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16.カジノ潜入

 トミヤとメイルから説明された仕事内容は、カジノに潜入して貴族の裏帳簿を取ってくるという事だった。王都のソードエリアには貴族しか入れない貴族専用のカジノがあり、そこの支配人と問題の貴族が繋がっているのだという。カジノの金庫は王城の宝物庫と同レベルの警備態勢で、金庫以外にも特別な顧客用の専用室が貸し出され、そこに表に出せない書類や物を隠すのに使っている事が分かっている。


「本当にそこにその帳簿があるんですか?普通なら自分の手の届く範囲に隠すと思いますが」


「帳簿がそこにあるのは間違いない。というより、他の場所は国の監査部隊が徹底的に調べても表の帳簿しか見つからなかったんだ。で、その貴族オビザがここ数ヶ月出入りが多かった場所で、調べられないのがカジノだけだという事だ」


 トミヤがスミナの疑問に答える。


「その監査部隊が甘いだけじゃない?」


「お嬢様は知らないかもしれませんが、我が国の監査部隊はかなり優秀で、疑われた貴族は屋敷の隅から隅まで調べられ、ゴミ一つ見落とさないと言われています。特にロギア王が国王になられてからは不正に対して厳しくなり、監査部隊によって多くの腐敗した貴族が除名させれました」


 メイルの話している内容はスミナも知っている話なので、それでも見つからなかったというのは本当なのだろう。


「でも、場所が分かっているのなら、監査部隊が直接カジノを調べれば終わる話だと思いますが」


「国王の命令であっても、そのカジノを調べられないのが問題なのさ。元々このカジノは外国のお偉いさんを接待する目的で作られていて、ここでは国同士の極秘のやり取りも過去に行われていた。そんなわけでカジノの支配人と王族は親密な関係で、正面から調べる事なんて出来ないんだと。監査部隊がカジノに近付きでもしたら大騒ぎさ」


「ロギア王様がカジノを取り壊す事を昔考えたそうですが、様々な貴族が反対してその話は消えました。カジノ内には貴族同士が人目を阻んで会合出来る部屋がいくつもあり、そういったやり取りの場としても使われているんです。今やカジノはそれだけ影響力を持った場所となっています。

なので、今回の仕事はいかにカジノ側に気付かれずに裏帳簿だけを持って帰れるかがカギとなります」


 カジノの重要性は理解したが、メイルの言う事はどう聞いても無理難題だとスミナは思った。


「それってあたし達でも流石に無理過ぎない?」


 アリナも珍しく難しく感じたようだ。


「勿論君達に後はお願い、なんて言ったりしないさ。ちゃんと作戦と道具は揃えてある」


 トミヤがそう言うとカバンからいくつかの道具を取り出して机に並べた。それは衣類のような布と、円盤状の道具と、小瓶に入った薬と、小さな箱がそれぞれ数個ずつだった。


「まずこれは透明化のローブ。と言っても立派な魔導具で、普通の透明化の魔法だとあくまで視覚を騙すだけだが、これは音も匂いも温度も体重も無くす優れものだ。しかも2枚ペアになっていて、ローブを着た者同士はお互いが透明状態でも見る事が出来る。

ただ、ローブを着た状態だと物理的な行動が出来ない。透明のまま攻撃する、鍵を開ける、魔法を使うなど、動いた瞬間に透明化の効力が消えてしまう。

そして1度に継続して使用出来る時間が20分と限られているので使いどころが難しい道具でもある」


 トミヤがローブの説明をする。建物などに潜入するだけならかなり有用なアイテムだとスミナは理解した。


「次がこの円盤状の道具だが、これは扉などの鍵を開ける魔導具だ。鍵開けだけなら魔法でも可能だが、魔法の錠によっては開いた事を別の場所に知らせたり、開いたら音を鳴らしたり反応を示すものがある。これはそういった効果を発生させず、開錠した記録も残さずに開ける事が出来る物だ。ただ、その継続には5分という時間制限付きなので、これも気を付けて使う必要がある」


 鍵開けに関しては道具の使い方で魔力を流せるスミナと魔力で鍵を作れるアリナで何とか出来ると思っていた。だが、開錠した際に何かが起こる場合には対処出来ないのでこの道具は重要性は理解出来た。


「残りの2つは人に使う認識阻害の薬と道具に使う認識阻害の粉だ。薬の方は人に嗅がせると10分程度、周囲の人の動きが気にならなくなる。ただ、大きな音を立てたり、直接触れたりすると効果が切れるから注意が必要だ。

粉の方は空中に漂わせると魔導具などの監視魔法を10分程度感知出来なくさせる効果がある。こちらも魔法を使ったり大きく空気を乱したりすると効果が無くなるので同じく注意が必要になる」


 トミヤが最後に説明した2つの道具は警備を一時的に麻痺させる物だと認識する。全ての道具の説明を聞いて分かったのはどれも強力だが効果時間が短いという事だった。


「道具の説明を聞いて、確かに効果的に使えばどんな隠された物も盗み出せるとは思いますが、その場で使うタイミングを考えるのは難しく無いですか?」


 スミナは素直に疑問点を述べる。


「そこも計算してある。まず、カジノの金庫のある部屋には簡単には侵入出来ない。ただ、大量の金が動く場なので、30分に1度は金庫への出入りがある。そのタイミングに合わせてローブで透明化して金庫の部屋へは入る事が出来る。

入れてしまえばあとは帳簿があると思われる部屋に近付き、その部屋を見張っている警備に薬を使い、監視の魔導具対策に粉を振りまけば鍵開けの魔導具で部屋に入れる。

恐らく帳簿は鍵がかかった箱か何かに隠されていると思うので、もう一つ魔導具を使ってそれを開け、帳簿を回収する。あとはローブで姿を再び消して扉が空いたタイミングで出ればいい」


「なんか出来そうな気がしてきた」


 アリナはそう言うがスミナはまだ見落としがある気がする。


「ローブで姿を消すのはいいですが、どこで消すんですか?それにその間わたし達が居なくなった事に疑問を抱く人が出てもおかしくありません」


「そうですね。最初はトミヤと私で潜入を計画したのですが、ローブの持続時間的に無理だという事になりました。ただ、貴族としてカジノに入れるお嬢様達なら可能な方法があります。見取り図を見て下さい」


 メイルがカジノの見取り図を取り出しテーブルに広げる。


「ここがカジノの入り口で、ここが遊技場です。そして廊下を挟んだこちらが金庫の部屋になっています。ポイントは金庫に近い場所にある化粧室です。女性が化粧直しに時間をかけるのは当たり前ですし、中で会話が弾んだ事にすれば数十分間姿が見えなくなってもおかしくありません」


