28.呪いの人形の話
レモネとの模擬戦から数日後、スミナはガリサと共に神話と伝承の分析の授業を受けていた。授業が終わるといつものようにガリサはジゴダの所へ向かう。スミナは次の授業の準備もあるのでジゴダに挨拶だけして廊下から立ち去ろうとした。
「スミナくん、ちょっといいかな?」
ジゴダはガリサとの会話を中断し、スミナを呼び止める。
「何でしょうか、先生」
「以前勇者テクスについて尋ねた事があったね」
「はい、何か分かったんですか?」
スミナはすっかり記憶の片隅に追いやっていたテクスの名前を久しぶりに聞いた。
「ああ、夏休み間少し資料を整理してね、その中にテクスが出て来る物語があったんだ」
「それはどんな話なんですか?」
スミナは興味が湧いてくる。
「呪いの人形の話だよ。持ち主の家族が全員死んでしまうという。ちょっとした怪談だね」
「そんな話に勇者テクスが出てくるんですか?」
「ああ、僕も意外に思ったんだ。テクスはこの呪いを解決した人物として名前が残っている。詳しくはこの本を貸すので読んでみてくれ」
「分かりました、ありがとうございます」
スミナはジゴダから古い本を受け取る。本は古い物語を集めた童話集のようだった。
「あと、興味深いのがこの話が事実だという証拠が残っている事だ」
「何が残っていたんですか?」
「人形ケースの魔導具だよ。珍しい物だから魔導研究所に保管されていると聞いたんだ」
「そうなんですか。色々調べて頂いてありがとうございます」
「いや、過去の事を知ろうとする生徒に協力するのは教師の務めだからね」
スミナは次の授業があるので本を読むのは後回しにした。
寮に戻ってからスミナは借りた本を読んでみる。本の一節にある呪いの人形の話は以下のような内容だった。
ある貴族の夫婦と娘が住む屋敷があり、娘は人形が好きで集めていた。ある年の誕生日に娘は古道具屋にある不気味な人形を気に入ったと言って買って行った。娘は不気味な人形をとても可愛がったという。だがしばらくすると屋敷で殺人事件が起き、夫婦と使用人達が殺され、娘だけが生き残った。娘は人形がやったと言ったが信じる者は無く、モンスターか殺人鬼の仕業という事で片付けられた。
屋敷はそれから別の貴族などの金持ちが住むようになったが、皆子供1人を残して全員殺されてしまう。子供の言い分は毎回人形の仕業だった。いわく付きの屋敷をその後買う者は居なくなった。
町の人達も呪われた屋敷だとして、誰も屋敷に近寄らなくなった。費用を出して取り壊す事も出来ず、町では最低限の管理だけをするようになっていた。その後、深夜の屋敷に盗人が入り、家財道具を盗もうとした。しかし、翌朝発見されたのは無残な盗人の死体だけだった。町の人々も人形の呪いなのではと疑うようになる。それから度々町では殺人事件が起こるようになり、町の人々は夜に出歩かなくなっていた。
数年後、町に勇者テクスが立ち寄った。町の人の依頼でテクスは呪いの人形の調査をした。テクスは呪いの人形が人々を殺した事を突き止め、それを破壊した。それ以降町で謎の殺人事件が起こる事は無くなったという。
スミナは話を読んで何か引っかかった。話の前半は呪いで人が死ぬ怪談のような話だ。だが後半は町で問題が発生し、それを解決する話に変わる。その人形が起こした問題なら一環していると思うが、誰かが辻褄を合わせたようにスミナは感じていた。
(ともかく本当に起こった話かどうか確認してみればいいか)
スミナはアスイに連絡を取り、魔導研究所にあると言われる人形ケースを見せて貰えるよう交渉して貰う事にした。
数日後の放課後、アスイが調整してくれたのでスミナはアリナとエルと共に魔導研究所へと向かった。アリナは今日は付いてくると言い、エルは魔導研究所側のある要望があったので少女の姿で付いて来てもらった。アスイは今日は用があるので来れず、スミナは場所と時間を聞いて直接向かう事になった。
