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23.特訓

 オルトの指導はまず双子の分析から始まった。


「基礎や技に関しては学校で引き続きやるだろうし、ここでは個別の訓練をして貰う。

まずはスミナさんだが、基礎や剣術は問題無く、状況の把握もよく出来ている。だが、自分の長所を活かし切れず、無理して強力な技を使っているように感じる。

恐らく、俺が昔使った魔法技マギルを見て、それを意識してるんだろう」


「はい、その通りです。わたしは昔見た白銀の騎士の魔法技を意識して、それ以上の魔法技を使いこなしたいと思っていました」


 スミナは今更嘘を言ってもしょうがないと思い正直に話す。それが上手くいっていない事を自分で理解しているからだ。


「まず誤解してるようだが、あの魔法技は他人には真似出来るものでは無い。というのも、あれは俺の祝福ギフトと組み合わせて実行してる技だからだ。

俺は魔力は人並み以上ではあるが、体力や運動神経は普通で、剣術の腕も昔は褒められたものじゃ無かった。戦技学校に入った当初は下から数えた方がいいぐらいに弱かった。

だが、俺は自分の祝福を活かして戦う術を身に着けて強くなった。自分の祝福は高速移動で魔力消費せず、身体にも影響を出さずに移動する事が出来る。それ単体では移動や回避ぐらいにしか使えないが、そこに攻撃と魔法の補助を加える事で他人に真似出来ない高速の技に昇華させた。最初は自分の運動神経を補う為の手段だったものを強力な攻撃に変化させたんだ。

まあ、何が言いたいのかというと、他人の真似をするより自分の長所を活かせという事だ」


 オルトの話はもっともだとスミナは思った。そしてオルトが今の強さになったのは並々ならぬ努力の結果だと理解した。


「スミナさんの祝福はあらゆる道具を使いこなせる事だと聞いた。先ほどのアリナさんとの戦いでも魔導具を上手く使っていた。そして神機しんきを使いこなしたのもその祝福のおかげだと理解している。

だが、スミナさんが身に着けたいのはそういった道具に頼った技では無く、自分自身の力で出来る技なんだろう?」


「はい。勿論色んな道具を使った戦い方も考えてはいます。ですが、それは基本としての自分の力が無くては意味が無いと考えています」


「うむ、その考えは正しい。スミナさんにはまだ伸びしろがあり、道具に頼った戦い方ばかりしていると成長が止まってしまう。

それでだ。スミナさんがやるべきはその体格と運動神経の良さを活かした訓練だ。魔法は攻撃の威力を上げる事に使う方向で修正する。最初はただの剣で硬い物を斬ったり、素早く動く物体を斬る訓練をしてもらい、いずれは俺とメイル相手に強力な攻撃を当てる訓練に変えていく」


 オルトはスミナに速度を使った攻撃から力を使った攻撃に変更するように訓練する事を提案する。スミナの今までの戦い方が根本から変わってしまうのではとスミナは少し不安を感じていた。


「戦い方を変える必要があるかと不安に思ってるな?それは大丈夫だ。身体には戦いの記憶が残っている。新たな技を身に着けていくうちに戦い方も自然と相応しいものに変わるだろう」


「分かりました。オルト先生を信じてやってみます」


「俺は信じなくていい。自分を信じてやるんだ」


「はい」


 オルトの言葉は自然とスミナに届いていた。メイルが師匠と呼ぶ理由も分かる気がした。


「次はアリナさんだが、今でも驚くぐらい強いな。魔力を実体化させる祝福と危険察知の祝福を使いこなして攻防どちらも隙が無い。

だが、問題点が無いわけでは無い。一つはスミナさんが戦いで見せた大量の攻撃に対する対応だ。確かに魔力で何とか対処出来るが、それが長引く場合には魔力が尽きてしまう。もう一つは本能と感情で戦い過ぎていて大雑把なところだ。その隙があったので俺でも模擬戦で勝てた。感情を露わにするなとは言わないが、ある程度の冷静さは残しておく必要がある」


