18.聖女登場
スミナ達が遺跡調査をしてから1週間ほど経ち、生徒にも分かる範囲で学校に変化があった。一部の生徒と職員が学校を辞めていき、その人達が学校襲撃に関連しているのではと噂されていた。スミナとアリナはリストに載っていた人の一部と一致していたので、その噂が正しい事を知っていた。その中には悪徳貴族のオビザの親戚の子であるルズマも入っていた。
それからさらに1週間ほど経った頃、アスイから遺跡調査についての話がしたいと連絡があった。スミナとアリナは学校帰りに呼び出された学校の近くにある王国の研究施設に到着する。アスイはそこで双子を待っていた。
「ここは国と学校で共同で作った研究施設なんだけど、あまり使われていない施設なの。私が学校に用がある時の宿泊所みたいな使い方をしてる場所なので気楽にしていいですよ」
施設の前でアスイが説明する。施設は3階建てぐらいのレンガの建物で、中は研究施設というよりは広い応接間みたいになっていた。入り口には受付と思われる女性が座っていて、アスイが入って来ると「お疲れ様です」と挨拶だけして、双子が会釈しても止められる事は無かった。
「この部屋は魔法で盗聴や透視される心配は無いので、安心して会話出来ます。お茶を持ってきますので待っていて下さい」
2階の部屋に案内されると、アスイは自らお茶を汲みに出て行った。部屋は向かい合わせのソファーとテーブルがある清潔な部屋で、壁にちょっとした調度品が飾られている以外何も無い会合用の部屋だった。学校帰りに制服姿で来たのでエルは使い魔姿でスミナの膝の上に座る。
「何の為の施設なのかな?」
「研究施設というより国と学校の調整用の施設なんじゃないかな。アスイさんみたいに学校より国での仕事がメインの人が色々準備に使ってるんだと思う」
スミナはこの建物には人が少ないし、研究用の道具や資料もあまり無さそうなのを見て回答した。魔族が学校を襲ってきた事を考えると、こういう施設の重要性も理解出来る。そんな話をしているうちにアスイが紅茶を持って戻ってきた。
「まずは遺跡調査の件ありがとうございました。ちょっとその話をする前に、学校や貴族についての話をさせて下さい。
学校襲撃に関連する人物のリストはかなり役に立ちました。お2人の友達のように、関連していなかった人も勿論入っていましたが、お金や縁で頼まれて魔族関連と知らずに情報提供している人物がかなりいました。
そして、理解しつつも怪しい人達と関わっている人物も数人いました。国の調査で実際に掴まった人は少ないですが、結果として自発的に辞めた生徒や関係者がそれなりの数になってしまいました。これは当人の気持ちの問題なのでお2人が気にする事はありません」
アスイの話でスミナは少しだけ申し訳ない気持ちになった。ただそれと同時にソシラの容疑が晴れた事は嬉しく感じていた。
「それと関連した話になりますが、逃げ隠れていたオビザがようやく捕まりました。自分は脅されていたと言い訳してるけど魔族のレオラと関係しいた事は認めている。親族のルズマを使って情報を渡していた事も。その見返りとして魔物から生成される薬などの希少品を受け取って市場に流していた事も分かりました。
ただ、魔族との接触方法については分からないらしいの。事前に面会場所の連絡が来て、その時に会えるだけで、こちらから呼び出す事は出来ないそうよ。魔族側の情報は殆ど持っていなかった。あくまでいいように使われていただけだったみたい。他の裏社会の人物も接触した人は皆同じ状態らしいです。
今回の事件で貴族で捕まる者と身分をはく奪される者がそれなりに出ている。でも、アイル家については情報収集の手助けをした事もあって何の罰も無いようだから安心して。
そんな感じで2人がやった事はかなり役に立っているわ。私も凄く感謝しています。2人ともありがとうね」
「いえ、わたしは準備されてた事に少しだけ関わっただけですから」
「お姉ちゃん、こういう時は素直に感謝を受け取らなくちゃ」
