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25.モット家の夜

 巨獣マウントトータスが倒された事でフレズの町へのモンスターの侵攻は止まったようだった。


「ねえアリナ、必殺技の名前叫ぶのやらないと駄目?」


「ダメでしょそりゃ。必殺技なんだし」


「でも魔法だって魔法技マギルだって叫んで使ったりしないでしょ。それに叫ぶなら最初じゃなくてトドメを刺すタイミングでもよくない?」


 スミナは2人で決めた必殺技を実際に披露して恥ずかしさを感じていた。


「でもそれやろうとして叫ぶのを合わせるのに気を使ってタイミングがずれるって言ったのお姉ちゃんじゃん」


「だからそもそも叫ぶ必要が無いんじゃないかって事」


「相変わらず凄いですね、お2人は」


 下らない喧嘩をしているとレモネが双子の方にやって来た。後ろにはソシラの姿もある。


「どう?驚いたでしょ」


「凄かった……」


「ですが、到着してすぐに退治出来たのはレモネさんとソシラさんが周りのモンスターを倒していてくれたからですよ。弱点もソシラさんに教えてもらえましたし」


「いえ、私達だけではどうにもならなかったので、本当に助かりました。ありがとうございます」


「来てくれてありがとう……」


 レモネとソシラに素直に感謝されてスミナは照れ臭くなる。


「もしお2人が来てくれなければ私もソシラも死んでいたと思います。何かお礼が出来ればいいんですが」


「いや、お礼なんていいですよ。いきなり押しかけて来たようなものだし」


「お腹空いたし折角だからご飯食べさせてもらおうよ、お姉ちゃん」


「うちでご馳走する……」


 周囲にモンスターがいないのを確認した後、双子達はソシラ家であるモット家の屋敷に案内されるのだった。

 モット家の屋敷は同じ領主の屋敷でもアイル家の屋敷よりずっと広く大きく豪華だった。ただ、スミナにとっては豪華過ぎて自分の家の方が落ち着けると感じていた。


「凄い屋敷でしょ。昔はもっとこじんまりとしてたんだけど、ソシラのお父さんがやり手で今はこんなに立派になったんですよ」


 レモネがまるで自分の家のように自慢する。


「流石領主の館だよね。まあうちもだけど、うちはもっと田舎だからねえ」


「私は落ち着かない……」


 ソシラ自身は屋敷をあまり気に行っていないようだ。


「あの、私なんかが入っていいんですか?」


「スミナさん達の連れの人は問題無いです……」


「フルアさんもメイルも一緒に戦ってくれたんですし、ソシラさんが歓迎してくれているので是非」


 フルアは案内役だけでなく、途中のモンスター退治や後方支援をしてくれていた。アスイの紹介だけあってか魔獣を簡単に倒すほどの腕を持っており、大分助かったとスミナは思っていた。モット家の屋敷の食堂まで案内され、ソシラが使用人に色々話して、しばらくするとご馳走がテーブルに並べられていった。


「お代わりもありますので、好きなだけ召しあがって下さい。他に希望の品があれば周りの使用人に言って下されば対応いたします……」


 ソシラがすこしだけ貴族らしく振る舞い、一同は食事を始めた。既に夕方で簡単な休憩は取っていたが、ちゃんとした食事は朝からして無かったので双子達は遠慮せず頂くことにした。付いて来ていた大人体型のエルも周囲に合わせて食事をしている。


「それで、どうしてここまで来たんですか?」


 食事がある程度済んだ辺りでレモネが聞いてくる。


「お2人が学校に来ていない理由を聞いて、アリナが居ても立っても居られなくなったんですよ」


「だって、学校の生徒が減っていて、周りも何か空回りしてたし。あとは夏休みで強くなったからそれも試したくてね」


「そうだったんですか。しかし、本当に2人とも強くなってますよね。何してたんですか?」


 レモネの質問にスミナは嘘をつくのもどうかと思い、オルトに特訓をしてもらった事を話す。ただ、その切っ掛けとなった魔神ましんのことは黙っている事にした。


「オルトさんに頼んだのですか。それなら少し納得しました。ですが、スミナさんは学校ではオルトさんにはあまりいい印象を持って無かった気がします。なんか心変わりがあったのですか?」