「スミナ・アイル様ですね、バドフ所長がお待ちです。3階の論議の間までご案内致します」
魔導研究所の入り口で受付の女性に話すと目的の部屋まで案内される。魔導研究所へはゲートを使った時に入った事はあったが、今回はゲートのある建物とは別の建物らしく、渡り廊下を通って奥へと案内された。そこは塔のような高い建物で、見た事の無い魔導具が各所に見られた。研究者と思われる魔術師ともよくすれ違う。
「こちらです。所長、入ります」
受付の女性が扉を開けると、そこは円形のテーブルにソファーが並んだ会議室になっていた。テーブルの上には目的のケースが置いてあり、ソファーの一つに王城でも会った白髪と長い白い髭が印象的なバドフが座っていた。
「案内ありがとう。さあさあ、座ってくれ」
バドフは受付の女性を帰すと双子達をソファーに座らせた。
「まずは改めて自己紹介を。ワシはこの魔導研究所の所長をやっておるバドフ・スルモじゃ。アスイ氏より話は聞いておる。という事はそちらのお嬢さんがあの魔宝石なのかね?」
「はい、こちらのエルは魔宝石です。その前にわたしも自己紹介を。アイル家の長女のスミナ・アイルです」
「妹のアリナ・アイルです。
で、今日の用件はエルちゃんじゃ無いでしょ。それ見せてもらっていいの?」
アリナが自己紹介しつつ釘を刺す。こういう人物が興味ある事になると話が長くなるのをよく分かっているのだろう。
「すまんすまん。そう、これが呪いの人形の話に関連する人形ケースの魔導具じゃ。といっても、これは元々人形ケース用に作られた物では無いと調べて分かった。この魔道具は中に入れた物の劣化を抑える魔法がかかっておる。恐らく研究用に作られた物だろう」
バドフがケースについて説明する。四角いガラスで出来たケースは底の部分だけ金属で出来ていて、装飾も少なくシンプルな形状だ。全体からは仄かな魔力を感じ、それなりに貴重な物なのがスミナには分かった。
「触ってもいいですか?」
「ああ、構わんよ。こちらでは一通り調べたからな」
「では失礼して」
スミナはケースに触って、まずは道具としての使い方を理解する。ケースはバドフの言った通りモンスターの素材など放置すると劣化する貴重な物を保管するように作られていた。元々の用途に人形を保存する目的は無かったようだ。液体漬けの保存容器より手軽で取り出し易いように開発されたのだろう。
続いてスミナはケースの記憶を読む。古代魔導帝国で作られ量産された辺りは流して見ていき、人形用に使われるようになったところからきちんと見るようにした。
そのケースは遺跡発掘で見つかり、他の魔導具と一緒に魔導具屋に売られていった。店主は道具を調べ、食品を長期間保存出来る魔導具として店に並べた。ただ、別に冷蔵庫の魔導具があり、価格もそれより高かったのでしばらく売れ残っていた。
その魔道具を買ったのは年老いた魔術師だった。老魔術師は郊外の家に魔導具を持ち帰るとその中に不気味な人形を入れて部屋に飾っていた。人形は木製のピノキオのようなタイプの人形で、服は着ておらず直接身体に色が塗ってあり、それも剥がれかけていた。顔は釣り上がった目とへの字口でそれが不気味な印象を与えていた。その人形が何なのか、どうしてケースに入れたのかは分からない。ただ、老魔術師はその人形を大事にしていたのは確かだった。
老魔術師は寿命で亡くなり、ケースと人形は親族により古道具屋に安値で売られていった。古道具屋は不気味だが値打ちがありそうだと感じてそれを人目に付く窓側に置いて売っていた。しかし数年間買う客は誰もいなかった。
ある日、立派な身なりの紳士とその娘の少女が古道具屋の前を通りがかる。少女は10歳ぐらいの可愛らしい子だった。
「お父様、私あの人形を入れるケースが欲しい」
「あれかい?お店でいくらか聞いてみよう」
