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36.変化する日常

 ホムラが学生として入学出来たのはアスイの並々ならぬ努力の賜物だった。ホムラが王都で暮らすとしても監視の目が必要であり、ホムラはあからさまな監視を付けられるのを嫌がると予想された。そしてスミナの近くになるべく居たいという点を考慮し、学生になってもらうという力業に出たのだ。ホムラが素直に受け入れないのでは思いきや、意外と乗り気であり方向性は自体はすぐに決まった。

 だが、ホムラを学校に通わせるのは羊の檻の中に猛獣を入れるようなものだ。話を聞いた者の殆どが反対意見を述べたのだった。ただ、情報自体を知る者は一部のみだったので、国王の権力を使って何とか入学させる事を納得させる事が出来た。条件としては24時間ホムラを監視する者を付ける事だ。そこで決まったのがエルの同時入学だった。

 エルは魔宝石マジュエルなので姿を変えられ、人間らしく振る舞う事が出来る。剣も魔法も使えるし、生徒としては十分以上の能力だ。何より睡眠を必要とせず、ホムラを監視出来て、異常な行動があればある程度は止められる。そして丈夫でそう簡単に破壊されない点も監視役には最適だった。

 色々話合った際に双子も参加し、スミナはエルの負担を心配して自分が代わりに監視役をするとも言ったが、「マスターがやるならワタシがやります」というエルの発言でスミナも承諾する事になった。そもそもスミナは睡眠が必要で、夜の間までは責任が持てないのもあった。


 結果的にホムラを王都に住ませる条件として、以下の5項目を承諾してもらう事になった。


①王都では人間の姿でいてもらい、他の姿に変身しないこと

②危害を加えられない限り人間を殺さないこと

③アスイの親族という設定を守ってもらい竜神としての正体を明かさないこと

④スミナの近くに居られるようにギーン戦技学校の魔法騎士科の生徒として授業を受けること

⑤上の4項目の補佐役として同じ生徒として魔宝石アルドビジュエルに常に同行してもらうこと


 勿論竜神としては窮屈な縛りになるので、どうにか納得させる必要があった。結局最終手段であるスミナにその大役は任される事になった。


「ホムラさん、王都で学生として一緒に生活する為にお願いがあるんですが、聞いて貰えますか?」


「なんじゃ?言ってみよ」


「問題を起こすと一緒に生活出来なくなると思います。なのでアスイさんと協力して、必要な項目をまとめてみました」


「どれ、見てやろう。

――うーむ、完全に人間になり切るのか。まあわらわなら不可能では無いな。しかし、この魔導人形を連れ歩くのはどうなのじゃ?」


「エルに関しては人間社会を既に勉強していて、使い魔としても学校を知り尽くしてるんです。人以外の生物が人の真似をする時のポイントもよく理解してるので役に立つと思います」


「なるほどな。まあスミナの頼みならよいじゃろう」


 といった感じで、何とか納得させて今に至ったのだった。ただ、エルに関しては昔に比べて格段に人間の振りをするのが上手くなったのは本当で、学校の知識もスミナより知っている事があるぐらいだった。これからの生活はエル以外にもスミナも常時ホムラに付き纏われる事になるのだが、意外と負担には感じていなかった。


