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32.魔導帝国の記憶

 魔導馬車をかなりの速度で走らせたので、双子達は葬儀の日の夜には王都の寮まで帰って来れた。双子が離れて丸2日ぐらい経ったが、学校や寮の状況に変化は無く、休校のままだった。ただ、アスイからは戻ったら連絡して欲しいと言伝を寮長から聞かされた。


『アスイさん、今寮に戻ってききました。お身体は大丈夫ですか?』


 寮の部屋に入り、スミナはアスイに魔法の携帯電話で連絡した。


『私の方は問題ありません。多分手加減されて飛ばされたので。

スミナさんこそこんなに早く戻って来るとは思わなかったわ。あんなことがあったのですから、もっと実家で休んでいても良かったと思います』


『いえ、王都が大変なのに自分達だけ休んでいられませんよ』


 スミナは正直に言う。それとスミナは今回の襲撃でどれだけ被害があり、敵がどんな事をしていたのか知りたいと思っていた。


『では、早速ですが、明日お城に来て貰えますか。学校は休みでしょうし、問題無いですよね?』


『はい。アリナもエルも連れて行きます』


 アスイから時間と場所を聞き、双子は明日アスイと会う約束をしたのだった。


 翌日双子は大人姿のエルを連れて王城に来ていた。魔導馬車を持って来てくれたメイルとは城門で別れ、案内役の騎士に城の地下へと連れていかれる。双子達は以前来た地下とも違う通路に案内され、扉の前で待たされた。しばらくすると知っている女性が扉の中から現れた。


「ご無沙汰してるわね。さあ、こちらへどうぞ」


「ご無沙汰してます、ミーザさん」


「久しぶり」


 双子の前に現れたのはアスイを支えている特殊技能官であるミーザだった。前に会ったのはアスイと初めて会った日なので半年以上経っている。


「色々大変だったでしょう。アスイから色々聞いてるわ。まあ、城の中も大変な状況なんですけどね」


 ミーザが話しながら案内する。野外訓練の出来事を考えれば城の中も大変な状況なのは何となく察せられた。


「アスイさんは大丈夫だったんですか?」


「心配してくれてありがとう。あの子は貴方達が思っている以上に丈夫で回復も早いから大丈夫よ。心配なのは身体よりも心の方ね。あの日以来ほぼ休まずに動いてるから。あの子だけに責任があるわけじゃないのだけどね」


「そうですよね」


 野外訓練の実施を決めたのは国で、その警備は各騎士団と魔術師団が担当していた。アスイも勿論戦力として考えられてはいたが、アスイがそこまで責任を感じるべきではないとスミナも考える。そんな事を話しているうちにミーザが一つの扉の前で立ち止まった。今歩いている廊下は城の中でもシンプルな作りで、清潔感は感じられた。雰囲気的には魔導研究所に近い、研究施設感があった。


「どうぞ、中に入って下さい」


「こちらから行けず、呼び出してしまって申し訳ないです。ミーザも案内ありがとうね」


 ミーザに言われて部屋に入るとそこには少し疲れた顔をしたアスイが座っていた。中は机と椅子とソファーとテーブルが雑多に並び、壁にはケースや本棚が並んでいる。アスイの城での仕事部屋のようなものなのだろう。


「ソファーに座ってて。お茶を持ってくるから」


「アスイ、それはもう頼んでるので大丈夫よ。じゃあ私はこれで。またお会いましょうね」


「「はい」」


 ミーザはそう言って部屋を出て行った。双子とエルがソファーに並んで座ると、アスイもその正面に座る。動きにキレが無く、本当に休まず働いていたのが感じられた。


「大丈夫ですか?少し休んだ方が良さそうに見えますが」


「ごめんなさい、化粧もしてないから疲れて見えるわね。一区切りついたら休もうと思ってたんだけど、次から次に報告が来て、一度休むとやり直しになっちゃうから休むに休めなくてね」


