17.遺跡調査
スミナがトミヤから受け取ったリストには20名ほどの名前が書かれていて、生徒なら学年学科や出身地などの情報も詳細に書いてあった。スミナはいくつかの見知った名前の中に友人である“ソシラ・モット”の名前があったので驚いたのであった。アリナも同様に驚いている。確かに無口で変わった人物ではあるが、魔族に通じているとは思えない。それにソシラは同室のレモネとほぼ一緒にいるので、レモネがそれに気付かない筈がない。
「この情報、本当に合っているんですか?」
「隣室の子の名前があって驚いたんだろ?ちょっと説明させてくれ。名前の横に1から10の数字が振ってあるのが分かるな。それは数字が大きい程確定で怪しく、少ない数字の場合はあくまで関連している可能性が少しでもあるという事だ。
ピックアップした理由としてはここ数ヶ月で怪しい動きをしていて、特に俺みたいに他人の情報を聞いて回っていた人物を選んでいる。もちろん単純な好奇心や人脈作りの為に動いた人物もいるだろう。そしてあからさまに怪しい動きをしていても、それは誰かに頼まれて動いていた可能性もあり、その人物が魔族と直接関わっている訳ではないの事も理解してくれ」
トミヤの説明を聞いて、ソシラの横にある数字を確認すると“2”という低い数字だった。隣室でクラスメイトの彼女は単純に行動が怪しいからという理由で選ばれたのだろうと納得する。
「お姉ちゃん、ソシラは好奇心で知らない人に急に話しかける事があるし、普段の行動がおかしいから載ってるんだと思うよ。あたしが見た範囲じゃ学校の情報を探ってる感じは無かったし」
「その一覧をどう使おうと君達の自由だ。クラスメイトや知り合いを問題無いと思うなら、そこから外してもらって構わないさ。
ただ、疑われるにはそれなりの理由があり、調べる時は徹底的に調べる方がいいと俺は思っている。それが知り合いや友人だろうとね」
「助言ありがとうございます。そうですね、有効活用させてもらいます」
トミヤにはそう言われたが、スミナは友人を疑うつもりは無かった。
「あと、リストに“ルズマ・ドンノ”って2年生の生徒の名前があるだろ。ルズマはオビザの親戚の子でここ数ヶ月オビザと会う機会も多かったんだ。つまり学校襲撃事件と今回のオビザの件は繋がってるかもしれない。だから、君達に調査を頼んだのも運命なのかもって思ったのさ」
「そうなんですか」
ルズマの名前の横には10という確定黒である数字が書いてあった。スミナは帳簿の記憶でレオラを見たのも偶然では無いと理解する。この話をトミヤにするか少し悩んだが、記憶を読む能力はまだ隠しておきたかったので黙っている事にした。
「そういう話もあって、少し忙しくなってきてるんで俺は帰るよ。今度はビジネスで呼んでくれれば喜んで参上するぜ」
「分かりました」
「じゃあね」
「トミヤ、見送りするわ」
トミヤがメイルと共に屋敷の広間から出ていった。
「お姉ちゃん、これどうするの?」
「アスイさんに見せようと思う。学校に伝えるにしても、アスイさんを通した方がいいだろうし」
「そっか、まあそうなるよね。あたしも付き合うよ」
「そうなの?助かる」
スミナはまたアリナが来ないと思っていたので、少しだけ気が楽になった。
携帯電話の魔導具で連絡を取り、簡単にリストの件を話すとアスイはすぐに会ってくれる事になった。集まる場所として指定されたソードエリアにあるアスイの家へと双子は向かう。アスイの家は王城の近くにあり、アイル家の屋敷とも近かったので双子は徒歩で向かった。
「こんにちは。問題の貴族の話は大まかに聞いています。ともかく、狭い家ですが入って下さい」
「こんにちは。お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
アスイの家は屋敷というには小さいが、1人で住むには広すぎるぐらいの2階建ての立派な家だった。玄関から入って右側にソファーのある客間があり、双子はそこに通される。掃除も行き届き、品の良い調度品の並ぶ感じのいい部屋になっていた。
「大したものはありませんが、どうぞ」
アスイは紅茶と焼き菓子を持って来てテーブルに置いた。
「メイドとかは雇ってないんですか?」
「私は家にいる時間も少ないですし、襲われる事も多いので1人が一番落ち着きます」
「料理もするんですか?」
「大した物は作れませんが、簡単な物は時間がある時作りますよ。まあ、大抵はお店で済ませてしまいますが」
アスイの忙しさを考えると城や別の場所にいるのが殆どなのだろう。
「あの。例の話をする前にちょっとだけいいですか?」
アリナが話を切り出す。アスイに伝えたい事があったが、今までそのタイミングが無かったので、今日話すのだろう。
「いいですよ。アリナさんにも来て頂けて嬉しいです」
「あたし、初めて会った時に酷い態度を取ってごめんなさい。
学校に入って色々あって、あたしの考えが甘かった事を実感しました」
「そうですか。大丈夫ですよ、あんな事突然言われても簡単に信じられないでしょうから。それに、色々な事を疑ってかかるのは悪い事ではありません」
「ありがとうございます。あたしはやっぱり自分が納得出来ない事には素直に従えないし、またぶつかる事があるかもしれません。でも、前よりは大人になったつもりです」
これが今のアリナの正直な気持ちなのだろう。アリナとアスイは性格的に合うタイプではない気がするし、喧嘩腰にならなければそれでいいとスミナは思った。
「はい、それで構いませんよ。
それでは、本題に入りましょう。まず、今回リストを手に入れるまでの話を経緯を含めて話して貰ってもいいでしょうか?」
「はい、分かりました」
スミナとアリナは情報屋のトミヤと会ったところから順を追って話していく。とりあえずはレオラの話はせずにリストを手に入れたところまで説明した。
「そうだったんですか。
トミヤと仕事をしたんですね。トミヤは悪い人では無いんですが、昔色々ありまして、今は危険な場所へも構わず飛び込むようになってしまったんです。正直、関わり合いはなるべく避けた方がいいと思いますよ。
それで、リストを見てどうでしたか?」
「それが、本当に関係無いと思いますが、友人の名前が載っていて驚きました。あと、今回問題だった貴族のオビザ・ドンゾの親戚の子がルズマ・ドンノという学生で、リストに載っていたんです。
それと、これはアリナにしか話していませんが、例の裏帳簿を持ち去った時に記憶を少しだけ見たんです。そうしたら、オビザと例の転生者を名乗る魔族のレオラが同じ場所にいた記憶がありました。多分2年前ぐらいなので、その頃から既に魔導結界の中に入って動いていたんだと思います」
スミナはレオラを記憶の中で見た事を伝える。記憶は大まかな時間を把握出来るので、2年前ぐらいなのは確かだった。
「そうなのですね。それは困りました。そのリストを預かっても構いませんか?勿論友人を捕まえたりしませんからご心配なく」
「いえ、いいんです、本当に悪いことをしていたなら捕まえて貰っても。ただ、わたしが見た限りだとそういう事をしているとは思えないので」
「アスイ先輩、その子の事は調べても時間の無駄になると思う。もし何か問題があったら、あたしが責任を取るよ」
「分かりました、お2人がそこまで信用しているなら大丈夫でしょう。リストの重要度の数字も低いようですし、数字の高い人物から調査する事になるでしょう」
スミナは安心してリストをアスイに渡す。
「そうだ、折角アリナさんにも来て貰ったので、調査の依頼をしてもいいですか?学校の都合もありますし、すぐにとはいきませんが、最近発見された遺跡をお2人を中心に調べてもらいたいんです」
「いいよ、遺跡調査なら楽しめそうだし」
「わたしもいいですけど、なんでわたし達に依頼を?」
スミナはアスイ達が調べた方が効率的なのではと思い質問する。
