20.運命の再会
ボルデ火山の化け物を退治した翌日、双子達は朝食とは思えないほどの豪華な食事を食べていた。
「ねえ、水着で遊べる場所はどんなのがあるの?」
「まず、こちらのパンフレットをお渡ししておきます。水着で楽しめるのは湖に面した南側一帯全てになりますね。大型スライダーのあるプールや湖の浜辺、湖での釣りやボートで遊ぶ事も出来ますし、水着のまま入れる温泉も各所にございます。
また、美容に関しましては人気の食事や効果の異なる泉質の温泉を集めたエリアがございますし、ホテル内には専用のエステもございます。勿論皆様には全て無料で提供させていただきます」
アリナが語りかけた店員がパンフレットと共に丁寧に説明してくれる。大人から子供まで楽しめるような設備が充実しているようだ。
「お姉ちゃん、今日は水着で倒れるまで遊ぶよ」
「分かった、アリナに行き先は任せるよ」
こうしてアリナ先導でリゾートの南側のエリアへ行く事になった。リゾート内の移動は水着で問題無いと言われ、双子は部屋で水着に着替える。双子とメイルに用意された部屋は最高級の部屋のようで、リゾートが一望出来て、ベッドも内装も上品な豪華さだった。
「エルは水着になれる?」
「今のマスターのような衣服ですね。やってみます」
エルの服がいつもの形から双子の水着と似たデザインの紫色の水着へと変化する。
「エルちゃんも可愛くなったじゃん。
ほら、メイルも水着を着て」
「いいえ、私は付いて行くだけですので……」
「持って来てるんでしょ、水着。いざという時泳いで助けられないよ」
アリナはわざとらしくメイルの逃げ道を塞ぐ。
「分かりました……」
メイルは諦めて持って来ていた水着に着替えた。メイルの水着も緑と黄色の綺麗なデザインで、メイルにとても似合っていた。
「メイルも綺麗ですよ」
「私はお嬢様達みたいに若く無いんですから、今回だけですからね」
メイルが照れながら言った。
「ここが貸し切りって凄いね」
「本当にただでこんな贅沢していいんでしょうか」
「お嬢様達のお手柄なんですから、遠慮せずに楽しみましょう」
南側エリアに広がるプールや湖にはリゾートの店員以外誰もおらず、贅沢な眺めとなっていた。4人は一番大きなプールで泳ぎ比べをしたり、水を掛け合ったりしてはしゃぐ。
「エルはちゃんと泳げるんだね」
「はい、あらゆる環境でマスターをお助け出来るようになっています」
「まさか泳ぎでエルちゃんに敵わないとは……」
「ですが、一番はスミナお嬢様でしたね」
スミナは体力には自信があったし、魔法の助け無しでも十分速く泳ぐ事が出来た。
「ワタシも魚の形に変わればもっと速く泳げます」
「一応人目があるから、今日は変形は無しでね」
「了解です、マスター」
一応ルノエにはエルが特異体質だと言っておいたが、他の人に見られるとどんな噂を流されるか分かったものでは無い。
「じゃあ、次はあれね」
「こんなのがあるなんて」
アリナが指差したのはプールの上にそびえる巨大なウォータースライダーだった。異世界も考える事は現実と同じようだ。絶叫系では無いものの、あまりに高いのでスミナは安全性が気になってしまう。
「私は遠慮しておきます」
「もしかしてメイルは高いところダメとか?」
「そんな事は無いですけど……」
メイルは図星のようだ。言葉を濁すメイルの手をアリナは喜んで引っ張っていく。エルがやってみたそうにスミナを見つめるので、スミナもエルを連れてウォータースライダーの階段を登っていった。
「あたしが一番ね。メイルもすぐに続くのよ。お姉ちゃん、ちゃんとやらせてね」
「はいはい」
アリナははしゃぎながらウォータースライダーを滑っていく。
「メイル、観念して」
「分かりました……」
メイルはおずおずとウォータースライダーに腰を下ろす。そんなメイルの背をエルは思いっきり押した。
「え!?
きゃーーーーーー!!!!」
メイルが聞いた事の無い悲鳴を出しながら滑っていく。
「マスター、ワタシたちも行きましょう」
「分かった」
エルを抱えるような姿勢でスミナもウォータースライダーを滑る。水の流れで速度を増していくが、高速移動を魔法で慣れているからか、思ったより怖くなくてむしろ楽しかった。前のエルも楽しそうにしている。ウォータースライダーは最後にプールに落下する形になっていてエルとスミナは水しぶきを上げてプールに飛び込んだ。
「ぷはっ」
スミナは水面に顔を出す。横にはエルが浮いていた。
「楽しかったー!!」
「そうですか、良かったですね……」
笑顔のアリナと対照的にメイルは青ざめた顔をしている。
「マスター、もう一回やりたいです」
「お、エルちゃんは気に入ったんだ。あたしもやろっと」
「私は休んでます」
「うん、休んでて」
メイルをプールサイドに置いて双子とエルは飽きるまでウォータースライダーを楽しむのだった。
その後4人は湖に移動して釣りやボートで遊び、お昼は湖畔のレストランでの昼食にした。ホテルの料理とは違うファーストフード的な軽食だったが、それもとても美味しかった。
午後はアリナが行ってみたいと言って美容も兼ねた水着で入れる温泉郡へと移動する。メイルはアリナに半強制されて日頃の疲れを癒すマッサージを受ける事になった。双子とエルは色んな温泉を回っていく。
「お姉ちゃん、こっちは美肌効果だって」
「色が大分違うね」
スミナは効果があるかは分からないが、アリナが楽しそうなので満足だった。美容に関しては2人ともそこまで気にしていないし、肌荒れもすぐに治る。傷や痛みは魔法で回復も出来るので、あくまで女性の自分磨きの場所なのだろうとスミナは思うのだった。
「マスター、こっちの温泉はとてもイイです」