父親が店に入って店主に交渉する。店主はケースと人形はセットで単品で売る事は出来ないと言った。勿論店主が勝手に決めた事で、人形分の代金も取ろうという店主の悪知恵だった。
「ケースだけでは売ってないそうだ。あの気味の悪い人形は要らないだろう?」
「そんな事を言ったらお人形さんが可哀想よ。私人形も一緒に買うわ」
「分かった、大事にするんだぞ」
そうしてケースと不気味な人形は貴族の家に売られていった。その屋敷は町の外れにある立派なお屋敷で、扉から中に入ると2階へと繋がる大きな広間が広がっていた。少女はケースを屋敷の広間の目立つ場所に置き、その中にお気に入りの綺麗な洋服を着た女の子の人形を入れた。元の不気味な人形は奥の部屋に仕舞われたようだ。その人形は少女のお気に入りらしく、出かける時はケースから出していつも持ち歩いていた。
それから数年、屋敷は平和で少女も綺麗に成長してきていた。お気に入りだった女の子のお人形も持ち歩かなくなり、ケースの中にずっと仕舞われるようになっていた。
「良い縁談だと思ったのだが、なぜ断ったんだい?」
「だって、あの人センス無いんですもの。顔だって好みじゃないし」
屋敷に帰って来た父親と少女は縁談の話をしていた。
「ですが、家柄は立派ですよ。将来を考えたら受けるべきでしょう」
「結婚するのは私よ。もっといい相手を探してきて欲しいぐらいだわ」
「この子ったら我儘言うようになって」
母親と少女は喧嘩したままそれぞれの部屋へと入って行った。その日の夜中、少女は広間にやって来ていた。手には不気味な人形を持ち、それをケースに入れてお気に入りの人形を持って部屋に戻っていった。
「何でこの人形が飾ってあるの?私はこれが嫌いだって言ってるでしょ」
翌朝母親が広間で不気味な人形を見てヒステリックな声を上げる。
「私じゃないわよ。きっと一人でに人形が入ったんだわ」
「そんな事を言って私に対する嫌がらせでしょ。とにかくその人形を広間から追い出して!!」
「分かったわよ」
娘はケースを開けて人形を持って帰った。しかし、その翌朝も次の日の翌朝も不気味な人形は少女の手によって広間に飾られていた。
「嫌がらせもいい加減にして。分かりました、この人形は私の手で処分します」
「やめてよお母様」
「駄目です」
母親はケースから不気味な人形を取り出すと屋敷の奥の部屋に持って行く。少女はそれを追いかけていった。
「キャーー―ッ!!」
屋敷に女性の悲鳴が響く。それを聞いた父親と使用人達が悲鳴のした奥の部屋へと入って行く。その後喧騒が続き、やがて静かになった。部屋から出て来たのは血まみれの少女だけだった。
買い出しから帰って来た使用人が血まみれの少女を見つけ、国の警備兵に知らせに行く。警備兵は屋敷を調べたが犯人やモンスターは見つからず、犯人は逃走したと結論付けた。少女は知り合いに引き取られ屋敷を去り、殺人の痕跡を片付けた後に屋敷は無人の状態が続いた。人形ケースにはそこにあるのが当たり前のように不気味な人形が飾られていた。
数ヶ月後、屋敷を別の貴族が見学に来て、気に入って住む事になった。その貴族も1年は何事も無く生活していた。その貴族には2人の元気な息子がいて、息子達は屋敷にある人形と自分達の騎士の人形などを戦わせて遊んだりしていた。ケースに入っていた不気味な人形も息子達の遊び道具の一つだった。
その日は両親が出かけていて兄弟は留守番をしていた。
「なあ、この人形を使ってパパとママを驚かせてやろうぜ。特にママはこの人形が嫌いだし」
「どうやって驚かせるの?」
「お前が入り口の扉の前で足止めさせて、その時俺が上からこの人形を紐で下ろして驚かせるんだ」
兄は玄関の上にある魔法のシャンデリアを指差して言う。
「あんなところ登るの?危ないよ」
「大丈夫だって、俺は魔法で少し飛べるようになったし」