「その遺跡は既にモンスターが巣に使っていて、調べるにはそれなりの戦力が必要なんです。知っての通り王国は今騎士団が忙しい状況で、このリストの調査も優先して行いたいところ。2人ならモンスターぐらいなら問題無いと思ってお願いしようと」
「確かに魔族じゃなくてモンスターだったら2人で問題無いですね」
「でも、2人だと時間がかかるかもしれないので、出来れば信頼出来る生徒を4,5人同行して貰えるよう頼んでもらえないかしら。報酬は出すし、それに加えて遺跡で見つけた道具でこちらが重要だと思わない物は持って帰ってもらって構わない。そういった話でお願いできる?」
「あたしは2人でもいいけど、確かに遺跡が広いなら人数いた方が楽ではあるかな」
「遺跡調査に興味があって、それなりに強い生徒って事ですよね?わたしの知り合いがやるかどうか分かりませんが、頼んでみようとは思います」
スミナの知り合いで、信用出来てそれなりに強い生徒は片手で数えるほどしかいなかった。そこで断られたらアリナの友人から探せばいいかとスミナは思った。
「あと、これは2人への先輩としてのアドバイスだけど、複数人で戦う経験はしておいた方がいいと思う。今後2人だと対処しきれない事態になった時、仲間と戦う経験があれば戦い方が広がる筈だから」
「分かりました。そうですね、4人ぐらいでの戦闘経験はありますが、それ以上の人数で戦った事は無いので、それも考えておきます」
「あたしは敵が多くても何とか出来るつもりだけどね」
アリナは自信ありげだが、今後魔族が多くなった場合は頼れる仲間が多い方がいいとスミナは思った。敵が常に一箇所に現れるわけでも無いのだとも。
「では、遺跡調査の件はまた連絡します。こちらからも私は無理ですが、心強い協力者を同行させるつもりです。お2人も同行出来る人が集められたら連絡下さい」
「分かりました」
双子はアスイが忙しそうなので、話を終えて屋敷へと戻った。双子はメイルにアスイとの話を伝え、遺跡調査の件も一緒に行くか確認する。
「申し訳ございません、お嬢様。私はもう少ししたら一旦ジモルのお屋敷に戻る必要が出てきました。今回の件をお伝えしたり、その他色々とやる事があるのです。
なので、遺跡調査に同行したい気持ちは山々ですが、今回は無理なようです。勿論お洗濯の件は他の使用人にやらせますし、その他身の周りの不便が無いように事前に準備してから戻るつもりです」
「メイルはそこまでやらなくても大丈夫だよ。わたし達だって自分で出来る事はやるから」
「そうそう、たまにはゆっくりして欲しいよ」
アリナはそう言うが、もしメイルのお世話が無くなったら自分にしわ寄せが来る気がスミナはしていた。
「お嬢様、お気持ちは大変嬉しいです。ですが、やる事はやりますので安心して下さい。あと、遺跡調査では無理をしないようお願い致します」
「うん、そんなに大変な調査じゃないと思うけど、無理はしないから」
「あたしは少しは歯応えがある方がいいんだけどね」
「アリナが無茶しないように見張るから安心して」
「お願いします、スミナお嬢様」
「そんな無茶なんてしないって」
アリナの言葉に説得力がない事を2人はよく分かっていた。翌日の学校に備え、双子は馬車で寮まで帰るのだった。
「アリナ、遺跡調査誰に頼もうか。ガリサとドシンは誘えば行ってくれると思うけど」
部屋に着いたスミナはアリナに相談する。幼馴染の2人は戦力になるし、戦闘も慣れているのでスミナは最初から数に入れていた。
「隣のレモネちゃんとソシラちゃんでいいんじゃない?モンスターとの戦闘の経験もあるし、クラスでもあたし達の次ぐらいに強いんだし」
「でも、ソシラさんは動くの嫌そうだし、リストに載ってたから……」
「逆に誘えば疑いも晴れるかもしれないよ。あたし達が変な動きをしないか見てればいいし、誘いを断ったら少し疑わしいと思えるわけだし」
アリナの言う事も確かにそうだとスミナは思う。
「アリナの友達で遺跡調査に来そうな人はいないの?」
「いない訳じゃ無いけど、そこまで強く無いし、そこまで信用出来ないかなって」
「そうなんだ。じゃあ2人に頼んでみようか」
「そうだね、まだ起きてるだろうし、善は急げだ」
アリナがすぐに行動に移すのでスミナはそれに続いた。“コンコンッ”と隣室の扉をノックする。
「はい、どちら様ですか?」
「あたしだよ。ちょっと話があってさ」
「はい、どうぞ、鍵はかけて無いですよ」
「おじゃましまーす」
「お邪魔します」
双子が隣室に入ると、レモネとソシラは寝間着でテーブルでくつろいでいた。慣れた調子で双子も勉強用の机の椅子を持ってテーブルに向かう。
「あのさ、遺跡調査に興味無い?」
アリナが単刀直入に切り出す。
「遺跡調査ですか?面白そうですね」
「わたしの方からちゃんと説明するね――」
スミナは王都の知り合いからの依頼という話で報酬ありの遺跡調査を頼まれた事を説明する。遺跡にはモンスターが住み着いていて、危険がある事も。
「モンスターが住み着いた……。もしかしてガーディアンもいたりする?」
「いる可能性はありますね。なので、もしかしたら思ったより危険な場合もあります」
モンスターの話にソシラが食いつく。本当に生き物やモンスターが好きなようだ。
「私は興味があるし、報酬として発見した遺物が貰えるなら親孝行にもなるので行ってもいいんですが、ソシラはどう?」
「行く……。遺跡のモンスターを見たい……」
「なので、2人とも大丈夫ですよ。日程の調整はしないといけないかもですが」
「ありがとうございます。2人が一緒なら心強いです」
「2人がモンスター退治してる所も見てみたかったんだ」
とりあえず同行して貰える事になり、双子は喜ぶ。ソシラの反応がいつも通りだったのもスミナは嬉しかった。
「じゃあ、細かい話が分かったらお伝えします」
「了解です。授業だけだと身体がなまってたから丁度いいと思います」
レモネも日々強さに磨きをかけてそうで、スミナも負けられないと思うのだった。
「遺跡調査?いいぜ、任せろ」
「私も付いて行くけど、あんまり役に立たないかもしれないよ。でも、魔導書が貰えるなら役得過ぎる」
翌日の昼食時、学食に幼馴染の2人を呼んで話したところ、ドシンもガリサも了承してくれた。
「2人には軽く紹介はしてたけど、クラスメイトのレモネとソシラも同行するから。あとは依頼者側から誰か来るとは思う」
「話しに聞くとその2人も強いんだろ。俺も強くなったところ見せつけないとな」
「多分ドシンじゃどっちにも敵わないよ」
アリナが残酷な事を言うが、スミナも正直同意見だった。全学科全学年を入れても自分達とレモネとソシラは上位に入るのではとスミナは思っている。実力のある先輩の名前も聞かない訳では無いが、話を聞く限り魔族を撃退出来るほどの力は無いと感じていた。
「俺を入学前と一緒だと思うなよ。祝福を持ってない分、魔法技を磨いたんだ。この技なら魔族だって倒せるって先生に褒められたんだからな」
「そうなの?それは少しだけ見てみたいかもね」
ドシンの自信ありげな発言にアリナも興味が湧いたようだ。
「私は援護系の魔法は増えたから、後方支援なら頑張るよ」
「2人なら色々任せられるから助かるよ」
スミナは知り合いで6人のパーティーが出来た事で余計な気を使わずに済むとホッとしていたのだった。
後日アスイから連絡があり、学校の休みと合わせて行く日程と同行者の話を聞いた。場所ば王都から日帰りで行ける範囲なので、休日の朝に出発し、夜には帰って来る予定となった。また、同行者はアスイの後輩で、回復と防御関連の魔法の使い手と聞いて、丁度今のメンバーに足りない部分が補えるとスミナは思った。
遺跡調査の当日、双子はレモネ達と一緒に寮を出る。双子はそれぞれ遺跡調査に合わせた装備を準備していた。といっても、魔導鎧は後で装着するので私服に武器と少しの道具を持った姿だ。エルは戦わせる気は無いが念の為使い魔状態で連れて行く事にした。寮から少し離れた待ち合わせ場所にガリサとドシンが既に待っていた。ガリサは親戚の道具屋に下宿し、ドシンは少し離れた男性寮に住んでいてそこから来ていた。