「言ってる事は分かるけど、これでも魔力切れしないように管理はしてるよ」


「魔力が多いとそれでいいと感じてしまうが、戦場では何があるか分からない。魔力は温存しておいて損は無い」


「まあ、そりゃそうかもしれない」


 アリナもオルトの言葉にとりあえず納得する。本人も気にしている部分はあるのだろう。


「なのでアリナさんには二つの訓練をこなしてもらう。一つは訓練用の複数のゴーレムからの攻撃を魔力を使わずに避けたり防いだりする訓練だ。ある程度こなせるようになったら自分とメイル2人の攻撃を受けてもらう。

そしてもう一つは攻撃に使う魔力量の調整だ。これは様々な形の穴が開いた板の隙間から的を壊す訓練をして貰う。瞬時に臨んだ形に魔力を調整出来るようになって貰う」


「それぐらい楽勝だよ」


「本当にそうだといいんだがな。訓練は勿論2人の成長度合いに合わせて変えるから手は抜かないように」


「「はい」」


 双子の訓練の内容が決まり、オルトとメイルがその準備をする。双子は身体を休めているように言われて準備が終わるのを待っていた。


「強くなってると思ったけど、お姉ちゃんにも先生にも勝てなくて悔しいなあ」


「でも、わたし相手の時は手を抜いてたでしょ?」


「そうでも無いよ。お姉ちゃんはあたしの戦い方を知ってるから、下手に動くと反撃されると思って様子見してたんだよ。実際あたしの反撃するタイミングを見切ってたでしょ」


 アリナは嘘を言っていないようだが、スミナはアリナの攻撃を避けられたのは運もあったと思っていた。そして以前よりもアリナが強くなってるのは確かだった。


「訓練は訓練として受け入れるけど、あたしなりに強くなる為の練習は続けるつもり」


「わたしは……。とにかく今は訓練の内容を身に着けようと思う」


 スミナはアリナのような自己流で強くなれるタイプでは無いと感じている。だから今回の訓練がいい方向に行って欲しいと思っていた。

 訓練の準備が終わり、スミナとアリナは分かれて訓練をする事になる。スミナはオルトに訓練の内容の説明を受ける。


「そこに並んでいる剣でまずはこの鉄の塊を斬る練習をしてくれ。移動系と属性付与の魔法以外の魔法ならどんな魔法でも使っていい」


「ただの剣でこの鉄の塊をですか?」


「そうだ。最初は反動があると思うから訓練用の魔導鎧を着ける事。創意工夫して頑張ってくれ。アリナさんの方も見て回っているから終わったら声をかけてくれ。質問はあるか?」


 オルトの話を整理し、スミナは考える。置いてある剣は魔法のかかっていないただの鋼の剣だ。それで鉄の塊を斬るのはどう考えても難しかった。ただ、自分で考えずにやり方を最初から聞く気は無い。


「大丈夫です、やってみます」


「無理して怪我だけはしないように。そうそう、鉄の塊側に魔法をかけるのも駄目だからな」


「分かりました」


 スミナが答えるとオルトはアリナの方へと向かっていった。スミナは鋼の剣を一本手に取り、スミナの腰の辺りまで高さがある大きな鉄の塊の前に立つ。


(とりあえず試してみるしかないか)


 スミナは最初は魔法を何もかけずに鋼の剣を振り下ろした。“ガンッ”と鈍い音がして剣は塊の上で止まる。反動が腕に返って来るが、剣の練習をいつもしているのでそれは耐えられた。普通に剣を振り下ろすだけでは鉄の塊の表面に浅い傷を残すだけで終わってしまう。何度も繰り返したら厚さの薄い剣の方が傷付いて駄目になるだろう。

 スミナは今度は魔法で腕の筋力を増加させ、剣を振り下ろす力を増して試してみる事にした。“キンッ”と今度は弾けるような音がして、剣を見るとぶつかった部分が曲がり、一部欠けているのが分かった。


(やっぱり力任せでも無理か)


