24.それぞれの成長
特訓合宿が終わり、双子達はオルトに別れを告げる。
「オルト先生ありがとうございました。先生のおかげで新しい道が見えたと思います」
「あたしも最初はこんなおっさんに学んでもって思ったけど、先生悪く無かったよ。あと10歳若かったら恋人になってあげてもいいぐらいには」
「アリナはまたそういう事言う」
「俺としてはアリナさんにそこまで認められたなら十分嬉しいよ。
2人とも強くなったとはいえ、まだ未熟な部分がある。油断せずに今後も自己鍛錬は怠るなよ」
「「はい!!」」
スミナは感謝と共にオルトをこのまま自由にさせておくのは勿体ないと思った。
「オルト先生は学校の先生とまではいかなくても、王都や都市部で剣の指導者になるのがいいと思うのですが」
「スミナさんの気持ちは嬉しいけど、そういった話は断り続けているんだ。自分は今のまま自由に過ごしていたい。
それに少しだけ気になる事があってな。しばらくは旅を続けるつもりだ」
「そうですか……」
スミナはオルトの過去を知ったのでそれ以上は言わなかった。
「スミナお嬢様、神機の件もありますし、オルト師匠とは定期的に連絡を取るようにします。なのでどこにいるかは分かるようになりますし、また会う事もあるでしょう」
「そうだな、王都の近くに来た時は顔を出すようにしよう」
「師匠、だらしない生活に戻ってないか確認しますからね」
「分かった、気を付けるよ」
オルトはメイルに頭が上がらないようになったようだ。
「じゃあな、4人とも無茶せず逃げる時は逃げるようにな」
「はい、オルト先生もお元気で」
「今度会った時はビックリするぐらい強くなってるから。じゃあね」
「さようなら」
「オルト師匠、身体には気を付けて下さいね」
双子達はオルトと別れ、魔導馬車でジモルの屋敷へと戻るのだった。
夏休み終了の3日前には寮に戻る予定で、それまでの間双子は屋敷で自主訓練と2人の必殺技を考えて過ごした。その甲斐もあってとりあえず効果がありそうな必殺技を作る事が出来た。
「それじゃあ無理せず元気に暮らすように。何かあればすぐに連絡するんだぞ」
「2人ともあんまり心配かけるような事はしないでね」
「お父様、お母様、行ってまいります」
「また長期休暇の時は帰って来るから。今度は魔導馬車があるから早く帰れるし。じゃあ行ってきまーす」
双子は両親に見守られ魔導馬車で王都へと向かう。王都への帰路は魔導馬車の速度が速いのもあり、何事も無く到着する事が出来た。
寮に着いて荷物を部屋に移動させている最中に双子はある生徒と再会する。
「スミナさん、戻ってらっしゃったんですねぇ」
聖女であるミアンはスミナを見つけるといきなり抱き付いてきた。
「ミアンさん、お久しぶりです。とてもお元気そうで」
スミナは抵抗する訳にもいかず、抱き付かれたまま返事する。
「ミアンちゃんおひさ~」
アリナはミアンに抱き付いて自然にスミナからミアンを剥がす。
「お2人ともお元気そうでとても嬉しいです。ですが、どこか逞しく感じますねぇ。夏休みの間に凄い鍛練をしたのではありませんかぁ?」
スミナはミアンが相変わらず鋭いなと思う。
「まあねー。あたしとお姉ちゃんで色々あったからね」
「そういうミアンさんも以前より立派になったように見えますね」
ミアンが学生服ではなく聖教会のローブを着ている為か、神聖なオーラのようなものをスミナは感じていた。
「ありがとうございます。ミアンもスミナさんに付いて行けるように休みの間は欠かさず鍛練したんですよぉ」
「ミアンちゃんあたし達が今日帰って来るの予言でもしたの?それとも毎日見張ってた?」
「予言の能力があれば嬉しいですけど、ミアンには無いですよぉ。近くに来た時はこの道を通るようにしてますけど、今日会えたのはたまたまですよぉ」
「そうなんだ」
スミナはミアンと会ったのはたまたまでは無いような気がしていた。