 レモネの話はストレートにスミナに刺さる。昔の自分が恥ずかしい部分もあり、スミナは苦笑いをしながらなんとか答えようとする。


「自主的に訓練をしていて、結局行き詰ってしまったんです。そんな中、偶然オルト先生に出会って、自分を変える為には強い人に習うしかないと思ったんですよ」


「でもよくオルトさんが引き受けましたね。学校で呼ぶのも一苦労だったと聞いていたのに」


「そこはうちのパパが上手くやってくれたんだ。先生は昔パパに借りがあったみたいで」


 アリナがフォローをしてくれる。嘘は言っていないが、肝心な部分はこれで誤魔化せた。


「私達も今度頼んでみようか、ねえソシラ」


「特訓は嫌……」


「でも、今日も私達だけで倒せなかったでしょ」


 レモネは自分達だけで解決出来なかった事を後悔しているようだ。


「レモネさん達も十分頑張ってたみたいじゃないですか。数日町を防衛出来たのはお2人の功績だって聞きましたよ」


「ありがとうございます。しかし力不足なのは確かです。同じ休み期間があったのだからもっと出来た筈だと」


「2人にはまだ成長の余地があるって考えればいいんじゃない?」


 アリナなりのフォローでこの話題はひとまず終わるのだった。フルアが国が知っている情報とレモネ達の知っている情報のすり合わせをし、周辺の状況が大体分かってくる。


「お嬢様達の活躍であとは現地の方と王国騎士団に任せても何とかなりそうですね。今から出発してどこかで一泊すれば明日のお昼には王都に戻れるでしょう」


「そうだね、それなら明後日の学校には間に合うし」


「えー、もう出発するの?そうだ、2人も魔導馬車に乗ってけば早く王都に着くよ」


「確かにそうですね。でもまだ学校へ行く準備が出来てませんし、先に戻ってもらって大丈夫ですよ」


 レモネはアリナの提案をふんわりと断る。


「うち今は部屋が空いてる……。今日は泊まっていけばいい……」


「そんな悪いですよ、流石に」


 スミナは長居すると気が抜けてしまいそうで断ろうとする。


「ソシラ!!今帰ったぞ!!」


 そんな中大きな声を出しながら食堂に1人の男性が入ってきた。男性はソシラの方に一直線で向かい、身体を調べ回る。


「うん、大きな怪我は無いようだな。心配したんだぞ、まったく」


「お父様、みんな見てる……」


「これはこれは失礼しました。私はソシラの父でこの館の主人のドレド・モットです。皆さんのご助力で町が救われたと聞いております。特にアイル家のご令嬢に巨獣を倒して頂いたと。領主として感謝してもしきれませぬ。本当にありがとうございました」


 ドレドが深々と頭を下げる。ドレドは小太りで背も高く無く、双子の父ダグザより歳上に見えた。顔は丸く少し禿げていて温和で優しそうに見えた。背が高く細いソシラとは親子に見えないなとスミナは思った。


「頭を上げて下さい、ドレド様。わたしもアイル家の者として国の危機とあって当然のことをしただけです。それにソシラさんとは級友ですしね」


「そうそう、あたしも自分に何か出来ないかなって来ただけだから」


「お2人の話は娘とレモネからよく聞いております。学校でも秀でてとても強いと。かつての英雄ダグザ殿の娘と聞いて納得しておりました。私などは戦闘はからっきしで、現場で見守るしか出来ず歯がゆい思いをしております」


 ドレドはダグザとは違うタイプだがいい領主なのだろうなとスミナは感じていた。喋り終わったドレドにソシラが耳打ちする。するとドレドは納得したような顔をした。


「皆さん長旅でお疲れしているご様子ですね。我が家には客人をおもてなし出来る部屋がありますので、本日は泊まっていかれてはいかがでしょうか。町の恩人ですので勿論遠慮もお金もいりませんよ」


「そんな、悪いですよ」


「お姉ちゃん、折角なんだし、泊まっていこうよ。ソシラちゃんやレモネちゃんの部屋とかも見たいし」


「もし泊まってもらえれば私とソシラも準備が出来て、一緒に魔導馬車で帰れますよ」


 レモネにそこまで言われるとスミナも断れない。


「分かりました、お言葉に甘えさせていただきます。ですが、丁寧なおもてなしは大丈夫ですので。あくまでソシラさんの友人として対応して貰えれば」


「勿論です。ダグザ様とも私は友人ですし、親しい者として対応致しますよ」


 こうして双子達はモット家の屋敷に一晩泊る事になった。部屋を用意され、浴場も準備されたので双子達はみんなで汚れを落とし、準備された服を着てリラックス出来た。アリナが見たいというので双子はソシラの部屋へ行く。


