29.野外訓練の夜(前編)
戦技学校の新学期が始まり、1ヶ月が経過した。秋の始まりのこの時期に毎年恒例で行われている野外訓練が今年も実施され、最上級学年である3年生から訓練を開始する事になっていた。
『王国の騎士団と魔術師団、そして私も参加して厳重な警戒態勢で行うから安心して。2,3年生で何か問題が起これば貴方達の訓練は無くなるし、訓練場所も直前まで秘密にしてるから襲撃は無いと思う』
『分かりました、ありがとうございます、アスイさん』
野外訓練が始まる数日前の夜、スミナは寮の部屋でアスイから魔法の携帯電話で連絡があり、万全の態勢で生徒を守る説明を受けた。スミナはアリナに聞いた内容を話した。
「あたし達は別にいいけど、他の生徒は無理してまで野外訓練する必要あるのかなー」
「学校がフォローしてくれる実戦訓練は大事だと思うよ」
学生は実戦経験がある者ばかりでは無く、モンスターとの戦いを怖がっている者も多い。そうした者達に適切なモンスターと野外で実戦させる事は重要で、いざという時に教師や騎士がフォロー出来る体制は安心出来る。更に重要なのは別の科の生徒とパーティーを組み協力して戦う事を覚える事にあった。
野外訓練は4つの学科から6~8人でパーティーを組み、1泊2日で野外で戦闘経験を積む訓練になる。各パーティーには教員もしくは王国派遣の騎士などの1人が引率し、フォローすると共にその動きを採点する。あくまでパーティーとしての動きが重要になるので1人で抜け出して戦っても減点となる。夜も野外でテントで野営が必要で、その対応も生徒に任される。
野外訓練はあくまで志願者のみ参加のイベントではあるが、学校での高成績を望む者に不参加という選択肢は無い。パーティーは実力に見合った組み合わせを学校側で決め、基本的に同じクラスの者と組む事は無い。訓練の途中でのリタイアは可能で、状況によっては教師側から途中終了させる場合もある。どんなモンスターと出会っても対応は生徒に任せられるが、実力が足りないと判断した場合には教師が止めるという事である。
「でも魔族もまだ見つかって無いんでしょ。この間みたいにモンスターの大群が来たら大変じゃない?」
「王国の騎士団やアスイさんも参加するし、いざとなればわたし達だって動けるんだから大丈夫だよ」
緊急招集の時に魔族が王国に侵入しているのが分かったが、まだ見つかっていない事は懸念点ではある。しかしそれを心配し過ぎて何も出来なくなるのは王国にとっても問題なので、それを踏まえて実施する事に決まったのだろう。
「それにまずは3年生と2年生の野外訓練があるから、そこで問題が無いかが分かると思うよ」
「そうだね、安全だって分ればいいね」
数日後、まず3年生の野外訓練が無事に終わった事が報告された。例年より参加者は減っていたものの、大きな負傷者や途中退場者も出ずに済んだそうだ。
更に1週間が経ち、2年生の野外訓練も無事に終了した。訓練地に指定された王国の郊外の森も特にモンスターの異常は無く、魔族の姿も無かったとスミナはアスイから連絡を受けていた。
「今週末は1年生の野外訓練になります。事前にパーティーと引率者の顔合わせがありますので、渡した紙の指定時間と場所に必ず行って下さいね」
ミミシャのクラスの生徒が集まり、ミミシャから野外訓練の事前の準備の話を聞く。双子達のクラスの生徒は9割が参加する事になり、参加率は高かった。双子は紙に書かれた場所と人名を確認する。
「あー、やっぱりお姉ちゃんとは別行動になるかー」
「同じクラスで同じパーティーになるのは人数調整が必要な場合だけだって言うし、そもそも強さも近いから同じパーティーにはならないと思うよ」
「お姉ちゃんパーティーに知り合い居た?」
「うん、運がいいのか分からないけど、2人も居たよ」
スミナに渡された紙には戦士科のドシンと医療魔法科のミアンの名前があった。ミアンなら聖女という立場を使ってスミナのパーティーにねじ込んでもらうよう計ったのではとも考えられるが、流石にそこまではしないだろうとスミナは思った。
「いいなあ。あたしは知ってる人ではあるけど、そこまで仲良い人はいなかったなあ」
「遊びじゃ無いんだし、知らない人と組んだ方が勉強にはなると思うよ」
「そうだけど、結局あたしが周りに合わせなくちゃいけないだろうし」
アリナだと誰と組もうが突出し過ぎてて合わせるしかないのではとスミナは心の中で突っ込んでいた。紙には今日顔合わせする為の時間と場所が書いてある。時間をずらすのは1年だけでも4,50パーティーぐらい作られるのでそれだけの教室や会議室の場所が無いからだ。スミナはアリナと別れて、指定時間になると2階にある特別会議室3に向かった。
「一緒のパーティーになるなんて、これは運命ですねスミナさん!!」
会議室に入ると早速ミアンに見つかり抱き付かれる。中を見ると他に魔法科と思われる男子生徒と魔法騎士科の女子生徒が座っていた。まだ全員は集まっていないようだ。男子生徒は本を読んでいて、女子生徒はスミナを見つけるとこちらに寄ってくる。
「ミミシャ先生のクラスのスミナさんですよね?そんな凄い人と同じパーティーになるなんて嬉しいです」
「ありがとうございます。ただ、わたしは別にそんなじゃ無いですよ」
「ご謙遜を。既に聖女のミアンさんと仲が良いですし、アリナさんと双子で魔族を倒したって私のクラスでも有名ですよ。
あ、すみません、私は同じく魔法騎士科のエレミ・ナンプといいます」
スミナはその名前を聞いて、ナンプという名字に聞き覚えがあり思い出そうとする。
「紫苑騎士団副団長のオリミ・ナンプさんの妹さんですね?」
「はい、そうです。姉の事をミアンさんに知って貰えているなんて嬉しいです」