「そうだね、みんなの役に立てたみたいでよかったです」
スミナは自分が動いた事で結果としていい方向に進んだ事が嬉しかった。
「それに加えて、この間の遺跡調査はかなり貴重な物が見つかったようで、あなた達に任せて正解でした。遺跡は国の調査隊と聖教会の関係者が追加で調査に入り、聖教会としても貴重な資料が沢山見つかったと聞いています」
「あの魔導具はどうなりました?」
スミナは封印兵器をどうしたかが気になっていた。
「今は国の宝物庫に厳重に保管してあります。あれは封印戦争で使われた兵器ですよね?スミナさんなら使い方が分かったかと思いますが」
「はい、あれは封印兵器と呼ばれる、魔導帝国の魔術師と聖教会の聖職者が共同で作った物だと思います。そして、作るのにあたり何十人もの人の命を使っていたのを記憶で見ました。
それほどまでして封印した異界災害って何なんですか?」
「やはり、異界災害を封印する為の物でしたか。
異界災害については私も書物と聖教会の方から聞いた程度の知識しかありません。ただ、魔族などとは違い、人と同様の知能があるわけでは無く、異界から現れた存在が周囲の環境も物も生き物も物理法則も異界の物に同化させていくのだと聞いています。
異界災害は無限に再生するので倒す事は出来ず、普通の人間が近付くと眷属化してしまい、精神も身体も異界の物になってしまうそうです。聖教会の人は精神が強く、精神を守る魔法の使い手が多いので昔から異界災害と戦ってきたそうです」
アスイが知っている事を話す。その話はスミナが見た記憶とも一致していた。スミナは詳しく知らないが、現実世界のTRPGの題材になっているコズミックホラーの邪神を連想させた。ただ、決して神と呼ばないのはこの世界の神に対する考え方が違うからかもしれない。
「封印兵器以外では対処出来ないという事ですか?」
「私が読んだ大昔の書物では異界が開いた初期の段階なら、異界の門を魔法で閉じる事で防げると書いてありました。封印自体も恐らく封印兵器を作る時に元としたと思われる、命を犠牲にする封印魔法を多人数で唱える事で封印したという歴史が聖教会に残っているそうです」
「なんでそんなとんでもないモノが現れるの?」
アリナが疑問を口にする。
「太古の魔術師が研究で異界の門を開いた記録はあります。ですが、それとは別に何の前触れもなく突然異界災害は現れるという話です。ただ、数百年の1度ぐらいの頻度なので、頻繁に現れるものでは無いようです」
「でも、封印兵器があるので次に現れても大丈夫ですよね?」
「私が調べたところ、何度も使える魔導具では無さそうです。人の命を元に作ったという話ですし、2,3回が使用の限度の可能性があります。そして、あれは私には使えそうにありません。聖教会の中でも特別な者しか使えないと思います」
「記憶で見た時使っていたのは聖騎士セリヤという人でした。わたしの母も聖教会の元聖女なので使えるかもしれません」
スミナは母の戦っている姿が想像出来ないが、回復魔法の能力の高さは知っている。
「それでしたら、もっと相応しい人が学校にいるじゃないですか。新しい聖女のミアンさんの事は知りませんか?」
「新しい聖女がいるのは知っていますが、直接面識は無いですね」
「知ってるよ、ミアンちゃん。結構人気者で有名だよ。あたしもちょっと話したぐらいだけどね」
アリナは新しい聖女のミアンの事を知っているようだった。
「それに加えてスミナさん、あなたも封印兵器を使えますよね?」
「確かに使えるとは思いますが、人の命を使った兵器をわたしが使うのは……。
いっそアスイさんが祝福で取り込めば何度も使えるんじゃないですか?」
「恐らくはそうでしょう。ですが、私が取り込んでも人の命を使って封印魔法を唱える事と変わらなくなるだけだと思います。単純に魔力だけで使える魔導具なら私でも使える筈ですので」
「そうなるといざという時は聖教会の人に任せるしかないですね」
スミナはそんな事が起こらなければいいと思った。その後アスイから調査の報酬や同行者への受け渡しなどについて説明を聞いた。