「エルも気に入る事があるんだ」
「はい、温泉には鉱石の成分が含まれている物があり、ワタシの石と相性がいいものがあります」
エルもとてもリラックスしてるようで連れてきて良かったとスミナは思った。
陽が落ちる前にホテルに戻ろうとメイルと合流して移動している時に変化が起こった。“ゴゴゴゴッ”と地響きのような音が鳴り、地面が揺れ出したのだ。
「地震?」
「お嬢様、上を見て下さい、噴火です!!」
メイルに言われて空を見ると、火山から煙が噴き出し、マグマと思われる塊が飛び出しているのが見えた。
「お嬢様、逃げましょう!!」
「大丈夫ですよ」
そう言ってこちらに来たのはリゾートの店員だった。
「危険では無いんですか?」
「はい、ボルデ火山の噴火は週に2,3回は起こります。ただ、噴き出したマグマも灰もリゾートに落ちる前に消えるようになっています。流れ出た溶岩もリゾートの方には流れない仕組みです」
「リゾートで対策をしているという事ですか?」
「いえ、元々そういうように出来ていたそうです。すみません、詳しい事は私も説明出来ないんですが、古代魔導帝国の魔法が今でも動いていると聞いております」
リゾートの店員がメイルに対して説明する。スミナは確認の為にアリナを見るとこくりと頷いていた。アリナの危険察知でも危険を感じないようなので店員の言っている通りなのだろう。しばらくすると噴火は収まり、空は煙たくなったが確かに灰もマグマも降って来なかった。
「まあ、対策して無かったらこんな場所にリゾート作らないよね」
「でも、毎回こんなだと慣れてないとビックリすると思う」
スミナはまだ不安で周囲を気にしてしまう。アリナの言う通りではあるが、それでも何かの間違いで噴火の影響が出る事を考えるとここにリゾートを作るのは普通じゃないとスミナは思った。
ホテルに戻ると、ロビーには既に他の客がやって来ていた。昨日の時点で周囲の町に封鎖解除の連絡が回って、客が戻ってきているのだろう。
「ごめん、もう他のお客さんが来ちゃってさ。貸し切りじゃ無くなるけど、サービスはするから」
忙しそうに走り回っていたルノエが双子達を見つけて話に来た。
「大丈夫ですよ、十分貸し切りを堪能出来たので」
「それは良かった。何日でも滞在して貰っていいからな」
ルノエはそう言って、また走っていく。オーナーの娘だけど自分で動いて働く事が身に付いているようだ。やって来ている客は若い女性が多かった。女性に人気のリゾートというのは本当らしい。それとは別にガラの悪そうな男達がいるのがスミナの目に付く。女性狙いの男だと思いスミナは水着を見られないように距離を取って移動した。
「でも、貸し切りをもっと満喫したかったなー」
「わたしは他のお客さんが居た方がお店の人を気にせずに楽しめるかな」
「そうですね、私も目立ってないか気になってました」
スミナとメイルは同じ感想だった。双子達は水着からリゾート貸出しのゆったりした服に着替え、ホテル内の施設を夕食の時間まで回った。ホテル内には簡単な運動施設や遊技場があり、身体を動かしたり頭を使ったりして楽しむ事が出来た。
夕食は昨日独り占め出来た大部屋が他の客が入った事で使えないので、個室へと案内された。広さは狭くなったが、個室でゆったり出来て、スミナはこっちの方が好みだった。食事も昨日とは違う物が準備され、どれも美味しかった。
温泉も大浴場と貸し切り出来る小浴場のどちらにするかを聞かれ、他の客がいるので貸し切りの小浴場を選んだ。こちらも4人で使うには十分な広さで、他人の目を気にせずリラックス出来て満足だった。
丸一日リゾートを満喫した4人は部屋に戻ってきて、あとは寝るだけのまったりムードになっていた。
「流石に遊び回って疲れたね」
「あたしはもっと遊べたよ」
「ワタシも元気です」
エルがアリナに対抗する。
「エルちゃん、もう一勝負するか?」
「やめなさい、明日も泊まる予定なんだから明日にすればいいでしょ」
「はい、明日にします、マスター」
「えー、でも明日になったらもっと人が増えるかもよ」
「広い施設ですし、まだ行ってない場所も沢山ありますよ、お嬢様」
メイルがパンフレットを見ながら言う。なんだかんだでメイルも楽しんでいるようでスミナは嬉しかった。スミナは昨日の移動と戦闘よりも今日遊び回った方が疲れたらしく、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
夜中、火山の噴火の音でスミナは目を覚ます。寝ぼけながら横のベッドを見るとアリナが居なかった。少し離れたベッドに寝ていたメイルもいない。エルはスミナのベッドに一緒に寝ているが、スミナが起きたので目を開いていた。
「あれ?アリナ達は?」
「マスター、アリナとメイルは遊びに出かけました」
「こんな時間に?ほんとしょうがないんだから」
スミナはアリナ1人では心配だがメイルが一緒ならいいかと再び眠りにつくのだった。
翌朝、スミナは朝から不思議な感覚で目が覚める。高揚感のような、ときめきのような、胸がドキドキする感覚だ。
(なんだろう、この感覚は)
スミナは子供の頃にレーヴァテインを見つけた時の感覚に近いと感じる。今は色々な魔導具と出会ったのもあり、ここまで揺さぶられる感じは初めてだった。
(だとすると、この近くに凄い魔導具が埋まってるのかも。噴火で地響きも凄いし、どこかの遺跡の入り口が開いた可能性もあるか)
スミナは調査に行きたくて仕方が無くなって来た。隣のベッドを見るとアリナはまだ眠っている。いつ戻ってきたかは分からないが、アリナもメイルも無事に戻ってきていた。
「アリナ、この近くに遺跡があるかもしれない。凄い魔導具がありそうだし、調査に行かない?」