「確かに、化粧室なら中を覗かれないし、そこで消えてから外に出れば金庫の部屋まで行けるね


 アリナはメイルの話に納得する。しかしスミナはまだ何か気になる点が出て来た。


「でも、出る時に扉を開ける動作をするとローブの効果が切れて姿が出てしまいませんか?」


「あー、確かにそうだな。となると、女性の貴族の協力者も用意しておかないといけないか」


「あたしかお姉ちゃんどっちか1人で金庫に行けばいいんじゃない?」


「1人で行くのでは何かあった時フォロー出来ないので私はお勧め出来ません」


 確かにメイルの言う通りだとスミナは思う。が、3人に増えてぞろぞろと化粧室に入るのは何か疑われそうな気がした。と、スミナはいい案を思い付く。


「そうだ、その役目はエルにして貰えばいい。エルなら色々応用も効くし」


「エルと言うと、たまに君達が連れている使い魔の事か?」


 エルの詳細を知らないトミヤが質問する。


「トミヤさんを信用して話します。エルは魔宝石マジュエルです。これが今の宝石形態で、学校で連れている使い魔や人間の姿になる事が出来ます。化粧室で人間形態になってもらい、そこで化粧室の扉の開け閉めを頼もうかと」


「これが魔宝石か。初めて見るよ。なるほど、それはいい案だ」


 トミヤも納得したようだ。


「お嬢様、言っておきますが、今回の仕事はあくまで可能なら実行してもらうだけであり、途中で不可能だと思ったらそのまま戻って下さい。捕まった場合は何らかの刑罰があると思いますし、そこから私達の動きがバレると相手は更に慎重になってしまいますので」


「分かってる。無理をする気は無いです。アリナも分かった?」


「分かったけど、あたし達ならどんな難関だろうと突破出来ると思うよ」


「ダメ、わたしが中止しようと思ったら言う事を聞く事」


「了解です」


 アリナはとりあえず了承してくれた。


「念の為、カジノの支配人カノズ・ジムズと問題の貴族オビザ・ドンゾの写真を見せておく。カジノので見かける可能性もあるからな」


 トミヤが写真を取り出して双子に見せる。この世界にも魔導具の写真機があり、撮影するとその場で写真が出て来る仕組みだと聞いている。他にもコピー機と同じ機能の魔導具があるのをスミナは知っていた。

 写真に写っていたのは細身だが鋭い眼差しの中年の男と、小太りのいかにも金に汚そうな中年の男だった。細身が支配人のカノズで、小太りが貴族のオビザだと見るだけで分かる。


「カノズは切れ者だから、話しかけられてもあまり喋らない方がいい。今回も捕まる事は無いだろうが、裏社会と繋がりがある男だ」


「分かりました」


 色々と話を聞いて、カジノに潜入する事をスミナは少しだけ不安になっていた。


「あと、カジノに入るに当たって、お嬢様達が喜ぶ方が協力してくれる事になりました」


「誰?教えてよ?」


「それは当日までは秘密です」


 メイルが言う協力者で思い当たるのはアスイぐらいだが、アスイがこういう事に協力する姿は想像出来なかった。その後、更に細かい事を詰め、いざという時の逃げ道なども確認して話し合いは終わった。


「俺は近付くと疑われるので、次に会う時は報酬を渡す時だと思う。頼んだよ、スミナさん、アリナさん」


「分かりました、出来るだけの事はやってみます」


「またねー」


 店の外でトミヤと別れる。


「それでは、3日後に馬車で迎えに来ますので、宜しくお願いします」


「メイルも我が家の為に色々働いてくれていてありがとう」


「メイルももっとあたし達を頼っていいよ」


「ありがとうございます。そのお言葉だけで十分です。では」


 メイルも今住んでいるアリナ家の屋敷へと戻っていった。


「初めての潜入任務頑張ろうね、お姉ちゃん」


「本当はわたしはこういうの苦手なんだよね……」


「あたしがいるから大丈夫だって」


 アリナの笑顔もスミナの不安を拭う事は出来なかった。



「お嬢様、お迎えに上がりました」


 3日後の放課後、寮の前にメイルが馬車でやって来た。双子は私服で必要な道具を持って馬車に乗り込む。エルには必要な時まで宝石形態で我慢してもらう事にしている。


「一旦アイル家のお屋敷に向かいます。その服装だと流石にカジノに入れないので」


「やっぱり私服じゃ駄目ですか」


「はい、正装が普通なので、入学式の時のドレスを着てもらいます」


「あれ動き辛くてイヤなんだよなー」


 馬車の中でカジノに着ていく服について話し合う。正規の手順でカジノに入るので、ドレスに着替えるのはしょうがないと納得する。


「大丈夫ですよ、今夜はエスコートして下さる殿方がおりますから」


「え?それ聞いてないけど」


「当日まで秘密と言ったじゃ無いですか」


 メイルの言う殿方が誰か双子は想像出来ない。学校にも貴族の男性はいるが、双子がエスコートしてもらいたいような生徒は特にいなかった。双子はあまり期待せずにソードエリアにあるアイル家の別邸の屋敷に向かった。


「スミナ、アリナ、元気にしてたか?」


「お兄様?」「お兄ちゃん!!」


 屋敷に入ると待っていたのは双子の兄のライト・アイルだった。正装のスーツを着た姿は立派な貴族に見える。双子は走り寄り、アリナはライトに勢いよく抱き付いた。


「一緒に行くのってお兄様だったんですね」


「ええ、ライト様の予定を調整出来るか難しかったので、駄目な場合も考えて直前までお伝え出来ませんでした」


 メイルが黙っていた理由を説明する。


「2人とも大きくなったな」


「お兄ちゃん全然会いに来てくれないんだもん。あたしずっと待ってたんだよ」


「ごめんごめん」


 アリナは完全に甘えモードに入っていた。スミナも嬉しいが、アリナのように素直に甘える事は出来なかった。ライトは身長が180センチぐらいあり、背が高い方のスミナからしても見上げる程大きく、アリナとは親子ほどの身長差になっている。両親とも髪色が異なる綺麗な金髪であり、顔も少したれ目の美形で、理想の王子様と言った見た目だ。

 実際ライトは学生時代はかなり人気だったようだが、本人は色恋沙汰はまだ早いと言ってそういう話を双子は聞いた事が無かった。アリナが「恋人なんて作ったらぜったいダメだからね」と会う度に言っていたのも関係あるかもしれない。