「でもアスイ先輩、それで倒れでもしたら問題じゃない?」


「ああ、それは大丈夫。この世界には色々便利な薬や魔法があるのよ。お金はあるから惜しまず使えるし、仮眠は取ってるから心配しないで大丈夫よ」


「アスイさん、以前そんな事言って気絶しましたよね」


 そう言って紅茶を持って部屋に入って来たのはヘガレだった。野外訓練で別れた後は混乱していて顔は見たものの、きちんとスミナは話が出来ていなかった。


「あの時は飲む薬を間違えただけだから。それに半日で起きたでしょ」


「それでも大騒ぎ起こしたんだから少しは自重して下さい。

それはそれとして、スミナさん、アリナさん、少し話をさせて貰ってもいいですか?」


「「はい」」


 ヘガレに言われて双子は素直に返事をする。ヘガレは野外訓練のスミナ達パーティーの引率担当だったので、色々後悔している事が察せられた。


「まず、ドシン君の葬儀に立ち会えず申し訳ありませんでした。言い訳にしかなりませんが、野外訓練の事後対応に当たっていてボクが離れるわけにはいか無かったんです。手紙は送りましたが、いずれお墓参りとご両親とお話に伺うつもりです」


「いえ、葬儀があの日程になったのはわたし達の魔導馬車を使って遺体の輸送が順調だったからなので。日程を考えても王都の人の参加は難しかったと思います。お気持ちだけでもドシンは喜んでいると思います」


 スミナはヘガレに答える。ドシンの両親も今謝罪に来られても、気持ちの整理が出来ておらず困ったかもしれないとスミナは思った。


「ありがとうございます。ただ、アスイさんからスミナさんのパーティーを任された身としては、対応として誤りがあった事を後悔しています。自分が止めていれば少なくともドシン君の死は避けれらたのではと」


「それを言うならヘガレを任命した私に責任がありますし、スミナさんに探索を許可したのも私です。スミナさん達をフォローする方法ももっとあったかもしれないしそれを言い出したらキリがないです。

ですから、個人としての後悔はあるかもしれませんが、ドシンさんの件は誰の責任でもない事にしないといけません」


「あたしもアスイ先輩の言う通りだと思う。そもそも悪いのは魔族だし、誰かが責任を感じるのはおかしい」


 責任を感じていた自分の事も含めてアリナが言ってくれているのだとスミナは思った。ドシンが死んだ要因は色々あるが、殺した魔族が悪いというのが一番いい締め方なのだろう。


「アスイさん、アリナさん、それにスミナさんもありがとうございます。自分の不甲斐なさ感じつつ、死んでいった人達の為にもボクが出来る事をしようと思います。話に割り込んでしまいすみませんでした」


「いえ、わたしもヘガレさんとは話したいと思っていたので、話が聞けて良かったです。身体を壊さず仕事を頑張って下さい」


「はい。では失礼します」


 ヘガレはそう言うと部屋を出て行った。エル以外の残った人は紅茶を口にし、一息ついた。


「ヘガレの件も問題の一つではありますが、今回の野外訓練に関してはもっと大きな問題がいくつもあります。まずは現状の説明をしましょう。

今回の野外訓練に対する魔族の襲撃での被害は生徒の死者が17名、王国の騎士、魔術師、兵士の死者が合計で48名でした。教員に関しては運良く、怪我人はいても死者はいませんでした。ただ学校の今後に関してはこれだけ死者が出てしまうと、今まで通りは難しいかもしれません。

大臣などの上部の方々は今回の対応に関してかなり問題視しています。この間の緊急招集を経てのこの結果ですので、当然でしょう。ただ、野外訓練の実施の決定は国王陛下自らが承認しているので、誰かが責任を取る事は無いと思われます。

お2人には関係無い話ですが、反国王派の貴族が今回の件に乗じて勢力を増していて、その対応も王国内で必要になってしまいました」


 アスイが現状の説明をしてくれる。スミナの予想通り王城内は大変そうだった。


「それでも私は被害がここまで抑えられて良かったと思っています。レオラが持っていた手札を考えれば今以上の死者、町や城への攻撃や一般市民への被害が出てもおかしくなかったからです。それが出来たのはスミナさんがレオラを早期発見し、私が駆け付けるまでアリナさん達がレオラを抑えていてくれたからです」


