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6.全ての人を救う者達

 ドワーフの工房から脱走した少女、カヌリ・ラダウは廃屋の中で立ち尽くしていた。


「誰か、いないのか!?」


 あえて大声で叫ぶが、返事は返って来なかった。ここはカヌリとその仲間達が使っていた山奥の隠れ家だ。カヌリが覇者の王冠を奪う為に出て行く時、一番安全だと留まらせた場所である。カヌリはドワーフの工房から1週間ほどかけてようやくたどり着いたのだが、家の中は荒れ果て、生き物の気配を感じなかった。


「荒らされてるし、使えそうな物も残って無い。しかも荒らされたのは最近じゃないな、これ」


 カヌリは家の中を慎重に探索しながら考える。見たところ血痕や争った跡は見当たらない。建物を魔法や武器で破壊されたようにも見えない。


(よかった、奇襲されたんじゃ無さそうだ)


 カヌリは少しだけ安堵しつつも、仲間の痕跡を探っていく。部屋の埃や汚れ具合から少なくとも1ヶ月以上人が出入りしていないようには感じた。


「ここは探られてないな。この中次第か」


 カヌリは一番奥にある部屋の床を確認する。この隠れ家には地下があり、その入り口が床下にあるのだ。地下は貴重品や隠しておきたい物を入れるのに使い、緊急時の避難場所でもあった。

 カヌリは魔法で地下の入り口の鍵を起動し、秘密のパスワードを入力する。すると床がスライドして地下への階段が現れた。灯りの魔法を唱えてカヌリは地下へと降りていく。


「よかった……」


 カヌリは地下が殆ど何も残っていない空の状態になったのを見て安堵した。物が無くなったのは奪われたのではなく、仲間が持って移動したからだと確信した。理由としてはカヌリが罠として置いていた、宝石の見た目をした爆発する魔導具がそのまま置いてあったからだ。これだけ残っているのは触らずに持って行った証拠だと。


「ん?」


 カヌリはその魔道具の下に何か置いてあるのに気付く。それは小さな紙切れのようだった。カヌリは魔導具を解除して懐に仕舞うとその紙切れを手に取った。そこにはよく分からない文字と記号の羅列がある。だが、それが何を意味しているかカヌリには分かった。


「て き か ら に げ る

北西か」


 カヌリは仲間と決めておいた暗号を解き、逃げた方角も理解した。この隠れ家から北西の方角に拠点とした場所は無く、とにかく敵に見つから無い為に北西へ逃げたのだろうと予測出来た。

 カヌリはこのまま北西へ向かうか悩む。地理的には北西はエルフの森の北に位置する寂れた土地で、モンスターも多いイメージだ。仲間のユメル達が途中で別の方角へ移動する可能性も高い。ただ、荷物を持った移動なので、途中に何か痕跡があるかもしれないとカヌリは考える。


「今のところ手がかりはこれだけだし、行くしかないな」


 カヌリは一晩だけ隠れ家で休んだ後、再び仲間を追って移動を開始した。


 カヌリはエルフの森を迂回しつつ北上し、そこから山道を西へと移動する。季節が冬から春に変わりつつあり、雪が消えて昼間は温かくなったのが救いだった。この辺りはモンスターの住処なので敵と遭遇する事はあるが、カヌリは地中に潜る祝福ギフトがあるので戦闘を避ける事が出来た。


(やっぱり痕跡は無いか……)


 移動しながら朽ちた家や廃村を見つけたら探ってみたが、ユメル達が立ち寄った痕跡は残っていなかった。この辺りは人間の住む土地では無くなっているので安全に移動出来たとは思えない。この辺りに昔はグダミス国という人間の国もあったが、魔族との戦争になって真っ先に滅んだと聞いている。それ以降、普通の人間は立ち寄らない土地になったと。


(引き返すなら今しかないな)


 カヌリは元来た道に戻るか悩む。敵の砦に忍び込んで情報を入手した方が見つかる可能性が高いとも。


「いや、このまま進もう」


 カヌリは直感的に引き返さず進む事を選んだ。敵に追われているならユメルはあえて危険な道を選ぶ気がしたからだ。それと、更に危険なエルフの森へは絶対に入らないだろうという確信はあった。

 カヌリは丸二日北西方向に山道を進み、少しだけ自然が豊かな場所に出た。恐らくかつてグダミス国が栄えていた場所だろう。昔は整備されていただろう道や、人工物の石壁の残骸などが見られる。ただ、モンスターや野獣が跋扈していて、今は人が住める環境では無いのも分かる。逆に考えればこの辺りのモンスターを倒せる強さがあるなら廃墟を拠点に出来るだろう。


(ユメル達は逞しい。きっとこの先に新たな隠れ家を作ってる筈だ)


 カヌリはそう考えて先を急いだ。


(ここは町の跡か?)


 しばらく進んで陽も落ちて来た頃にカヌリは廃墟と化した町を見つけた。周囲にモンスターの気配は無く、町は無人に思える。拠点にするには微妙だが、ユメル達が一時的に生活していた可能性はある。カヌリも今夜の寝床を確保したかったので町を調べてみる事にした。

 家は荒らされ、壁も屋根もボロボロでまともに住める場所は見当たらない。ただ、1軒だけ大きな屋敷跡があり、土台がしっかり作られたのか、2階部分まできちんと残っていた。カヌリは気になって屋敷跡に入ってみる。すると、屋敷の屋根のある広間部分に焚火の跡が確認出来た。最近のものでは無いが、ユメル達が使ったものだという可能性はある。1階部分を調べてみたが、金目の物があった為か、かなり荒らされていた。

 しっかりした階段が残っていたので2階部分も調べてみる。するとカヌリは2階の1室で探していた物を見つけた。


「間違いない、これはヌンナの服だ!!」


 部屋の隅に積まれたボロ布の中に赤い特徴的な服があった。ヌンナはカヌリの仲間の中でも最年少で、この赤い服を気に入って着ていた。だが、当時でも既にサイズがきつく、カヌリが出て行った後に着れなくなって、ここで余計な荷物を捨てていったと想像出来る。となれば、ユメル達はここから更に西に向かった可能性が高い。


(きっとみんな生きてる!!)


