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22.引退騎士への依頼

 スミナの体調が回復するまで温泉リゾートで休んでいた双子達だが、色々あった事を両親に伝えるべく屋敷に戻る事にした。温泉リゾートのオーナーや娘のルノエはいつでも歓迎するのでまた遊びに来て下さいと一行を送り出した。

 スミナもエルも戦いの傷は全快し、身体に問題は無くなったが4人とも心中には影が差していた。なので帰りの馬車の中の会話はどこか空回りでそれぞれ物思いにふける時間が殆どとなった。


 屋敷に戻った双子は話があると両親を呼び出した。今回の旅の経緯から話し始め、温泉リゾートを救った辺りまでは笑顔で聞いていた両親だが、スミナがエルと魔神を解放した辺りで2人の顔は青ざめていった。神機しんきを使って魔神を倒した事に合わせて双子が転生者であり、どんな能力があるかを2人に話す。そしてアスイから世界を救う為の依頼をされている事と今の国の状況も全て話した。それらを聞き終わった両親はとても不安な表情をしていた。

 しばらく部屋に沈黙が続く。考えが纏まったのかダグザが最初に口を開いた。


「話は分かった。私に黙っていた件については話が話だからしょうがないと考えよう。だが、危険の度が流石に過ぎている。アスイさんからの手紙で色々やっているのは理解していたし、2人の能力が高いの事も分かっていた。だからといってこれ以上2人を危険な目に合わせるのは親として反対だ!!」


 父ダグザは珍しく本気で怒っていた。その怒りが愛情あってのものだと双子は分かっていたので怖くは無く、申し訳ない気持ちになっていた。


「あなた、少し落ち着いて。まあ私もこの人も貴方達が普通の子供じゃないとは思っていたわ。転生者である可能性も考えてはいたの。でも、少し強いだけの普通の子であって欲しいと願っていた。

私達も魔族との戦争を戦い抜き、多くの人の死を見てきた。それこそメイルを屋敷に寄越して来たオルトくんも同じだったでしょう。だから世界が平和になって、貴方達にはそういった思いをして貰いたくないと私もこの人も願っていたのよ」


 母ハーラもいつにも増して真面目に語った。スミナは2人の気持ちが伝わってきた。だけど、自分達だけ幸せになるのは無理だと感じていた。


「お父様、お母様、ご心配をおかけして本当に申し訳ございませんでした。わたしも周りの人に死んで欲しくない気持ちは一緒です。だからこそ特別な力を持って産まれたわたしとアリナが犠牲を出さない為に動かなければならないと思うのです。魔導結界という限られた時間の中でわたしにも何か出来る事があると思っています」


「あたしからも言わせて。確かに今までは深く考えずに危険な目に遭ってきたかもしれない。でも、あたし達は生き残ってきた。あたしは世界を救うなんて大げさな事は言わないけど、これからもお姉ちゃんと一緒に絶対に生き残って見せる。あたしの能力があればどんな危険も避ける事が出来るから」


 双子はそれぞれの決意を語る。アリナもスミナを助ける形で一緒に戦う覚悟がある事を示してくれたようだ。


「ダグザ様、私にも少しだけ喋らせて下さい。

お嬢様達は本当に強く、立派に成長しています。アスイから信頼されているのも感じています。なので、これからもお嬢様達のやりたいようにやらせてあげて欲しいのです。勿論私も今まで以上にお嬢様達の為に働き、戦う覚悟です」


「ワタシもマスターを守る為にもっと頑張ります」


 双子の後ろで話を聞いていたメイルとエルがそれぞれの決意を述べる。


「あなた、やっぱりこの子達は私達の子供という事ですよ。あなたも私も危険を承知で戦いに身を置いてきたじゃないですか。私達にはもう昔の力は無いのですから、子供達を応援するしかないでしょう」