ミアンの方がスミナより先に思い出して確認する。オリミはこの学校でも珍しい女性の首席卒業生で、紫苑騎士団に入って異例の昇格をしたと話題になっていたのをスミナは思い出した。そして、この間の緊急招集にも出席するほどの人物だ。そしてナンプ家は他にも騎士団に入っている兄が何人もいる騎士の家系だと書いてあった。エレミはその妹ならマジックナイトとしての腕も立つ方なのだろう。
「揃ってるようだね、みんな座って下さい」
スミナ達が立ち話をしていると扉から男性3人が入ってきた。2人はスミナも知っている顔で、1人は幼馴染のドシンで、もう1人は以前遺跡調査に同行したヘガレだった。ヘガレはスミナ達のパーティーの引率役で採点役でもある。スミナが危険になる可能性を考えてスミナの事を知っている人になるようアスイが手を回してくれたのだろう。残りの男性は背が高く体格もそこそこ良いのでドシンと同じ戦士科の生徒だと分かる。スミナ達女子とドシン達男子生徒がテーブルに向き合うように座り、ヘガレはその真ん中のテーブルの端の席に座った。
「まずはボクから自己紹介を。王国の魔術師団魔導守備隊から派遣されたヘガレ・ダルンと言います。皆さんのパーティーの引率として皆さんの管理、安全の確保を致します。勿論行動の採点もしますので発言や行動には気を付けて下さいね」
ヘガレは流石に特殊技能官だとは話さず、魔導守備隊から来たという事で自己紹介する。
「皆さんは今週末の野外訓練でパーティーを組み、共に戦う事になります。ですが、パーティーを組むという事はそれなりの打ち合わせや信頼関係が必要です。ですので今日は自己紹介をして貰い、どのような役割分担をするか話し合って貰おうと思います。
ですが、いきなり話すとしてもとっかかりが無いでしょう。なので自己紹介の際に各自の戦闘経験や得意分野など簡単に話して頂ければと思います。では机の左のスミナさんから時計回りで自己紹介して貰いましょう」
ヘガレはいきなりスミナから自己紹介するように言う。スミナは共に戦う事になるので転生者という部分は勿論黙っていても、ある程度は本当の事を言わなければと思い、話し出す。
「わたしは魔法騎士科のスミナ・アイルです。既に知っている人も多いと思いますが、戦闘経験は結構あり、この学校の魔族襲撃事件の時に魔族を倒した事もあります。剣に関してはかなり使える方で、魔獣なら1撃で倒せる自信はあります。前線のアタッカーとして戦えると思います」
「スミナさん、模範的な自己紹介をありがとうございます。戦闘経験の有無に関しては有る事がいいという訳では無く、本当の事を言ってもらうのが仲間にとって重要なので、そこを間違えないで下さいね。では隣のミアン様お願いします」
「あの、ヘガレさん、様付けはやめて下さい。他の皆さんも同様に様付けでは無く、気軽に呼んで下さい。
私は医療魔法科のミアン・ヤナトです。生徒をしながら聖教会の聖女としてもお仕事をしています。戦闘経験は援護としてならモンスターとの戦闘に参加した事はありますが、直接攻撃をした経験はありません。防御系、回復系の魔法は一通り使えますが、回復魔法が得意で腕や脚の切断までなら治せます。逆に攻撃系の魔法は不得意で、実戦で使用した事はありません。援護、回復役として皆さんの補助をしていければと思います」
ミアンはいつもの喋り方では無く、はっきりと丁寧に喋る。聖女として振る舞う時も同様なのだろうなとスミナは思った。
「ミアンさん、ありがとうございます。さん付けで呼ばせて貰いますね。では隣のエレミさんどうぞ」
「はい。私は魔法騎士科のエレミ・ナンプです。えーと、実戦経験は少しだけあります。数年前に兄と共にモンスター退治に出かけ、中型のモンスターを倒す事は出来ました。ですが、魔族や魔獣といった敵と戦える腕は無いと思います。剣より槍が得意で、弱点があるモンスターなら1撃で倒した事もあります。中距離での牽制役が適切だと自分は思っています」
エレミが自信無さげに話す。濃い灰色の髪を後ろで縛り、身長も普通で普段は目立たない子なのがスミナには何となく分かった。強い兄弟に囲まれて自信が無くなったのかもしれない。
「じゃあテーブルの反対側のルジイくんお願いします」
「は、はい。僕は魔法科のルジイ・マスマです。あの、戦闘経験は申し訳無いのですが無いです。戦いという戦いは訓練用のゴーレムとか、同級生との模擬戦ぐらいしかやっていません。
ですが、一応魔法と魔力にはそれなりに自信があります。先生にも褒められました。能力向上の強化魔法は特に得意なので仲間の適切な援護が出来ればと思ってます。初めての実戦なので宜しくお願いします」
ルジイは一生懸命に話す。背も子供ぐらい低く、前髪で少し目が隠れた銀髪で顔も可愛いので女の子と見間違えられそうだった。ただ、ルジイの名前はガリサから聞いた事があった。別のクラスだけど入学してから魔法の成長が凄いと噂の人物だそうだ。スミナと同じパーティーに入るのだから実力を見込まれて選ばれたのだろう。
「ルジイくん、正直な自己紹介ありがとうございます。戦闘経験が無い人はモンスターと対峙した時判断ミスする事が多いです。他の皆さんで最初はフォローしてあげるといいでしょう。では隣のドシンくんお願いします」
「はい。俺は戦士科のドシン・ガムドだ。戦闘経験はスミナと同じ故郷で小さい頃から一緒にモンスター退治をしていて慣れてる。あと、夏休みに冒険者と一緒に魔獣を倒した経験もある。力と頑丈さが取り柄なんで前線での盾役、突破役なら任せてくれ」
ドシンからはそれなりに強くなったと聞いており、実際に夏休み前より一回り成長したようにスミナには見えた。スミナは一緒に戦うのを楽しみにしている。