 カヌリはユメル達を信じ、希望が満ちて来ていた。


「!?」


 そんな中、カヌリは敵の気配を感じる。部屋を調べるのに夢中で、周囲の警戒を怠ってしまっていたのだ。窓から外を見ると町の中に大量のモンスターが入って来るのが見えた。中には魔族もおり、ここを一時的な拠点にするつもりなのだろう。


(しまった!!)


 カヌリは急いで隠れようと考えたが、自分が今居るのが2階だと気付く。カヌリの祝福はあくまで地面に潜る能力で、2階では発動出来ない。また、地下室がある場合も発動出来ない為、使うには屋敷の外に出る必要があった。だが、敵は既に近くまで来ていて、見られずに隠れるのは難しいだろう。かといってここに居ても敵が入って来る可能性が高い。


(戦うしかないか)


 カヌリが考えたのはこの近くに仲間の拠点がある可能性だ。何とか逃げ切れたとしても目撃されれば周囲を探索される。そうなると仲間達に危害が及ぶ可能性が高い。それは避けたかった。

 魔力はかなり残っているし、その辺の魔族やモンスター相手に苦戦するつもりは無い。カヌリはそう考え、奇襲で敵を一掃してやろうとした。


(行くぞ!!)


 カヌリは窓から飛び出すと、敵の中心を祝福で地面に沈めてやろうとした。


「うわっ!!」


 しかしカヌリは背後から飛んで来る複数の黒い槍に気付いてギリギリで回避する。既に敵に気付かれていたのだ。槍はカヌリの後方斜め上、屋敷の上に居る敵から放たれていた。


(なんだ、こいつら)


 カヌリは初めて見る敵に戸惑う。ダークグレーのローブを着た、魔術師のような姿だが、足は無く、腕は4本あり、槍を構えている。顔はよく見えないが、目だけが赤く光っていて不気味だ。そんな敵が5人ほど宙に浮いている。人間で無いのは確かだが、魔族やデビルでこんな敵を見た事は無い。


(ヤバいな、挟み撃ちにされる)


 地上の敵にも気付かれ、空中の4本腕がこちらを狙っている。カヌリは本能で対抗するしかなかった。


(接近戦は苦手なんだよな)


 カヌリは複製の祝福で魔導具の剣を出し、それで地上の敵のど真ん中に突っ込む。普通のモンスターならカヌリでも剣で倒す事が出来るからだ。敵のど真ん中なら槍で狙われる事も無く、むしろ安全になったとカヌリは考えていた。


(嘘だろ!?)


 カヌリの背後のモンスターが黒い槍に貫かれたのを見て驚く。敵は同士討ちなど気にせず、カヌリ目掛けて槍を連続で放っていた。こうなるとカヌリは逆に逃げ場が少なくなり、一気に不利になる。


(一旦逃げよう)


 カヌリは地面に着いたのを幸いとそのまま地中に潜った。地面の中なら安全だと思ったからだ。


(マジか)


 しかし地中も安全では無かった。カヌリは地面を掘り進んでこちらに向かってくるモグラに似たモンスターを感知する。それに加えてカヌリの真横を槍がドリルのように地面を突き進んでいた。地中にも攻撃が届くのだ。地面に潜れるとはいえ、外にいるように自由自在に動ける訳では無い。敵はこちらの位置をある程度正確につかんでいるようで、地中に居ても狙われ続けている。


(戦うしかないってわけか)


 カヌリは覚悟を決めて、少し離れた場所で地上に出る。周囲は敵に囲まれ、空中から4本腕達がこちらを睨んでいた。

 多対一の利点が無いわけでは無いとカヌリは考えている。一つは敵が押し寄せて来るのでこちらの雑な攻撃でも誰かしらに当たる可能性が高い事。もう一つは敵が警戒するのが自分だけなので不意打ちに対処出来ない事だ。

 カヌリは警戒しつつ魔導具を複製して取り出し、氷の刃を全方位に向けて撃ち出した。刃は襲ってこようとしたモンスターに命中し、致命傷を負わせる。ただ、カヌリに向かって4本腕の槍やモンスターの射撃武器が飛んできて、その回避と防御にカヌリはすぐに手一杯になる。


(今だ!!)


 カヌリが地中に逃げた時に地中に仕掛けた魔導具を起動する。すると地中から火柱が上がり、その上に居たモンスター達が燃えて消滅する。それと同時に新たな敵が現れたとモンスター達が動揺しつつ周囲を警戒した。

 作戦が成功し攻撃が緩んだところでカヌリは敵の少ない所に移動しつつ、次の魔導具を準備する。問題なのはあの4本腕で、そちらを先に対処したかった。


(一か八かだ)


 カヌリはあえて跳躍し、4本腕達の方へと特攻する。魔法で何とか槍の攻撃を逸らしながら4本腕の目の前にカヌリは移動した。


「あんたらウザイよ!!」


 カヌリはとっておきの魔導具を発動した。複数の光の円盤が4本腕達の方へと飛んで行き、その腕や頭を綺麗に斬り落としていく。どんな強敵だろうと倒せる魔導具だ。ここで使うのは惜しかったが、出し惜しみして死んでしまっては元も子も無い。

 しかし、敵はカヌリの予想を超えてきた。


「何だよ、それ……」


 バラバラになった4本腕達の身体がくっついていき、1体の長細いムカデのような姿になったのだ。そして再び大量の槍をカヌリに向かって投げ始める。カヌリはそれを剣で受けながら地上に逃げるしかなかった。


(流石に不味いかもな……)


 周囲の敵が引っ切り無しに襲い掛かってきて、カヌリはそれを剣で倒しつつ、何とか魔法で空から降り注ぐ槍をしのいでいた。だが、流石に両方を対処しきれず、次々と身体に傷が増えていく。魔力もかなり消耗し、後が無い。


(最後にユメルに会いたかったな……。

でも、無駄死にだけはしない!!)


