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19.夏休みの始まり

「――それでは皆さん、健康には気を付けて休みを楽しんで下さい」


 教室の黒板の前に映し出された魔法のスクリーンで校長のザトグの長い挨拶がようやく終わった。今日は1学期最後の登校日で、講堂に生徒全員は入れないのもあり、クラス毎に教室に集まって挨拶を聞いていた。魔法のスクリーンが消されると担任であるミミシャが身を乗り出す。


「皆さん、休みだからといって鍛錬をサボると身体がなまります。それに夏休みはライバルに差をつけるチャンスであり、差をつけられるピンチでもあります。先生は休み明けに成長した皆さんが見られるのを楽しみにしてますね」


 ミミシャは生徒を休ませる気が無いような最後の挨拶をした。スミナは勿論として、殆どの生徒は夏休みをただの休みにするつもりは無いだろう。とはいえ、授業から解放されたのを喜ぶ生徒は多かった。スミナはアリナとレモネ達と教室を出る。レモネとソシラも夏休みは双子と同じで実家に帰る予定だと聞いていた。

 校舎を出ると外でガリサとドシン、そして聖女のミアンも一緒に待っていた。


「スミナさんこんにちは。しばらく会えなくなるのでご挨拶をしておきたくてぇ」


「こんにちは。ミアンさんは夏休みは王都に残るんでしたよね」


「はい、教団のお仕事で移動する事はあるかもしれませんが、基本的には王都にいますよぉ」


「あたし達はジモルに戻るつもりだけど、ガリサとドシンはどうすんの?」


「私は王都に残るよ。だって図書館は休み中も開放してくれるっていうし。おじさんの店を手伝って小遣い稼ぎながら図書館通いするつもり」


 ガリサは親戚の家の道具屋で夏休みも過ごす予定だと言う。


「俺もこっちの寮で過ごすよ。帰る馬車代だって馬鹿にならないしな」


「わたし達の馬車に乗って行けばいいんじゃない?」


「別にそこまでして親の顔を見に戻る気は無いって。学校の施設は休み中も使えるし、ちょっとした魔物退治でお金を稼ぎつつ鍛えるつもりだよ」


 ドシンもジモルに戻る予定は無いようだ。夏休み中、教室の使用出来ないがグランドや講堂などの運動に使える施設や図書室を学校が開放するので寮に残る生徒も少なくない。親が貴族や金持ちでは無い生徒は王都に残ってバイトで小遣い稼ぎをするのも定番のようだ。


「レモネさんとソシラさんはどうする予定なの?」


「私達は顔を見せに来ないと怒られるので実家に戻ります」


「家で休むのも大事……」


 ガリサの質問にレモネとソシラが答える。結果として7人のうち実家に帰るのは魔法騎士科の4人だけとなった。


「では、寂しくなりますが、スミナさん、新学期にお会いしましょうねぇ」


「はいお元気で、さようなら」


「ガリサとドシンも元気でね」


 寮の前でミアンとガリサとドシンと別れる。


「お2人は実家に帰った後に何か予定はあるんですか?」


「まだ何も考えてないよね」


「訓練はしつつ休みの間しか出来ない事をしようとは思う」


「どこか遊びに行こうよー」


 アリナはどこかに出かけたいようだ。アスイからは自分が忙しいのもあり、夏休み中はの依頼は無いと連絡が来ていた。スミナもたまには息抜きも必要かなとは思っている。


「それでは、明日はお互いバタバタしそうですのでここでお別れの挨拶を。新学期にお会いしましょう」


「お元気で……」


「はい、それではまたお会いしましょう」


「じゃあねー」


 双子の部屋の前でレモネ達とも別れる。双子は翌日の朝にメイルが馬車で迎えに来る予定になっていた。今日は簡単に荷造りすればやる事も無くなる。


「結局魔族の2回目の襲撃は無かったね」


「学校が対策を取ったのと、情報源を探り出せたのが大きかったのかも」


 部屋で荷造りしながら双子は話し合う。


「次に会った時は返り討ち出来る準備してたのになー」


「わたしはまだ戦うのは恐いかもしれない。勿論アリナと一緒なら前より戦えるとは思うけど」


 アリナもスミナも襲撃後から技を磨いているが、スミナには魔族の転生者であるレオラを倒すビジョンは見えてなかった。だからこそ夏休み中にその自信が付くぐらいにはなりたいと考えていた。


「ねえ、お姉ちゃんも自分の祝福ギフトを活かした戦い方をしたらいいんじゃない?」


「それってどういう事?」


 スミナは言われたくない話を出されて少しだけ言葉が固くなる。


「あたしは魔力の物体化や危険察知を当たり前のように戦いに組み込んでる。ていうか、使わない戦い方はもう出来ないかも。でも、お姉ちゃんはどんな道具も使いこなせる祝福を使おうとしないよね」


「武器や防具を使ってる時点でわたしも使ってるのと同じだよ」


「そうじゃなくて、お姉ちゃんはどんな難しい魔導具や武器だって使いこなせるじゃん。レーヴァテインだっていざという時しか使わないでしょ。お金ならあるしアスイ先輩のコネを使えばお城のお宝だって借りられるし、そういう凄い道具や武器を使えばもっと強くなれるのに」


 スミナは完全に図星だった。それを一番分かってるのがスミナであり、それを一番嫌っているのもスミナだった。スミナは怒りたくなる心を必死に抑える。


「それはわたしの力じゃ無いから。強い武器や道具を使って強くなれるのはわたしじゃなくてもそうだし、わたしが目指したいのは自分の力で強くなる事だから」


「お姉ちゃんは小さい頃に見た白銀の騎士を神聖化し過ぎてるんだよ。あの位のガーディアンならお姉ちゃんだってもう倒せるでしょ。お姉ちゃんは剣技より色んな道具を使いこなして戦う方法を身に着けた方がいいと思うな」


「それはアリナが凄い祝福を持ってるから言えるんでしょ!

ごめん、喧嘩はしたくないからこの話はこれで終わりにしよ」


「うん、あたしこそゴメンね」


 部屋に気まずい雰囲気が流れる。使い魔形態のエルはスミナを気遣ってすり寄ってくる。スミナはエルを撫でて気持ちを落ち着かせた。アリナに悪意が無い事は分かっているがアリナは自分が特別な事を理解してないとスミナは思ってしまっていた。

 その後双子は黙ったまま荷物整理をするのだった。


「どうしましたか?喧嘩でもしましたか?」


 翌日の朝、双子の顔を見たメイルは見事に言い当てる。伊達に10年近くメイドをしている訳では無いという事だ。


「ちょっとだけね。もう仲直りしてるから」


「そう、気まずい旅路にはならないから安心してね」


 双子はそう言うものの微妙な距離感があった。


「じゃあ、そんな2人にいいお知らせがあります。ライト様が夏季休暇を取ってお屋敷に戻って来れるそうです。勿論そんな長い期間ではありませんが、久しぶりに家族全員集まりますよ」


