14.最強の剣の話
魔法技の件で行き場のない感情をスミナは抱えていた。そんな気持ちの切り替えと、魔族に対抗する手段の調査の為、スミナはアスイに調査の協力をお願いしに行く事に決めた。
「アリナは本当に行く気は無い?」
「うん、あたしが付いて行ってもお姉ちゃんを見守る事しか出来ないし、王城の宝物庫ならそこまで危険は無いだろうし。あたしはあたしで出来る事をするよ」
「分かった。調査で分かった事は教えるから」
「お姉ちゃんこそ無理しないでね」
「ありがとう」
アリナも誘ったが付いてくる気は無いようで、断られてしまった。調査に関してアリナが出来る事は少ないが、横にいてくれると安心感が違うのは確かだった。
スミナはエルを人間形態にしてアスイと約束した待ち合わせ場所に向かう。
「突然お呼びしてしまってすみません」
「いえ、自発的な調査に関してはぜひやっていただきたいと思っていたので」
王城の入り口に近い待ち合わせ場所でスミナはアスイと合流する。
「しかし、王城の宝物庫の呪われた道具を見たいとはどうしてですか?」
「授業で聞いたのですが、“最強の剣”の話のもとになった剣があると聞いたので。その剣の記憶を見る事で魔族に対抗する手段が分かるんじゃないかと思ったんです」
「あの封印された剣ですか。確かに強力な剣ですが、それと同時に強力な呪いがあり、危険なものでもあります。流石にスミナさんでも使いこなすのは無理だと思いますよ」
「大丈夫です、使おうなんて思ってませんから」
スミナはそう言いつつも、自分の祝福で使えるなら、いざという時の武器に出来るとも考えてはいた。とにかく判断するには実物を見ないと分からないとスミナは思っていた。
「分かりました。流石に普通の騎士が護衛では閲覧出来ないので、今日は私が付いて行きます」
「忙しいのにいいんですか?」
「私もたまには別の事をしないとストレスが溜まるんで。丁度いい息抜きになります」
アスイが笑顔で言うのでスミナはそれに甘える事にした。アスイに案内され王城へ入り、そのまま宝物庫へと向かう。既に宝物庫へ入る許可をもらっているようで、アスイが書状を見せるとスミナとエルも特にチェックされずにスムーズに宝物庫に入れた。
王城の宝物庫だけあって、何重にも扉があり、どれも簡単に壊せない頑丈そうな作りだった。階段で下へ下へと降りていき、ようやく広い通路がある場所まで来る。地下なのに明るく、豪華な雰囲気がある場所だった。
「通常の宝物庫の方は許可を取って無いので、今日はこちらです」
宝物庫の広い通路を真っ直ぐに進まず、アスイの案内で横の隠し通路に入る。隠し通路は専用の魔導具の鍵でのみ壁が動く仕組みだった。隠し通路は人一人が通る最低限の大きさで、明りも最低限で薄暗い。汚くは無いものの長時間いたくない通路だった。暗闇ではエルの人間形態の衣装が光るのでその明るさがありがたかった。
「そういえば、エルが本気を出せばお城の壁とか壊せるの?」
「はい、それ位なら簡単です。こちらの壁は魔法対策などされていないので、サクサク壊せます」
「本来であればエルちゃんのような子は宝物庫に入れられないですね……」
2人の話を聞いてアスイがやや困惑気味に言う。自分以外がマスターだったらエルを使ってやりたい放題だったろうとスミナは思った。
「ここからは特に危険なエリアになります。気を引き締めて下さい」
「マスター、危険物が近くにあります」
「呪いの道具はそれほど危険なんだ」
現実世界のホラー的な呪いを思い浮かべていたので、もっと物理的な危険があるのだとスミナも理解する。
「ほとんどの道具は厳重に封印されていますので、封印を解かない限りはこちらに影響はありません。何かあっても気分が悪くなる程度です。
ただし、奥の方にある道具は特に呪いが強く、封印から漏れて発動するモノがあります。なので、そういった物は更に部屋を分け、物理的に距離を取れるようになっています。呪いの剣もそのうちの一つです」
