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5.救世の天使

「すみません、手荒な真似をしてしまって。

でも、神機しんきだけは使わせたくなかったので」


 スミナは勢いで傷付けてしまったフルアを介抱しつつ言う。周囲の敵は排除したものの、怪我人が多く、グスタフから降りたミアンとメイルが聖教会の人達と一緒に魔法で回復して回っていた。グスタフに乗って来た他の仲間やエルとアリナは敵が残っていたり追加の敵が来ないか警戒している。


「スミナさん、一時はどうなるかと思ったが助かったよ。

フルアを止めてくれた事、本当に感謝してる」


「オルトさん、もう動いて大丈夫なんですか?」


「ああ、真っ先にミアンさんが回復してくれたからな。それより他のみんなが心配だ」


「わたし達がもう少し早く戻れていれば……」


 スミナはそう言って自分達が判断に迷った事を思い出す。凶魔四天王のボイを追い払った後、双子達はCZと名乗る獣神に異空間に飛ばされてしまった。そこで世界の危機を知らされ、回避するには王国を滅ぼす必要があると言われたのだ。

 口論になりそうになったその時、スミナは王国の方角で神機が使われた事を察知した。CZがいうには王国が神機を持っている事も終末の要因だと言う。そこでスミナは決断は先送りにし、神機が使われるのを止めに行く事を決意したのだ。


「そんな事無いです。

スミナさん、ありがとうございました。私、命を捧げる覚悟でしたが、直前で死ぬのが怖くなってました。

やっぱり凄いですね、スミナさん達は」


 フルアが感謝の言葉を述べる。スミナは知り合いでもある薔薇騎士団のフルアが神機を使おうとしていた事に本当に驚いていた。神機に手を触れただけで、これがどれだけ恐ろしい威力で、フルアの前に誰が使ったのかもスミナには分かってしまった。


「色々聞きたい事はあるが、詳しくは王都に戻ってからの方がいいな。

アスイさんの姿も見当たらないし」


「そうですね、わたし達の方から色々話す事があります。

あと、この神機の話もきちんと聞きたいので、まずは皆の救助が終わったら帰りましょう」


 スミナはアスイの事を話すのを考え胸が痛む。そして今まで使われなかった神機が王国で使われた理由は何となく察する事が出来た。全ては自分達が甘かったという事も。


「お姉ちゃん、やっぱりシギの死体は見当たらない。ボイと同じで逃げられたんだと思う」


「そうです、逃げられました。俺に攻撃しようとしたところで、消えたんです。

スミナ、さんとアリナさんですよね。

助けて頂きありがとうございました。お2人の事は聞いていましたが、想像以上でした……」


 スミナとアリナが周囲の味方を救出しつつ、指揮官だったシギの死体を探しているところにスミナの髪より暗い紺色の髪の青年がやって来た。記憶を辿ったが、スミナは面識が無い人物だと判断する。騎士団の騎士では無いようだが、かなり強いマジックナイトである事がスミナにも分かった。