「お兄ちゃん帰って来るの!?」


「それは本当に嬉しいです」


 メイルからの報告で双子の笑顔が戻る。馬車に乗っての移動が始まってからは喧嘩の事は忘れ、兄の話や休みの間何をしたいかなどで盛り上がる事が出来た。


「やっぱり人間形態の方がいいの?」


 馬車での移動中、使い魔形態だったエルがいつの間にか少女の姿になっていたのでスミナは聞いてみる。


「いえ、どちらの形がいいというのは特にありません。こちらの姿の方が外の景色が見られるのでそうしてるだけです」


「エルちゃんも猫の姿でいる時間の方が長くなったよね」


「どんな姿でも不満は無いですが、猫の形だと突然撫でられるのだけはやめて欲しいです」


「撫で心地いいし、エルが可愛いんだからしょうがないよ」


「マスターがそう言うのであれば我慢します」


 感情を露わに出さないエルだが、可愛いと言われて少し喜んでいる事がスミナにも分かるようになった。


「うちに帰るのは4か月ぶりぐらいかー。そういえばメイルはうちに戻ってたけど、何か変わりはあった?」


「お屋敷の方は特に変化は無いです。無いですが、お嬢様方がいない屋敷はどこか静かに感じましたね。あと、旦那様がとても心配していました」


「それは昔からそうだから。色々話を聞いて怒られないといいけれど」


 スミナはそう言いながらアリナの方を見る。


「怒られる話はお姉ちゃんも一緒でしょ。むしろお姉ちゃんの方が危ない場所に近付いた気もするし」


「分かってるよ。でも、必要な事だったから」


「お嬢様達が頑張っている話はしてありますし、アスイからの手紙も来てましたのできっと大丈夫ですよ」


「そうだといいんだけどねー」


 アリナが多分怒られるだろうという顔をし、スミナもそんな気がしていた。


 寄り道もせず、特にトラブルも起こらなかったので馬車は4日で屋敷に到着した。馬車を降りると既に両親が出迎えに出てきている。


「スミナ、アリナおかえり。2人とも大きくなって……」


「ただいまパパ。でも、身長は出てく前と殆ど変わって無いよ」


 2人を見て涙ぐむ父ダグザ。だがアリナの言う通り、筋肉は増えたかもしれないが身長に殆ど変化は無かった。


「おかえりなさい。2人とも元気そうで良かったわ」


「ただいま帰りました、お父様、お母様」


「色々聞きたい事はあるけど、まずは着替えてからお茶にしましょう」


 母ハーラに言われて双子とメイルは屋敷に入る。双子の部屋は出て行った時と変わっていなかった。メイルの手伝いでゆったりした服に着替え、屋敷のリビングにあたる部屋へと向かう。既に他のメイドがお茶やお菓子を準備していた。両親と双子がソファーに座り、メイルは双子の後ろの立ち位置に収まる。エルは親子水入らずにしたかったので部屋に置いてきていた。


「まずお前達に言っておきたい事がある。

お前達が無事で本当に良かった……。襲撃事件の話を聞いてから私は毎日心配でならなかったよ」


「あなたは心配し過ぎなのよ。この子達が強くなったのは分かっているでしょ。それに王都にはメイルもライトもいるし、アスイさんからも国が全力で対応してるって手紙にもあったでしょうに」


「だがなあ、カジノへの潜入もお前達の手柄だと聞いて、心臓が止まりそうになったぞ。そんな事なら私自ら王都へ行くべきだったと」


「それこそあなたが出て行ったらバレバレだったでしょうに。不祥事を起こした貴族を捕まえられて、私達の立場を守ったのはスミナとアリナ、あなた達のおかげよ。母親として本当に誇らしいわ」


「ありがとうございます、お母様」


「心配かけちゃったかもだけど、あたし達なら全然大丈夫だったから安心してね」


 双子はとりあえず怒られず、逆に褒められた事で少しだけ安心した。


「お嬢様達を危険に晒してしまったのは私の不甲斐なさのせいでもあります。申し訳ございませんでした」


「その話は何度もしたでしょ。メイルは自分の出来る範囲の仕事を十分にこなしたって」


「そうだ、そもそもメイドであるお前には無理を言って対応して貰った件でもある。2人が無事に帰って来た事を感謝してるぞ」


「ありがとうございます」


 メイルも複雑な心情のようだった。


「3人とも長旅で疲れているだろうし、今日は休みなさい」


「分かりました」


「そうするよ」


「お嬢様達のお世話が終わったら休ませてもらいます」


 ダグザの言葉に双子とメイルが答えた。双子は確かに疲れたので、大浴場で汚れを落とし、夕食を取った後はすぐに深い眠りについたのだった。


 翌日、双子は珍しくハーラの部屋へと向かった。


「珍しいわね、2人が私の部屋に来るなんて。もしかして父親には言えない相談でもしに来たのかしら?」


 ハーラは2人を部屋のソファーに座らせて話を聞く態勢を取る。


「相談では無いんだけど、お母様に聞きたい事があって」


「何かしら?私が話せる事なら何でも話すけど」


「お母様は聖教会の信者で、昔は聖女をしていたんですよね。お母様は“封印戦争”や“異界災害”について知っていますか?」


「まあ、その話をどこで聞いたの?」


 ハーラは驚いた顔をする。双子は以前の調査で聖教会の遺跡を見つけ、そこに封印戦争を描いた絵画があった事を説明する。勿論スミナが封印兵器を見つけた事や封印兵器の記憶を見た事は黙っておく。


「なるほどね。流石に私のところまでは連絡が来なかったけれど、その遺跡は聖教会にとって大事な物が見つかったと思うわ。私からも見つけてくれてありがとうと言わせて欲しい。

で、封印戦争については本当はあなた達に話してはいけない事なの。知る事は知識欲に繋がり、一歩間違えば禁忌に踏み込む事になるから」


 ハーラが見た事の無いような真剣な顔で言う。母親というよりも今は聖教会の聖職者として話しているのだろう。ハーラの言葉で学校でジゴダが封印戦争の話を聞いて顔色を変えた理由がようやく分かった。


「とはいっても、もうある程度知ってるみたいだし、ここまで聞いて忘れろなんて言われても逆に気になると思うからあなた達には話しておくわ。勿論口外厳禁よ。

どこまで知っているかは分からないけれど、異界災害とはこの世界とは別の異界から禍々しい存在が現れ、世界自体を異界に塗り替えようとする事を指しているわ。異界に呑まれた物質は生物無機物関係無く異界の物に変化していく。例えるなら絵の上に黒い絵の具で新しい絵を描くようなものなの。

聖教会に伝わる話だと、全てが異界化した時、世界が終わってしまうらしいの。だから、聖教会の聖職者は異界災害を見つけたら、全身全霊をもってそれを阻止しなければならない。その為の魔法も聖教会の聖職者は受け継いでいるわ。特に聖女は全ての技を継承し、いつでも使えるよう鍛錬をしている」


 ハーラの言葉がスミナに重く響く。聖女という存在が単に回復系の魔法が得意程度に捉えていたのが、大きく変わっていく。母親もそうだが、今聖女をしているミアンも重い使命をもっているのだろう。


「聖教団が異界災害を封じたもっとも近い戦いが封印戦争なの。聖女であり聖騎士であったセリヤ様が聖なる槍をもって異界災害を封印したの。2人が見た絵はその様子を現したものだったでしょ?それ以来、異界災害は起こっていないけれど、再び異界災害が起こった際は聖教団は全力をもってそれを阻止する覚悟があるのよ。

ただ、私はもう聖女の力も無くなって、封印する魔法も使えないの。あなた達の同級生にミアンさんという子がいるのを知ってる?その子が今の聖女なの。幼い頃のミアンさんに会った事があるけれど、とてもいい子で、私よりも才能もある子よ」