「そうだ、生徒はまだ知らない情報ですが、今年は夏休みが早く始まると思います。魔族に襲撃されて、辞めた人が出た事で、色々と学校内の体制を変えるそうです。ただ、魔族の襲撃が再度起こっていないので、魔族側もこちらの動きを警戒しているんだと思います」
「そっか、もうすぐ夏休みだもんね。久しぶりに家に帰れる」
「家に帰ったらお父様達に色々言われそう……」
「私の方からも定期的にダグザ様にはお手紙を送ってますので、大丈夫だとは思います。
また何かあったら連絡すると思いますので、お2人ともよろしくお願いしますね」
双子はアスイと研究施設で別れ、夏休みの事を考えつつ寮に帰っていった。
数日後、スミナはガリサとジゴダ先生の“神話と伝承の分析”を受けていた。
「このように世界竜の存在一つとっても、あくまで星を形作る大地をそう呼んでいるだけだという説と、神が世界竜をこの土地を繁栄させる為に呼び出した説に分かれていたりします。ここで大事なのはどちらの説が正しいかを決める事ではなく、その説が生まれた論拠を理解し、その背景を理解していく事が大事なのだと僕は思うんです」
ジゴダの言っている事をスミナは半分ぐらいしか理解出来なかった。そして授業終了のチャイムが鳴った。
「すみません、少し興奮してしまいましたね。次回はもう少し分かりやすく今日の話の続きをしたいと思います」
そう言ってジゴダは教室を去る。いつものようにガリサがジゴダを追うので、スミナも付いて行った。ジゴダも慣れたのか廊下をゆっくりと歩いてガリサを待っていた。
「先生、世界竜については生物として認識してるんですか?」
「ガリサくん難しい質問だね。それは生物というカテゴリをどこまで広げるかによって変って来るんだよ。その辺りも含めて今度の授業で説明しようと思うので楽しみにしていて欲しい」
「分かりました」
スミナも折角なので聞きたかった事を聞いてみる事にする。
「ジゴダ先生はおとぎ話や英雄譚に詳しいと思いますが、勇者テクスについての話を何か知っていますか?」
スミナは最強の剣を封印した勇者テクスが他にどんな偉業を成したのか知りたいと思っていた。
「勇者テクスとは渋いところを突いてきますね。えーと、なんの話だったかなあ。ちょっとすぐには思い出せないので、今度調べて持ってきますよ」
「先生もお忙しいと思うので、急いで貰わないで大丈夫ですよ」
「まあ、そうなんですが、言われると気になるので、出来る範囲で調べてみますよ」
こういうタイプの人は気になると調べずにはいられないのだとスミナは思った。
「そうだ、先生は封印戦争について知ってますか?」
ガリサがこの間遺跡の絵画で見た封印戦争の事を質問する。
「ガリサくん、それをどこで聞いたのかな?すまないが、その話はあまり人前でしない方がいいよ」
「え?なんでですか?」
急にジゴダが周囲をキョロキョロと気にする。するとそんなタイミングで1人の女生徒が3人に近付いて来ていた。
「ジゴダ先生、こんにちは。なんの話をしてるんですかぁ?」
「ミアンくん、どうも。いえ、生徒に色々質問されていてね。ちょっと用事があるので、僕はここでおいとまするよ」
ジゴダはミアンと呼んだ生徒に汗をかきながら対応するとそそくさと立ち去っていった。
「あなた、スミナさんですよね?」
「はい、そうですが。えーと、どこかでお会いしましたか?」
スミナはとても可愛らしい少女の顔に見覚えは無かった。ただ、ミアンという名前はこの間アスイに聞いて、覚えていた。この子が聖教会の聖女ミアンなのだとスミナは理解した。
「やったぁ、これこそ神のお導きです。お話するのは初めてになりますねぇ。私はミアン・ヤナトという医療魔法科の1年生です。スミナさんの事は色んな噂を聞いていてぇ、先日聖教会の遺跡を調査して頂いたと聞いて一度お礼を言いたいと思ってましたぁ」
ミアンはゆったりとした喋り方で話す。声が通るのか、言っている事が頭にはっきり残っていた。
