担をかけてしまったこと、王国の者としてとても感謝してます」


「いえ、このぐらいなら全然大丈夫です。それよりターンさんこそ忙しいでしょうし、こんな所まで来て大丈夫なんですか?」


 スミナは気になっていた事をターンに聞く。


「騎士団長にまでなると、逆に現地に行けずに暇だったりするんですよ。私の場合はアスイさんとは違い、裏側の調整なども出来ませんからね。各騎士団の失敗の責任を一緒に取るのが私の仕事みたいなものです」


 ターンは苦い顔をして笑った。入学の挨拶の時に見た威厳のある態度やオルト相手に嫌みを言っていた時の印象が強かったので、別人のように思えてしまう。


「失礼だとは思いますが、ターンさんの印象がわたしの思っていたのと大分違いますね」


「まあ、騎士団長としては情けない姿を晒せないですからね。本来の私はこんなものです。王国騎士団に入って、真面目に職務を全うして立場だけ上がっていき、いつの間にか損な役目を押し付けられてました。すみません、学生のお2人に愚痴など言ってしまい」


「あたしは今のターンさんの方がいいな」


「ありがとうございます」


 アリナの言葉にターンは本当に嬉しそうに答えた。


「折角なのでちょっと聞きたいんですが、ターンさんはオルト先生と一緒に戦ってたんですよね」


「あいつにどこまで聞いてるか分かりませんが、その通りです。

お2人はオルトに剣を習ったり、この間の神機しんき探索でも同行してましたね。オルトの奴は相変わらずだらしないんじゃないですか?」


「前の特訓の時はメイルに小言を言われて身の周りの片づけをさせられてたね」


「ああ、メイルちゃんにですか。それは納得だ」


 ターンはオルトと一緒にいたのだからメイルとも顔見知りなのは当然なのだと理解する。


「懐かしい話題が出たので少しだけ昔語りをしましょう。

私も学生の頃は英雄を目指していて、オルトと魔法科のユキアと3人で夜遅くまで夢を語ったりしてました。あの頃の私は自分が特別な存在だと思っていたし、実際それだけの事をやってみせた。

でも、私の隣には常にオルトがいたので半ばその夢を諦めていたんだ。自分の実力ではオルトには敵わなかったし、魔族との戦いでも危うい時は何度もあった。だからいずれは王国騎士団で一介の騎士としてやっていくつもりだった。私の家は貴族なので、家を守るという気持ちもあった。

それでもオルトとユキアの熱意に押され、卒業後は3人でパーティーを組んで戦う事にした。3人の息は合っていたし、それから増えていった仲間も良い奴ばかりだった」


 昔の事を話すターンはとても寂しそうな顔をしていた。


「どこまで聞いているか分からないが、私達は戦いの中で魔神に敗れ、散り散りになった。ユキアの事を諦めきれなかったオルトと違い、私は絶望を受け容れ、王都に戻り王国騎士団に入った。勿論騎士団では自分で出来る事を行い、手を抜いたりはしなかった。それでも現実から目を背けていたのは私の方だったのかもしれないな。

ただ、今のオルトの姿は私から見るととても哀れに見えてしまう。オルトに才能が無ければどうとも思わないさ。だが、今のあいつにもまだ才能は残っている。

あいつには言わないでくれると助かるが、オルトが魔族の事やこの間の神機探索に自らの意思で動いている事は嬉しく思っているんだ。そしてその切っ掛けを作ったのは君達2人だと思っている。だから、スミナさんとアリナさんには改めて礼を言わせて欲しい。ありがとう」


「いえ、わたし達はただオルトさんに頼っただけです」


「そうそう、たまたまパパがオルトさんと縁があったからね」


 感謝を言われて双子は少しだけ恥ずかしい気持ちになっていた。


「そういえばお2人はダグザ様の娘で、ライト君の妹でもあったな。縁とは面白いものだ。

話していて久しぶりに懐かしい気分になったよ。そうだ、オルトの若い頃の写真も見せてあげよう」


 そう言ってターンが懐から銀の飾りを取り出し、その中から折り畳まれたヨレヨレの古い魔導写真を取り出し、開いて双子達の前に置いた。


「失礼します」


 スミナはそう言ってその写真を手に取って見る。そこには若い3人の男女が不自然な笑顔で並んで立っていた。スミナは好奇心に負けてその写真が撮られた直後の記憶だけ覗き見た。