「お兄様、仕事の方は大丈夫なのですか?」


「ああ、逆に休暇の申請をずっとして無かったから先輩からも休みを取れって言われてたんだ。だから今日と明日は休みになってるよ」


「じゃあ、今夜と明日はあたし達と一緒でいい?」


「いいよ。でも、まずは今日の仕事だ。本当は2人にそういう事はしてもらいたく無いんだけど、僕はそういうの苦手だからね」


「大丈夫ですよ、お兄様は不器用ですから」


「そうそう、お兄ちゃんはそばにいてくれるだけで十分だよ」


 久しぶりの兄との再会で双子の気分はかなり高揚していた。


「お嬢様、時間が遅くなりますので、まずはドレスに着替えて下さい」


「お兄ちゃんがいるなら可愛く着飾らないと。見て驚かないでね」


 アリナはウィンクしてメイルに連れられて着替えに向かう。


「お前達は相変わらず元気だな」


「ええ、でも色々あったんですよ。仕事が終わったら話を聞いて下さい」


「そうだな、噂は聞いてる。もっと早く会いに行くべきだったよ」


「お兄様が忙しいのは分かってますから。では、わたしも行ってきます」


 双子はライトと手紙のやり取りはしていたが、入学してからは1度も直接会えていなかった。スミナはライトにどんな事を話そうか今から頭の整理をするのだった。


「どう?お兄ちゃん」


「少し恥ずかしいです」


 双子は入学式の時に着た赤と青のドレスに着替えて屋敷のロビーで待つライトの前に戻ってきた。髪型もカジノに行くという事で、2人とも少し大人っぽくまとめてある。


「凄いな、見違えたよ。少し前までは子供だと思ってたのに」


「お姉ちゃんほどじゃ無いけど、胸だって大きくなったんだよ」


 アリナがドレスの空いた胸元をライトに見せる。残念ながら女性らしさを感じさせるほどの大きさはパッドを入れても存在していなかった。


「アリナ、はしたないから止めなさい」


「お姉ちゃんはいいよね、工夫しなくても大きくて」


「別に、大きくていい事なんて無いよ」


 スミナはアリナにからかわれて兄に胸を見られるのが恥ずかしくなる。


「そんな事無いぞ。大きな胸は女性としての魅力を増すとお母上も言っていた」


「お兄様、そういう事を話すのはデリカシーに欠けています」


「お兄ちゃんのスケベ」


「難しいな、女性を褒めるのは……」


 ライトはからかわれて狼狽える。


「皆様、楽しむのは後にして、まずは今日の目的を果たしましょう」


「そうだね、分かった」


「うん、早く終わらせちゃおう」


「僕も準備は出来てる」


 メイルの言葉で場の空気が切り替わる。4人は再び馬車に乗り、ソードエリアのカジノへと向かった。


「申し訳ありませんが、私はここまでです。ライト様、お嬢様達をよろしくお願いします」


「分かったよ、メイルの分も2人を見張るから」


「見張るじゃなくて助けるでしょ」


 アリナがライトに突っ込む。カジノの敷地の前に馬車は到着し、門より向こうは貴族以外はきちんと申請していない付き人は入れない。付き人の申請は時間がかかり、身体検査も厳重なのでメイルが付いて行く事は最初から除外していた。


「いえ、無茶をしないように見張るという意味ではあっています。お嬢様、本当に無茶はせず、無理だと思ったらすぐに止めて下さい」


「分かってる。お父様達に迷惑はかけられないから」


「でもパパ達にカジノに行った事はバレるよね」


「一応社会勉強の為に僕が連れて行くって手紙は送ったよ」


「それ、絶対怒られる奴だ……」


 アリナが想像してげんなりする。スミナはアリナは多少怒られた方が無茶しなくなっていいかもと思っていた。


「じゃあ行ってくるね」


「うまくやってくるから」


「はい、お待ちしております」


 メイルに見守られて3人はカジノの入り口の門へと向かった。敷地はかなり広いようで、カジノを囲う壁も高く、守衛も結構な人数がいるのが見て取れる。


「ライト・アイル、スミナ・アイル、アリナ・アイルの3名です」


 門の入り口でライトが名前だけ告げる。貴族としての身分証も存在するが、それを確認するのは失礼として、こういう入り口では名前を告げ虚偽の魔法だけかけてチェックするようになっていた。ただ、それだと魔法を欺く者もいるので監視カメラで貴族の顔を覚えて確認する係が裏にいるとスミナは聞いていた。


「ようこそいらっしゃいました。ゆっくり楽しんでいって下さい」


 入り口の身なりのしっかりし従業員が深々とお辞儀をする。門の周りにもカジノの制服を着た男女が複数いてお辞儀で3人を見送った。スミナは制服を着ているが、その人達が案内役ではなく、何かあった時の用心棒だと動きと身体つきで判断する。恐らく高額で腕の立つ者を雇っているのだろう。

 従業員に案内され門をくぐると魔法の灯りに照らされた綺麗な中庭が続き、その奥にカジノの建物が見えた。ただ、スミナとアリナには庭には侵入者用の魔導具が設置されているのが分かり、裏から侵入する困難さが見て取れた。

 カジノは豪華ではあるが、思ったより品のある建物だった。正面扉を通ると大きなホールがあり、王城ほどでは無いにしろ立派な装飾がされていた。ライト達が入って来たのを見て中にいた従業員達が一斉に綺麗なお辞儀をする。


「ライト・アイル様ですね。初めまして。私はこのカジノの支配人をしております、カノズ・ジムズです。今後とも当カジノをよろしくお願い致します」


 従業員の間から一際豪華な服を着た細身の男が現れた。ライトに握手を求めて、ライトもそれに応える。写真で見た支配人のカノズその人だった。


「わざわざありがとうございます。とても立派な建物ですね」


「ありがとうございます、この建物は私の曽祖父が当時の国王と共に建てたもので、我が一族の誇りでもあります。

後ろのお嬢様方は妹様ですか?」


「初めまして、アイル家長女のスミナ・アイルです」


「初めまして、妹のアリナ・アイルです」


 スミナ達も正式な挨拶をする。スミナはわざわざ支配人が出て来たのはこちらを警戒してなのではと勘繰る。手持ちのカバンの中にはローブや魔導具など見られると困る物が入っており少しだけ緊張する。


「妹達は今年戦技学校に入学して、折角なので珍しい場所を見せてやりたいと思い連れて来ました」


「そうですか、お嬢様方も楽しめる施設になっておりますので、ごゆっくりお楽しみ下さい」


「ライト様、ヤマリ様がお待ちです、ご案内します」


 別の係の者が現れ、ライト達を案内する。カノズは頭を下げてそれを見送った。疑われているかもしれないが、とりあえずこの場は乗り切ったとスミナは少しだけホッとした。


「こちらへどうぞ」


 案内されたのはカジノの建物の2階の豪華な一室だった。


「お飲み物はどういたしましょう?」


「いや、ここに長居はしないので」


「了解致しました。ご用がありましたらお呼び下さい」


 係の者が去っていく。部屋には痩せ細った口髭のおじさんが座っていた。双子の知らない男性だった。


「ライト君、お久しぶりです」


「ヤマリさん、ご無沙汰してます。こちら、今回協力して下さるヤマリ・イニキさん。こっちは僕の妹で」


「スミナ・アイルです」


「アリナ・アイルです」


「どうも、弱小貴族のヤマリ・イニキという者です。まあ、座って座って。ここは盗聴もされないから安心して」


 ヤマリに言われて3人は向かいの席に座る。カジノで協力者と会うとは聞いていたが、こんな特徴の無い普通のおじさんだとは思っていなかった。


「聞いていたより立派なお嬢様方じゃないか。私は色々と雑用を頼まれる性質でね、今回の件も急に頼まれたが断れなくてね。名前も聞いた事の無い貴族だろう?私自身は大したことは出来ないけれど、カジノの案内ぐらいは任せて欲しい」