 傷だらけで意識が薄くなりながら、カヌリは最期の力を振り絞ってムカデのような敵に特攻しようとした。手には自爆用の魔導具が握られている。自身の残りの魔力を全て使い、それを増幅して大爆発する魔導具だ。カヌリが最後の特攻をかけた瞬間、ムカデのような敵が内部から次々と破裂していった。


「え?何が起こったんだ?」


 カヌリは状況が把握出来ない。それと共に奥の敵が次々と倒されていくのが見えた。


「カヌリ!!」


 自分を呼ぶ声がする。カヌリが振り向くとそこには細身で薄い水色の長髪の少女、ユメルが立っていた。


「ユメル、それにみんなも。どうしてここに?」


「話は後で、危ないからこっちに来て」


 ユメルに呼ばれ、カヌリは仲間達が戦っている方へと向かう。よく見るとユメル達とは別に赤色のローブを着た集団がモンスター達と戦っていた。その集団は見た事の無い魔法を使い、次々とモンスターや魔族を倒している。

 カヌリは周囲の敵を倒しつつ、何とかユメルと見知った顔の仲間達の元に辿り着いた。周りの敵は既に排除されている。


「カヌリ、やっぱり生きてた……」


 ユメルがカヌリに飛び付いて抱き締める。カヌリは恥ずかしかったが抵抗せずにユメルのやりたいようにさせた。


「ユメル達も生きてて良かった。

でも、見たところ全員じゃないみたいだな……」


「ううん、大丈夫。ここには戦闘要員しか連れて来なかっただけだから。カヌリと別れた時の仲間は全員生きてるよ」


「そうか、本当に良かった。

それで、ごめん。やっぱりユメルの言う事が正しかったよ……」


 カヌリはようやくユメルに謝る事が出来た。


「大丈夫、誰もカヌリを恨んだりしてないから。ただ、待たせ過ぎかな。

色々あったんだから」


「感動の再会みたいだけど、失礼するね。

あなたがカヌリさんね」


「そうだけど、誰?」


 赤いローブを着た集団の中で一際豪華な刺繍の入ったローブを着た少女がカヌリのところにやって来た。彼女は透き通るような白い髪をし、どこか気品を感じさせた。


「初めまして。我々は神のしもべゴディシズと言います。

我々の目標は全人類の救済です」


「いや、そうじゃなくて、あんたの名前を聞いてんの」


「まあそうよね。

自分の名前はヤエリ・ソオサよ。

それでカヌリさん、あなた我々の仲間にならない?」


「え?」


 カヌリは突然の誘いに困惑するのだった。



「つまり、ユメル達が襲われてるところを助けたのがヤエリさん達って事か。で、その後ここに匿って貰ってたと。

じゃあその礼はちゃんとするよ。お金か物資が必要なら稼いで返す」


 カヌリは一旦ヤエリ達の拠点へ移動し、そこでユメル達に何があったかの説明を受けた。部屋にはカヌリとユメルとヤエリの3人のみで他の仲間やゴディシズの人達は先に休みに戻って行った。

 ユメル達が隠れ家を逃げ出した理由は大体カヌリの想像通りだった。魔族連合の偵察が隠れ家の方まで伸びて来て、見つかるのも時間の問題とユメルが判断し、魔族連合の拠点が無い北西へと逃げたのだ。ただし大人数での移動だったので敵にも見つかりやすいし、食料の問題もあった。

 それで今日カヌリが泊まろうとした町の廃墟にしばらくとどまり、野生動物を狩って数日は無事だった。ところが、周囲を支配しているモンスターの親玉に気付かれ、襲撃を受けてしまった。そこに現れたのがヤエリ達ゴディシズを名乗る集団だったそうだ。


「金銭や物資の要求はしないわよ。ゴディシズの教えは全ての人類を救う事だからね。

まあ寄付なら受け付けてるけど、寄付をする為にはゴディシズに入信して貰わないといけない」


「入信ってなんか怪しいな。

そもそも何でボクが襲われているところに丁度助けに来たんだ?」


「カヌリ、それは偶然よ。

ヤエリ達はこの町を守る為に定期的に周辺の敵を倒して回ってるの。今回は強力な魔族連合の集団がここに近付いてるのが事前に分かって、敵が立ち寄るだろうカヌリが居た廃墟で戦おうと考えていたの」


「まさか先にカヌリさんが戦っているとは思わなかったわ。

きっとこれも神の思し召しよ。

色々聞きたい事はあるだろうけど、夜も遅くなって疲れてるだろうし、明日にしましょう。

ゴディシズへの入信も考えておいて貰えると助かるわ」


 そう言ってヤエリは去っていった。夜道をユメルに案内されて貸してもらっているという家に向かう。


「ユメル、本当に大丈夫だったのか?あいつら酷い扱いしてないか?」


「大丈夫よ、ここの人達は本当にいい人達だから。

でも、ゴディシズに入信するかはカヌリが戻ってくるまで決めずにおいたの。私の判断でカヌリまで巻き込むのはよくないと思ったから」


 ユメルが嘘を言っているとは思えず、相変わらずユメルは冷静だなとカヌリは感心した。


「みんな、カヌリが戻って来たわよ!!」


「「カヌリ、お帰りなさい!!」」


 家の戸を開けると見知った顔がカヌリを出迎えてくれた。30人の仲間達は全員無事に生き残っていた。赤い服を置いていったヌンナは少し成長して子供っぽさが抜けて来ていた。皆が代わり代わりにカヌリに抱き付き、喜びを表現する。


「みんな、心配かけてゴメンな。

辛い思いをさせて済まなかった。でも、もう大丈夫だ。これからはずっと一緒だ」


「「うん!!」」


 カヌリの言葉に幼い子達は涙ぐむ。ただ、二十歳に近いカヌリよりも年上の数人は少しだけカヌリに不信感を抱いてそうだった。自分達を放ったまま数ヶ月帰って来なかったのだから裏切ったと思われていてもしょうがないだろう。

 騒がしさが収まった後、食事を取り、カヌリは久しぶりにちゃんとしたベッドで眠るのだった。


 翌日、朝食を取った後カヌリとユメルは町の中を歩いていた。ヤエリに呼び出されたのでそこへ向かっているのだが、急がなくていいという事で、町を軽く散策しつつ移動している。

 ここは元はグダミス国の王都だったという。ゴディシズの人達が破棄された町を少しずつ修繕し、田畑を復活させ、自給自足出来るまでに復旧させたそうだ。他の町に比べると見劣りはするものの、きちんと人が住めるような家になっており、町を囲う壁も出来ている。ゴディシズにはそれだけの人員がいるという事だろう。

 町の人達は全員赤いローブを着ていて、普通の服のカヌリとユメルが浮いていた。ただ、皆笑顔で優しげで、2人を見ると挨拶してくる。カヌリはユメル達が入信しなかった事で肩身が狭い思いをさせたのではと思っていた。