「なんだよ、この顔は。変に引きつってるじゃねーかよ」


 若き日のオルトが魔導写真機から現像された写真を見て笑いながら言う。この頃のオルトは灰色の髪を乱雑に整えた好青年に見えた。


「僕にも見せてくれ。

どうするんだ、こんな写真。誰にも見せられないぞ。オルト、責任取れよ」


 同じく若く、髪を伸ばしていたターンが笑顔で言う。ターンは身嗜みを整えていて真面目な青年に見えた。


「何で俺なんだよ。卒業前に記念写真撮りに行こうって言ったのはユキアだぞ」


「どれ、私にも見せてよ。

ふふふ。いいじゃない、変に気取ってるよりはこういう写真がいいのよ」


 若く美しい薄い桃色の髪の魔法使い、ユキアがとても可愛らしい笑顔で言った。


「まあ、いいさ。これから俺達は英雄になるんだ。この写真が歴史の教科書に載るのも面白かもな」


「やめてくれ、そんな事になったら僕は恥ずかしくて死ぬぞ」


「ターンは大げさなんだから。その時が来たらもっといい写真を撮ってもらって、それを載せて貰いましょうよ」


 3人は写真をそれぞれ1枚ずつ配って手にし、再びそれを見て笑い合うのだった。


 スミナは記憶を見た事を少しだけ後悔した。この後の悲劇を知っているからだ。スミナは記憶を見た事を悟られないように写真をアリナに渡し、なるべく冷静を保って言った。


「3人は仲が良かったんですね」


「そうだな。あの頃はそうだった。私とオルトは衝突する事は多々あったが、ユキアが居た事で上手くバランスが取れてたんだと思う」


 ターンは懐かしそうに言った。


「ありがとうございます。オルト先生にもカッコいい時代があったんですね」


「ああ、あの頃のオルトは本当にモテてな。それでも英雄になるからと誰とも付き合わなかった。まあユキアも居たからな。オルトが忘れられないのも無理が無いかもしれないな」


 写真を返して貰ったターンはそれを銀の飾りに大事に折り畳んで入れた。


「話が少しずれてしまってすまない。私が話したかったのは竜神の事についてだ。ああも人間のように振る舞い、知能もあると我々は意思疎通が出来ると勘違いしてしまう。

だが、本当はそうでは無い。竜神の考えている事は計り知れないし、人間が本能的に避ける行動も躊躇なく行える。これまで一緒に居てそう感じたのではないか?」


「確かにそういう部分はありました。ですが、意思疎通は取れていると思いますし、注意した部分は直してくれています」


「あたしも今のところそんな危険には感じて無いかな」


 スミナもアリナもホムラは問題は起こしたが、そこまで意思疎通が取れないとは思っていなかった。


「君達の言いたい事は分かる。だが、それが危険だと私は思っている。竜神の攻撃の威力はスミナさんがよく理解してる筈。それが誤って人間に向けられたらどうなるか。竜神の気分を誰かが害してもそうならない保障がどこにあるだろうか」


「それは理解してます。ですが、そういった危険を踏まえて学校に通わせるようにしたとアスイさんから聞いてます」


「そうだな。アスイさんの考えは私も理解してる。私はそれに反対したからこそ学校の警備に力を入れるようにしたんだ。

君達にお願いしたいのは、竜神の言う事をあまり真に受けないで欲しいという事と、何か怪しい動きを感じたら近くの騎士にすぐに報告して欲しいという事だ。

これは王国を守る騎士団の長であるのと同時に、妻子の安全を守りたい私の願いでもある」


 ターンは真面目な顔で言った。


「分かりました。確かに危険な行動を今後も起こす可能性はあるでしょう。何かあったらすぐに警備の騎士に相談するようにします」


「あたしも危険を感じたら言うようにするよ」


「ありがとう。2人にばかり大変な役目を背負わせてしまい本当に申し訳ない。だが、君達が特別な存在であると知る以上、頼る他無いのだ。騎士団長としてではなく、この学校の卒業生として何かあれば私に何でも言ってくれ」


 ターンは頭を下げ、部屋を出て行った。双子はホムラの事を信用していいのか話しながら寮へと戻るのだった。



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