「調査依頼の人との待ち合わせ場所はここじゃ無いので、案内します。でもその前に、4人とも簡単には紹介してたけど一緒に戦うわけだから、自己紹介してもらっていいかな?」
「あたし達の幼馴染組からどうぞ」
「じゃあこの場で唯一の男の俺から。戦士科のドシン・ガムドだ。アリナ達とは幼馴染で、俺の実家はジモルでパン屋をやってる。が、俺は家を継ぐ気は無いし、将来は王国の騎士として働くつもりだ。筋力と身体の丈夫さはこの中で一番だと思うぞ。前衛の盾役として安心して貰っていい」
ドシンは既に冒険用に魔法の鎧と剣と盾を装備してきている。背も身体の大きさも6人の中で飛び抜けてデカい。子供の頃に比べるとかなり見た目も顔も威圧感があるが、中身は優しい少年である事をスミナは知っている。
「見た目こんなだけど、中身は強がってるだけの子供だから怖がらなくていいからね」
「俺だってもう子供じゃないって」
アリナのフォローにムキになるところがまだ子供だなとスミナは思う。
「じゃあ、次は私が。同じく双子の幼馴染の1人のガリサ・メガトです。ジモルの道具屋の娘で、将来はまだ考え中。学科は魔法科で魔法が多少使えるけど、戦闘は苦手なので、本の知識でのサポートとか出来ればと思ってます」
「ガリサの読書量は凄いから、ソシラさんなんかは希望の本を相談すれば教えてくれると思う」
「分かった、今度話させて……」
「喜んで。なんか、ソシラさんは私より詳しそうな分野もありそうだし話してみたいとは思ってたんだ」
ガリサとソシラは意外と気が合う部分があるかもしれないとスミナは思った。ガリサも既に魔法のローブと杖を持った冒険用の姿だった。
「じゃあ、次は隣室組どうぞ」
「では私から。魔法騎士科のレモネ・ササンです。ウェス地方のササン商会の娘で、将来は好きにやってく予定ではあります。うちの商会とガリサさんの実家のお店もやり取りがあった記憶があるので、今後ともよろしくお願いしますね。こんな見た目ですが、武器は斧が得意で、単純な攻撃力ならこの中で上の方だと自信はあります」
レモネは私服ではあるが腕に魔導鎧と思われる魔導具と武器の魔導具を腰に身に着けた冒険スタイルだった。レモネの祝福は力を瞬間的に増加させるものなので攻撃力が高いのは本当だとスミナは思った。
「アリナと渡り合うぐらい強いって噂は聞いてるぜ。戦士科に来て欲しかったって言ってる生徒もいるし、それなりに有名になってるぞ」
「ありがとうございます。確かに戦士科の適正も高かったですが、ソシラと同じ学科にしないと意味が無いので。アリナさんにはとても敵いませんが、追い付けるよう努力してます」
「あたしもうかうかしていられないなあ」
みんな努力して強くなっていってるんだとスミナは少し気を引き締める。
「次はソシラだよ」
「はい、ソシラです……。一応ウェス地方の貴族の娘で、生物やモンスターを調べるのが好きです……」
ソシラが最低限の自己紹介をする。ソシラもいつもの服装より動きやすい恰好で、腕には魔導鎧と思われる腕輪を付けていた。武器の魔導具と思われる物も背負っているが持ち物自体は少ない。
「まあ、こんな感じで大人しいけど、モンスター戦では凄く強い子なんで心配しなくて大丈夫です」
「疲れるのは嫌い……」
「体力無いけど、運動させないといけないから皆さんビシビシ命令していいですからね」
レモネはソシラに対しては容赦なかった。
「一通り自己紹介が終わったんで行こっか。そうだ、あたし達は知ってると思うけど、戦闘に関しては経験もあるし、基本心配しなくていいから」
「アリナは知っての通り自由に動くから、援護とかあんまりしなくてもいいです。わたしはなるべくみんなに合わせて戦いますので」
「あたしだってこういう時は集団行動出来るって」
アリナはそう言うが、それなりに付き合いが続くとあまり信用出来ない事をみんな知っていた。スミナの案内でアスイに言われていた案内人との待ち合わせ場所へ移動する。待ち合わせの時間前だったため、そこにはまだ誰もいなかった。
「まだ来ていないみたいだし、時間まで待ってくれる?」
「あの、遺跡まで付き添いしていただく方はどんな方なのですか?」
レモネが質問する。アスイから能力は聞いていたがそういう人物かは聞いていなかった。
「ごめん、回復魔法が得意な人を寄越すとは聞いてるんだけど、会った事は無いし、どういう人かは分からないんだ」
「あたしの予想だと、すっごい美人で清楚な聖職者とかじゃないかな」
聖教会の神殿で働く聖職者は回復魔法を重要視するので、アリナの予想もありえるとスミナは思った。そんな話をしていると、一同の前に大きな何かがやって来た。それは馬車ではなく、車輪の付いた魔導機械だった。
「魔導馬車だ。初めて見る」
ガリサが歓喜の声を上げる。この世界には自動車は無いので、遺跡で発掘された魔力で動く車は魔導馬車と名付けられていた。魔法の馬が動かす訳では無いが、働きとしては馬車と同じなのでその呼び名になったのだろう。スミナも実物を見たのは初めてだった。王国には数十台しか存在せず、王侯貴族や騎士団、一部の金持ちしか持っていない物である。
魔導馬車は長さ6メートル、高さ2メートルぐらいの大きさで自動車でいうワンボックスに形状は似ていた。魔導馬車はスミナ達の前で止まり、その運転席部分の扉が開いて誰か降りて来た。
「えーと、君達がアスイさんの言っていた遺跡調査をする戦技学校の生徒というので合ってるかな?」
降りて来たのは眼鏡をかけた若い男性だった。年齢は20代中盤ぐらいで、痩せ細っていて王国の学者っぽい恰好をしている。見るからに弱そうな印象だ。
「はい、アスイさんに依頼されたスミナ・アイルです」
「ああ、キミが双子のスミナさんか。あ、ボクはアスイさんの部下で、特殊技能官のヘガレ・ダルンです。今日はボクが遺跡まで案内します」
アリナの予想は外れ、やって来たのは少し頼りなさげな男性となった。
「これ魔導馬車ですよね。これに乗っていくんですか?」
「ああ、これはアスイさんの魔導馬車なんだけど、これが一番速いし安全だからって借りて来たんだ。とりあえず乗って貰って、中で話しながら行こうか」
「分かりました」
ヘガレに案内されて魔導馬車に乗る。魔導馬車は運転席と客席で分かれていて、客席部分は予想より広く、快適な車内になっていた。客席は全部前向きで3列あり、前からスミナとアリナ、レモネとソシラ、ガリサとドシンで座る事にした。エルはソシラの希望でソシラの膝の上に置かれる事になった。
「皆さん準備は大丈夫ですか?それでは出発します」
ヘガレが確認してから魔導馬車は動き出す。王都の道路は舗装されてはいるが、馬車だとそれなりに揺れていた。だが、魔導馬車は自動車のように設計されているのか、揺れは殆ど感じなかった。
「凄い、これが魔導馬車なんだね。全然揺れずに動く。これが魔法の力で動いてるんだよね」
ガリサが興奮気味に言う。
「私も見た事はありましたが、初めて乗りました。いい乗り心地です」
レモネも乗った事は無いようだ。スミナもこれなら運転出来るだろうし1台欲しいと思った。
「魔導馬車が凄いのは魔力を持った物なら道具でもモンスターの素材でも燃料に出来ますし、いざとなれば人が直接魔力を注いで動かせるところなんです」
ヘガレが説明する。エルのように太陽光から魔力を補給は出来ないようだが、それでも素材などでいいなら燃料に困る事は無さそうだなとスミナは思う。
「改めて、今回の遺跡調査依頼について説明します。まず、この調査は王国からの正式な依頼となり、基本の報酬は一般的な冒険者に依頼する場合と同様の報酬額となります。それに加え、モンスターなどを倒した場合はそのモンスターの強さと数によって追加の報酬があります」