 確かにアスイの言う通りかもしれないが、スミナは素直に喜ぶ事が出来なかった。レオラをあの早さで見つけられたのはあくまで仲間の協力があったからだ。


「うーん、あんまり嬉しくない言葉だなぁ。だってあたしがもっと強ければ、レオラをアスイ先輩が来る前に倒せたって事になるし」


「そうかもしれないけど、レオラはずっと手を抜いて戦ってたのは分かりますよね。竜神が現れた時の姿になっていたら私でもてこずってたと思うわ。こちらに対する準備に抜け目は無かったようだし、倒すのは簡単では無かったでしょう」


「そうだ、あの竜神とかいうのは何なの?どっから現れたの?」


 アリナが思い出したように聞く。確かにこの間の一件で一番の問題は竜神の存在だろう。


「竜神に関しては話がややこしくなるので、後にしましょう。

まずは今回のような大規模な被害が出てしまった原因についてです。野外訓練の準備は万全でしたし、直前の偵察も行っていました。敵のスパイ対策として場所や配置については事前に知っているのはごく限られた人だけで、その人達が漏らした可能性は低いと考えています。

だからあれだけの大量の敵を的確に一斉に出現させるのは無理だと考えていました。あんな“モノ”が出て来るまでは」


「魔導要塞ですね。アスイさんはあれがどういった物なのか知ってたんですか?」


「実物は見た事ありませんし、古代の文献に少しだけ記述があっただけですが、存在は知っていました。大量の魔導兵器を輸送出来る移動要塞で、魔導要塞が大量に作られた事で魔導帝国の勝利が確定したと」


 スミナは流石にそういった文献を見た事は無かった。珍しい古い本なのだろう。


「エルちゃんはそういうの知ってるんじゃないの?」


「ワタシが作られた時にはまだそのようなモノは存在しませんでした。ただ魔宝石マジュエルの製造と並行して様々な魔導兵器の開発が行われていた事は知っています。この間現れたグスタフはワタシが乗っていたタイプと異なり、魔宝石が無くても動く、大量量産用に作られた後継機でした。恐らく魔導要塞での運用を想定して作られたものです。ワタシはマスターが亡くなり戦場から離れたので、その後にそういったモノ達が作られたのでしょう」


「エルは魔導帝国の戦争が終わった事を知ってたんじゃないの?」


「ワタシが色んな人に売られている最中に戦争が終わったという話は聞きました。ただ、どのようにして終わったかは聞いていません」


 エルも魔導要塞については知識が無いようだった。


「とりあえず過去の話は置いておきましょう。問題は魔族がどのようにしてあの魔導要塞を手に入れ、それを魔導結界の中に入れたかです。元々王国内に魔導要塞があった、というのは考えにくいと思います」


「今まで遺跡で発見されたりはしていないという事ですよね」


「そうです。あの大きさの物が発掘されれば誰かしらの目に留まりますし、発掘した部品から魔族が製造したとも思えません。巨獣が魔導結界外から転移したのを考えると、同じく転移して入って来たと考えるのが普通でしょう。

それで、本当は魔導要塞の破片があれば、それをスミナさんに見てもらいたかったんです。ですが、魔導要塞の破片も、海に落ちたと思われる本体もまだ見つかっていないので、代わりにこれを見てもらおうと思いました」


 そう言ってアスイがテーブルの上に置いたのは大きな魔導機械の部品だった。


「これはエルさんがグスタフと呼んでいる巨大ゴーレムの破片です。竜神が壊した残骸がかなり残っていて、その中で持ち運び易い物を借りて来ました。グスタフの記憶を辿れば何か分かるかもしれません」


「分かりました、見てみます」


 スミナはその機械を手に取り、祝福ギフトの力で記憶を見た。


 その機械の巨人が完成したのは巨大な工場のような場所だった。並んだ巨大な魔導機械が様々なパーツを組み立て、グスタフへと組み上げていた。完成したグスタフは移動する床に載せられ、工場と思われた場所を移動していく。そこは既に数十体のグスタフが並んでいる格納庫だった。一連の流れは魔導機械だけで行われ、人の姿は無かった。やがて格納庫はグスタフで一杯になり、そこで全てが止まり静かになった。しばらくの間、グスタフはそのまましばらく動く事は無かった。


