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30.野外訓練の夜(後編)

 スミナは敵の指揮官と思われるレオラを探しに行くにあたって、仲間に要点を伝える。


「まず、今回の目的は敵指揮官の探索であって、敵の殲滅や味方の救助では無いです。なので敵との戦いは騎士団に任せ、不必要な戦闘はせず、敵との接触は避けます。もし襲われてる味方を見かけても助けに行かない事を了承して下さい」


「「はい」」


 近くで襲われてる味方を見捨てる非情さを求めるのは酷だが、結果として多く人を救えるとスミナは考えたかった。


「今回向かう場所はあくまで予想で、空振りになるかもしれない。あと、敵はこちらの動きを何らかの方法で観察し、見つかる前に逃げる可能性もあります。なので、出来るだけ敵に見つからず、隠密に敵を発見したいです。ルジイ、適した補助魔法はある?」


「こちらが見つからず、闇夜を移動して、隠れてる敵を見つける、という事ですよね。少し時間はかかりますが出来ると思います」


「では、それをエル以外の全員にお願い。エル、敵に見つからないようにしばらく行動して」


「分かりました、マスター。ステルスモードで行動します」


 エルはそう言うと輝きが抑えられ、姿が闇夜に溶けていく。スミナには見えるが、他の人は注意深く見ないと分からないだろう。


「スミナさん、見つかり辛くなる補助魔法の組み合わせは出来たんですが、そうすると音を消すので声での会話が出来なくなります。意思疎通にはメッセージの魔法を使う事になりますが、大丈夫ですか?」


「わたしは大丈夫だけど、2人は使える?」


 メッセージの魔法はスマホのショートメッセージのように短い文を相手に送る魔法だ。エルとの脳内の会話の魔法は失われた魔法なので、こういう時の意思疎通にはメッセージの魔法が使われている。


「ミアンは大丈夫です」


「俺は、ちょっと苦手だな。5文字ぐらいならすぐ送れるけど」


「何かに気付いた時に咄嗟に送れるならそれで十分。ルジイ、みんなに魔法をお願い」


「はい」


 ルジイが順番に魔法をかけていく。ルジイがかけた補助魔法は消音、周囲の景色に姿を溶け込ませる魔法、仲間の位置を把握する魔法、そして暗闇でも周りがよく見えるようになる魔法だった。敵に見つかり辛くなる反面、敵から攻撃されたり仲間が怪我しても気付き辛くはなるだろう。ただ戦闘を回避するならそれも大きな問題では無い筈だ。


《わたしとエルが先導するからその後について来るように。何かに気付いたらメッセージを》


 早速スミナがメッセージの魔法で文章を送る。


《はい》


 人数分の返事が返って来たのでスミナは行動を開始した。山道をなるべく物陰になる場所を選んで進んで行く。飛行したり跳躍したりすると目立つので、地上を早足で進むしかない。


『マスター、この先敵が移動しています』


《みんな敵がいるから止まって》


 10分ぐらい進んだ山の中でエルが敵に気付いたのでスミナは移動を止める。夜目が利くようになったスミナはエルの言う通りデビルと魔獣が山の上から降りてくるのが見えた。これで山の上にモンスターがいるのは確かだと分かる。ただ、そうなると登山の途中ですれ違う際に見つかる可能性が高い。スミナは周囲を観察しつつ、この先どうするか考える。


(山肌に沿って飛べば……。いや、それだと飛行魔法の技術がいるし、失敗すると見つかる)


《壁に張り付く魔法で崖側を登れば死角になりますがどうでしょう?》


 スミナの悩みを理解しているようにルジイからメッセージが届く。確かにそれなら目立たず頂上まで行けるだろう。


《全員分魔法をかけらる?》


《はい出来ます》


《じゃあお願い。みんな崖を登って行く》


 すぐにルジイが補助魔法をかけてくれる。試しに岩肌に張り付いてみると、力を込めなくても簡単に音も無く登る事が出来た。


『エル、同じように登れる?』


『大丈夫です』


 エルも手足の形を平たく変形させると壁に音も無く張り付いていた。スミナを先頭にほぼ直角の崖になっている岩肌を登っていく。途中で真下をモンスターが移動したが、こちらには気付かなかった。