「凄い部屋ですね……」


「カオスだねえ……」


 流石のアリナもソシラの部屋の様子に驚きを隠せない。ベッドサイドにはモンスターを模したぬいぐるみが並び、それは女の子の部屋としてはありえなくもない。本棚もモンスター関連の本が多いが、読書家の部屋としてみれば普通ではある。ただ、壁や机の上にあるモンスターの絵や骨格標本、切り取った素材は生々しく恐怖を感じさせた。


「昔はもっとシンプルだったんだけどね。モンスター退治するようになってからエスカレートしちゃって」


「頑張って集めてる……。隣にコレクションルームもある。見る?」


「いや、今日は遠慮しとくよ」


 大体予測出来るのでアリナは隣の部屋へ行くのを断った。


「そもそもなんでソシラさんはモンスターに興味があるんですか?普通に退治してますし、保護したいとか好きとかじゃないですよね?」


 スミナは今まで何となく聞けなかった事を聞いてみる。


「分からない……。でも、人と違う生き物に興味がある……」


「多分ですけど、ソシラは人間に対する興味が薄いんです。周りをあまり気にしないというか、気にされたくないというか。それで、彼女なりに興味あるものを探した末がモンスターとかの生き物だったんじゃないかなと」


「あ、一つだけ……。この本が好きだったからかも……」


 そう言ってソシラはガラス扉の本棚から1冊の本を取り出す。スミナはそれを受け取って開くとそこには可愛らしい少女と竜の子供の絵が描いてあった。子供用の絵本で、迷子になった少女が同じく迷子の竜の子供と出会い、危険を乗り越え最後にそれぞれの親と再会して別れる内容だった。何度も読み返したのか、本はボロボロになっていた。

 絵本を読み終わりアリナに渡そうとした時、スミナは一瞬だけ絵本の記憶を無意識に見てしまった。そこに映っていたのは優しそうな美人な母親が小さな女の子にこの絵本を読んであげている場面だった。母親にはソシラの面影があり、それがソシラの母親が幼いソシラに本を読んであげていた場面だと予想出来た。

 スミナはなるべく自然にアリナに絵本を手渡す。アリナにだけは記憶を読んだ事がバレているかもしれないと思った。


「可愛い絵本ですね。これでモンスターが好きになったのかな」


「好きかは分からない……。でも竜の子供には会いたかった……」


「ドラゴンって本当にいるのかなー」


 アリナが言う通り、正式なドラゴンを見かける事は無い。大地を司る世界竜や恐ろしい力を持つ竜神は神話のような存在で、いるとは思われているが確証は無い。それとは別に亜竜と呼ばれる魔獣やモンスターはいるが、亜竜はドラゴンに姿が似ているから呼ばれているだけでドラゴンでは無いという。


「ドラゴンはいる」


 ソシラがが珍しくはっきりと断言した。


「ソシラさん、それはなんで?」


「これ……」


 ソシラが取り出したのは1枚の絵だった。山脈の上を飛翔する巨大な紅色のドラゴンがそこには描かれていた。


「空想の絵じゃなくて実際に100年ぐらい前に見て書かれた絵だって聞いた……」


「これ、かなり大きいよね、今日戦った巨獣ぐらいに。凄いなーあたしも見てみたい」


「でも、竜神だとしたら人を襲うって聞きました。出会ったら戦う事になるんじゃない?」


 スミナは授業で聞いた話を思い出していた。


「今の私達ならいい戦いが出来るかも」


「そうだよお姉ちゃん、ドラゴンだろうが負けないって」


「ダメ、戦ったら……」


 ソシラはドラゴンに対しては愛着があるようだ。


「竜神は人と同じような知恵があると聞いたので、まずは話し合いでなんとか出来るかもしれませんね」


「うん……」


 スミナは多分出会ってしまったら戦う流れになりそうに感じていた。



「私の家は家族が居る事が少なくて、借りてるこっちの部屋にいる事の方が多いんです」


 レモネが借りている部屋はソシラの部屋の隣にあった。想像以上に2人は仲が良いようだ。


「こっちはこっちで変わった部屋だなー」


「でも、レモネさんらしい気もします」


 レモネの部屋は比較的シンプルで机がある側は物が少なく、訓練用の道具や魔導具などが置いてあり、勉強道具や本は少なかった。一方ベッドがある側のスペースにはファンシーな小道具や化粧道具、可愛らしい置物などが所狭しと並んでいた。