兄は10代前半で、既に魔法が使えて高いところも怖くないようだった。両親が戻って来る時間が近付き、兄弟は驚かせる準備に移る。兄は2階に上がって、そこから魔法でシャンデリアに飛び移れる位置に着く。手にはロープとそれに結んだ不気味な人形があった。弟は扉の前に移動し、覗き窓から両親が来るのを確認している。
「お兄ちゃん、馬車が着いたよ。もうすぐ入って来る」
「分かった、お前はそこで時間稼ぎをしろ」
兄はそう言って魔法でシャンデリアに飛び移った。シャンデリアに乗ったはいいがバランスが悪くシャンデリアが大きく揺れるのを必死に耐える。弟は兄を心配しつつも扉が開くのを待った。
「ただいま、おや、出迎えに来るぐらい寂しかったのかい?」
「パパ、ママお帰りなさい。うん、寂しくなっちゃって」
「お兄ちゃんはどうしたの?」
「えーと……」
弟は兄が脅かすのを待って必死に食い止めようとする。兄はロープを下におろそうとしたが、人形が絡まってしまい上手くロープが下ろせない。流石に弟が何も言わないので両親は不審がった。
「どうしたんだい?何か隠してるのかな」
「いや、そうじゃなくて……」
弟がそう言った瞬間、天井に吊るされていたシャンデリアが兄の重さと揺れに耐えられなくなって落下した。兄は慌てるが経験不足で瞬時に魔法で何とかする事が出来ない。
「あっ!!」
父親は落下する物に気付いた。が、対処する時間は無かった。父親に出来たのは弟を突き飛ばす事だけだった。“ガシャンッ!!”と大きな音が鳴り、屋敷の広間に血しぶきが広がった。両親はシャンデリアに潰され、兄も落下の衝撃でシャンデリアの一部が胸に大きく刺さって絶命していた。
「うわぁぁぁん」
弟は目の前の惨劇に泣く事しか出来なかった。死んだ兄の手には不気味な人形が握られていたのだった。
使用人が広間の惨状を警備兵に通報し、確認の結果事故として片付けられた。弟も親戚に引き取られていった。
屋敷は改装され売りに出されたようだが1年近く買い手はいなかった。更に数年経ち、蜘蛛の巣だらけの屋敷に高価だが下品な服装の家族がやって来た。中年太りした旦那は商人のようだった。
「ここが格安の屋敷か。確かに古いが作りは悪く無いな。呪いなど信じぬが流石に不気味だ。だがここに住めば商売もやりやすいし、検討してみるか」
「あたしは気に入ったよなんか人形が飾ってある部屋もあったし」
「本当にこんな所に住むんですの?ほら、そこに飾ってある人形なんて不気味じゃない」
娘は気に入ったが母親は嫌そうな顔をしていた。娘は10代で少し意地が悪そうな顔をしている。母親は若く美しいが化粧が過剰だった。
「とりあえず問題無いか調べて貰ってから決めよう」
一家はそう言ってその日は屋敷を立ち去った。後日、商人と魔術師の2人が屋敷にやって来る。
「ここで2度事件が起きたらしい。呪いや悪霊が住み着いて無いか調べてくれ」
「分かりました」
魔術師は部屋の隅々を調べる。勿論不気味な人形の入ったケースも念入りに調べていた。
「問題ありません。放置されて低級霊が住み着きやすくはなってますが、悪霊避けの魔導具を置いておけば寄って来なくなります」
「その人形は大丈夫なのか?」
「ケースは魔導具で魔法がかかっていましたが、人形自体はただの人形です。私が保証します」
魔術師は自信たっぷりに言い、商人はそれを信じた。しばらくすると商人が屋敷を買ったようで屋敷が使用人達によって綺麗に掃除された。綺麗になった屋敷に商人一家は住むようになった。
「ねえ、その人形不気味だから人形部屋に持って行って頂戴」
「あたしはあった方がいいと思うな。なんかこの広間と調和取れてるし。ね、パパ」
「まあ、ただの人形だ、よく見ると価値もありそうだし飾っておくのもいいだろう」
母親は嫌がったが結局人形はそのまま置かれる事になった。