「ゴメン、眠い……。あとから追いかけるから、気になるなら先に行ってていいよ……」
アリナが寝ぼけ半分に答える。この感じだと寝たのは2,3時間前かもしれない。となると、メイルも同じぐらい疲れているとスミナは予想する。スミナは少し考え、エルもいるので簡単に調査してくる事に決める。大変そうなら引き返してアリナを連れて来ればいいし、浅い遺跡なら朝食前に戻って来られるかもしれないと。
「エル、遺跡調査をしたいんで付いて来て」
「了解です、マスター」
スミナはそれでも今の最強の装備を持って、置手紙も書いてから部屋を出た。アリナならスミナの居場所を感知出来るので、起きたら追いかけてくるだろう。
朝も早いので店員も含めてホテルは殆ど人が歩いていなかった。ロビーに出るとルノエが既に働いていた。
「おはよう、こんな朝からお出かけ?今日は2人で?」
「おはようございます。少し朝の散歩をしようと思って。
あ、そういえばこの辺りに遺跡とかありますか?」
ルノエなら土地勘があると思い、スミナは聞いてみる。
「あるよ。こっちに来て」
ルノエに連れられるとロビーから大きな地図を取り出してテーブルに広げる。
「この辺りは元々遺跡群があって、古代魔導帝国の一大拠点だったみたいで。そういう理由もあって、ここは噴火の影響も受けないって親父に聞いたんだ。ほらここ、歩いて数十分のところに遺跡群が」
ルノエが地図でリゾートと少し離れた火山の周りにある遺跡群を指差す。
「遺跡は今も調査が入ってるんですか?」
「いやいや、もう何十年も前に調べ尽くして、お宝目当てのトレジャーハンターも探し尽くして、今はただの跡地でしか無いよ。あたいも子供の頃に潜ってみたけど、大して危険じゃないから散歩がてらに見て来るのもありだね」
「そうなんですか、ありがとうございます」
「そうだ、ちょっと待ってて」
そう言ってルノエは走って奥の扉に入る。そして数分で戻ってきた。
「これ、まだ朝食前だろ。軽食を作って貰ったから、食べながら行けばどう?」
「ありがとうございます、助かります」
ルノエは小さなお弁当と水筒を持って来てくれたのでスミナはありがたくいただいた。
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
スミナとエルはルノエに見送られてホテルを出る。遺跡はリゾートを出て山道を少し戻った脇道から行けるようになっていた。スミナの感覚とも場所は一致していそうで、とにかくそこまで行ってみる事にする。
「エルは何か感じる?」
「いえ、ワタシは何も感知出来ていません。遺跡が調べ尽くされたのは本当だと思います」
エルもガーディアンや魔導具などの魔力をある程度感知出来るので、そういった物や敵はもう無いのかもしれない。
しばらく進むと火山から少し離れていき、暑さも薄れてきた。そして崩れた石の柱のようなものと地下への入り口が複数ある遺跡群が見えてきた。
「マスター、ここが目的地ですか?」
「ここが遺跡群みたいだけど、ここじゃないみたい」
スミナは複数ある地下の入り口のどれからも特別な感じを感じなかった。近いが、ここでは無いようだ。スミナは感じが強くなる方向へと遺跡群の中を進んでいく。今まで見た事のある遺跡が地下の入り口しか残っていないのに対して、ここは地上の入り口部分も瓦礫状態だが残っていた。魔導帝国が滅んだ時の影響を受けにくかったのかもしれないなとスミナは思った。
「こっちから強く感じる」
「谷になってますね。降りるのは少し大変そうです」
「どこか降りられる場所が無いか調べてみよう」
スミナは遺跡群の端の崖の下に強く何かを感じている。飛行魔法や落下速度軽減魔法を使って降りる事も出来るが、下手に魔力を消費してしまうと何かあった時に身動き出来なくなる。いったん戻って魔法のロープなどの道具を持ってくるのも一つだが、その前にもう少し調べてみようと思った。
「エル、こっちの道を使えば崖下まで降りられそう」
「マスター、移動前に休憩を取ってはいかがでしょうか」
「そうだね、お弁当も貰ったし、降りる前に休んでおこう」
既に出発から1時間以上経っていて、いつもなら朝食の時間になっていた。スミナは岩の上にエルと座って貰ったお弁当を食べる。焼きたてのパンと手で摘まめる簡単なおかずが入っていて、水筒の果物のジュースとも合って美味しかった。あんまり休んでしまうと身体が動かなくなるので適度な休憩時間を取ってから再びスミナ達は移動を再開した。
「エル、気を付けて」
「マスター、バランスが悪いので少し身長を伸ばしていいですか?」
「ああ、そうだよね、いいよ」
崖下へスミナ達は岩が多くて通りにくい道を進んでいる。エルのいつもの小柄な身体は狭い場所や細い場所ならいいが、こういった歩きにくい道だと歩幅が短い分辛いことに思い至らなかった事をスミナは反省した。エルはスミナと同じぐらいの身長になり、見た目の年齢も同程度に変化する。最初からこの姿なら姉として紹介してもおかしくなかったな、とスミナは思った。
「マスター、邪魔な岩は破壊してしまった方がいいんじゃないですか?」
「うーん、壊す事でどう影響出るか分からないし、どうしても通れない場所じゃ無い限りそのままで進みたいかな」
「了解です、マスター」
エルの言う通り邪魔な岩を破壊して進んだ方が楽な道ではあった。が、破壊した破片が落下した影響で別の場所が崩れる可能性が無くも無いとスミナは思った。
苦労して崖下の谷の底まで2人は降りて来た。谷になっているが水は流れておらず、見た目は広い道のようでもあった。朝に見た地図だと谷を南に進むと火山を下山する時の道と合流する形になっていた。帰りはそっちから回って帰るのもありかなとスミナは思った。