 学校の教室ではミミシャが今後の授業の説明をし終わって去っていった。今日は授業も無く帰宅するだけなので女生徒達がホムラの元へやって来る。


「ホムラさんってスミナさんと知り合いだったんですか?既に仲が良さそうですが」


「はい、わたしはアスイさんと知り合いなので、その縁で知り合って仲良くなったんです」


 スミナはホムラが余計な事を言う前に前もって準備してきた話で女生徒からの質問に答える。


「ホムラさんって途中入学出来るぐらい実力があるんですよね。どれぐらい強いんですか?」


「わらわはおそらくこの中で一番強いぞ。戦ってみたいのか?」


「ホムラさんの強さは今度の授業を楽しみにしましょう」


 こんな感じでホムラが変な事を言ったりしたりしないよう、スミナは戦闘より気を使う事になった。


「エルさんってスミナさんの使い魔と同じ名前だよね?親戚だし何か関係あったりするの?」


「ワタシが頼んで同じ名前にして貰いました。ワタシとスミナは仲がとても良いので」


 エルが決めていた回答を女生徒に答えるが、どこか自慢気に言っている。


「ところで、その使い魔のエルちゃんが今日はいないよね。どうかしたの?」


「ああ、使い魔のエルは魔族との戦いとかあって王都にいるのは危険なので実家に置いてきました」


「そうなんだ、もう撫でられないのは残念」


「でしたら代わりにワタシを撫でてもいいですよ?」


「あら、エルさんは冗談も上手いんだね」


 エルも少し怪しげな部分があるが、流石に使い魔と同一存在と疑う人はいないだろう。学校が再開し、問題が起こった後なので暗くなりがちな雰囲気をホムラとエルは見事に破壊していた。そういう意味では2人の入学の意味はあったのかもしれないとスミナは思うのだった。

 あまり長く話すとボロが出そうだったので、これからホムラ達と用事があると言ってスミナは女生徒を何とか帰らせた。


「学生というのも中々楽しいものじゃな」


「いや、まだ何も始まってませんよ」


 ホムラは人間としてのコミュニケーションを多人数と取るのは初めてなので楽しんでいるようだ。


「竜神様、ではなくてホムラさんと一緒に学校に通えるの嬉しい……」


「ソシラも同じクラスなんじゃな。これからよろしく頼むぞ」


「はい、何でも言って下さい……」


 ドラゴンと仲良くなりたかったソシラにとってはこの状況は夢心地のようだ。一方アリナとレモネはこの状況に冷ややかな視線を投げかけていた。状況を理解しているアリナは勿論だが、レモネも竜神の恐ろしさを知っているので気が気ではないだろう。ソシラとレモネには後で詳しい経緯を説明しないととスミナは思った。


「ホムラさんはどこに住んでらっしゃるんですか?」


 校舎を出た帰り道、レモネが質問する。王都に来る事は知っているが、それ以外は知らないからだ。双子達と共にホムラも同じ方向に歩いていた。


「さあ?今日から王都に住む事になったのでわらわも知らぬ。スミナが案内してくれると聞いておるが」


「はい、付いて来て下さい」


 そう言ってスミナはいつも通り寮に向かっていた。そして寮の前まで来て立ち止まる。


「ホムラさんとエルには今日からわたし達と同じ寮に住んでもらう事になります」


「寮とは学生が住む為の集合住宅の事です」


 エルがホムラの為に補足説明した。


「え?あたし聞いてないけど」


「直前まで交渉してたから、アリナにも伝えて無かったんだ。寮ならすぐに会えるし、食事も一緒に取れるからホムラさんも問題無いですよね?」


「わらわはスミナの近くで暮らせるなら問題無いぞ」


 ホムラは嫌がる様子も無かった。丁度学校を辞めて寮を出て行った生徒がおり、何とかこの時期に寮に入れる事が出来たそうだ。既に寮長などにも連絡が言っており、簡単な顔合わせだけでホムラとエルは中に入る事が出来た。


「お姉ちゃん、まさか2人の部屋って……」


「うん、ここ205号室がホムラさんとエルの2人部屋になります。隣の204号室がわたしとアリナの部屋、その隣の203号室がレモネとソシラの部屋になってます」


「なるほど、出来ればわらわはスミナと同室がいいのじゃがな」


「それはダメ!!」


 部屋の前でアリナが叫ぶ。


「すみません、わたし達は共用の荷物も多いし、部屋の移動は手続きも大変なので同室は難しいですね」


「そうか。まあ隣室なら構わんじゃろう」


「中の物はワタシが説明します。壊さないよう気を付けて使って下さい」


 エルがそう言って205号室へホムラを案内する。205号室は魔法騎士科の別のクラスの生徒が使っていたがアスイが無理を承知で頼み移動して貰ったようだ。205号室がフロアの壁際の部屋になっており、隣室が双子の部屋だけなので条件が丁度良かったのもある。ホムラとエルが部屋に入ったのを確認してレモネが寄ってきた。