「沢山人がいるけど少し不気味じゃないか?」


「そんな事無いよ。皆親切で、足りない生活用品が無ければ分けてくれる。ここには他人を騙したり、暴力を振るったりする人はいないし、盗みや犯罪も無い。みんなそれなりに打ち解けて来てる。

ただ、私達は入信せずに住まわせて貰っているのは悪いからモンスター退治の手伝いをしてたの。でも、昨日見た通り信者の人達の方が強いからあまり役に立って無かったと思う」


 小声で言ったカヌリの言葉をユメルが否定する。ユメルが言う通りなら理想郷なのだが、カヌリは人間はそんなに甘くないと思っていた。


「ようこそ、ゴディシズの本部へ。

といっても堅苦しくする必要は無いから。気軽に友達とお茶する気持ちでいてね」


 2人が一際大きな建物に入るとヤエリが出迎えてくれた。恐らく聖教会の神殿だった建物で、それを修繕し、ゴディシズ風に赤く装飾されていた。

 ヤエリはゴディシズでも位が高いらしく、すれ違う他の信者が皆ヤエリに深々とお辞儀をしている。そんな人物に気軽について行っていいものかとカヌリは少し慎重になっていた。


「本当はきちんとおもてなししたいところなんだけど、まだまだゴディシズも貧しくてね。こんな茶菓子しか用意出来ないけど、遠慮せずに食べて」


「ボクは遠慮とかしないよ。頂きます」


 お菓子に目の無いカヌリは早速クッキーと思われるお菓子に手を付ける。素朴な味わいだがちゃんと砂糖も含まれていて美味しかった。恐らく嗜好品はここでは珍しい物で、カヌリ達は接待されているのだと理解する。


「この町を見てどう思った?」


「いい所だな。みんな必死に働いて生きて行こうとする力を感じる。

ただ、住んでる人たちに偏りは感じた。女性が多く、男性は少なくて、いても優男ばかりだった。入信者を選別してるのか?」


「流石カヌリさんね。いい所に目を付けてる。

入信者の選別はして無いわ。ただ、信者には守ってもらう教義があるの。

といっても常識的な範疇はんちゅうよ。人を騙さない、盗みはしない、意味の無い暴力行為はしないとかね。

ただ、魔族連合に属していた人達にはそれが守れない人達もいた。教義を守れない人は追放するわ。そういう人達が混ざるとどうなるかよく知ってるんじゃない?」


 ヤエリの言葉にはカヌリ達が過去に仲間割れした事を指していた。


「ボク達の事をよく知ってるみたいだね」


「貴方達は自分で思ってるよりも有名人よ、魔族連合に居た人達にはね。

貴方達のような集団に助けて貰いたいと思っていた子達が沢山いたわ。でも、身内の裏切りで崩壊したと聞いて、その希望も途絶えたの。

実はね、私もその1人だったのよ」


「ヤエリが私達の事を知ってたからすんなり受け入れてくれたのよ。

本当に感謝してるわ」


 ヤエリの言う事が本当なら、今の状況は運命的なものかもしれないとカヌリは考える。ただ、まだヤエリを信用しきれなかった。


「ボク達の事を知ってるならどんな事をしてきたかも知ってるって事だろ。盗みや殺し、人を騙す事だってしてきた。全て暴力で解決してきたんだ。

ボク達が教義を守れるとは限らないよ」


「カヌリさん達の過去を考えればしょうがないと思うわ。でも、もうそれをしなくてよくなるの。

ここにも罪を犯して来た人達は沢山いるわ。でも皆改心して今はゴディシズの信者として立派にやってるわ。

それに教義を冒しても1度では追放にはならないわ。ここにはどれだけ教えを守っているかの階級があるの。それが一つ下がるだけ。私なんかは結成当初から居たから無駄に階級が高くなってしまったけどね。

貴方達ならゴディシズの為に活躍して、すぐに階級が上がると思うわ。そうなれば一度や二度のミスで追い出されるなんて事は無くなるわ」


「その言い方だと仕事さえ出来れば悪事も許容されるみたいに取れるぜ」


 カヌリは必死に頭を使って騙されないように考える。


「大丈夫よ、そうはならないの。悪意を持ってここに留まる事は出来ない。

それは天使様がここには居るからね」


「天使様?」


 カヌリは突然天使などと言われて混乱する。聖教会における天使は神の使いで神と同じく実体は無く声だけ聞こえるという。だが、ヤエリの言い方はここに実体があるというように聞こえた。


「ごめんなさい、混乱させる言い方をして。天使様っていうのはゴディシズを纏める代表である人の事を指してるの。

“救世の天使”の話は知っている?」


「ああ、よく知ってるよ。小さい頃じいちゃんによく読んで貰ったからな。

でも、あれは子供向けの作り話だろ」


 カヌリは救世の天使の絵本を子供の時に何度も読み、その頃は信じていた。大量の悪魔が世界を覆い、世界が暗闇で満ちた時、天から一筋の光と共に現れたのが救世の天使だ。天使は悪魔を消滅させ、人々を導き、世界に光を取り戻した、という話だ。

 魔族連合に支配された世界を見たカヌリはやはり絵本は絵本だなと納得したのを覚えている。結局自分を救うのは自分自身だと。


「そうでも無いわ。ゴディシズは救世の天使様が奇跡ミレクを使った事で結成されたの。貴方も見たでしょ、信者の人達が敵を倒した技を。あれがミレクよ。魔法では無い奇跡の力」


「確かに凄い技だったけど、あれもタネがあって、古代魔導帝国の魔導具を使ってるんじゃないのか?」


「違うわ。ミレクは最初は救世の天使様しか使用出来なかった。けれど、天使様の教義を信じ、天使様から力を授かった者は誰でも使えるようになったの。

見せてあげるわ、タネも仕掛けもないから」


 そう言ってヤエリが手を上にかざす。するとピンク色の光が周囲に満ち、疑っていたカヌリの心が少し穏やかになった気がした。そしてとても心地よく感じる。


「これは心を落ち着かせるミレクよ。どう、魔力は消費するけどこんな魔法は無いでしょ」


「確かにヤエリさんが魔導具を使ったり、他の誰かが別の場所から発動したようには見えなかった。

分かったよ、そのミレクが本物だとは信じる」


 カヌリが苦戦したムカデのような敵を破壊したのもミレクだろう。そうなるとかなり強力な力だ。それが自分も使えるようになるなら損な話では無い。

 ただ、まだ疑う心がカヌリの中に残っていた。


「ゴディシズは聖教会とは違うのか?神を信奉するならどこかで教義が別れたとかなのか?」


「全然違うわ。聖教会は人間に都合がいいように神様を解釈した異教なの。だから聖教会の魔法は魔術師の使う魔法と同系統でしょ。回復魔法はどちらも同じ。

でも我々ゴディシズはきちんと神々を理解し、それを正しく信奉してるわ。だからミレクという神から与えられた本当の奇跡を使う事が出来るの」


「聖教会の聖女様は特別な技を使えると聞いてるぜ。

事実、聖女様が力を貸して魔族連合が痛手を負ったと」


 カヌリは自分を捕まえた双子が聖女と共に活躍し、その力が相当なものであると魔族連合に居た時に聞いていた。聖教会や聖女を信じている訳では無いが、歴史としては聖教会が生き残っている事がその証ではないかとは思っている。