「そんな危険な剣だったんだ。触れても大丈夫なの?」
「剣が誘惑してくるので、それを拒否するだけで防げます。いざとなれば私が再度封印するので安心して下さい」
アスイはそう言うが、スミナは触るのが怖くなっていた。
呪われた道具の宝物庫に入ると、スミナでも部屋の空気が最悪なのが理解出来た。部屋の左右に鎖で縛られたケースが並び、その中に様々な道具が並んでいた。武器や食器や人形など、見た目は普通の品なのだがとてつもない負の魔力を感じる。スミナはそのどれにも触りたくなかった。
アスイに先導されて通るとカタカタと動く道具もあった。ケースを破って出て来るんじゃないかとスミナはお化け屋敷にでもいる気分になってエルの手を握った。エルは真剣な眼差しで周囲の道具を睨んで牽制していた。
「こういう道具の中に使える物とかは無かったんですか?」
「私も昔それを検討して少し調べてみましたが、大体が魔族が人間を陥れる為に作った物でした。命や魔力を削っていく割りに効果が薄く、役に立つ物は見つかりませんでした」
「そうなんですか」
こんな物でもガリサやジゴダ先生は喜んで調べそうだなとスミナは思った。道具の過去を見る意味はありそうだが、どれも悲惨な過去しか見れなそうで、スミナは正直遠慮したかった。
「こちらです」
アスイが奥に並んだ複数の扉の中で特に頑丈そうな扉を鍵を出して開く。扉が開いただけでスミナは邪悪な何かが噴き出したのを感じた。
「マスター、奥から魔族の反応があります」
「どうします?やめておきますか?」
アスイが最終確認をしてくる。スミナは少し躊躇したが、今の自分の閉塞感を打ち破りたくて無理をする事にした。
「行きます。とにかく実物を見てみます」
「分かりました。きつくなったら言って下さい」
アスイに先導され、扉の先の長い階段を降りる。ここまで距離を離さないと危険な物なのだとスミナは実感する。地下数十メートルぐらい下に降り、ようやく最後の扉が現れた。扉の先には凶悪なモンスターがいるような気配が感じられる。
「開けますよ」
「はい」
アスイが分厚い扉を開けると、そこは狭い部屋になっていて、ケースに鎖に巻かれた巨大な何かが入っていた。よく見るとそれは長さ2メートルぐらいの大剣で、何重にも鎖が巻かれているのだった。
「相変わらず人を脅かすのが好きですね」
『こんな所に閉じ込められたらヒマでしょうがないからな。今日は面白い子達を連れてるじゃないか』
「え?」
エルの魔法の通話のように頭に声が聞こえてスミナは驚く。
「この剣自体が意思を持ってるんです。私も昔使えないか見に来た時に少し話をしました」
『好きに取り込んでくれと言ったのに断られたよ』
「私は貴方みたいな力は要らないから」
アスイの能力を取り込む祝福なら呪いの剣の力も自分の物に出来たのだろうとスミナは思った。
「殆ど魔族のような呪いの剣だけど、見てみるの?」
「少し考えさせて下さい」
スミナは呪いの剣を見て、“最強の剣”のおとぎ話を思い出す。この世界の子供ならみんな知っているような話だ。大まかな内容は以下のような話である。
剣の腕で魔族を退治して王となった”剣王”と呼ばれる王様がいた。剣王は武器を集めるのが趣味で、大陸中から珍しい武器を買って集めていた。
ある日剣王は行商人から“最強の剣”と呼ばれる珍しい剣を手に入れる。剣をとても気に入った剣王はその剣で試し斬りがしたくて仕方なくなった。最初はモンスターを斬って満足していた剣王だが、やがてそれでは飽き足らず、気に食わない人を斬るようになった。
最初は王の好きにさせていた部下達も段々見過ごせなくなり、王に止めるよう提言する。しかし、王はそれに対して怒り狂い、部下や民たちも無差別に斬り殺してしまう。既に王は最強の剣の虜となっており、近付く者を全て倒したという。そうしてその国は滅び、剣王は後悔しながら亡くなった。