 ほぼ頂上まで来て、スミナは見つからないように上の方を覗き込む。すると、そこには魔族やモンスターの大群と、一際巨大なワイバーンの頭に座っているレオラの姿が見えた。


《見つけた。敵に見えない位置まで移動するから付いて来て》


 崖を再び下るのも魔法の効果時間から危険だと思い、頂上の敵に見えない位置の大きな岩の裏までスミナはみんなを移動させる。


『エル、周囲の警戒をお願い』


『分かりました、マスター』


《連絡を取るのでみんな待機で》


 警戒をエルに任せ、他のみんなは待機させてスミナは魔法の携帯電話でアスイに連絡する。


『アスイさん、レオラを見つけました。タクヲ山の山頂です。他に魔族や魔獣も大量にいます』


『分かりました。助かります。すぐに向かうので、スミナさんは安全にそこから離れて下さい』


『了解です』


 スミナは最低限の連絡で終わらせる。アリナの位置を確認してみると、こちらに向かって近付いてるのが感覚で分かった。合流出来れば心強いので、山を降りたらそちらに向かおうと考える。


『マスター!!敵に見つかりました!!』


 しかしエルの声が頭に響いてそれどころでは無いと理解する。


「みんな、見つかった、逃げる準備を」


 スミナはまず声に出して叫び、みんなに知らせる。やはりみんなを連れて来るんじゃなかったと少し後悔したが、助けが無ければここまでスムーズにいかなかったと思い直す。スミナは神機しんきを使うかどうか一瞬悩んだ。ただ、逃がすだけなら自分とエルが戦えば何とかなると思いその判断を留めた。スミナの脳裏に神機を使ってボロボロになった人と勇者テクスの言葉が浮かんだのもあった。

 エルの言う通り、スミナ達に気付いたと思われるデビルが真っ直ぐこちらに向かって来ている。スミナは退路となる崖の方を確認し、みんなに指示を出そうとした。


「やっぱり最初に来たのは双子のお姉ちゃんの方だったわね。お久しぶりなのにもう帰っちゃうの?」


 いつの間にか崖の方には巨大なワイバーンが飛んでいて、その上に優雅に足を組んで座る蒼い肌の妖艶なデビル、レオラが笑っていた。


「エル!!」


 スミナは即座に最大火力を出せるエルに攻撃させようとする。しかし、エルの返事は無かった。背後を見るとエルの足元に複雑な魔法陣が展開され、エルは動かなくなっている。魔法の会話もしてこない。周囲を確認するとスミナ達の左右にいつの間にか禍々しい杖を持った巨大な人骨の魔族が立っていた。エルが動かなくなったのはその魔族のせいだろう。


「残念でした~。アスイの次に厄介なのがその魔宝石マジュエルだったのよね~。だから、最初に拘束したかったのよ。ああ、左右の魔導士を倒しても遅いわよ。その結界は術者を倒しても解除されないし、魔宝石自体が解除するのも何時間もかかるから」


 スミナが問う前にレオラが説明する。スミナはエルが動けなくなった事でかなり動揺し、どうすればいいか分からなくなる。


《時間を稼いで貰えれば僕が結界を解除します》


 するとルジイからメッセージが届いて、少しだけ希望が見えてくる。


《ルジイさんとエルさんとミアン自身は防御魔法で何とかします》


《俺も全力で守る》


 続いてミアンとドシンからもメッセージが届く。スミナはようやく自分がやる事が分かった。


「もうすぐアリナとアスイさんがここに来ます。追い詰められたのはあなたの方ですよ」


「確かに時間をかけたら来るだろうね。でもアタシは油断したり慢心したりしないの。時間稼ぎにも乗らないわよ。一人ずつ確実に殺す。だから、まずはアナタが死んで」


 レオラが動いた。スミナも同時に動く。レオラさえ引き付けておけば、みんながエルの結界を解き、反撃の機会が訪れる筈だ。スミナはそう思っていた。


「アナタは正直過ぎるのよ」


 レオラが笑う。スミナが違和感を感じた時には既に遅かった。レオラから仲間を守るように円を描くように動いた先には敵が潜んでいたのだ。地面が割れ、中からアリジゴクのような魔獣が飛び出し、顎でスミナの体を挟む。スミナがその魔獣を倒すのはたやすい。だが、レオラにとってそれだけの隙があれば十分だった。


「終わりよ」


 レオラの手が変形し、鋭い刃になって伸びる。レーヴァテインは既に魔獣を斬る為に振り下ろしていた。この体勢では避ける事も防ぐ事も出来ない。スミナは死を覚悟した。


「スミナは殺させない!!」


 スミナとレオラの間に人が飛び込んできた。ドシンだ。ドシンは盾を構え、レオラの刃を防ぐ。しかし、ドシンの盾は先ほどのデビルとの戦いで大きな傷が付いていた。衝撃に耐えられずドシンの盾は割れ、刃の勢いは止まらずにドシンの鎧を貫通した。