「あれは聖教会で最も能力が高い者に与えられるだけの称号よ。実際に聖女が世界を救えない事は今の世の中が証明している。

とにかく、私達は聖教会のような詭弁だけで自分の周りだけ救ってる人達とは異なるの。

私達は魔を全て葬り、全ての人類を救う為に動いているのだから」


 カヌリは嘘偽りなくゴディシズを信じていそうなヤエリが少し恐ろしく感じた。味方になるかは置いておいて、敵に回してはいけないと。


「ごめんなさい、少しだけ興奮してしまったわね。引かないで貰えると助かるわ。

別に貴方達にここまでゴディシズを信奉してもらうつもりは無いの。

ただ、協力し合い、教義を守ってさえ貰えればここを新たな住居として使ってもいいと相談したいだけなの」


「ボクは追われる身だけどいいのか?」


「勿論よ。信者になって貰えるならどんな過去があろうとも皆で守るのがゴディシズですから。

貴方達ももう略奪して生き延びるのは嫌でしょ?」


「カヌリ、私はここで暮らすのも悪く無いと思ってる。みんなもカヌリが決めてくれれば反対しないわ」


 ユメルがお願いするような顔でカヌリを見つめる。カヌリが出て行った後、ユメル達が苦労したのがよく分かった。カヌリもここに定住するのが正しい気がした。ただ、心の中で何かが引っ掛かっていた。


「答えはすぐに出さなくてもいいか?もう少しだけここに留まって考えたい」


「勿論よ。ここに居る間は衣食住は保障するし、貴方達に何も強制しないわ。

出て行くと言ってもその判断を止めたりもしない」


「助かる。

改めてユメル達を、そして昨日ボクを助けてくれた事を感謝するよ」


 カヌリはそう言ってユメルと共にゴディシズの本部を出て行った。



 カヌリの希望でもう少しだけ外を散策してから帰る事にした。町の一部は廃墟のままのところも多く、防壁も完全では無いのが分かった。それでも要所要所に見張り台があり、守りは固い事も。


「ユメル、あれは?」


「あれは元々お城だった場所だって。今は見る影もないけど、いずれは補修してゴディシズの立派な本殿にするって聞いたわ」


 城を持つならそれはもう国家だろう。全人類の救済を考えるならそれぐらいの力を持つ必要がある。カヌリは改めてゴディシズと聖教会の違いを理解した。聖教会は決して国家のような地域を支配する組織にはならず、あくまで人々の手助けをする為に動く。

 逆にゴディシズは先日のように敵を倒しに自ら動き、戦闘力も高い。町にいるのはカヌリ達を除けば全員信者で、それを今後も増やしていくのだろう。今の世を生き抜くのには正しい動きなのかもしれないが、カヌリはそれを恐ろしく感じた。


 カヌリは借りている家に戻るとユメル以外の仲間から情報を集める。ゴディシズの中で問題が発生したり、異常な行動が無かったかについてだ。それと、どれぐらいの頻度で人が増えているかも。

 そこでカヌリが知ったのはゴディシズには魔族に囚われている人達を解放しに世界を回る、解放部隊がいる事だった。彼らは屈強な男性を中心に作られた部隊で、近場の魔族連合の拠点から回っていき、勝利して囚われた人達と共に戻って来るそうだ。

 新たな住人はカヌリ達と同じように信者になるか聞かれ、殆どが信者になる事を選ぶという。まあここで解放されても死ぬだけだろうから選ばざるをえないだろう。その後多少のトラブルが起こる事があり、ヤエリの言った通り教義を守れない人は追放されて居なくなったそうだ。新たに住人になった人達は打ち解け、ゴディシズとして階級が上がるように善行に励むという。


(組織としては真っ当なのかな)


 カヌリは独立した集団としての教義で縛るのは間違って無い気がした。自然と問題のある者は排除され、町は平和になる。例え少し反感がある者でも生きる為に教義を守り、やがて信者に染まっていく。何より絶対的な“救世の天使”の存在が支えになる。カヌリは決めるにあたって救世の天使に会いたい気がした。

 ただ、ユメル達によると救世の天使に直接会うには信者になる以外に方法が無く、信者も低階級の者は中々会う事が出来ないという。階級が上がらなければミレクも授けられないと。そう聞くとその存在自体が嘘の可能性もあるのではとカヌリは考えた。


(分からないな。もう少しだけここに留まってみるか)


 結局カヌリは急がずに様子を見る事に決めたのだった。



 カヌリがゴディシズの町に来てから4日が経っていた。色々不安視したカヌリの予想を裏切るように信者の人達は皆親切で、町に問題点は無さそうだった。カヌリは普通に生活しつつ、手伝えそうな事があれば協力し、実際に住人としてやっていけるのかを確認していた。

 一つ気になったといえば、ゴディシズの体格のいい戦闘要員を見た時だ。助けられた時は辺りが暗く、殆どがローブのフードを被っていて顔が見えなかったが、町で昼間に出会ってみて彼らが赤い仮面を付けているのに気付いた。表情が見えず、不気味に思えた。

 他の信者に確認してみると、仮面の戦闘要員は元々ならず者などが多く、傷や人相に問題ある者もいたという。それが気にならないようにと希望者は仮面を付けるようになったのだと。仮面の男達は町の人に挨拶されれば気さくに返事をし、見た目の異様さに反して親切で、溶け込んでいた。