ヘガレが運転しながら依頼についての説明を始める。見かけ通り真面目な性格なのがよく分かった。
「あと、今回の特別な条件として、遺跡で発見した魔導具、魔導書、その他道具に関しては希望があれば各自が持ち帰っていいとします。基本的に発見者に権利が行きますが、それぞれ欲しい物は異なると思いますので、そこは話し合いでお願いします。
ただし、特級の魔導具や魔導書、歴史的に価値がある道具については王国が回収しますので、そこは了承して下さい。また、モンスターの素材に関しても王国が引き取るという条件でお願いします」
調査依頼の条件としては破格だとスミナは思う。遺跡を独自に探検するトレジャーハンターは個別の報酬が無い分、見つけた物は全て自分の物に出来る。一方、王国の調査の場合は国からの報酬のみで、見つけた物は国の所有物になるのが普通だ。アスイが先導して行う調査なのでここまで許されているのだろうとスミナは思った。
「それと、申し訳ないのですが、ボクは遺跡調査に関しては素人に等しいです。今まで同行した事はありますが、調査の指示や敵や罠の確認などは出来ないと思って下さい。戦闘に関しても防御関連の魔法や回復魔法での援護は出来ますが、ボク自信が武器や攻撃魔法で戦う事は出来ないと考えて下さい。
本当は事務や書類仕事がボクの担当で、外に行くのは担当外なんですよ。ってここで愚痴ってもしょうがないですね」
ヘガレが情けない声で言う。恐らく違法貴族と学校襲撃の調査などで動ける人員がいなくて回されたのだろうと予測出来る。双子にしてみれば遺跡調査自体は指示される人がいなくても出来そうなので特に問題は無かった。スミナは一応フォローしておこうと考える。
「えーと、色々と大変なんですね」
「いえ、こちらの話はあまり気にしないで下さい。
まあ、言ってしまえばキミ達の好きにやってもらって構わないという事です。大抵の怪我でしたらボクの魔法で治せますし。首を斬り落とされたり、心臓を爆発されたりしなければ何とかするので安心して戦って下さい」
「それってうちのママぐらい凄くない?」
アリナの言う通り、回復魔法の使い手でも手足の切断などの対応が出来るのはかなり高度な魔法になる。双子の母のハーラは国内屈指の回復魔法の使い手で、どんな深い傷を負っても簡単に治していた。
「アリナさん達のお母様はハーラ様でしたね。ボクのなんて比較出来るほどの魔法じゃありませんよ。それに最近学校に聖女に選ばれた方が入ったと聞いてますよ」
ヘガレの言う聖女の話は聞いた事があった。聖女とは聖教会に仕える信徒の中で特別な魔法の使い手の事で、ハーラが結婚して聖女を止めた後はしばらく空白期間だった。そして、2年前ぐらいに少女が聖女に選ばれ、その子が今戦技学校の医療魔法科に入っているという。
「それでも凄い事には変わらないと思いますよ。しかし、そんな魔法が使えるのにどうして書類仕事を?」
「ボクは恐がりなんですよ。モンスターが近くに来ると逃げたくなってしまって、戦場では役立たずと言われ、落ちこぼれてたところを今の職場に拾われたんです」
ヘガレはそう言うが、特殊技能官でアスイの部下という事は、その能力を買われているのは確かだろう。実際、回復魔法の使い手がいない今のスミナ達のパーティーにはとてもありがたい存在だ。たとえ戦闘で役に立たなくても十分だとスミナは思った。
「まあ、ボクの話は置いておいて、何か質問とかあれば今のうちに答えますよ」
「今回の遺跡はどういった遺跡か分かってるんですか?」
「遺跡である事は地元住民からの情報で分かっているんですが、詳しい事は分かりません。ただ、数ヶ月前の地震で新たに見つかったものであるのは確かです」
スミナの質問にヘガレが答える。もしかしたら小規模でいい物は何も無い可能性もあるという事だとスミナは思った。
「私からもいいですか?モンスターが住み着いていると聞いてますが、どういうモンスターなんですか?」
レモネはモンスターについて質問する。
「それも、詳しい情報は無いのですが、知能が高いモンスターではないという話です。洞窟を巣穴にするタイプのモンスターだと思います」
「既にトレジャーハンターや冒険者が退治して、お宝も取られてるとかは無いでしょうか?」
「それは無いと思います。その遺跡へ行くには近くの村を通る必要があって、あまり人が立ち寄らない村だそうです」
ガリサの疑問に対してヘガレがそう答えるが、攻略されている可能性もあるのではとスミナは思った。ただ、攻略済みであっても隠し部屋や探索漏れもあるし、見てみる価値はありそうだとも思った。
その後はヘガレは運転に集中し、スミナ達は雑談しつつ遺跡へと向かった。魔導馬車の速度が予想より速かったのもあり、王都を出て2時間後ぐらいには遺跡の近くの村に着いていた。ヘガレが村人に確認すると、特に遺跡に入った人はいないという事だった。ヘガレは魔導馬車で行けるところまで遺跡へと近付く。
「魔導馬車が行ける道はここまでみたいですね。あとは徒歩で行きましょう。すぐに使わない荷物は馬車に置いていって大丈夫です。盗難防止対策は出来てますので」
ヘガレに言われて一同は馬車を降りる。みんなそんなに大荷物では来ていなかったので馬車には予備の食料だけ置いて出る事にした。
「こっちみたいですね」
ヘガレが先導して遺跡があると思われる方へ進んでいく。前方は斜面で木々が生えた小さな山のような景色だ。確かに地元民以外はこの先に遺跡があるなんて思わないだろう。少し進むと開けた場所に出て、山肌に洞窟の入り口が空いているのが見えた。
「あれだと思います。周囲にモンスターはいないみたいです。すみませんが、洞窟ではボクは先導出来ませんので、誰か前に立って貰えますか?」
「じゃあ、俺がやるよ。こういう時は戦士か探検家が先頭に立つものだしな」
「ここからはみんな鎧を着けて、武器もすぐに使えるようにしましょう」
ドシンが先頭に立つ表明をし、スミナは皆に準備を呼びかけた。魔導鎧を持つ双子とレモネとソシラは腕輪の魔導具を発動させて魔導鎧を装着する。スミナとアリナは以前と同じ青と紅色の動きやすい鎧姿になる。
レモネは髪色に近い濃い紫色の魔導鎧で、双子よりはしっかりした鎧だが、二の腕と太ももは動きやすさの為か肌が露出していた。武器の魔導具は形が変わる物なのか、まだどういった物か分からず、左腕には小型の盾の魔導具を装着していた。
ソシラの魔導具は見た目は魔術師のローブに近く、上半身の鎧と腕当てと足当ての部分だけしっかりした鎧になっていた。見た感じ動きやすさは重視されていない。武器の魔導具は変形して長い棒状になっていた。刃は見当たらず、ソシラの魔導具も戦闘時に本来の姿になるのだろう。
「皆さん、準備は出来ましたか?目標としては今だいたい午前10時前ですので、お昼までに大まかな構造を把握し、昼休憩を取ってから2~3時間で細かい調査をしましょう」
武器に魔法のメイスを持ったヘガレが予定を話す。とても戦えるようには見えないので、あくまで護身用なのだろう。
「それじゃあ、行くぞ」
魔法の灯りを手にしたドシンが洞窟へと入って行く。洞窟自体は自然に出来たものらしく、遺跡のようには見えなかった。広い洞窟で入口は高さ10メートルぐらいはあった。地面にはモンスターのものと思われる足跡のような窪みがいくつかあった。
「アリナ、何かいそう?」
「多分、大した敵はいないと思う」
小声でアリナに危険は無いか確認すると、問題無さそうな返事が返ってきた。スミナも今のところエルに感じたような貴重な魔導具の感覚は感じていなかった。
ドシンを先頭にじめっとした洞窟をしばらく進む。中に灯りは無く、今のところ遺跡らしさは無かった。と、ドシンが歩くのを止めた。
「何かいるぞ」
確かにカサカサと何か音がし、ドシンが前方を照らす。すると何かが大量にこちらに振動を伴って近付いて来た。
「モンスターだ、戦闘態勢!!」