「ありがとうございます。

ええと、初めましてですよね?」


「そうですね、すみません。

俺は特殊技能官のケンブ・ワンキと言います」


「その名前は、2年前に魔法騎士科を首席で卒業された方ですよね」


「お姉ちゃん知ってるの?」


 スミナは昔助けられた白銀の騎士を探す時に戦技学校の優秀な卒業生も調べた事があった。ケンブは卒業後も騎士団に入らなかったという事で名前を憶えていたのだ。


「名前だけですが聞いた事がありました」


「そうですか、それは光栄です。お2人もオルト師匠に剣を習ったと聞きました」


「師匠?あなたもオルト先生の弟子だったの?」


「俺が教えたのは簡単な戦場での戦い方だけだ。

ケンブは殆ど自力で強くなったんだよ」


 ケンブと話している双子の元にオルトがやって来る。


「そんな事無いですよ。あの日師匠に会って無ければ俺は世間知らずのままでしたから。

それよりもアスイさんの姿が見えないんですが、一緒じゃなかったんですか?」


「!!」


 スミナはアスイの事を言われてどう答えるか迷ってしまう。ケンブも特殊技能官という事はアスイを知っているのは当然だった。


「その話だがな、色々あるから後で説明する。

スミナさん達は遠征で疲れてるから、話はまた今度にしてくれ」


「分かりました」


 オルトに言われてケンブは去っていった。


「オルト先生、助かりました」


「ケンブは最近になって特殊技能官になったんだ。まだ俺達の状況にそこまで詳しくは無い。

ただ、あいつはかなり強いし、今後頼りになると思うぞ」


「オルト先生がそこまで言うならそうなのかな」


 アリナはケンブの事をまだ信用していないようだった。スミナは今は少しでも仲間が増える事は歓迎したいと思っていた。


 周囲の味方の救助が終わり、スミナは神機をオルトに渡して王都に向かった。エルが操るグスタフに元々は人が乗るスペースは無かったが今は出来ている。最速で王都に向かう為にグスタフの背中にアリナが魔力で仮の搭乗スペースを作ったのだ。流石に王国の部隊の人達を乗せるスペースを新たに作るのは難しく、元々乗って来た双子達だけが乗り王都へ向かった。


「お姉ちゃん大丈夫?」


「――うん、大丈夫だよ」


 アリナがスミナの気持ちを理解して心配してくれる。これから国王ロギラと会う事になり、スミナは今までの事を説明すると同時にCZに言われた事をどうするか決めねばいけないからだ。勿論王国をどうしようなどという考えは無いが、王国と一旦距離を取る選択肢はある。

 これまでの経緯を話すとしてもCZから聞いた事は流石にロギラには言えない。あの話を聞かなければこんな心配ごとは無かったのにとスミナの心の中はもやもやしていた。


 王都の入り口まで辿り着いた双子達はエルとグスタフを王都の魔法城壁の外に置いていく事にした。無理矢理王都の中に入れる事は出来るが、異質であり、何かあった時も動き辛いからだ。エルもグスタフもかなりエネルギーを消費した為、太陽光でのエネルギー補給をさせておく意味もあった。

 王都に入った双子達は王国からの迎えの馬車が来ており、そのまま王城へと連れていかれた。王城に着くと伝令の兵士からしばらく寛いでいて欲しいと言われ、自由に使える客間を用意された。半ば軟禁状態ではあるが、皆戦いの疲労があったのでそれぞれ1人か2人で部屋を借りて入浴したり、食事したり、睡眠を取ったりしてしばしの休息を取るのだった。


 双子達が到着して半日ぐらい時間が経ち、日が暮れて夜になっていた。そこでようやく国王からの会談の連絡が来た。夕食を兼ねた会談だという事で、エルを除いた双達8名は案内されて王城にある食事が出来る広間に連れて来られた。

 既に上座に国王が座っており、他にも王国騎士団から騎士団長のターンと薔薇騎士団長サニア、薔薇騎士団のフルア、そしてオルトが座っていた。騎士団以外には特殊技能官のナナル、聖教会の聖魔術長のマーゼも座っていた。戦場で会った特殊技能官のケンブが居ない事から、この場にはこれまでの事をよく知っている者だけ集められたのが分かる。


「無事君達が帰って来れた事、まことに嬉しく思っている。

詳しい話はひとまず置いておくとして、まずは食事を楽しんで欲しい」


「「はい」」


 国王ロギラが軽く挨拶した後、食事会が始まった。流石に談話しながら食事をする雰囲気では無く、スミナは運ばれて来た料理を順々に食べるだけだった。それでも久しぶりのきちんとした食事だったのでとても美味しかった。アリナや他の遠征から戻った仲間達もそれなりに食事を楽しんでいるように見えた。ただ、元々王国に住んでいなかったエリワとキサハは上品な料理が合わないのか、堅苦しい雰囲気が合わないのか、どこか不満そうだった。

 コース料理の最後のデザートが配られ、食事が一通り終わったようだ。召使いの人達が部屋を退室すると広間の雰囲気が一気に変わった。


「まず、国王として礼を言わせて欲しい。

フルアの神機の使用を止め、敵を撃退してくれた事、まことに感謝している」


「国王陛下、勿体ないお言葉です」


「神機の話もきちんと説明したいところだが、まずはそなた達の経緯を聞いておきたい。

話して貰えるか?」


「はい、ご説明いたします」


 スミナは代表してロギラに返事をした。自分が全て説明する必要がある事を理解しているからだ。

 スミナは先に旅立ったアスイを追って王国を出てからの経緯を順を追って説明する。


 まず魔族連合がドワーフの工房とヤマト国のデマジ砦を襲撃する情報を掴んだので、スミナ達はドワーフの工房へ向かった。そこでレオラの部下と本物の覇者の王冠を持つカヌリと戦う事になった。魔族を倒し、カヌリは拘束し、覇者の王冠と王国の兵士を奪還出来た事を説明した。ドワーフの工房には王国の兵士を管理する為にグイブに残って貰った事も。