「ドシンっ!!」


 スミナは魔獣から解放され、急いでドシンの元へ向かう。


「死期を早めるなんてホントバカよね。守ったところですぐにその子も殺されちゃうのに」


「許さない!!」


 スミナの怒りは爆発した。冷静さは失われ、本能で動く。レーヴァテインの刃はいつもの何倍も長くなっていた。レオラに向かって斬り付けた刃は背後にいたワイバーンを一刀両断していた。しかしレオラはそれを冷静に避けている。


「怖い怖い。腐っても転生者ね。マトモに相手なんてしてられないわ」


 レオラは距離を取り、代わりに大量のデビルをスミナへと向かわせる。スミナは心を落ち着かせつつ、近寄る敵を斬り付けた。


「ミアン、ルジイ、エルの事は一旦置いておいて、ドシンの治療をお願い」


「「はい」」


 スミナはドシンが助かる事を祈る。


「お前を守れて良かった……」


「ドシン、喋らないで。今ミアンが来るから」


 倒れながら辛そうに声を出すドシンにスミナは声をかける。


「俺はいいから逃げろ……」


「そんなわけ無いでしょ!!」


 スミナは叫びながら敵を倒す。少しだけ冷静になり、スミナは魔力の消費量がやばい事に気付く。だが、ここでドシンを守れなければ意味が無い。


(誰か助けて……)


 スミナは戦いつつ助けを求めた。しかし、魔族と魔獣は数でスミナ達を追い詰めていく。スミナの魔力が切れたらレオラが殺しに来るだろう。ミアンがドシンの元に来て、ルジイはシールドの魔法でミアン達を守ろうとする。しかし、敵の攻撃は激しく、ミアンも自分を守る為の対応をせざる得なかった。

 その時突然、敵の攻撃が弱まった。見ると、誰かが敵を倒しつつ山頂までやって来たのだ。そこにはデビルや魔獣を次々と倒す、輝く金色の鎧を着た騎士達いた。


「スミナ、助けに来たぞ!!」


「お兄様!?」


 山頂に辿り着いたのはスミナの兄ライトと彼が所属する金騎士団の人々だった。流石に大量の敵には及ばないが、それでも戦況は一転する。ライトはスミナの元へとやって来る。


「ヘガレさんにスミナ達がタクヲ山に向かったと聞いて、急いで駆け付けたんだ」


「お兄様、ドシンがっ!!」


「ドシン君がやられたのか」


 ライトもドシンが倒れているのを確認する。金騎士団が来たのでミアンもようやくドシンの回復を始める事が出来た。スミナとライトはドシンを気にしつつ敵と戦っていく。


「スミナさん、駄目です。ミアンの回復魔法ではこれ以上治せません。もっと回復魔法が出来る人を呼んで来なければ」


「ミアン、もう少しだけ頑張って」


 スミナは何とかしたいが、その為には敵を減らさなければならない。そして、そんなスミナの希望もすぐに打ち砕かれる。いつの間にか戦っていた金騎士団の団員達が次々と倒されていたのだ。団員の前にはレオラが立っていた。


「こんなザコ騎士団がいくら来ようが意味ないのよ。アナタにもそろそろ死んで貰わないとね」


 レオラがスミナの方に歩いてくる。が、レオラの前にはライトが立ちはだかった。


「お兄様、レオラは強いです」


「分かってる。だが、時間稼ぎぐらいは僕にでも出来る」


 ライトは盾を捨て、両手で剣を構えた。スミナはライトが心配だが、全滅しない為の動きをしなければと冷静になる。エルの周りにいた魔導士は既に倒されている。エルが解放されれば神機も使えるだろう。


「ルジイ、ここはわたしが守るからエルの結界をお願い」


「はい」


 ルジイは言われて、即座に動き出す。スミナはライトとレオラの戦いを横目で見つつ、ミアンとドシンを守るように戦った。

 ライトは重い鎧を着ていてもレオラの攻撃を華麗に避け、隙を見て剣で攻撃を加えた。レオラはその攻撃を硬質化させた腕で簡単に防いでいる。段々とレオラの攻撃が激しくなり、ライトは攻撃の機会が減り、少しずつ避けきれなくなっていた。スミナはライトを助けたいが、ミアンを守る為に他の魔族の相手をする必要がある。


「これでどうだ!!」


 ライトが全身を輝かせて、レオラに斬りかかる。レオラは攻撃される前にライトを刃で貫いた。が、レオラは手応えが無く、刃は輝くライトをそのまま突き抜けていく。レオラは背後から斬り付けられ、片方の翼が綺麗に斬り落とされていた。ライトの本体はレオラの背後に回っていたのだ。


