10.未知の世界
アリナ・アイルは見知らぬ異様な空間に飛ばされて焦っていた。装備が無くなり、魔法が使えなくなった事もあるが、それよりもっと大きな問題に直面していたからだ。
(やっぱり気のせいじゃない。あたしの危険察知の祝福が使えなくなってる!)
周りを何かに囲まれているのに気付いた時、危険を感じないのは敵意が無いからかとアリナは思っていた。だが、周囲に完全に危険が無い状態など今まで無く、感じないのは祝福が機能してないからだと理解したのだ。それに気付いた瞬間、周りをじわじわと距離を詰めて来る何かがとても恐ろしくなった。今までは危険察知で状況が先に分かったから対処出来たが、無くなった事で自分がどれだけ能力に頼っていたか思い知らされる。
(駄目だ、弱気になっちゃ。あたしがお姉ちゃんを守るんだ!!)
アリナは自分の横に立つ姉を想い、気力を振り絞る。そして一つだけ試していない能力を試した。魔力を物質化させる祝福だ。アリナは飛ばされる前に持っていた刀の紅を思い浮かべ、それに似せた刀を魔力で作り出そうとする。すると手の中に馴染のある形の刀が具現化された。ただ、その際にいつもと違う何かの違和感があったが、それが何かがアリナには分からなかった。
「お姉ちゃん、武器と防具を作るから動かないでね」
「分かった」
アリナはスミナにレーヴァテインに似た剣と魔導鎧を模した鎧を魔力で作る。その後、自分にも鎧を魔力で作った。
「あと、また悪い知らせなんだけど、あたしの危険察知の祝福も使えなくなってる。物を作る方は出来たけど」
「アリナもなんだ。わたしも服から道具の記憶を見ようとしたけど無理だった」
スミナも能力に制限が出来たのを知り、本気で自分が何とかしなければとアリナは考える。魔法が使えず、危険の察知が出来なくても、魔力を物質化出来れば攻撃も防御も何とでもなる。魔法が使えない今、出来ればスミナには戦わせたくないとアリナは思った。
アリナが刀を構えた事で周囲の敵と思われる存在の動きに変化があった。今までじりじりと距離を詰めていたのが一気にこちらに迫って来たのだ。薄暗く、紫色の霧のようなもので曇っていて見えなかった相手の正体がついに見えるようになる。
(思ったより小さい?それにこの形は……)
双子の周囲を囲んでいたのが1メートルにも満たない小さな生物だと分かる。そしてその身体は貝殻のような突起のある殻を頭に被った、目だけ大きく光っている子供のような生き物だった。一応2足歩行で、生身の部分は黒く、足はタコのような軟体に見える。身体には海藻を服のように纏っていた。ただ、手には骨で出来た銛のような武器を持っており、道具を使う知能があるのも何となく分かる。
(危険が分かればどれぐらい強いか分かるのに)
相手は10体以上いるが、並のモンスター程度の強さなら魔法が使えない双子でも余裕だろう。逆に見た目と違ってデビル並の強さがあるとしたら魔法が使えない双子に勝ち目は無い。
(そもそも倒しちゃっていいのかな?)