「それでは、スミナさんもアリナさんもお忙しそうですし、ミアンもまだ用事がありますので、今日はこの辺で。学校が始まったらまたお話ししましょうねぇ」
「はい、それではまた」
「学校でねー」
双子はミアンを見送り寮へ荷物を運ぶのを再開した。
双子が寮で部屋の掃除片付けや生活用品の買い物などをしていたら、もう明日には学校が始まる日となっていた。スミナはそういえば隣室のレモネ達とまだ顔を合わせていない事が気になっていた。寮長のネギヌに会った時にスミナはさりげなく2人の事を聞いてみる。
「ネギヌさん、隣室のレモネさんとソシラさんをまだ見かけないのですが、何か知ってますか?」
「そういえばスミナさんには話していませんでしたね。レモネさんから数日前に連絡があって、ソシラさんの方で何かトラブルがあったそうで、2人ともしばらく休学するそうです。健康には問題が無いと聞いていますが心配ですよね」
「そうなんですか、ありがとうございます」
スミナは部屋に戻ってアリナに今聞いた話を伝える。
「レモネちゃん達そんな事になってたんだ。トラブルって何だろうね」
「無事戻って来ればいいんだけど」
スミナは2人は強く、そうそう問題など起こさないと感じていたので魔族関連のトラブルで無ければいいなと思っていた。
午後になってアスイの都合が付いたので双子は寮の近くの店で久しぶりにアスイと会う事になった。個室で誰にも聞かれない状態になったので双子は夏休みの出来事を話す。
「魔神と神機ですか。まさかそんなところにあったなんて」
アスイも流石に驚いていた。
「アスイさんは魔神や神機の事についてわたし達に言わなかったですよね。オルト先生の話を信じて無かったからですか?」
「そうね、正確では無い情報なので伝えなかったというのが正しいわね。勿論オルトさんの話は信じていたし、神機がこの世界にあるのは事実だとは思ってました。
ただ、結果としてスミナさんを危険な目に合わせる事になったのは申し訳ないです」
「いえ、自分から危険に飛び込んだのはわたしなのでアスイさんは悪く無いです。
それで、実際に神機グレンを見てもらいたいのですが。エル、お願い」
「了解しました、マスター」
人間形態のエルがテーブルの上に神機グレンの腕輪を胸の宝石から出現させる。何度も見ているスミナでも神機の力に圧倒された。
「これが神機ですか。確かに偽物ではなく、本当に凄い力を持った道具だと分かります。ただ、スミナさんの話だと使用者の負担が大きいという事ですね」
「はい。わたしは数分しか使わなかったので大丈夫でしたが、過去に長時間使った転生者は一気に老化したような状態になってました」
「流石にそれは恐いなー」
アリナも呪われたアイテムを見るような眼で見ている。スミナはこれを自分が持っていていいのか正直迷っていた。
「これ、アスイさんが持っていた方がいいんじゃないですか?アスイさんが取り込めば凄い力になるのでは?」
「いえ、力を吸収して動くアイテムだと私が取り込んでも意味が無いでしょう。神機ともなれば取り込もうとした時点で私が破壊される可能性もあります。一時的にでも使えたのならスミナさんが持っているのが一番いいと私は思うわ」
「でも、わたしはこれをもう一度使う勇気は無いです」
「無理をして使う必要はありませんよ。特訓して強くなったようですしね。本当にどうしようも無くなった時の奥の手として持っているのは悪くないでしょ?」
「まあそうですが」
スミナは確かにアスイの言う通り、また魔神のようなとんでもない敵が出た時の為に持っている必要はあると思った。
「今日は私の方からも話しておく事があります。まず、魔族と人間の繋がりについてですが、こちらは完全に行き詰まりになりました。あれ以来魔族から人間に対するアプローチが無くなったらしく、連絡手段も関連人物が死んでいたりで足取りは掴めてません。学園関連の人物も深い事情を知っていた人はいなかったし、魔族も相当用心深いようです。
