3.2人の秘密
高熱で寝込んでいた双子が急に回復したのは同時だった。ちょうど両親やメイドが看病している最中、何事も無かったかのように2人は起き上がった。
「どこ?ここ?」
「大丈夫?ここはあなた達の寝室よ」
双子の部屋はベッドが二つ並んで置いてあり、スミナはキョロキョロと周りを見回していた。母ハーラはその姿を見て心配そうに答える。
「えっと、誰?」
「誰って、パパだよアリナ」
隣のベッドのアリナも不思議そうな顔で周りを観察している。周囲のメイドも心配そうにその様子を伺っていた。
「そうだ。ここはわたしの部屋で、お父様と、お母様と、アリナがいる。わたしはスミナ」
何かを確認するようにスミナが呟く。
「うん、そうだった。パパとママとお姉ちゃんだ。
なんか怖い夢を見てたみたい」
「本当に大丈夫?2人とも」
「どこか痛いところとかないかい?」
父ダグザとハーラが双子の様子を観察する。その後、医者を呼んで確認したが、2人の身体に異常は無く、かつてない程健康だった。むしろ以前より頭の回転が速く、両親は早熟なのが更に増したのではと感じていた。
そうして一段落し、双子の部屋から双子以外いなくなる時が訪れた。双子はここぞとばかりにお互いの顔を見つめ合う。
「お姉ちゃん、巳那なんでしょ?」
「という事は、やっぱり璃奈なの?」
双子は互いに前世の名前を言い合う。スミナには沢野巳那として過ごしていた時の記憶が、アリナには宮野璃奈の記憶が蘇っていた。
「不思議な感じだよね。あたしはアリナなんだけど、昨日まで高校生の璃奈だった感じも残ってる。あたしの家はここで家族もみんな家族だと感じるけど、璃奈の時の経験も残って混ざってる」
「これって異世界転生だよね。
多分、産まれた時から現実世界の頃の記憶は持ってたんだと思う。でも、小さい時は理解出来ないし、混ざると日常生活に問題があったから成長するまで思い出さなかったんだと」
現実世界の記憶を思い出した双子は互いにその時の姿の面影が残っているのを感じていた。でも、肌や目や髪の色はこの世界の人として産まれていて、あくまで面影だけだった。
「お姉ちゃん、最初に謝らせて。あたし、現実世界でお姉ちゃんに酷い事言った。凄い傷付けたと思う。ずっとその事を誤りたかった。あれは本音じゃ無いって」
「いいよ、もう。あれは終わった事だし、過去の記憶でしかないから。恨みや辛さは多分現世に置いて来たんだと思う。それに今は手のかかる妹にしか見えないし」
「酷い。でもあたしも巳那っていうよりお姉ちゃんとしか感じられないからそれでいいんだね」
双子は顔を見合わせて笑い合う。スミナは現世の事を思い出す時、心に痛みを感じている。でもあくまで過去の事だと思う事でその傷を埋める事が出来ていた。現世で璃奈と過ごした数ヶ月より異世界でアリナと過ごした10年の方がずっと大きいと思っていた。
「って、なんで璃奈も異世界転生してるの!?わたしは事故でケーブルが首に絡まって死んだところは覚えてるけど」
「多分同じタイミングで事故死したんだよ。あたしはあの日、巳那に酷い事を言った事を後悔して、帰ったマンションのガスが漏れてるのに気付かず死んじゃったんだ」
「そんな事があるんだ」
「そういう運命だったのかもしれないよ」
この世を呪って死んだ自分と後悔しながら死んだアリナは違うのではとスミナは思っていた。そしてそれが少し心苦しかった。しかしアリナの目はそんな事を感じさせないほど輝いていた。
「本当に異世界転生したんだあたし達。それにこの環境、転生SSRだよね」
「確かにそうかもしれない」
スミナはガチャのあるゲームをやって無かったのでSSRが凄いレアだという事しか分からなかったが、話を合わせた。
「家は立派だし、パパは強くて偉いし、ママは少し怖いけど魔法は凄いし、お兄ちゃんは優しくてカッコいいし。何より巳那がお姉ちゃんなのが最高!!」
「うん、わたしも璃奈と双子なのは嬉しい。魔族との戦争に勝った平和な世界で、強いモンスターも襲ってこない。本当にいい世界に転生したと思う」
「それにあたし達はお兄ちゃんがいるから家を継がなくていいし、何になるのも何をするのも自由だよ。こんな立派なメイド付の家で、貴族だけど結婚とかに縛られないのは凄いラッキーじゃん」
言われてみるとそうだなとスミナは感じた。現世の記憶が戻る前は少し家が特別なぐらいに思って育ってきたが、現世の記憶込みだと最高の環境なのだと思える。自分達の寝室も改めて見ると高価そうな絵や家具があり、寝ていたベッドも立派な装飾がある物だ。絨毯だって現実世界では見た事無いようなふかふかな物で、天井に吊るされた魔法の灯りも綺麗な石で飾られ立派だ。双子には寝室以外にも勉強部屋や休憩部屋が別個あり、衣服も専用のクローゼットがある。現世の日本では考えられない贅沢だった。