「アリナ、ここは一旦わたしに任せて。話し合いしてみるから」
アリナと同じ事を考えていたのか、スミナがそう言ってからアリナが作った剣を地面に置く。
「すみません、わたし達に戦う意思はありません。
突然この場所に飛ばされ、困っているんです。ここがどこなのか教えてくれませんでしょうか?」
スミナは自分の正面に居る生物に向かって話しかける。相手は声を聞いて一気に警戒が増したのを感じた。問題は言葉が通じるかどうかもある。
「ンミャリャミュラブナ」
「ソバリィムニュミャブ」
スミナの前の2体が顔を見合わせて何か会話をしているが、意味が理解出来ない。
「ヴィワニュル!!」
謎の生物の1体が銛をスミナの方に突き出して言う。しかし相手が何を言ってるか分からないので対処出来ない。
「どうしよう、アリナ」
「こうなったら戦うしか無いんじゃない?」
「でも……」
アリナは敵の動きから相手がそんなに強く無さそうに見え、少し余裕が出て来ていた。この数なら魔力の刃を飛ばせば一気に倒す事も出来そうだ。
スミナも謎の生物もお互いに動かない為、緊迫した空気が続く。アリナが何かしようか考えた時、周囲の状況が変わった。
「お姉ちゃん、何かデカいのが来る!!」
「うん、わたしも感じた」
双子達の右側から振動が感じられ、小さな生物とは別の巨大な何かが迫って来るのが分かる。すると謎の生物たちは叫び声のようなものを上げながらウロチョロと慌て始めた。
「ヴィーッ!!」
そんな中、謎の生物の1体が叫ぶと騒ぎが収まり、謎の生物達は迫りくる巨大な何かに向けて隊列を作り、銛を構えた。叫んだのがこいつらのリーダーなのだろう。謎の生物と巨大な何かはどうやら敵対しているように見える。
「アリナ、一旦様子を見よう」
「分かった」
スミナは自分への警戒が解かれた事で冷静になったようだ。状況によってはこの場から逃げるのもありだなとアリナは思う。といってもどっちに逃げればいいか分からないが。
「何あれ」
アリナは巨大な何かの全貌を見て言葉を漏らす。それは巨大な樽を思い浮かばせるフォルムをしていた。ただ、皮膚はカボチャのようにオレンジ色をしていて、所々にイボが付いている。足はエビの足のような物が大量に出ていて大きな図体を支えている。何より不気味なのは頭部で樽の上の部分に小さな赤い実のような物が並んで生えていて、その1個1個に目が付いていた。
「一応生き物みたいね、でもどうやって攻撃するんだろう」
「お姉ちゃん、何かヤバそう!!」
小さな生物達が銛で巨大な樽に攻撃したが、高さ的に足にしか届かず、足は固いのか無傷のように見えた。それに反応してか、巨大な生物が突然横に倒れ、転がり出したのだ。
「あれに踏まれたら一溜りも無い。アリナ、助けよう!!」
「マジで?いいけど」
既に樽は高速で回転し、謎の生物を踏み潰す直前だった。アリナは魔力を物質化させて障害物を作り、樽を脇へと転がして謎の生物が潰れるのを防いだ。
「お姉ちゃん!!」
「うん!!」
アリナは更に障害物を作って樽が転がるのを止める。そこへスミナが剣で目の部分を斬り裂いていく。樽のような生物は斬られると黄色い血を吹き出していた。アリナは魔法が使えないのでスミナほど速く動けず、近付くより早いと魔力で作った槍で樽の頭上部分を突き刺した。どうやら上部からの攻撃には弱かったようで、槍は深々と突き刺さる。
足を動かして何とか立ち上がった樽のような生物だが、もう動きが弱っているように見えた。
「アリナ、わたしを上に」
「分かった」
アリナはスミナの足元から物質を上に積み上げ、樽の上部へと運んでいく。
「とどめ!!」
スミナは魔法も無いのに樽に飛び掛かり、上の部分から剣で斬り裂いていった。樽上の生物は頭頂部から足元まで真っ直ぐ剣で斬られる。アリナは急いでクッションをスミナの落下地点に作り、少しでも衝撃を抑えた。
「魔法も無いのに無茶し過ぎだよ、お姉ちゃん」
「でもアリナがフォローしてくれるでしょ」
「そりゃ、そうだけど」
信頼してくれるのは嬉しいが、無茶されるのは困ってしまう。
(やっぱり運動能力はお姉ちゃんが一回りも上だなあ)
魔法が使えなくなり、近接での戦闘能力の姉との差が圧倒的にあるとアリナは思い知らされた。刀を作ってみたものの、近付いて斬るだけでもリスクがある事も。