そして問題なのは強力な魔獣やモンスターが国内に現れるようになった事です。魔族の目撃情報が無くなったのに対して、魔獣やモンスターの目撃情報が一気に増えているの。なので騎士団も魔族の調査よりその対応に追われるようになっています」
「お姉ちゃん、合宿の時に魔獣が現れたのも」
「そうだね、昔はあそこまで強いモンスターは見かけなかったよね」
アスイの話で合宿に魔獣が現れたのがたまたまでは無い事が分かる。
「それで、どうしてモンスターが増えているんですか?」
「分かりません。ただ、魔導結界自体には異常は無く、結界付近に増えている訳では無いので魔族が何かしらの手段で引き入れているのではと考えています。なのでそれを含めて調査も進めているところです」
「もしかしてレモネちゃん達が来れて無いのってそれが原因かな。ソシラちゃんはウェス地方の領主の娘だし」
「おそらくそうだと思います。魔獣の報告が多いのがウェス地方で、特に対応で混乱していると聞いています」
アスイの話を聞き、スミナは自分達が知らないところでまた大変な事になっているんだと感じた。
「そんなわけなので、私からの依頼はしばらく無いと思いますが、それとは別に国から依頼が来るかもしれません。学校での生活で大変だとは思いますが」
「いえ、わたし達で出来る事ならお手伝いさせ下さい」
「そうだね、強くなったあたし達ならどんな敵も倒せるしね」
「期待してますよ」
双子はアスイと笑顔で別れる。学校が始まる前からスミナは波乱を予感していた。
「久しぶりー。2人とも元気だった?」
「うん、私は休みの間に図書館の本を大分読めて栄養補給出来たよ」
「俺はモンスターが増えてるらしくて実戦で大分鍛えられたぜ」
夏休みが終わり学校へ向かう途中で双子はガリサとドシンと合流する。
「2人とも元気そうで良かった」
「そういうスミナ達も何か成長したみたいに見える」
「そりゃあたし達も鍛えてたからね」
アリナが自信たっぷりに言う。マジックナイト科の双子達の教室に入ると皆どこかしら変わっている気がした。1ヶ月以上の休みの期間にそれぞれ思い思いの訓練をしたのだろうとスミナは思った。しばらくして担任のミミシャが教室に入ってくる。
「皆さんお久しぶりです。またこうして元気な顔を見られて先生は嬉しいです。ですが、まだ登校出来ていない生徒がうちのクラスも含めて何人かおります。
知っている人もいるかもしれませんが、各地でモンスターの被害が増え、街道が封鎖されていたり、町で防衛していて出られない人がいます。国が全力で対応していますので、全員無事に登校出来る日を待ちましょう」
ミミシャが現在国で起こっている問題について説明する。双子のクラスでもレモネ達以外に来ていない生徒が数名いた。思ったより大きな問題なのだろう。夏休み明けの初日はこれからの授業について変わった点や注意事項の説明だけで終了した。
翌日から今まで通りの授業が再開されたが、魔族襲撃問題で辞めた生徒とモンスター被害で登校出来ていない生徒がおり、どこか落ち着かない感じがした。ただ、実技の授業に関しては明らかに休み前と動きが違う生徒が増え、それぞれの夏休みでみな成長したのだとスミナは感じていた。
「お姉ちゃん、なんかつまんないよ。ねえ、あたし達でウェス地方のモンスターを倒しに行かない?」
学校が再開してから数日経った時、夜に自室でアリナが突拍子も無い事を言い出した。
「倒しに行くって言っても学校始まってるよ。それにそんな簡単に出来る事ならもっと早く解決してる筈でしょ」
「でも人手が足りてないみたいな感じだったじゃん。魔導馬車があれば休みの2日間で行き帰りで行けるんじゃない?」
アリナは思い付いた事を実行したくなっているようだ。スミナも確かにレモネ達が居ない学生生活に違和感があったし、人助け出来るならしたいとは思っている。
「分かったよ。一応アスイさんに話してみる。わたし達が余計な手出ししない方が良さそうなら行かないからね」