「おい、この先は危ないぞ」
と、スミナは突然声をかけられてビックリする。声は成人男性の声だった。声がどこから聞えたか見回すと、崖の反対側の少し木が生えている小高い丘の方からだった。男はこちらの方に近付いて来る。
「ん?どこかで見た顔だな。戦技学校の学生か?」
「えっ!?おじさん?」
スミナは男の顔を見て驚く。相手はスミナにキツイ言葉を投げた戦技学校の特別講師であるオルトだった。ボサボサの灰色の髪に無精ひげ、服は冒険用のものとマント姿だがそれも年季が入っていて学校で見た時よりもだらしなく感じた。
「おじさんか、まあいいけど。ここらはがけ崩れが多くて危ないから帰った方がいい」
「すみませんでした、先生。
先生こそなんでこんな所に?」
「自分はこの近くの村出身でね、実家に帰ったついでに見回りをしていただけさ」
オルトは相変わらず覇気の無い喋り方で話す。スミナは会いたくない人物と出会い、早く別れたいので手短に話を切り上げようと考える。
「わたし達は大丈夫ですのでご心配なく。王都で遺跡調査の許可をもらったのでこの辺りを調べているんです。それでは」
「2人だけで?この辺りは危険な遺跡もまだ残っている。悪い事は言わないから危険だと思ったらすぐに引き返すように」
「ご心配ありがとうございます。自分の実力は分かっているので大丈夫ですよ」
スミナはオルトの心配を余計なおせっかいと感じながら気になる方へとずんずんと進んで行った。エルは黙ってスミナの後に続く。もしかしたらオルトが付いてくるのではと途中後ろを振り返ったが、オルトの姿は無くスミナは安心した。
「マスターは先程の人物が嫌いなのですか?」
「嫌いってわけじゃない。ただ、自分は引退してるのに上からものを言うから気に食わないかっただけ」
スミナは自分でも図星を突かれた事を逆恨みしているだけだと分かっていた。だが、それを認めたくなかった。
(それにわたしは前より強くなった。今度こそ文句を言われない筈)
オルトに言われてからスミナは新たな魔法技も身に着け、臨機応変に戦えるように鍛練もしてきていた。理想には届いていなくても、実力が上がった事は実感している。しかし、スミナは寮でアリナに言われた言葉が今も胸に刺さっている。自分が強くなる為にやる事が本当に合っているのかスミナの心の奥はまだモヤモヤしていた。
「マスター、本当にこちらで合ってるのですか?」
エルに言われて考え事をしながら歩いていたスミナも辺りの様子がおかしいのに気付く。周りは見るからに火山の噴火の地響きで崖崩れがおきた跡になっていて、進むのが困難だ。だが、スミナが感じるのはその向こうだった。
「この先に進むのであるなら、アリナやメイルも連れて来た方がいいとワタシは思います」
「確かに道が無くなってるし、また崖崩れが起こるかもしれないね」
スミナはどうするか迷う。が、オルトに会った事でここで引き返すのが悔しいとスミナは感じてしまった。
「でも、エルなら崖崩れが起きても守ってくれるでしょ?」
「勿論です、マスター」
「だったら進もう。他の誰かにお宝を先に取られるかもしれないし」
「分かりました」
エルは素直にスミナに従う。アリナが居ればこの先どれぐらい危険か分かるので起きるまで待ってればよかったかも、と少しだけスミナは思った。崖崩れの土砂の上を少し進むと、崩れた斜面に穴が開いてるのが見えた。そしてスミナはその穴の奥から強い胸のときめきを感じるのだった。
「エル、あの穴の中だ」
「土砂崩れで新しく開いた穴に見えますね」
やはり火山の噴火の影響で今朝開いたばかりなのだろうとスミナは思った。
「マスター、本当に行きますか?」
エルが心配して再度確認してくる。再び火山が噴火すると入り口が埋まる可能性があるからだろう。
「行こう、エルが一緒だし大丈夫」
「分かりました」
スミナとエルは魔法で跳躍し、穴の中へと入って行った。穴の中は自然の洞窟のようで、真っ暗だった。
「戦闘形態になって周囲を照らそうと思いますが、いいですか?」
「うん、お願い」
エルは宝石状の戦闘形態になり、身体が光って周囲を照らした。地面の感じからも野生動物やモンスターが通った跡は無く、長期間誰も踏み込んでいない洞窟だと分かる。スミナも戦闘や落下物などの危険に対処出来るように腕輪で魔導鎧を身に付けた。武器の魔法の剣もいつでも抜けるようにし、レーヴァテインも取り出せる準備をしておく。
スミナ達は気を付けながら洞窟を進んで行った。洞窟は高さ2メートルぐらいで狭く、曲がりくねっていて徐々に下へ降りている事だけは分かった。ジメジメとした岩肌の洞窟をスミナとエルは会話せずに数十分ほど進んでいく。やがて2人は大きな広間に出る。そこは自然の洞窟を利用した人工の物と思える彫刻が彫られていた。
「魔導帝国時代の遺跡?なんか今まで見たのと違う」
「見たところ魔導帝国の技術は使われていないようです。魔導帝国以前に作られたように見えます」
エルが記録と照らし合わせた結果を述べる。魔導帝国以前の遺跡があるなんてスミナは聞いた事が無かった。勿論魔導帝国以前にも文明はあったが、記録としては殆ど残っていないからだ。
(魔導帝国の遺物じゃないとしたら、何があるんだろう)
スミナはここまで気持ちを昂らせる物が魔導帝国以前にあったのだろうかと不思議に思っていた。
「マスター、残念ですがここから先の入り口が見当たりません」
「え?本当に?」
エルに言われてスミナも彫刻が彫られた壁を調べてみる。確かにどれも元々あった洞窟の岩肌に刻んだもので、ただの壁にしか見えなかった。扉はどこにも無いようだ。
(でも、この感じは)