ドシンが叫び、先頭の1体がドシンに向かって飛び跳ねた。ドシンはそれを盾で弾く。それは1~2メートルぐらいの大きさのバッタのような茶色い虫のモンスターだった。
「何それ、キモチ悪い!!」
アリナが悲鳴に近い叫びを上げる。
「ジャイアントクリケット……。そんなに強く無い。ただ、集団で襲ってきて繁殖力が高い……。あと、魔法が効きにくいし、皮膚も硬い。顎に注意すれば大丈夫……」
ソシラがモンスターの情報を教えてくれる。虫の種類としてはカマドウマに近く、それの巨大版なので脚が長く見た目は気持ち悪い。
「あたし無理かも」
「私もちょっと戦いたく無いです」
「魔法が効かないとなると私も戦力外で」
アリナとレモネとガリサが戦う事を放棄する。スミナも虫は直接触りたくは無いが、戦うのが無理なほどの拒絶では無い。
「みんな情けないな」
「わたしが戦います」
「私も戦う……」
「ボクは皆さんに防御の魔法だけかけておきます」
結局戦う事になったのはドシンとスミナとソシラの3人だけになった。とは言っても、この程度のモンスターならスミナ1人でも十分ではあった。
「手本見せる……」
最初に動いたのはまさかのソシラだった。ソシラは巨大虫の群れの方へと進み、それに虫が反応して跳ねて襲い掛かった。が、ソシラがいた場所には魔法で作り出した虚像だけが残り、虫の背後にソシラ本体が現れた。ソシラの祝福である虚像への移動を使っているのだ。ソシラは長い棒状の魔導具から魔力の刃を鎌のように出し、鎌で巨大虫の頭を次々と斬り落としていった。ソシラは巨大虫の頭と胴体の間の隙間が弱点だと教えているのだろう。
そして移動したソシラは攻撃されそうになると別の場所に現れるという、本人が殆ど移動せずに攻撃を繰り返す手法を見せた。みるみるうちに巨大な虫のモンスターは次々と倒されていく。
「俺も負けてられねー」
ドシンも右手に長剣、左手に盾の騎士スタイルで巨大虫に突っ込む。剣で斬り、襲い来る虫は盾で飛ばし猪のように突き進んでいった。スミナも後れを取るわけに行かず、魔法の長剣を抜いてドシンに続いた。とりあえずドシンとソシラが残した虫を斬っていくが、効率が悪いとスミナは思う。
(集団戦の連携を考えないと)
スミナはソシラとドシンの攻撃方法を見てどうすれば効率的か考える。敵は集団戦を行うが、知能が高い訳では無く、あくまで数で近くの敵を襲うだけだ。魔法が効くなら一度に広範囲魔法を使えばいいのだが、魔法は効きにくい。そうなると広範囲に攻撃を出来る武器でまとめて倒すのが一番だ。
「ドシン、敵の真ん中でしばらく防御して貰っていい?」
「いいが、囮役って事か?」
「そう。ソシラ、奥側の敵をお願い」
「分かった……」
即席の簡単な作戦をスミナは伝える。ドシンは突進を敵の真ん中で止め、そこで囮役を行う。防御に徹したドシンに集団で襲い掛かる巨大虫たち。アリナでは耐えられない光景だろう。スミナは敵がドシンに集中しているのに対して魔法技で剣の威力を高めて高速移動して一気に複数の敵を切り裂いていく。ソシラもスミナの反対側に移動して、鎌で一気に複数の敵を切り裂いていった。虫はドシンを襲うのを止めず、どんどん数を減らされていくのだった。
「こんなもんだな」
数が減ったのでドシンも自分で近くの敵を斬り倒す。辺りには巨大虫の死体が大量に転がっていた。
「ここ通らないとダメなんだよね……」
アリナが近付いて来て嫌そうな声を出す。レモネとガリサもアリナ同様虫の死骸には近付きたく無さそうだった。
「これ、燃やしちゃってもいいですか?」
魔法耐性があるモンスターも死後は魔法で処理出来るのでスミナがヘガレに確認する。
「いや、ジャイアントクリケットは素材として結構優秀なんだ。あとは新鮮な肉なら食料にもなるし、薬としても珍味としても使える部分が結構あるんだよ」
「でも、このままだと人が通るのも大変ですし……」
スミナも魔物食が栄養源として優秀で、専門のレストランがあるのは知っているが、わざわざ食べに行きたいとは思わなかった。
「女子どもは情けないな。おっさん、俺達で道の端に寄せちまおうぜ」
「おっさんって、ボクはまだそんな歳じゃないぞ」
そう言いつつドシンとヘガレが巨大虫の死骸を洞窟の通路の端へと寄せていく。ソシラは肉体労働をしたくないようで、その様子を見守り、スミナもやはり手で触れるのは嫌なので汚れた剣や鎧の手入れをしてそれを待った。
数分経って男性陣が死骸の対応を終わらせた時だった。
「キャーーッ!!」
誰か女性の悲鳴が聞こえる。スミナは声のした方へアリナと共に向かう。そこにはソシラとレモネの姿があった。レモネが怯えているので、叫んだのがレモネだと分かる。
「何かあったの?」
「そ、それ……」
レモネが洞窟の脇の壁の窪みを指差す。
「うわぁ」
「あー」
スミナもそれを見て叫んだのを納得した。そこには薄黄色の20センチほどの虫の卵と思われる物がびっしりと詰まっていたからだ。
「ジャイアントクリケットの卵……。こういう窪みに沢山ある。食料としては栄養たっぷり……」
「絶対食べないよ、こんなの」
スミナもアリナと同意見だった。食べないと飢え死ぬなら、飢え死ぬ方がマシだとさえ思えてしまう。よく見ると小刻みに動き、そのうち幼虫が産まれるかもしれない。
「ああ、卵ね。持ち帰りたいところだけど、孵化すると厄介だからこれは燃やしていいよ」
「燃やす?」
「うん、お願い」
ヘガレが燃やしていいと許可が出たので、スミナはソシラにお願いする事にした。ソシラは炎の魔法で綺麗さっぱり卵を燃やし尽くした。そして、他にも卵がありそうな場所を確認して燃やしていく。スミナはあまりこういう事はしたくなかったのでソシラの存在がありがたかった。
「それじゃあモンスターの処理も出来たし、遺跡調査を再開しようか」
「でも、今のところ遺跡っぽさが無くない?」
アリナの言う通り今のところはただの広い洞窟でしかなかった。
「えーと、村の人が言うには、この洞窟の奥に人工物の階段が見つかったって話だ」
「とりあえず進んでみようぜ」
再びドシンを先頭に洞窟を進んでいく。
「あったぞ、階段」
広い洞窟を数分歩くと、左側の壁が崩れ、そこから人工物の階段があるのが見えた。階段は中途半端に繋がっている感じで、元はちゃんと遺跡と外を繋ぐ通路があったが、それが崩れて大きな洞窟だけ残ったように感じた。
「奥に魔法の灯りも見える。魔導遺跡なのは確かみたい」
「見たところ先客もいなそうですね。無駄足にならずに済みそうで良かったです」
階段に足跡も無いので、ヘガレの言う通り遺跡が発見されてから誰かが調べた様子は無いように感じた。それと同時にスミナは奥から何かを感じる。他の人が何も言わないので、恐らく珍しい魔導具か何かをスミナは祝福で感知しているのだろう。スミナはアリナに視線を送ると、アリナは笑顔で返したので、大きな危険は無さそうだと判断した。
階段は思ったより深く続いていて、15分ぐらい階段を降り続けた。階段を降りるに連れて壁も綺麗な物になり、遺跡としても立派な物ではないかと皆の期待も高まっていった。
「凄いな」
「神殿みたい」
階段の終着点は広い回廊に繋がっていた。そこは大きな柱が建ち並び、回廊の床石も磨かれていて、青白い魔法の灯りに照らされていた。
「魔導遺跡というよりは聖教会の神殿みたいですね」
「これって大昔に作られたんでしょ。そんな昔から聖教会はあったの?」
アリナが疑問を口にする。双子の母ハーラは聖教会に所属していたが、貴族になってからは教えを子供達に伝える事は無く、双子は聖教会の教義や成り立ちについて詳しく知らなかった。
「聖教会の歴史は古くて、古代魔導帝国より前の時代から続いている教えなのよ。だから、魔導遺跡に聖教会に関連する遺跡があってもおかしくないわけ」
ガリサが知識を披露する。
「ですが、結構珍しい遺跡ですよ。古代魔導帝国でも聖教会の神殿は地上に作られていて、遺跡として見つかったものは片手で数えるぐらいしかないそうですから」