「スミナ、本当に大丈夫なの?突然寮が無くなったりしない?」


「まあ心配なのは分かるけど、生徒として生活してもらう事になってるし、そんな無茶はしないと思うよ」


「ねえ、エルちゃんが監視として付いてるのはいいけど、隣室なのはどういうこと?」


 アリナが怒りを露わに言う。


「しばらくはホムラさんの機嫌を損ねないのが大事だから。一軒家を借りてわたし達とホムラさんで住む案もあったけど、学生らしく無いしアリナだって気が休まらないんじゃない?」


「まあそりゃそうだけど。でもホムラが寮生活なんて出来ると思うの?」


「ん?わらわの話かの?郷に入っては郷に従えと父様がよく言っていたのじゃ。その地の風習は長い年月をかけて築いたものだから蔑ろにするのは良くないとな。だからわらわもこの寮の規則には従うつもりじゃぞ」


 声を聞きつけてか出て来たホムラは至極真っ当な事を言った。こう言われるとアリナも何も言えない。


「ホムラさんは慣れない生活で戸惑う事もあると思います。何でもエルに言ってくれればいいし、エルが難しい事ならわたし達に言って下さい」


「私も協力します……」


「ああ、何かあれば頼るかもしれん。それよりスミナ達の部屋を見てもいいか?」


 ホムラは上機嫌で言う。人間としての生活を楽しんでるのではとスミナは思った。


「大丈夫ですよ」


「じゃあ私達は部屋に戻ります。ホムラさんまたよろしくお願いします」


「ホムラさん、また……」


 レモネとソシラが先に自分達の部屋へ戻っていった。双子はホムラとエルを自室へと案内する。


「なるほど、部屋の間取りは同じようなものなのじゃな。ベッドは下をスミナが使っておるのじゃな」


「何で分かったんですか?」


「わらわぐらいになると痕跡で見分けられるのじゃ。ってエル、何スミナのベッドに入っておる!!」


「ワタシはいつもここで寝てましたから」


 エルは人間体のままスミナのベッドに寝転がり、それをホムラが慌てて引っ張り出す。


「エルが寝てたのは本当なんで、問題無いですよ」


「問題大ありじゃ。エルをペットのように扱って一緒に寝てたかもしれぬが、今は人間で同じ生徒じゃ。同じベッドで寝るのは夫婦か親子だけじゃ!!」


 ホムラが思ったより貞淑な考えをしていてスミナは少し笑ってしまった。


「エル、大人しく出なさい」


「分かりました、マスター」


「学生の時はマスター禁止だよ」


「はい、分かりましたスミナ」


 エルはスミナの言う事を聞いて急に大人しくなった。


「しかし魔宝石という魔導人形は思ったより生物に近いな。こんな生意気な作り物は中々作れんぞ」


「わたしはエルを道具では無く、同じ人間として見ています。勿論人間にしては無茶なお願いはしたりしてますが、それでも大切な存在です」


「ありがとうございます、スミナ」


「そうか、スミナを見て変わったのだな、エルは。やはりスミナは凄いな」


「そんな事無いです。エルが自分で学習してこうなったんだと思います」


 ホムラに褒められてスミナも悪い気はしなかった。


「そろそろお昼の時間だよお姉ちゃん」


「ホムラさんは食べたいものとかありますか?」


「わらわは数日食べなくても平気だし、食事に拘りは無いぞ」


「折角だから寮の食堂じゃない方がいいですね。アリナ、おすすめの店を紹介してあげてよ」


「えー、分かったよ」


 スミナはアリナにもホムラと仲良くなってもらいたいと思っていた。アリナが努力すればそれは簡単なのだからと。

 制服から私服に着替え、4人で町へと繰り出す。ホムラとエルの私服に関してはメイルに選んで準備してもらっていた。基本的に目立つ2人をなるべく目立たず、かつ可愛さも感じられる服だった。ホムラとこうして王都の店を回るのは初めてだ。アリナが案内したのは商店街から少し離れた路地裏にある小さな店だった。


「ここ来た事無いけど美味しいの?」


「うん、昔ながらの隠れた名店だよ。ホムラはまだこっちの食事に慣れて無いだろうし、普通のお店がいいと思って。あとここならあまり混雑してないから落ち着いて食事出来ると思う」