「凄いな、本当に数日間でこれだけの数が量産出来るとはね」


「しかも全てがこの艦の中で完結してる。材料さえあれば追加で何体も作れるし修理も出来るっていうんだからな」


 格納庫に入ってきた2人の若い魔術師が会話をしている。その内容からここが魔導要塞の中だと分かった。


「でも戦争はもうすぐ終わりそうなんだろ。しかもここと同じような魔導要塞が何十隻もあるって聞く。そんなに作ってどうするんだよ」


「さあな。神とでも戦うつもりなんじゃないか」


「冗談でもそういう事は言うなよ」


 2人の魔術師はそんな会話をして格納庫を去っていった。その数日後、魔導要塞に初めて動きがあった。


『本艦は10分後に浮上致します。乗員は直ちに指定の配置に着き、安全を確保して下さい。

繰り返します。本艦は10分後に浮上致します。乗員は直ちに指定の配置に着き、安全を確保して下さい』


 格納庫内に機械音声っぽい無機質な女性のアナウンスが響いた。それと同時に格納庫内の魔法の灯りの色が白から黄色へと変わっていた。ただ、格納庫内に人間の姿は無く、並んでいるグスタフも微動だにしなかった。

 10分後、格納庫全体がわずかに揺れる。魔導要塞が浮上したのだろう。その揺れも最初だけで、その後は安定した状態になった。それと同時に黄色だった灯りも白色に戻っていた。また静寂に戻るが、それも1時間経つと破られる事になる。


『本艦は間もなく戦闘区域に入ります。グスタフが降下態勢に入りますので格納庫にいる乗員は直ちに退避して下さい。

繰り返します。本艦は間もなく戦闘区域に入ります。グスタフが降下態勢に入りますので格納庫にいる乗員は直ちに退避して下さい』


 再びアナウンスが響き、魔法の灯りの色は赤色の点滅に変わった。そしてグスタフの目の光が次々と光り、駆動音が身体から響き出した。グスタフの全身は血が巡ったように僅かに揺れていた。


『下部ハッチ開きます。グスタフ順次降下します』


 アナウンスがそう告げると、魔力の鎖が天井から降りてきてグスタフ達に繋がれる。格納庫の床が開き、魔導要塞がかなりの高さで飛んでいて地面がその遥か下にあるのが見えた。格納庫の端の方のグスタフから魔力の鎖が外され、地面へと落下していく。記憶を見ているグスタフもそれに続き鎖が外れ、大地へと急降下していった。

 地面が近付くにつれ、周囲の状況が分かってくる。上空には何隻もの魔導要塞が飛んでいて、同様にグスタフを降下させていた。大地には先に降下したグスタフが整列して並んでいる。その対面には大量の巨獣とそれを率いる魔族の姿があった。魔族と巨獣はグスタフが落下し終わる前に攻撃を開始する。しかし、それは既に整列していたグスタフにとって問題では無かった。

 遠くの敵は光線で薙ぎ払い、近付く敵は巨大な手足で蹂躙する。グスタフの力は強大で、しかも仲間との連携も完璧だった。1体が押し込まれれば周囲の機体が援護に回り、素早く飛び回る敵も連携した射撃で捕らえる。デビルで飛び抜けて強い者もいたが、それでも出来たのは数体のグスタフを破壊しただけで、すぐに数に押されて倒されていた。戦力差はあまりに大きく、それは戦いというよりも蹂躙だった。

 記憶を見ているグスタフも大地が近付くと魔力で逆噴射して自然と大地に着地する。そして周りのグスタフと連携して魔族への攻撃を開始した。グスタフ単体には知的な動きは無いが、あくまで連携して戦う事に特化した動きになっていた。

 グスタフが全機降下し、進軍を始めたところで状況が一変した。整列した端の方のグスタフが熱線を喰らって次々と破壊されたからだ。


魔神ましんが来たぞ。巻き込まれる前に逃げろ!!」


 デビルの1人が叫び、魔族と巨獣は背後から攻撃を気にもせず全力で退却していった。代わりに戦場の中心には1人の炎のように赤い魔神が立っていた。その魔神は4メートルぐらいの巨体を炎で包んでいる。魔神はグスタフの拳を弾き、光線も身体を包む炎で打ち消していた。