「最後になりましたがザキロくんお願いします」
「はい。私は戦士科のザキロ・ダレヘと申します。貴族のダレヘ家を聞いた事があると思いますが、その跡取りが私です。剣の腕には自信があり、スミナさんの兄上であるライト様の再来だと言う人もおりますが、自分ではまだまだだと思っております。華麗に戦うのがモットーで、突っ込むだけの力自慢の馬鹿戦士とは違いますのでお間違いの無いよう。
戦闘経験が少ないのが玉に瑕ですが、中型のモンスターなら家来と共に倒した事はありますのでご心配には及びません。パーティーの中心的存在として皆様に指示を出すのが私の役目だと思っております」
ザキロが自信たっぷりにペラペラと喋る。ザキロは背は高いがドシンと比べると細身で、濃い緑髪を丁寧にまとめてあり貴族らしさを出している。スミナは一瞬で自分の嫌いなタイプだなと感じてしまった。が、パーティーとして組むのだからそういう感情は邪魔になると必死に取り消す。
「ザキロくんからパーティーに指示を出すという話が出ましたが、パーティーのリーダーを決める事は重要です。リーダーには状況を把握して的確に指示を出し、時には厳しい判断を下す決断力が必要になります。自推でも他推でも構いませんので、リーダーに相応しいと思う人は手を挙げて下さい」
ヘガレからパーティーのリーダーを決める話が出る。スミナは決断力が無いので他の人がやった方がいいのではと思っていた。
「じゃあ、わた――」
「ミアンはスミナさんがリーダーに相応しいと思います」
ザキロの声を遮ってミアンがスミナを指名する。
「ミアンさん、でもわたしより――」
「俺もスミナがいいと思うぜ。前に遺跡調査した時も的確に指示を出してたしな」
「あの、私もスミナさんが経験的にもいいと思います」
スミナが断ろうとしたが、ドシンとエレミがスミナを指名してしまう。
「3人がスミナさんを推薦してますね。スミナさんが他にいいと思う人が居なければ多数決でリーダーでいいと思いますが、どうですか?」
スミナは少し考え、ここで断ってもしょうがないと諦めた。
「はい、わたしがリーダーをやらせて貰えればと思います。ザキロさんとルジイさんはそれで構いませんか?」
「まあ、確かに経験の差はあるので、私もスミナさんでいいと思いますよ」
「僕もスミナさんがリーダーで異論ありません。よろしくお願いします」
ザキロも何とか納得し、ルジイは素直に認めてくれた。
それからスミナ主体で各自の出来る事を確認し、パーティーの役割分担や戦闘時のフォーメーションなどを決めていく。今回は6人パーティーなので、前衛2人、中衛2人、後衛2人の2-2-2の形で基本戦う事に決まった。前衛がスミナとドシン、中衛がエレミとザキロ、後衛がミアンとルジイになる。スミナとドシンが敵をほぼ倒し、残った敵を後衛を守りつつエレミとザキロが倒す事になるだろう。野外訓練で戦う敵を考えればそれで済む。前衛中衛を交代した訓練もしたいところだが、安全を考えると今回はそこまでする必要は無いだろう。
当日までに準備しておく事などを再確認して事前の顔合わせは終了し解散となった。そのまま帰る準備をしているスミナとドシンとミアンのところにザキロがやって来る。
「スミナさんの噂は前から聞いていました。ダレヘ家の人間としても、今後仲良くお付き合いさせて貰えればと思います。やはり貴族は貴族同士親交を深めるのが正しい学生生活でしょう。ああ、勿論ミアンさんは別ですよ。聖女様はこの国の宝ですからね」
「ザキロさん、宜しくお願いします。ただ、わたしは学生中は貴族として振る舞わないでいます」
「ミアンも学校内では聖女としてでは無く、同じ学生として仲良くしましょうねぇ」
「そうですね、学校内ではね。では失礼します」
ザキロは2人に言われてばつが悪そうに去っていった。
「ドシン、ザキロって人はどんな感じなの?」
「俺も別クラスだから詳しくは知らないけど、腕は立つがキザな奴とは聞いてた。まあ今日会って何となく理解したよ。といっても野外訓練中は仲良くしないとな」
「そうですよぉ。共に戦う時に軋轢は破滅を生みますからねぇ」
スミナも2人の意見と同じく、ザキロを嫌わないよう心掛けた。少なくとも野外訓練が終わるまでは。
「おねーちゃーん」
校舎を出るとアリナがスミナを見つけて声をかける。そこにはガリサとレモネとソシラも居た。
「3人は一緒のパーティーなんですね、羨ましいです」
「レモネ達はみんな別パーティー?」
「私とアリナはね。ソシラはガリサさんが一緒で助かったよ」
「行きたくない……」
「ソシラさんそんな事言わずに頑張りましょう」
同じパーティーになったガリサがやる気の無いソシラに声をかける。ソシラもガリサが付いてればレモネが居なくても大丈夫だろう。
「アリナはどうだった?」
「結構強い子達だったよ、パーティーメンバーは。多分1学期の実技の成績を見て選んでると思う。あと、引率がミミシャ先生だから無茶出来ないなー」
「あー、アリナだしね。私の所も強い人が集まってて、引率も騎士団の人だった。戦闘に関しては心配ないかな」
アリナとレモネも野外訓練は何とかなりそうだなとスミナは思った。
週末、野外訓練の当日になった。双子は準備を済ませ学校へと向かう。魔導鎧や武器などの装備、1泊だが野外に泊まる為の生活必需品を持って行く。食料と宿泊用のテントは学校側で用意してあるのでそれ以外の道具だ。
スミナはレーヴァテインは使う予定は無いもののカバンにはいつでも使えるよう入れておく。あと魔導具の携帯電話はアスイから持ってくるよう言われていたので入れてあった。そしてエルに関しては使い魔の持ち込みが禁止なので宝石形態で我慢して貰い持って行く事にした。万が一の為の備えである。