 スミナは中流以上の貴族や有名な名前の貴族はそこそこ知っていたが、ヤマリの名前は初めて聞いた。自分で言っている弱小貴族というのは本当なのだろう。見た目も強そうじゃ無いし、服装も貴族としては地味で、町であったらただの市民と思うかもしれない。


「いえ、ヤマリさんにはうちの騎士団も助けてもらってますよ。今回もヤマリさんがフォローしてくれると聞いて安心していたんです」


「いやいや、買い被り過ぎです。色んなところで面倒毎を回されるんで、少し慣れてるだけですよ。さて、ここで長話すると疑われるので本題を。

これからカジノを案内するので、その後はしばらくカジノで遊んで下さい。その間に私が金庫を開けるタイミングを確認します。私が戻ってきて額の汗をハンカチで2度拭いたら手順通りに化粧室へ。

逆に何か問題が発生した場合は左手で頬を2回掻くので、その時はそのままここを去ります。

分かりましたか?」


「僕は大丈夫だけど2人は?」


「わたしは大丈夫です」


「あたしもいいよ」


「あと、帰りの合図も決めておきましょう。戻って来た際に目的の物が入手出来ていたらカジノで遊ぶのを中断して休憩を、そうで無いならカジノで少し遊んでから撤退しましょう。

では、早速参りましょうか」


 ヤマリが先導して部屋を出る。するとそれを監視していたように係の者がこちらにやって来た。


「ヤマリ様、ご案内いたしましょうか?」


「いえ、今回は私が3人を案内するので大丈夫です」


「了解致しました、ごゆっくりお楽しみください」


 係の者はその場で立ち止まり、ヤマリが歩き出したので3人はその後を付いて行った。


「まずはカジノで使うコインに換金が必要だが、お金は持って来たかい?」


「はい、3人分あるので大丈夫です」


「楽しみ過ぎて借金しないように注意した方がいいぞ」


 スミナはこの世界のカジノがどんな感じから分からないが、少しだけ楽しみになって来ていた。ただ、その後の事を考えると緊張感は解けないが。

 換金場所は専用の部屋になっていて、窓口ごとに周囲から見えないように囲いがしてあり、その周りには警備と思われる屈強な騎士が立っていた。スミナ達はヤマリと別れ、3人で一つの窓口に入る。


「ようこそいらっしゃいました。ライト・アイル様ですね。初めての来店ですので簡単に説明させて下さい。当カジノでは金貨を用いてギャンブルが出来ますが、不正を防ぐ為に当カジノ専用の金貨のコインのみの使用とさせて頂いております。ですのでこちらで一旦お持ちの金貨や紙幣を専用のコインに変更して頂き、お帰りの際に元の貨幣に換金して頂くシステムとなっております。

それとは別にお持ちの財産や私物をこちらで安全にお預かりするサービスも行っております。お預かりした物は絶対にお返しする契約書をお渡ししますので、ご安心してお使い下さい。

また、今現在お手持ちが少ない場合でしても、1週間以内であれば無利子でお貸しするサービスもございます。返却は使用人でも出来ますので、何も持たずにいらっしゃるお客様もおります」


 換金窓口の受付の美人の女性が丁寧に説明する。言っている事は普通だが、この世界の金貨1枚は1週間ぐらいの生活費になるので、結構な大金が動いているのだと分かる。


「今日はコインへの変更だけで。これでどれぐらいになるかな」


 ライトがカバンから取り出したのは分厚い札束だった。スミナもそんな大金を持って来ていたとは思っていなかった。


「では確認いたします。

大デイン王国札が200枚ですので、コイン400枚とさせて頂きます。宜しいでしょうか?」


「はい、それでお願いします」


「こちらがコイン100枚分の袋が4つとなります。係の者に持たせましょうか?」


「いえ、自分で持ちますので大丈夫です」


 ライトは証書と重たそうなコインの袋を受け取る。大デイン王国札はこの国の一番高額のお札で、1枚の価値が通常の金貨の5分の1ぐらいになる。つまり通常の金貨1枚でカジノのコイン10枚に変更出来るのだろう。


「2人は100枚ずつでいいかい?」


「はい。十分です」


「すぐ増やすからそれでいいよ」


 双子は一袋ずつコインを受け取る。100枚というから重たいかと思ったが、あくまでカジノ用なのか思ったよりも軽かった。おそらく1キログラムも無いだろう。


「流石大貴族、結構換金したな。私はこれでちまちま遊ぶよ」


 待っていたヤマリが100枚分の1袋を見せる。スミナ達はお金に困った事が無いからその重さが分からないが、弱小貴族にとっては遊びで使える額としてはかなり無理をしていた。


「では、遊技場へ向かおうか」


 ヤマリが先導して遊技場へ向かう。1階のホールに戻り、そこから奥の廊下を通っていくと大広間に出た。上品ではあるが、活気のあるカジノがそこには広がっていた。


「トランプ、ルーレット、ダイスゲーム、モンスターカード等、色々あるから好きに見るといい。遊び方は係の者が教えてくれる。初心者はルーレットが分かりやすくておすすめだな。まあ、大金を賭けてすぐに所持金を無くさないようにな」


 ヤマリがそう言って、自分は1人で遊びに向かう。と言っても、ヤマリの目的はカジノの金庫が開くタイミングを確認する事だが。

 双子はライトに連れられ、とりあえずどんな遊戯があるか見て回る。トランプは現実世界の物と同様で、ポーカーやブラックジャックがあるのがスミナにも分かる。

 ルーレットも現実世界と同じように球を回してどこで止まるかを賭ける物で、ダイスは2個振って奇数偶数ゾロ目などに賭ける遊びのようだ。

 分かり辛いのがモンスターカードで、よく観察すると現実世界の花札のように4季に合わせたモンスターの絵柄があり、絵合わせして特殊な役で得点が上がるようだ。


「ドリンクは無料となっております。いかがですか?」


 見て回る3人にドリンクの乗ったトレーを持った女性が近付いて来る。が、その女性の衣装は水着と思えるほど布面積が小さく、胸は零れ落ちそうだった。


「お兄ちゃん見ちゃダメ!!」


 対応しようとするライトの目を隠そうとアリナがジャンプする。突然の事にライトは狼狽えていた。


「あの、大丈夫です」


「分かりました、いつでもお呼び下さい」


 スミナが断ると女性は笑顔で去っていく。


「どうして、折角サービスしてくれているのに」


「いいの、ギャンブルに来たんでしょ」


 鈍感なライトの腕をアリナが引っ張り、とりあえずおすすめされたルーレットの台に3人で並んで座った。


「簡単にルールを説明いたします。ディーラーがルーレットを回しボールを投げ入れるのでボールが止まった数字が当たりになります。当たると思う色、グループ、数字にコインを賭けて下さい。賭ける場所、枚数に制限はございません。当たる確率が低い場所ほど当たった際の倍率が大きくなります」