 スミナはそもそもそんな事が可能なのか疑問に思う。だが、訓練として準備されたのだから、無理では無いのだろう。とにかく色々試してみるしかないとスミナは思った。アリナの訓練の方を見てみると、2体の訓練用のゴーレムの攻撃を魔法を使わずに避けているのが分かった。ゴーレムは結構な速度で攻撃していて、避けるアリナが大変そうに見えた。


(あれはわたしには無理な特訓だな)


 スミナはそう思い、自分は自分の訓練をしなければと集中し直した。



「今日の訓練はここまで。無理な自主練はせず、明日に備えてゆっくり休むように」


 オルトの合図で夕方には訓練が終わった。双子は治癒の魔法を受けた後、汗を流しに夕食前に風呂に入りに向かった。


「打撲は治るけどこれじゃ明日は筋肉痛だよ。お姉ちゃんはどうだった?」


「結局うまくいかなかったし、変な振り方したからか関節が痛い」


 風呂につかりながら双子は今日の訓練の話をする。傷や打撲などの痛みは魔法で回復するが、関節や筋肉の痛みは肉体の成長に関わるので魔法では消せないのだ。


「でもアリナは凄いよ。あの攻撃を避けれたんだから」


「元気なうちは良かったけど、疲れてくると避けきれないし、あたしが慣れてくるとゴーレムを増やしたり速度を上げるしで学校の数倍疲れたよ」


「わたしも次のステップに進めるように頑張らないとな」


 ただでさえアリナに先を行かれているのに特訓で更に差を付けれたらたまらないとスミナは思うのだった。


 訓練用の屋敷の生活空間はリビングと食堂以外は完全に男女別に分かれていた。ダグザがそこは拘ったようだ。なので訓練と食事の時以外双子がオルトと会う事は無かった。


「しかし凄い屋敷を用意してくれたな。男性側はほぼ俺しか使わないのにこんなに広さは要らなかっただろう」


「師匠には依頼している立場なので私生活に問題無いようダグザ様が気を使って下さったのでしょう。狭い屋敷だと息抜き出来ないでしょうし」


 メイルがオルトに応える。4人は食堂で食事を取りながら会話をしていた。


「あたしはここが気に入ったよ。周りに誰もいないから文句言われずに自由に出来るし」


「人がいなくてもある程度は規則正しい生活しないと駄目だからね」


 スミナはアリナに釘を刺す。


「そうですよ、アリナお嬢様。あくまで訓練に来ているのだから夜食も夜更かしも駄目ですからね」


「お姉ちゃんとメイルがいる限り自由にはならないかあ」


 アリナが笑いながら言う。誰も近寄らない安全な場所なので訓練中に問題が起こる事は流石に無いだろうとスミナは思った。


 翌日、スミナは昨日と同じ訓練をするよう言われる。予備の剣は沢山あるのでいくら壊しても問題無いそうだ。アリナは昨日とは別の訓練になるらしく、オルトもメイルもその準備をやっている。


(さて、どうしよう)


 初日に色んな魔法と組み合わせて鉄の塊を斬ろうとしたが、結局うまく行かなかった。斬り方や魔法を使うタイミングを変える必要があるのかもしれない。剣が壊れないように意識すると威力が落ちてしまうし、力を減らすのは目的から離れている気がする。剣が壊れるのは諦めて試すしかなさそうだった。


 しばらく試行錯誤していたスミナだが、あと一歩のところで上手く行かなかった。それを見ていたオルトが寄ってくる。


「なかなか頑張ってはいるが、そのままだと無理そうだな」


「この剣ではやっぱり無理に感じてしまいます。オルト先生はこの剣で斬れるんですか?」


「まあ俺の剣技でもこれぐらいは出来る。祝福を使わない技は得意じゃ無いんだが、手本を見せよう」


 オルトはそう言うと並んでいる剣から一本手に取り、軽く数回剣を振って感触を確かめる。


「一回しかやらないからな。

はっ!」


 オルトは右手で持った剣を横に振って鉄の塊に斬り付ける。剣は高速で振り抜けて、鉄の塊は綺麗に上の部分が分断されて落ちた。


「まあ、こんなもんだ。お前なら同じ事が出来る筈だ。頑張れ」


 オルトはそう言って剣を置いて立ち去る。スミナは斬れた鉄の塊とオルトが使った剣を見てみる。鉄の塊は切口は鮮やかだった。まるで金属では無く粘土を斬ったような切口だ。そして剣の方は刃こぼれ一つなく、他の剣と変わらなかった。オルトは助走も付けず、立った状態で、片手でこれをやったのだ。見たところ派手な魔法も使っていない。スミナは切口を見ながらしばらく考える。