商人は屋敷で商談をする事が多く、広間には連日のように客が来るようになった。そのまま特に問題は起きず2年の時が流れた。屋敷に来る人も減っていき、商人は見るからに健康を害した動きをしていた。
「パパ、大丈夫?絶対あいつに毒を盛られてるんだよ。再婚したのは財産目当てなんだって」
ある日商人に対して娘が言った。再婚相手と言われた母親は出かけていて屋敷には居なかった。
「こら、そんな事を言うんじゃない。あいつはお前の面倒もよく見てくれてるじゃないか」
「でもパパの居ないところで厳しく叱ったりするんだよ。パパが居る時だけいい顔してるんだよ」
「だからといって、毒を盛っているのは言い過ぎだろう」
「動くのも大変になって来てるんでしょ。お医者さんになんて言われてるの?」
「疲労回復の薬を貰ってる。働き過ぎだと言われたから少し仕事を減らしたんだ」
商人はそう言いながらも息苦しそうに見えた。
「ただいま戻りました。あら、あなたも帰ってたのね」
そのタイミングで母親が帰って来た。母親は濃い化粧で綺麗な服を身に着け、買い物してきたと思われる高級そうな袋を抱えていた。
「ママ、また贅沢してるの?」
「贅沢なんかじゃありません。一流の商人の妻として身なりに気を使っているんです」
母親は娘に言い返す。
「まあまあ、確かに身なりは大切だ。
なあ、明後日お得意様との会食があるんだ。一緒に出てくれんか?」
「明後日ですか?もう予定が入ってしまってますわ。せめて一週間前には言って下さらないと」
「ママ、若い男と会ってるんじゃないの?」
娘が非難するように言う。
「この子はなんて事を。あなたも言って下さい」
「そうだ、どこでそんな事を覚えたのか」
「だって友達がママと町の若者が一緒に歩いてるの見たって」
「そ、それはこの人のお客様ですよ。私だって頑張ってるんですから」
妻は少し焦りながら言う。流石に商人も母親を疑うようになってきていた。
「なあ、明日からは専用の料理人に食事を用意してもらう事にした。わしの分は作らんでいいからな」
「あら、私の料理美味しく無かったですか?要望があれば味付けを変えますわよ」
「いや、医者に食事内容を見直せと言われたんだ」
そんなやり取りがあった数日後、ついに商人は寝たきりになっていた。
「ママなんでしょ、パパをあんなにしたのは」
「そんなことあるわけ無いじゃない。私がどれだけ旦那様と貴方に尽くして来たか知ってるでしょ」
「じゃあなんでパパは寝たきりになったの?」
「それはお医者様が内臓の病気だとおっしゃってるじゃない。お薬も貰っていますし、すぐに良くなりますよ」
広間で2人は言い争いをしていた。非難する娘に対して母親は必死に反論する。
「じゃあなんで家にいない時間が増えたの?パパが大変なのにいつも出掛けてるじゃない」
「それは旦那様がお仕事出来ない分私が動いてるんですよ。あなたももう子供じゃないんだからそろそろ理解しなさい」
「でも、それだけの為に何十着もドレスが必要だとは思えないわ」
娘と母親の言い争いは激しくなる。
「パパに言いつけてやる」
「やめなさい、旦那様に心配かけるのは」
母親は娘を止めようとする。力では敵わないと思った娘は広間に飾ってあった不気味な人形を取り出した。
「何よ、それは」
「これは呪いの人形よ。町で噂を聞いたの。それ以上近寄ると呪いで死ぬわよ」
「そんな、バカバカしい」
母親はそう言いながらも娘に近寄れなくなっていた。娘は人形を持ったまま商人が寝ている2階の部屋へと移動する。母親も放置する事は出来ず、後を追っていった。母親が部屋に入ると3人の怒鳴り声が広間に漏れて聞える。それもやがて静かになった。部屋からは誰も出てこなかった。やがて食事を作りに来た使用人が部屋に入って悲鳴を上げる。使用人は目が映ろになった娘と共に部屋から出て来た。娘は「人形が……、人形が……」と呟くだけだった。