 アリナなりに色々考えてくれていてスミナは嬉しかった。店の中に入ると装飾は少なく、シンプルだが落ち着いた雰囲気の綺麗な店だった。


「なかなか良い感じの店じゃな」


「あたしは静かに食べたい時にここに来るんだ」


「わたしにも教えてくれればよかったのに」


 スミナはそう言いつつも、アリナが多分自分だけのお気に入りにしていた店をわざわざ教えてくれた事に感謝していた。


「うーん、どういうものか想像つかんの。スミナ、わらわの分も頼んでくれ」


 メニューとにらめっこしていたホムラが諦めてスミナに振る。


「分かりました。アリナ、おすすめとかある?」


「あたしはランチメニューのパスタのセットが好きだな。ただ、ホムラはパスタとか普段食べないだろうし、こっちのパンとシチューのランチセットでいいと思うな」


「ありがとう、わたしもそれにする。エルはどうする?」


「ワタシはあまり食べないので安いの物で大丈夫です」


「じゃあ軽食のサンドでいいね」


 食べる物が決まってアリナが注文してくれる。周りを見ると団体客より個人で来ている人が多く、落ち着いて静かに食べる店なのだと分かった。それでも流石に黙っているのも気まずいのでスミナは喋り始めた。


「ホムラさんは今までどんなものを食べて来たんですか?」


「アリナと同じで呼び捨てで構わんぞ。他の仲が良い者も呼び捨てしてるようだしな。

それで、食べ物の話じゃったな。まあ星界にある物を腹が空いたら食べてた位じゃ。果物とか動物を焼いたものとかな。父様が生きていた頃は母様が料理を凝っていた時期もあったが、どんな味だったかもう忘れたのう」


「料理する事なんてあるんだ」


「人間が暮らしていける道具などは一通りあるぞ。母様が人間の調味料なども地上に買いに行ったりもしておったわ。わらわは料理に興味が無かったので、その後どうなってるか分からんがな」


 星界がどんなところか分からないが、人間が住む為の環境はちゃんとあるのだなとスミナは感心していた。伴侶として人間を連れ帰っていたのだから当たり前なのだけれど。そんな話をしていると料理が運ばれてくる。早速スミナはシチューを食べてみる。


「美味しい」


「でしょ」


 アリナの言う通り普通だがとても美味しい料理だった。勿論味だけなら他の高級店の方が上だが、この店の料理は素朴だけど美味しい、家庭料理のような懐かしさを感じさせる味だった。


「なるほど、確かに美味いと感じるな。

おお、思い出して来た。母様の料理の味もこんなだった気がするぞ」


「そうなんだ。それは良かった」


 ホムラの喜んでもらえてアリナも嬉しそうだ。竜神でも懐かしさを感じさせる味だと思うと、この店も中々凄いのではとスミナは思うのだった。


「折角町に出て来たんだから、デザートを食べに行かない?」


 気分が良くなったアリナが店を出た後に提案してくる。スミナとしてはホムラを長時間外に出すのは早い気もしたが、あまり寮に閉じ込めておくのも問題だとも考える。


「デザートだけね。ホムラ、もう少し歩くけどいいですか?」


「ああ、構わんぞ」


 ホムラの許可も取れたのでアリナが先導して進んで行く。が、スミナは進んで行くうちにある事に気付いた。


「アリナ、このまま行くと裏町じゃない?もしかしてそこに向かってる?」


「うん。最近流行りの店が出来たんだ」


「ホムラもいるんだし、あんまり危ない場所はやめた方が」


「大丈夫だって。逆にホムラがいるからより安全だよ」


 アリナの言う通りではあるが、スミナは少し不安になっていた。ホムラは初めて歩く街並みを堪能しているようで大人しい。エルはそんなホムラをずっと見守っていた。ホムラを監視する役目をきちんとこなしているようだ。