 4日目の夜が来て、寝る前にカヌリはユメルと2人きりで話してみる事にした。


「ユメルはこの町で信者になってやっていけると思ってるんだよな?」


「うん。

少なくとも移動しながら毎日怯える生活をするよりはいいと思ってる」


「でも昔みたいに自由じゃなくなるぞ。ここには男達もいる。やりたくない事をやらされる可能性もあるぞ」


 カヌリとしては仲間達だけの集団の方が気が楽だと思っていた。けれど安全を考えればここに居るのが正解なのも分かっている。


「そうだよね。でも、既に信者になりたいと思ってる子達も居るの。

気付いてると思うけど、カヌリよりもヤエリの方が信頼出来ると考えてる子も居る。

どちらにしろ私はカヌリの決定に従うけどね」


「でも、覇者の王冠の時は止めたじゃないか。しかもあの時はユメルの言う事が正しかった」


「あれはカヌリが1人で全部背負おうとしたからよ。

それにカヌリが残ってたらもっと早く魔族連合に追われたと思う。魔族連合が狙ってたのはカヌリだから」


 カヌリは自分がいくら考えても正しい選択が出来ないのではと思うようになっていた。きっとユメルの方が現状を正しく認識している。ただ、決定の重みをユメルに背負わせるのは駄目だと思っていた。ユメルは真面目なので失敗した時に自分を責めてしまうだろうと。


「ボクも正直ここに定住するのがいいと思い始めてる。

だから、明日どちらにするか決定するよ。抜けるとしても早い方がいいから」


「分かった。カヌリが思うようにやればいいよ」


 ユメルは微笑んでいた。



 真夜中、カヌリは何かの気配に目を覚ます。暗い筈の室内に薄っすらと怪しいピンクの光が浮かんでいた。


「モンスターか?」


 カヌリは飛び起きて、魔導具の剣を構える。


「ちょっと待って下さい、敵じゃないですー」


 ピンクの光から可愛らしい声がする。よく目を凝らすとそこには虫のような羽根の生えた、小さな人が飛んでいた。絵本で見た妖精のような姿だ。


「何者だ?」


「私は妖精です。貴方達がゴディシズに騙されているのを助けに来たんですー」


「妖精?」


 妖精とはこの世界では大昔に滅んだという謎の種族だ。普通に考えたら誰かが悪ふざけで魔法で幻覚を出しているとかだろう。あとは古代魔導帝国で人工で妖精に似せた生物を作った事があり、その生き残りの可能性はある。


「本物ですよ。数は少なくなりましたが、この近くの山奥に私達妖精の里があるんですー。

て、そんな事はどうでもいいのです。貴方達ここに居たらゴディシズに騙されて利用されてしまうのです。今すぐ逃げ出した方がいいのですー」


「騙してる証拠でもあるのか?」


 カヌリはひとまず妖精が本物かどうかは置いておき、気になる話題について聞いてみた。


「仮面の人達を見た事がありますよね?あの人達の殆どは自分の意思は無く、意識を乗っ取られ操られているんですー。

ミレクは才能のある者しか伝授出来ず、仮面を付ける事で無理矢理使えるようになったんですー」


「本人が望んだんなら問題無いだろ」


「そうでは無いんですー。

仮面の人達の大半は信者ですら無いんですよ。襲って来た人、裏切った人、犯罪者を人工的に改造して兵士にしてるんですー」


 妖精が言っているのが本当なら問題だろう。だが、カヌリが少しずつ探りを入れた周囲の建物の中などにそのような事をしている施設があるようには思えなかった。


「そんな事してる場所は無かったと思うぜ。適当な事を言って仲間になるのを阻止しようとしてる、魔族とかなんじゃないか?」


「私は魔族なんかじゃないですー。

改造しているのは少し離れた場所にある、お城の跡の地下ですよ。なんなら自分の目で確かめたらどうです?私が案内するですー」


「お前、名前は?」


「妖精に名前は無いんですが、分かりやすくミミと呼んで下さいですー」


 ミミは人間と同じような可愛らしい笑みで微笑んだ。


「こちらですー。

私達妖精族はかなりの範囲を知覚出来るので安全ですー」


 夜道をミミが先導して進んで行く。見事に人家が少ない方をくねくねと進んで行き、ミミが妖精というのはあながち嘘では無いのではと思うようになっていた。薄く光っているが実体があり、生物と同じ魔力も感じる。これが作り物だったらそれはそれで見事な技だろう。


「それで、なんでボク達を助けるんだ?ミミにとって利点が無いだろう」


 カヌリは周りに完全に人気ひとけが無くなったのを確認して問いかける。


「利点はあるのです。ここは元々グダミス国があり、ここに住む人間は決して山奥には近寄らず、妖精の里には危害が及ばなかったのですー。

ですがゴディシズ達は周りのモンスターを狩る為に段々と山の方にも手を延ばし、いずれ妖精の里も見つかってしまいます。そうなったら妖精族は滅ぼされるのですー」


「待てよ。ゴディシズが戦うのは魔族やモンスターだろ。別に妖精に危害は加えないだろう?」


「それは貴方がゴディシズの本質を知らないからです。ゴディシズの目的は全人類の救済です。その中に亜人は含まれていません。獣人だけでは無く、エルフやドワーフなどの亜人も全て滅ぼすつもりなのですー」


 それを聞いて流石にミミが大げさに言っているだけなのではとカヌリは思った。だがここで反論してもカヌリが詳しく知らない以上意味が無い。カヌリはともかく実際にゴディシズが何をしているのか確認する事にした。


「狭い通路ですが貴方なら通れる筈ですー」


「汚れそうだけどしょうがないな」


 ミミが案内したのは城の跡の排水路だった。今は水が流れては無いが、狭く薄汚れている。ミミの後を付いて行くとどんどんと地下へと降りていった。


「ここから少し広くなるです。物音は立てないで下さいですー」


「分かった」


 カヌリは潜入には慣れていたので排水路から城の隠し通路と思われる石造りの道を魔法で音を消しつつ歩く。少し進むと奥の方から明りが見えてきた。


「あの明りの辺りから覗ける穴が空いてるです。気配を消して絶対声は出さないでですー」


「大丈夫、叫んだりしないからな」


 カヌリは慎重に明りが漏れる穴に近付いた。それは部屋の天井付近に空いた風通しの為の穴で、部屋の中が覗けた。


(!!)