警備兵が屋敷に入って調査した結果、商人夫婦が口論の末互いに殺し合って死亡したという結論に至った。娘が屋敷に戻ってくる事は無かった。屋敷の商人の財産や荷物は回収され、殺人があった部屋も片付けられたようだが、元々あった人形や家財道具はそのまま残っていた。それから屋敷に住む者は誰もいなくなった。
そして10年ほど時が経過していた。屋敷は町で管理されており、月に1度簡単な掃除と中の確認が行われていた。子供がお化け屋敷と呼んで近寄る事はあっても、管理人以外中に入る者は皆無だった。
そんなある夜中、5人の男達が魔法で扉を開錠して屋敷の中に入った。誰も住んでおらず、警報装置なども仕掛けていないので入るのは簡単だった。男達は物取りのようだ。魔法の灯りを頼りに男達は屋敷を物色する。
「なんだ、結構いい物が残ってるじゃねーか。町の奴らは馬鹿だな、呪いだなんだ言って近寄らねーんだから」
「なあ、この人形価値あると思うか?」
男の1人がケースに入った不気味な人形に気付く。
「分からねー。だが、金目の物は全部持って行け」
「分かった」
若い男は袋に不気味な人形を乱暴に突っ込む。他の男達も持ち運べる家財道具を次々と袋に入れていった。
「おい、こっちに沢山人形がある部屋があるぞ」
「分かった、すぐ行く」
広間の道具をあらかた袋に入れた男達は1階の奥の人形が沢山あると言われた部屋へと向かっていった。それからしばらくは男達の何やら興奮した声が広間にも漏れていた。しかしその後はドタバタと物音が響き、「やめろー!!」という男の叫びが聞こえた。そして静寂が訪れた。
屋敷が男達に荒らされたのに気付いたのは数日後、管理人がいつものように訪れた時だった。管理人は屋敷が荒らされた事に気付くとすぐに警備兵を呼んできて中を調べて貰った。中から男達の死体が見つかり屋敷は大騒ぎになる。調べた結果物取りが取り分で内輪揉めして殺し合ったという結論になった。ただ、不気味なのはそれが人形が大量にある部屋で行われた事だった。人形の呪いだと言う人もおり、管理人は別の人に変わったのだった。
新しい管理人は無口で不愛想な男で、怖がらず屋敷の確認と掃除を月一回こなしていた。ただ、屋敷に変化はあった。夜中にドタバタと奥の部屋から物音がするようになったのだ。管理人は奥の部屋も確認しているようだが、何の反応もしなかった。不気味な人形はケースに戻され、そこにずっと鎮座していた。
5年が経ち、屋敷に近寄るのは管理人だけだった。だが真夜中の物音は不規則に続いていた。
そんな屋敷に珍しく訪れる人達がいた。それはまだ10代と思われる若い4人の男女の冒険者パーティーだった。
「どうぞ、好きに見て行って下さい……」
「案内ありがとうございます」
管理人にリーダーと思われる騎士風の青年が丁寧に答える。
「どうだ、何かありそうか?」
「分かりません、少し調べてみましょう」
騎士の青年に問われて魔術師の青年が周りを調べ始める。残り2人の若い女性も広間を見回す。
「確かに不気味な雰囲気はありますが、邪悪な気配は感じません」
「呪いなんてあるわけねーだろ。こういうのは何か裏があるんだよ」
聖職者の女性に対して高身長の女戦士が答える。4人はそれぞれ屋敷を調べていく。
「この人形なんて怪しくねーか?コンモ、調べてみろよ」
「人形ですか。確かに噂になってるのは呪いの人形でしたね」
女戦士に呼ばれた魔術師が広間のケースに入っている不気味な人形を調べる。
「ただの人形ですね。ケースは魔導具ですが、大した物ではありません」
「奥の部屋の人形も見て来ましたが、呪いの類は確認出来ませんでした」
聖職者が戻って来て言った。
「そうか、ミシリありがとう。やっぱり人形や館に問題は無さそうだ」
「テクス、もうそろそろいいでしょう」
「分かった」
魔術師にテクスと呼ばれた青年は何かを決意したように答える。
「すみません、確認させて下さい。この館で殺人事件が起き、それから町で度々行方不明者が出ているという事で間違いないですか?」