「何とか倒せたみたい。
しかし変な生き物だね」
スミナが倒した樽のような生物を観察している。すると逃げ惑っていた小さい方の生物が段々とこちらに近付いてきた。これで力の差は見せつけられただろう。彼等はある程度の距離まで近付くとこちらをじっと観察している。
「どうしたんだろう」
「お姉ちゃん、多分この怪物はちっちゃいのの獲物だったんじゃない?だからあたし達がどう処理するか見てるんだと思う」
アリナは小さい生物が持っている物や着ている物から狩猟をして生活をしてるんじゃないかと想像する。現実世界のゲームにいた小型のマスコットっぽい生物に似ていたのを思い出したのもある。
「なるほど、よく分かるね、アリナ」
「合ってるかは分からないけど、それなら見てる意味と繋がるから。
これ、あたし達使わないから、好きにしていいよ」
アリナはスミナの手を引いて樽のような生物の死体から離れる。すると小さい生物はこちらの様子を伺いつつ、徐々に樽のような生物に近付いた。
「ンガヴィ」
リーダーと思われる生物がそう言うと他の生物が銛で樽の身体を分解し始めた。アリナの予想通り、小さい生物はデカい方を狩る為に銛のような武器を持っていたのだろう。樽のような身体は綺麗に分解され、1人が運べる大きさになるとそれを海藻の服で縛って背負う。食料にするんだろうな、とアリナは想像した。
解体の様子を見ていた双子の方にリーダーが近付いて来る。
「ダダンナ、ヴィガフィ」
何となく敵意の無くなった言葉を喋る。その後リーダーは銛を地面に突き刺し、タコのような手を頭の後ろに回した。
「感謝を示してるのかな」
「武器を下ろして敵意が無い事を示してるのかも。わたし達も真似しようか」
双子はリーダーがしたのと同じように武器を地面に刺し、手を頭の後ろに回した。
「ヴィガスン、フィレフィレ」
リーダーの言ってる事は分からないが、何か嬉しそうだ。その後リーダーは銛を仲間達の方へ向け、ついてこいと示しているようだった。
「行く場所も無いしついて行こうか」
「うん」
双子達は小さな生物の後を付いていく事にした。
謎の生物の後を歩いていくにつれ、ここが水辺の砂浜のような場所だと分かってくる。少し離れた場所に水面が見え、波はあまりたっておらず、それが池なのか湖なのか海なのかの判別は出来ない。見た感じ周囲に他の生き物はおらず、全体的に静かな空間だった。
「なんか見えて来た」
アリナは小さな生物の進行方向に高い建物のような物があるのを見つける。もしかしたら人間が住む町か何かかもしれないとアリナは期待する。
「危険かもしれないから気を引き締めて行こう」
「分かってる」
アリナが楽観的なのに気付いてか、スミナが一言入れる。確かにここがどこか分からない以上、気を付けるに越した事は無い。砂浜から離れていく方向に道のような物が出来ていて、小さな生物はそこを登っていく。紫色の霧が晴れ始め、薄暗いが視界がよくなってきていた。茶色の地面に石で出来た灰色の道が続いているのが分かる。そして高い建物が実際にキラキラと反射する素材で出来た金色の塔のようなものだと確認出来た。
「町、なのかな?」
「ここがどういう場所か分からないけど、知能がある生物が作った建造物だとは思う」
道を登った丘の上に人工物と思われる柵が並び、その奥に赤い壁の建物が建ち並んでいるのが見えた。金色の塔は更に奥にある。小さな生物達は門のような入り口から中へと入っていく。小さい生物に知性はあるが、こいつらが作ったとはアリナには思えなかった。
「あら、ポボズ達が随分騒がしいと思ったら、稀人が紛れ込んでたのね」
門の中に入ると、そこに初老の女性が立っていた。服装は見た事の無い茶色い生地のゆったりとしたものだが、姿形も言語も同じ人間であると分かる。
「こんにちは。あの、“まれびと”とはどういう意味なのでしょう?」
「ええ、こんにちは。貴方達魔法が使える世界から来た人たちでしょ?ここに迷い込んだそういう人達の事を稀人と呼んでいるのよ」
「おばさん、ここはどこなの?」
アリナは率直に聞く。
「ここは“終わりの世界”よ。稀人にとっては時の止まった場所とでも言った方がいいかしら」