「違うんです。こっちにある物の大半は父がお土産に買ってきた物で、自分で買った物は少ないんです。父は物を見る目はあるんですけど、私をまだ子供みたいに思っていて」


「でも、大事にしていますよね」


「あたしも別にいいと思うよ」


 それらの物はちゃんと手入れしてあって、適当に置かれているわけでない事はスミナにも分かった。どれも大事な思い出の品なのだろう。


「こんな感じで見て面白い部屋でもありませんし、もう行きましょう」


 レモネは恥ずかしくなってきたのかみんなを部屋から追い出した。


 しばらく休んでいると夕食の時間になり、食堂には先ほど食べた食事より更に豪華な料理が沢山並んでいた。主人であるドレドの仕切りで食事は始まり、メイルやフルアはお酒を勧められて飲んでいた。エルは色々聞かれると困るので疲れたので先に休ませた事にして部屋に残している。


「本来なら私の息子や娘達にも会ってもらいたい位ですが、みなまだ戻って来ておりませんので。別の機会に紹介させて下さい」


「はい、是非」


 食事がひとしきり終わり、場は談笑の時間になっていた。ドレドは子沢山らしく、末っ子のソシラ以外は働いていて、今回の騒ぎで戦闘を仕切る為に各地に行っていると聞いた。


「あの、奥さんも戻られていないんですか?」


 アリナがスミナも少し気になっていた事を質問する。絵本の記憶で見た女性は屋敷に着いてから見かけていない。


「妻はソシラが幼い頃に病気で亡くなり、それから再婚はしておりません」


「ごめんなさい、失礼な質問をしてしまいました」


 アリナが素直に謝る。あの絵本が大事になったのは母からの愛情を感じる思い出の品だからなのだろうとスミナは1人納得していた。


「いえいえ、気になる事でしょうし、聞かれたらいつも話しているんです。私も忙しい身でソシラの面倒は使用人任せになり、ソシラがあのような性格になったのは私の責任でもあります。学校でも大変でしょう?」


「いえ、ソシラさんは頑張って学生生活を送っていますよ」


 スミナはフォローを入れる。ソシラなりに頑張っているのは確かだと思う。


「ソシラの相手をしてくれるレモネには本当に感謝しています。まあお父君とは親友ですし、もう娘のように思っていますが。今回のモンスターの襲撃でササン商会も大変だと聞いて心配です」


「うちは流通が止まって利益が出なくなると困るから慌ててるだけですよ。進んでモンスター討伐してるモット家とは全然違います」


「お嬢様達が街道のモンスターを倒したので流通もすぐに回復すると思いますよ」


 レモネの話にメイルがフォローを入れる。お金の為とは言っても流通が止まる事は国に影響が出るのでササン商会の動きも大事なのだとスミナは理解していた。


「ともかく娘とレモネがお2人と友達だった事が今回の救援に繋がるとしたならとても良いご縁だったと思います。私もダグザ殿ともっと協力して国の為に尽くそうと思います」


「それは父も喜ぶと思います」


 ノーザ地方とウェス地方は隣接してはいないが、共に広大な土地があるので協力関係を強化出来るのはいい事だとスミナは考える。貴族同士の繋がりも悪い物ばかりでは無い筈だとスミナは思った。

 その後、大人組が難しい話を始めてスミナも聞くのが退屈になってきた頃にソシラがスミナの方にやって来た。


「あの……、スミナさん……」


「何かありましたか、ソシラさん」


「一緒にいたエルさんって、猫のエルちゃんですよね?」


 ソシラに本当の事を気付かれてスミナは動揺する。フルアが居た手前、エルを変身させたり宝石にしたり出来なかった影響がここに出てしまった。スミナは少し考えて、誤魔化すのは諦める事にする。