スミナはどこまでが真実か分からないが、目の前の呪いの剣が人を惑わせる剣なのは確かだと思った。そして、剣王がどのような人物だったか気になっていた。
「アスイさん、わたしはこの剣に触れてみます」
「いいのね?」
「はい」
「マスター、危険な場合はワタシが剣を破壊します」
『その若さで恐ろしい魔導兵器を連れているんだな』
「エルは兵器じゃありません」
剣の言葉に対してスミナは反論する。アスイは剣の入っているケースの鍵を開け、剣に直接触れられるようにした。
『オレを調べようとしてるのか?』
スミナは剣の言葉を無視し、鎖の間から剣に直接触れる。その瞬間、電撃のような感覚が走り、スミナはすぐに手を離す。剣の記憶は読め無かったが、剣の使い方が分かった、というより剣の凄さを理解した。この剣さえ使えば今まで倒せなかったどんな強敵だろうと倒せると思えた。
「大丈夫ですか?」
「平気です」
『オマエはオレの持ち主に相応しいようだな。分かっただろう、オレを使えばどんなに強くなれるかが。オレはただ持ち主を探しているだけだ。オマエはただオレを所有したいと望めばいい』
スミナの頭の中に剣の声が鮮明に響き渡る。アスイもエルも反応しないので、これが剣の誘惑なのだろう。確かにスミナは強さを望んでいる。だが、これはスミナが望む力では無い。
「残念だけどわたしはあなたの誘惑には屈しない」
「スミナさん、声が聞こえたのですね。よく耐えました」
「これぐらいは全然平気です。もう一回触れます」
『いい相棒が見つかったと思ったのにザンネンだ……』
剣の声が再び聞こえたがスミナはもう答えなかった。そうして覚悟を決めてもう一度剣に触れる。今度は衝撃は無く、剣の記憶が流れ込んできた。
本来であればその剣が製造された場面が一番最初の記憶になる筈だった。だが、スミナが最初に見たのは剣が入った巨大な箱が城に運ばれる場面からだった。剣の意志がそれ以前の記憶を見られるのを妨害しているのか、それとも剣として形作られたのがこの時なのかは分からない。とにかくスミナはそこから記憶を見る事にした。
「古代の英雄が使っていた剣を持ってきたというのは本当か?」
「はい、剣王様にこそ相応しいと思い、特別な剣をお持ち致しました」
商人とその部下が剣を持ち込んだのは大きな城の一室だった。その部屋は剣や他の武器が沢山壁に飾られていて、剣王のコレクションルームである事が分かる。剣王は王冠や服装こそ王様だが、その身体は大きく、歳を取ってなお筋力が衰えていなかった。対する商人は小柄で痩せ細り、黒い服でどこか怪しい雰囲気を醸し出していた。
「つまらん剣だったら許さんからな」
「滅相もございません。こちらはかの八英雄が一人、豪戦士タリグが聖魔大戦で使っていた剣になります」
商人の指示で箱が開けられ、その中には2メートルぐらいの巨大な剣が入っていた。剣は小さな傷はあるものの、力強さと美しさの調和が取れた立派な物に見えた。
「伝説の八英雄の剣とな。にわかには信じ難いが、確かに有無を言わさぬ力強さを感じる」
剣王はその剣を近付いて鑑賞する。流石に巨体の剣王でもこの大剣を振るうのは無理なように見えた。そもそも人間でこの剣を使いこなせる者はそうそう居ないだろう。
「持ってみてもよいか?」
「勿論ですとも。ですが、凄まじい切れ味ですので扱いは慎重になさって下さい」
剣王は箱に近付き、自分の身の丈もある大剣の柄に手を伸ばす。そして剣を持ち上げたが、重そうに見えず、むしろ軽々と掴んだように見えた。
「ほう、思ったより手に馴染むな。しかも見た目より軽い」
「それは剣が剣王様を主と認めたからでありましょう。昔その剣を使おうとした戦士がおりましたが、重く、とても振り回せなどしませんでした」
「剣の主か。
はっ!」
剣王が剣を振り被り、近くにあった椅子に振り下ろす。すると椅子は柔らかい果実のように真っ二つに割れ、剣が石床にぶつかる鈍い音だけが響いた。
「これは確かに凄い品だ。気に入った、いくらだ?」