住んでる家は街の外れにあり、半分城のような何十部屋もある豪邸で、メイドも警護の兵士も住み込みでいる。しかも他の貴族のように偉ぶった両親では無く、むしろ平民出身なので市民からも慕われている。かつ、みんな強い。兄は学校で剣術で1位、見た目もカッコいい好青年。出来過ぎな設定だとスミナは思った。
「あとお姉ちゃん、魔法の事だけど、気付いた?」
「うん、現世の記憶が入った事で分かるようになったね。わたし達はこの世界の人と魔法に対する見え方が違うって」
双子は記憶が蘇った事で何かを理解したようだった。
「みんなは頑張って魔法を習得して使ってるけど、あたし達は最初から使える。しかも、普通の人が使えない魔法も簡単に」
アリナは手の上に黒い魔力の球体を作る。スミナはそれが破壊の禁呪であると分かった。
「それって多分、今の時代の人達は使えない禁呪だよ。それに、魔法を使う手順も違うよね」
「魔法のアプリがあたし達には最初からインストールされてるみたいな感じ」
スミナはこの世界の書物の知識から、魔法は料理みたいだと思っていた。魔法に必要な魔力の素を集め、適した形にして、混ぜて作ると。でも、自分が使う時はもっと簡単でおかしいとは思っていたのだ。それが現世の知識を得た事で、根本から違っている事が分かった。料理に例えるなら自分達の場合はレトルトの料理が既に準備されていて、温めれば完成なのだ。双子が5歳になって魔法が突然使えるようになった理由はこれだったのだ。
「全部の魔法じゃないけど、全ての種類の基礎魔法は使える。それに体技も入ってる」
「これっていわゆるチートだよね」
アリナが空中宙返りしたり、素早い斬り込みをしたりしてみせる。今までスミナも意識はしていなかったが、身体が成長するにつれ、色んな動きが出来るとは思っていた。それは全ての人がそういうものだと思っていたが、そうでは無かったのだ。ゲームだったら職業ごとに取れるスキルが違うものだが、双子は全ての基礎スキルを自然と覚えられていたという感じだった。
「それに祝福も多分転生者としての特別な物だよ」
そう言ってスミナは以前買って貰った枕元の剣に手を触れた。瞬間、スミナの脳裏に複数のイメージがよぎった。一つは年老いた鍛冶屋がこの剣を叩いて作っているところ。他はこの剣を父がスミナにプレゼントしてくれた時や剣でモンスターを初めて倒した時の記憶などだ。
「何?今の!?」
「お姉ちゃん、どうしたの?
って、ちょっと待って、剣を置いてベッドに戻って」
スミナはアリナに言われるまま、ベッドに戻る。2人が静かにしていると部屋に誰か近付いて来てるのがスミナにも分かった。
「お嬢様、何かありましたか?」
部屋に入ってきたのはお付きのメイドであるメイルだった。
「ごめん、元気になったから試しに動いてみただけだよ」
「まだ病み上がりですので無理をしたら駄目ですよ」
「分かった、静かにしてる。心配かけてゴメンね」
アリナが謝るとメイルは出ていった。
「もう話しても大丈夫だよ」
「アリナ、なんで誰か来るか分かったの?探知の魔法使ってた?」
「ううん。多分新しい祝福だと思う。危険が迫ると何か分かるようになったんだ」
「新しい祝福?」
そう言われてスミナは先ほど剣を持った時の感覚を思い出す。剣の使い方が分かる祝福の他に別の感覚があった事を。そして、遺跡で剣の魔導具を持った時も何か見えた事をスミナは思い出した。スミナは物を持つと何か見える事をアリナに説明する。
「多分それも新しい祝福だよ。そうだ、その絵に触ってみれば何か分かるかもよ」
「確かに絵なら使い方は出てこないし、いいかも」
確かめる為に部屋に飾ってあった風景画にスミナは触ってみる。すると見知らぬ若い画家の姿が思い浮かんだ。その後、絵が色々な家に飾られ、売られ、母親が気に入って画廊で買ったところが頭の中に流れていった。それと同時に今まで何も感じなかった絵が結構いい物に感じられた。これは現世の知識が入った事で絵の良し悪しが分かり、興味も沸いたからだとスミナは思った。
「物の記憶が見られる祝福だと思う。でも、これって何かの役に立つのかな?」
「どうだろう。あ、探偵ものの作品なら名探偵になれるじゃん」
「わたし探偵ものはあんまり見て来なかったからなあ」