「――そうだな。子供達には安全に暮らして貰いたいと思っていたが、そうも言ってられないしな」


 ハーラもダグザも双子の行動を納得したようだった。


「お父様とお母様は魔導結界の話はご存知だったのですか?」


「ああ、流石に領主となると国境の管理が必要になる。私以上の立場の者は皆知っていて、気を付けて動いているんだ。まあ、国境付近は国が直接管理しているがな。

そして、魔導結界が破られた時の対応は国に何とかして貰おうと願うしかなかった。勿論手助け出来る事はしてきたが、領主の仕事で手一杯だったので結局他人任せになってしまっていた」


 スミナの疑問にダグザが答える。ダグザも色々悩みを抱えつつ子供達を育てていたのだろう。


「さて、そうなれば出来る支援は何でもするぞ。武器や道具で必要な物、部下や召使いで必要な人がいるならいくらでも言ってくれ。そうだ、例の物を押収していたんだったな。それはお前達で使ってくれ」


「例の物ですか?」


 ダグザが親バカの顔に戻り、何かを思い出したようだ。ダグザに案内されて双子達は屋敷の裏にある倉庫へと向かう。ダグザが倉庫の扉を開けるとそこには大きな乗り物があった。


「これって……」


「魔導馬車だよ。オビザが逮捕された時に押収されたのだが、出所が怪しいらしく国では管理出来ないと回ってきた。私が触った限りでは普通に使える物だと思うぞ」


 ダグザが双子に渡そうとしたのは魔導馬車だった。問題貴族のオビザが手に入れたというと怪しさを感じるが、見た目は立派でアスイの魔導馬車より強そうな印象だった。オビザの領地がダグザの管轄内だったのでダグザに回されたのだろう。


「特に内部に危険な構造はありませんでした。以前の見かけた物よりも品質も頑丈さも上のようです」


 エルが魔導馬車に近付いて確認結果を述べる。


「これがあれば移動時間が短縮出来るよね。やったね、お姉ちゃん」


「でも、魔導馬車って相当高価なものですよね。本当にわたし達が使っていいんですか?」


「構わんよ。私達が移動する事はそれほど無いし、馬車だと行ける範囲も時間も限られてくるだろう?」


 ダグザの言う事はその通りで、ゲートが使えない今は少しでも速い足が欲しいところではあった。


「運転はワタシが出来るので安心して下さい」


「エルちゃんは優秀だねえ。拾って正解だったね、お姉ちゃん」


「確かにエルなら安心して任せられると思う」


 スミナは両親に自由を許可されて、魔導馬車も手に入った事で少しだけ気持ちが楽になった。


 その後、双子は夏休みの今後の予定について自室で話し合っていた。


「わたしは魔神と戦って、もっと鍛練が必要だと思った。だから、学校へ戻るまでの間は訓練をして過ごしたいと思う」


「そうだね、ちょっと遊んでる場合じゃないと思うのはあたしも同じ。でも、今まで通りの訓練でそんなに強くなれるかなあ?」


「うん、わたしもその事を考えていたんだ」


 スミナは魔神と戦った事で、自分の弱さを再認識していた。そして、今のまま技を磨いても魔神には勝てないとも思っていた。だからある方法を考えていた。


「オルト先生の強さは本物だった。多分全盛期の白銀の騎士なら魔神を倒せていたと思う。

だからわたしはオルト先生に教えてもらいに行こうと思う」


「お姉ちゃんホンキ?だって今はやる気のないただのおっさんだよ。授業の時もぼんやり見てるだけだったし」


「でもメイルの師匠でもあるし、本当は強いし経験豊富でもある。自分が戦えなくても人に指導するぐらいなら出来ると思う」


 スミナもオルトを頼るのは避けたい気持ちがあった。だが、本気で強くなりたいならオルトに教えてもらうのが一番なのを理解していた。それはアリナにとっても同じだろうとスミナは思っている。


「あたしは結局一度もおっさんが戦っているところを見てないんだよね。でも、お姉ちゃんがそこまで言うなら、ホントなんだろうね。分かったよ、あたしももっと強くなれるなら一緒に行くよ」