「剣王様にこそ相応しいので献上致します。と言いたいところですが、我が店の秘蔵の一品、特別価格で金貨30枚でいかがでしょうか?」
「いいだろう、お前たち、金貨を持って来い」
剣王は上機嫌で大剣を購入した。商人の笑顔が更に増したように感じる。
「一つだけご忠告させて下さい。その剣は多くのモンスターや人の血を吸ってきたと言われております。あまり長い時間お近くに置く事は控えた方がよろしいかと」
「なにワシだって似たようなものだ。今更何を恐れる必要がある」
「確かに、剣王様ほどのお方、余計な心配でしたな。ぜひ大切になさって下さい」
商人は深々と礼をし、部屋を出ていった。その後剣王はとても満足そうに大剣を部屋の一番目立つ場所に飾らせたのだった。
大剣はしばらくはコレクションルームに飾られたままだった。1週間ほど経ち、大剣が持ち出される事になる。剣王がモンスター狩りで試し斬りをしたいという事だった。
複数の兵士が箱に入れた大剣を運び、王は自分の馬で部下に囲まれて城の裏手の森へと向かった。森に簡易的な陣地を作り、剣王はそこで用意された椅子に座る。
「剣王、こういった狩りは今回だけですぞ」
「分かっておる、一度試したいだけだ」
剣王の側近の若い男が釘を指す。この場の司令官で剣王に信頼されている人物のようだ。周りの兵士も近衛兵らしく、立派な鎧を着て、動きも整っていた。
「我らがモンスターを追い立ててきます。王はここで待ち構えていて下さい」
「そんな心配せんでもまだまだ動けるぞ。
分かった、お主の言う事を聞こう」
司令官が睨んだので剣王は渋々森の広場に立ち、持ってきた大剣を手にして待機していた。
しばらくすると兵士達が戻って来て、その後を1体のオーガが追いかけて来ていた。あえて倒さず、オーガをおびき寄せているのだ。剣王は嬉しそうに大剣を構えた。周囲には万が一に備えて弓兵が控え、魔法使いの兵士も魔法の準備をしていた。
『ウォオオッ!!』
オーガが雄叫びをあげて剣王へと近付いていく。剣王は長身だが、オーガは更に一回り大きい。オーガは灰色の肌に僅かばかりの布を纏い、手には荒く削りだしたこん棒を持っていた。知能は人間に劣るが、力と生命力は人型モンスターでは上位に入るだろう。
「はっ!!」
剣王は素早くオーガに近付き、その胴体を大剣で真横に切り裂いた。オーガの身体は上下に分かれ、地面へと崩れ落ちる。まさに一撃だった。
「お見事!」
司令官の声に合わせ周りの兵士達が拍手をする。剣王は笑顔を見せたが、徐々に笑顔が消えていく。
「オーガなどでは手応えがまるで無い。もっと魔獣のようなモンスターはいなかったのか?」
「この周囲にそこまで脅威になるようなモンスターはもうおりません。それに、王を危険な目に合わせるわけには行きませぬ」
「分かっておる。分かっておるが……」
剣王は試し斬りに満足していないようだ。司令官は何とか剣王の説得を続けた。
「剣王様が偉大な剣士だという事は皆承知です。ですが、王となられたのですから、御身は大事にしていただかないと困ります」
「ワシはもう戦いでは役立たずなのか。確かにそなたに剣で挑んで勝てないかもしれぬ。だが、まだそこいらの兵よりはよっぽど役に立つぞ!!」
「そういう話ではございません。わたくしなどが剣王様に敵うわけもなく」
「黙れ!!」
そう剣王が叫んだ瞬間、司令官の首が宙に舞った。首は地面に落ち、司令官は驚いた顔のまま息を引き取った。司令官の首を刎ねたのは剣王の大剣だった。剣王は己のした事に青ざめ、顔が引きつっている。そもそも剣王は剣を地面に下ろしていた状態で、構えてすらいなかった。まさに目にもとまらぬ早業だった。
周囲の兵士達は即座に何が起こったか理解出来ず、辺りは静まり返っていた。しかし、剣王の手の大剣と司令官の飛ばされた首から状況を理解し、慌て始めた。
「こ奴はワシに謀反を計った。だから手討ちにしたのだ。お前たち、城に戻るぞ」