「分身ね。面白い手品を見せてもらったわ。だけど、踏み込みが甘かったわね」


 レオラの翼は再生されると共に背後に伸びてライトを吹き飛ばす。ライトはバランスを崩し倒れてしまった。


「あまり時間をかけていられないのよ、色男さん。好みの顔だけど死んでもらうわ」


 レオラは飛び上がり、倒れたライトへと向かっていく。


「遅れてゴメン!!」


「アリナ!!」


 飛んでいるレオラへと無数の魔力の針が襲い掛かる。レオラもそれに気付いて防御しつつ回避をした。崖の向こうには高速で飛行するアリナの姿があった。


「お姉ちゃん、お兄ちゃんお待たせ!!」


 アリナはそう言いつつ周囲の魔族と魔獣へと一斉に攻撃する。瞬く間にスミナの近くの敵はいなくなった。ライトも立ち上がり、双子とライトは3人で並んでレオラに向き合う。


「アリナ、ごめん。ドシンがわたしを庇って……」


「ドシンが?

ぶっ殺してやる!!」


 アリナは倒れているドシンを見て、怒りを燃やす。


「3人がかりだろうと、無駄な足掻きよ」


「3人?あたし1人で十分よ!!」


 アリナはそう言ってレオラへと突っ込んでいった。スミナは一緒に戦うか迷うが、今のうちに金騎士団で助けられる人を助けるのが優先と考え、ライトと共にそちらの救助に向かう。


「アナタの弱点は分かってるのよ」


 レオラは小型の飛行する蝙蝠型のモンスターを呼び出し、アリナを囲ませる。そして蝙蝠型のモンスターは同士討ちも構わずにレーザー光線のような攻撃をアリナに向かって撃ち出した。これだけの一斉攻撃はどうやっても避けられるものでは無い。レオラはそう考えていたのだろう。


「そうね、確かに昔のあたしの弱点は分かってたみたいね」


 アリナは一番攻撃の薄い方向へシールドを張りながら突進して同時に周囲を攻撃する。蝙蝠型のモンスターはそれで殆ど消滅し、レオラの前には無傷のアリナが立っていた。アリナは特訓で多方向からの攻撃を切り抜ける術を完璧に身に着けているのだ。そして隙を与えずアリナはレオラへ連続攻撃をする。レオラの周りを縦横無尽に刃が飛び回り、レオラは傷だらけになっていた。続けてアリナの強力な剣の一撃が振り下ろされる。レオラはそれを両手を硬質化させて防ぐのがやっとだった。


「分かっていたけどアタシよりよっぽどバケモノね、アナタは。気に入ってたけどここで死んで貰うわ」


「まだ口が回るの?」


 アリナは更に連続攻撃を仕掛ける。レオラは周囲の魔族達を呼び戻し、アリナを止めさせようとした。しかし立ち塞がるデビル達もアリナの攻撃に次々と倒されていった。


(やっぱりアリナは強いな)


 スミナはそう思いつつ、金騎士団の人達を戦場から離れた場所へ移動させる。傷付いてはいたが、ドシンのように致命傷になっている人はいなかった。回復出来る人が来れば戦力になる筈だ。そう考えていた時だった。


「皆さん、もう大丈夫です!!」


 聞き慣れた女性の声が戦場に響く。そこには銀色の魔導鎧を身に着けたアスイの姿があった。その後ろには他の騎士団や魔術師団の姿もある。


「アスイ先輩、遅かったじゃないですか。終わっちゃうところだったよ」


「すみません、被害を抑えつつ移動してたので」


「いえ、十分早かったですよ」


 恐らくスミナが連絡してから数分程度しか経っておらず、アスイはかなり急いで来たのだと考えられた。


「回復出来る魔法使いの方はこちらにお願いします」


 ミアンが叫んで人を呼ぶ。高度な魔法使いが居ればドシンは助かるかもしれない。スミナはとにかく気持ちを切り替えてレオラの方を見た。


「アハハハッ」


 レオラの高笑いが夜空に響く。


「悔しくて笑いだしちゃった?」


「何か策を練ろうとしても無駄ですよ」


 アリナとアスイがレオラを睨む。


「無駄?残念ながら全て計画通りなのよね。まあ、双子の片方は殺しておきたかったけど、結果には変り無いわ。本当に人間は扱いやすくて嬉しくなっちゃう」


「私は貴方を許しません」


 アスイがまだ喋っている途中のレオラへと剣で斬りかかる。回避しようとするレオラは見えない壁に阻まれ動きが止まり、アスイの刃はレオラの腹に深々と突き刺さっていた。更にレオラの上下から剣が現れレオラを突き刺す。これがアスイの本気の力なのだと分かる。相手の行動予測と取り込んだ魔導具などの技を使用する祝福ギフト。それに加えて今までの戦闘経験がアスイにはある。アスイの方がレオラより圧倒的に強いとスミナは感じていた。