「本当?アリナが一緒なら嬉しい。でも、問題はオルト先生がそれを引き受けてくれるかなんだよね」


「それこそメイルを頼ればいいんじゃない?元々弟子なんだし」


 アリナの提案でメイルに今の話を伝えにいった。


「オルト師匠に剣術の訓練をして貰うという事ですか。確かにその案に私も賛成です。師匠の教え方は上手でしたし、師匠なら2人の技術をもっと磨いてくれると思います。

ただ、今の師匠がそれを引き受けるかどうかですよね。だったら、ダグザ様に仲介して貰いましょう」


「お父様にですか?」


「はい。そもそもオルト師匠は子供の頃にダグザ様を見た事で剣の道に進んだそうですから」


 メイルの話でダグザもオルトと関連している事が分かり、今度はダグザに話をしに行く。


「なるほど。本来なら私がお前達に訓練をしてやれれば良かったのだが、私の剣術はマジックナイトのものとは少し異なるからな。オルト君なら確かにお前達の手本になるだろう。

で、問題は騎士を引退した彼にどう頼むかだな。よし、そこは私に任せてくれ。ついでに訓練用の施設も準備するぞ」


「お父様、いいんですか?」


「パパありがとう」


「もっと私を頼っていいぞ」


 ダグザはとても嬉しそうに双子のお願いを引き受けた。

 それからダグザはオルトの居場所を突き止め、話し合いの場にすぐに準備した。


 双子が屋敷に戻って来てから数日後、双子はメイルとダグザと共にジモルの少し南にあるトバレという大きな街に向かっていた。オルトの今の家はその近くにあるらしく、トバレで話し合いをする事になったのだ。


「エル、本当に大丈夫なの?」


「はい、この状態でも全方位見えてますし、街道を人や動物に危害を加えない安全運転で進んでいます」


 双子達は魔導馬車の試運転も兼ねて乗っていく事にしたのだが、運転するエルはいつも通りスミナの横に座っている。エルは魔導馬車と魔法で接続出来るので運転席で無くても周囲が見えているというのだ。確かに問題無く進んでいて、すれ違う馬車をきちんと避けてはいるが、運転席に誰もいない状態をみんな不安がっていた。


「大丈夫だと思いますが、何かあった時の為に私が運転席に座りますよ」


「メイル、ワタシは大丈夫ですよ」


「エルさんが良くてもすれ違う馬車の人が不安がっていますので……」


 結局メイルが形だけでも運転席に座る事になった。魔導馬車は速度も速く、馬車のように揺れず快適だった。


「なるほど、こうして乗ると快適さが分かるな。自分用にもう1台欲しいぐらいだ」


「お父様、別にわたし達が使わずにお父様が使ってもいいんですよ」


「いやいや、それぐらい快適だって言いたかっただけだ。これはもうお前達の物として好きに使ってくれ」


「学校に戻るの大分楽になるし、本当にありがとう、パパ」


 アリナの言う通り移動時間と長旅が問題だったので本当に助かるとスミナも思った。


「家族でこれを使って家族旅行も出来たら良かったんだがな」


「次のお兄様の休みの時はそうしましょう」


「そうだね、たまには旅行したいよね」


 双子はそう言うが、その前にいくつかの問題を解決しないといけないと思っていた。魔導馬車は朝に屋敷を出発し、午後にはもうトバレの町に到着していた。ダグザの案内で高級レストランの一室に双子達は入る。約束の時間の前でオルトはまだ来ていないようで、しばし個室で双子達はオルトが来るのを待っていた。


「お待たせして申し訳ございません」


 そう言ってレストランの個室にやって来たのはきちんとした服装をしたオルトだった。流石に貴族のダグザに呼び出されたからか、今までのようにヨレヨレの服装では無く、髪も無精ひげもきちんと整えられていてかなり印象が違った。スミナは少しだけオルトを見直す。