 カヌリは中を覗いて異様な光景を目撃する。そこには赤い仮面を被った100人以上の兵士が立ったまま身動き一つせず整列していた。それは人が休む態勢では無く、まるで食器棚に綺麗にグラスを並べているように感じた。中に動くものは一つも無く、カヌリはそっとその場から離れる。


「あれがゴディシズの兵士の扱いです。あれを見ても彼等が正しいと思うです?」


「確かにあれは酷いな。ただ、罪人を操ってるなら理にかなってはいる。魔族連合の奴隷の扱いはもっと酷かったからな。

あれじゃ表には出せないだろう、こういう事は。でもゴディシズの規模が大きくなれば改善されるかもしれない」


 カヌリは信じがたいが、それでも魔族連合と戦うつもりならこれぐらいやらなければいけない事も理解出来た。


「まだ理解してないみたいですね、ゴディシズの事を。だったらもっと酷いところを見るのですー」


 ミミが再びカヌリを案内する。


「この先は警備の者が監視してるのです。気付かれないよう細心の注意を払って見て来るのですー」


「分かった、気を付けるよ」


 ミミは更に地下深くにカヌリを案内し、再び青い光が漏れる場所の近くに連れて来た。カヌリは身を隠す魔法などを何重にもかけ、静かに穴の近くに来る。


(何をやってるんだ?)


 その部屋には医療器具のような刃物が並び、棚には巨大なガラス瓶が並んでいた。よく見るとベッドの上に巨大な何かが寝かされている。それは獣人の男性だった。


「う!!」


 吐き気を催しそうになるのをカヌリは必死にこらえる。獣人の身体の一部が切り刻まれ、特に顔がぐちゃぐちゃになっていたからだ。ガラス瓶の中を見るとそこには獣人やエルフと思われる亜人の身体の一部が入っていた。カヌリはここが亜人の人体実験をしている部屋である事を理解する。もうこれ以上見たくないとカヌリは急いでその場から離れた。


「あれは何をやってるんだ?」


「ゴディシズは戦力の増強に力を注いでるんです。その為に亜人を研究し、亜人を改造して兵士にする、もしくは人間に亜人の特性を埋め込もうとしてるのですー」


「それは誰の指示でやってるのか分かるか?」


「勿論救世の天使の命令ですー」


 恐らくミミの言っている事は正しいのだろう。カヌリがゴディシズに歓迎されている意味も理解した。ゴディシズが欲しいのはカヌリでは無く、カヌリの能力だ。カヌリが反抗的なら仮面を使ってでも仲間にしたいだろう事が察せられた。


(でも戦闘要員で無ければ平和に暮らせる筈。ボクさえ従順に従えばみんなの安全は保障される)


 カヌリは恐ろしい情報を得ても尚、ここを抜ける決断が出来なかった。


「何を悩んでいるのです?ここに長居すればいずれ酷い目に遭うのですー。

それとも貴方は亜人を虐殺する事に抵抗が無いのです?」


 そうミミに言われてカヌリはドワーフの工房を抜け出す時に見たドワーフの少女ジンダの寂しげな顔を思い出した。ドワーフ達は種族が違うとはいえ、殆ど人間と変わらなかった。ドワーフの工房はここと比較的近い。ゴディシズが勢力を広げた場合、最初に戦う亜人はドワーフ達になるだろう。カヌリは正気のままドワーフと戦える気がしなかった。魔族連合に属していた時は一部感覚がマヒさせれていたが、今度もそれと同じになってしまう。


(駄目だ、それじゃあ意味が無い)


 カヌリは決意を固めた。その時、カヌリは不思議な感覚を持った。冷静になった事で強く惹かれる何かを上の方に感じたのだ。それを確かめずにここを離れる気にはなれない。そう強く思うほど気になるモノがあった。


「ちょっと貴方、そっちは駄目ですー」


 ミミがカヌリを止めようとするが、カヌリは気にせず突き進む。ミミが隠そうとする何かがそこにあるのだ。通路を上に上がり、城の更に奥へと進んで行く。カヌリは導かれるように城の地下の廊下に出て、そこを真っ直ぐ進んだ。ミミは危険を感じているのかついて来なかった。


(ここだ)


 カヌリはその扉の向こうから強烈なオーラを感じていた。もう分かっている。この先に救世の天使と呼ばれる存在が居る事を。カヌリは扉を開けたくなる衝動と、絶対に開けてはいけないという理性が戦っていた。

 カヌリが固まっていると扉が自動でゆっくりと開いた。扉の先には光り輝くような美しい存在が居た。顔は女神のように整い美しく、半裸の肉体は整った彫像のようだ。カヌリはその青年と目が遭った瞬間に走り出していた。声をかけられたら自分が魅了されてしまうと思ったからだ。ゴディシズの中心たるその人物は確かに救世の天使と呼ばれるだけの存在である事が分かってしまった。


(駄目だ、ここに長く居たら)


 カヌリは決意する。救世の天使は甘美な誘惑過ぎるのだ。ヤエリが信仰する意味もよく分かる。信者が信じるのは神では無く、救世の天使そのものだと強く理解した。その命令には誰も逆らえないだろう。

 カヌリはいつの間にか借りていた家に戻っていた。誰にも見つからずに帰れたのは奇跡だ。ミミはもう居なくなっていた。


「ユメル、起きて。

急いでここを離れよう。みんなに出るか残るか決めてもらう」


「カヌリ?何があったの?」


「詳しく説明するのは後だ。ここは危険過ぎる。ボク達はゴディシズと運命を共にする事は出来ない」


 カヌリとユメルはなるべく音を立てないように仲間全員を起こし、ここを出て行く事を話した。


「ここは確かにいい場所だがボクには合わなかった。ボクとユメルは出て行く決断をしている。

ここに残りたい者は残っていい。ボクと一緒に行くのは危険だから。でもそれでも付いて来る者はボクが全力で守る。

だから今ここで残るか付いて来るか決めてくれ」


 カヌリはゴディシズの真相は話さずに皆に言った。それを話したら残る者にゴディシズへの不信感を与えてしまうからだ。自分の性格を考えればここを出て行く決断も無理はないだろうとカヌリは思っている。