(でも、レオラが何の対策もしてないなんてありえない)


 先程のレオラの言葉もあり、スミナは違和感を感じている。そして攻撃を食らってもなおレオラの笑顔は変らなかった。その時、アスイがはっとして上空を見上げる。同時にアリナも空を見上げていた。


「皆さん逃げて下さい!!」

「みんな今いる場所から出来るだけ離れて!!」


 アスイとアリナがほぼ同時に叫ぶ。2人の能力が何かを予測したと分かり、スミナはその場から急いで移動した。他の人も出来るだけ遠くへと移動する。ただ、ドシンのいた場所の人々は離れるわけにいかず、何かに備えてシールドの魔法を張っていた。

 スミナが見上げると空が裂け、そこから黒い巨大な物体が降って来るのが分かる。硬く、大きい、金属の塊。それは地面に落下すると“ズドンッ”と大きな振動が大地を揺らした。スミナはそれを見た事が2回あった。1回目はエルの記憶を見た時。もう1回はアスイの短剣の記憶を見た時だ。エルが“グスタフ”と呼んでいた巨大なゴーレムが今スミナ達の目の前に降り立っている。しかもグスタフは1体だけでは無く、2体、3体と山頂に降りて来ていた。


「あれはエルがグスタフと呼んでいた巨大ゴーレムです。頑丈で、破壊力も凄まじいです。弱点は燃料の消費が激しい事なので、粘れば倒せると思います」


 スミナは即座に情報をみんなに連携する。アスイなら倒せるかもしれないが、1体がエル以上の強さと考えると、簡単にはいきそうに無い。


「確かに時間をかければ倒せるかもしれないわね。だけど、そんな暇はあるのかしら?」


 グスタフの中心に移動したレオラが愉悦に浸って言う。その理由がすぐにスミナ達にも分かった。グスタフは空が裂けて降って来たと思ったが、その裂け目は閉じず更に巨大に広がっていく。そしてそれが裂け目などでは無く、空と一体化していた幻影が消えて、本来あった物を映し出しているのだと分かる。それは空に浮かぶ都市一つ分ぐらいの巨大な建造物だった。


「まさか、魔導要塞?」


「せいか~い。アレを隠しておくのは大変だったのよ。まあ、アナタ達はモンスターの異変で見事に引っ掛かって見つからなかったけどね。これから魔導砲で王城を結界ごと破壊しちゃうわよ。どれだけ頑張っても間に合わないと思うけど、足掻いてみるのかしら?」


 レオラが勝利を確信してネタ晴らしをする。アスイが魔導要塞と呼んだ飛行物体の先端の一部に巨大な魔力が集まっているのが分かる。王都の結界は魔導結界に比べて薄いので、この距離からの攻撃でも破壊出来るという計算なのだろう。


(どうしよう)


 スミナは頭を全力で回転させる。優先順位は魔導要塞の破壊、もしくは魔導砲の妨害だ。スミナに神機が使えるなら、それが出来るかもしれないが、エルの結界はルジイがまだ解除している途中で、神機は使えない。アスイの攻撃、もしくは双子の必殺技なら魔導要塞を止められる可能性はある。だが、敵の妨害を潜り抜け、上空の魔導要塞まで辿り着けるか難しい。


「私がここをどうにかします。2人は魔導要塞へ」


「はい!!」

「分かった!!」


 双子はアスイの意図を組んで、上空へと魔法で飛び上がる。勿論それを阻止しようとグスタフがビームを放ち、巨大な腕を振り回した。双子はそれを咄嗟に避けようとするが、双子の前にアスイが立っていて、それを強力なシールドで防ぐ。


「じゃあ仕返しの時間ね」


 防いだアスイに対してレオラが黒い槍を投げ、それが分裂してアスイに襲い掛かる。アスイは即座に対応するが、全てを防ぎきれない。


「私はいいから早く!!」


 アスイが叫び、双子は攻撃を回避しつつ魔導要塞に近付いた。アスイは心配だが、それよりやる事がある。


「やるよ!!」

「うん!!」


 双子は巨大な漆黒の要塞に全力の攻撃を叩き込もうとする。例え魔力が尽きたとしても、ここで使わなければ意味が無い。スミナは最大に強化したレーヴァテインの1撃を振り下ろし、同じ場所にアリナは大量の巨大な刃を撃ち込む。漆黒の要塞の壁が切り裂かれ、刃が更に奥へ奥へと要塞を削った。だが、それだけだった。双子の攻撃は魔導要塞の壁を破壊出来たが、内部の機能や魔導砲の発射に関しては何の影響も無く、魔導砲の魔力は更に巨大化していた。