 次にスミナ達はグイブ達を除く全員でデマジ砦まで急行した。そこではアスイ達とヤマトの人達が協力してレオラとガズの軍勢と戦っていて苦戦していた。協力してガズを倒し、追い詰められたレオラは魔槍まそう力で破壊神になった事を話す。

 魔槍を破壊した双子達はレオラが記憶を消されて利用されていた事を知った。そして死にそうなレオラを祝福ギフトで作った複製体に移して救おうとした事もきちんと説明した。


 ただ、再生しようとしたレオラは空から現れた魔族連合の統率者のルブによって殺された事を話す。ルブは凶魔四天王という強力な四人の部下と共に現れ、闇凶獣ダギラという巨大な化け物を呼び出してスミナ達を襲わせる。ルブ達は逃げ去り、疲弊したスミナ達は全てを吸収するダギラに苦戦する。

 ダギラのコアを破壊した双子だが、その中心部にあった呪いにアリナは囚われてしまった。どんな手を使っても離れない呪いに対しアスイがアリナと交替し、呪いを打ち消す為に自ら消滅してしまう。そしてアスイが消えた事で魔導結界が解除されたのだと説明した。


 戦いが終わった後、レモネ達一部の人達は別行動する事に決め、双子達は急いで王国へ戻ろうとした。だが、凶魔四天王のボイに何度も邪魔されて遅れたと説明する。その際、CZと会った事は勿論話さなかった。


「以上がわたし達が王都に戻るまでに起こった出来事になります。

アスイさんの死はわたしの対応が遅かった為に起こった事です。彼女の遺体も遺品も残らず消滅してしまいました」


「違います、あれはあたしのミスです。仮面を斬ってしまったのであたしに呪いがかかり、アスイさんが身代わりになったんです」


「アスイの件は了解した。恐らくアスイが決意して選んだ結果だろう。その責任はあの場に居た誰にも無いと私は思うぞ」


 アスイの死の責任を感じている双子に対してロギラが言葉をかける。アスイの選んだ結末だとは分かっているが、スミナはどうしても心残りがあった。


「私も発言させて頂きます。

アスイさんは死の直前にスミナさんとアリナさんに世界を救う事を託しました。彼女にはその決意があって自らが呪いと相殺する道を選んだのだと思います」


 聖女であるミアンがアスイの決意について語る。アスイの最期の言葉は双子にはとても重いものに感じられた。スミナは今度こそ選択を誤ってはならないと気を引き締める。


「帰って来た者達にも話しておくが、アスイが王都を離れ獣人達の解放に向かう際、彼女は死を覚悟していた。

それは魔族連合の情報でより強い戦力が温存されている事が分かったのもある。だが私はそれ以上にアスイが今まで取り込んだ能力の中に予言に近い能力があったのではと考えている。

王国に封印された神機の使用についてもアスイの助言に従って今まで使用しなかったのだ。その話をこれからしよう」


 今度はロギラが神機ラングを王国が隠し持っていた理由、今回使う事になった経緯を説明した。1度目の神機の使用で紫苑しおん騎士団のオリミが選ばれ、神機を使用して王都を守り、死んだ事も。それを聞いたオリミの妹であるエレミは衝撃を受けていた。スミナはラングに触れた際にオリミの死を知っていたが、エレミには話せなかった。自分から話しておけばと少しだけ後悔する。