「はい、最近ミアンさんとはお友達になりました」


「そうなの。良かった。あの子も大変な立場だと思うから、仲良くしてあげて欲しいわ」


 ハーラが笑顔で言う。ミアンが自分がハーラの娘であり、特別な力を持っているから急接近したのだと思っていたので、スミナは自分の態度を少し反省した。


「大丈夫だよ、ミアンちゃんはお姉ちゃんの事大好きみたいだから」


「そうなの?確かに2人だとスミナの方が相性がいいかもしれないわね」


「別に、そうでもないと思うけど。でも、仲良くしてあげたいとは思う。アリナもね」


「あたしは誰とでも仲良くしてるよ」


 アリナはそう言うが、スミナに付き纏うミアンを少し警戒しているのは今後も変らないだろうとスミナは思った。


「2人とも、やりたい事や頼まれ事で色々大変な事に関わってるみたいだけれど、あんまり無理はしないでね。お母さんは2人とも強い子だし、よほどの事が無ければ大丈夫だとは思ってるけど、だからこそ気を抜かないで。危ないと感じた時は逃げる事も考えるようにね」


「分かりました。気を付けます」


「大丈夫、お姉ちゃんはあたしがちゃんと守るから」


 アリナが笑顔で答える。確かに危険察知出来るアリナがそばにいれば問題は無いだろうとスミナは思った。


 3日後に兄のライトが帰って来るのもあって、双子は鍛錬をしつつものんびり過ごしていた。ただ、鍛錬の時間は各自バラバラで行う事が多く、その日もスミナはアリナと別れ人間形態のエルと裏庭で鍛錬していた。そしてスミナの頭の片隅にはアリナが言っていた自分の祝福を活かした戦い方の話が常に残っていた。


(わたしは技術でもっと強くなれる筈。道具に頼るのはもっと強くなってからでいい)


 スミナは自分に言い聞かせるようにそんな事を考える。


「エル、ちょっと相手になってもらっていい?」


「はい、身長はどうしますか?」


「じゃあわたしと同じぐらいで」


「了解です」


 エルは身体を変化させてスミナと同じ慎重になる。手には身体を変化させた剣が握られていた。スミナは人目に付かない場所でこうしてエルと訓練の戦いをする事が増えていた。エルにならある程度強く攻撃しても回復するし、エルからの攻撃も手加減してくれるので当たっても回復出来る怪我にしかならない。ただ、スミナはエルに勝てた事がまだ無かった。


「行くよ」


「いつでもどうぞ、マスター」


 お互い同じぐらいの長さの長剣を構えて10メートルぐらい離れて向かい合う。戦闘形態ではなく人型のエルでも剣での戦い方は習熟していて、その技術もスミナが知っているどの人よりも上だと感じていた。エルより上は子供の時の記憶でしかないが、白銀の騎士ぐらいなのではとスミナは思っている。


「はっ!」


 スミナは全力でエルに斬りかかった。魔法技マギルを使った速度を上げた今のスミナの最高の技だ。だが、それもエルに剣で防がれる。そしてエルは自然と反撃してくる。下から上に斬り上げる剣をスミナはギリギリで避けた。避けたところをエルはすぐに追撃してきた。スミナはそれを何とか剣で防ぐが、エルのパワーでスミナは背後へ吹き飛ばされる。


「マスター大丈夫ですか?」


「これぐらい全然平気」


 スミナはそう言うが、魔導鎧を着ていないので全身に痛みを感じていた。エルの実力を考えればエルに剣技を習えばいいかと思う所だが、エルの身体の動きは人間の動きとは異なっており、真似出来るものでは無いそうだ。またエル自信も他人に教えられるような能力を持っていないと言う。あくまで訓練の相手としては最適という事だった。

 それからスミナは何度もエルにフェイントを入れつつ攻撃したが、攻撃は1撃も当たらなかった。逆にスミナは加減したエルの攻撃を何発かもろに食らい、ハーラに回復魔法をかけてもらう事になるのだった。


「ただいま帰りました!」


「お兄ちゃんお帰り!!」


「おかえりなさい、お兄様」


 ライトが馬に乗って帰って来たので家族みんなで屋敷の前で出迎える。


「王都でのお勤めご苦労であった。もう立派な騎士の面構えだな」


「いえ、僕なんてまだまだです」


「今日は私も料理を手伝ったのよ。さあみんなで食べましょう」


 料理は基本的に雇っている料理人任せだが、たまにハーラも手料理を振舞う事がある。子供達はハーラの素朴な味わいの料理が大好きだった。

 ライトが着替えてから家族5人で食卓に着く。5人が揃ったのは双子が入学する前の新年にライトが帰って来た時以来だった。


「やっぱり母上の手料理は美味しいです」


「そうだろう。でもな、昔は酷くて食べ物とは思えなかったんだぞ」


「あなた、それは昔の話で、しかも食材が無かった時の事でしょ」


 他愛無い家族の会話を聞いてスミナはとても幸せを感じていた。入学前は早く王都に行きたいと思っていたが、帰ってみると家のありがたみを感じてしまう。こんな当たり前な幸せが続けばいいなとスミナは願った。


 それから数日は双子はライトに付きっ切りで買い物に行ったり剣の稽古をしたりして過ごしていた。


「お兄様、騎士団の方は大変なんじゃありませんか?」


 その日は近所の森にピクニックに来ていて、今は木陰で双子とライト、メイドとしてメイルが休んでいた。双子の屋敷があるデインの町は大陸の北部にあるので7月でもほどほどの暑さで過ごしやすかった。


「そうだね、あの事件の後は騎士団はてんてこ舞いだったよ。汚職貴族の調査や逮捕、魔族との繋がりも見つかったので王都や周辺の町を飛び回ってた。怪しい人物はかなり捕まえたけど、結局魔族自体は見つかっていなくてね。まあでも、大分落ち着いてきたとは思うよ。

それより二人だって魔族の襲撃後は学業が身に入らなかったんじゃないか?」


「あたしはそんなに変わらなかったよ。鍛練だって欠かして無いし、まあ勉強の方は何とかなると思うけど」


「アリナは座学の授業に身が入って無いよね。まあ元からだけど。

学校は多少バタつきはしましたが、先生方の尽力ですぐに普通に授業が受けられるようになりました。というより、魔族が現れた事で実技系の授業は以前より厳しくなったぐらいです」


 スミナは学校があの速度で元の授業に戻ったのは本当に先生達が頑張ったおかげだと思っていた。だが、夏休みが早まったのは調査による人員の減少によるものなので、今も先生たちは頭を悩ませているだろうと思い申し訳ない気持ちになった。


「お兄ちゃんも学校の方まで遊びに来てくれればいいのに」


「行きたい気持ちは山々なんだけどね、どうしても忙しくて。休みの日もあるんだが、休みは休みでやる事があってな」


「お兄様は無理にでも予定をこちらから入れないと自発的に来る事は無いと思います」


「そうだよねー。近くにいる筈なのにもどかしいなあ」


 ライトは頭も良くて剣の腕も良くて性格も良いが、臨機応変な対応が昔から苦手だった。人が好過ぎるがために頼まれごとも多く、無理な事以外は断らないので常時忙しいのだろう。