「は、はい!」
剣王の一声で兵士達が大慌てで動き出す。剣王と司令官の会話をどれだけの人が聞いていたか分からないが、剣王の言葉は絶対のようだ。兵士達は急いで司令官の死体を包み、何事も無かったように城へと戻るのだった。
それから剣王は明らかにおかしくなっていた。顔色は悪化し、大剣はコレクションルームではなく剣王の寝室に肌身離さず置くようになった。狩りには行かなくなったが、代わりに罪人の処刑は剣王自ら行う事を臣下に伝えた。
剣王は王としての仕事はこなしつつ、罪人が捕まるたびに城の地下へ行き、罪人の身体を大剣で切り刻んだ。剣を振るう剣王に喜びの表情などは無く、人を斬る度に苦悩の表情をしていた。
やがて剣王の振る舞いに反発する臣下が現れた。だが、剣王を思って忠告した臣下を剣王は大剣で叩き斬っていた。それ以降、剣王に口出しする者は居なくなった。
それからしばらくして、美しいドレスを着た夫人と臣下が剣王の部屋へ訪れる。その振る舞いから王妃と忠臣である事が見て取れた。
「あなた、このままでは国が成り立たなくなります。まずはその剣をどこか離れた場所へ置くようにして下さい」
「何だ、断りも無く部屋に入ってきおって。ワシの何が悪い。
お前、誰かから告げ口されたな?」
「告げ口だなんて。あなたを見る周囲の目が変わっている事に気付かないのですか?すべてはその剣が来てからおかしくなったのです」
「お前に剣の何が分かる!この国を作ったのはワシだぞ。この剣さえあればこの国はこの先も安泰だ。
それともお前はワシにはもう衰え、戦う力など無いというのか!!」
剣王は剣を掴み王妃を威圧する。すると王妃の後ろに控えていた忠臣が前に進み出た。
「剣王様、おやめ下さい。王妃様は剣王様の事を大変ご心配し、口出しできない我々に代わりお話しに来たのですぞ」
「まさかお前、妻と通じているのか?」
「あなた、言って良い事と悪い事があります!!」
「そうで無いなら……。
そうか、分かったぞ。この剣をワシから奪うつもりか。周りの者の視線はそういう事だったのか」
剣王は全てを理解したような顔をする。
「剣王様の趣味を取り上げたい訳ではございません。ただ、その剣だけはどこか別の部屋に保管した方が剣王様の為だとわたくしは思います」
「もういい、裏切り者め!!」
剣王は大剣を振る。すると忠臣の首は簡単に吹き飛び、周囲に血が噴き出した。
「あなた、何を……」
「お前は部屋に戻れ。今後剣を狙う者は容赦なく斬るようにする」
「駄目です、そんな事をしては」
王妃は進み出て剣王から剣を奪おうとした。が、力の差は歴然で、王妃は振り払われ床に倒れ込んだ。剣王は鋭い眼光で王妃を見下ろす。
「その顔、本当にあなたなの?」
「なんだその表情は。なぜそんな目でワシを見る……」
剣王も王妃の驚く顔に冷静さを取り戻す。
「頭が痛い……。気分が悪い、すまんが一人にさせてくれ」
「ですがあなた……」
よろめく剣王に王妃が近付く。瞬間、王妃の身体が腰から二つに分かれた。
「どうして……」
王妃は哀しい目で剣王を見つめながら死んでいった。室内には血と臓物が飛び散り、異常な光景となっている。剣王は妻の死体をまじまじと見つめ、青ざめた顔で自分のした事をようやく理解した。
「うぉおおおおおおお!!!」
獣のような叫びを剣王は上げる。剣王の顔は怒りへと変わっていく。
「何がありました?」
叫びを聞いて剣王の部屋に護衛の兵士達が集まってきた。そして室内の惨状を見て驚く。
「剣王様、何を……」
「うるさい、黙れ!!!!!」
剣王は入ってきた兵士を次々に切り捨てた。そして、動く者が自分しか居なくなって、剣王は動きを止める。
「やめろ!ワシに入って来るな!!」
剣王は剣を壁に投げつけた。王妃を殺した事でようやく自分がおかしいと気付いたのだ。
「お父様、何がありましたの?」
そんな部屋に10代後半の美しい少女が入ってくる。煌びやかなドレスを着た剣王の娘である姫だった。そして眼前に広がる惨劇が目に入る。