「カヌリ、やっぱりあんたの考えにはもう付いて行けない。あたしは残るよ」


 カヌリに不信を抱いていた数人の仲間は即座に残る決断をしていた。


「私は勿論カヌリについて行くよ。嫌だって言ったって追いかけるから」


 同様にカヌリと昔から仲間だった10数人はすぐについて行く決断をした。

 残ったのは比較的歳の若い、途中から仲間になった少女達だった。カヌリは正直彼女達はここに残った方が安全だと思っている。特にまだ幼さが残るヌンナに厳しい逃避行を続けて欲しいとは思わなかった。


「私は……ごめんなさい、残ります」


 1人がそう言った後に続いて次々と少女達が残る事を決めていく。それでも数人はカヌリと行く事を選んでいた。恐らくゴディシズに対する不信があるのだろう。最後に残ったのは最年少のヌンナだった。


「あたしは、カヌリと一緒がいい!!」


 ヌンナはカヌリに抱き付く。


「そうか、じゃあ一緒に行こう」


 カヌリはヌンナの頭を撫でた。結局30人の仲間達は15人が残り、15人がついて行くという半々の選択になった。


「ヤイン、お前が一番しっかりしてる。ゴディシズの人達と仲良くするんだぞ」


「ごめんなさい、着いて行けなくて。でも私は戦うのが苦手で足手まといにしかならないと思ったから」


「それでいい。ただ、何かあったらまた頼ってくれ」


「うん!!」


 カヌリは残る選択をした中で一番しっかりしているヤインに残った仲間を託した。その後、必要最低限の荷物をまとめ、カヌリ達は夜明け前に町を抜け出す事にした。


「じゃあな。生きてればまたどこかで会えるさ」


「カヌリ、死なないでね」


 カヌリ達は残った仲間を別れを告げ、闇夜の中、町を抜け出した。



「ここまで来ればもう大丈夫だな」


「カヌリ、こんな逃げ出すように抜ける必要があったの?」


「ちょっとだけゴディシズのヤバい面を見たからな。多分ボクは狙われてる」


 町から少し離れ、日が昇り出してカヌリ達は一息ついていた。


「そうですよ。カヌリさん、貴方が必要なんです。どうして声もかけずに出て行ってしまったのですか?」


 カヌリは正面から声が聞こえてきて心臓が止まりそうになった。朝日を浴びて目の前に現れたのはヤエリと仮面を付けた赤いローブの集団だった。


「ヤエリ、ごめんなさい。ただカヌリは一度決めるとすぐに行動する癖があって。

ここにいる私達はゴディシズの信者にはならない決断をしました。いいお話だと思ったのですが、やっぱり私達には自由気ままな方があってるなって」


「ユメル、残念です。貴方ならカヌリさんを説得してくれると期待したんですよ。その為にこれまで仲良くしてきてあげたのに。

カヌリさん、今からでも遅くありません。素直に町に戻って下さい。仲間の安全が第一でしょ?」


「ヤエリ、何を言ってるの?」


 ユメルはまだヤエリを信用しているようだ。ヤエリが親切な人なのは事実だが、それは救世の天使の命令があるからだ。今の命令はカヌリの確保なのだろう。


「言っただろ、これがゴディシズの本質だ。ゴディシズは救世の天使が支配する国みたいなものなんだよ」


「そのような言い方は失礼です。私達は望んで救世の天使様に仕えているのですから」


「その仮面をしている奴らもか?」


「!!」


 カヌリの言い方にヤエリが殺気を纏った目で睨んでくる。やはり触れて欲しく無かったのだろう。


「カヌリさん、貴方は色々知ってしまったようですね。誰から聞いたのですか?」


「ボクは賢いから色々分かっちゃうんだよ。そんな人に知られたら困る事やってる方が問題なんじゃ?」


「これはゴディシズの救いです。彼らの心は今、とても平穏なのです!!」


 カヌリはヤエリを激情させながらどうやってこのピンチから抜け出すか考える。仮面の信者達はまともに戦って勝てる相手ではない。ヤエリだってかなり強いだろう。地面に潜って味方を逃がすのがもっともだが、浅い位置では攻撃を喰らう可能性が高い。もっと相手を引き付けてから潜る必要がある。


「ああ、必死に仲間達を逃がす方法を考えているのですね。無駄ですよ。カヌリさんの祝福対策は既に取ってあります」


「わざわざ説明してくれて助かる。ならボクとヤエリさんの一騎打ちで決めるのはどう?」


「残念ですが私はそんなものには乗りません。貴方を捕まえる為には多少の犠牲が出てもしょうがないと思っています。

さあ、素直に諦めるのが利口ですよ」


 ヤエリの言う通りだが、ここまで言われて引き下がれない。かといって仲間を危険には晒せない。カヌリの複製出来る道具もかなり減ってきている。


(仮面を狙って破壊しまくれば少しは勝機があるかな)


 カヌリは背後で心配そうに見つめる仲間を思い、一歩が踏み出せなかった。


「時間切れです。残念ですが強硬手段に出ます。

死にたくない者は手を挙げてゴディシズに入信する決意表明をしなさい」


 ヤエリがそう言い少しだけ待つ。だが、カヌリ達の中に手を挙げる者はいなかった。


「愚か者達の集団ですね。

いいでしょう、カヌリとユメル以外は殺してもいいです。捕まえなさい!!」


 そうヤエリが言った瞬間だった。


「愚かな争いはやめるのです」


 美しい声が辺りに響く。朝日を浴びながら空から天使が舞い降りた。


「救世の天使様!!

失礼致しました」


 ヤエリがひざまずいて頭を下げ、他のローブの信者達も同様に跪く。


「カヌリさん、失礼しました。うちの信者達はたまに私の言う事を理解し過ぎてしまうのです。ごめんなさい。

私はカヌリさんに仲間になって欲しいと思ったのですが、どうやらそのつもりは無いようですね。

ならば諦めましょう」


「本当にいいのか?」


 カヌリは正面に立つ眩いぐらい赤いローブを着た救世の天使を直視出来ない。それが昨晩見た青年だとは分かるが、目を合わせたら虜にされてしまう気がした。


「はい。

ですが、巡り合わせというのはあるのです。私と貴方はいずれ再び出会う事になるでしょう。

私はその時まで待ちます」


「そうか、感謝するよ。

行くぞ、みんな」


 カヌリはなるべく救世の天使を見ずに足早に仲間とその場を去った。穏やかな救世の天使とは別にヤエリの殺気だけが背中に刺さるのをカヌリは感じるのだった。


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