「実はそうなんです。でも、どうして分かったんですか?やっぱり名前がそのままだったから?」


「それもあります……。でも一番は匂いが一緒でした……」


「匂いですか。それはわたしも気付きませんでした」


 エルの匂いは何となくある気もしていたが、スミナはそこまで特徴的なものだとは思っていなかった。猫の方のエルをいつも可愛がっていたのでソシラは気付いたのだろう。


「それで……、もしかしてエルちゃんはエルさんの姿が本当だったりするんですか?」


「あ、エルは人間じゃないから安心していいですよ。うーん、折角だから2人には見ておいてもらった方がいいかもしれませんね」


 スミナは食堂を離れてエルを連れてきて、アリナとソシラとレモネの3人をソシラの部屋に集めた。


「エル、レモネさんとソシラさんにもエルの正体を話すから。まずは人間の少女姿になって」


「はい、マスター」


 大人姿だったエルの身体が縮み少女の姿になる。


「多分この姿のエルと一緒にいるところはどこかで見かけた事がありますよね?」


「はい、私はてっきり親族かメイドの1人かと思っていました」


「じゃあいつもの猫姿になって」


「ニャー」


 エルが猫の姿になるとソシラがさっと掴んで抱き抱えた。ソシラに撫でられるとエルはいつも通り大人しくしている。


「それで……、エルちゃんは本当はなんなんですか?」


「エルは魔宝石マジュエルという古代魔導帝国の魔導具の一種です。本来は兵器として戦う為に作られました」


「兵器ですか……」


 レモネは渋い顔をする。


「ですが、わたしはエルを兵器だと思った事も、道具だと思った事もありません。エル、本来の姿で自己紹介して」


「了解です、マスター。

ワタシは魔宝石マジュエルのアルドビジュエルが本当の名前になります。マスターが略称としてエルと呼ぶようになり、基本的に今はエルという呼び名に満足しております。

ワタシは兵器として作られ、マスターを守るという使命を持って生きていました。以前のマスターを失い、長い期間地下に眠っていたところを今のマスターであるスミナに見つけて頂きました。そして外の世界を見て以前とは違う世界を今は楽しんでいます」


 宝石の身体の戦闘形態に変形したエルが自己紹介をする。エルは人造的なものかもしれないが、スミナにとっては生物と、人と変わらない存在だと感じられていた。


「エル、宝石形態になって。

こんな形で、エルは自由に姿を変えられ、わたしを主人として動いてはいるけれど、自分の意志で行動する事が出来る。だから、わたしはエルを仲間の1人だと思っています。エル、少女形態に戻って」


「はい、マスター」


 スミナは少女姿になったエルを撫でるとエルは笑顔になっていた。


「魔導帝国時代の遺物なんですね、エルちゃんは。とても信じられません」


「凄い……。エルちゃん欲しい……」


 ソシラの目は輝いていた。火山の時の竜形態なんて見せたらソシラはエルを掴んで離さなくなりそうだとスミナは思った。そして流石にエルを渡す気は無かった。


「ごめんなさい、エルをあげる事は出来ません。物やお金で交換も決してしないので諦めて下さい。それにエルはわたしをマスターとして認識しているので、それを解除出来ない限り他の誰にも仕えないと思います」


「マスターの言う通りです。マスターが死なない限りこの契約は解除出来ません」


「え?わたしの死が解除の鍵だったの?」


「そうです」


 スミナは自分の死が鍵だと知って驚いてしまった。


「分かった諦める……。でも、たまに貸して欲しい……」


「少しの時間だったらね」


「あのスミナさん、一つ提案していいですか?」


 ソシラと話をしているとレモネが発言する。


「レモネさん、なにかありましたか?」


「私とスミナさん、アリナさんは友達ですよね?」


「えーと、わたしはレモネさんもソシラさんも友達だと思っています」


「あたしもだよ」


 突然改まって言われるとスミナは少し恥ずかしくなる。


「良かった。私もです。それで、私達はそれなりに長い付き合いになって、お互いの事も大分知ってきたと思います。違いますか?」


「いえ、その認識でいいと思いますよ」


「だったら、あの、呼び捨てで名前を言い合いませんか?あと、敬語もなるべく使わないで。

いえ、スミナさんが嫌だったら今まで通りでいいんですが」


 レモネは呼び方や話し方によそよそしさを感じていたようだ。それはスミナもそうだが、スミナの場合は貴族という立場もあるのでしょうがないと思っていた。が、アリナが既にそれを破っているのであまり意味をなさないが。