 スミナはそれから鉄の塊を斬らずに剣の素振りを行った。そして鉄を切り裂くイメージをする。段々とスミナの中にやるべき事が分かってきた。


(力任せでは駄目だ。かといって技術だけでも切り裂けない。必要なのは魔法の瞬発力だ)


 剣に負荷をかけずに力が一番込めやすいタイミングで魔法を付与する。付与するのは自分では無く剣自体にだ。スミナは素振りでイメージを実現出来た。


「あとはタイミングだ」


 魔法を使うタイミングが早いと途中で止まり、遅いと弾かれるだろう。そしてそれは身体で覚えるしかない。スミナは何度も失敗を繰り返すのだった。

 横で訓練しているアリナは今日は魔力の形を制御して的に当てる訓練をしていた。穴の開いた板を挟んで動いているゴーレムが持った的に実体化した魔力を当てるのだ。アリナも苦労しているらしく、魔力が穴を通らなかったり、通っても的に当たらずイラついているのが見えた。アリナも自分と同じで苦労しているのだと分かり、スミナもやる気が増した。


(行ける気がする)


 何本も剣を駄目にした後、スミナは何かが掴めた気がした。剣を構え、鉄塊の前で集中する。剣を振り上げ、斜めに剣を振り下ろした。力、速度、角度、そして剣に付与する魔法。全てのタイミングが合わさり、剣は鉄の塊を綺麗に切断した。


「出来た!!」


 スミナは思わず声を出す。反動の痛みも無く、剣を見ても刃こぼれはしていない。鉄の切断面もオルトと同様に綺麗だった。


「コツが掴めたようだな。だが、これは最初の一歩でしかない。ここから更に難易度を上げていくぞ」


「分かりました、オルト先生」


 やって来たオルトにスミナは明るく答える。スミナの身体からは力が漲っていた。


 訓練の日々は続き、スミナもアリナもどんどんと厳しくなっていく訓練内容に躓きながらも前へ進んで行った。それと同時に訓練以外の日常も穏やかに過ぎていく。


「師匠、そんな恰好で歩き回らないで下さい」

「師匠、使った物はきちんと元の場所に戻しておくように」

「師匠っ!!、お酒の飲み過ぎですよ。毎日の飲む量は私が管理しますから」


 特にメイルは手が空いているからかお世話の範囲をオルトにまで広げ、だらしないオルトの世話をいちいち焼いているのだった。オルトもメイルには逆らえないようで、徐々に生活習慣が改善されていく。