「うん、それでいいよ。多分拒否されないと思うから」
結局アリナの言う通りだった。携帯電話の魔導具でアスイに連絡したところ、国としてもウェス地方の対応に困っていたらしく、行ってくれるなら助かると言われたのだ。細かい連絡はメイルを通してするそうで、アスイは動けないけど別の人を補助に送ってくれるらしい。
学校が再開しての最初の休日、双子はウェス地方へ向かう事になった。
「この先にアスイを通して国から選出された案内役がいるそうです」
朝にメイルが魔導馬車と共に双子を迎えに来て案内役の人の所へと連れて行く。エルは魔導馬車の運転手をやって欲しいという事なので、今日は人間の大人の女性の姿になってもらっていた。メイルが案内した待ち合わせ場所には濃いピンク色の鎧を着た若い女性騎士が立っていた。
「フルアさんですか?アスイから聞いていると思いますが、メイルです」
「はい。初めまして、メイルさん。私は薔薇騎士団に所属するフルア・キルベという騎士です。本日はウェス地方で問題が起こっている場所に案内する役目でアスイ様よりご連絡頂きました」
フルアと名乗った騎士が丁寧に挨拶する。濃いピンク色の鎧は薔薇騎士団の鎧だったようだ。王国には女性だけの騎士団が複数あり、みな花の名前が付いている。薔薇騎士団はその中でも魔物退治に特化した騎士団だとスミナは聞いていた。
フルアはスミナ並みに身長が高く、体格もいい。それに反して顔は可愛らしく、髪も鎧の色に近い濃いピンク色をしていた。長髪だが騎士として活動に影響無いように後ろで縛っているようだ。
「フルアさん、初めまして。わたしはアイル家の長女でスミナ・アイルと申します。まだ戦技学校の学生ではありますが、モンスター退治は得意なので心配無用です」
「ども初めまして。スミナの双子の妹のアリナ・アイルです。あたし達は強いから今日の戦闘は任せて大丈夫だからね」
「わぁ、お2人がライト様の妹君の双子ちゃんですか。本当に可愛い!!」
急にフルアのテンションが変わり双子は驚きを隠せない。
「お兄様のお知り合いだったのですか?」
「あ、えっと、すみません興奮してしまって。ライト様は私の憧れでして、ほんの少しだけお話する機会があっただけなのです。その時にライト様には双子の妹君が居て、私を見て故郷の妹を思い出したという話をされていたので」
フルアは少しだけ落ち着いて話をする。年齢的には兄のライトより少し下に見えるので騎士団に入ってからライトと話をしたのだろう。どこか自分達に似ている部分があるのだろうかとスミナはフルアを眺める。
「お兄ちゃんカッコいいもんね。でもね、お兄ちゃんの彼女にはなれないからね」
「勿論です、私なんかがライト様の恋人になれるなんて恐れ多いです。それに騎士団にもライト様に恋心を抱いている方は多いですから」
「何それ、詳しく聞かせてよ」
「アリナお嬢様、そういった話は移動中にしましょう。まずは魔導馬車で出発しましょう」
「そうでした、すみません私が余計な話をしたばっかりに。それで、こちらの女性はどなたなのでしょうか?」
「あ、彼女は魔導馬車の運転手のエルです。わたし達の遠い親戚になります」
「エルです、宜しくお願いします」
スミナはエルを運転手として紹介する。以前は姉と説明した事もあったが、調べられると困るので今回は遠い親戚という事にした。
魔導馬車の運転席にはエルが座り、その横に案内役のフルア、後ろにエルをフォロー出来るようにメイルが座った。双子はいつも通りその後ろに並んで座っている。フルアの案内でウェス地方の問題の発生している場所へと魔導馬車は進んで行った。案内がある程度落ち着いた所でアリナがライトに関する話題をフルアから根掘り葉掘り聞いていく。
「まさかお兄ちゃんのファンクラブが王国騎士の中で出来てるなんて」
「ライト様は強くカッコよく優しいですからね。私はファンクラブには入って無いですが、魔導写真は買わせていただきました」