「やめろ、こっちに来るな!!」
「お父様、なんで……。お母様が……」
姫は剣王が王妃を斬った事を理解してしまう。姫は崩れ落ち、床に倒れ込む。床には壁に投げつけられた大剣が落ちていた。
『ムスメよ。絶望を覆すチカラが欲しくないか?』
「力?」
大剣の声が響き、姫が反応する。
「やめろ、そいつの声に耳を傾けるな!!」
『オマエの手で全てをやり直すんだ。こんな状況耐えられないだろう?』
「やり直せる?わたくしが?」
『我を手にせよ。それで全てが叶う』
「やめろーー!!」
剣王の声が響く中、姫は大剣の柄に手を触れた。その瞬間、姫の身体を黒いオーラが包み込む。オーラは黒い鎧となり全身を包み込んだ。元の姫の姿とは似ても似つかない禍々しい黒い巨大な鎧姿に姫は変っていた。
「娘を返せ!!」
剣王は近くにあった予備の剣を抜き、大剣を持った黒い鎧に斬りかかる。剣王は姫本体を傷付けるわけには行かず、大剣を手から叩き落そうとした。だが、その前に剣王の身体は縦に真っ二つになった。黒い鎧は巨体とは思えぬ速さで剣を振っていたのだ。
その後は目も当てられない地獄絵図だった。黒騎士となった姫は獲物を求めて城の中を駆け巡り、相手が女子供だろうと手当たり次第に斬っていった。そこには人としての意志は無く、まさに魔物の動きだった。城内は混乱し、迎え撃とうとした兵士もいたが、弓も魔法も剣も効かず、やがて皆逃げ惑うようになった。
ついに城内はもぬけの殻となり、黒騎士は逃げた人を追って城下町に下りてくる。最初は何事かと思った市民達も黒騎士が手当たり次第に人を斬っているのを見て状況を理解する。そして黒騎士と示し合わせたようにモンスターが町に現れた。町には悲鳴が響き渡り、逃げ惑う人々が虐殺される光景が広がっていった。
黒騎士は町の中をしらみつぶしに探り、生きている者は老人だろうが子供だろうが手当たり次第に切り捨てた。城下町には火の手が上がり、やがて動くものはモンスター以外居なくなっていた。
「これは……」
動きを止めた黒騎士から姫の声が聞こえる。
『オマエが成し遂げたのだ。全てを消し去り、やり直す為に』
「わたくしはこんな事は望んでいない」
『ではオレにくれ。オマエの代わりにオレが罪を被ってやろう』
「本当に?」
『ああ、オマエの憎しみも悲しみも全て消し去ってやる』
「分かりました」
姫は剣に全てを与えた。
「やだ、やめて、入って来ないで!!」
『もう遅い。オマエは受け入れたのだからな』
姫の黒い鎧が歪み、更に禍々しい姿へと変わっていく。鎧の兜部分に大きな邪悪な瞳が現れる。剣は腕と一体化し、より鋭くなり赤黒い輝きを放った。それは邪悪さを表現したような姿だった。
「いいカラダだ。こんなにウマい感情は久しぶりに味わった」
禍々しい声で黒騎士が喋る。黒騎士は城に戻り、玉座に腰かけると動かなくなった。城にはモンスターが徘徊するようになり、しばらくの間玉座の間には誰も辿り着けなかった。
数年の月日が経ち、黒騎士は変らず玉座に腰かけていた。
その日は城内のモンスターが慌ただしく動いていた。そして、初めて玉座の間の扉が開く。そこには傷だらけの鎧を着て、刃こぼれのある長剣を持った中年の騎士が立っていた。騎士は玉座に座る黒騎士を睨んだ。
「よくぞ参った。待ち侘びたぞ」
「……」
黒騎士の言葉に対して騎士は何も言わずに玉座へと近付いていく。
「無口な男だ。名を何という?」
「――テクス」
騎士は一言だけ自分の名前を告げた。
「そうか。では、決闘を始めようか」
黒騎士が立ち上がり、テクスと向き合う。テクスは長剣を構え、黒騎士に斬りかかった。黒騎士はそれを剣で受け止め、弾いて更に斬り込む。テクスはそれを後退して避けた。
「お前は剣王では無いな。誰だ?」
「ほう、太刀筋で分かるのか。いいだろう、この身体のヌシを見せてやろう」
黒騎士は瞳の付いた兜を上に上げる。そこには真っ白な姫の顔が残っていた。