 近くにいた従業員がルールを説明してくれる。ルーレットの赤や黒、奇数や偶数などの確率が高い物は2倍、3つに分かれたグループに賭ける場合は3倍、そこから更に細かく倍率は上がり、数字を当てれば最高36倍の配当になるという。リスクを負って高配当を狙うか、高い確率で手堅く賭けるかがギャンブルなのだろう。


「なるほど。じゃあ僕はとりあえず赤に賭けようかな」


 ライトが袋から大量のコインを出して、それを赤に置こうとする。


「お兄様、最初からそんなに大量に賭けたらすぐに無くなってしまいます。まずは少量を賭けて様子を見てはどうでしょう」


「そっか、なるほどね」


 ライトは思い直して5枚のコインを赤に賭ける。


「って、アリナも何してるの?」


「大丈夫だって、あたしこういうの強いから」


 アリナは8倍のグループの所に30枚のコインを置いていた。


「皆様宜しいでしょうか」


「わたしも賭けます」


 ディーラーの声に反応してスミナも急いで赤に3枚賭ける。スミナとしてはまずは様子見をする。向かいに座る紳士のような貴族は玄人のようで、複数の数字に数枚づつコインを賭けていた。他にも夫婦で来ている貴族がワイワイとコインを賭けている。


「それでは回します」


 ディーラーがルーレットを回し、そこにボールを投げ入れた。ルーレットは魔法を使っている物では無く、純粋な道具だった。魔法でイカサマが出来ないように魔導具で監視されているのが分かる。誰か魔法を使えばすぐに分かるのだろう。

 ルーレットの回転が徐々に止まり、ボールも動きがゆっくりになる。そして、ルーレットの数字にボールが止まった。背景の色は黒だった。そして数字はアリナが賭けていたグループと一致している。


「やった!!」


「おめでとうございます」


 アリナが賭けていたコインの8倍のコインがアリナの前に置かれる。


「お嬢ちゃん、やるな」


「まあね」


 向かいに座る紳士も外したようで、アリナを素直に褒めていた。流石にアリナもイカサマはしておらず、純粋に運が良いのだろう。

 その後何回か賭けて、アリナは収支がプラスなのに対してライトもスミナも手持ちのコインは残り僅かになっていた。スミナは色々考えて分けて賭けたりもしたが、外す事が多く、当たっても今までの外れを取り戻せるほどでは無かった。ライトは単純に賭けるのが下手で、当たってもすぐに同じ額を賭けてそれを帳消しにしてしまうのだった。


「どうだい?うまく行ってるかな?私はもう手持ちが半分も無くなったよ」


 楽しんでいるうちにヤマリがやって来る。そろそろ決行するか撤退するか判断の時だという事だ。


「私もルーレットで少し稼がせて貰おうかな」


 ルーレットの台にアリナ、ライト、スミナ、ヤマリの順で横に座る形になる。スミナは落ち着いて普通に賭けを続ける。ヤマリもコインを取り出して何枚か数字に賭けた。


「それでは回します」


 ルーレットが回り始め、スミナはルーレットを見つつ、ヤマリの動きも注視する。ルーレットが止まり、今回はライトだけが当たりになっていた。


「いやあ、外したか」


 ヤマリがハンカチを取り出し、額を2度拭く。スミナは合図を確認したので行動を始めた。


「お兄様、少しお化粧直ししてきます。これは預かっていて下さい」


「じゃあ、あたしも行ってくる。一杯稼いだから使っててもいいよ」


 スミナとアリナはライトにコインを預け、席を立つ。


「そっちの奥に化粧室があるから、係の者に聞くといい」


「ありがとうございます」


 ヤマリがスムーズに目的の化粧室へ行けるよう言ってくれる。化粧室までは怪しまれずに移動出来るだろう。


「アリナ凄いね。なんかやってたの?」


「昔ちょっとね。ああいうのにはコツがあるんだよ」


 恐らくアリナは現実世界のゲームで何かコツを覚えたのだろう。ただ、それを置いても純粋に運がいいのではとスミナは思った。


「すみません、こちらの方に化粧室があると聞いたのですが」


「はい、ご案内いたします」


 女性の従業員に声をかけ、自然と目的の化粧室に到着する。中に入ると予想以上に広く、席に座って談話している貴族の女性もいた。大きな鏡のある化粧台が並び、奥にはお手洗いと更衣室が並んでいる。


「ちょっと汗かいたから着直したいから手伝って」


「お姉ちゃん、了解」


 手順通り双子は奥の更衣室へと入る。化粧室内には係員はおらず、中にいる貴族もこちらを気にしている様子は無い。


「うまく行ったね、お姉ちゃん」


「問題はここからだよ。時間も限られてるし」


 スミナはカバンからローブを取り出しそれを羽織る。そしてローブのポケットに必要な道具を入れる。アリナも同様にローブを羽織った。


「エル、お願い」


「はい、マスター」


 次にスミナは魔宝石マジュエルを取り出してエルを呼び出した。エルはいつもの人間形態で現れる。


「エル、もう少し大人で、ドレスも私達のみたいに豪華に出来る?」


「はい、変更します」


 エルの身長がスミナと同じ位に伸び、顔も綺麗な女性に変わった。ドレスも双子のドレスに似た紫色の豪華なドレスに変わる。


「これでよろしいでしょうか?」


「うん、完璧。あとは手筈通り、ゆっくり化粧室の扉に向かって行って、5秒ぐらい開けて、その後は私が呼ぶまではここで待っていて」


「了解です」


 エルには手順を教えてあり、何かあれば魔法の通話で呼び掛けるように言ってある。魔法の通話自体は魔法の探知には引っ掛からない事は確認済みであった。


「アリナ、行くよ」


「うん、あたしが先導するから付いて来て」


 危険察知出来るアリナが先に行く事で予想外の状況も対応出来るのでスミナはその後に付いて行く。ローブのフードを被るとアリナとスミナの姿が消える。これはエルでも見えないし感じられないという。スミナからはアリナがぼんやりと映り、その逆も同じだった。


「ゆっくり移動します」


 エルがまず動き始める。大人姿のエルは更衣室の扉を開け、化粧室をゆっくりと優雅に歩く。その後を透明化した2人は周りの人や物にぶつからないように気を付けながら歩いた。エルは化粧室の扉まで来るとさりげなく人がギリギリ1人通れるだけ扉を開ける。周囲にその仕草を気にする人はまだいない。アリナが早足で扉を抜け、スミナもそれに続いた。スミナが廊下に出て数秒後に扉が閉まる。廊下で周りを警備している従業員も扉が空いただけでは特に異常には感じていないようだ。

 スミナは気を抜かずに移動するアリナに続く。ローブの透明化は20分だけで、その間に金庫のある部屋に入って、目的の帳簿を取って出なくてはいけない。まずはその金庫の部屋へ人が入るタイミングが合っているかが問題だ。

 双子は金庫のある部屋の前の廊下まで移動した。まだ扉が開いた気配は無い。双子はそこでじっと待つ。ちょうど2分後ぐらいにカジノの遊技場側からいくつもの台車に袋を乗せた集団が現れた。ヤマリの伝えてくれたタイミングとしては完璧だと言える。

 台車はぶつからないように少しだけ間隔を空けて列をなしていた。アリナはその台車と台車の間に入って同じ速度で移動を始める。少しぶつかるだけでは透明化は解けないが、バランスを崩して転びでもしたらお終いだ。スミナもアリナと同じように慎重に台車の間に入り、その速度に合わせて歩いていく。


“ガシャンッ!!”