「お姉ちゃん、あたしはいいと思うよ。そうすればもっと仲良くなるし」


「そうだね。分かりました。わたしもアリナも呼び捨てでいいですよ。でも、ソシラさんもそれでいいんですか?」


「私はレモネと同じで構わない……」


「じゃあ早速。スミナ、アリナ、助けに来てくれてありがとう。本当に2人が来てくれて良かった」


 レモネがそう言いながら涙ぐむ。呼び方を変えた事で感情のたがが外れたのかもしれない。


「いいよレモネ。友達でしょ」


「そうそう、レモネもソシラも親友だよね」


「スミナ、アリナ、これからもよろしく……。あとエルちゃんもね……」


「レモネとソシラをマスターの友人として登録しました。エルのこともよろしくお願いします」


 5人は肩を寄せ合って抱き付いた。スミナは助けに来て本当に良かったと感じていた。

 このまま夜中まで話していたいとも思ったが、明日には王都に戻るので戦いの疲れを取る為に各自の部屋に戻る事になった。そもそも寮に戻ればいつでも話せるのもある。双子とエルは宿泊用の部屋に戻り、それぞれのベッドに潜り込んだ。疲れた体が2人を眠りへと誘う。


 真夜中、部屋の外からバタバタと足音が騒がしくなり、双子は目が覚める。“コンコンッ”と扉がノックされ、スミナが返事をするとメイルが部屋に入ってきた。


「メイル、何かあったの?」


「分かりません。ただ、周囲が騒がしく、もしかしたらモンスターの襲撃かもしれません」


 他人の屋敷なので勝手には動けないが、とりあえず双子は外に出られる格好になっておく。スミナがアリナの方を確認すると首を振ったのでそこまで危険な状態では無いのが分かった。しばらくすると“コンコンッ”と扉がノックされる。


「どうぞ」


 スミナが返事をするとそこにはドレドが立っていた。


「夜分お騒がせして申し訳ございません。この騒ぎはモンスターなどでは無く、あくまで屋敷の問題です。お客様にご迷惑をおかけする事はございませんので、安心してお休みください」


「そうですか、わざわざありがとうございます」


「部屋の外に警備の者を立たせておきますので、何かありましたら遠慮なくお声がけして下さい」


「分かりました」


「それでは、おやすみなさい」


 ドレドは颯爽と去っていった。ドレドの慌てぶりから見て、何も起きていないわけでは無いだろうとスミナは感じた。


「アリナ、わたし達で出来る事はあるのかな」


「お姉ちゃん、ここは他人の屋敷だし、流石に余計なお世話だと思うよ。それにそこまで大きな危険は無いし。メイルも大丈夫だから戻って」


「分かりました。何かありましたらお呼び下さいね」


「大丈夫だからメイルも明日に備えて寝るの」


「はい」


 メイルも自分の休む部屋へと戻っていった。スミナは気にはなったが、アリナの言う通り余計なお世話かと納得してベッドに横になる。最初は足音が気になったが、1時間もすると静かになり、騒ぎが収まったように感じた。そしてスミナは睡魔には勝てずそのまま朝までぐっすり眠るのだった。


 翌朝、屋敷は特に異常は無く、ドレドもソシラもレモネも普通に感じた。ドレドは昨晩の騒ぎの謝罪をしたが、直接影響が無かったので問題無いとスミナ達は答えた。そしてドレドから少しのお土産を貰い、レモネとソシラの王都へ向かう準備も出来たので魔導馬車に乗りフレズの町を出発した。

 王都への帰路は想像以上に順調だった。ウェス地方のモンスターの動きは巨獣が問題だったのだろう。魔導馬車の中でソシラが眠そうだったのが通常通りなのか、昨晩の騒ぎが関係しているのかスミナには分からなかった。


「スミナさん、アリナさん、お2人の戦いは本当に素晴らしかったです。エルさんとメイルさんの活躍もとても助かりました。皆さんの活躍はきちんと報告いたします。

あと、レモネさんとソシラさんがウェスの町を守った事もちゃんと伝えますので。また皆さんと一緒に戦える日を楽しみしています」


「フルアさん、色々とありがとうございました。アスイさんにもよろしく伝えておいて下さい」


「フルアさんまたねー」


 王都に着き、フルアは丁度いい場所で魔導馬車を降りていった。


「では私は魔導馬車を屋敷に返してきます」


「メイルありがとうね」


「またねー」


 寮の前で荷物を下ろすとメイルは魔導馬車と共に去っていった。エルはいつの間にか猫の姿になっていた。


「ではスミナ、アリナ、また明日学校で」


「色々ありがとう、スミナ、アリナ……」


「こちらこそご馳走してもらったり色々助かりました。また学校で会いましょう、レモネ、ソシラ」


「うん、やっぱり学生生活はこうじゃなくっちゃね」


 寮のそれぞれの部屋の前で双子はレモネ達と別れ部屋に戻った。たった2日間の旅だったが、とても濃い日だったとスミナは感じたのだった。



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