フルアがライトの写真を見せてくれる。鎧姿でカメラ目線なので隠し撮りでは無いようだ。
「でも、お兄様からはそんな話聞いた事はありませんよ」
「ファンクラブはあくまで隠れて活動しているので。お2人とカジノに行った話もファンクラブの方から聞きましたよ」
「そんな話も流れてるんだ。これは油断ならないね」
アリナはファンクラブが気に食わないようだった。そんな話をしているとあっという間に最初の目的地に辿り着いた。
「この先です。一旦魔導馬車から降りて様子を見に行きましょう」
フルアが案内して双子達は装備を整えてからその後を付いて行く。
「こりゃ酷いね」
「これはアーミークラブですね。しかし凄い数です」
双子の目の前には平原を埋め尽くす巨大な蟹のモンスターが群がっていた。アーミークラブは大きさ4メートルぐらいの蟹型のモンスターだ。硬く、動きは単調だがハサミでの攻撃の威力が高いので油断は出来ない。そして問題なのは群れると連携して攻撃と防御行動を行って強くなる事だ。
フルアはここで戦っている騎士団の人に話を聞きに行って、戻ってきた。
「一週間前ぐらいからこんな感じだそうです。この数なので戦うのも大変なようで、騎士団で力を合わせて数十体倒しても、その日のうちに同じ数押し寄せてくるそうです。元々この辺りの土地に居たらしいですが、こんな数が出たのは初めてだそうです。迂回路も無いのでここで街道が通行止めになり、他の土地への援軍も送れなくなっています」
「多分この間のギガントアントと同じで、住処を魔獣か何かに襲われて逃げて来てるんだと思います。その魔獣を倒せればいいんですが、そこへ向かう為にもある程度数を減らさないと無理ですよね」
「じゃああたし達でやっちゃおうか、お姉ちゃん」
アリナが提案してくる。
『マスター、ここはワタシに任せてもらえませんか?』
それと同時にエルが魔法で会話をしてきた。
『エル出来るの?魔宝石の姿になったり、人間離れした行動は駄目だよ』
『はい、訓練で人間形態でもモンスターと戦える方法を考えました。アーミークラブなら一気に殲滅出来ます』
スミナはエルの提案を呑むか考える。双子で戦うにしてもこの数では時間もかかるし体力も使う。エルがある程度倒してくれるならありがたいと思えた。
「あの、エルがこの場は任せて欲しいと。ひとまず彼女に任せてみてもいいですか?」
「エルさんがですか?私は構いませんけど」
「アリナもメイルもいいよね?」
「まあお姉ちゃんが決めたならいいよ」
「はい、私はスミナお嬢様の言う通りでいいです」
スミナの提案に皆賛成してくれた。
「エル、お願い。手が足りなかったら言ってね」
「大丈夫です。ではスミナさん行ってきます」
エルは人前なのでスミナを名前で呼んで、アーミークラブの群れへと進んで行く。エルは身体は変化させず、人間の大人形態のまま両手に紫色の宝石の剣を出現させ走り出した。アーミークラブは近付いて来るエルに反応し周りを囲んで攻撃態勢に入った。
「行きます」
エルは剣を持った両腕を広げるとくるくると独楽のように回り始めた。回転の速度は上がり、両腕から伸びた剣がまるで電動のこぎりのように綺麗な円になって見える。エルは回転しながらアーミークラブへと突っ込んだ。接触したアーミークラブは反撃の暇も与えられずに硬い殻が砕け散っていく。
「あれ、人間技ですか?普通目が回るのでは」
「ああ、あれはエルの祝福で回転しても本人には影響無いんです」
フルアの疑問にスミナは嘘をついて誤魔化す。あんな事は普通の人間には出来ない。身体が付いて行かないだろう。エルの常識はやはり人間とは違うなとスミナはしょうがなく思う。
見る見るうちにアーミークラブは減っていき、エルが通った跡には道が出来ていた。
「お嬢様、敵が混乱しているうちに協力して数を減らしましょう」
「そうだね」