「こんな木偶の坊を作って戦わせて、自分達は安全な場所で見てるだけか。人間も地に落ちたものだな」


 魔神は吐き捨てるように言う。グスタフ達は魔族を追うのを止め、魔神を取り囲む隊列に移っていた。


「魔力で動く人形など敵では無いわ!!」


 魔神は熱線を両手から出して周囲のグスタフを次々と破壊していく。記憶を見ていたグスタフの周囲の機体もどんどん破壊されていた。戦況は一気に変わったかと思われた。しかし、1機のグスタフが魔神の熱線を特殊な魔力のシールドを作り出して防いだ。それに続き他のグスタフも同様のシールドを作り出す。


「なるほど、対応したか。だが、所詮それだけだ」


 魔神は熱線を止めて直接跳躍して殴りかかる。殴られたグスタフは腹に穴が開いて崩れ落ちた。魔神は次々と蹴り、殴り、グスタフを簡単にスクラップに変えていった。魔神が次のグスタフに殴りかかろうとした時、更に変化が起きた。周囲のグスタフが白く光る魔力の糸のようなものを手から出していたのだ。糸は蛇のように宙を這い、魔神の周囲に集まってきた。魔神はそれを魔力で消し去ろうとする。最初の2,3本は消す事が出来たが、何十体ものグスタフの糸を全て消し去る事は不可能だった。


「小癪な!!」


 糸は魔神の身体に絡みつき、一度くっついた糸はまとわりついて剥がし辛い。剥がすのを諦め魔神は飛んで逃げようとしたが、その前に糸で完全に包み込まれていた。やがて魔神は球体の白い物体となっていた。球体となったそれは地面に落ち、動く事も喋る事も無くなった。グスタフは魔神が動かなくなるのを確認すると一斉に動きを止めて停止していた。魔族も戻って来ず、しばし戦場は静寂に包まれた。


「魔導要塞の試運転に来てみたが、魔神が出て来るとは。思わぬ収穫じゃな」


 上空から椅子のような飛行物体が降りてきた。椅子には白衣を着た高齢の魔術師が座っていた。見た目と言動から魔導兵器の研究者だと思われる。


「博士、戦場に出るのは危険ですって。その魔神だっていつ動き出すか分かりませんよ」


 続いて翼のような魔導具を背負った若い魔術師が降りてきて言う。博士と呼ばれた人物の部下だろう。


「なに改良型グスタフの学習型兵器は完璧じゃよ。魔神は身動き一つ出来ず、解除しなければ一生このままだ。グスタフに命じれば即時に破壊も出来る」


「ですが、魔神は危険です。すぐに封印するか、破壊するかして下さい」


「封印?バカを言ってはいかんよ。こんな珍しいサンプルはそうそう手に入らん。魔神を調べればもっと高性能な魔導兵器も作れるかもしれんのだぞ」


 博士は球体になった魔神の近くまで来て言う。


「もう魔導兵器は十分なのではないですか?これだけの数の魔導要塞とグスタフがあれば敵う者などいませんよ。魔族も降伏間近だと聞いています」


「十分?皇帝陛下は永劫に続く平和な世界を望んでいる。その為にはまだまだ不十分だ。争いを無くすには圧倒的な力が必要だからな」


「魔神を倒せるのならもう十分では?魔導帝国は神とでも戦うつもりなんですか?」


 部下の言う事はもっともに聞こえる。


「神に弓を引こうとは考えておらんよ。むしろ逆で皇帝陛下は神の手を煩わせないような世界にしたいと考えておられる。その為には様々な要因を考慮せねばならん。魔族に亜人や獣人、辺境の人間達。魔神に竜神に異界災害、神機といった恐るべき力。そして最も危険な存在、転生者も」


「待って下さい。転生者クリキ様があってこその今の魔導帝国です。その人ですら敵と見なすのですか?」


「そうでは無い。だが、どのような事が起こっても対処出来なければ平穏な世界は作れないのだ。もし転生者が敵に回ったと考えたら恐ろしいとは思わんか?その為の備えが無ければ100年の平和すら夢物語だと」