「メイルってオルト先生のお母さんみたいになってますよね。昔からあんな感じだったんですか?」


「いえ、師匠も昔はもう少ししっかりしてたんです。まあ、他の人も一緒に居ましたし、1人暮らしでだらしなくなったんだと思います」


 ある夜寝る前の空いた時間にスミナはメイルに話を聞いていた。アリナも2人の関係に興味があるようで食いついてくる。


「お母さんっていうより、奥さんじゃない?メイルは先生の事好きなの?」


「そんなわけ無いじゃないですか。あくまでメイドの仕事としてです。

まあ、師匠の事は勿論嫌いではありません。ただ、師匠には好きな人がいたんです。多分今も師匠はその人の事を想っているでしょう」


 メイルはオルトに想いを寄せていたが、オルトには恋人がいて諦めたようにスミナには思えた。


「でも先生は結婚してないんでしょ。メイルもフリーなんだし、付き合っちゃえばいいんじゃない?」


「いえ、私なんかは師匠と釣り合わないですよ。それよりもお嬢様達は学校で気になる人とかいないんですか?」


 メイルから思わぬ質問が来てスミナはしまったと感じる。


「わたしは別にそういうのは。アリナはどう?」


「あたし?うーん……。やっぱりお兄ちゃんほどカッコよくて強い人はいないんだよねえ。あたしより強ければ考えるけど」


「その考え方だと一生いい人は現れませんよ」


 メイルの言う通りだとスミナは思う。スミナとしては世界が平和になるまでは恋愛はいいかなと思っていた。



 双子が特訓合宿を始めてから1週間が過ぎていた。予定は2週間なので丁度真ん中ぐらいになる。双子の訓練の内容もハードルが上がり、種類も増えていった。直接オルトやメイルと組み合う特訓もあり、自主訓練が終わったらしいエルもスミナの訓練に協力するようになっていた。


(また空振った……)


 スミナは威力を上げる攻撃を魔法技として形にしたが、高速で投げた的に当てる訓練ではなかなか当てられず焦っていた。的の速度は一定では無いので連続してやるとタイミングが合わなくなるのだ。そして魔力量の関係もあって、一日に出来る訓練の回数も限られている。アリナの方がどんどんと難しい課題に変わっていくのを見てスミナは歯がゆい思いをしていた。


 夜、就寝時間になったがスミナは気持ちが落ち着かず眠れなかった。


「アリナ、ちょっと自主練してくる」


「あたしも付き合おうか?」


「エルが付いてくるから大丈夫。遠くに行ったり、危険なものに近付いたりはしないから」


「分かった。何かあったら合図してね」


 眠そうなアリナと話をしてからスミナは動きやすい服に着替え、エルを連れて屋敷の外の広場に出る。外は月に照らされて明るく、夜風が心地良かった。魔法の灯りを点け、エルに的を投げてもらってスミナは訓練の続きをする。


「くそっ」


 最初の数回は的に当てられるが、段々と追い付かなくなって空振りしてしまう。


「お前は気張り過ぎなんじゃないか?集中力は必要だが、なるべく自然体でやってみたらどうだ?アリナさんはそういう所は上手いぞ」


 スミナの背後から声をかけられ、見ると酒瓶を持ったオルトが立っていた。


「オルト先生。いつから居たんですか?」


「いや、夜はこうしてたまに外で酒を飲んでてね。音がしたから今気付いたんだよ」


 オルトはそう言うと地面に腰を下ろす。スミナは言われた通り、少しだけ肩の力を抜いた。エルに合図して再び的を投げてもらう。


「はっ!」


 飛んでくる的の気配を目では無く身体で感じて剣を振るった。的に剣は当り、綺麗に斬れている。スミナは今の感覚で次々飛んでくる的を斬り続けた。連続で10個飛んで来た的は全て綺麗に斬られていた。


「やれば出来るじゃないか。あんまり無理して訓練せず、今日はもう寝ろ」


「ありがとうございます、オルト先生。

あの、少しだけ話をしてもいいですか?」


 スミナは何となくオルトと話をしたい気分だった。


「別にいいが、酔っ払いだぞ」


「たまには酔っ払いの話も聞いてあげてもいいかなって。

それにオルト先生はお酒が入ってもあんまり変わらないじゃないですか」


「そうか?」


 スミナはオルトから少し距離を取って地面に腰掛ける。エルもスミナの横にちょこんと座った。


「オルト先生は恋人が居たんですか?」


「誰にそんな話を、ってメイルだよな。

恋人っていうか、パートナーだな。戦う時に背中を任せられる、そんな奴だった……」


 暗闇に浮かぶオルトの表情は寂しそうに見えた。


「亡くなったんですか、その人」


「まあな。

あんまり人には聞かせたく無い話だったんだが、お前とは一緒に魔神ましんと戦った間柄だ、話しておいた方がいいか。

俺が好きだったのは同じ戦技学校卒業の魔術師ユキアだ。恋仲だったかは微妙なラインだが、戦いが終わったらお互いの故郷を旅しようって話はしてたな」


 オルトが静かに語る。


「ユキアさんは魔神との戦いで亡くなったんですよね」


「一応はそういう事になるな。

俺とターンで魔神ヤグを追い詰め、あと一歩というところまで来てたんだ。ヤグは特に再生能力が高く、しぶとかった。先にターンが限界で動けなくなり、俺がとどめを刺す必要があった。だが、そのタイミングで魔族がやって来た。