寮を出る際にレモネ達と合流し、学校に到着する。既に野外訓練に参加する1年生の生徒達はかなりの人数校庭に集まっていた。ここから割り振られたエリアの旗に集まり、パーティーメンバーと合流する流れになっている。
「お姉ちゃん、頑張ってね。何かあれば飛んでくから」
「うん、アリナも無理しないでね」
スミナはアリナと別れ校庭の指定されたエリアに向かった。既に引率のヘガレの元に4人集まっていて、スミナに続いてドシンがすぐに来て全員集合となった。
「6人全員揃ったようだね。現地にはエリア単位で魔法の飛行船で移動します。リーダーには地図を先に渡しておくので、日が暮れる前に目的の場所に向かい、そこで野営して貰います。翌日は夕方までに集合場所に向かい、そこから飛行船で戻って来る行程です。
基本的に開始地点と終了地点以外は他のパーティーとは遭遇しない予定です。他のパーティーと出会った場合は協力したりしないで下さい。あと、現地は王国の騎士団と魔術師団が巡回して見回りしています。想定以上のモンスターが出た場合は戦わず、ボクが魔法の信号弾で助けを呼ぶのでその到着を待つように」
「「分かりました」」
ヘガレの説明に皆返事をする。スミナは地図を受け取り確認すると、平原からスタートで森と山を抜けた高地で野営し、そこからまた平原に降りていくルートになっていた。恐らく他のパーティーに比べて強いモンスターがいるルートだと思われる。が、今のスミナにしてみれば問題は無い。スミナにとって重要なのは知らないメンバーと協力して戦う経験を身に着ける事だと考えていた。
時間になり簡易的な魔法の飛行船が複数校庭に着陸し、それにエリア毎に乗り込んでいく。食料やテントなどの荷物は手分けして持って行く事になったが、力が強いスミナとドシンがそれぞれテントの担当になっていた。
「スミナさん、ミアンが持ちますよぉ。ミアンも力ありますし」
「大丈夫ですよ、このテントそれほど重く無いですし、体力には自信があるので」
「スミナさんありがとうございます、スミナさんの分の食料はちゃんと私とミアンさんが持って行きますので」
ミアンもエレミもスミナの心配をしてくれた。ただ、長い行程を考えると体力がある人が重い荷物を持たないと進みが遅くなるのでこの割り振りは合っている。男子のテントはドシンが当たり前のように持って行き、ザキロは自分の食料だけ持つと気にもかけないようだ。ルジイは食料が重いのか、少しふらついていて不安だ。様子を見てルジイの食料を手分けして誰かが負担するのがいいかもしれない。
飛行船は気球のように魔力て浮上する上部と船のような下部で出来ていて、船の部分もあくまで人が大量に乗るだけのシンプルな作りになっていた。座席も無く、板の上に直に座る形で50人ほどの人を乗せて出発する。速度もそれほど出ないので魔力を気にしなければ飛行魔法で飛んだ方が速いだろう。飛行する魔導具としては箒型の飛行魔導具も存在するが、古代魔導帝国製で数が少なく、空中戦向きでは無いので使用する者は少ない。
飛行船で30分ほど飛んで目的地に辿り着く。場所的には王都の南東にあたり、比較的モンスターが少ないと聞く地域だった。1年生の野外訓練なのでなるべく王都に近い安全な場所を選んだのだろう。複数の飛行船は距離を取って着陸する。ここから更にばらけてパーティー毎に設定された目的地へと向かう事になる。着陸した地点には王都の騎士団と魔術師団が待機していた。恐らくアスイも全体が見渡せる場所に待機しているのだろう。
「それでは野外訓練を開始して下さい」
スミナ達のエリアの担当の教師が声を上げて野外訓練が開始した。
「地図上でわたし達の目的地はこちらになります。行きましょう」
スミナが指示を出してスミナのパーティーも行動を開始する。引率のヘガレはスミナ達の後ろを少し距離を取って付いてくる形になった。
「ジャイアントマンティスの群れですね、みんな鎌の攻撃に気を付けて。ドシン、行くよ」
「分かった」
平原から森に入ったところで体長3メートルぐらいの巨大カマキリであるジャイアントマンティス5体に遭遇する。パーティーでの初戦闘には丁度いい敵と数だろう。スミナとドシンは荷物を置き、中央の2体のジャイアントマンティスに突撃する。その時点でミアンのシールドの魔法が全員に貼られていて流石だとスミナは思った。
スミナは右にドシンは左に分かれ、それぞれジャイアントマンティスに攻撃する。中型のモンスターなら簡単なもので、スミナは1撃で右の敵を撃退した。ドシンの方を見ると盾で敵の攻撃を受け流して、剣で綺麗に敵を斬り倒していた。それぞれ2体目のジャイアントマンティスの攻撃に移るが、その時スミナは強化魔法を受けた事を感じた。速度が上がっているのが分かる。なので2体目は本当に簡単に倒せてしまった。ドシンの方も強化魔法を受けたようで、スミナと同じぐらい早くジャイアントマンティスを倒していた。
残り1体は横から回り込んで後衛を狙っていた。しかし、中衛のエレミとザキロはそれを見逃さず、エレミが槍でジャイアントマンティスの胴体を貫き、ザキロが剣で首を落としてトドメを刺していた。最初の敵は被害も出ずスムーズに倒せたとスミナは思った。
「みんなお疲れさま。上手く行ったと思います。何か気になる事はありましたか?」
スミナは初戦闘なのでみんなに声をかける。特に初めての実戦であるルジイは体力も含めて問題無いか気になっていた。ルジイの方を見ると、特に興奮している様子も、混乱している様子も無くいつも通りに見えた。
「スミナさんもドシンさんも凄かったと思います。やはり私は前衛向きじゃないと実感しました」
「そんな事無いですよぉ。エレミさんの動きを見てましたが、敵の動きを見て的確に動けてましたよ」