「そうなんですか。初めまして、わたしは魔法騎士科1年のスミナ・アイルです」
「私は魔法科のガリサ・メガトです。ミアンさんの事はよく知ってますよ。聖女様ですよね」
「はい、こう見えてもミアンは聖女なんですよ。スミナさんのお母様のハーラ様に次ぐ聖女として神に仕えているんです!」
ミアンは自然体で微笑む。スミナはその笑顔を眩しく感じた。聖女というからもっと穏やかな気品漂う人かと思ったが、朗らかで、まったりとしていて予想とは違っていた。が、スミナは自分の母親を思い出し、母も聖女像とはかけ離れている事に気付いた。
ミアンは水色の髪をショートカットにしていて、顔は可愛らしく、瞳が輝いて見えた。背はやや低めだが、スタイルがよく、おっとりしているけれど色気も感じられる。聖女というより現実世界のアイドルのような印象だった。
「次の授業もあると思いますし、歩きながら少し話してもいいですかぁ?」
「いいですよ」
ミアンに言われて歩きながら話す事にする。
「ミアン様、こんにちは」
「はい、こんにちは」
ミアンはすれ違う生徒に挨拶されるとファンサのように笑顔を振りまく。学校内でも人気者のようで、特に女性徒がミアンによく挨拶していた。
「スミナさんは凄く強いって聞きましたよぉ。この間の遺跡調査でも遺跡を傷付けずに調べられたのはスミナさんと妹さんのアリナさんのおかげだって」
「いえ、わたしはそこまでは。アリナは確かにクラスで一番強いですけど」
スミナは事実を述べる。本当は凄く強いと胸を張って言いたいのだが、自分にはまだその強さが無いと感じていた。
「強さって戦いで勝てる事だけじゃないってミアンは思うんですよぉ。自分を信じて正しい行いを為す強さもあると思うんです。
だからぁミアンはスミナさんがとっても気になるんです。お友達になりたいなぁ」
「え?」
スミナは突然の事に動揺する。出会って数分で友達になって欲しいと言われたのは生まれて初めてだった。
「もしかしてイヤですかぁ?」
「あ、そういう事では無くて。
いいですよ、わたしなんかでよければ喜んで」
「よかったぁ!スミナさんとお友達になれるなんてとても幸せです!」
ミアンは本気で喜んでいるようだ。勢いで了承してしまったが、これで本当に良かったのかとスミナは少し思うのだった。
「では次の授業がありますので、またお会いしましょうねぇ」
「はい」
ミアンはそう言うとスミナ達と反対方向へ去っていく。
「なんか凄い子だったね。聖女様っていうからもっと奥ゆかしい感じかと思った」
「そうだね。でも、人気なのも分かる気がする」
スミナはミアンにアリナとは違う人望のようなものを感じていた。
翌日の放課後、授業が終わりその日はアリナも用事が無かったので一緒に寮に帰る事になった。
「スミナさぁん!」
校舎を出て校門へ歩いていると後ろからスミナは声をかけられる。振り返るとそこにはミアンが走って来ていた。
「こんにちは、ミアンさん」
「こんにちは。今日も会えて良かったです。そちらは妹さんのアリナさんですよねぇ」
「どうも。妹のアリナです。ミアンちゃんとこうやって話すのは初めてだよね」
ミアンとアリナは顔見知りではあったようだ。
「はい。ミアンはスミナさんとお友達になったんですよぉ。アリナさんともお友達になってもらってもいいですかぁ?」
「あたしは全然いいよ。お姉ちゃんの方が先に友達になってるなんて珍しいね」
「人付き合いが下手なんだからしょうがないでしょ。ミアンさんはこんなわたしにも優しく接してくれるんです」
スミナはアリナに少しだけ言い返す。
「お2人は双子なんですよねぇ。仲が良くて羨ましいです」
「ミアンちゃんは兄弟はいないの?」
「ミアンは幼い頃に両親が亡くなっていて、聖教会の孤児院で育ったんですよぉ。なので、孤児院のみんなが兄弟みたいなものですねぇ」
「ごめん、余計な事聞いて」
アリナが即座に謝罪する。