そこで俺は判断を誤った。ユキアを守る為に魔族を先に処理しようとしてしまったんだ。ヤグは魔族の死体を取り込んで再生し、俺はとどめを刺すタイミングを失ったんだ」


 オルトの声には力が入っていた。


「結局俺達を助けたのはユキアだった。古代魔導帝国の魔法で次元の扉を開いて、ヤグと魔族を自分ごと世界から消し去ったんだ。彼女はもしかしたら死んでいないかもしれないが、この世界に戻って来れないなら死んだと同じだ。俺は自分の失敗を許せず、戦いから身を引いたんだ」


「もしかしてオルト先生が神機を探してたのって」


「そうだ。この世界に死者を蘇らせる魔法や魔導具が存在しないのは知っているな。死んだ者は絶対に生き返らない。アンデッドなどのゾンビやヴァンパイアは生前の人間とは別の存在だし、元に戻る事は無い。

だが、神機は別だ。神機はこの世界に10個ぐらい存在すると言われ、その中には死者を蘇らせる力があるものすら存在するらしい。だから、俺は探していた」


「でも見つからなかったんですね」


 スミナはオルトが恋人を生き返らせる為に旅をしていた事を知り、悲しい気持ちになる。スミナの中のオルトへの偏見は薄れていっていた。


「まあ、そんな都合のいい物があるなんて本当に思っていた訳じゃない。多分神機という特別な物と死んだ者に生き返って欲しいという願いが合わさって生まれた噂だろう。

だけど俺は実際に魔神と戦った。神機が現実にある物だと知ってしまった。だから魔導結界が張られてから数年間、俺は神機と魔神を探して国中を旅していた。遺跡に潜り、噂を知っていそうな人と仕事をし、1人で探し回った。

だが、手がかりさえ見つからず、殆どの遺跡は発掘済みだった。魔神だけでもいれば復讐してやろうと思っていたが、その影も無く、俺は全てを諦めひっそり暮らすようになったのさ」


「だから魔神と戦った時嬉しそうだったんですね」


「ああ、そうだが、それも遅過ぎた。今の自分には戦えるほどの力はもう無い。だから諦めが付いた。筈だったんだがな……」


 神機が実在し、その力を見たオルトは複雑な心境なのだろう。


「人を生き返らせる事が出来る神機が見つかるといいですね」


「――そうだな」


 物思いに耽るオルトを残してスミナは明日の為に部屋に戻るのだった。


 合宿後半になり双子の特訓は前半よりも気合が入っていた。スミナもアリナも難解な課題をクリアし、教えるオルトにも力が入る。危険な分怪我も増えて来たが、それもメイルとダグザが準備した道具のおかげで大きな問題にはならなかった。


 そして合宿の予定の日程が終わる2日前の事だった。外で訓練をしていた双子は周囲の森の動物が一斉に動き出したのに気付く。


「マスター、モンスターの群れがこちらに迫っています」


 エルがモンスターを察知して報告する。双子は上空に魔法で飛んでどんなモンスターが来ているのか確認する。地上には大量の大型の蟻のようなモンスター、ギガントアントが這いずり回っていた。そしてそれを追うように上空には巨大な鳥型の魔獣アイアンイーグルが飛んでいた。アイアンイーグルがギガントアントの巣を攻撃してこんな状況になったのだろう。


「お前ら装備を整えて退治して来い」


「私も行きます」


「ワタシも」


 オルトが双子に言うと、メイルとエルも戦いに加わろうとする。


「いや、スミナさんとアリナさんの2人で行け。それぐらい余裕だろう?」


 オルトは双子に問いかける。双子は訓練の成果が出ている筈だが、実戦では新しい技はまだ使っていない。


「はい、出来ます」


「勿論。みんなは休んでていいよ」


 スミナもアリナも即答した。2人きりでここまで大量の敵を相手にした事は無かったが、これぐらい出来なければ意味が無いと2人とも思っていた。魔導鎧などを装備して2人は迫って来るモンスターの方へと向かう。