「今度纏まった休みが取れた時はプレゼントを持って遊びにいくから」


「約束だよお兄ちゃん」


「わたしは期待せずに待ってます」


 スミナはしばらくそんな日は訪れないだろうと予想していた。

 結局ライトが屋敷に戻ってこれたのは5日間だけで、あっという間に王都へ戻る日になっていた。


「それでは行ってまいります、父上、母上。

2人とも、困った事があったらすぐに連絡するように。今度はちゃんと助けに行くから」


「分かりました、お兄様もお元気で」


「本当に呼び出すから覚悟しててねお兄ちゃん」


 ライトは馬に乗り王都へと戻っていった。双子の夏休みはまだ半分も過ぎておらず、今後の予定を2人で考える事にする。


「アリナは何かやりたい事はある?」


「あたしは折角の夏なんだし、泳ぎに行きたい。南の島でリゾートとか」


「そんなに遠出出来ないでしょ。泳ぐにしてもここら辺はそんなに暑くないからリゾートって感じにならないし」


 双子の故郷のノーザ地方は王国の北側にあるだけあって、夏もそれほど暑くは無くむしろ避暑地として使われるぐらいだった。なので小さい頃に川や湖で水着で水遊びはした事があっても、本格的に泳いだりはしなくなっていた。


「そうなんだよねー。ゲート使って旅行出来たら楽だったのなー」


「近場で出来る事を考えようよ。わたしは遺跡調査をしてみたい。今なら許可をもらってるし、わたしの能力で見つからなかった隠し扉も見つけられるし」


 アスイの手伝いをする見返りとして国からの遺跡調査の正式な許可を双子は貰っていた。許可があれば立ち入り禁止になっている遺跡であっても事後許諾で入る事が出来るのだ。


「それは夏休みって感じじゃ無いんじゃない?まあお姉ちゃんが行くっていうなら付いてくけどさ。なんかもっと夏っぽい場所とか無いのかな」


「誰かに聞いてみる?」


 双子は折角なのでいい場所が無いか屋敷の人に聞いて回る事にした。といっても両親は家に留まって欲しがるので除外する。


「比較的近くて、泳いだり出来る夏っぽい場所ですか。そうですね……」


 傍にいたメイルに聞くと少し考えだす。


「ちょっと違うかもしれないですが、ここより暑くて泳げるリゾート地ならありますよ」


「そんな場所近場にありましたっけ?」


「どこどこ?」


「北西に火山地帯があるのは知ってますよね。その一つのボルデ火山の麓が温泉もあって湖もある、温泉リゾート地として有名なんですよ」


 メイルの話を聞いてスミナは温泉地としてならボルデ火山があったのを思い出す。温泉自体が少し年寄り臭いと思っていたので候補として出てこなかったのだ。


「ホント?温泉っておじいちゃんおばあちゃんが集まる場所じゃないの?」


「いえ、美容効果もあるので若い女性にも人気で、その若い女性目当ての男性も集まるらしいです。まあ私も行った事は無いんですが」


「うーん、お姉ちゃんどうする?」


 アリナは何とも言えない反応だ。スミナは美容効果にもあまり興味は無いので別に惹かれはしなかった。が、他に案が無いので折角のメイルの提案を無下にしたくなかった。


「そんなに遠く無いし行ってみてもいいかもしれない。もし合わなかったらそこから南下して他の町に行けば小旅行としては十分かも」


「そうですね、南には大きなラブネという町もありますし、そこなら買い物も楽しめるでしょう。旅行の計画でしたら私がまとめますよ」


「ありがとう。じゃあ明日出発で旅行の細かい部分はメイルに頼むのでいいかな?」


「あたしはそれでいいよ」


「分かりました、お任せ下さい」


 メイルのおかげで急ごしらえの旅行が出来上がったのだった。


「じゃあお姉ちゃん水着を買いに行こうか」


「え?」


「子供の頃の水着しか持ってないでしょ。現地で買えるか分からないし、町にだって少しは売ってる筈だから」


 スミナはアリナに引っ張られて町の服屋へと向かった。ジモルでは一般的な服屋と主にアイル家や金持ちが使う高級な服屋の2軒の服屋があった。双子は子供の頃から高級な方の服屋に行き、気に入った服が無ければオーダーメイドで作って貰ったりしていた。


「いらっしゃいませ。これはこれはスミナお嬢様とアリナお嬢様ではありませんか。お屋敷にお戻りになっていたのですね」


「クロメさん、ご無沙汰してます」


「久しぶりー」


 高級な服屋で出迎えたのは服屋の女主人のクロメ・ジョズノだった。双子が小さい頃から店をやっているので既に50近い年齢の筈だが綺麗に着飾っている。


「今日はどのような服をお探しですか?」


「今日は水着を買いに来たんだけどこの店も置いてたっけ?」


「勿論ございます。昨今は南方への旅行で水着を着る方も増えていて、各種取り揃えております。どのようなタイプがお望みでしょうか?」


 この店に水着が売っているか不明だったが売っていたのではしごする必要は無さそうだ。スミナは服屋でのやり取りが苦手なのでこういう時はもっぱらアリナが対応してくれる。


「えーと、あたしは可愛くて動きやすいのがいいな。まあ露出はほどほどで。お姉ちゃんはあんまり派手じゃないのがいいんでしょ?」


「うん、大人しめで露出度も低いのがあればそういうので」


「分かりました、いくつか持ってきますね」


 クロメが店の奥へと向かう。その間双子は店に飾ってある水着を見てみた。水着の見た目は現実世界とあまり変わらないが基本的に魔法が付与してあって、泳ぎの補助やいざという時水面まで浮上出来る魔法などが付いている。なので水着を着ていれば溺れる事は殆ど無い。学校では水泳の授業などは無く、この歳になって水着姿を他人に見せた事が無いので、スミナは飾ってある水着を見て着て歩くのが少し恥ずかしくなっていた。


「お2人にお似合いになりそうな水着をいくつか持ってきました」


 クロメがそう言いながら店のテーブルに水着を並べていく。アリナ用の水着は明るい色合いの派手な物が並び、スミナ用は落ち着いた色合いの水着が並べられていた。2人の体格はクロメが既に把握しているのでサイズが合わない事は無さそうだ。


「試着してみて気に入った物が無ければまた探してきますよ」


「ありがとうございます」


「うん、可愛いのが多いねちょっと着てみる」


 双子は選んでもらった水着を手に隣り合った試着室に入る。スミナは着る前に水着を自分の身体に重ねて鏡で見てみる。まず露出度の高いビキニ型の水着はスミナは論外だと除外した。ワンピース型の水着でも胸や尻が大きく露出される物も除外していく。すると残りが2着ぐらいになってしまった。一つは濃い緑色で一般的な水着だが自分が着ると流石に歳を取った感じになりそうで合わないと感じた。残ったのは紺色の肩や足も少し覆う水着で、露出度は少ないが現実世界のスクール水着のようにも感じる。

 流石に全部却下するのは心苦しく、スミナはその紺色の水着を着てみた。サイズはぴったりでスミナの大き目な胸や尻もきつく感じなかった。


「お姉ちゃん決まった?」


「うん、一応」


 隣の試着室からアリナの声が聞こえたので返事を返す。


「じゃあお互いに見てみようか」


「分かった」


 双子は同時に試着室のカーテンを開く。アリナは可愛らしいピンクのビキニタイプの水着を着ていた。可愛らしいのだが、アリナの凹凸が少ない身体もあってどうしても子供っぽさが感じられてしまう。