スミナは壁を調べつつ、一番強く感じる方向へと進んで行く。
「ここだ」
「マスター、何かありましたか?」
スミナが見つけたものはエルには分からないようだ。確かにそこは壁だが、他の部分より壁が薄く、奥に空洞がある事がスミナには何となく分かった。魔力の流れが違うのが祝福の力で分かるのかもしれない。ただ、進むには壁を壊す必要がある。魔導帝国以前の遺跡を壊していいのだろうかとスミナは悩む。
(いや、ここまで来たんだ。今更悩んでもしょうがない)
スミナは覚悟を決めた。
「エル、ここの壁の奥に通路があると思う。壁を壊してみるから下がってて」
「分かりました」
スミナはレーヴァテインを取り出し、魔法の刃で壁を四角く切り裂いた。すると壁がこちら側に倒れ、奥に通路が現れた。奥の通路は人工物らしく、きちんとした石壁の通路になっていた。
「マスターよく分かりましたね。ワタシでも感知出来ませんでした」
「祝福のおかげだと思う。通路の奥から凄い気配を感じるから」
スミナは今までとは違うはっきりした気配を身体で感じていた。あるのはレーヴァテインとは比にならないようなお宝だろうと。
「進もう」
「はい」
スミナはエルを率いて歩き出す。モンスターもガーディアンもおらず、長い年月誰も近付かなかった場所なのだとスミナは感じていた。それと同時に魔導帝国の時代には遺跡が近くにあるのにどうして誰も近寄らなかったのだろうとも思った。
「マスター、敵の気配を感じます。ガーディアンや魔法生物のような魔法で動くタイプです」
「分かった、気を付けながら進もう」
そんな会話をして少し進むとその正体が分かった。少し広くなった通路に巨大な石像が立っていたからだ。石像の背後には大きな扉があり、その奥が目的地だろう。
「ガーディアンじゃなくて、ゴーレムだ」
「はい、魔導帝国で作られた物では無いようです」
ゴーレムを作る技術は現在の魔法でも存在し、扉を守るように立っているこのゴーレムもそれに近いものに見えた。魔導帝国の技術で作られたガーディアンと異なりゴーレムは単純な命令と動きしか出来ず、強さも大型のモンスターと変わらない。スミナはこれなら簡単に倒せると思った。
「エル、2人がかりで倒そう」
「了解です」
スミナはレーヴァテインを構え、エルも両手を剣状にして攻撃態勢を取る。2人が動き出すと同時に3メートルぐらいの大きさのゴーレムも動き出した。石で出来ていると思われるゴーレムはこちらに対して腕を振り上げ殴ろうとしてくる。攻撃はスミナを狙っていて、スミナは拳を楽々と回避する。そして地面に叩き付けられた腕をレーヴァテインで斬り落とした。エルはスミナと反対側から攻撃し、ゴーレムの頭を落として胴体にも剣を突き刺していた。
(どう?)
普通のゴーレムならここまでバラバラにされると再生する魔力が足りなくなり、崩れ落ちる。が、このゴーレムは違った。切り落とした腕が宙に浮き、それ単体がスミナに飛んで来たのだ。エルの方にはゴーレムの頭と胴体が同時に攻撃をしている。2人は更に斬り付けてそれを切断すると、それがまた宙に浮いて攻撃してきた。しかも大きさが小さくなるほど速度が増している。やはりただのゴーレムじゃなかったようだ。
「エル、斬って分裂させるのは得策じゃないみたい」
「了解です、一時撤退しますか、マスター?」
エルの言う通り対策を練る為に戻るのも一つだとスミナは考える。それと同時に飛んでくる攻撃を避けながら一つ試してみたい事がスミナの中に出て来た。
「エル、少しの間わたしに来る攻撃を防いで貰ってもいい?」
「勿論です、マスター」
「じゃあ、お願い」
スミナは自分の防御をエルに任せ、自らはゴーレムの本体へと近付く。エルはスミナに飛んでくる攻撃を次々と弾いてスミナを守った。近付いたスミナは攻撃はせずに、手でゴーレムの中心部辺りに触れた。
(分かる。やっぱりゴーレムも道具なんだ)
スミナはゴーレムの操り方を理解し、魔力を注いでゴーレムの動きを止めた。ゴーレムの欠片は本体に集まり、ほぼ元の姿に戻る。ゴーレムは生物では無く、あくまで魔力で操作している道具のようなものなので、どんな道具も操れるスミナの祝福で対応出来たのだ。
「エル、少し周囲を警戒していて」
「了解です、マスター」
スミナはそのままゴーレムの記憶を見てみる事にした。
「これでよいじゃろう。もう誰もここに来ない事を祈ろう」
ゴーレムはこの場所で生まれたようで、ゴーレムを完成させたのは白いローブを着た老魔術師だった。
「たとえこの子が倒されたとしても、この先はへ進んでしまえば洞窟自体が崩れますし、大丈夫ですよ」
老魔術師の横には青いローブを着た若く美人の魔術師が立っていた。
「しかし、神機を封印してしまって本当に良かったのだろうか」
「神機を使わずに済む世の中が来る事を祈りましょう、師匠」
女性は最後に扉の奥では無く、天井を眺めていた。2人はゴーレムの元から立ち去り、その後長い月日をゴーレムは孤独にここに立っていたのだった。
「大丈夫ですか、マスター」
記憶を読み終わったスミナはエルに支えられて立っていた。かなり昔の記憶だったので魔力を思ったより使ってしまったようだ。スミナは準備していた魔力回復薬を飲み、少しだけ楽になる。
「もう大丈夫だよ。記憶を見て良かった。この扉の先は罠だったみたい。天井に隠された封印がしてあって、わたしの祝福も上の方から何かを感じてる」
スミナは天井を見上げ、そこに微量な魔力の封印の断片を見つける。集中してその部分を調べなければ誰も見つけられないだろうとスミナは思った。
「ちょっと待ってて」