「お姉ちゃん、あたしが壁を作って少しでも威力を減らすよ」


「アリナ、無理だよ、そんなの」


 いくらアリナの魔力が多くても、魔導砲の魔力の量をとても防げるとは思えなかった。アリナが近付くだけで巻き添えを喰らう可能性がある。スミナは万策尽きたと感じていた。


(わたしにもっと力があれば……)


 スミナが打ちひしがれている時、空に変化が起こった。眩いピンク色の光が魔導要塞の更に上空に輝き、そこに巨大な何かが現れたのだ。


「お姉ちゃん、ヤバいよ」


「何?」


 アリナが見た事の無いような驚きの表情をしていた。光が収まり実体が見えたそれはとても美しく、恐ろしく、神々しかった。


「ドラゴン?」


 この世界では神話の中でしか存在しないドラゴン。それが魔導要塞の上空に忽然と現れたのだ。濃いピンク色と白色が調和した身体は巨大な翼を持ち、全身を折り重なった鱗が覆っている。顔は鋭さを感じさせるスマートな形状で、巨大な角と口から見える牙が知性と凶暴さを併せ持たせていた。以前ジゴダが言っていたこの世界にいるかもしれない竜神なのだろうかとスミナは思う。


「お姉ちゃん、逃げよう」


「でも、逃げるって言っても」


 アリナはすぐさまにでもここから離れたいようだ。しかしスミナはドラゴンの美しさに惹かれていまい、目が離せなかった。それにまだ敵とは限らない。スミナが見ているうちにドラゴンが動き出し、その大きな口を開ける。すると、魔導要塞の先端に溜まっていた魔力がドラゴンの口へと吸われていき、全て消えてしまった。一度ドラゴンは口を閉じると、全身が輝き始める。


「お姉ちゃん、危ないって」


 スミナはアリナに引っ張られるままに空中を移動する。ドラゴンの口からは綺麗な桃色の炎のブレスが吐き出された。それは魔導要塞に当たり、上半分を一瞬のうちに綺麗に消滅させていた。コントロールを失った魔導要塞は高度が下がり、王国の南にある海の方へと落ちていく。


「凄い……」


 スミナはただただドラゴンの圧倒的な強さと美しさに感嘆していた。しかし魔導要塞が無くなった今、ドラゴンの最も近くにいるのは双子の2人だ。もしドラゴンが敵ならば次に狙われるのは自分達だとスミナはようやく理解する。スミナはアリナに手を引かれて一緒に逃げようとした。


「「え!?」」


 しかし、双子が逃げようとした先には既にドラゴンが優雅に浮いていた。体長30メートルを超えるその巨体は今まで出会ったどんな生物より威圧感があり、絶対に敵わないという存在感があった。


(でも本当に綺麗……)


 スミナはそれでも恐怖より強靭で美しいフォルムに惹かれていた。アリナはスミナを守るように身構える。しかし、ドラゴンは攻撃をしては来ず、その姿は段々と蜃気楼しんきろうのように曖昧に歪んでいった。やがてドラゴンの姿は消えて、そこには1人の少女が浮かんでいた。少女はドラゴンの鱗と同じ綺麗なピンク色の髪と露出度の高い鎧を着ていた。長い髪をツインテールに結んだその上にある長い角と、背中の翼と尻尾が人間では無い事を表現している。


「どういう事?」


 アリナが呟くが、少女はこちらを見てにっこり笑って踵を返してアスイ達がいる方へと飛んで行く。双子も理解出来ないまま導かれるようにその後に続いた。状況が一変して戦いが止んでいたが、ピンク髪の少女が降りて来たのに気付いてレオラが反応する。


「計画を邪魔したのはオマエだな。やってしまえ!!」


 怒り狂ったレオラはグスタフに攻撃を命じる。グスタフは標的をピンク髪の少女に変えて攻撃を始める。圧倒的な火力が少女へと向き、双子は巻き込まれないように大きく旋回した。


「こんな玩具おもちゃを使って戦うなど無粋じゃのう」


 少女は避けようともせずに可愛らしい声で言う。直撃した筈の攻撃は少女の少し前でそこに何かがあるように曲がってあらぬ方向へと飛んで行った。全ての攻撃は少女の周りに見えない結界があるかのように少女を避けていく。