「ほらあそこ、人だかりが出来てるでしょ。大人気の新感覚スイーツなんだって。まああたしもまだ食べた事無いんだけどね」


「行列凄いけど並ぶの?」


「うん、あたしが4人分買ってくるから近くで待ってて」


 アリナは走って行ってしまった。


「なぜ並ぶ必要があるのじゃ?皆弱そうな女性だし、わらわの威厳で先に買わせて貰ってもよいぞ」


「ダメです。人間のルールで商品の購入は基本的に先に並んだ人が優先権を持つようになっています。人間はルールを守るべきです」


「なるほどな、人間は窮屈なんじゃな」


 エルに説明されてホムラは少し機嫌を損ねていた。


「アリナが並んでくれてますし、その間わたし達は周りを見ていましょう」


 スミナはホムラの機嫌を取る為に近場の道具屋などの店を覗いたりした。最初は興味津々だったホムラだが、やがて明らかに興味を失っているのが分かる。


「今の時代の道具は面白みが無いの。わらわの住処には先祖が集めた珍しい品々があって、そちらの方が美しかったぞ」


「まあこの辺りの道具は生徒が買えるぐらいの日用品が殆どですから。珍しい道具は別の日に見に行きましょう」


 竜神が持ち帰った道具とこの辺りの道具では価値が違い過ぎた。別の店に連れて行ければいいのだが、アリナが並んでいる以上遠くへは行けない。スミナはこの間をどう持たせるか悩む。


「生き物屋が近くにあります。そこに行ってもいいですか、スミナ」


「生き物屋?別にいいけど」


 エルが言い出したのでスミナはそれを許可する。そういえばエルは動物を見るのが好きで、そういう店の前ではよく立ち止まっていた。


「生き物屋とはなんじゃ?」


「見れば分かりますが、生きた生物を売っている店です。用途としてはペットなどの観賞用から、そういった動物達の餌、あとは魔法で作る薬の材料として使われます」


 スミナは自分で行く事は殆ど無いので軽く覗いた事があるぐらいだった。店は薄暗く、様々な動物の鳴き声が聞こえて不気味に思える。鳥や哺乳類などの動物から爬虫類や魚や虫など、様々な生き物が檻やケースに入って蠢いていた。


「なるほど、これは便利な店じゃな」


「可愛い動物が沢山います」


「可愛いか?」


 ホムラが疑問を抱く。スミナも少し思うが、エルにとっては可愛いのだろう。エルはそれから可愛いと思う動物のどこが可愛いかを事細かにホムラに説明する。エルの説明にホムラが聞き入り、ホムラも逆に生き物の知識を披露したりする。人に近い存在同士趣味が合うのかもしれない。スミナは時間が潰せて助かったと感じていた。


「いたいた、お待たせ、買ってきたよ。

あ、ここじゃ場所が悪いから向こうで食べようよ」


「アリナ、ありがとう。

じゃあ、そろそろ行きましょうか」


「分かりました」


 アリナがスイーツを買ってきたので生き物屋から離れる。アリナが一瞬嫌な顔をしたのは生き物屋が結構臭かったからだろう。エルが素直に離れたのでホムラも少し名残惜しそうに付いて来るのだった。


「これが噂のスイーツ“レインボースパークゼリー”だよ。ほら、綺麗でしょ」


 アリナが箱から取り出したのは容器に入った七色に光り輝くゼリーだった。確かに綺麗だが、食欲はそそられない。


「なんじゃ、それは。スライムみたいだな」


「スライムじゃなくてゼリーだよ。見た目だけじゃなくて、口に入れると刺激を感じるんだって。食べてみようよ」


 アリナがゼリーを配って、自分でも食べてみる。アリナの表情は微妙だった。スミナも食べてみると、口に入れた瞬間は柑橘系の味の甘いゼリーだが、その後痺れのような感覚がきてそのまま溶けてしまった。面白い食べ物ではあるが、深く味わえないので食べた気がしないなとスミナは思った。