「アリナは地上の敵をお願い。わたしは空の魔獣をやる」


「そっちでいいの?」


「わたしもアリナもそれ用の特訓をしたんでしょ」


「まあそうだけどね。たまには雑魚相手でもいいか」


 そう言いながら双子は空と地上に分かれた。地上のアリナが先に敵と接触した。ギガントアントは2メートルほどの大きさで、単体では並のモンスターだが、徒党を組み、鋭い顎と尻から出す溶解液を武器に物量で襲ってくる。本来1人で戦う相手ではない。


「先手必勝!!」


 アリナは言いながら迫りくるギガントアントに小さな魔力の針を大量に飛ばす。魔力を最小限に抑えながらも速度とコントロールでギガントアントの頭部に当てて十体を一気に倒した。スミナは流石だと思いながら自分の敵へと向かう。


 アイアンイーグルは全身を硬い鱗で覆った10メートルぐらいの巨大なわしのようなモンスターで、くちばしと鉤爪で攻撃してくる。鱗は鉄では無いが、鋼のように硬いのでこの名前になったという。飛んでる状態では素早く、魔法も効かず、矢も当てづらくて当てても弾かれるという厄介な魔獣だ。本来なら地上に降りて来たところを迎撃するのが適切な戦い方だ。だが、スミナは今の自分ならそんな必要は無いと感じている。


(速い!!)


 アイアンイーグルは急に速度を上げてスミナに突っ込んできた。スミナは飛行魔法に加速を加えてギリギリで避ける。そしてレーヴァテインを抜いて空中に静止した。レーヴァテインを使って新しい魔法技を使った事はまだない。だけどスミナに不安は無かった。アイアンイーグルは旋回してスミナを警戒しつつ攻撃のタイミングを伺っている。スミナは隙を見せるようにあえて剣の構えを下ろす。アイアンイーグルはそのタイミングを狙ったかのように急加速してスミナへ鉤爪を食らわせようと迫る。


「斬る!!」


 スミナはレーヴァテインを振り上げ、アイアンイーグルに触れる瞬間に魔法技を発動した。その瞬間にレーヴァテインの魔力の刃が長く巨大になり輝きを増した。そしてアイアンイーグルの頭から分厚い鱗も引き締まった肉も硬い骨も一気に切り裂いていく。アイアンイーグルは綺麗に頭から尾まで綺麗に真っ二つに分かれて落下していった。


「出来た……」


 訓練後の初めての実戦だが、スミナは自分の成長をしっかりと感じる事が出来た。地上のアリナを見るとアリナも複数の敵からの同時攻撃を魔法を使わずに華麗に避け、最小限の魔力で殲滅している。数が減ったギガントアントは逃げていき、アリナも戦い終えていた。

 戦いを終えた2人はみんなのもとに戻る。


「よくやった。2人とも問題無く戦えたようだな」


「はい、実戦でも上手く行きました」


「あたしは少し物足りないけどね。なんなら1人で全部倒せたし」


 アリナは冗談めかして言うが、実際にアリナなら出来ただろう。


「お前達はそれぞれ強いが、協力して戦えばもっと強くなる筈だ。そういった訓練も今後は考えておけ」


「はい」


「そうだけど、そうなると本当に敵無しになっちゃうよ」


「もし魔神と神機無しで戦うなら、それぐらい強く無ければ無理だからな」


 オルトが真面目な顔で言う。確かにスミナもアリナも強くなったが、あの魔神と戦うとなると倒せる自信はまだ無い。


「じゃあお姉ちゃん、2人でやる必殺技を考えないとね」


「確かに冗談じゃ無く本気で考えてもいいかもしれない」


 スミナは今の2人だから出来る強力な技を想像してみるのだった。


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