「いえ、記憶に無いぐらい昔の話ですし、孤児院での生活はとっても楽しいものでしたので気にしなくて大丈夫ですよぉ。それに聖女になれたのも幼い頃から聖教会で育ったからですしねぇ」
ミアンは本当に気にして無さそうな笑顔で言う。
「わたしはミアンさんが立派だと思いますよ。わたし達なんて貴族の家に生まれて何不自由なく育ってきたので」
「本当にそうでしょうかぁ?」
突然のミアンの疑問に双子は驚く。そして何かを見通すようなミアンの瞳の輝きもその時は恐ろしいものに見えた。
「そうだよ。あたし達はモンスターも少ない田舎でのびのびと自由に生きてたからね」
「あんまり人には言わないんですがぁ、ミアンにはその人の背負っている運命の重さみたいなモノが見えるんですよぉ。お2人は他の人とは違う何か特別なものを感じてます」
ミアンの言っている事が本当なら、それは転生者として見抜かれたという事なのだろう。以前アクセサリー屋のナシュリも双子に対して何かを感じ取っていた。この世界にはそういった感覚を持った人がいるのかもしれない。
「ミアンさんは買い被り過ぎだと思います。確かにわたし達は特別な祝福を持っている点では運がいいし、それを羨んだり妬まれたりする事はあるので、そういう風に見えるのかもしれませんね」
スミナは出来るだけ誤魔化すような言い回しをする。
「そうですねぇ、スミナさんがそう答えているのなら、ミアンもそうだと思います」
「ミアンちゃんは寮じゃないよね。どこに住んでるの?」
あまり深追いされたくない話をしていると校門に差し掛かり、アリナが質問する。
「ミアンはワンドエリアの聖教会の神殿に住ませて頂いてるんです。聖教会のお仕事も出来るので、丁度いいんですよぉ」
「じゃあここでお別れだね」
「はい、また明日お会いしましょうねぇ」
「さようなら」
「じゃあね」
ミアンと別れ、スミナは少しだけホッとする。喋り過ぎると言ってはいけない事を喋ってしまいそうだとスミナは思った。
「お姉ちゃん、ミアンちゃんは少し気を付けた方がいいよ」
「なんか危険を感じたの?」
「そうじゃ無いけど、あたし達の事深く分かってるみたいな態度見たでしょ」
アリナもスミナと同じような感覚だったようだ。
「それに、あたしはああいう子は仲良くなり過ぎると危ないタイプだと思うんだ。こっちのやろうとしている事を見抜いて、いい理解者みたいにどんどん懐に入って来るの」
「でも、ミアンちゃんはいい子だと思うし、そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかな」
「お姉ちゃんは人がいいから強く言えないだろうけど、聞かれて嫌な事は嫌ってちゃんと言いなよ」
「分かった、ありがとね」
アリナはアリナなりに心配してくれているのが分かりスミナは嬉しくなる。ただ、ミアンに対しては警戒し過ぎではとスミナは思っていた。
「お昼を食べに行きましょうか」
翌日の昼休憩の時間になり、同じ授業を受けていたレモネがスミナとソシラを誘って食堂へと向かう。生徒はお弁当を持ってきたり、学校の外に食べに行く選択肢もあり皆好き好きに昼食を食べている。
スミナはメイルがジモルに戻っていてお弁当を作って来る事が無くなり、お昼はほぼ食堂で食べる事にしていた。学食は安く、栄養バランスも良く、味も外の店に負けないぐらい美味しい。問題はというと結構混雑していて、3人だと一緒のテーブルで食べられない事がある事だった。
「スミナさぁん、ここ空いてますよぉ」
食堂で選んだ昼食を持って空いてる席を探していると、スミナは声をかけられた。誰かと思って見ると、そこには4人席に1人だけ座っているミアンがいた。
「ミアンさん、こんにちは」
「こんにちは。スミナさんがよければこちらの席で一緒にお昼を食べませんか?」
「わたしはいいんですが、友達も一緒なので。ミアンさんも友達の分の席を取っているんじゃないですか?」
「いえ、大丈夫ですよぉ。今日は1人で食べる予定で、3つ席が空いてますので」
「そうなんですか。じゃあお言葉に甘えて」