「そうなんですね。じゃあ、珍しい資料や道具があるかもしれないですね」
ヘガレの話を聞いてガリサは興奮する。が、そうも言っていられなくなった。
「ガーディアンが来るよ。みんな戦闘準備」
アリナが敵の気配を察知してみんなに伝える。柱の裏から次々と何かが現れた。それは脚部が3つの車輪で移動し、上半身は人間に近い形状で右手にランス、左手に盾を持ち顔は馬を模していた。20体ほどが回廊に整列し、動きを止める。
「印を示して下さい。印が無いのなら立ち去って下さい。1分以内にどちらかの行動を示さなければ侵入者として対処します」
中央のガーディアンから中性的な声で警告が出される。ここを通るには何かの印が必要なのだろう。
「印って何だろう」
「建物の作りから聖教会のシンボルに関連した物だとは推測出来ます。ですが、誰もそういった物は持ってないですよね」
ヘガレの言う通り聖教会の信者はここにはおらず、関連するアイテムも誰も持っていなかった。
「どうしよっかお姉ちゃん」
「ここまで来て引き返すのも辛いよね」
ガーディアンの記憶を読めれば対策が分かるかもしれないが、そんな時間は無いなとスミナは思う。となると結論は一つだった。
「ヘガレさん、倒しちゃっても大丈夫ですよね」
「遺跡のガーディアンに対しては破壊していいと国王から許可は得ています」
「分かりました。倒しちゃいましょう、皆さん」
自然とスミナが指揮を取り、後方支援のガリサとヘガレ以外は前に進んだ。エルも戦闘に参加は出来ないので邪魔にならないようにガリサのそばで待機している。
「今度は役に立つからね」
先ほど虫を嫌っていたアリナが速度を上げてガーディアンに近付き、同じく戦闘していなかったレモネもそれに続いた。
「敵対行為とみなし排除します」
ガーディアンの目の色が赤に変わる。先行した2人に対して扇状に取り囲むようにガーディアンは動き出した。ガーディアンは速度を上げ武器のランスでアリナを貫こうとする。
「遅いよ」
アリナはランスを掻い潜り魔法の短剣でガーディアンの首を落とした。
「どりゃああ」
その横ではレモネが可愛らしい声で魔導具の武器を大型の斧の形に変形させてガーディアンの胴体を次々に切り裂いていた。レモネの魔導具は斧の刃の先端だけ魔法が発動して威力を増しているようだ。
先行する2人が凄い速度でガーディアンを倒して行く。遅れを取ったスミナ達も追うように交戦に入り、ガーディアンを倒して行った。集団で速度を上げてランスで突撃するガーディアンの攻撃は脅威で、盾を使って集団での防御は硬いが、1体ずつなら脅威ではなかった。後方支援のガリサとヘガレも魔法で敵の動きを鈍らせたり、防御力の上がる魔法を使ったりで狙われた人を適切に援護してくれた。
「お姉ちゃん、増援が来る」
アリナの言う通り、柱の影から再びガーディアンが現れた。数で敵を疲弊させて倒すように作られているのだろう。しばらく戦い続けるとガーディアンが全滅する前に増援が来るのが数回繰り返された。スミナは戦いながら見ていると、身体の一部が破壊されたガーディアンが静かに柱の裏に逃げていくのが分かる。壊れても修理して戻って来るのかもしれない。
「あまり強くは無いですが、キリが無いですね」
「完全破壊しないと修理して戻って来る気がします」
レモネにスミナは分かった事を告げる。
「疲れて来た……」
「無限に湧いてくるんじゃないか?」
体力が無いソシラが不満を告げ、ドシンにも少し疲れが見える。スミナはこのままじゃ埒が明かないと思い、自分がどうにかしないとと思った。
「アリナ、ガーディアンを指示している部屋がどこかにあると思う。そこを壊しに行こう」
「なるほどね、いいよ」
「そういう訳で、わたしとアリナで指示している機械を壊しに行きます。皆さん、しばらく耐えて貰っていいですか?疲れたら階段に避難してもいいので」
スミナは自分達で何とかしてくる案を提示する。
「了解です。これぐらいならいい運動になるので大丈夫です」
「俺も大丈夫だ」
「早く壊してきて……」
前線の3人からは了承される。
「私も出来るだけ頑張るから、お願いね」
「皆さんの怪我は責任もって治しますので、お願いします」
ガリサとヘガレからも了承が得られた。遺跡にそこまで脅威は無さそうなのでエルはこのまま支援組と一緒にいてもらう事にする。
「行くよ、アリナ」
「りょーかい!!」
スミナとアリナは速度を上げてガーディアンを突き飛ばしながら回廊の奥へと向かう。2人の速度にガーディアンは追い付けない。
「アリナ、部屋がどこか分かったりする?」
「うーん、あんまり危険を感じる場所は無いな。どこも同じぐらい」
「そっか、ならわたしの勘で行くしか無いね」
正直案は出したが、絶対にガーディアンを止められる自信はスミナには無かった。それでも今までの経験から自立していないガーディアンはどこかで管理されていると信じて突き進むしかなかった。スミナは自分が感じている重要な何かがある方向に管理室もあると信じて進んでいく。
「お姉ちゃん、敵」
「分かった」
回廊の奥に階段があり、それを降りているとアリナが危険を告げる。階段を降りた通路には確かに先ほどのガーディアンより大きい、3メートルほどの騎士を模したガーディアンがいた。ガーディアンは2人を見つけると問答無用で剣を振り下ろす。双子は左右に分かれてそれを避け、示し合わせたようにアリナが首を斬り落とし、スミナは胴体を深く斬っていた。2人の攻撃でガーディアンは動かなくなる。
「歯応えないね」
「今は急がないと」
それなりに強い筈のガーディアンだが、今の双子にはそれほどでは無くなっていた。降りて来た通路にはいくつもの扉があり、どれを開けようかスミナは気配を探る。奥に立派な装飾のある扉があるが、そこには何も感じ無かった。そして自然と引き寄せられるようにスミナは左側にある3つ目の扉に近付いた。
「お姉ちゃん、ここ?」
「分からない。でも何かがある」
アリナは特に危険を感じないようだ。スミナは魔法の鍵を祝福の力で解除する。そして扉を開いた。
「当たりみたいだね、お姉ちゃん。壊しちゃう?」
「動かせるかもしれないし、それっぽい装置に触ってみるよ」
部屋は廊下と打って変わって他の魔導遺跡と似たような魔導文明の雰囲気の部屋だった。壁際に赤や緑に光る魔導機械が動いていて、レバーやボタンが並んでいる。これがガーディアンを動かしている装置なのだろう。
スミナはそれに触ると機械の動かし方が分かり、ガーディアンの侵入者撃退命令をボタンで解除した。それと同時に魔導具のカメラを起動させるとガーディアンと戦っていた回廊や降りて来た廊下、その他の部屋の様子がプロジェクターのように壁に映し出された。
「多分映像が映っている場所に貴重な物があるんだと思う」
「装置の記憶は見ないの?」
「見てみるからアリナは見張ってて」
「分かった」
スミナは遺跡の装置に再び触り、完成時の記憶から見てみる。
装置はこの部屋で完成し、動作を始めていた。
「無事作動しました。これで聖教会の秘宝は後世に残るでしょう」
「ありがとうございます」
魔法使いのローブを着た青年と聖教会の紋様の入ったローブを着た聖職者と思われる初老の男が装置の前で会話している。やはりこの遺跡は聖教会の為に作られたもののようだ。
「あとは例の物を運び込めば次に異界災害が起きても対処出来るでしょう」
「私はあんな物を使う必要が二度と無い事を祈ります」
そして2人の会話はそこで終わり、この部屋を出て行った。数日後まで時間を進めると、何か2メートル程の長い大きな箱が複数の聖職者達によって運び込まれる。それはこの部屋の奥へと持って行かれた。その後は殆ど人の出入りは無く、数百年の間部屋の扉は閉じられる事となっていた。スミナは記憶を読み終わり、その内容を伝える。
「アリナ、ここはやっぱり聖教会の為の建物らしい。あと、この部屋の奥に何かある」