スミナはエルにそう告げると魔法でゴーレムの上の天井近くまで飛び上がる。天井に手を当てると封印が施してある隠し扉があるのが分かり、それを祝福の力で開いた。扉はスライドするように左右に分かれて開き、天井に四角い穴が出現する。スミナはそこに入り魔法の灯りを作って周りを見渡した。丁度広間の扉と同じ方向に通路があり、その先にまた別の扉があるのが分かった。
「エル、こっちが正解みたい。上がって来て」
「了解です」
エルも天井の上の通路まで上がってきたので扉まで進む。扉も特別な魔法で閉じられていて、普通に開く事は出来ないものだった。ただ、スミナの祝福はそれも開く事が出来た。扉の先にも更に扉があり、まるでとても大切な物を守ってるように厳重だった。
「この扉で最後だと思う」
「3重の扉ですか。厳重ですね」
「そうだね、よほど守りたい物が有るんだと思う。この扉の開錠には少し時間がかかると思う」
扉は最初が真っ黒で、次が黄色と黒、最後が真っ赤な扉になっていて、来る者を拒んでいる強烈な印象を与えてくる。特に最後の扉はスミナが祝福で理解しても時間がかかるような手のかかるパズルゲームのような開錠方法になっていた。ただ、スミナは正解が分かっているので時間さえかければ誤る事無く開錠出来た。
「開くよ」
真っ赤な扉がゆっくりと奥へと開いていく。扉の隙間から祝福で感じていた感覚とは違う、殺意のようなものを感じ、スミナの背筋は一瞬にして凍り付いた。
「マスター、危険です」
「うん、分かってる」
スミナは急いで撤退などしなかった。背を向ければ殺されるのが分かっているからだ。ここは記憶で聞いた神機を封印しているのでは無く、この化け物を封印していたのだと今更スミナは気付いたのだった。アリナが付いて来ていればこんな事には成らなかったとスミナは今更後悔する。
「入るよ」
「はい、マスター」
スミナとエルは臨戦態勢で扉の奥の広間に入った。広間の奥には祭壇があり、神機が入っていると思われる小さな宝箱が置いてあった。が、その前の部屋の中央には巨大な台座があり、そこには禍々しい模様の卵型の塊が乗っていた。塊は5メートルぐらいで、赤と紫と黒が混ざった色で生物のように脈打っている。
「エル、これが何か分かる?」
「いえ、知っているモンスターとも魔族とも魔法生物とも一致しません」
スミナもエルもこれが何であるか分からなかった。と、卵型の塊が激しく揺れ動く。
「マスター!!」
「うん!!」
2人が反応した瞬間に卵型の塊は破裂し、その殻部分が四方八方に飛び散った。スミナとエルはシールドの魔法でそれを防ぐ。塊のあった場所は蒸気が上がり、何かがいるシルエットだけ見える。やがて蒸気が晴れ、その姿が露わになった。
「少し寝過ぎたな。待ちくたびれたぞ。
ん?思ったより若い女だな。それに魔法の人形か。今の時代はそういうのを戦わせるのが主流なのか?」
渋く重たい声でそれは語りかけて来た。それは全身が青と黒の磨かれた金属のように輝き、スミナは恐ろしいが美しいとも思ってしまう。
身長は3メートルぐらいの長身だが、身体は細く、スラっとしている。腕や足に刃物のような鋭い突起があり、顔などの肌と鎧のような装甲との境目が無いので、全てが身体の一部なのだと思われる。顔は人間に近いが髪は無く、頭からは戦国武将の兜の飾りのようなものが生えていて、人とは違う生物だと分かる。
その姿形から古の魔族ではないかとスミナは予想した。
「あなたは魔族?」
「あんな下等な生物と一緒にされては困る。俺は人間や魔族よりも上位の存在だ。人間は恐れて魔神と呼んでいたな。魔神ドヅとでも名乗っておこう。まあお前らはすぐに死んでしまうだろうが」
「話し合いで何とか出来たりはしないんですか?」
「ふざけるな。俺が人間と対等な訳があるか。そうか、お前は転生者か。起きて最初の相手が俺を封じる事でしか出来なかった転生者の同類なのはいいお膳立てだ。さあ、全力でかかって来い!!」
そう言うとドヅは全身から殺気を放つ。これ以上の時間稼ぎは無理そうだ。スミナはアリナの位置を探ったが、こちらに近付いて来てはいるものの、まだ時間がかかるのが分かった。アリナが来れば何とかなるかもしれないが、エルと2人では難しいのがスミナでも分かる。それでもやるしかない。
「エル、手加減無しの全力でお願い」
「了解です、マスター!!」
スミナとエルは全速力でドヅに斬りかかる。スミナは魔法技を使ったフェイントで背後に回り、エルは人の限界を超えた速度で正面から斬り付けた。が、ドヅはそれを避けようともせず、両手の手の平で受け止め、弾き飛ばす。スミナもエルも壁に激突する前に魔法で何とか姿勢を立て直した。レーヴァテインで斬り付けても片手で受け止められた。相手は素早く、硬いのをスミナは瞬時に理解した。
「なるほど、今の時代もこの程度かやはり。それともお前らが弱いだけなのか?」
『エル、相手を引き付けるから、その間にあれを』
『了解です』
ドヅが喋っている裏でスミナは魔法の会話でエルに伝える。そして、スミナは氷の魔法を撃ち、同時に魔法技で突っ込む。ドヅは魔法を気にもせず、突っ込んで来たスミナに物凄い速度で殴りつけた。スミナはその行動を読んでいて、ギリギリのところで避ける。避けれはしたが、拳の勢いでスミナは衝撃でダメージを受けた。だが、それでもスミナの作戦は成功だ。
“ピィーーーーッ!!”
高音と共に閃光が広間に満ちる。エルが胸からビームのようなものを放ったのだ。それはドヅが居た場所に向かって伸びて、後ろの壁に大きな穴を開けた。スミナもエルが使うのを始めて見たが、物凄い威力だと感じた。
「なるほど、それが奥の手か。確かにそれをまともに喰らったら危なかったかもな」
ドヅの声が聞こえる。声はスミナの背後からだった。
(しまった!!)