 博士は言う。部下はもう何も言わなかった。博士は球体を椅子型の魔導具で掴み、部下と共に魔導要塞へ戻っていった。グスタフ達も魔法で上昇し、それぞれの魔導要塞へと戻っていくのだった。

 その後、記憶を見ているグスタフは戦場に出る事は無かった。破壊された分のグスタフは艦内で製造されたのか、補充されていき、格納庫は元の状態になっていた。魔導要塞自体はどこかで待機しているようで、艦内は静かなままだった。


 変化があったのはそれから何百年も経ってからだった。突然警報が艦内に鳴り響き、灯りが激しく点滅し始めた。


『緊急事態発生!緊急事態発生!本艦は自動操縦状態の為、自己防衛対応を実施します。乗員は各自の判断で行動して下さい』


 アナウンスが艦内に響いた。その直後、グスタフが収まっている格納庫が揺れ、周囲に様々な機械音が響く。ただ、格納庫内の動きは何も無かった。動きが収まると、音も止まり、灯りの点滅は収まった。その数分後、“ゴゴゴゴッ”という凄まじい振動音が遠くから聞え、格納庫も揺れた。それは3分ほど続き、急に収まった。再び静寂の時が訪れた。

 その二日後、再びアナウンスが響く。


『周囲との連絡が途絶しました。本艦は休眠モードに入ります。乗員の皆様は直ちに脱出して下さい』


 そして、その1時間後、格納庫の灯りが消え、完全な暗闇となった。グスタフは闇の中、長い眠りについた。


 何百年も時が過ぎた後、格納庫にようやく訪れる者があった。それは蒼い肌の魔族レオラと数体のデビルだった。


「凄いじゃない、無傷でこんな物が残ってるなんて。人間の転生者が先に見つけたと聞いたけど、奪われなくて運が良かったわね」


「確かに凄いが、ただのゴーレムじゃないのか?」


「凄いのはコイツらじゃないわ。この遺跡自体が古代魔導帝国の魔導要塞なのよ。ほぼ無傷の状態で地中に埋まってるわ」


 レオラは歓喜の表情をする。


「だけどよ、一部の古代の魔導機械は魔導帝国の権限を持った人間しか動かせないって聞いたぜ。現にこの遺跡もゴーレムも俺達は誰も動かせなかったぞ」


「だからアタシが来たんでしょ。この力があれば壁の中のニンゲン共を一掃出来るわ」


 レオラはそう言って格納庫を出て行った。それから数年経ち、再び魔導要塞は動き出した。魔導要塞の再起動から数ヶ月後、このグスタフは空から数百年ぶりに地上へ降下し破壊されたのだった。


 スミナは記憶を読み終わり、一息つく。今回は何も無い期間が長かったのとスミナ自身の魔力も増えてきたのか、倒れる程の疲労は感じなかった。落ち着いたスミナは記憶で見た内容をみんなに話した。


「レオラが言っていたので恐らく魔導要塞は昔アスイさんがグスタフを見つけてデビルに襲われたあの遺跡でしょう。レオラが見つけて起動させたのは魔導結界が張られた後なので、ここ数年内なのは確かです」


「あの遺跡が魔導要塞だったのね。あれを奪われなければ戦況は変っていたかもしれない……」


 アスイが珍しく悔しそうな顔をする。


「過去を振り返ってもどうしようも無いでしょ。それより結局魔導要塞がどうやって入ってきたかが分からないのが問題なんじゃない?」


「アリナ、それなんだけど何となく予想はついたの。魔導結界も魔導要塞も古代魔導帝国が同じ技術の系統で作り上げている。なら魔導結界を張った場所に撤退する事も考えていた筈。つまり、魔導要塞には魔導結界を通り抜ける機能があると思います」