「僕も詳しくは知りませんが、ここで盗人が殺されたのは事実です。町の行方不明については確かにそういう話も有りますが、関係しているかは分かりません。近隣の住民が勝手に関連付けてるだけでしょう」
テクスの質問に管理人は感情を込めずに話す。
「ところがそうも言ってられないんです。別の町からこの町に買い物に出かけて行方不明になった人がいて、俺達はその調査に来たんですよ。聞けば似たような話が他にもあるそうで」
「そんな事僕に言われても困ります。この屋敷が怪しく無いのなら関係無いんじゃないですか?」
「テクス、いい加減本題に入ろうぜ。こいつをぶっ飛ばしてでも吐かせればいいんだろ」
「サイラ、なるべく穏便に進めよう。折角人間の振りをしてるんだから」
テクスは逸る女戦士を宥める。テクスのその言葉を聞いて管理人の形相が変わった。
「そこまで分かっていながら茶番を続けたわけか」
「いえ、こちらにも調べ物があったので、呪いの調査はそのついでですよ」
魔術師が杖を構えながら言う。管理人の姿はどんどん変わっていった。
「余計な事をしなければ長生き出来たのにな。もう逃げられんぞ」
管理人の姿は巨体の緑色のデビルに変わっていた。そして正面の扉や奥の部屋から町の人と思われる人達が入って来てテクス達を囲んでいた。
「いつから入れ替わっていた」
「死んでいくお前らに教える必要は無い」
囲んだ人たちも色んな色のデビルの姿になり、テクス達に襲い掛かった。十数体のデビルに囲まれてテクス達は不利かと思われた。しかし4人は連携してデビルに対抗していた。
テクスの剣技と身のこなしは素早く、デビルの攻撃を華麗に躱して1撃で1体確実に仕留めていた。魔術師も魔法が効かないデビルに対して道具を使った魔法で動きを封じ、剣を魔法で操ってトドメを刺すという高等な技を使っている。女戦士は大剣を振り回し力でデビルの動きを牽制し、バランスを崩したデビルは一刀両断された。聖職者は周囲をよく観察し、仲間を襲おうとするデビルの動きを邪魔したり、仲間に魔法をかけて的確に援護していた。
デビル達も強かったが、テクス達はそれを大きく上回っていた。十数体居たデビルも気付けば残り1体になっている。
「何者だ、キサマらは」
「俺達はただの冒険者ですよ。悪事を見逃せない、ね」
「それより何が目的でこの町に巣食ってたんだ?」
「オマエらに言うわけ無いだろう」
「じゃあ死ね」
女戦士は大剣で最後の一体のデビルを叩き斬った。
「こんな事をして後悔するぞ、キサマら……」
デビルは負け惜しみを言いつつ消滅していった。その後テクス達は屋敷の周りを調べ、広間に戻ってきた。
「ありましたね、外の地下室の下に死体置き場が。残念ながら生存者は居ませんでした」
「テクス、どう報告するんだ?」
「デビルがやった事にすると調査が入って面倒になる。原因は呪いだった事にして、人形には犠牲になってもらおう」
テクスは広間に飾られた人形を手にして言う。
「折角の手柄を台無しにするんですか?」
「別に手柄が欲しくてやってるわけじゃない。もしかしたら魔神が成り代わっているかと思ったから来ただけだし。しかし、今回も空ぶりだった」
「そんな事もありませんよ、テクス。魔族は何らかの目的で人の死体を集めていたようで、魔神が裏にいる可能性があります。魔族の足取りを辿れば魔神に辿り着くかもしれません」
魔術師の男が言う。
「なら、急ごう。神機は破壊しなければならない」
テクスはそう言って人形を持って屋敷を立ち去った。
後日、屋敷の片付けが行われ、ケースは別の町の道具屋に売られた。ケースは売り物にされる事無く道具屋の倉庫で長期間眠った後に魔導研究所に渡っていったのだった。