「エレミさん、わたしも前衛向きかどうかはもっと戦闘経験を経てから考えた方がいいと思います」
「2人ともありがとうございます。私も色々試してみます」
エレミは自信の無さを解消すればもっと強くなるのではとスミナは思った。
「俺に強化魔法をかけてくれたのはルジイだよな。あれ凄い助かったぜ」
「そうですね、わたしも強化魔法のおかげで動きが良くなりました。ルジイさんいい判断でした」
「あ、ありがとうございます。僕にも出来る事があればと思い、お2人の戦いを見て、それぞれ足りないところを強化するといいのかと思いやってみました」
ルジイがおどおどと答える。自分自身に強化魔法をかける事はあるが、その場合はとにかく魔法をかける速度を気にする為、効果はそこそこになる。一方ルジイが唱えた強化魔法は対象者に対して適切な調整がしてあり、スミナは動きがスムーズなまま速度が上がり、ドシンは違和感なく筋力が上がって剣を振る速度が上がったようだ。これはルジイの才能によるものだろう。
「ミアンさんもシールドをありがとうございます。あれのおかげで周りを心配せずに戦えました」
「いえいえ、ミアンは他の皆さんに比べて活躍出来ていません。回復魔法は怪我人が出ないと使えないので、ミアンが活躍する場は無い方がいいですが」
「私も1体倒して仲間を守りました」
「ザキロさんも冷静な対処流石でした」
「それほどでもないさ」
スミナはザキロにもフォローを入れる。ザキロの剣捌き自体は悪く無いので、上手く連携させれば活躍出来るだろうとは思っていた。
その後、森の中で何度か戦闘になったが大きな怪我も無く、それぞれ倒した敵の数も増えて順調だった。スミナは特にドシンとルジイの動きに感心していた。ドシンは周りを守るような戦いが出来るようになり、よく周囲を見れるようになったと感じた。ルジイも同様で、最初は控えめな行動だったのが、段々と敵の動きに対しての妨害魔法や効果的な強化魔法を使うようになっていた。他3人も想像以上によい動きをしていて、段々とお互いの戦い方も理解し合っていた。
森の中の開けた場所に出たので一旦休憩し、昼食を取りながら会話をする。
「中衛のエレミさんもザキロさんももっと前に出て扇形の形で戦っても大丈夫だと思います。後衛はミアンさんとルジイさんで耐えられますよね?」
「はい、ミアン達は自分の身は自分で守れると思います。ねぇ、ルジイさん」
「そうですね、何回か戦ってみて、モンスターの動きを阻害する方法も分かりましたし、時間稼ぎが出来れば皆さんが戻って来てくれるので大丈夫です」
スミナの提案に後衛の2人は賛同してくれる。
「分かりました、私も戦い慣れて来ましたのでもっと前に出てみます」
「私は皆に華を持たせる為にあまり前に出なかったのだが、そこまで言われたなら私の華麗な戦いを見せてあげよう」
「お願いします、何かあってもわたしとドシンがフォローしますので」
そうして若干フォーメーションを変えて戦ってみたが、後衛のフォローもあり、エレミとザキロも活躍出来るようになっていた。森から山に移り、モンスターも強くなったが、特に苦戦はしなかった。スミナのパーティーは教師が想定した敵は余裕で倒せるようになったと実感した。
「目的地に到着しました。まだ日も高いですし、想定より早かったですね。手分けしてテントの組立と水の確保などをしてしまいましょう」
夕方前に目的の野営地に到着したスミナ達は野営の準備をする。引率のヘガレは近くに個人用のテントを立てて、安全を確認していた。学校支給のテントは魔導具のテントで3人用だった。組立は簡単で、男女分かれて使えるようになっていた。焚火と魔法の灯りもセットし、ルジイにはモンスター除けの結界を張ってもらう。この結界があれば中型以下のモンスターは簡単には入って来れないだろう。ミアンとエレミが水を確保してきたので、食事の準備をして皆で夕食を取った。
「では、10時から3時間置きに見張りを交代します。最初の3時間はわたしとドシンが、次の3時間はエレミさんとミアンさんが、最後の3時間はザキロさんとルジイさんでお願いします」
「「分かりました」」
見張りは2人一組でやる事にし、一組だけ男女の組が出来てしまうので知り合いであるスミナとドシンが組む事にした。真ん中の組が連続した睡眠が取れないので申し訳無いが、最初の時間の見張りが重要なのでこの割り振りとなった。
日が暮れてきて星明りが周囲を照らす。夜になってもまだ温かく、野外訓練には適した季節なのは確かだとスミナは思った。焚火越しに今日の反省点や雑談をしつつ夜が更けていく。
「8時を過ぎたので、早めに休みたい人はテントで休んでもらって大丈夫ですよ」
「ミアンはまだスミナさんと話していたいです」
「私も10時までは起きてますよ」
「僕ももっと話を聞きたいです」
「そうだな、私の話も聞きたいだろうしドシンとスミナさんを早くから二人きりにさせられないな」
結局6人は予定の10時まで下らない話をして過ごしていた。
10時になり、翌日の事も見張りの事もあるのでスミナとドシン以外はテントに眠りに入って行った。焚火の前にはスミナとドシンの2人が向かい合って座っている。ヘガレは先に寝たが、いつでも呼べば起きると言い残していた。
「ほら、眠気覚ましだ」
「ありがとう」
ドシンが気を利かせて飲み物を用意してくれる。生姜のようなスパイスの入った飲み物で確かに眠気が覚めてきた。
「リーダーなんて言われて緊張したけど、無事終わりそうで良かった。ドシンのおかげだよ」
「いや、スミナは俺が居なくても十分リーダー出来たと思うぞ。それに、まだ終わって無いから安心するのは早い」
「そうだね、もう少し頑張らないと」