「ですが、それならば城の直上から侵入して直接グスタフで城を攻撃出来た筈では?」


 アスイの言う通りだ。だからこそそれが出来ずに今回の襲撃になった理由がある。スミナは今まで得た情報を整理して組み立ててみる。


「アスイさんもアリナも、魔導要塞を感知出来たのはグスタフが落ちて来る直前ですよね?」


「はい、私の行動予測の祝福ギフトでも他の魔術師の探知魔法や魔導具でも感知出来ませんした」


「あたしもその前から上空に少し危険な気配はしたけど、それは飛行型の敵と同程度だったから分からなかった」


「魔導要塞には姿を隠すと共にそういった魔法の探知を妨げる機能があったと考えるのが妥当です。そしてそれは転生者の祝福すらも阻害出来る力がある。

ここからは予想ですがその姿を隠す機能にはそれなりの魔力が必要なのだと思います。移動や攻撃はその間は出来ない等の制限があるのではと。だから、魔導結界を通り抜ける際は姿を隠せないのではと考えられます」


 スミナは何となく繋がって来た予測を説明する。


「なるほど、だからその前にモンスターの異常行動の騒ぎを起こしたと。その際に潜り込んだ魔族が魔導要塞が結界内に入っても気付かれない工作をしたという事ですか」


「そうです。それと、レオラが恐れていたのがアスイさんとわたし達、そしてエルでしょう。魔導要塞もグスタフも見つかって対処されればそれで失敗になりますから。だからあの場に集め、動きを封じる準備をしていたんだと思います」


「相手はずっと上空からあたし達を見て作戦を練ってたんだ。なんか手の平の上で踊らされてたみたいで悔しいったらありゃしないね」


 アリナの言う通り、全てはレオラの計画通りに進んでいたのだ。あの時までは。


「それが良くも悪くも失敗に終わったのは竜神ホムラが現れてくれたからね。あの姿は過去に現れた時の絵と似ていました。竜神なのは間違いないわ。問題は相手がこちらの話を全く聞く気が無さそうな事」


「ホムラは転生者の事も神機しんきの事も知っていました。何なのでしょうか、あの存在は」


「竜神は人の辿り着けない場所にひっそりと暮らしていて、気まぐれで降りて来ると言われています。感覚や考え方も人とは別の存在と思った方がいいでしょう。知識も知能も人間より上かもしれません」


「そうなのかなあ。ただの戦闘バカにしか見えなかったけど」


 ホムラが戦いの為に降りて来たのはアリナの言う通りだろう。ただ、そこには人知の及ばない何かの理由があるのかもしれない。


「アスイさん、竜神対策に関してはエルの知識と共に一応作戦を考えました。後で説明しますので、今は別の話をしましょう。

わたしが気になったのは魔導帝国が転生者すらも脅威と感じて対策を考えていた事です」


「お姉ちゃん、実際にレオラが転生者って考えたら、あながち間違いじゃ無くない?」


「そうですね、古代魔導帝国は実際に強大な力で長い期間平和な世界を作ったと聞いています。その時代に私達が転生していたら、危険と見なされていたでしょう」


 アスイはそう言うが、力を持っているだけなら危険では無いのではとスミナは思う。勿論レオラのように戦いを挑んで来たなら危険と思うだろうが、あの魔導帝国の絶対的な力を前にしたら戦う気など起きないのではとスミナは考える。


「そういえば実際に何が起きているかは分かりませんが、見た記憶の中に魔導帝国が崩壊したと思われる瞬間がありました。あれは何が起きていたんでしょうか?」


「分かりません。様々な文献を見ましたが、残っている情報としては一晩で消えて無くなったという事だけです。地下にしか建造物が残っていない事を考えると大爆発のようなものが起こったと考えるのが普通ね。あの魔導要塞は地下に潜る事でそれを防いだようですし」


「そんな凄い力を持っていても滅びる時は簡単なんだね」


 アリナがあっけらかんと言う。スミナは色々昔の事も知っていそうなホムラなら何が起こったのか知っているのではと思っていた。

 その後国の今やっている対応などをアスイに聞き、双子達も竜神対策などの話を説明したのだった。


「とりあえず、聞きたい事は聞けました。今日は本当にありがとうね。問題は消えた魔導要塞の残り部分と魔族の生き残りです。何かあったらまた声をかけるかもしれません。逆に気になる事があったら気軽に連絡して下さいね」


「分かりました。こちらこそ忙しいのに色々説明して貰ってありがとうございました」


「アスイ先輩も少しは休みなよ」


「はい、気を付けますよ」


 双子とエルはアスイと別れ、城から寮へと戻るのだった。


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