スミナはレモネとソシラを席に連れてきて4人でお昼を食べる事にした。スミナが選んできたのはお気に入りのチャーハンのような炒めたご飯に肉とサラダが付いた定食だった。レモネは身体に見合わず結構食べるので今日も大盛りのパスタとサラダを、ソシラは大柄な身体に対して少な目のパンと魚料理とサラダのセットを選んでいた。既に席に着いていたミアンは大きなステーキに沢山のパンとサラダという、男子生徒のような食事が並んでいた。
「ミアンさんは意外と食べるんですね」
「よく食べてよく働くのが健康には一番いいというのがミアンの持論なんですよぉ。その代わり夜ご飯はそんなに食べないんです」
「分かります、沢山食べた方がいいですよね。
と、初めましてですね、ミアン様。私はスミナさんのクラスメイトのレモネ・ササンといいます」
「初めましてぇ、レモネさん。ミアン・ヤナトです。あと、様付けはしないで貰えると助かります。ここではみんな同じ生徒ですからぁ」
「分かりました、ではミアンさんと呼ばせてもらいます」
「ありがとうございます。ソシラさんとは以前お会いしましたねぇ」
「はい……」
ミアンとソシラは既に顔見知りらしい。ソシラは聖教会の集まりに行った事があるというので、そこで会ったのかもしれないとスミナは思った。4人は食事をしながら話をする。
「ミアンさんは聖女として仕事をしながら学校にも通ってるんですよね。大変じゃないですか?」
レモネがミアンについて思った事を口にする。
「ミアンは教会での仕事を大変だと思った事は無いんですよぉ。確かに肉体的には疲れる事もありますが、子供の頃から継続している事が殆どなので日常の一部になってます。
ミアンは国から仕事を依頼されているスミナさん達の方が大変だと思ってますよぉ。この間の遺跡調査にはレモネさんもソシラさんも参加したと聞いています。聖教会の一員として調査について感謝いたします」
「私は興味半分で付いて行っただけなので。確かにスミナさんとアリナさんは国から依頼を受けてるみたいで、私も凄いと思ってますよ」
「そんな大した事はしてないです。親が貴族なのでちょっとした縁があって頼まれごとをしてるだけなので」
スミナは自分達が本当に関わっている事には触れないように話をする。
「ですが、以前の魔族の襲撃事件でもスミナさんとアリナさんが魔族を撃退したと聞いていますよぉ。ミアンはお2人が本当に素晴らしい方だと思っています」
「そう、あれは確かに凄いと思う……」
ソシラもミアンの意見に同意する。こうなるとスミナに返す言葉は無かった。
「スミナさんと同じクラスで、寮の部屋も隣なんてお2人が羨ましいです」
「確かに私達も凄い人のそばにいられるのは運が良かったかもしれないですね」
「レモネさんには一度負けてるし、わたし達にそんなに差は無いでしょ」
レモネにも尊敬の眼差しを向けれれ、スミナは少し反抗するのだった。
「では、また今度。タイミングが合えばまた一緒にお食事させて下さいねぇ」
「はい、また」
昼休みが終わりそうになったのでスミナはミアンと別れる。ミアンと居るとよく褒められるので悪い気もしないでもないなとスミナは思った。
それからスミナは休み時間や帰りにミアンと出会う事が多くなった。2人きりで話す時のミアンは特にこちらを持ち上げたりはせず、自然と話を聞いてくれたり、自分の話をしたりと話しやすさをスミナは感じていた。
「スミナさん、一緒に帰りませんかぁ」
その日も学校からの帰り際にスミナはミアンに声をかけられる。最後の授業が友人が誰もいない授業だったのでスミナは1人で寮まで帰るつもりだった。
「いいですよ。もうすぐ夏休みですけど、ミアンさんは予定はあるんですか?」
「ミアンは聖教会の仕事をする予定ですねぇ。特にどこかへ行くとかは無いんですが、大神殿があるパルセノに呼び出される可能性はありますねぇ」
「そうなんですね」
学校から夏休みが今年は早めに始まる発表があり、それはあと1週間に迫っていた。特に期末試験などは無いので、夏休み前だからとバタバタしたりはしていなかった。