ドシンはそう言うが、スミナは本当にドシンやミアンなどの知り合いが居たからリーダーが出来たと感じていた。
「でも、ドシンは本当に強くなったよね。驚いたよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺としてはまだまだだと思ってる。それに俺よりスミナの方がずっと成長してるだろ」
「わたしの場合はオルト先生に習うっていう反則技みたいな事してるからだし」
スミナはその点に関して他の生徒に申し訳ない気持ちがあった。
「なあ、スミナとアリナは俺とガリサに隠してる事があるよな。いや、言わなくてもいい。俺達の事を思って言ってないのだろうからな。だけど、俺もガリサも子供の頃からの付き合いで何となく分かってるし、頼って欲しいと思ってる」
「そうだよね、ごめん。言えるようになったら言おうと思ったけど、2人は巻き込みたくなくて」
「今の俺じゃまだ力不足なのか?」
ドシンがいつにも増して真面目な顔をしている。だからスミナも正直に言おうと思った。
「うん、ドシンが思ってるよりずっと危険な事に関わってるから。本来学生が関わるべきじゃない事だと思ってくれていい」
「そっか……。あーあ、結局お前らには追い付けないのか」
「子供の頃はドシンがわたし達を守れるぐらい強くなってやるって言ってたよね」
「ああ。結局お前らに勝てた事は一度も無かったけどな」
「そうだよね。ごめんね」
スミナとしてはドシンが一緒に戦ってくれたら心強いと思う。それにドシンのアリナへの想いも知ってるし、その手助けもしてあげたかった。だが、ドシンはあくまで学生としては強いの範疇でしか無く、魔族や魔獣との戦いに参加したらどこかで命を落としてしまうだろう。だから今は普通の学生として過ごして貰いたいとスミナは思っていた。
その後スミナはドシンと昔話をして時間を過ごした。深夜になってもモンスターが寄って来る事も無く、見張りとしては楽な時間だった。
「そろそろ交代の時間だね。あたしは女子2人を起こしてくるから休んでて」
「分かった、お休み」
「うん、おやすみなさい」
ドシンが男子のテントに入り、スミナはミアンとエレミを起こしに行く。
「交代の時間ですね、スミナさん。大丈夫でしたかぁ?」
「あれ、ミアンさん起きてたんですか?」
「ミアンは時間を決めたらその時間に起きられるんですよぉ」
「凄いですね。特にモンスターの気配も無く大丈夫でした。エレミさんも起きて下さい」
「んぁ。ああ、見張りの時間ですね。顔洗ってきます」
エレミが寝袋から出て顔を洗いに行く。
「スミナさん、あとは任せてゆっくり休んで下さい。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ミアンが一度優しくスミナを抱き締めてからテントを出ていく。ミアンの温もりが温かく、スミナは寝袋に入るとすぐに眠りに落ちたのだった。
『マスター、敵襲です。起きて下さい』
どれぐらい寝たか分からないが、スミナはエルからの魔法の会話で目が覚める。ただのモンスターの襲撃でエルがスミナを起こすとは思えない。
『エル、何があったの?』
『魔族と魔獣に囲まれています』
『分かった、ありがとう』
スミナは状況を理解し、魔導鎧を身に着け、レーヴァテインを手にテントを出る。魔法の携帯電話とエルの魔宝石もいつでも使えるように携帯バッグに入ってる。恐れていた魔族の襲撃が行われているのは確かだ。
「スミナさん、今呼びに行こうと思っていましたぁ」
「ミアン、状況は?」
「強力な魔族と魔獣に囲まれていると思います。まだ攻撃は仕掛けて来ませんが、もうすぐ攻撃される距離に入ります」
「分かった。ミアンはヘガレさんを起こしてきて。出来ればすぐに魔法の信号弾を撃って貰って。エレミは男子を起こしてきて。戦闘態勢ですぐに集合しろと。わたしは警戒して、襲ってきたら先に戦ってるので」
「「はいっ!!」」
スミナの指示でミアンとエレミは急いで動く。時間は深夜2時過ぎで1時間ちょっとしか眠っていなかったようだ。敵はスミナ達の野営地を囲むように展開していて、逃げ道も無さそうだ。
(問題はこれがわたしを狙った攻撃なのか、野外訓練全体を狙った攻撃なのかだ)
スミナは警戒しつつ考える。魔族としてはスミナを倒したいという考えはあるだろう。だが、それならわざわざ野外訓練を狙わずとも隙があるタイミングはもっとあった。という事は、1年生の野外訓練全体を狙ったと考えるのが正しいだろう。騎士団と魔術師団が巡回している中でこれだけの敵を隠していたのは驚きではある。
“パンッ”と炸裂音がして、上空に花火のような魔法の閃光が展開される。ヘガレが状況を把握して信号弾を撃ったのだ。これで助けが来るまで時間を稼げればいいと思ったが、そうもいかなかった。“パンッ”“パンッ”“パンッ”と四方八方で信号弾が夜空に輝いたからだ。恐らく野営していたパーティーの殆どで信号弾を撃ったのだろう。ここまで大規模な襲撃なら、騎士団や魔術師団自体も襲われている可能性がある。
「スミナさん大丈夫かい?」
「助けを待つのは難しそうですね。周囲に騎士団が居たとしても近くの野営地から順に回ってくる事になると思うので」
「そうか。アスイさんに連絡を取ってみたらどうかい?」
「いえ、恐らく混乱してると思うので、連絡するならこちらの対応が終わってからですね」
スミナはそう言いつつ近寄って来る敵の戦力を確認する。デビルの魔族が5体に巨大な魔獣が10体、その他モンスターが20体ぐらい確認出来た。ドシンなら魔獣に対抗出来るだろうが、数が多く、ミアンもヘガレも守りに特化してるがアタッカーの数が足りない。戦闘慣れしていないエレミとザキロに魔獣の相手をさせるのは酷だ。