「オリミの犠牲によりデッドマスター率いる敵部隊を撤退させる事には成功した。

その後、先程話した神機を隠していた理由をターン達に説明し、今後どうするかの話し合いを行った。

次の神機の候補者がフルアである事を説明し、今度はオルトに神機の使用の権限を渡したのだ。次に敵の襲撃があったのが先ほどの戦いだった」


「国王陛下が説明した通り、敵が我々の戦力を上回り、神機を使わざるをえなくなったのが現状です。シギの部隊との戦いも結局神機の力が必要になってしまった。

スミナさん達の到着が間に合わなければあのまま神機を使っていたでしょう。改めて本当に助かったと感謝しています」


 オルトがスミナ達に頭を下げた。


「オルト先生、頭を上げて下さい。

わたし達は当然の事をしたまでで、しかも到着が遅くなって犠牲が出てしまいました。

もっと早く王都に戻れていればオリミさんの犠牲も無かったと思います」


「いや、遅かれ早かれ神機を使用しての犠牲は出ていただろう。私はいざという時の為に神機を準備していたのだから。

それは今後も変わらない。敵の動きが読めない以上、神機を使う判断をする時が来ると私は考えている」


 ロギラは非難されようと神機を使い続ける覚悟を決めているようだ。だが、スミナはそれをさせるわけにはいかなかった。


「待って下さい。わたしは神機に関しては再び封印をして貰いたいと考えています。

その理由としては本物の覇者の王冠が手に入ったからです。グイブさんと王冠の力で戦える兵士はまだドワーフの工房に居ますが、彼らが戻って来れば神機が無くても王都を守る力になるとわたしは考えます」


「確かにグイブさんの部隊が戻って来るなら王都の防衛を任せられ、騎士団も国全体のフォローに動けるようになる」


 スミナの考えに即座にオルトが賛同してくれる。


「それは本当に信じられるのか?また魔族の罠だったり、何か弱点があったりする事は無いのか?」


「前回グイブさんの覇者の王冠が偽物だと気付かなかったのはわたしが直接触れられなかったからです。

今回の覇者の王冠に関しては一度触れていて、その際に本物だと確信しました。

王都の防衛に使用するのなら今度はきちんと過去の記憶まで確認しようと思います」


 不信があるサニアに対してスミナは説明する。スミナはあの覇者の王冠には罠は無いと感じていた。スミナはまず神機抜きで王都の防衛が出来るようにしたかった。そうなればここを基盤に王国と他の国や勢力との連携が出来るようになる。スミナは表には出さないが、自分の実家であるノーザ地方やそこにいる両親が無事かどうかも気になっていた。だからこそ早急に王都の安定が必要だった。


「スミナさんの提案を私は受け入れたいと思う。だが、その為にはドワーフの工房へグイブ達を迎えに行く必要があるという事になる。その役目は再びスミナさん達に任せたい。

だが、そうなると戻って来るまで王都の防衛を維持する必要がある。その為には神機の運用を考慮しなければならない」


「その点についても考えています。今王都の外にはエルが乗ったグスタフが待機しています。グスタフがあれば神機に頼らずとも大抵の敵は排除出来ます。

あと、グイブさん達を連れ帰るのはわたしとアリナの2人だけで行こうと考えています。他の仲間が王都に残れば心配は無いと思います」


「スミナお嬢様、質問していいでしょうか?

お嬢様は魔導遺跡を使ってグイブさん達を連れ帰るつもりですよね?魔導遺跡の転移装置はエルさんが居ないと使えないのではないでしょうか?」


 スミナの発言にメイルが質問した。


「その事だけど、グスタフに乗っていればエルの能力も拡大して、王都の近くの魔導遺跡の機能は使えるの。そしてわたしはエルの許可があれば自由に転移装置を使える。なのでわたしが行けばどの遺跡の転移装置も使えます」


「転移装置からドワーフの工房までの移動はどうするつもり?」


「アリナとわたしだけなら丁度いい魔導機械がある。帰りはレモネが乗っていった魔導馬車があるし、アリナの力があれば乗る人数も増やせる筈」


 スミナはアリナに考えている内容を説明する。とりあえず王国との関係は置いておいて、スミナの望む形で話はまとまりそうになっていた。


「アタイの方からちょっとだけ言わせて貰ってもいいかな?

前にも言ったけどアタイはアリナ達には協力するけど、王都の防衛はしないよ。エルフは同盟を結んで無いし、アタイも王国の為に何かするつもりは無い。

食事や寝床に恩義は感じてるけど、命を懸けて戦うほどの事だとは思ってない。そこだけははっきり言っておく」


 厳しい口調で言ったのはハーフエルフのエリワだった。確かにエリワは個人で双子達に協力してくれるだけで、同盟関係とは無縁だった。そしてエリワがここまで口出しするのはかつてCZと友人関係である為、CZの言葉が影響してるのではとスミナは思った。