「お姉ちゃん、何それ、スク水みたいじゃん」


「アリナもちょっと子供っぽ過ぎない?」


「うーん、水着としては可愛いんだけど、着てみるとどれもねー」


 双子はお互い納得してないようだ。


「2人ともお似合いですけど、理想とは違うようですね。何か他にあったかしら……。

そうだわ!2人とも試着室で少しだけ待っていて下さる?」


「いいですけど」


「いい水着があるの?」


「はい、それはとても」


 クロメが早足で店の奥に去っていく。双子は大人しく試着室で戻って来るのを待った。


「これを着てみて貰えないかしら」


 クロメが持ってきたのは綺麗な色をした赤と青の水着だった。赤い水着をアリナに、青い水着はスミナに渡される。スミナは試着室で水着を自分の身体にあてて鏡で見てみた。


(綺麗……)


 水着はそれ単体で美しかった。デザインが今まで見た水着と異なり凝っていて模様と飾りがドレスのような華やかさを感じさせる。ワンピース型だが肌を見せる為に空いている部分の露出が気になりはするが、スミナも着てみたいと思える水着だった。着てみると胸が少し苦しいぐらいでサイズもほぼ合っていた。スミナの濃い青い髪にあった色合いで、まるでスミナの為にデザインされた水着のようだった。


「凄いイイ感じ。お姉ちゃんはどう?」


「うん、素敵な水着だと思う」


 アリナから声がかかったので2人は試着室を出てお互いに水着を確認する。


「凄い綺麗じゃん」


「アリナもさっきのより大人びて見えるよ」


 アリナの水着もスミナと似たようなデザインだが、赤色が主体にになっているので活発さが強調されていた。胸に飾りが付いているのもあり、アリナは先程の子供っぽさが消えていた。


「やっぱりお似合いですね。注文しておいて良かったわ」


「これ他の水着と素材もセンスも違うけど、どうしたの?」


「これは以前ドレスデザイナーのキミリさんに会った時に今は水着を作っているって話を聞いていくつか注文していた物なのよ」


 アリナの質問にクロメが答える。ドレスデザイナーのキミリは以前双子のドレスをオーダーメイドした人なので、もしかしたらそのドレスと似たイメージで作ったのかもしれない。


「でもキミリさんの水着となるとお値段も結構するのでは?」


「お金の心配はしなくていいわよ。その水着はサンプル品で売り物では無いの。キミリさんからは似合ってる人がいたらその写真を撮って送って欲しいと言われているわ。写真さえ撮らせてくれればただで差し上げるそうよ」


「写真ですか……」


「お姉ちゃん、こんないい水着他で買えないし、キミリさんに見られるだけならいいんじゃない?」


 正直スミナは写真に残したくなかったが。これから別の水着を探しに行くのも大変だと思った。


「分かった。クロメさん、写真に撮ってもらって大丈夫です」


「良かった。きっとファッション業界に貢献する事になるわよ」


 その後お店の奥にある撮影スペースで双子は数枚の水着写真を撮られた代わりに特別な水着を手に入れたのだった。


 翌日、メイルがボルデ火山までの旅行の準備を完全にしてくれたおかげで早速朝から出発する事になった。ダグザは寂しがったがハーラは楽しんで来なさいとあっさり送り出してくれた。


「完全に遊び目的の旅行は久しぶりだから楽しみだなー」


「確かにそうだね」


 馬車の中で双子は入学前に家族旅行して以来なのを思い出す。


「旅行と今までの移動は違うのですか?」


「今までの馬車での移動も旅行ではあるけど、観光やレジャー目的の旅行とは違うって事。今回は遺跡探索や戦闘が目的で移動してるわけじゃないからね」


「今回は純粋に楽しむだけの旅行だってことだよ」


「戦闘は無いって事ですね。何となく分かりました」


 スミナの横に座る人間形態のエルがようやく理解したようだ。が、エルがそう口に出した事で戦闘が起こるフラグのように思えてしまい、スミナは嫌な予感を頭から打ち消した。


「あなた達ボルデ火山のリゾートに行く旅行客でしょ?ダメダメ、あそこは今封鎖されているから」


 そしてスミナの嫌な予感はすぐに的中してしまった。馬車で昼食を取る為に寄った町の食堂で店の女性から出たのは封鎖されているという情報だった。


「どういう事でしょうか?そういった情報は聞こえてきませんでしたけど」


「最近の事だからねえ。あたしもお客さんから聞いただけだから詳しく無いけど、どうも火山獣がふもとまで降りてきて営業するどころじゃ無くなったって聞いてるよ。まあ近くまで行ってみてもいいかもしれないけど、無駄足になるかもしれないよ」


「そうですか、ありがとうございます」


 メイルが情報を聞き出し、お礼を言う。スミナは火山獣という生物については少しだけ知識はあった。火山に住み着く動物で、人間をむやみに襲ったりしないのでモンスターのカテゴリには入っていない。大人しい生物で、火山の溶岩を食べて生活する亀と牛を合わせたような見た目らしい。


「今の話ほんとかな?」


「食事の後少し聞き込みしてきます」


 メイルがそう言って、実際に食後に町で情報収集をしてきた。


「どうやらリゾートが封鎖されて、今もやっていないのは確かなようです。普段は大人しい火山獣がリゾートまで降りてきて、近付く人を攻撃するらしく、追い返しても戻って来て数も多くて手に負えないようです。今は国の協力を待っている状態とか」


「火山獣って見た事無いですけど、大人しい生物なんですよね?」


「私も見た事は無いですが、そう聞いています。たまに町に降りて来ても危害を加えなければ襲われないと。それに食料は溶岩なので降りてくるのも稀だと聞いています」


「全部倒しちゃえばいいんならあたし達で何とかなるんじゃない?」


 アリナはまた厄介な提案をする。


「モンスターならそれでいいけど、火山獣は野生動物みたいなものだよ。むやみに倒したら駄目じゃないかな」


「でも、人に危害を加えてるなら戦うしかないんじゃない?」


「その辺りは実際に見てみないと分かりませんね。どうしますか?この距離ならすぐ屋敷に戻れますし、別の町を目的地に変えるのもありですよ」


 メイルの話で双子は選択を迫られる。


「直接話を聞いてみたらいいのではないですか?」


 そんな中突然エルが提案してきて双子は驚いた。


「聞いてみるって言っても、火山獣は会話は出来ない筈だよ。動物と会話出来る魔法も存在したとは聞いた事があるけど、今は存在しないし」


「ワタシなら火山獣とも会話出来ますよ」


「本当?」


「はい、一定以上知能がある生物となら意思疎通出来ます」


 エルは予想外の力を持っているようだ。


「だったらエルちゃんに話を聞いてもらって、もし横暴な生物なら倒しちゃえばいいんじゃない?」


「確かに会話出来るなら相手の要求次第で丸く収まるかもしれませんね」


 アリナもメイルも行く気になっている。


「また面倒ごとになるかもしれないよ?