「どういう意味でしょうか?ここは時間が流れていないのですか?」
「生物の時間は流れているわ。そうでなければ私もこんな年寄りになってないでしょ。
止まっているのは世界そのものの時間を指しているの。
と、立ち話もなんですし、私の家にいらっしゃい。ここに来て食事もとってないでしょ?」
そう言われてみるとアリナは空腹を感じる。双子は顔を見合わせて頷くと女性について行く事にした。先を歩いていた謎の生物達は双子と女性を会わせるのが目的だったのか、散り散りになっていた。謎の生物達は町の所々に見かけ、恐らくここに住んでいるのだろう。
「ここが私の家よ。といっても碌な物も無いけれど、食事はあるから大丈夫よ」
「「お邪魔します」」
双子は一軒家としては小さめの赤い壁で出来た女性の家に入った。中も赤いかと思ったら、茶色い落ち着いた色合いになっていてアリナは安堵した。入ってすぐに客間のようになっていて、テーブルと椅子が4つ並んでいる。ただ、家の中に他の人の気配は無い。
「誰もいないから安心して。そこに座って待っていて頂戴」
「分かりました」
双子は言われるままにテーブルの席に腰を下ろす。椅子は木とも石とも違う不思議な感じの材質だ。見た目に反してとても軽く座り心地も悪く無い。一方テーブルは金属で出来ていて輝いていた。天井に吊るされた灯りは魔法では無く、火が灯っている。魔法が使えないから魔導具も無いようだ。
「お口に合うか分からないけど、どうぞ召し上がれ」
「「頂きます」」
女性が赤っぽい色のスープとパンを持ってきてくれて、双子はそれを早速食べる。パンは少し硬いが、味も食感もよく食べているパンだった。スープは結構ドロッとしていて、中によく分からない物体が入っていて口に運ぶのには勇気がいる。ただ、空腹と喉も乾いていたのでアリナは一思いに口に入れた。
「美味しい!!」
「それは良かったわ」
スープは辛めの味付けがしてあり、とても美味しかった。よく分からない物体は肉の代わりのようで、タコみたいな海産物の歯応えだが、スープに合っていた。野菜と思われる物も柔らかくとても美味しく感じた。食事と水を取り、アリナはかなり緊張が解けていた。
「ご馳走様でした。食事美味しかったです、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ久しぶりに人と一緒に食事を取れてよかったわ」
「おばさんはここで1人で住んでるの?ご近所さんは?」
アリナはとりあえず気になった事を聞いてみる。
「昔はここにも沢山人が住んでいたんだけどね、色々あって今は私1人しかいないわ。
ああ、ちょっと例外はあるんだけどね」
「あの小さな生物とは友好的なんですか?」
「ポボズの事よね。あれは人の真似事をしては居るけど獣魔なの。人が居なくなったから勝手に空き家に住んでいて私も追い払ったりしないからあんな感じよ。互いに干渉しない決まりが自然と出来てるの。
ところで2人はよく無事にここまで来れたわね。別の獣魔に襲われたんじゃない?」
小さい生物はポボズという名前らしい。そしてここではモンスターを獣魔と呼んでいる事が分かる。
「あの樽のような形の足が沢山ある生物ですよね。何とか倒せたので無事でした」
「あら、貴方達若いのに強いのね。
でも残念ね、若い女性がこんな場所に来てしまったなんて」
「そうだ、あたし達こんな事してる場合じゃないんだった。
おばさん、あたし達元居た場所に戻りたいんだけど、どっちに行けばいいの?」
アリナは自分達が飛ばされた事を思い出し、帰り道を聞く。
「残念だけどここに来た人は二度と帰れないと思うわ。
そしてここは今とても酷い状態なの」
「何かあったのでしょうか?」
「大昔はここにも国があったのだけど、それはすぐに崩壊してしまったわ。
それでも人々は力を合わせて生きる為に暮らし続けていた。過去の王国が残した文明を大事に利用してね。
ただ、10年ぐらい前に悪党ガボンザが力で支配し、富を独り占めしたの。逆らう者は殺され、若者は皆労働者として連れ去られた。若い女性達はもっと酷い目にあっている。そしてそれを止める者は誰も居ないの。
遠くにレジスタンスが出来たとは聞いたけど、ガボンザ達を倒すのは無理でしょうね」