「何かってお宝?」
「分からない。でも、嫌な予感がするから、みんなが来る前に確認しておきたい」
スミナは記憶の会話から、恐ろしい武器か何かが隠されたのではと予測している。スミナが感じている強い感覚も部屋の奥からしているからだ。
「アリナ、この奥だけど危険は感じない?」
「うん、罠も無いと思うよ」
部屋の奥に隠し扉があり、スミナはそこに危険が無いかアリナに確認した。スミナはゆっくりと隠し扉を祝福の力で開ける。そこは小部屋になっていて、台に記憶で見た長い箱が置いてあった。
「開けるよ」
スミナはその箱を開く。そこには長細い槍に似た魔導具が入っていた。それが凄まじい力を持つ道具である事が触らずともスミナには分かった。
「なんか、凄い魔力だね。あたしでも何となく分かるよ」
「触ってみるから、また周りを警戒してて」
「うん」
アリナに警戒を頼みスミナはその棒状の魔導具に触れる。触れた瞬間、真黒な闇に塗り潰されるような感覚に陥り、スミナは倒れそうになったところをアリナに支えられた。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、ちょっと予想外の感覚に戸惑っただけ。このまま支えててもらっていい?」
「勿論だよ」
アリナに支えられるだけで、スミナは心強さを感じた。スミナは再びゆっくりと魔導具に触れる。今度はその魔導具がなんの為に作られたものか理解出来た。強大な敵を大地に縛り付けて封印する為の魔導具だ。スミナは魔法でのモンスターの封印については知っていたし、封印されたモンスターも見た事があるが、それとは大きく異なった魔導具である事を理解する。
「これは敵を封印する為の魔導具みたい。記憶も見てみる」
「分かった、気を付けてね」
アリナも少し心配なようだ。スミナは決意して魔導具の記憶を見た。
そこは聖教会の神殿のような施設だった。魔導具は中央の祭壇のような場所に置かれて完成した。そして周りには聖教会の聖職者と魔術師と思われる者が複数人混ざって立っていた。よく見ると祭壇の奥に大量の棺桶が並んでいる。そこには沢山の人が眠るように亡くなって入っていた。
「これで封印兵器は完成です。間に合ってよかった」
魔術師と思われる老人が言う。顔からはかなりの疲労が感じられた。
「本当にこれで正しかったのでしょうか。信徒の命と引き換えに魔導具を造るなんて」
「封印兵器が無ければもっと多くの人が亡くなる事になります。それに、志願してくれた方は病気や怪我や寿命でどちらにしろ長く生きられなかった方です」
「神よ、この者達の魂が良き世界に辿り着けますように」
聖職者と老人が話し合う。封印兵器と呼ばれるこの魔導具には人の命が使われて作られたようだ。棺桶には確かに老人が多く入っていた。
そして封印兵器はその後入ってきた若い女性に渡される。女性は白い魔導鎧を身に着け、鎧には聖教会の紋様が入っていた。
「聖騎士セリヤ、封印兵器を貴方に託します」
「受け取りました。神の名のもとに異界災害を封印して参ります」
「お願いします」
セリヤと呼ばれた女性が槍のような封印兵器を受け取り、神殿を出ていく。白い鎧の騎士を沢山引き連れ、セリヤは空が禍々しい紫色に染まった場所へと複数の魔導馬車で向かう。自然豊かな景色はその場所に近付くに連れおどろおどろしく変化していった。それはまるで世界が一度溶け、別のものに変わっていくようだった。
「聖騎士様、車で移動出来るのはここまでです。これ以上は異界の影響を受けて動作しなくなります」
「分かりました、徒歩で急ぎましょう」
騎士達は魔導馬車を降り、変色した平原を進んでいく。すると騎士達と異形の化け物が交戦している場所に辿り着いた。
「聖騎士様、この辺りはもうモンスターも眷属化しております。眷属の相手は我々がしますので、先をお急ぎ下さい」
「皆様、気を付けて」
セリヤは精鋭と思われる数人の騎士を引き連れて戦場を抜けていく。進めば進むほど世界は歪み、襲ってくる化け物も形が崩れて醜くなっていく。
そしてセリヤは辿り着いた。そこには巨大で、おぞましい
スミナは初めて記憶の再生が止まっていた。それは本能で見てはいけないと感じたからかもしれない。スミナは時間を進めて問題無いと思われる場所から再び記憶を見る。
そこには汚れて傷だらけになったセリヤと、地面に刺さった封印兵器と、真黒な巨大な山が映っていた。世界は元の青空に戻り、周囲の景色も荒れてはいるが、普通の世界の景色だった。やがて、白い騎士達がセリヤと封印兵器を回収していき、封印兵器はしばらく神殿に隠された後、地下の神殿へと場所を移されたのだった。
記憶を見終わったスミナは吐き気を耐えて、何とか正常を保つ事が出来た。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ちょっと危なかったかも。これは、思ったよりもヤバい物かもしれない」
スミナは簡単にアリナに見た内容を話す。そして、異界災害を正視出来なかった事を伝えた。
「どうする、ヘガレさんに話す?」
「アスイさんの部下だから、ある程度知ってるかもだけど、全部話すのはやめておこうかな。アスイさんに渡すべき危険物があったとだけ伝えようと思う」
「持って帰るの?」
「多分残しておくともっと危険だから、あと、少し休みたいかも」
スミナはアリナに支えて貰わなくても大丈夫になったが、流石にこのまま調査するのはキツイと感じていた。
「分かった、先に伝えてくるから、ゆっくり登って来て」
「ありがとう」
アリナが小走りで部屋を出ていく。スミナは改めて部屋を見回し、聖教会が魔族とは別の敵とも戦っていたんだなと思った。部屋を出て階段を登ろうとすると、使い魔姿のエルだけが階段を降りて来た。
「マスター、大丈夫ですか?」
「ありがとう、エル。もう大丈夫だよ。でも、なんで分かったの?」
「マスターの健康状態はワタシに伝わって来ますので。何かあればすぐに呼んで下さい」
「うん、危ない時は呼ぶから」
肩に乗ってきたエルをスミナは撫でる。柔らかい毛並みはスミナの心を癒してくれた。
流石にエルでも記憶を見ている状態を助けてもらう事は出来ないだろう。と、スミナはエルが来たので聞いてみる。
「エルは封印兵器って知ってる?」
「封印兵器ですか?そのような名前は聞いた事がありません」
「そうなんだ、ありがとう」
エルが知らないという事は、エルが造られたもっと後の時代に作られた物なのだろう。スミナは封印兵器の事を考えながら階段を登っていく。
広い回廊に戻ると、ガーディアンは動きを止めて石像のように立っていた。
「スミナ、お帰り。疲れたってアリナに聞いたよ」
ガリサが心配してスミナに駆け寄った。
「うん、ちょっと止めるのに苦労してね。みんな大丈夫だった?」
「ああ、これぐらいは楽勝だぜ」
「それでも早めに止めて貰えて助かりました」
「疲れた……」
唯一ソシラだけは体力の限界のようで床に座っていた。
「管理室を見つけたようですし、一旦地上に戻ってお昼休みにしましょう」
ヘガレの提案で地上に戻る事になる。階段を登っている時、スミナとヘガレが最後尾でみんなと少し距離が離れたのでスミナは小声で話しかけた。
「ヘガレさん、かなり危険と思われる魔導具を管理室で見つけました。多分アスイさんの所へ持って行った方がいいです」
「そうなんですか。今回は聖教会関連の遺跡みたいですし、本格的な調査は我々じゃない方が良さそうですね」
ヘガレも何となく察したのか、ここを深く調べる気は無くなっているようだった。
「荒らされると困るでしょうし、他にも貴重品が無いかは確認した方が良さそうです」
「そうですね、皆さんが調査している間に連絡を入れておきます」
ヘガレは気が回るので、アスイさんに頼りにされていそうだなとスミナは思った。
外に出るとスミナの気持ちも晴れ、昼食を食べ終わった頃には普通に戻っていた。