まあ、国の騎士団も色々大変な状態だし、わたし達で解決出来るならやるのも一つか」


「マスター、任せて下さい」


 スミナも結局折れる事にしたのだった。

 それから半日ほど馬車で街道を進むと景色が高い山に変わってくる。奥には煙を吹き出している火山があるのも分かった。


「少し暑くなって来たね」


「馬車の冷房を付けます」


 貴族の馬車には当然のように魔導具の冷暖房が付いていて、基本的に気温で苦しむ事は無い。便利だからこそ無くなった時は厳しく感じるだろうとスミナは思った。

 道は山道に入り馬車の揺れも少し激しくなっていく。それと同時に景色も岩肌と暑さを感じさせる蒸気に溢れて来ていた。


「この先は通行止めの看板があります」


 馬車の車夫がそう言って馬車を止める。降りてみると『現在危険の為通行止め』とだけかかれた看板が立っていた。


「どうします?」


「ここまで来たんだから行こうよ」


「そうだね」


 スミナもアリナの提案にのり、馬車を置いて先の様子を見に行く事にした。馬車の外は蒸し暑く、景色も岩だらけでリゾートといった風には見えなかった。人も生き物の姿も周囲には見えず、双子達はとにかく山道を登っていく。


「そこの人、これ以上いくと危ないよ!!」


 少し進むと上の方から声が聞こえる。そして岩肌をぴょんぴょんと1人の少女が降りて来た。


「観光の人?今リゾートは封鎖中だってどこかで聞かなかった?」


 少女は双子と同年齢ぐらいで、褐色肌に茶色のショートカットのボーイッシュな子だった。服は普通だが腰には短剣を吊るしている。


「観光で来たのはそうですが、ちょっと状況を知りたくて。もしかしたらお役に立てるかもしれないと」


「お客さん達が?無理無理、力づくで何とか出来る状況とかじゃ無いから」


 少女は地元の子らしく、誰か客が迷い込まないか見張っていたのだろう。


「火山獣の問題でしょ?うちには専門家がいるから何とか出来るかもよ」


「専門家?本当に?」


 少女は疑いの眼差しで見る。


「何かあっても責任はこちらが取りますので、ひとまず様子を見させてもらってもいいでしょうか?」


「まあ見てもらった方が分かりやすいか。いいよ、付いて来て」


 メイルの話を聞いて少女が先導して動き出す。曲がりくねった山道を少女はすいすいと登っていく。スミナはいい運動になるなと少女に付いて行った。


「あれが火山獣……」


「な、どうにか出来るレベルじゃないだろ」


 登って行って見晴らしのいい場所に出ると温泉リゾートが一望出来る場所に出た。そこには何百という火山獣がのしのしと歩き回っていた。確かに少女の言う通り簡単に済みそうには見えない。火山獣は亀と牛を合わせたというよりは角の無いサイに甲羅を付けたような形状だった。体長は2~5メートルぐらいあり、火山の山肌のような灰色と赤の混じった固い皮膚と岩山のような甲羅が特徴的だ。


「お姉さんが専門家だろ?これを見てどう思う?」


「私ですか?私は専門家では無く、アイル家のメイドをしているメイル・ハバモと申します」


「わたしも自己紹介をしておきます。ノーザ地方の領主であるアイル家の長女で、スミナ・アイルという者です。戦技学校の学生で専門家ではありません」


 少女に視線を移されたのでスミナも自分が専門家で無い事を自己紹介しつつ説明する。ただこの流れだと専門家がいない事になってしまう。スミナが頭を悩ませているとアリナが声を発した。


「あたしはスミナの双子の妹のアリナ・アイル。で、こちらがあたし達の姉で専門家でもあるエル・アイルだ」


 どう見ても子供のような見た目のエルに対してアリナは自信満々に説明する。エルからすがるような視線を送られ、スミナはアリナの考えにのる事にする。


『エル、アリナの話に合わせて、わたし達の姉で専門家である事にして。フォローするから』


『了解しました、マスター』


「はい、ワタシが火山獣の専門家のエル・アイルです」


 魔法の会話を送り、エルは何とか話を合わせる。


「こんな子供がお姉さん?」


「姉は特殊な体質で魔力で身体の大きさを変えられるんです。そして、魔物や生物と会話する魔法を習得して専門家として活躍しています」


「それは凄い。あたいはこのリゾートのオーナーの娘でルノエ・スパリだ。見ての通りの状態で、国に助けを求めてるけど、いい返事は貰えていない。もし本当に解決出来るなら報酬は親父が出してくれると思う。見てもらってもいいか?」


「任せて、うちの姉は凄いからね」


 アリナが笑顔で答える。笑いをこらえているようで、自分で姉設定しておいておかしくなったのだろう。


『エル、自信ありげに答えて』


「はい、ワタシにかかれば簡単です」


「それは心強いな。じゃあ近くまで案内するよ」


 少しおかしな対応だが、ルノエは素直に受け取ったようだ。リゾートのホテルがある場所まで降りていくと道を狭しと火山獣が歩いていて、近付くこちらを睨んでくる。


「本来は温厚で近付いても攻撃してこなかったけど、なぜか今は近付くと攻撃されるんだ。前は温泉まで降りて来ても食料となる溶岩が無いからすぐに戻っていったのに今はここに居ついて追い払っても戻って来る。昔から住んでる人もこんな事は今まで無かったって言ってる」


 ルノエが状況を説明してくれる。エルが話せるとして、本当に解決出来るか不安だった。


『エル、何とか出来そう?』


『話を聞いてみようと思います。ルノエを離れさせたいのですが』


『分かった、わたしが話をする』


「あとはわたし達が何とかしますので、ルノエさんは一旦安全な場所に隠れていてもらってもいいですか?」


「いいけど、本当に大丈夫か?」


「はい、これでもわたし達は結構強いんです」


「じゃあホテルに他のみんなといるから、何かあったら呼んでくれ」


「はい、お願いします」


 エルと魔法で会話し、スミナはルノエをホテルへと退避させる。火山獣は近付くと攻撃してくる気配を出してこちらを威嚇していた。


「エル、どこで会話する?」


「なるべくホテルの中の人から見られない場所がいいですね。あと、火山獣からの声はマスターにも聞こえるようにします」


「分かった、ありがとう」


 エルが先導してホテルから少し離れた火山獣が多くいる広場に移動する。ここならホテルからも見えないだろう。火山獣はあからさまにこちらを敵視して少しずつ近付いて来る。


「では、やります」


 エルがそう言うとエルの姿が変わっていく。紫色の宝石状の形態だが、形は首が長く翼の無いドラゴンのような形状になった。大きさも10メートルぐらいで火山獣より一回り大きい。


「エル、その姿は?」


「生物との交渉の場では大きさが重要です。相手より大きければすぐに襲って来る事もありません」


 竜形態のエルはいつもの声で会話する。確かに今まで攻撃的だった火山獣はエルの姿を見て少し怯えているように見えた。


「相手の代表を呼んで敵意が無い事を示して会話してみます」


「お願い」


“キュキュキュヒュー”


 エルが動物の鳴き声のような音を発する。すると火山獣が少し寄ってきて、似たような声を出す。スミナの頭に翻訳されたと思われる“なんだ?”“なにものだ?”“かえれ”などの言葉が飛び込んできた。エルがまた何か言うと“わかった”“まて”などと反応があり、火山獣の動きが止まる。そして“ズシンズシン”と振動がし、1体の大きな火山獣が他の火山獣を押しのけこちらにやって来た。


“おれがかしらだ。なんのようだ?”