 少女は腕を振り上げると振り下ろしながら急降下する。少女の真下にいたグスタフは少女の手が触れた部分から雪を踏み潰すように潰れでぺしゃんこになっていた。残り2体のグスタフも1体は少女に蹴られて壊れながら物凄い勢いで遠くへ飛んで行き、もう1体も少女の手の平から発したピンク色の光の弾にぶつかるとそこから球形に大きく抉り取られ、ガラガラと崩れ落ちていった。

 アスイは少女と距離を取って他の皆を守るように移動し、双子もアスイの元へと着地する。レオラも警戒するように少女と距離を取って睨んでいた。少女は笑顔で4人を見渡す。


「わらわはホムラ。ホムラ・クイーンドラゴじゃ。転生者が4人も集まっているので我慢出来ずに久方ぶりに降りてきたのじゃ」


 ピンク髪の少女はホムラと名乗る。その名は日本語のほむらから取ったのではとスミナは思った。そして名字のクイーンドラゴは竜の女王を現しているのではと。しかしその姿は可愛らしく、身長自体はアリナと同じく小柄だ。ただ、露出度の高い鎧を着た身体は豊満でアンバランスな妖艶さを感じさせる。何よりその顔は物凄い美少女だった。それに角と翼と尻尾が付いているのだからまるでアニメのキャラクターだとスミナは思ってしまう。


「何者か知らないが、アタシの計画を邪魔した事は許さん!!」


 レオラは怒りの形相になり姿も変わっていった。全身に硬質の黒い鎧が包み込み、手足に鋭い刃が生えてくる。背中の翼も巨大化し、どす黒いオーラが全身を纏った。流石にスミナもその姿を見て背筋が震える。レオラはまだこれだけの力を隠していたのだ。

 ホムラの周りに黒い亡霊のような物体が4体現れ、黒い糸のようなものをホムラへ放つ。ホムラは全く身動きしなかった。レオラは黒い糸に絡まれたホムラに向かって巨大な鉤爪になった腕で斬り付ける。その瞬間、黒い糸が消え、亡霊のようなものも消え、レオラの鉤爪はホムラの右腕の細い人差し指一本で受け止められていた。


「人が話しているのに我慢出来んとはのう。お主は失格じゃな、自分の意志も持っておらんようじゃしな」


 ホムラはそう言うと右手を下に振る。するとレオラは地面に吸い込まれるように落ちて消えてしまった。


「何したの?」


「この世界のどこかに叩き落しただけじゃ。運が良ければ生きてるかもしれんな」


 アリナの疑問にホムラが答える。ホムラの全ての動きが桁違い過ぎてスミナは人間には敵わない存在だと理解した。


「さて、話の途中じゃったな。わらわは強い相手がいるのではと降りて来たのじゃ。さあ、かかってきなさい。わらわは3人がかりでもいいぞ」


 ホムラはアスイと双子に向かって言う。しかし、3人は今までのホムラを見てそう簡単に動けない。


「ホムラ様は竜神様であらせますよね?私達はホムラ様と争うつもりなど毛頭もございません」


「わらわに人の考えは関係ないぞ。わらわは興味があって来ただけじゃ。村の一つでも滅ぼせば戦いたくなるのかのう」


「それはやめて下さい。戦いがお望みならば、私が相手を致します」


「アスイさん、わたしも」


「いえ、私一人で大丈夫だから」


 アスイが覚悟を決めて一歩踏み出す。


「そう来なくてはな。ただ、手加減などしたら許さぬからな」


「行きます」


 そう言ってアスイの姿が消えた。ホムラは一歩も動かず仁王立ちしている。アスイの姿は突如ホムラの後ろ斜め上に現れ、剣でホムラを斬り付け、再び姿を消した。そのすぐ後に今度はホムラの横に現れ剣を振った。アスイは攻撃しては消えてを繰り返し、速度を上げて四方八方からホムラへの攻撃を繰り返す。攻撃はホムラのシールドを貫通し、ホムラの肌や翼に傷を付けていった。スミナはソシラのような戦い方だなと思ったが、ソシラは虚像を作ってから移動するのに対し、アスイは完全に神出鬼没に姿を消しているのでそこは大きな違いだった。

 流石のホムラも姿を完全に消せるアスイには手出し出来ないかと思われた。だが、次の瞬間アスイはホムラの目の前に倒れ、ホムラに踏みつけられていた。


「確かに魔族や人間相手なら圧倒的な技術ではあるな。だが、それだけだ。お主、手加減はしてないだろうが、まだ力を隠し持っておるな。考えも甘いし若さも感じぬのじゃ。わらわの好みでは無いし退場して貰おう」