「いや、まだ約束の時間前でこちらが早く着いていただけなので問題無いよ。今日は正式な場では無く、あくまで私の個人的な付き合いだ。楽にしてもらっていい」


「ありがとうございます」


 店員に座席を用意されてオルトはテーブルに着く。


「まずは食事をして、それから話をしよう」


 ダグザが店員に伝えて料理が用意され、全員で食事を食べる。メイルも今回は同席していて、エルには宝石形態で我慢して貰っていた。スミナは少しだけオルトを気にしながら食事するのだった。


「オルト君、急に呼び出してすまなかったな。まずは2度も娘のスミナを助けてもらった事を親としてお礼を言わせて欲しい。本当にありがとう。謝礼なら望む額や欲しい物などを言ってくれれば可能な限り対応しよう」


 食事が終わり食後のお茶が運ばれてきた後にダグザが話を始めた。


「いえ、そんなお礼を言われるような事はしていません。それにこの間は逆に娘さんに助けてもらった立場です。ダグザ様には恩義がありますし、望む物もありません」


「だが、聞いた話だときみは神機を探していたと聞く。その手伝いをさせて貰うというのはどうかな?」


 ダグザは思わぬ提案を切り出す。


「いや、その話はもういいんです。恐らく自分の元には現れない運命なのだと感じていますから。

美味しい食事を頂けてありがとうございました。メイルも元気にやっているようで良かったです。それでは」


 オルトは礼を言い話を終わらせて帰ろうとする。


「悪いが、もう少しだけ話を聞いてもらえるかな、オルト君」


「はい、構いませんが」


 ダグザはオルトを引き留め話を続ける。


「きみが過去に経験した事はある程度聞いているし、手助け出来ず申し訳ないと思っていた。だが、過去に囚われて人生を無駄にするのは惜しいと私は思ってしまう。まあ、年寄りの説教とでも思って聞いてくれ」


「いえ、ご意見ありがとうございます」


 オルトはそう言うが、顔は険しくなっていた。


「そこで一つ提案がある。知っての通りうちの娘達は転生者で、強い事は強いのだが、まだまだ危なっかしい。なのできみに講師になってもらって訓練して貰いたいと思っている。謝礼は弾むし場所もこちらが準備しよう」


「ありがたいご提案ですが、お断りさせていただきます」


 オルトはきっぱりと断る。


「そう言うと思っていたよ。もう一つそちらの希望を叶える条件を追加しよう。娘のスミナの祝福ギフトは物の価値が分かるという部分もあり、過去に魔宝石マジュエルを見つけたり、神機を見つけたりもした。もし次に神機らしい反応を感じた時にきみに伝えて、その神機をきみに譲るという話でどうだろうか?」


「お父様!?」


 スミナはそんな話を聞いていなかったので驚く。


「スミナ、聞いてくれ。2人が強くなるにはオルト君の力が必要だ。そしてオルト君が前に進むには神機が必要なのだろう。もし神機がまた見つかって、オルト君が戦線復帰してくれるなら2人にとってもこの国にとってもいい事だ。スミナは既に神機を一つ持っているのだから二つ目は他の誰かに与えても問題無いだろう?」


「それは……」


 ダグザの話をスミナは頭の中で整理する。そもそも神機をスミナは使いこなせていないし、危険な物なので扱いに困っている状態だ。本来神機を渡すべき相手は道具の力を取り込めるアスイなのではとスミナは心の中で思っていた。それと同時にここまで来てオルトに依頼を断られるのは嫌だとも思った。スミナは今、とにかく強くなりたかった。


「分かりました。次に神機を見つけたら自分だけで取りに行かずにオルト先生に伝えるようにします。勿論無事に神機が見つかったら所有権はオルト先生に譲ります。これでどうですか?」


「少し考えさせて下さい……」


 オルトはスミナの話を聞いて、黙って考え込んだ。スミナはオルトがどうしてそこまで神機に拘るのかを考えていた。


「分かりました、引き受けます。ただし条件はあります。こちらの指導には絶対に従う事。訓練中の怪我の責任は全て自己責任だという事。そしてどんなに辛くても逃げ出さない事。それが守れるなら2人の指導を致しましょう」