「変わった食べ物だね」


「なんというか、騙された気分になる食べ物じゃな。こんなものを長時間並んで買うとは人間の価値観は分からんな」


「ワタシは気に入りました。独特の刺激が心地いいです」


「まあ、流行りの食べ物って目新しさを売りにするから、こういう事もあるよね」


 アリナは自信ありげに買ってきた物がほぼ不評で、自分自身も不満だったので落ち込んでいた。そんなタイミングで事件は起こった。


「泥棒だ!!誰か来てくれ!!」


 双子達は男の叫び声を聞く。それに続いて“ボンッ!!”という魔法の炸裂音が響いた。


「お姉ちゃん、大丈夫、危険はほぼ無いよ」


「とりあえずここを離れよう」


 スミナは巻き込まれる前に場所を移動しようと考える。


「どうしたのじゃ?泥棒とは犯罪の事じゃろ」


「そうですが、誰かが魔法を使ってるみたいなので巻き込まれないようにしましょう」


 スミナは有無を言わせずホムラの手を引いて歩き出す。アリナが事件とは反対方向へと導こうとしてくれた。


「何があったんだ?」

「生き物屋が襲われて、店主が大怪我したらしいぞ」


 移動し始めた時に通りすがりの人の会話が聞こえてきた。生き物屋は先ほどスミナ達が見ていた店だろう。色んな生き物を扱っているので、中には高価な生き物もおり襲われる事もあると聞く。スミナはここが裏町だったことを思い出した。


「スミナ、生き物たちが無事か気になります」


 エルが話を聞いて立ち止まる。スミナも犯罪は見過ごせないが、ホムラがいる以上騒ぎに関わりたく無かった。


「お姉ちゃん、あたしが犯人を捕まえるよ。それならいいでしょ」


「分かった、無茶しないでね」


 エルの気持ちを汲んでアリナが言ってくれたのでスミナは渋々同意した。アリナはすぐに方向転換すると高速で裏道を進んで行く。アリナには犯人の行き先が分かるのだろう。スミナ達はその後を少し遅れて付いて行った。


「そこまで、もう逃げられないよ!!」


 アリナは犯人と思われる男達の前に先回りして立ち塞がった。男達は4人組で、手には小さな動物が入った籠などが握られている。4人とも見た目も裏社会の人らしい怪しい風貌だ。間違いなく犯人だろう。


「どかないと怪我するぜ、お嬢ちゃん」


「じゃあ、それを置いてくれたらどいてあげる」


「もういい、やれ」


 リーダー格と思われる男がそう言うと、アリナに対して魔法が飛んで来た。アリナはそれを避けると、まず先頭の男を魔法で縄を作り出して身動き取れなくした。


「この娘手練れだぞ、2人がかりで行け!!」


 残り3人の内の2人が籠を置いてナイフを抜き、アリナに襲い掛かる。スミナ達はようやく追いつき、アリナが襲われているのに気付く。が、スミナは心配していなかった。


「手放してくれてありがと」


 アリナは素早く動いて2人をまとめて縄で縛り上げた。残りはリーダーと思われる痩せた男1人だけだった。


「もういい、お前らまとめて吹き飛べ!!」


 男の手には魔導具が握られていた。スミナはそれが爆発を巻き起こす魔導具だと気付く。スミナは一瞬どう対処するか考えていて、ホムラの動きに気付くのが遅れてしまった。


「下種め、死ぬがいい」


 ホムラの手からピンクの光線が発射されていた。スミナもアリナもそれが男の魔導具と比較出来ないぐらい危険なものだとすぐに理解した。だが、2人とも即座には動けなかった。