スミナは現世のオタク知識が残っているのを不思議な感覚でとらえていた。自分が巳那であり、スミナである事に違和感は無く、地続きであるとは感じている。でも知識が増えたのだから周りの人からは違和感があるのではとも思っている。
「でもこれだけ異世界転生ボーナスがあるし、この世界は平和で強いモンスターもいないからあたし達で無双出来るよ」
「別に無双はしなくていいかな。むしろ出来るならわたしはスローライフの方がいい。
でも、遺跡のガーディアンの事を考えると強いモンスターがいない訳じゃない」
「それって別にこっちに攻めて来てるんじゃないし、特例じゃない?お姉ちゃんが倒せたんだし問題無いでしょ」
「そうだ、白銀の騎士!!」
そこでようやく自分が助けられた事をスミナは思い出した。現世の記憶が戻ってきた事ですっかりその時の事を忘れていたのだ。
「誰それ?」
「あの時わたしはガーディアンを倒せなかった。でも、白銀の魔導鎧を着た騎士が助けてくれたんだ」
スミナは名前も知らないその白銀の騎士にお礼を言わなければと思った。
「助けてくれた騎士ってどんな人だったの?」
「それが全身鎧だから顔は見えなくて。声は聞こえたけど、それも鎧越しだから男の人としか分からなかった。ただ、スラっとしてて、凄い強かった。多分、魔法技を使って1撃でガーディアンを倒してた」
スミナの言う魔法技とは魔法と剣技を合わせた技のことを指す。この世界の必殺技みたいなものだとスミナは思っていた。剣だけでは倒せず、魔法では速度や威力の関係で倒せないモンスターがいる。そうしたモンスターに対して発展したもので、魔法の効果を武器に乗せたり、速度や強度を剣技に加えたりと技は多岐に渡って広がった。双子はまだ基礎的な魔法技しか使えないが、魔法や体技の使い方を自覚した事でそれも変わるだろう。
「ねえもしかして、その人のこと好きになっちゃったとか?」
「なんでそうなるのよ。顔も分からないのに」
「でも気になるんでしょ」
スミナはどうなんだろうと自問する。自分よりも強く、もしかしたら兄よりも父よりも強いかもしれない。自分のピンチに助けに来てくれたヒーローみたいな存在だ。
「もう一度会いたいな」
「じゃあ探そう!!」
「うん」
スミナに一つ目的が生まれたのだった。
「で、その話は置いておいて、転生の事も新しい祝福の事も秘密にしておこう」
「なんで?別に言ってもいいんじゃない?」
「まだこの世界で知らない事の方が多いと思う。もしかしたら転生者とバレたら危険な事があるかもしれないし、祝福が2個あるとバレても色々面倒になるかもしれない。あと、現代知識も2人の時以外は言っちゃ駄目だからね」
慎重なスミナはまだ打ち明けるべきでは無いと判断した。アリナは少し不服そうだ。
「お兄ちゃんにも?」
「うん。確かにお兄様は善良で秘密は守ってくれると思う。でも、変に抜けてるところがあるから、どこかで秘密がバレるとも思う」
「あー、そーだよねー。カッコいいし、優しいし、ほぼ完ぺきなんだけど、たまに凄いポンコツなところがあるよね。でも、あたしは兄弟居なかったから嬉しいな、お兄ちゃんが出来て」
アリナの言葉でスミナは現実世界の家族の事を思い出す。が、とても家族とは思えなかった。両親や兄と過ごした記憶が消えた訳ではない。でも、家族として思い浮かぶのは異世界の方の家族で、現実世界の家族はまるで別の人間の物語を読んでいる感覚だった。転生時に問題にならないように何らかの処置があったのではともスミナは思ってしまう。
「そんなわけだから、とにかく、出来るだけ今まで通りに。現実世界の話は他に人には話さず、祝福も新しい方はバラさない事。分かった?」
「分かったよ、お姉ちゃん」
スミナはアリナの笑顔が現実世界の璃奈の笑顔と重なって見えた気がした。
それからの双子は今までと変わらない日常を送ったが、実際は内面の変化に伴って少しずつ変わっていった。冒険ごっこも実戦を想定したものを意識し、新しい魔法技も使えるようにしていった。ただし前回のスミナの件があったので遺跡への立ち入りは禁止された。勉強の方も本の見え方が変わっていき、スミナはこの世界の知識を中心に、アリナは面白そうな内容を中心に今まで以上に本を読むようになっていた。
また、戦闘と勉強の目標として、兄ライトが通っている戦技学校の入学試験に合格する事も含まれるようになった。ノーザ地方はそこそこ栄えていても王都に比べれば田舎であり、知識と強さを求めるなら王都へ行くのが最善で、家を出る理由としては学校は寮もあり両親を納得させやすいからだ。