「ヘガレさん、緊急事態です。エルを出します」
「魔宝石をかい?分かった、確かに救助を待つのも難しいだろうしお願いする」
「エル、戦闘形態でお願い」
「了解しました、マスター」
携帯バッグからエルが戦闘形態で出現する。そのタイミングで起きた男子も集合していた。
「これがエルちゃんの本当の姿ですかぁ。綺麗ですねぇ」
「何だその変なのは?」
ミアンとザキロが真逆の反応をする。初めてエルの戦闘形態を見たら不気味の思うのもしょうがないとは思った。
「エルは魔導帝国の遺産でわたし達の味方ですので安心して。みんな揃ったので説明します。魔族の襲撃があり、騎士団の救援を待つのは難しい状況です。なのでわたし達で撃退します」
「待ってくれ、無理だろう、そんなのは。想定外の事態の場合は救援を待つって話では?」
「そうも言っていられません。デビルと魔獣とモンスターに既に囲まれて隠れる場所も逃げ道もありません。守りに徹しても魔力が切れてしまうでしょう。無理はさせません。基本はわたしとエルで敵を倒します。他のみんなは自分の身を守る戦いをして貰います」
「すまない、皆さん。スミナさんの言う通り、待つのは難しい状況です。情けないのですが、ボクは戦いには向かないのでここはスミナさんの指示通り動いて下さい」
ヘガレがそう言ったので反論の言葉は無くなった。
「ヘガレさんとミアンは守りに特化しています。この2人を中心に襲ってくる敵を防衛しつつ撃退する戦いをして下さい。わたしとエルには回復魔法も強化魔法もいりませんので、ドシンとエレミとザキロに魔法での援護をお願いします。
ドシンは倒せる魔獣がいれば無理の無い範囲で攻撃して。エレミとザキロは近付いて来る敵の迎撃に専念して。ルジイは敵の弱点と攻撃方法で分かる事があったらみんなにアドバイスをお願い。
そしてデビルに対しては絶対に攻撃をしない事。わたし達が打ち漏らしてそっちに行った場合も攻撃はせず回避と防御に専念する事。ヘガレさんとミアンはデビルが近付いたら対処をお願い」
「「分かりました」」
スミナの指示に皆反応する。唯一ザキロだけが不満そうだが、今その相手をしている時間は無い。
「ではわたしとエルが仕掛けます。みんな命を大事に戦って」
「「はい」」
スミナとエルは敵に向かって正反対の方向に飛び出す。
『エル、デビルをみんなに近寄らせないように戦って。魔獣も出来れば倒して、モンスターは漏らしてもいい。ただ、魔力はなるべく使わずに戦うように。多分これだけじゃ終わらない』
『了解です、マスター。任せて下さい』
敵に向かいながらスミナはエルに指示を出す。この中で脅威なのはデビルだ。デビルさえ片付けられれば残りのみんなでも何とかなるだろう。ただ、デビルもそれを理解しているのか、固まらずに囲んでいて、かつ、モンスターと魔獣を盾にする形で近寄り辛い状況を作っている。
モンスターの多くは巨大なトカゲ型のモンスターのアーマーリザードだった。厚い鱗と低い姿勢で攻撃を当て辛くしぶとさに特化したモンスターだ。その分攻撃手段が噛みつきと体当たりだけで威力も低い。盾役に最適のモンスターだろう。その後ろの魔獣の多くはフレイムイーターというスライム状のモンスターだ。自らの体が燃えていて、炎を吐き、触れば火傷する厄介な魔獣だ。アーマーリザードは炎に強いのでアーマーリザードが動きを封じた所に炎で攻撃がさせる組み合わせだ。そして、コア以外を斬っても再生するのでフレイムイーターも倒し辛い魔獣である。この2種類のモンスターで手間取っているところをデビルが的確に攻撃する作戦だとスミナは理解した。
(長期戦は不利だ。一気に決めないと)
スミナは火炎耐性の魔法を自らにかけ、敵の群れに突っ込む。まずアーマーリザードは通り道にいる邪魔な相手だけ切り裂き、その後ろに入り込んだ。即座にフレイムイーターの火炎が襲い掛かるが、怯まず直進し、2体のフレイムイーターのコアを的確に切り裂いた。
「オマエがスミナだな。手柄は貰った!!」
いつの間にか背後から声がして、スミナの後ろに黒い肌の細身のデビルが回り込んでいた。手に持った槍がスミナを貫こうとする。スミナは落ち着いて、それを躱した。
「何っ!?」
驚くデビルに対して振り返りつつ必殺の1撃を斬り込む。デビルの胴体は一瞬で真っ二つになっていた。
「中々やるようだな。だが、既に囲まれているぞ」
スミナの周囲はアーマーリザードとフレイムイーターが取り囲み、その後ろからデビルの声が聞こえた。スミナは迷わず真っ直ぐ上空に魔法で飛び上がる。
「馬鹿なヤツだ。空中でオレ達に敵うと思っているのか」
空では巨体で大きな翼を羽ばたかせる白色のデビルが斧を構えて待っていた。斧はスミナを捉えて的確に振り下ろされる。
「はっ!!」
スミナは恐れずに斧に向かってレーヴァテインを斬り上げた。レーヴァテインは斧の刃ごとデビルを綺麗に切断していた。
「バカな……」
スミナは瞬く間に2体のデビルを撃破する。
『マスターすみません、1体のデビルが味方の方に向かっています。ワタシはもう少しかかります』
『ありがとう、わたしが何とかする』
スミナは空中に吐き出される炎を避けつつ着地し、邪魔なモンスターを斬り払う。味方の中心部を見ると既に1体の赤色のデビルが高速でミアン達の方へ突っ込んでいた。周囲にはモンスターを引き連れていて、それを何とかしないと近付けない。
(わたしが行くまで何とか耐えて!!)
スミナは祈るようミアン達の元へと戻る。しかし、無視出来ないモンスターに阻まれ、それを倒すのに手間取ってしまう。デビルがミアンとヘガレの妨害のシールドを破壊した時、間に割り込むようにドシンが飛び込んだ。赤いデビルは長い剣でドシンを素早く斬り付ける。
(危ない!!)