「お姉ちゃん、帰ろう」
そんな話をしているとアリナがスミナの方にやって来る。
「アリナさん、こんにちは!」
「あ、ミアンさん。どーも」
スミナの横にミアンがいたのに気付いてアリナがお辞儀する。
「スミナさん達は夏休みはどうするんですかぁ?」
「わたし達は実家に帰る予定です」
「パパが心配してるだろうし、帰らないとね」
ミアンの質問に双子は答える。メイルももうすぐ双子を迎えに王都に戻って来る予定になっていた。
「それはいいですね。ミアンも孤児院に顔を見せに行こうと思います」
ミアンの生い立ちを思い出し、スミナは少しだけ辛い気持ちになる。
「ミアンちゃんは孤児院でも人気なんじゃない?」
「人気というより騒がしくて大変ですよぉ、あそこは。でも、戻るといつも笑顔で迎えてくれて、あそこがミアンの家なんだと実感します」
「そうなんですか」
ミアンはそれが当たり前のように考えているようで、それはそれでいいのかもしれないとスミナは思った。
「でもぉ、夏休みになるとスミナさんに会えなくなって寂しくなりますねぇ」
「夏休みだってそんなに長くないですし、すぐに会えますよ」
夏休みの期間は1ヶ月と少しなので長いかどうかは微妙なところだった。
「聖教会の仕事が無ければスミナさんの家に遊びに行けるんですけどねぇ」
「大変だと思いますが、お仕事頑張って下さい」
スミナにはそう言うしかなかった。
「それではまたぁ」
「さようなら」
「じゃあね」
校門で双子はミアンと別れる。アリナはスミナにくっついて聞いてきた。
「ねえ、ミアンちゃんお姉ちゃんの事ストーキングしてるんじゃない?」
「え?そんな事は無いと思うよ」
スミナは確かにミアンとよく会うが、付けられている感じはしなかった。
「お姉ちゃんミアンちゃんにおだてられて気を許してるんじゃない?」
「別におだてられてなんか無いよ。わたしの話も色々聞いてくれるし、いい子だよ」
「でもミアンちゃんあたしと2人きりで会った時話しかけたら用があるって逃げられたよ。お姉ちゃんだけ狙ってるみたいで怪しいよ」
「それは本当に用があっただけじゃない?」
スミナはアリナがエルの時と同じように自分を取られるのが嫌で言ってるのではと思った。
「まあ、お姉ちゃんが大丈夫だっていうならいいけど。でも、あんまり気を許し過ぎない方がいいよ」
「分かった分かった」
スミナはアリナの忠告を話半分で聞く事にした。
翌日、スミナは久しぶりに1人で寮の近くの商店街に買い物に来ていた。アリナや他の友人達も用があるという。なのでスミナは切らしていたお気に入りのお菓子などを買っておこうと思っていた。
(たまには一人きりもいいかも)
スミナは使い魔姿のエルも付いて来ているので不安も無く、のんびりと買い物を楽しむ事にした。
「まあ、スミナさんもお買い物ですかぁ」
そんなタイミングでまたミアンと出会ったのは流石にスミナも怪しく思ってしまった。
「こんにちは。よく会いますね」
「これも神の思し召しなのかもしれませんねぇ。一緒に買い物に付いて行ってもいいですかぁ?」
「わたしは構いませんが、ミアンさんの用事は済んだのですか?」
「はい、予定の物は買えたので、あとは帰るだけでしたぁ」
ミアンの手にはどこかの店の袋があり、買い物をしたのは確かなようだ。スミナはアリナに言われた事で気にし過ぎたのかと思い、普通に買い物を続ける事にする。
「スミナさんはこういう物が好みなのですねぇ」
「あ、ミアンもそれを買った事がありますよぉ」
「やっぱりスミナさんでしたらそっちの色を選びますよねぇ」
ミアンはスミナの買い物について毎回反応する。スミナも流石に友達としても煩わしさを感じて来ていた。これでは自由に買い物が出来ない。アリナに言われたのもあり、スミナはここではっきりしようと思った。
「ミアンさん、もう少しわたしと距離を取って接して貰えないでしょうか」
「スミナさん、もしかしてミアンがご迷惑でしたかぁ?」