スミナはエルに魔法で連絡して連携を取り、元々居た騎士団と共にアーミークラブを殲滅していった。エルのおかげで数日かけてもどうにもならなかったアーミークラブの群れが1時間もかからずに問題無いレベルまで数が減らせたのだった。
「これで先に進めますね。国への報告はこちらの方に任せて、私達は大型の魔獣などが問題になっている奥へと進みましょう」
「はい、案内お願いします」
フルアの案内で双子達は再び魔導馬車でウェス地方へと進んで行った。
レモネとソシラは疲弊していた。学校に行く為にそろそろ王都へ戻ろうと準備をしていた最中、ウェス地方の各所で魔獣の報告が上がったのだ。2人も貴重な戦力として戦いに借り出され、各地を回って今はフレズの町に戻って来ていた。
「もういやだ……。働きたくない……」
「それはそうだけど、今度は敵が攻めて来てるんだから何とかしないと駄目でしょ。夏休みも終わって、本当は登校している筈なんだし」
ソファーに倒れ込んでいるソシラをレモネが引っ張り起こす。
「でも、タイミングが悪いのはそうよね。うちの警備兵もソシラの私兵騎士もみんな討伐に町を出たタイミングで攻めて来てるんだから。フレズには最低限の兵士しかいないし、私達がやらないといけない」
「私もお父さんと一緒に行けばよかった……」
「それじゃ町が大変な事になってただけでしょ。ほら、もう行くよ」
2人のいるフレズの町は今は町自体を守る兵士しか残っておらず、モンスターを遊撃出来るのは親に言われて町に戻った2人だけだ。なのでレモネとソシラは出撃と休憩を繰り返して2日間戦いずくめなのだった。2人は魔導鎧を着て魔導具の武器を持ち、再び町の外へと出る。
「今度の敵はあれか」
「サイクロプス……」
人の5倍ぐらいの大きさの一つ目の巨人型モンスター、サイクロプスが5体ほど町に迫って来ていた。ぼろきれのような服を着て、手には岩や大木などの原始的な武器を持っている。ジャイアントなどの他の巨人族ほど知能は無いが、代わりに丈夫で大きい身体と再生力を持っている。最近デイン王国では殆ど見かける事が無くなった大型のモンスターだ。
「私は右側から行くから、ソシラは左からね」
「分かった……」
本来なら戦うのを避けたくなるモンスターだが、2人は怯まずサイクロプスへと進んで行った。
「修行の成果を誰かに見せたいぐらいなんですけどね」
レモネはぼやきながら魔導具を巨大な斧に変形させ、サイクロプスに突進する。右端のサイクロプスは近付くレモネに対して虫を潰すように大木を叩き下ろした。レモネは小柄な身体を魔法で加速し、攻撃を避ける。そして木から腕を伝ってサイクロプスの肩まで上り、斧で一つ目を斬り付けた。痛みと鬱陶しさで大暴れするサイクロプスから振り落とされないようにレモネは跳躍し、隣のサイクロプスの頭の上に乗って斧を振り下ろす。
「デカいだけが取り柄ですよね」
頭にダメージを負った2体目のサイクロプスも暴れ出すが、レモネは肩の上を駆け回って挑発する。目が回復し始めた1体目のサイクロプスが隣のサイクロプスの上のレモネを見つけ、そこに大木を叩き付けた。レモネは華麗にそれを避けて地面へと着地する。攻撃されたサイクロプスは怒りだして同士討ちを始める。サイクロプスにはそれが仕掛けられたものだと理解する知能も理性も無い。2体が叩き合い、殴り合ってやがてふらふらし始める。
「じゃあ2体まとめて行きますか」
レモネは斧を横に構え、大きく振ってそのまま斧から手を離す。魔導具の斧は回転して物凄い速度でサイクロプス達へと飛んで行く。それは1体目の胴体を真っ二つにし、その向こう側のサイクロプスの身体も貫通して飛んで行く。斧は大きな弧を描いてレモネの方に戻ってきて、レモネはそれを軽々とキャッチした。再生能力の高いサイクロプスも真っ二つになったり胴体に大きな穴が開いた状態からは再生出来ずに倒れるのだった。
「ふぅ……」