ケースの記憶を見たスミナは疲労を感じていたが、何とか気を保つ事が出来た。スミナは勇者テクスが最強の剣の記憶の時よりずっと若く、仲間と共に居た事を意外に感じていた。そして何よりテクスが最後に言った言葉が衝撃的だった。
「どうでしたか、これが呪いの人形が入っていたケースだという事ですが、合っておりましたかな?」
「はい、大まかな内容は話の通りでした。ですが、呪いの人形は存在せず、入っていたのはただの人形でした」
バドフの問いにスミナは出来るだけ冷静に答える。
「では、勇者テクスは何を解決したのです?」
「勇者テクスが倒したのは魔族でした。人形の周りで不幸な事件が起こった事と、その屋敷で魔族を倒した事件が混ざって呪いの人形の話として後世に伝わったんだと思います」
スミナは細かい説明はせず、大まかに話す。スミナ自身まだ記憶の内容を整理出来ていない為、余計な事は喋らないようにした。
「なるほど。前も見ましたが、スミナさんが物の記憶を読めるというのは本当なんですな。羨ましい限りです」
「いえ、そんなにいい物でもありませんよ。魔力も消費しますし」
スミナは人には言わないが魔力の消費以上に記憶を自分の事のように体感する事にとても疲弊していた。無闇に記憶を読まない理由はそこにもあった。
「では、スミナさんのご要望は叶えましたので、こちらの要望も宜しいですかな?」
「神機ですね。お見せするだけなら構いませんよ」
「では是非」
ケースを見せてもらう代わりにバドフが要求したのはスミナが持つ神機の実物を見せてもらう事だった。バドフがアスイに頼み込み、スミナが了承したので見せる事になったのだ。
「エル、神機グレンをテーブルの上に出して」
「了解しました」
エルは胸の宝石に仕舞ってあるグレンの腕輪をテーブルの上に出す。久しぶりに見る神機は腕輪の形状でも圧倒的な力を感じさせた。
「これが神機……。確かに魔導具とは格が違いますな」
スミナはしばらくバドフが色んな角度から眺めるのを見守る。だが、あまり長時間出しておくと何か問題が起こりそうだと思った。
「バドフさん、もういいですか」
「うむ、もっと眺めていたいが、研究出来ないならしょうがないですな。大丈夫ですぞ」
「エル、格納して」
「了解しました」
グレンは再びエルの宝石の中へと入って行く。
「魔宝石の研究もしたいところですが、無理な相談ですな?」
「はい、すみません。エルをわたしは道具として見ていないので研究にはお貸し出来ません」
「大丈夫ですぞ。いやいや、いい物を見させてもらって満足でした」
「こちらこそお忙しいところをありがとうございました」
スミナは礼を言って魔導研究所を後にした。
「お姉ちゃん、疲れてるみたいだけど何かヤバいものを見た?」
「うーん、確かに色んな人が死ぬところを見たのはきつかったかな。でも、大丈夫だよ。あと、寮に戻ったら少し話したい事がある」
帰りにアリナが心配してくれたが、誰かが聞いてるかもしれない所で神機の話をするわけにも行かないと思った。
寮の部屋に戻るとスミナはアリナと猫になったエルに記憶で見た話を説明する。
「ねえ、勇者テクスが言った神機を破壊しなければいけないってどういう意味だと思う?」
「あたしは単に凄い力だから危険って意味でしかないと思うよ。まあそのテクスって勇者が正しい事を言ってるかどうかも怪しいけど」
アリナの言う事も一理あるなとスミナは思う。
「でも、魔神の事も知ってるみたいだし、わたし達の知らない何かを知ってるのかもしれない。やっぱり神機は使わない方がいいのかな」
「前にも言ったけど、あたしはお姉ちゃんに神機を使って欲しくないな。壊して欲しいとまでは言わないけど。それに使わずに済むようにあたし達は強くなったんでしょ」
「そうです、マスター。ワタシもマスターが無理しないで済むように強くなりました」
「そうだよね、2人ともありがとう」
スミナは2人の言葉に励まされる。だが、それでも心の底に引っ掛かりを感じているのだった。