それと並行してスミナを救った白銀の騎士を探す事も行っていた。遺跡はその後、王国から派遣された調査隊が入って調べたが、お宝やモンスターはもう残っていなかった。白銀の騎士はスミナが入った入り口とは別の洞窟から入ったようで、遺跡を探索していた形跡が残っていた。しかし、周辺の町や村で探しても該当する人物は見つからず、謝礼をする張り紙や冒険者ギルドを通しての人探しにも引っ掛からなかった。
スミナの見た腕前からしたら上級騎士や一流の冒険者クラスになるので絞り込むのは容易かと思われた。だが、結局本人からの名乗りが無く、誰かは謎のままだった。旅をしながら遺跡のお宝を探す、トレジャーハンターが一番近い人物像に当てはまる。だがトレジャーハンターになるのはむしろ冒険者を落ちこぼれた半端者やならず者が多く、ある程度の腕前の者は一般的にはならない。それにトレジャーハンターであろうとソロで動く者は少なく、遺跡探索をするならパーティーを組むのが普通だからだ。
該当人物が見つからなかった事で、スミナの中での白銀の騎士の強さとミステリアスさが強調されていった。やがてそれは憧れに近い感情へと変わっていた。そして自分が強くなればいずれどこかで出会えるのではとも思い、自らの鍛錬にも力が入っていた。
成長するに連れ、スミナとアリナの新しい祝福についても詳細が分かってきた。
スミナの祝福は物の記憶が読み取れると共に、その価値も分かるようになった。珍しい魔導具や歴史的に価値のある道具や本はぼんやり輝いて見えるのだ。遺跡で剣の魔導具に惹かれたのもそういった理由だった。記憶についても魔力を使えばその当時の記憶を動画のように再生出来て、映像と音は観る事が出来た。その道具が作られてからどう使われてきたか、時間経過を好きに戻して見る事が出来るようになっていった。
アリナの危険を察知する祝福はそれが怒られる程度の危険か、命に係わるような危険かを判別出来るようになっていった。また災害などの大きな危険は数日前から察知出来て、その時間も大まかに分かるようになった。危険は時間が近くなるほど精度が増し、攻撃を予測して避けるなどの応用も出来るようになっていった。
5年の月日が経ち、双子は15歳になっていた。スミナの身体は成長し、身長も女性としては高い方になった。筋肉と共に女性らしさも増して、濃い青の長髪が美しく、ドレス姿の時はまさに深窓の令嬢だった。
一方アリナは成長はしたものの、身長は低め、胸も控えめで、綺麗な紅い髪も短くしているので遠目からは一見男の子にようにも見えた。しかし顔は可愛らしく、愛嬌も磨かれていて、街では知らない人がいない人気者である。
そして双子はジモルの街では有名人となっていた。領主の娘ながら魔法で問題ごとを解決し、悪人を成敗し、モンスターが街の周りに現れれば真っ先に討伐に向かうからだ。
スミナの祝福は物の目利きや犯罪者を見つけるのに役立った。アリナの祝福は災害を事前に察知して対処するのに役立った。アリナは魔力が増えたのもあり、一つ目の祝福で作れる形も量も多くなり、どんな問題にも対処出来た。
幼馴染のガリサとドシンも双子と居る事で強制的に鍛え上げられた。しかし、魔法も剣技も双子には敵わない事を2人は深く実感していた。それと同時に自分達も双子と同じ戦技学校を目指すようになっていた。
「2人とも体調と健康には気を付けるのよ」
「お母様、まだ試験に行くだけで学校に通うわけじゃありませんよ」
「まあ2人とも合格は間違いなしだろう」
「うん、まあね」
心配する母ハーラと親バカな父ダグザに見送られ、双子は馬車で戦技学校の入学試験を受けに王都へと旅立とうとしていた。
「お嬢様達は私がしっかりと見張りますのでご安心を」
メイドのメイルも護衛を兼ねて付いてくる事になった。といっても強さ的には双子に心配は無く、むしろお目付けという形で、無茶しないように付いて来るようだ。
実技試験の方は双子とも心配は無いが、筆記試験の方は純粋な学力が試されるのでスミナは過去問を取り寄せ勉強した。しかし、スミナがこの世界で身に着けた知識にしてみれば当たり前のような問題が多く、勉強嫌いなアリナに要点を教えるのに使う事になった。勉強嫌いなら学校に行かなくてもいいとアリナにスミナは言ったが、面白そうだし、お姉ちゃんと離れるのは嫌だと我慢して勉強したのだった。
「では行ってきます、お父様、お母様」
「パパ、ママ、お土産買ってくるから」
「ああ、楽しみに待ってるよ」
「変な事に首を突っ込んでは駄目ですよ」
双子は初めての王都に胸を高鳴らせていた。