「私は今の条件で構わないが、2人はどうかな?」


「わたしはやります」


「勿論あたしも」


 双子はオルトの条件を即座に受け入れた。細かい確認をしてオルトの気が変わると困るとスミナは思ったからだ。


「オルト師匠の訓練には私が付き添います。無いとは思いますが、お嬢様方に手を出そうとしたら私が止めますのでご安心を」


「メイル、オルトくんは信用しているが万が一の事もある。頼んだぞ」


「という訳で、オルト師匠、宜しくお願いします」


「ええ、問題ありません」


 オルトはメイルとダグザの視線に少し困ったような表情をして答えた。父としては年頃の娘を預けるのだから当然気にはしているだろう。スミナは憧れの白銀の騎士ではあるが、2倍以上の年齢差があるおじさんに好意を抱く事は絶対に無いと思っていた。



 話がまとまってからはとんとん拍子に準備が進み、2日後にはノーザ地方の山奥にある空き屋敷が訓練場所として使えるようになっていた。食事や寝泊まり、訓練に必要と思われる武器や道具も既に運び込まれているという。双子とエルとメイル、オルトと家事食事を準備する人数人がそこに集まっていた。


「マスター、ワタシも前回の反省から自主訓練をしてきます。近くには居ますので何かあったら呼んで下さい」


 エルは珍しく分かれて単独行動のお願いをしてきたのでスミナは許可を出した。人目が無い山奥なので、エルは人の気配も察知出来るし問題無いだろう。

 双子とメイルとオルトは訓練の為、屋敷の中の大きな広間に集まった。指導に来たオルトは呼び出された時のように身綺麗では無いものの、前の臨時教師として来た時のようなくたびれた格好では無く、動きやすい綺麗な冒険者のような服装だった。髪も髭もそれなりに整っている。それだけでスミナには真面目に教える気はあるのだと感じられた。


「まずは2人の実力を知りたい。この結界内で自分が止めるまで全力で戦ってみてくれ。お互い手加減は無しでな」


 オルトは2人の模擬戦をまず見る事にした。学校で使うのとほぼ同じ仕組みの結界が広間に張られていた。結界内なので攻撃の威力は落ち、魔導鎧もそれ用の物で致命傷は防げる。傷を負った時の回復用の魔導具もダグザが準備した物が揃っている。だが、双子はお互いまともに攻撃を受けたらただじゃ済まない事は知っていた。


「お姉ちゃん、すぐ終わらせちゃったらゴメンね」


「本気で来て。わたしだって前とは違うから」


 スミナは訓練用の長剣を持ち、アリナは何も武器を持っていない状態で立つ。臨機応変に戦うアリナはこの状態が一番強いと確信しているのだ。スミナは戦い始めが肝心と武器を構えて開始の合図を待つ。


「では、模擬戦始め!」


 オルトが開始の合図を出す。スミナはアリナが仕掛けて来る前に行動を開始した。隠し持っていた魔道具を取り出し、氷結の魔法をアリナに向かって連打する。魔力と手数の多いアリナに主導権を握られると魔力がアリナほど無いスミナに勝ち目は無い。だから先んじて行動したのだ。


「よっ」


 アリナは氷結弾を魔法で打ち消す。魔法攻撃に対する対策としては避ける、打ち消す、防御魔法で防ぐの大きく3つの対応に分かれる。アリナはそれを打ち消した。そして、スミナはアリナならそうすると予想しており、氷結弾のすぐ後ろに魔法技マギルで高速移動して攻撃を仕掛けていた。アリナはスミナのその攻撃をギリギリで避ける。アリナの祝福である危険察知がそれを可能にさせている。