サイクロプスを目の前にして溜息を吐くソシラ。手には魔導具の武器が力無く握られている。左端のサイクロプスがそんなソシラ目掛けて巨大な岩を投げる。飛んでくる岩をソシラは避けようともせずに立ち止まっている。“ドンッ”と岩が地面にぶつかるが、そこにはもうソシラの姿は無かった。
「分厚いから一回じゃ斬れない……」
ソシラは既にサイクロプスの右肩に乗り魔導具を鎌の形状にして左から首を斬り付けた。サイクロプスの首はざっくりと斬れたが、首が太い為に頭を斬り落とすまではいかない。サイクロプスは肩に乗ったソシラを巨大な手で掴もうとする。しかし手は空を掴んでいた。
「こっちだよ……」
ソシラはサイクロプスの足元に虚像を作って移動していた。サイクロプスはそれを踏みつけようとする。しかし踏んだ足の下には誰も居なくなっていた。
「はい、おしまい……」
今度はサイクロプスの左肩に乗ってソシラは首を逆側から斬り付けた。再生途中だったサイクロプスの首も反対側から切り取られ、巨大な頭が地面に落下した。そして隣のサイクロプスがソシラを狙ったので同じように2回斬り付けて2体目の首も簡単に落としたのだった。
「ソシラも余裕だね」
「疲れた……」
「あと1体だから協力してやろう」
2人は息が合った様子で残り1体の一番大きいサイクロプスに向かう。サイクロプスは大木で薙ぎ払おうように2人を攻撃した。ソシラは当る寸前に姿を消し、レモネも跳躍してサイクロプスの頭の真横まで飛ぶ。2人はサイクロプスの頭の左右から鎌と斧で同時に攻撃した。2人の斬撃はクロスし、サイクロプスの首は綺麗に落とされるのだった。
「とりあえずこれで終わりかな。また一回休みに戻ろうか」
「ううん、何か来る……」
ソシラは遠くに何かモンスターの気配を感じたようだ。レモネも地面に降りると何か振動を感じる。レモネとソシラは何かが振動がする方へと向かった。
「何この怪物……」
「これはマウントトータス……。伝説の巨獣……」
珍しいモンスターを目にしてソシラは少し嬉しそうに言う。マウントトータスは亀型の超巨大なモンスターで、巨獣という区別で呼ばれている。近くに来ると歩くだけで大きな振動が起こるのが分かる。見た目は巨大な岩山が動いているようで、そこから太い足が4本出ている。動きは遅いが一歩の歩幅が大きく、歩くごとに森の木々が踏み潰されていた。高さだけでも先程のサイクロプスの倍以上あり、レモネはとても倒せる気がしない。
「こんなのが町に入ったら滅茶苦茶になる。何とかして止めないと。弱点とか無いの?」
「無い……。しいて言うなら首を落とすか心臓を破壊出来れば倒せる……」
「首は無理そうだね……」
サイクロプスの首なら斧で斬り落とせたが、その何十倍も太い岩のような肌の首を落とすのはどう考えても無理だった。モンスターに詳しいソシラが知らないのなら他に弱点があるとは思えない。
「心臓の位置は?」
「甲羅の前の方の真ん中辺り。下から集中的に攻撃すれば行けるかもしれない……」
「分かった、出来るだけやってみよう」
「うん……」
レモネとソシラはマウントトータスを止めようと近付く。しかし、そう簡単にはいかなかった。
「何なの、このモンスターは」
「マウントトータスに寄生しているブラッドワーム……。マウントトータスの血も吸うし、近付く野生生物の血も吸う共生関係が出来てる……」
2人の前に巨大な顔の無いミミズのようなモンスターが落ちてきた。先端は無数の牙が生えていてそこから吸いついて血を吸うのだろう。それらは2人に襲い掛かってきたので斧と鎌で抵抗する。
「ぬめぬめしていて気持ち悪い!!」
「思ったより可愛い……。飼いたい……」
「ソシラそれは流石に趣味が悪いよ」
ブラッドワームを次々と切り倒しながらレモネはソシラに言う。単体で強いモンスターでは無いが、数が多くマウントトータスの下に回り込めない。
「疲れた……。休みたい……」
「流石にこれはきついね。こんな事なら大量の敵に対抗する技も考えておくんだった」