 という音が辺りに響き台車の動きが一斉に止まった。スミナは足がもつれそうになるのを必死にこらえてぶつからずに立ち止まった。


「おい、気を付けろ!!」


「すみません」


 従業員同士の会話が聞こえる。1台の台車から積んでいた荷物が落ちた音だったようだ。警備騎士が見守る中、荷物が再び台車に積まれ、合図で台車が動き出し、扉が確認しながら厳重に開けられた。そして、1台ずつ台車の荷物の中身を確認しながら扉の中に台車が運ばれていった。アリナが先に金庫の部屋に入り、スミナもその少し後に中に入れた。アリナは足早に台車から横に逸れ、目的の部屋のある通路へと向かう。スミナもそれに遅れずに付いて行った。


『あと少しだ』


 目的の通路は狭い廊下で、監視の警備騎士は1人しかいなかった。天井には監視カメラの役目の魔導具が設置され、怪しい動きがあればすぐに警報が鳴るだろう。アリナとスミナは目的の扉を確認し、それぞれ役割分担した位置に付く。タイミングが重要で、まずスミナが扉と警備騎士の中間ぐらいで認識阻害の粉を撒き、警備騎士がスミナに気付く前にアリナが認識阻害の薬を嗅がせる。それで魔導具にも人にもしばらく気付かれ無くなるという作戦だ。

 アリナは警備騎士の近くで待機して動きを確認している。そして、スミナの方を見て軽く手を上げて合図を送ってきた。スミナは頷き、行動を開始する。ローブのポケットから箱を取り出し、その粉を空中に巻いた。その行動に伴いスミナの透明化が解除される。警備騎士は何か違和感を感じたのかスミナの方を向こうとする。その瞬間、アリナが薬瓶の液体を警備騎士に背後から嗅がせた。瞬間警備騎士の目がとろんとしてぼんやりと立ち尽くす。アリナは音を立てないように小走りでスミナのもとへやって来た。


「うまく行ったね、お姉ちゃん」


「まだだよ、10分以内に中の帳簿を見つけないと」


 小声でやり取りしつつスミナは開錠の魔導具を扉に取り付ける。魔道具を作動させると扉の鍵が“カチッ”と小さく開いた音がした。


「何か危険を感じる。あたしが開けるから」


 アリナが手袋をした手でドアノブを持つ。ゆっくりとドアを開けると中が見えてきた。2人はドアの中に入る。部屋は机と棚がある小部屋で、2人が入ると手狭に感じる大きさだった。


「お姉ちゃん、これモンスターだ。どうしよう」


 机に乗っていた30センチぐらいの悪魔を模した石像の目が光り、動き出す。実物は初めて見たが、魔族が使う警備用のモンスターのガーゴイルだとスミナは認識する。倒せば何か反応があるかもしれないが、倒さずに探し物をするのは不可能だ。


「アリナ、魔法を使わずに倒せる?」


「余裕。やっちゃうよ」


「お願い」


 言っている間にガーゴイルは宙に浮き、近くのアリナに襲いかかった。侵入者を判別して攻撃に移ったのだろう。アリナはそれを魔力の壁で防ぎ、ガーゴイルが次の動きをする前に魔力の刃でバラバラにした。ガーゴイルは石の破片になって部屋に散らばる。


「気付かれなかったかな?」


「外から危険は感じないから大丈夫だと思う。急いで探しちゃおう」


 アリナとスミナは手分けして帳簿を探す。机の引き出しにそれらしい豪華な箱をスミナがすぐに見つけた。


「お姉ちゃん、それ罠だよ。開くと危ない。もっと別の場所に隠してるんだと思う」


「分かった、だったら……」


 スミナは机の引き出しにあったペンを手に持ち、ペンの記憶を簡単に遡る。すると、小太りの貴族オビザが帳簿を棚の中板にある隠し場所に入れたところが見えた。


「見えた。ここだよ」


 スミナは棚に置いてある壺をどけ、隠し場所を開いて帳簿を取りだした。中を確認するとそれらしきお金のやり取りが書いてあるのが分かる。


「一応記憶も見てみる」


 スミナは急いで記憶を流し見した。帳簿は普通の商品で、使用人からオビザの手に渡り、怪しい人物とのやり取りに使われるようになったのが見えた。と、そこでスミナは意外な人物が怪しい男達の後ろにいるのを確認した。それは魔族で転生者を名乗ったレオラの姿だった。が、詳しい情報を見ている時間も無いので、スミナはそこで記憶を見るのを止める。


「これが目的の帳簿だ。急いで出よう」


「りょーかい」


 2人は急いで小部屋の中を出来るだけ元の状態にし、石像もアリナが魔力でなるべく復元しておいた。扉を出て魔導具を取り外し、再び2人は透明化する。透明化もまだ残り10分ぐらいは残っている筈だとスミナは体感で考える。廊下の警備騎士もまだボーっとしていてこちらに気付く様子は無い。

 アリナが先導して金庫の部屋の扉の前に向かうと、扉は再び開いていて、台車の列がそこから出ていくところだった。これを逃すと30分は開かなくなり、脱出は不可能だ。アリナが早足で滑り込み台車の間に入る。スミナも急いでその後に続いた。スミナの後ろには残り台車1台しか無かった。


「おい、何か変じゃ無いか?」


 スミナの前の台車を確認していた警備騎士がそう言ってスミナは心臓が止まりそうになる。


「ああ、これか。年代物の酒だよ。一杯で俺の1年分の給料だとか。支配人が特別な客が来たから持って来いってさ」


「そうか、羨ましい話だな」


 衛兵と従業員が笑い合って台車が再び前に進んでいく。スミナは緊張しつつその後に続いた。双子はバレずに金庫の部屋から外に出る事が出来た。化粧室の前まで来たのでスミナはアリナに手を上げて待つように合図する。