「そこ!!」


 スミナは動きを止めず、左手にレーヴァテインを取り出して避けたアリナを狙う。しかしアリナは魔力で剣を作り、それを受け切った。無理な態勢からの左手での剣撃なのでスミナの全力の威力が出せていないのもある。


(やっぱり無理か)


 スミナは即座に一歩下がる。スミナのいた場所にはアリナが攻撃を振り下ろしていた。アリナと戦う時に一番問題なのは危険察知の祝福だ。どんな攻撃であろうと、察知され、対処されるからだ。だがスミナにも勝機は見えていた。


(魔導具に頼る事になるけど、今の全力でやらなければ勝てない)


 スミナが準備しているうちにアリナが攻撃を仕掛けて来る。魔力の刃を複数射出し、その後姿を消したのだ。スミナは集中して刃を回避と剣での打ち落としで対処する。そして背後から魔法技で攻撃してきたアリナの剣をレーヴァテインで受けた。再び両社は距離を取る。


「やるね、お姉ちゃん」


「そっちはまだ様子見してるでしょ」


 アリナが本気ならこの狭いフィールドなら既に終わっていた筈だ。それをやらなかったのはこちらの攻撃を見てみたいという余裕からだろう。だが、スミナは喜んでその油断を利用させてもらう事にした。


「発動!」


 スミナは準備した魔導具を使う。それは壁にぶつかると反射する魔法の弾を撃ち出す魔導具だった。威力は低いが、発動した術者には当たらず、こうした模擬戦用の結界も壁として判定される。なので狭い結界内では効果が高いのだ。スミナはそれを数十発放った。本来は魔法で同じ事をしたいのだが、魔力消費を考えてスミナは魔導具で対応した。

 複数の魔法の弾が結界内を縦横無尽に跳ねまわる。スミナの狙い通り、アリナは自分にぶつかる弾を防ぐのに手一杯になっていた。アリナの危険察知能力の弱点は同時に攻撃が多数発生した場合の対処が厳しい事だとスミナは思ったのだ。


「お姉ちゃん小賢しい!!」


「これで!!」


 スミナは最速の魔法技でアリナに連続で斬りかかる。アリナは避けたり剣で受けたりして対応するが、段々動きが追いきれなくなっているのが分かる。


(行ける!!)


 スミナがあと1撃、と思ったところで異変を感じて魔法技を止めた。その瞬間反射していた全ての魔法の弾が消滅した。アリナが魔法を自分を中心に全方向に放ったのだ。スミナはそれを何とかシールドを張って防いだ。


「こっちも本気で行くからね!!」


 アリナの声でスミナも覚悟を決める。スミナのいる場所に上下から複数の魔力の槍が飛び出す。スミナはここで引いたらやられるのを知っているので前進してアリナへと向かう。アリナはそれを待ち構え、手に魔力の槍を構えてスミナに突き出す。スミナはそれを何とか避けるが、避けた先の地面から槍が突き出してきた。


(まだ!!)


 スミナは突き出して来た槍をレーヴァテインで叩き斬る。しかし新たな槍とアリナ自身が再び接近してくるのを感じていた。スミナはダメージを受ける覚悟でアリナを斬りかかるように構える。


「そこまで!!」


 2人の攻撃が交差する前にオルトの模擬戦中止の声がかかった。双子は互いに攻撃の手を止めた。


「お姉ちゃんやるようになったね」


「でも、続けてたら多分負けてたよ」


 スミナは自分に王手がかかっていた事を理解していた。スミナに出来たのは軽傷でも一太刀浴びせる事ぐらいだっただろう。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 冷や汗をかきながら見ていたメイルが寄ってくる。