ようやくマウントトータスの腹の下まで移動は出来た2人だが、時間が経つとブラッドワームが寄って来るので休む間もマウントトータスを攻撃する間も無い。
「でも、ここで逃げ出す訳にもいかないでしょ」
「それはそう……」
2人は顔を見合わせて、攻撃のタイミングを計る。単体の攻撃力はレモネが勿論高い。なのでブラッドワームをソシラが相手をし、その間に指定した場所をレモネが攻撃する必要があった。
「レモネ、狙うならあそこ」
「分かった、じゃあ行くよ!!」
レモネはそう言って斧を構えて上へと突進する。ソシラは地面に残って周囲のブラッドワームを虚像で逃げつつ切り裂いていく。
「でやぁぁ!!」
レモネは気合を込めて斧を叩き付けた。マウントトータスの腹側の皮膚も硬いがレモネのパワーを増幅する祝福と魔導具の斧の力で皮膚がどんどん割れていく。しかし、肉には届かなかった。一旦着地するレモネに襲い掛かるブラッドワームをソシラが対処する。
「もう1回!!」
「うん……」
レモネは再び跳躍し、先ほどの傷跡に攻撃を加える。先ほどよりも深く傷が入ったが、それでも皮膚は分厚く、肉には届かなかった。レモネは魔力が尽きて来たので攻撃は出来てあと数回だと感じている。
「レモネ、危険かもしれない……」
「え?」
着地したレモネは周りを見て身の危険を理解した。周りにはブラッドワームの死骸を食べに大型の犬型の魔獣、ヘルハウンドが集まって来ていたからだ。既に10匹以上いて、2人の体力も限界が近かった。
「これは逃げられないよね。私はいいからソシラだけでも逃げて」
そう言うレモネに対してソシラは首を振る。
「最後まで一緒に戦う……」
「そうだね、粘れば誰か助けに来てくれるかもしれないしね」
レモネは口ではそう言うが、すぐに助けは来ないと思っていた。2人はお互いを守るように武器を構える。ヘルハウンドは一斉に2人に飛び掛かった。
「えっ!?」
しかし飛び掛かってきたヘルハウンドは空中で力無く倒れていく。見ると皆頭部が破壊されていた。
「お待たせ~!!」
「助けに来ました」
ヘルハウンドの背後にはスミナとアリナの姿があった。スミナはレーヴァテインで近くのヘルハウンドを倒して行く。遠距離からヘルハウンドを倒したのはアリナだろう。
「2人とも、どうして?」
「話は巨獣を倒してからです。ソシラさん、弱点は?」
「あそこの先の心臓……。レモネがダメージ与えてる……」
ソシラが腹の下の傷付いた皮膚を指差す。しかし既に皮膚は再生を始めて傷が塞がり始めていた。
「お姉ちゃん、一気にやろう」
「そうだね、2人は少し離れていて」
「分かりました」
レモネとソシラは言われた通りマウントトータスの腹の下の外まで退避する。
「アリナ」
「うん」
スミナはレーヴァテインを構え、アリナがその背後に立つ。
「いっくよ~!!」
「必殺」
「「ツインズスラッシュ!!」」
スミナは恥ずかしげに、アリナは元気に技名を叫ぶ。アリナがまず動いて周囲にいる敵を一掃した。続いてスミナが跳躍し、レーヴァテインでマウントトータスの傷跡に斬り付ける。
「凄い……」
レモネはそれを見て驚いた。スミナの一撃がマウントトータスの皮膚を貫き、その奥の骨ごと肉を大きく切り裂いたからだ。一撃の威力だけは誰にも負けないと思っていたレモネにとってスミナの成長は予想をはるかに超えていた。
続いてアリナも跳躍し、両手に持った剣でスミナが開けた傷跡から更に肉や骨を削り取っていく。一撃の威力はスミナに及ばないアリナでも高速で何度も斬り付ける事で穴は大きくなり、マウントトータスの心臓部が露わになった。
「「せーのっ!!」」
最後は二人で息を合わせて心臓部へ攻撃する。スミナはレーヴァテインで斬り付け、アリナは巨大な複数の刃をマウントトータスの心臓に投げ入れた。強力な攻撃を受け、マウントトータスの心臓は切り裂かれて炸裂した。そしてマウントトータスはゆっくりと地面に倒れ、フレズの町は地震のように大きく揺れたのだった。