女性が悲し気に言う。ここにこの女性以外居ないのはそうした理由なのだろう。アリナは何とかしてあげたい気持ちもあるが、自分達がそれどころでは無いので言えなかった。何より今の自分は魔法も危険察知も使えないのもある。
「ここの状況は分かりました。
それで、帰れないというのはどういう事なんでしょうか?」
「私も詳しい事は分からないけど、稀人が住んでいた世界と、ここは別の世界だと聞いているわ。
そうだ、元の世界に帰りたいなら“塔の人”に聞いてみたらどうかしら?」
「塔の人?」
「貴方達も見たでしょ、金色の高い塔を。あそこには全てを見通す塔の人が住んでいると言われているのよ。まあ私が生きている間に見た人は居ないので本当に生きているかは不明なのだけど。
それでも、陽が射す日には塔の上から音楽が奏でられるの。だから私はまだ生きていると思うわ」
金色の塔には何か凄い人が住んでいるらしい。帰る方法を知っているなら是非会いたいところだ。
「アリナ、会いに行ってみよう」
「そうだ、一つだけ問題があるの。誰も見た人が居ないって言ったでしょ。その理由は塔の入り口に仕掛けがあって、それを解く事が誰も出来なかったからなの。塔の人と会える条件は仕掛けが解ける人だって。だから行っても無駄足になるかもしれないわ」
「ありがとうございます。それでも会いに行ってみます。
食事と情報をありがとうございました。何かお礼が出来ればいいんですが、今は何も持っていなくて」
「そんな事気にしなくていいわ。私は久しぶりに人と話せただけで満足だから。それじゃあ気を付けてね」
「おばさんも元気でね」
双子はそう言って女性の家を出て、金色の塔へと向かった。向かいながら町の様子を見ると、確かに文明があった形跡があるが、それが失われてしまったのが見て取れた。それでも温かい食事や水はあるようで、人間が生きていく事は可能なのだろう。
「お姉ちゃん、あれが入り口だね」
「確かに変な仕掛けが入り口に付いてる」
双子は高い金色の塔の入り口に辿り着く。扉と思われる入り口には複雑怪奇な形をした金属が重なり合っていた。この金属を動かし、仕掛けを解かないと入れないらしい。
「お姉ちゃん解ける?」
「見たところ難しそうだけど、もしわたしの祝福が使えるなら解けると思う」
スミナの道具の記憶を読む祝福は使えなくなったが、どんな道具も使いこなす祝福は使えるかもしれない。スミナは仕掛けに手を触れ、少し考え込んだ。
「こうかな」
スミナの手が素早く動き、金属を次々と上下左右に動かしていく。すると複雑に見えた金属は花のような模様に変化していた。そしてまるで最初から扉があったかのように、左右に扉が開いていく。
「やったじゃん」
「以前と感覚は違うけど、ちゃんと道具を読み解く事は出来た。わたしもアリナも部分的に祝福が使えなくなったみたいだね」
双子はゆっくりと扉の中へと入っていった。塔の中は薄暗く、入ったすぐの部屋には誰も居なかった。罠があるかもしれないが、今のアリナにはそれを感知出来ない。
「すみません、誰か居ますか?」
スミナが大声で呼び掛ける。しかし誰の返事もない。部屋の奥には塔をらせん状に登る為の階段が設置してあった。
「上に居るんじゃない?」
「そうだね、気を付けつつ行ってみよう」
双子達が警戒しつつ階段を登ると、入り口の扉が自動的に締まった。もしかしたら閉じ込められたかもしれない。だが双子は振り返らず、階段を登っていった。
「この先が最上階みたい」
螺旋階段に沿って途中に部屋がいくつかあったが、覗いてみてもそこには誰も居なかった。あるのは本棚だったり、研究施設のような部屋だ。スミナは調べたそうに見えたが我慢し、とにかく塔の人と会う事を第一とした。
「わたしがドアを開けるから、アリナは何かあったら防御をお願い」
「分かった」
スミナはドアにカギがかかっていても開けれるので、スミナが扉のドアノブに手をかける。すると扉はあっさりと空いた。アリナは身構えつつ中を見る。
「あれが塔の人?」
部屋の中には揺り椅子に座る青い毛むくじゃらの生物が居た。人型をしているが、毛が多過ぎて顔が見えない。
「突然来訪してすみません。貴方が塔の人と呼ばれている人物でしょうか?」