スミナはドシンの危機を感じたが、ドシンはそれを見事に盾で防いでいた。デビルが即座に2撃目を加えようとするより速く、ドシンは剣を振り下ろし、デビルに斬り付ける。そしてデビルが態勢を立て直そうとしているところを盾で殴りつけ、再度剣を振り下ろしてデビルを見事に撃破したのだった。
「デビルは全て倒しました。残りは油断せず協力して倒していきましょう」
スミナは状況を見て声を上げる。エルも2体のデビルを倒し、炎に耐性があるので次々とフレイムイーターを斬って倒している。エレミはルジイから火炎耐性の魔法をかけて貰い、槍で上手くフレイムイーターのコアを貫いていた。ザキロもこちらが優勢になったのでモンスターを1体ずつ倒していた。やがて周囲に敵が居なくなり、ひとまず安心出来る状態になった。
スミナはドシンにどう声をかけるか少しだけ悩む。本来はデビルと戦うのは危険だから注意したい気持ちもある。だが、ドシンが成長してデビルと対峙し、撃破出来た事は褒めるべき事だと思った。
「ドシン、デビルを倒すなんて凄いね」
「ありがとう。でも、あそこまで戦えたのはミアンさんとルジイが魔法をかけてくれてたのもあるし、ルジイがあのデビルの動きについてアドバイスしてくれたのも大きいよ。それよりもスミナは大丈夫だったのか?」
「ああ、ちょっと焦げちゃったけど全然平気だよ」
「スミナさん、回復しますねぇ」
ミアンが寄ってきて回復魔法をかけてくれる。スミナは火炎耐性の魔法が甘かったので少しだけダメージを負っていたが、ミアンの魔法ですぐに完治した。
「ヘガレさん、どういう事ですか?死ぬかと思いましたよ。野外訓練の安全性は国が保証してくれると聞いてましたが。父に国と学校に抗議してもらう事も考えますよ」
「えっと、これは流石に想定外でして……」
「ザキロさん、勘違いしてはいけませんよぉ。悪いのは学校や国では無くて、襲ってきた魔族ですからねぇ」
「それはそうですが……」
ミアンに窘められ流石にザキロも抗議の声を取り下げる。ただ、安全対策に問題があったのは確かだろう。
「ヘガレさん、アスイさんに連絡してみます。周囲の警戒とみんなの事をお願いします」
「分かりました」
スミナはヘガレに言って、少し離れた場所に移動する。エルもスミナについて来ていた。
『アスイさん、大丈夫ですか?』
『スミナさん、無事だったようで何よりです。こちらは混乱はしていますが問題ありません。スミナさんの方はどうですか?』
『襲撃してきた敵は撃退して、わたし達のパーティーは無傷で大丈夫です。魔族の襲撃だと思いますが、どんな状況なんですか?』
アスイに連絡が付き、スミナは状況を確認する。
『申し訳無いのですが、完全に裏をかかれました。騎士団やパーティーの野営地を広めにとったのが魔族にバレていたようで、各地で同時に襲撃され、現場は混乱させられています。騎士団を向かわせると敵は撤退して隙のあるところへ現れるので、こちらの動きがどこかで見て指示しているようです』
アスイが説明する。騎士団の動きまで見られているのは予想外だった。敵が撤退する事もあるというのは敵の思い通りにこちらが動かされている証でもある気がする。
『とにかく被害を押さえるように近くにいるパーティーは合流させて守れる体制を取っています。ですが深夜ですし、移動するのも危険で難しい状況です。なので私は指示を出している、恐らくレオラだと思われる魔族を探して動いています』
『分かりました、わたしも探すのを手伝います』
『いえ、スミナさんは危険なので皆さんと固まっていてもらった方が』
アスイがスミナの事を心配する。
『大丈夫です、エルもいますし、アリナの位置が移動しているのも感じています。あの子ももう敵を探して動いてるみたいなので、わたしも探しますよ。手が足りないんじゃないですか?』
『分かりました、確かにその通りなので協力お願いします。ですが、無理はせず、レオラを見つけてもまずは連絡して戦わないで下さいね』
『はい、ではまた後で』
スミナは魔法の携帯電話を急いで切る。
「エル、敵の指揮官を探すよ」
「分かりました、マスター」
スミナはそう言ったものの、闇雲に探してもしょうがないと思う。一旦冷静に状況を整理してみる事にした。
まず生徒の野営地はさっき上がった信号弾の位置やエリア毎に別れた飛行船の位置である程度離れた位置を設定しているのが分かる。それを護衛する為の騎士団はその間を巡回し、どこへでも行きやすい位置に配置しただろう。そして全体の安全を考えるアスイはそれらのどこへでも駆け付けられるように野営地の全体の中心にいた筈だ。もし敵がそれを知っているならアスイの近くには潜まないだろう。
(多分野営地の場所は極秘で決めて、魔族にも流石に洩れていなかった筈。ただ、上手く情報収集してそれを把握しながら指示を出していたと考えられる。そうなるとそれをやりやすい場所は……)
スミナは地図と周りの地形を実際に見比べて一つの場所を見つけた。
(タクヲ山の山頂か!!)
スミナの野営地は山の上にあるが、タクヲ山の山頂は更に高く、それを見下ろせる位置にあった。魔族には視力と視野が広いものもおり、山頂から状況を把握していた可能性は十分にある。スミナはみんなの所に戻り、ヘガレに簡単に状況を説明した。
「なので、わたしはアスイさんの手伝いで魔族の指揮官を探しに行ってきます。ヘガレさんはみんなを守って下さい」
「ちょっと待ってくれ、スミナさんはパーティーのリーダーだろう。私達を置いて逃げるつもりじゃないのか?」
「お前いい加減にしろ。緊急事態だってのは分かるだろ。スミナは危険を承知でみんなを助ける為に動こうとしてるんだぞ」
身勝手なザキロに対してドシンがキレる。
「その通りです。スミナさんはいつも皆さんの為に動いているんですよぉ。なので、ミアンもスミナさんに付いて行きます」
「え?ミアンさんそれは流石に危ないので」
「大丈夫です。ミアンは自分の身は守れます。それに何かあった時に回復役がいないのは危険ですよぉ」
確かにミアンの言う通りで、スミナとエルの2人で行動した夏休みは危険な目に遭っていた。
「俺も付いてくぜ。さっき見た通り、自分の身は自分で守れる。あと、お前の言う事は絶対に聞く。だから、今回は連れてってくれ」
ドシンに頼み込まれる。人数が多ければ対応出来る事も増えるし、いざとなれば自分が囮になってみんなを逃がす事も出来るだろう。
(それにいざとなれば神機もある)
スミナはエルと2人で動くつもりだったが、ミアンとドシンの意思を尊重しようと思った。
「分かった。ミアン、ドシン、危ないけど付いて来てくれたら助かる。
ヘガレさん、残りのみんなを頼みます。あとエレミ、あなたは自分が思ってるよりずっと強い。みんなを守ってあげて」
「分かりました、スミナさんもお気を付けて」
エレミは最初に会った時よりずっといい顔になっていた。スミナは4人でレオラを探しに行こうとする。
「あの、僕も連れて行ってくれませんか。潜伏している敵を見つける魔法は得意なんです。自分の身は守れると思うし、役に立つと思います」
そこでルジイが付いてくる事を志願してきてスミナは驚いた。
「敵は先ほどのデビルよりずっと強いかもしれないんですよ?」
「分かってます。ですが、全生徒の危機なら僕もここで残ったら後悔すると思うんです」
「分かりました。ドシン、ミアン、ルジイをなるべく守ってあげて」
「おう、任せろ」
「分かりましたぁ、スミナさんの力になれるなら嬉しいですよぉ」
スミナは4人の仲間と共にレオラを探しに真夜中の探索を始めるのだった。