スミナは動こうとしたが、ドヅの拳が既に動いていて間に合わないのを理解した。魔法を使う時間も無い事を。
「え!?」
しかしドヅの攻撃はスミナに当たらなかった。瞬時に飛びのいてスミナが見たのはエルの身体を貫くドヅの拳だった。
「エルっ!!」
「マスター、逃げて下さい……」
エルはそう言って激しい魔力の爆発を起こす。スミナは動けず、爆発が収まるのを待っていた。そこには少しだけ傷が出来たドヅと、足元に転がっているひび割れた宝石があった。
「守って自爆するとはよく出来たペットだな。かすり傷ぐらいにはなったぞ」
ドヅはそう言いながらも身体の傷は元に戻っていく。
「よくも!!!!」
スミナは今まで感じた事の無い感情が芽生えていた。身体は自然と動いている。スミナは飛び回り、アリナのように四方八方からドヅに斬りかかる。ドヅも全てを防ぐ事は出来ず、身体に次々と傷が出来ていた。しかし、どう頑張っても大きなダメージは与えらない。そして、ドヅが拳を振り上げて反撃すると、スミナは壁に叩き付けられた。
「なかなかいい攻撃だが、決め手に欠けるな。それに守りが出来てない。そっちの人形の攻撃の方がまだマシだったな。お前はもういい。死ね」
殺意がスミナに向かう。スミナは自分の不甲斐なさを感じつつも、まだ終わるわけにはいかなかった。
「実力差があり過ぎですよね。わたしがその神機を使ったらもう少しいい勝負が出来るとは思いませんか?」
「ほう、神機の事を知っていたか。確かにそれぐらいのハンデを付けてもいいが、お前が神機を使いこなせるとはとても思えんぞ。力を抜かれて死ぬだけなら俺が直接殺してやる」
「分かりませんよ、使えるかもしれないじゃないですか?」
「もしかして時間稼ぎでもしてるのか?御託はいい、死ね」
ドヅが壁際のスミナに殴りかかる。しかし、それは通路から飛んで来る何かに防がれた。ドヅの攻撃を防いだ石の破片のようなものが次々と飛んで来てスミナの前に形を作る。それはスミナ達を先程襲ったゴーレムだった。
「なるほど、時間稼ぎはゴーレムを呼ぶ時間だったか。だが、こんなでくの坊に何が出来る?」
スミナはドヅの言葉を無視して神機の宝箱の方へと向かう。勿論ドヅはそんな事は許さず、邪魔するゴーレムを粉砕してスミナの動きを止めた。粉砕されたゴーレムはスミナの時と同じようにドヅを破片に分かれて再度攻撃する。勿論防御の硬いドヅにはほぼノーダメージだが、ドヅの視界を悪くするのには有効だった。再びスミナは宝箱へと向かう。
「なるほど、そういう使い道か。だが、俺は気配でお前の居場所なんて分かるぞ」
宝箱へと向かうスミナに対してドヅは突っ込んできた。スミナが狙ったのはそのタイミングだった。
(今だ!!)
ドヅは正確にスミナが宝箱へ向かう方向へと攻撃した。しかし、スミナの目的は宝箱では無く、攻撃してきたドヅへのカウンターだったのだ。スミナはレーヴァテインをドヅの胸へと突き刺す。それは確かにドヅに深々と刺さった。スミナはレーヴァテインを引き抜いて一歩下がる。スミナのいた場所にドヅは拳を振り下ろしていた。
「俺にここまで傷を与えた奴は久しぶりだ。俺が普通の生物だったら危なかったかもな。だが、俺は人間の上位存在。この程度は問題無い」
ドヅの胸の傷はすぐに塞がっていく。強がりで言っている訳では無いようだ。スミナに今の攻撃を何度もする事は出来ない。それに、ゴーレムももう限界だった。ドヅに砕かれ続け、ほぼ粉状になったゴーレムは魔力が分散してついに動かなくなってしまった。
「しかし、やられた分は返さないとな!!」
ドヅは手から魔力を放った。スミナは避けられないと分かり、魔法のシールドでそれを防ぐ。が、シールドはすぐに破壊され、スミナは再び壁に叩き付けられた。魔導鎧でダメージを減らしていても、スミナにはかなりのダメージになっている。あと2,3回受ければ死んでしまうだろう。そして、エルを貫いた拳なら即死だ。スミナは生き延びる術を考えるが、状況は絶望的だった。
「まあ、いい準備運動にはなった。それに関しては感謝しているぞ」
ドヅは魔力は放たず、直接拳を当てに近付いて来た。防いだり逃げたりしたら即死だ。スミナはそう考え、残り少なくなってきた魔力で魔法技を繰り出した。しかしスミナの攻撃は既に見切ったのかスミナは簡単に弾き飛ばされてしまう。
「諦めろ。お前は転生者として運が無かっただけだ。むしろ俺に殺された事を誇りに思っていいぞ」
「諦めたりなんかしない。わたしはまだ死んだりなんて出来ない!」
スミナは気力を絞って立ち上がる。
(こんな所で死んだらアリナやエルに顔向け出来ない。それに転生して頑張ってきた日々が全て無駄になってしまう。それだけは嫌だ)
スミナは死を目前にして胸の奥の感情がどんどんと湧き上がっていた。
「死ね」
しかし、相手はスミナの想いなど関係無く、全てを終わらせようとした。スミナの魔力は限界で、もう魔法技を使ったり、防御魔法や回避魔法を使う事も出来なかった。最後に出来るのは無駄な足掻きであっても一太刀加える事だけだ。スミナ剣を構えては死を覚悟した。だが、ドヅは攻撃を止めて一歩後ろに下がった。
「よく頑張ったな。それだけ戦えたなら十分だ」
スミナの前には1人の男が立っていた。それはついさっき会ったオルトだった。オルトの手には青く輝く魔法の剣が握られていた。
「お前、何者だ。気配を感じなかったぞ」
「名乗るほどの者じゃない。ただ、魔神とまた出会えたのは幸運だ」
オルトはそう言いながら魔導鎧を身に着ける。オルトの全身を包むその鎧は白銀に輝き、スミナの遠い記憶と一致した。
(白銀の騎士。あのおじさんが本当に?)