「ウギー!!」
青い毛玉のような生物はそう叫ぶと椅子から飛び降りた。椅子に収まっていて人間サイズだと思ったが、立つとアリナの2倍ぐらいの大きさだった。こちらを警戒しているのか、拳を握ってボクシングのように腕を構えたような姿勢で軽く身体を揺らしている。
「多分塔の人じゃないと思うよ。こいつも獣魔じゃない?」
「あの、言葉は通じますか?塔の人に会いたいのですが……」
スミナが喋っている最中に青い毛玉は襲い掛かってきた。アリナはとりあえず壁を作って攻撃を防ぐ。しかし毛玉のパンチは軽々と壁を砕いていた。
「お姉ちゃん、こいつ強いよ」
「アリナは援護して!!」
スミナは切り替えて攻撃に移る。しかしスミナの攻撃は以前のように魔法で加速出来ない為か、軽々と避けられてしまった。
「だったら!!」
アリナは敵の頭上に球を作り出して落とす。人型なので刺し殺す事に抵抗があったからだ。重い球は毛玉に当たったが、相手は丈夫なのか狼狽えずにそのまま立っていた。
「アリナ、手加減しないで。2人で攻撃しよう」
「分かった」
双子は敵の左右に分かれ、同時に攻撃する。これならどちらか避けられてももう1人の攻撃は当る筈だ。
「嘘!?」
しかし双子の攻撃は毛玉の両手でそれぞれ受け止められていた。速度もそうだが技量も高いようだ。だが、アリナの攻撃はそこでは止まらない。
「もらった!!」
天井と床から毛玉目掛けて魔力で作った槍が飛び出す。双子の攻撃を両手で受けた状態で毛玉はそれを避けられなかった。
「ギィイイイイ!!」
毛玉が痛みに叫ぶ。まだ致命傷にはなってないようで、双子はとどめを刺そうとした。
「うるさいのう。おちおち昼寝も出来んではないか」
老人の声が聞こえ、天井が丸く開いて誰かが紐にぶら下がって降りてくる。毛玉はそれに気付いて急に小さく縮こまった。双子もそれを見て攻撃を続けるのを止める。降りて来たのは金色の派手な服を着た禿げた老人だった。
「お騒がせして申し訳ありません。呼んでも返事が無かったので勝手に上がらせて貰いました」
「攻撃を仕掛けてきたのはそっちのもじゃもじゃだからね」
アリナは自分に非が無い事を先に言う。
「分かっておる。すまんな、ジョンブには用心棒兼試験官をさせておった。
こいつは丈夫だから傷付けた事は気にせんでもいいぞ」
「すみませんが貴方が塔の人でいいんですよね?」
「下ではそんな呼び名になっとるのか。まあ、変人呼ばわりされてないだけましだな。
わしがその塔の人で合っておるぞ。ところでわざわざ仕掛けを解いてここまで来たのには理由があるな。
お主ら、転生者か?」
「そうだけど、転生者を知ってるの?」
アリナは老人が転生者の単語を出したので反応してしまった。
「やはりそうか。仕掛けを解いて、ジョンブと互角以上に戦える者などそうそうおらんからな。
しかし難儀な事だ。ここに来たという事は追放されたのだろう?」
「そうではありません。ですが、お爺さんは色々知っているみたいですね。
教えて下さい。この世界の事と、ここから元の世界に戻る方法を」
「戻る方法か……。
無いわけでは無いが、ちと難しいぞ」
老人は渋い顔をする。アリナはこの世界の事をそこまで知りたい訳では無いので、早く帰り方を教えて欲しかった。
「何でもするから早く帰り方を教えてよ」
「残念だがここに来て元の世界に戻れた者はおらぬ。
ただ、その可能性は残っている。凄まじい力を持つ宝具を使う事だ。問題はその宝具が壊れてしまい、本来の力が出ぬようになってしまった事だ」
「お姉ちゃんなら宝具を直せるんじゃない?」
「見てみないと分からなけど、可能性はあるかも。
すみません、その宝具というのを見せてもらってもいいでしょうか?」
スミナが老人にお願いする。
「もう一つ問題があってな、宝具はここには無いのだ。
しかも持って行ったのがガボンザという男でな」
「ああさっきおばさんに聞いた名前だ。
だったらそいつから宝具を取り返してくるよ」
「それが難しいのだ。
ガボンザはここの殆どの住人を束ね、ジョンブより凶悪な多数の獣魔を飼い慣らしておる。お主ら2人で宝具を取って来れる可能性は0に近いぞ」
老人の言葉を聞き、双子の希望は打ち砕かれるのだった。