「皆さん、申し訳無いのですが、この遺跡は聖教会に関わりが深い遺跡のようで、細かい調査は聖教会にしてもらおうと思います。なので、持ち帰り出来る物もかなり限られると思って下さい」
「そっか、そうなりますよね……」
昼食後のヘガレの話を聞き、ガリサは明確に落ち込んでいた。
「ただ、貴重品は誰かに盗まれないように持ち帰っておきたいので、その調査を午後はお願いします。ガーディアンはもう動かないと思いますので、手分けして行ってもらえれば」
「分かりました。調査の方は任せて下さい」
スミナが代表して答える。再び遺跡に戻り、管理室がある廊下までヘガレ以外は降りて来た。
「手分けするってどう分かれる?」
「本とか遺跡に詳しい人が1人はいた方がいいし、わたしとガリサは別かな。となると、わたしとレモネさんとソシラさんの3人で組んで、残りの3人が組むのはどう?」
スミナの意見に皆同意したので、午後は3人ずつで分かれて調査する事になった。アリナ達が通路右の部屋を、スミナ達が左の部屋を順々に調べていく事にする。
「2人は遺跡調査は初めて?」
「はい、モンスターのいる洞窟は入った事はありますが、遺跡は初めてです」
「もうモンスターいないみたいでつまらない……」
ソシラは遺跡自体に興味は無さそうだ。部屋はやはり聖教会関連のもので、教会の紋様が入った調度品や装飾物が置かれていた。スミナは特に価値があると感じた物をピックアップして袋に詰める。
「スミナさんは目利きも出来るんですね」
「ちょっとした特技でね。でも、レモネさんも結構見る目がありますよね」
「私は親から教わったので。物の価値は見た目の美しさだけでは無いって」
スミナの場合は祝福による目利きだが、レモネは経験とセンスでスミナが価値があると思った物を見事に選んでいた。一つ目の部屋はあらかた確認し、次の部屋へ移動する。
「これは聖教会の騎士の鎧ですね」
「武器もある……」
次の部屋は武器と鎧が保管された部屋だった。朽ちた武器や鎧もあるが、ちゃんとした魔法の武器や魔導具の武器や魔導鎧もあった。流石に魔導馬車に全部は乗らないので、本当に珍しい物だけ持ち帰る事にする。
「これは……」
部屋の一番奥に立派なケースに飾られた魔導鎧と思われる腕輪があった。それが記憶で見たセリヤの魔導鎧である事がスミナには分かる。
「ここで一番価値がありそうな物ですね。スミナさんが見つけたのなら、スミナさんが持ちかえればいいんじゃないですか?」
「いや、これは聖教会に渡そうと思う」
普通の魔導具なら報酬として受け取れるが、スミナにとってこの魔導鎧は過去の英雄が着ていた物なので持ち帰る気にはならなかった。
「それより色々武器があるけど、気に入った物はあった?」
「私は今使ってる武器が手に合ってるので、他に貰おうとは思いません」
「私もいらない……」
「そういえば2人の武器も恐らく魔導帝国時代の遺物だと思うけど、どこで手に入れたの?」
スミナは自分が見つけたレーヴァテインほどでは無いが、2人のも相当価値のある武器だと思い質問する。
「私もソシラの親も何だかんだ親バカで、2人でモンスター退治するようになった時に貰ったんです。私は特殊な武器を扱う武器屋に連れて行ってもらって、この中で好きなのを一つ買っていいって」
「私は父親が色々珍しい武器を集めてた……。一番使いやすいのを持って行けって言われた……」
「そうなんですね。なら、武器を変える事は無さそうですね」
スミナも父親に買って貰った魔法の長剣を愛用している。しかし、魔族と戦うとなると、レーヴァテインが必要だと思い複雑な気持ちになった。
「ここも書庫ですね」
「保存状態はあまり良くないですね」
レモネが本棚に近付いて言う。残りの左側の部屋は書庫で、本や書類や手紙などが保管されていたが、どれも年数が経っているので保存状態は微妙だった。価値のある物もあるが、価値といっても聖教会としての価値がある物なのでスミナ達はそこまで興味を惹かれなかった。
「触ると崩れたり破れたりするので、調査は王国の方に任せてこのままにしておきましょう」
「魔物の本も無さそう……」
ソシラも少しだけ自分が見たい本が無いか期待していたようだ。
「ここが最後ですね」
左側の部屋の調査が思ったより早く終わり、スミナ達はアリナ達より早く中央奥にある豪華な扉の部屋の前に来ていた。スミナは扉の鍵を開け、中に入る。
「礼拝堂ですね」
そこは長椅子が複数並んだ、聖教会の礼拝堂になっていた。中央に聖教会の紋様のシンボルが飾ってある。聖教会の神は姿を現さないので、神像のような偶像は無いとスミナは母から聞いていた。そして礼拝堂の脇には大きな絵画が並んで飾られていた。どれも聖教会の偉人を描いた物らしい。その中に一つだけ変わった物があり、スミナは自然とそれに近付く。
「これは……」
それがスミナが記憶で見た聖騎士セリヤの姿である事が分かる。手には多少変化して描かれているが封印兵器が握られていた。そして、セリヤの向かいには大分形を変更された異界災害の化け物の姿が描かれていた。記憶で見た物に比べれば子供騙しではあるが、それでも禍々しさが感じられる化け物として描かれていた。
「封印戦争……」
「え?」
ソシラが封印戦争という聞いた事の無い単語を出したのでスミナは驚く。少しだけ残っていたソシラへの警戒がスミナの中で上がっていく。
「ソシラ、この絵が何だか知ってるの?」
「うん、昔親に聖教会に連れていかれた時に話してるのを少しだけ聞いた。化け物を封印した聖騎士がいたのを……」
「その戦いを描いた絵なんですね」
スミナは初めて知ったような反応をする。ソシラの話から聖教会には今もこの戦いがあった事が記録として残っているのだろう。母であるハーラに聞けば教えてくれるかもしれない。それならソシラの反応は普通だなとスミナは納得した。
「へー、ここはこうなってたんだ」
遅れてアリナ達が礼拝堂に入ってきた。
「どうだった?何かいい物はあった?」
「それがさー、ガリサが魔導書の部屋から中々動かなくて」
「だって、凄い量なんですよ。貰えないにしても、どんな魔導書があるか気になるじゃないですか」
「アリナと2人して引きずり出して何とかここまで来たんだぜ」
ドシンとアリナは呆れ顔をしていた。ガリサはまだ未練たらたらだった。
「凄い絵画だけど、これは持ち帰れないよねー」
「ヘガレさんが連絡してるんで、多分聖教会の人が取りにくると思う」
スミナは絵画が価値のある物だとは分かるが、やはり一般的にというよりは聖教会にあってこその物だろうと思った。
「調査はどうでしたか?」
礼拝堂で休んで少しするとヘガレがやって来た。スミナ達はヘガレに調査した内容を話す。
「なるほど、書物関連は丁重に扱える人が来るのを待った方が良さそうですね。王国には連絡したので、王国の調査隊と聖教会の方が共に後日来ると思います。とりあえず運び出せる分だけ貴重な物を運び、入り口に王国が調査している遺跡だと注意書きを残しておきましょう」
ヘガレが対応を話し、スミナ達はどれを持ち帰るか話し合いつつまとめて行った。特に重要な封印兵器はスミナとアリナで2人で持って行く事になった。最後にヘガレが遺跡の入り口にモンスターが入れないように簡単な結界と侵入者に対する防犯関連の魔法を設置して地上に戻るのだった。
外に出るといつの間にか夕暮れ時になり、魔導馬車での帰路は特にモンスターに襲われる事も無かった。
「あとはボクが責任もって持ち帰ります。皆さんありがとうございました。希望の品や魔導具に関しては許可が出たら報酬と一緒にお届けします」
「いえ、こちらも貴重な遺跡が見れてよかったです」
スミナは良くも悪くも貴重な記録が見れた事が最大の収穫だった。
「アスイ先輩にもよろしく言っておいて」
アリナも遺跡調査に来た事自体はそれなりにいい経験だと思ったようだ。個々にお礼を言って、双子達は解散して寮に戻るのだった。