「大丈夫だよ、殆ど傷は無いし」


「あたしもかすった部分は魔導鎧が吸収してくれてるよ」


 お互いほぼ無傷だったのは結界の中だったのもある。


「2人の実力はよく分かった。お互い自分の能力を踏まえて訓練してきたのだろう」


 オルトが感心したように言う。


「だが、改善点は色々とあるのも分かった」


「その前にせんせー、ちょっといいですか?」


 アリナがオルトの話を止める。


「アリナさん、何か?」


「あたしは先生の戦ってるところを見た事がありません。ちょっと手本を見せてくれないと、真面目に指導を受ける気分にならないなって」


「ちょっとアリナ!」


「アリナお嬢様、折角師匠がやる気を出してくれているのですから……」


 スミナとメイルがアリナの言動に慌てる。


「いや、確かにそうだな。自分も若い頃は生意気な時があった。で、戦闘は相手を納得させるのに一番手っ取り早い手段なのも知っている。ちょっと模擬戦をやってみるか。どちらか頭に1撃当てた方が勝ちでどうだろう」


「いいよ、あたしは」


「師匠、いいんですか?」


「まだ模擬戦で勝つぐらいの体力はあるから大丈夫だ」


 そうしてアリナとオルトが模擬戦をする事になった。アリナは前と同じく素手で、オルトは片手に短剣だけで結界に入る。オルトが強いのは分かっているが、1撃当てるだけの模擬戦だとアリナが有利なのではとスミナは思ってしまう。


「メイル、合図を頼む」


「分かりました。では、始めて下さい」


 メイルが合図を出したが、2人はにらみ合ったまま動かない。


「どうした、動いていいんだぞ」


「先生こそお先にどうぞ」


 お互いに譲り合う。アリナは相手を警戒しているのだろう。


「じゃあ、俺から行くぞ」


「どうぞ」


 アリナがそう答えた瞬間オルトの姿が消えた。そしてアリナの背後に現れて短剣が振り下ろされる。しかしアリナはそれを察知して避けて、オルトの頭上から複数の刃が降ってきた。オルトはそれを全て短剣で弾き飛ばす。


「隙あり!!」


 オルトが刃に対応しているところへ左右からの刃と背後からのアリナの剣が迫る。しかし瞬時にオルトは姿を消して、距離を離していた。アリナが剣を空振りして態勢を立て直しているところに再びオルトが攻撃してくる。アリナはそれを避けて反撃しようとするが、すぐさまオルトが今度は反対方向から攻撃してくる。アリナはそれも何とか避けた。スミナから見てもオルトの動きもアリナの反応も異常だった。

 オルトは前後左右揺さぶるように連続でアリナに攻撃を仕掛けていく。アリナもやられるだけでなく反撃もするが、全てオルトには避けられていた。


「何なの!!」


 アリナが叫んで結界内に無数の刃を一斉に発生させる。しかしオルトはそれを綺麗に避けて、アリナに1撃加えようとした。アリナはそれを魔力の剣で何とか受ける。その時“こつん”と軽い音がして、見るとオルトの左こぶしがアリナの頭に当たっていた。アリナはそれを避けられなかったようだ。


「勝負あり、勝者オルト」


 メイルがそれを見て模擬戦終了を告げる。


「ちょっと待って、今のただ手が当たっただけでしょ!!」


「いや、模擬戦のルールは頭に1撃当てたら勝ちだ。力の強さは関係無い」


「アリナ、そういうルールなんだから諦めるしかないよ」


「うーー。分かった、先生の勝ちでいいよ」


 アリナが悔しそうに言う。今回オルトが勝てたのはオルトの拳がアリナにとって危険として察知されなかったからだろう。あくまで模擬戦だからだろうが、アリナの能力をそこまで読み取ったオルトの実力は本物だとスミナは思った。


「まあ勝敗はともかく、俺の実力がどれぐらいかはアリナさんにも分かって貰えたかな?」


「理解しました。アスイ先輩とは違ういやらしい戦い方だっていうのは」


「それは誉め言葉として受け取っておくよ」


 オルトは嬉しそうに言う。アリナがオルトに反抗するのも無くなりそうでスミナは少しホッとした。

 2度の模擬戦も終わり、アリナが納得したところでオルトが指導を始める事にした。こうして双子の訓練の日々が始まるのだった。

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