“ワタシは敵ではありません。話を聞かせて欲しい”


“いいぞ”


 火山獣の言葉の後にエルの言葉も翻訳されてスミナは分かるようになった。


“どうして人間の温泉に降りてきて占拠してるんですか?”


“ここはもともとおれたちのなわばりだ。にんげんはあとからかってにすみついた”


 火山獣の頭の言ってる事は確かなのだろう。だが、このままでは解決出来ない。


『エル、山に戻らない理由を聞いてみて』


“どうして山に戻らないんですか?”


“やまにばけものがすみついた。いなくなるまでもどれない”


 火山獣が何かのモンスターによって追い出されたのが分かる。


『化け物を倒したら山に戻って人間にも危害を加えないか聞いてみて』


“その化け物を倒せば山に戻って人間に危害を加えないようになりますか?”


“ああ、ばけものいなくなるならいままでどおりにする”


 火山獣との交渉も上手く行きそうだ。が、その化け物が倒せるとは限らない。スミナはアリナとメイルにエルが聞き出した内容を話す。


「なら簡単じゃん、あたし達が倒して来ればいいんだし」


「ですがお嬢様、火山獣が逃げ出すほどのモンスターだと簡単に行くか分かりませんよ」


「大丈夫だって、あたし達も強くなったし、エルちゃんもいるんだし」


「わたしも見て来て無理だったら国に頼むのがいいと思います」


「分かりました、私も手助けしますよ」


 メイルも双子に従う。スミナもここまで来たのだからやらない訳にはいかないと考えていた。


『エル、わたし達が倒してくるからそれまで大人しく待っていてるように言って』


“ワタシ達がその化け物を倒してきます。それまではここで暴れずに待っていて下さい”


“わかった、しんじる”


 火山獣の頭も話が通じるようで助かった。スミナ達は説明をしにホテルへと向かう。エルは火山獣と話した手前、竜形態のままホテルの人から見えない場所で待っていてもらう事にした。


「なるほど、山にモンスターが現れて、火山獣の住処を奪っていたと。で、そのモンスターを倒して来れば火山獣たちも戻っていくと言っているのですね」


 ホテルには先ほどのルノエとその父親のオーナーが待っていて、話を聞いてオーナーが納得する。大柄な男性だが見た目に反して柔らかな物腰のオーナーだ。


「はい、なのでもう少し待っていてもらってもいいですか?」


「あたい達はいいけど、本当にあんた達は倒せるほど強いのか?」


「これルノエ、対処して下さると言っている方にそんな口を聞いて」


「だけど親父だってそんなに強そうに見えないと思ってるだろ」


「じゃあ見てて」


 アリナはそう言うと一瞬で姿を消す。そして持ってきたのはホテルのロビーの天井に飾られていた看板だった。


「どう?すぐに戻すから安心していいよ」


「確かに凄い速度だ。信じてもいいかもしれない。そういえば専門家の人はどこに?」


「エルは先に状況を確認に行ってもらっています」


 スミナは何とか誤魔化す。


「ルノエ、今は私達に出来る事は無いんだ。この人達を信じてみようじゃないか」


「分かったよ。何か必要な物はあるかい?」


「大丈夫です、動かず待っていて下さい」


 そう言って双子達はホテルを出てエルと合流する。


「アリナ、敵の居場所は分かる?」


「うん、大体の場所は」


「じゃあ、アリナが先頭で」


 メイルにはアリナの危険察知の祝福は明かしていないが、高魔力のアリナなのでとメイルは納得している。アリナに付いて行く形で移動を開始し火山を登っていくと火山獣は居なくなり、溶岩の発する熱が増していった。


「この中だと思う」


 火山の岩肌に大きな洞窟への入り口があり、そこからは更に熱気が噴き出していた。双子とメイルは魔導鎧を装備し、更に耐熱の魔法をかける。エルも竜形態から宝石状の戦闘形態に変身した。


「魔法はかけたけど流石に溶岩に触れるとダメージ受けるから気を付けてね」


「ワタシが先頭を歩きます。ワタシなら溶岩でも大丈夫です」


 今度はエルが先頭になって洞窟を進む。洞窟の中は熱く、ここが火山獣達の巣だったのが何となく分かる。洞窟の中には溶岩の池のような溜まっている場所があり、そこはアリナが魔力で橋を造る事で渡る事が出来た。他にも溶岩が噴き出す場所とかもあり、エルが先頭で注意してくれるので助かった。他の人達でこの中の化け物を退治に行くとなるとそれなりの装備と人数が必要だったに違いない。


「この奥にいる」


 ここまで来るとスミナにも奥の広間に何か巨大なモンスターがいるのが分かる。アリナが引き返そうと言わないのは危険察知しても自分達で倒せる程度だと分かり、スミナは少し安心しつつ広間に入った。


「何コイツ?」


「わたしもこんなモンスター知らない」


「すみません、私も初めて見ます」


「データに照合するモンスターはありません。スライム型の巨大な火炎属性モンスターと思われます」


 4人とも初めて見るモンスターだった。スミナが今まで読んだモンスターの本にも載っていない。赤黒い溶岩のような色のスライムのようにブヨブヨした10メートル以上の巨大モンスター。近いのはスライムの変異種の巨大スライムだろう。


「見掛け倒しかもよ。攻撃してみよう」


 アリナの声と同時にモンスターがこちらを灼熱の触手で攻撃してくる。4人はそれぞれ反撃し、アリナは魔力の槍で貫き、スミナはレーヴァテインで触手を切り裂き、メイルは本体の周りを高速で斬り付け、エルは両手を剣にして本体をみじん切りにした。


「どうだ?」


 切り裂かれたモンスターを見ていると、確かに斬られて傷付いたり細かくなったり、分離したりしたが、すぐにくっ付いて元の形になってしまう。


「アリナ、コアは無かったの?」


「コアっぽいところを貫いたけどダメだった。他の手段を考えないと」


 とにかく生命力の高い融合再生出来るモンスターのようだ。火山獣達も集団で攻撃しても無駄だったので逃げて来たのだろう。モンスターは反撃し、複数の触手でこちらを攻撃し、溶岩を吸い取って撃ち出して攻撃もしてきた。単調な攻撃なので全員避けるのは問題無いが、熱と絶え間ない攻撃では長期戦は不利だろう。


「エル、冷凍系の攻撃は?」


「冷凍光線が出せます」


「分かった、アリナはハンマーの用意、メイルはわたし達への攻撃を防いで」


「よしきた」


「分かりました」


 スミナの意図を理解し、アリナとメイルが答える。火炎属性の敵にはそれ以上の氷結魔法が効果的な筈だと。


「エル、行くよ」


「はい、マスター」


 スミナは今使える最大の氷結魔法を唱え、横のエルは胸から冷凍光線を発射した。メイルは2人に近付く触手を斬り払い、アリナは既に巨大なハンマーを魔力で造っていた。スライム状のモンスターは見る見るうちに氷像へと変化していく。


「アリナ!!」


「行くよーー!!」


 アリナが巨大なハンマーを振り被り、氷像を打ち砕いた。氷になったモンスターは粉々に砕け周囲に散らばる。


「やった?」


「マスター、欠片から離れて下さい」


 エルに言われて飛び散った欠片から離れる。欠片はそれぞれ“ボンッ”と軽く爆発し、その周囲にマグマを飛ばす爆弾のようになっていた。爆発後はまた集合し、元の大きさのモンスターに戻っている。