『エル、扉を開けに来れる?』


『分かりました、大丈夫ですマスター。お待ち下さい』


 エルと魔法の会話でやり取りをする。とりあえず周囲に異常は見られない。警備の従業員も化粧室を怪しんではいなそうだ。


『今開けます』


『了解』


 扉が少しだけ開き、スミナはアリナに合図して中に入る。


『エル、更衣室に戻ろう』


『了解です、マスター』


 2人とも中に入ったのでエルに合図してエルは再び更衣室へと向かう。が、その途中で問題が発生した。


「初めまして。とても美しいドレスですね。どこのお店で買ったのかしら」


 30代後半ぐらいの貴族の女性がエルに話しかけて来たのだ。


『マスター、どう答えればいいでしょうか?』


 スミナは頭をフル回転して手短に終わらせる回答を探す。


『エル、こう答えて。「初めまして。このドレスはオーダーメイドなんです。トバレという町にキミリ・ロイモというデザイナーの方がおりまして、その人に頼んで作って頂きました」』


 スミナは誤魔化す為の会話をエルに伝える。誤魔化すと言っても全てが嘘という訳では無く、スミナ達のドレスを作って貰う為に父が頼んだのがキミリ・ロイモだとスミナが必死に思い出したのだ。


「初めまして。このドレスはオーダーメイドなんです。トバレという町にキミリ・ロイモというデザイナーの方がおりまして、その人に頼んで作って頂きました」


「まあ、そうなのですね。確かにキミリ・ロイモという名前は聞いた事がありますわ。なるほど、こういう素敵なドレスを作る方なのですね。わたくしのドレスも――」


 エルが一言一句同じ回答をし、それに対して女性は話をとめどなく続ける。このまま会話が続けば透明化が解ける時間になってしまう。


『エル、話の区切りがいいタイミングでこう切り出して話を止めて。「素晴らしいお話の途中で申し訳無いのですが、わたくし、今殿方を待たせているところなんです。お話の続きはまたの機会にという事でお願い出来ますでしょうか?」』


『了解です、頑張ります、マスター』


「――それで、この指輪はその商人が特別にドレスに似合うからと下さった物なのですの」


「素晴らしいお話の途中で申し訳無いのですが、わたくし、今殿方を待たせているところなんです。お話の続きはまたの機会にという事でお願い出来ますでしょうか?」


「まあ、そうでしたの。それは申し訳ございませんでしたね。またお話出来ると嬉しいですわ」


「はい、さようなら」


 エルは素早く女性から離れる。少し無礼にも見えたが、人を待たせている感じにも取れたので女性はそのまま去っていった。アリナとスミナはエルの後に続いて更衣室に入る。エルが扉を閉めるとローブのフードを下ろして透明化を解いた。


「危なかったね、お姉ちゃん。エルちゃんもありがとう」


「いえ、マスターの為ならお安い御用です」


「エルありがとう、助かった。でもまだここを出るまで安心出来ない。これも渡さないといけないし」


 スミナはローブの内側から持ち出した帳簿を取り出す。


「そうだね、お兄ちゃん達も待たせてるし、急いで戻らないとだね」


 エルには宝石形態に戻ってもらい、スミナ達も道具をバッグに戻して、少しだけ身嗜みを整え更衣室から出る。特に双子を疑って見る者もおらず、化粧室から出た後も周囲に異変は感じなかった。まだ金庫の部屋に誰かが侵入したと気付かれて無いようだ。

 双子は少しだけ早足で遊技場に戻ると、ライトとヤマリはまだルーレットで遊んでいた。


「お待たせしました、遅くなってすみません」


「お姉ちゃんが髪型が上手く行かなくて長引いちゃった」


「そっか、別に大丈夫だぞ」


「私は手持ちがもう残り少ないんだが、まだ遊んでいくかい?」


 ライトとヤマリは双子に合わせて会話する。


「いえ、少し疲れてしまったのでちょっと休憩したいです」


「じゃあ換金してから少し休憩しようか」


「それでお願いします」


 事前のやり取り通り、成功した旨をスミナが回答する。一同は自然な感じで遊技場から換金場所へと移動を始めた。しかし、再びトラブルが発生する。


「これはこれは、ヤマリ殿じゃないか。こんな場所で会うとは珍しい」


 換金場所の近くで出会ったのは写真で見た小太りの貴族、オビザだった。周りには下品な服装の貴族を連れている。スミナは必死に顔に出ないように平静を装う。


「おお、オビザ殿、ご無沙汰している。いやね、今日は若い者に色々と教えていてね」


「そうか、誰かと思えばダグザ殿のご子息のライト殿ではありませんか。カジノへ行きたいなら私に声をかけて頂ければ色々と教えて差し上げましたのに」


「ご無沙汰しております。オビザ殿。いえ、急にお声がけするのは迷惑かと思い。今日は妹達の社会見学も兼ねてでしたし。こちら、僕の妹でスミナ・アイルとアリナ・アイルです。お見知りおきを」


「スミナです」


「アリナです」


「おお、双子のご令嬢も立派に育っておいでですな。ぜひ我が家のパーティーに今後参加して頂きたいところです」


 スミナは何とか返事をするが、怪しまれていないか心臓が止まりそうだった。


「もう夜分遅くなりましたので、私はこの子達を家に送り届けねばなりません。オビザ殿、またの機会にお話しましょう」


「そうでしたな、失礼しました。では、皆様またお会いしましょう」


 オビザは笑いながら堂々と去っていった。疑われてはいないだろうが、金庫の部屋に入られると帳簿が無い事に気付くかもしれない。


「夜も遅くなってきましたので急ぎましょうか」


「はい、そうですね」


 ヤマリが今の状況を考えて撤退を急がせる。換金し終えると、アリナのおかげで紙幣は行きより帰りが増える結果となった。そしてそのままカジノの入り口へと少しだけ早足で全員で向かう。


「またのご来場をお待ちしております」


 カジノの従業員達に見守られ、4人はカジノの敷地の外へと無事出る事が出来た。スミナの緊張が一気にほぐれる。


「お嬢様、お待ちしておりました」


 外で馬車を待機させていたメイルが4人を見つけ近付いて来た。


「私の馬車を呼んでくるので少しだけ待っていてくれないか」


 ヤマリが早足で離れていく。


「お嬢様、成果はどうでしたか?」


「上々です」


「やったよあたし」


「そうですか、ではお荷物をお預かりします」


 メイルはそう言ってアリナから帳簿と潜入の為の魔導具が入った袋を受け取る。潜入関連の品はアイル家には持ち帰らず、ここでメイルからヤマリへと受け渡す手筈になっていた。


「お待たせしました。今夜は楽しい時間が過ごせました」


「ヤマリ様、エスコートありがとうございました」


 メイルがやって来たヤマリの馬車に近付き礼をする。その時馬車の扉の隙間から荷物が受け渡された事をスミナは確認した。闇夜であり、二つの馬車が並んでいるので周りからは見えない位置だ。