 ホムラは喋る事も出来ないアスイを掴むと片手で軽く投げ飛ばした。その速度は物凄く、アスイの姿はあっという間に見えないところまで飛んで行ってしまった。普通の人間では生きてはいない速度だろう。


「残りはお主ら双子じゃな。折角だから2人まとめてかかって来い」


 ホムラは残った双子に話しかける。双子は顔を見合わせると頷いて、一気にホムラに攻撃を仕掛けた。


「「必殺ツインズスラッシュ!!」」


 双子は同時に叫んでホムラに近付く。まずスミナが真正面から斬り付ける。それと同時にアリナがホムラの前後左右に魔力の槍を作り出し、それをホムラに撃ち込む。その間にスミナはホムラの背後に回って、レーヴァテインを最大にしてホムラの背中に突き刺す。そこへ両手に剣を持ったアリナが追撃した。ホムラはそれを避けず、防がず、周囲に張り巡らせたシールドだけで防ごうとする。スミナの初撃やアリナの槍はシールドで防げたが、背後からの2人の攻撃はシールドを貫通し、ホムラの背中に深々と刺さっていた。


「やった!?」


「お姉ちゃん、避けて!!」


 アリナの言葉が耳に入り、スミナは全力で移動する。それでもスミナは凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、地面に衝突した。アリナは避けつつ何とか魔力の盾を作って防いでいた。


「ほう、わらわの攻撃を防ぐとはなかなかやるな。面白い姉妹じゃ」


 ホムラはアリナに感心したようだ。スミナはアリナの言葉が無ければ絶対に避けられなかったので、完全に自分では敵わないと思ってしまう。


「なんじゃ、姉の方はもう戦意を失ったか。邪魔じゃな」


 ホムラの手には長いピンク色に輝く剣がいつの間にか作られていた。それが長さを増しながら倒れているスミナの方へと振り下ろされる。スミナは逃げないと、と理解はしているが、身体がまだ動かない。だが、ホムラの剣はスミナに届く前にアリナに受け止められていた。


「アリナっ!!」


「お姉ちゃんは逃げて……」


 アリナが多重に作った魔力の盾は全て壊れ、アリナの魔導鎧の腕の部分まで破壊されていた。


「姉を庇うとは愚かな妹じゃ。せめて2人纏めて始末してやるかの」


「マスター、お待たせしました!!」


 ホムラが言ったのとほぼ同時にスミナの後ろからエルの声が聞こえる。見ると動けるようになったエルが全速力でスミナの方に移動していた。そのずっと後ろにはやり切った顔のルジイが立っている。


(もう誰もわたしの為に傷付けさせたりしない!!)


 スミナは覚悟を決めた。


「エル、グレンを出して」


「了解しました、マスター」


 エルはスミナの横まで移動し、胸の宝石から神機グレンの腕輪を取り出し、スミナに渡した。スミナはそれを腕に付けると魔導鎧を解除する。


「お姉ちゃん、ダメ!!」


「神機解放!!」


 アリナの制止を聞かず、スミナは叫んだ。

 スミナは全身に力が漲るのを感じる。以前グレンを装着した時より更に力が増している気がした。蒼い炎がスミナを包み込み、青く輝く神機グレンをスミナは纏っていた。スミナはホムラと対峙する。神機の力なのかホムラに対する恐怖の心は消えていた。


「驚いた。まさか神機の操者そうしゃがおるとはな。だが、その様子じゃ駄目じゃな。

よかろう、楽しみが増えたので、戦いはまたの機会としようではないか」


「え?どういう事?」


「今日はここまでという事じゃ。次に会う時までに鍛えておくのじゃぞ」


 ホムラは勝手にそう言って、その姿が一瞬にして消えてしまった。


「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ」


 アリナにそう言われて、スミナは神機を解除する。一瞬の装着だったが、スミナの身体は一気に疲労を感じ、しゃがみ込んでしまった。


「なんか、助かったみたいね」


「でも、また来るみたいな言い方だったよ」


 アリナの言う通りホムラはまた双子に会いに来るのだろう。スミナはようやく冷静に状況を把握し、周囲の魔族の脅威が消えている事を理解する。


「そうだ、ドシンの様子は」


「お姉ちゃん掴まって」


 アリナに抱えられてスミナはドシンが倒れていた場所まで移動する。そこにはしゃがみ込んだミアンとそれを囲むようにライトや魔術師が立っていた。


「スミナさん、ごめんなさい。ドシンさんを助けられませんでした……」


 泣き崩れながらミアンが言う。彼女の目の前にあるのは胸に大きな空洞が空き、動かなくなったドシンの姿だった。


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