「いけません!!」


 エルがいつの間にか宝石状の戦闘形態になり、男の前に立っていた。そして光線を身体を張って受け止め、上空へと捻じ曲げた。王都に一瞬だけ光の柱が立ち昇ったのだった。


「エル、大丈夫!?」


 スミナは急いで攻撃が直撃したエルに駆け寄る。エルの頭部を含む上半身の3分の1は消滅していた。


『マスター、機能的には問題ありません。時間が経てば再生出来ます』


 スミナの頭に直接エルの声が届く。


「良かった……」


 スミナは膝から崩れ落ち、破壊されたエルを抱き抱えたままの姿勢になる。アリナはその間に固まっている犯人のリーダーを紐で縛り上げ生き物の籠を確保していた。


「なんじゃ、邪魔をするからそ奴を殺し損ねたではないか」


「なんでそんな事をしたんですか!!」


 スミナは暢気に寄って来たホムラに声を荒げてしまった。


「なぜって、そ奴は犯罪者で、こちらを攻撃しようとした。生き物や仲間も巻き添えにしようとしておったぞ。危害を加えて来た相手には反撃していい筈じゃ」


「そうですが、やり方があるじゃないですか。下手をしたらエルが死んでたかもしれないんですよ!!」


「それはエルが間に入ってきたからじゃろ。流石にわらわも急に攻撃は止められんよ」


「そうじゃなくて、あんな威力で撃ったら他の市民や建物に影響が出たじゃないですか」


「なに、威力は抑えておったし、射線上に人がいないのは確認しておる。当たっても多少建物が破壊されたぐらいじゃろ」


 ホムラは何の悪気も無かったかのように言う。ホムラの感覚的にはそうなのだろう。


「もしエルが割って入らなければ町が破壊され、怪我人が出て大変な騒ぎになってました。慣れない事なのでしょうがないかもしれませんが、エルには謝って下さい」


「そうか。

エル、怪我をさせてしまいすまなかった」


 スミナの剣幕に押されてホムラは素直に謝った。


「なんなんだお前らは。化け物じゃねーか」


 紐でグルグル巻きになったリーダーの男がスミナ達を見て言う。それを聞いてスミナは冷静になり、かなり不味い状況だと理解した。


「エル、宝石に戻っていて」


『了解です、マスター』


 スミナは宝石に戻ったエルをバッグに入れ、周囲を確認する。今になって野次馬が寄って来たが、それまでの戦いを見ていた人はいなそうだ。だが、この泥棒達は一部始終を見ている。


「アリナ」


「うん」


 スミナはアリナに合図を送って、とりあえず泥棒達に睡眠の魔法をかけた。


「ホムラ、すみません、急な事で怒ってしまいました」


「いや、わらわも自由に振舞い過ぎたかもしれぬ。人間の行動としておかしい事は指摘してくれ」


「分かりました」


 ホムラに怒りは無いようで、それだけは良かったとスミナは思った。

 その後町の衛兵がやって来て、なるべく事を荒立てないような説明をしたが納得してくれず、最終的にアスイがやって来た事で解決したのだった。


「すみません、初日からこんな事になってしまって」


「いえ、大きな問題にならずに済んで良かったです。勿論エルさんの被害は申し訳無いですが。ただ、もう少し慣れるまでは町での買い物などはしないで貰えればと思います」


 アスイが釘を刺すように言う。


「ホムラさんも人間社会に馴染めるように努力しているとは思いますが、あの威力での攻撃は普通では無いので緊急時以外は控えて貰えると助かります」


「そうみたいじゃな。少し窮屈ではあるが、しばらくは努力しよう」


「ありがとうございます」


 ホムラも問題を起こした自覚があるようで、アスイに対しても竜神としての威厳は出さなくなっていた。

 アスイと別れ、寮に戻るともう夜になっていた。エルも人間の姿になるだけの魔力は戻ったのでホムラと共に寮の部屋へと戻った。食事と入浴を済ませ、おやすみの挨拶をして双子とホムラ達はそれぞれ自室に戻った。スミナは少し大人しくなったホムラに後で謝らなければと思った。

 就寝時間になり、灯りを消してベッドに入るとアリナが喋りかけてきた。


「お姉ちゃんごめん。あたしがスイーツ食べに行くとか言わなければよかったんだ」


「ううん、アリナは悪く無いよ。ホムラやエルの事を考えて行動してくれてたし。

わたしが油断してたんだよ。本当はホムラを注意してなければいけなかったのに、あの時犯人の方を見ちゃったから」


「無理だよ、あたしだって直前まで危険を察知出来なかったんだから。エルちゃんには感謝しないとだね」


「うん。そうだね」


 ホムラの事に関してはエルが居なければ自分は何も出来なかっただろうとスミナは実感していた。


「ねえ、お姉ちゃんが困ってたらちゃんと言ってね」


「急にどうしたの?」


神機しんきの事もホムラの事も全部お姉ちゃん任せになってるし、国からの頼み事も色々来るでしょ。お姉ちゃん断らないからそのうち身動き取れなくなるんじゃないかって」


 アリナの言う通りではあった。物の記憶を読む能力の関係もあって、スミナは色々な物を次々と抱え込んでいる自覚はあった。だが、それが出来ているのは他のみんながいるからだとも思っていた。


「大丈夫、アリナがいたからここまで出来たんだよ。アリナには隠し事してないよ」


「分かってる。でもちゃんと言っておきたったんだ。おやすみなさい」


「うん、おやすみなさい」


 スミナは自分の事もだが、アリナにも何かしてあげなきゃと思いながら眠りにつくのだった。


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