「ヤマリさん、またよろしくお願いします」


「色々ありがとうございました」


「楽しかったよ」


 ライトと双子も挨拶し、ヤマリの馬車はアイル家の屋敷とは反対方向へと進んでいった。


「それでは私達も屋敷へ戻りましょう」


 メイルが扉を開けて4人は馬車に乗り込む。


「あのおじさん弱そうだけど大丈夫なの?」


 アリナが馬車の中で気になっていた事を言う。


「大丈夫だよ。多分あの馬車は襲われても返り討ちに出来るぐらいの人が乗ってたからね」


「そうなんだ」


 ライトは馬車に乗っていた人物を知っているようだった。スミナは馬車の中まで見なかったので誰が乗っていたかは分からなかった。


「別にうちに置いておいてもよかったと思うけどなあ」


「お嬢様は相変わらずですね。全ての問題が戦いで解決出来ない事も分かって下さい」


「えー、倒せばいいじゃん、倒せば」


「倒したら問題になる人が来るかもしれないって事だよ、アリナ」


 カジノ内で盗難があって家宅捜索となれば盗まれた物が非合法の物でも正規の手順で調査が行われるかもしれない。それで暴れでもしたら犯罪者はこちらになってしまう。


「え?」


 そんな事を考えていると馬車が急に止まった。


「すみません、囲まれています」


 馬車の車夫がこちらに聞こえるように言ってくる。


「出よう」


 ライトの声で4人は馬車の外に出て状況を確認する。


「荷物を全部置いていけば命は取らねえ」


 下卑た声が聞こえ、周囲にいるのはならず者だと分かる。ソードエリアは治安がいい場所ではあるが、夜になると流石に警備に抜けがあるようだ。


「僕はノーザ地方の領主、アイル家の長子のライト・アイルだ。その名を聞いてもまだ下がらぬか?」


 ライトが珍しく威厳のある声を出す。


「誰だろうと関係ねえ」


「お兄様、わたし達も援護します」


「うん」


「いや、ドレスが汚れるだろう。ここは僕とメイルに任せて欲しい」


「そうです、お嬢様達は疲れていらっしゃるので見ていて下さい」


 双子はそう言われて、とりあえず様子見する事にした。確かにドレス姿で動きにくいのもある。


「やるのか、お前ら。いいぞ、若い女もいる。みんなやっちまえ!!」

「「おおーっ!!」」


 10人ばかりのならず者が一斉に襲い掛かってくる。ライトとメイルが一歩前に出て動いた。ライトはスーツ姿で護身用の剣を抜き、近くの男を吹き飛ばした。斬らずに剣の腹をぶち当てているのだ。その剣技は流石に学校を首席で卒業しただけあり、双子から見ても見事なものだった。ライトは最小の動きで攻撃を避けて相手を次々に吹き飛ばしていく。

 メイルはメイド服のままならず者の前に進み出て、素早い身のこなしで姿を消した。ならず者はメイルの姿を闇夜に見失ったまま、短剣の柄で殴られ倒れていく。集団戦であってもメイルの動きは華麗で、ならず者ではその動きを追う事は出来なかった。

 みるみるうちにならず者の数は減っていき、双子に近付ける者などいなかった。最後に残ったのは声を出していたこの中の頭領らしき男だ。


「誰の命令ですか?」


 メイルが男の背後に回り、短剣を首に突き付けて言う。


「知らねえ。ここに大金を持った貴族が来るって噂を聞いて、俺らは借金返す為に来ただけだ」


「噂は誰から?」


「知らねえ奴だよ。酒場で儲け話があるって黒ずくめの男から聞いたんだよ」


「分かりました、あとは警備の者に任せましょう」


 車夫がいつの間にか近くの警備兵を呼んで来ていて、ライトが話をして男達は捕まっていった。ライトが金騎士団なのもあって、すぐに馬車で出発する事が出来た。


「やっぱりバレたんですかね?」


「分かりません。ですが、トミヤと私の関係を疑われているのは確かでしょう」


「それを言うと僕が恨まれてる可能性もある。金騎士団は裏社会からも煙たがられてるからね」


「ヤマリのおじさんも大丈夫かなあ?」


 屋敷に戻って、その夜は少し警戒したが、屋敷では何も起こらずに済んだ。

 翌日、アリナは学校が休日なのでライトと遊ぶ気満々だったのだが、朝からライトが呼び出され、その計画は潰されてしまった。


「また今度遊べるから」


「絶対だよお兄ちゃん」


 出ていくライトを恨めしそうに見つめる。


「お兄様お気をつけて」


「スミナもアリナも無理はしちゃ駄目だからね」


 ライトは騎士団の金色の鎧を身に着けて王城へと出ていった。


「恐らく帳簿が国王の目に留まったのでしょう。オビザはもう終わりで、その周囲の者も捕まっていくでしょう」


「そうなんだ」


「ヤマリのおじさんも上手く行ったんだね」


 アリナは何だかんだで心配していたようだ。


「お嬢様、トミヤもこちらに来ると思います。今日はお屋敷で過ごしましょう」


「わたしもアスイさんに話したい事があるし、寮に戻るのは夕方でいいかな」


「お姉ちゃん、なんかあったの?」


 記憶の事はメイルには話していないので、記憶でレオラを見た事は後でアリナに伝えようとスミナは考える。


「ガーゴイルが部屋にあったでしょ。あれって魔族と取引した可能性があるんだよ」


「そうなんだ」


「お嬢様、ガーゴイルがいたんですか?そんな危険な事を。なんで言ってくれないんですか」


「いや、全然弱かったよ」


「そういう事ではありません」


 メイルにしてみればアリナの危険察知能力も知らないので、危険な目に合わせてしまったと後悔しているようだ。

 朝食を取った後、屋敷で久しぶりにくつろいでいると来訪者がやって来た。


「いやあ、お見事。本当に助かったよ」


 ぱっと見青年のようなトミヤがやって来て、メイルに勧められて広間で双子と紅茶を飲む。


「で、何となく察してるだろうけど、お城は大慌てだよ。持ってきた帳簿には結構な貴族と裏稼業の名前が載っていてね、今や身柄確保と取り調べで大変な状態さ」


「それは良かったですけど、やっぱりわたし達に頼む仕事としては大き過ぎませんか?トミヤさんは結構お金貰えたんじゃないですか?」


「そうでも無いさ。貸した道具の調達や下調べだってただじゃない。まあ、確かに懐は潤ったけどね」


 トミヤは笑顔で言う。


「それじゃあ約束の情報を教えて下さい。もし適当な情報だったらその稼いだお金から支払ってもらいますから」


「そうだね、俺も早く渡したいと思っていた所だ。

これは、俺が独自の情報で集めた情報だ。学校襲撃に関連して情報を集めていたと思われる、生徒、関係者の一覧になってる。生徒に関しては既に退学した生徒の名前も入っている。まだ誰にも見せていない、君達が最初に見る資料だよ」


「分かりました、見せてもらいます」


 スミナはトミヤから一枚の紙を受け取り、アリナと一緒に見る。


「え?」


「うそ!?」


 双子は紙に書かれた名前に知っている名前を見つけ、驚きを隠せなかった。

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