「お嬢様、凍らせても数秒後には爆発して元に戻るようです。大人数で凍らせて封印すれば行けるかもしれませんが」


「今のわたし達じゃ無理だし、それだと火山獣の住処から出せない。他の方法を考えないと」


 モンスターの攻撃を避けつつスミナは策を考える。アリナは無駄を承知でモンスターに色々な攻撃を試しているが、どれも効いているようには見えない。生物なら倒せないことは無いのだから、どこかに弱点がある筈だとスミナは観察を続ける。


「マスター、ワタシに任せて貰えないでしょうか?」


「エル、何か方法があるの?」


「効くか分かりませんが、可能性はあります。他の人達は影響が出ないように距離を取って貰えれば」


「分かった、みんな、一旦エルに任せてみよう」


 エルの提案で双子とメイルはモンスターとエルから距離を取った。エルはモンスターの攻撃を避けつつ触れるぐらいの距離まで近付いていく。

 エルは手を突き出すとそこから何か魔法のようなものを発動させた。巨大なモンスターの周りをガラスのような膜が包み、巨大なシャボンのようになって宙に浮かぶ。モンスターはそれを触手で攻撃するが、ゴムのように伸びるだけで破れない。モンスターはのたうち回り膜が前後左右に激しく伸びる。が、それも段々弱くなり、モンスターの身体は端から白い干物のように硬化して崩れていった。


「エル、何をしたの?」


「柔らかい膜で包み、中を真空状態にしました。魔法で簡単に破れる膜ですが、このモンスターは魔法は使えないようなので」


「固まって崩れちゃったけど、なんで?」


「このモンスターは恐らく魔導帝国の魔法生物が変異した物だと思います。集合生物にしては知能が高過ぎたので。環境に適応し、その地のエネルギー、ここでは溶岩をエネルギーに変えていたと思われます。その際に空気も必要としているのではと考え、真空にしたところ正解のようでした」


 溶岩と空気を断った事で生存出来なくなったのだとスミナは理解した。エルの作った膜が無くなり、地面に崩れた塵が落ちたが、復活する様子は無かった。


「エル、ありがとう、わたし達じゃどうにも出来なかったと思う」


「マスターの為ですので当然の事をしたまでです」


「今回ばかりはエルちゃんのお手柄だなー」


「改めてエルさんの能力に感心致しました」


 みんなに褒められてエルもまんざらでも無さそうだった。竜形態になったエルが火山獣に倒した事を伝え、現地を見て火山獣からもエルは感謝されていた。ホテルに戻り、火山獣が去ったリゾートを見せながら結果を説明する。


「ありがとうございます。貴方達はボルデリゾートの救世主です。銅像を作らせて下さい」


「それはちょっとやめて貰えますか」


 リゾートのオーナーの提案にスミナは即座に却下する。


「ホント凄いよあんた達。舐めて申し訳無かった。何でもするから言ってくれ」


「そうですね、無料でリゾートの最高の部屋と全施設を貸出ししますよ。勿論食事も飲み物もお土産も全部無料です。すぐに他のお客様も来ませんしね」


「いえ、お金はちゃんと払いますよ」


「それは出来ません。本来は報酬をお渡ししたい位ですから。ただ、今は休止期間もあってすぐにはお出し出来ないので、でしたらせめてリゾートを楽しんで頂ければ」


「お姉ちゃん、せっかくの話なんだし、お言葉に甘えようよ」


「そうです、こういう時は受け取った方がお互いの為になりますよ」


「分かりました、では、お言葉に甘える事にします」


 双子達はリゾートから大歓迎される事になった。まずは食事という事で、大広間にスミナ達は通され、豪華な食事が4人の前に並んでいく。


『エル、食べられないんだし、先に休んでてもいいよ』


『いえ、ワタシも食べます』


 魔法の会話でそう答えると、エルも食事を普通に食べる。


『エルもご飯食べられたんだ』


『エネルギー補給の手段として非効率なので使っていないだけで、食事からも栄養補給は出来ます。味は分かりませんが』


『なるほどね、無理はしないでね』


 エルに続いてスミナ達も食事に手を付ける。ここの郷土料理なのか分からないが、和風の料理に似ていて、どこか懐かしい気がした。魚の塩焼きや鍋料理が特に美味しい。メイルは勧められてお酒も飲んで少し顔を赤くしていた。アリナは肉料理が美味しいらしく、お代わりを要求したりしている。エルも味はしないと言っていたがどこか嬉しそうに食べていた。


「お疲れでしょうし、温泉はいかがでしょうか。勿論貸し切りで誰も来ませんよ」


 食後、リゾートの店員に連れられて4人は温泉の脱衣所に案内される。


「エルはお風呂入らないし、ここで待ってる?」


「いえ、今日はご一緒してマスターの背中を流させて下さい」


 そう言うとエルは一瞬で服が無い全裸の姿に変わる。見た目は人間の少女と殆ど変わらず、魔宝石マジュエルであるとは思えなかった。


「メイルも今日は裸の付き合いだからね」


「分かりました、今日は一緒に入りますよ~」


 メイルは少し酔っているようだが、まだ呂律は回っている。双子はしょっちゅう一緒にお風呂に入っているが、メイルが裸で一緒に入った記憶は無い。一緒に入る時もあくまで身体を洗う為に下着姿で対応してくれるだけだった。メイルは小柄でスマートなイメージだったが、裸を見ると胸やお尻はスミナほどでは無いが十分魅力的な大きさだった。4人は裸になってタオルだけ持って温泉へと向かう。


「すごーい!!広いじゃん」


「確かにこれが貸し切りなのは凄いね」


 露天風呂になっている温泉は複数の種類の温泉が遠くまで広がっていて、植物が綺麗に植えられていて絶景だった。スミナはエルに、アリナはメイルに身体を洗ってもらう。


「エルにこうしてもらうのは初めてだね。やり方分かる?」


「はい、メイルがやっているのを見て学びました」


 エルは丁寧に石鹸を泡立てタオルでスミナの身体を洗う。メイルの仕事は完璧だが、エルの洗い方も負けないほど上手だった。髪まで洗い終わり、お湯で流し終わる。


「今日はメイルも洗ってあげる」


「大丈夫ですよ、アリナお嬢様」


「いいの、あたしがやりたいの」


 アリナはメイルを無理矢理椅子に座らせ身体を洗い始める。


「エル、わたしも洗ってあげる」


「マスター、エルの身体は洗わなくても常に清潔です」


「今は人間の身体でしょ、今日は頑張ってくれたし、そのお礼だから」


「分かりました、お願いします」


 スミナもエルを座らせ、身体を洗っていく。アリナの身体を洗う事はあっても、他の子の身体を洗うのはスミナも初めてだった。エルの肌はとてもきめ細やかで柔らかい。スミナはエルを洗いながら、自分もリラックス出来たのだった。


「いいお湯だねー」


「確かにお風呂とは違いますね」


 メイルは今まで見た事が無いぐらい緩んだ顔をしていた。4人並んで温泉に浸かり、スミナも極楽気分だった。


「来て良かったですね」


「お姉ちゃん、楽しむのはこれからだよ。明日は水着でプールで遊ぶんだから」


「ワタシも遊びたいです」


 エルも珍しく自発的に乗ってきている。今回の旅行はエルとメイルの労いにもなって良かったなとスミナは思うのだった。

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