「貴様、姫を!」
「このムスメの望んだ事だ。まあ、既に魂は頂いたがな」
「許さん!」
テクスは怒りを秘めた瞳で黒騎士を睨む。そこから激しい戦いが始まった。速度と剣技ではテクスが上回り、何度も攻撃を当てていた。しかし力と硬さが尋常ではない黒騎士が逆にテクスを追い詰めていった。テクスの傷は増えていき、黒騎士は鎧の傷が再生するため致命傷にはならない。
「そこだ!」
テクスが渾身の力で剣を黒騎士に突き刺した。が、度重なる打ち込みで剣にひびが入り、剣は刺さりはしたが、途中で折れてしまった。
「人間にしてはよくやったと誉めてやろう。だが、オレには敵わなかったな」
黒騎士が勝利を確信して大剣を振り上げる。
「死ね」
大剣が振り下ろされた。しかし、大剣はテクスを斬る前に宙で止まっていた。
「光が汝を天へ帰すだろう」
テクスがゆっくりと言う。テクスの手には光で出来た剣が握られ、それが大剣を受け止めていた。
「姫、ゆっくりとお眠り下さい」
光の剣は静かに弧を描いて黒騎士を横に斬った。黒騎士が真っ二つに割れ、光がそれを包み込む。
「その力、その技、オマエは一体……」
黒騎士の声がか細くなり消えていった。姫の身体は光の中に消え、残ったのは普通の姿に戻った大剣だけだった。光で封印されたのか大剣からの声がする事は無くなっていた。テクスは大剣を布に包み、持ち去るのだった。
その後大剣は厳重に管理され、様々な場所で保管されたが、二度と主を得る事は無かった。やがて王国の宝物庫に収納され今に至った。
スミナの意識が戻り、長時間記憶を見ていたので倒れそうになる。エルが急いで支えてくれて、何とかスミナは立っていられた。
「大丈夫ですか、スミナさん」
「ええ、ちょっと魔力を使い過ぎただけです」
段々と力が戻ってきてスミナは平常に戻る。
「あなたはなんて酷い事を」
スミナは鎖を巻かれた大剣を睨みつける。
『オマエはオレの記憶を覗いたのか?そうか、オマエも転生者か』
「アスイさん、この剣は何の罪も無い姫を騙し、国を滅ぼし、姫の身体も奪いました。絶対に使ってはいけない剣です」
『罪が無いだと?オレは人の本当の望みを叶えてやっただけだ』
「スミナさん、剣の言葉を聞いてはいけません」
「はい」
剣の形はしているが、これは人の感情を糧に力を得る魔物なのだとスミナは思った。
「ところでアスイさんはテクスという名の騎士を知っていますか?」
『やめろ、オレの前でその名を出すな!!』
スミナが言った瞬間、大剣から負の力が噴き出し部屋を揺らした。
「スミナさん、一旦この部屋を出ましょう」
アスイは急いでケースを閉め、部屋からも抜け出した。呪いの宝物庫からも急いで出て、アスイの案内で城の中を移動する。王城の日の光が当たる部屋に案内され、ようやくスミナ達は落ち着いた。
「先ほどの話の続きですが、スミナさんはテクスという名をどこで聞いたのですか?」
「実は――」
スミナは大剣の記憶で見たテクスの事を説明する。
「そうですか、あの剣を封印したのは勇者テクスなのですね」
「勇者テクスですか?」
「はい、私が昔調べた文献に魔を滅ぼす勇者テクスと書かれていました。しかし、何をした勇者なのかは書かれていませんでした。他の文献にも殆ど残っておらず、たまに名前だけ残っている勇者なのです」
「そうなんですか」
スミナは自分が見たテクスはそれなりの歳で、見た目は勇者という感じはしなかった。しかし、その剣の腕や光の剣の力は確かに勇者に相応しい強さだと思った。テクスの能力から転生者である可能性もスミナは感じていた。
「もし勇者テクスの技が分かれば魔族との戦いに役に立つかもしれません」
「そうですね、私も今後何か分かったらお伝えします。もしまた調べたい物や事があったら気軽に連絡して下さいね」
少し休憩してスミナはアスイと別れた。スミナの心には呪いの剣によって失われた人と国の悲しみが残っていた。