オルトは魔法技でドヅに急接近してドヅの左腕を華麗に斬り落とした。その技はスミナが昔見たのと同じだった。本当に強く、速い。スミナの憧れの存在が目の前にいる。
「なるほど、小娘よりは楽しめそうだ」
ドヅは左腕を拾い、身体に接続する。そしてドヅは連続でオルトに殴りかかった。オルトはそれを素早く避ける。その動きはアスイやアリナより素早く見えた。スミナは2人の戦いに見惚れてしまう。一進一退を繰り返す2人。技はオルトの方が上に見えた。激しい攻防の末、2人は一旦距離を置く。
「スミナさん、だったね、確か。多分自分は魔神には勝てない。アスイを呼んできてくれ。彼女なら倒せるだろう」
「でも、見たところ先生の方が有利じゃ」
「いや、あいつは今は遊んでいるだけだ。それにこちらの攻撃は致命傷になってない。自分ももう若く無い。体力がもたないんだ」
オルトの声から少し息が上がっているのが分かる。冷静に判断した結果、自分が勝てない事を理解しているのだろう。
スミナはどうすればいいか考える。確かにオルトがいるならしばらく時間を稼いでくれるだろう。アリナは近付いて来ているが、まだ時間がかかる。アスイを呼んでくるとしたらもっとかかるだろう。オルトがやられ、アリナでも倒せなかった場合、周囲に被害は広がる。その原因は自分にあるのだと再認識する。
(それだけは嫌だ。他に手段がある筈だ)
そこでスミナは神機の宝箱が目に入る。あれが使えれば自分も何か出来るかもしれない。しかし、魔力が殆ど尽きた今、宝箱まで近付くのも難しい。ドヅとオルトは再び戦い始め、スミナはオルトにとって既に荷物になっている。
『マスター、大丈夫ですか?』
『エル?生きてたの!?』
『はい、ただ破損が大きくて会話も難しい状態でした。今は少し回復してきました』
エルとスミナは魔法で会話する。エルが生きていた事でスミナに喜びが溢れてくる。そして絶対に生き延びなければという使命も湧いてくる。
『マスター、魔力が残り少ないですよね。今のワタシは動く事は出来ませんが、マスターに魔力を送る事は出来ます』
『でもそれだとエルの回復が』
『ワタシは後で日光の下に持って行ってもらえればいいです』
『分かった、お願い』
スミナにエルから魔力が流れ込んでくるのが分かる。これなら多少の無茶は出来るだろう。
『ありがとう、エル』
エルからの返事はもう無かった。スミナは覚悟を決める。
「先生、しばらく敵を引き付けていて下さい」
「分かった」
オルトは理由を聞かずに返事をする。スミナは戦っている2人から離れて宝箱の方へ走る。ドヅがスミナの動きに気付いたが、今は戦いに集中したいのか何もしてこなかった。スミナは祭壇に登り、宝箱を開けた。するとそこからとてつもない力が溢れてくるのを感じる。そこにあったのは神々しい飾りが入った青色に輝く神機だった。スミナはそれにそっと触れる。神機は使い手を選ぶのか、触ったスミナを弾き飛ばそうとする。弾き飛ばされそうになるのを耐え、スミナは何とか触り続けた。そしてこれが腕輪型で魔導鎧と同じような全身を覆う鎧になる神機だと使い方を理解する。
(あとはこれをわたしが使いこなせるかどうかか)
ドヅが言った通り、神機を使うには体力と魔力が必要だと分かった。失敗すれば肉体や精神が破壊され、下手をすれば死ぬかもしれない。だが、今の状況を覆すにはこれしかないとスミナは心に決める。魔導鎧を解除してその腕輪を外し、代わりに腕輪型の神機を右腕に装着する。凄まじい力が腕に集まるのをスミナは感じた。
「神機解放!!」
スミナは叫んで神機の力を解放する。全身が燃えるように熱くなり、身体の周りを蒼い炎が包み込む。足のつま先から順に上へと神機の鎧が装着されていく。スミナの魔力と体力が一気に吸われ、意識が飛びかける。だが、生き残るというスミナの意思が意識を留まらせた。全身の炎が消えると、スミナは鎧に包まれていた。
「これが神機……」
青と白を基調とした神々しい雰囲気の鎧。肌の露出が少し気になるが、そんな事を気にしている場合では無い。
「神機を身に着けただと!?」
「先生は危ないので後は任せて下さい」
「大丈夫なのか?」
「はい、問題ありません」
そう言いながらスミナはドヅに殴りかかる。ドヅはそれを両腕で防ごうとした。しかしドヅの両腕はひび割れ、そのまま壁へと吹き飛ばされる。スミナは間を置かず飛び蹴りをドヅに食らわす。ドヅは避ける事も出来ずに腹にもろに食らった。
「馬鹿な、それほどの力がどこに」
「会話する暇はありませんよ」
スミナは右手の甲の部分から刃を伸ばし、それでドヅに斬りかかる。ドヅはそれをギリギリ避けて、蹴りで反撃する。しかしスミナはそれを楽にかわした。
「死ね」
ドヅが両手から魔力を連射してくる。スミナは左手の甲にシールドを作り、魔力の弾を全て弾き返した。が、スミナはそろそろ時間切れなのに気付き、必殺の一撃を準備する。
「これで決めます」
スミナは右手の刃と左手のシールドをくっつけて巨大な剣に変形させる。両手で剣を構えると、それをドヅへと振り下ろした。ドヅは避けようとするが剣は一瞬で振り下ろされ、剣に触れた部分から身体が分解されていく。
「こんなところで終われるかーーー!!」
ドヅが叫ぶがその身体の殆どは消滅していた。ドヅが塵になったのと同時にスミナの神機も解除された。そして、スミナの全身から力が抜け崩れ落ち、意識も薄れていく。
「スミナさん、大丈夫か?」
スミナはオルトの声に応えられずにそのまま意識を失うのだった。