「迷惑というか、友達だとしても距離感がおかしくないですか?」
スミナは思った事を口に出していた。
「ごめんなさい。
ミアンの周りの人はみんなミアンを特別視してぇ、一歩引いて見るんです。でもスミナさんはミアンを他の人と変わらずに接してくれてぇ、それがすごぉく嬉しくって馴れ馴れしくしてしまったんです」
「そうだったんですか。すみません、わたしも言い過ぎました」
スミナはミアンなりに問題を抱えていたと知り拒絶した事を謝った。
「いいんです、むしろきちんと言ってくれて嬉しかったですよぉ。もし宜しければ少しお茶をしながらお話しませんかぁ?」
「いいですよ」
「では、こちらにいいお店があるんですよぉ」
スミナはミアンに連れられてあまり行った事がない方へと進んでいく。そこはワンドエリアの住宅街で、その中に小さな喫茶店が隠れるように存在していた。
「ミアン様、いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
店員はミアンに対して偉い人が来たような態度で対応する。どうやら聖教会に関連した店のようだ。他に客は無く、2人は個室に案内される。エルは警戒したようにスミナにぴったりとくっついていた。
「スミナさんは何にします?ミアンは紅茶とケーキのセットでお願いします」
「じゃあわたしも同じものを」
「かしこまりました」
店員が去っていく。
「もしかして、ここは聖教団のお店ですか?」
「聖教団が運営してるわけでは無いんです。ただ、店主の方が熱心な信者ですのでぇ、教団の人がよく使うお店ではあるんですよぉ」
喫茶店はスミナの予想通り聖教団と関係あるお店だった。少しすると店員が紅茶とケーキを持って来て、お辞儀して去っていった。
「ここは誰にも話を聞かれないので他の人に聞かれたくない事も喋って大丈夫ですよぉ。ミアンも他の人に漏らさない事を神に誓いますのでぇ」
「別にわたしはそんな事を喋ったりしないですよ」
スミナはミアンが何を考えているのか分からなくなる。
「前にも言いましたが、ミアンはその人が背負っている運命の重みが見えるんですよぉ。エルちゃんでしたっけ?その使い魔も猫では無いですよねぇ?それに、この間の遺跡調査で聖教団の遺物を見つけましたよねぇ?」
ミアンが言う事は正しい。だが、スミナは素直にそれを認めるわけにはいかない。
「ミアンさん、何が言いたいんですか?聖教会に頼まれてわたしの事を探ってるんじゃないですか?」
「そんなんじゃないんですよぉ。ごめんなさい、不安に感じさせてしまいましたねぇ。ミアンはスミナさんがこの世界にとって大事な人だと分かって、もっとあなたに近付きたいと思っただけなんですよぉ」
「それこそ買い被り過ぎです。不本意ですけど、わたしよりアリナやレモネさんの方が強いのは確かです。期待するならもっと他の人なんじゃないんですか?」
スミナは正直な意見を述べる。自分の能力は他の人より弱く、技もまだまだ未熟だと。
「スミナさんはまだご自分の価値が分かっていないんだと思いますよぉ。確かにアリナさんやレモネさんも強く、素敵な方だとは思います。でも、ミアンが一番気になるのはスミナさんなんですよぉ。あなたは他の人には無い強さを持っています。ミアンはそれを応援したいんです」
ミアンはスミナを真っ直ぐに見つめる。その視線の強さにスミナは少したじろいだ。
「ミアンさんの気持ちは嬉しいとは思います。でも、わたしはまだそこまで自分を信じられないし、ミアンんさんがわたしにそこまで肩入れする意味も分かりません」
「そうですかぁ。スミナさんの気持ちは分かりましたぁ。
じゃあ、ミアンはスミナさんを影ながら応援したいと思います。それならいいですよねぇ?」
「別に今まで通りの友達の関係ならいいですよ」
「ありがとうございます。スミナさんが本当に良い人で良かったです」
ミアンは満面の笑顔でスミナを見つめる。スミナは色んな思いが浮かび紅茶とケーキの味が分からなかった。