 流石に国王はこれには反応出来ず、他の者も反論も同意も出来なかった。常に双子を援護してくれるオルトも今は王国の騎士になっているのでフォローしてくれない。アスイがこの場に居れば何かいいように丸く収めてくれただろうとスミナは思った。スミナは波風立てずに場を鎮めるにはどうしたらいいか必死に考える。


「いいんじゃない、それで。エリワは今まで十分あたし達を助けてくれたし、その恩返しにここでゆっくり休んでてよ。

もし王城に居辛かったらあたし達の屋敷で休んでていいから」


「じゃあそうさせて貰うわ。ありがとう、アリナ」


 とりあえずアリナの機転でエリワの話は片付きそうだった。ソードエリアにあるアイル家の屋敷は以前の襲撃で奇跡的に無事で、今も使用人が住んでいる状態だ。メイルも居ればエリワは大丈夫だろう。


「余も外様とざまながら話をさせて貰ってもいいでしょうか。

余はヤマトの民で王国とは同盟を結んでいるので出来る限りの協力はしましょう。ただ、王城に留まるのは息がつまるのでエリワ殿と同じくアリナ達の屋敷で過ごさせてもらいたい。宜しいですか?」


「それは構いません」


「ありがとうございます。

それとは別に、ヤマトの民として一つ疑問に思う事があります。ヤマトのサムライは命を惜しまず、国や民の為に進んで犠牲になります。勿論それが意味のある死の場合ですが。

聞けば王国も戦いで毎回多くの犠牲者が出ていると。ならば神機を使う1人の犠牲だけで、もっと多くの人を救えるのではないでしょうか?ヤマトの民ならばその者が優秀だろうとそれで多くの命が救われるなら進んで身を差し出します」


 ヤマトの姫でもあるキサハの言葉は1人の犠牲も出したくないスミナの考えと真反対だった。戦闘民族であるヤマトで育ったキサハとしては当然の考えなのだろうが、平和で落ち着いていた王国民にとっては素直に受け入れられない話だ。ただ、スミナはキサハの言う事は分かるし、過去に自分が犠牲になって皆を助けようと思った事もあり、その言葉は心に深く刺さっていた。知り合いが犠牲になるから反対するのならそれは単なる我儘で全体を見ていないという事になると。


「キサハさんの言いたい事は分かりますが、王国では今まで犠牲を出さないように助け合って戦ってきました。理想論であれ、誰も犠牲を出さない戦いを求めるのが上に立つ者の役目だと思っています」


 キサハに反論したのはオルトだった。神機の権限を託されたので自分の覚悟を述べたのだろう。


「皆の考えもあるだろうし、王国外の者の意見もきちんと参考にしないといけないと私は考える。

ただ、今はとにかく時間が惜しい。神機の使用の判断は引き続きオルトに一任する。ただし、王都や民の事を考え、早急に神機を使うべきだと思う者があれば私に立案してくれ。その際は私が責任をもって判断を下そう。

あとフルア、もし神機を使う役目を降りたいのであれば遠慮なく申し出てくれ。神機の候補者の選定には騎士団以外の者にも広げ、より適した者を探そうと考えているところだ」


「分かりました、少し考えさせて下さい」


 ロギラが議論を長引かせないように纏めの発言をする。フルアはいざ神機を使おうとして恐怖を感じたのか、即座に否定も肯定もしなかった。スミナはとにかく神機を使わせない為に急がないとと考えた。


 双子達はソードエリアにある屋敷に久しぶりに帰宅した。ミアンとは王城で別れ、マーゼと共に聖教会の神殿へ戻って行った。ゴマルはしばらく調査部隊に戻るといって別れ、エレミは姉が亡くなったのでナンプ家の屋敷へ向かい、恐らく実家で葬儀を行う為に帰省するとの事だった。なので屋敷には双子とメイル、エリワとキサハの5名で戻っていた。エルはまだ王都外のグスタフの中だが連絡は通じるので繋がっている感覚がある。


「ただいまー。久しぶりに帰って来た気がするー」


「そうだね、前回王都に寄った時はバタバタしてたから」


「ですが、お嬢様達は明日にはもう出発するんですよね」


 両親はノーザ地方の屋敷に戻っているので今居るのは使用人だけだった。スミナは実家の方も心配になってくる。


「お父様達は無事なのでしょうか?」


「王城に行った際に言伝は聞いており、ノーザ地方で大きな被害が出たという報告は無いそうです」


「大丈夫だよ、パパとママは強いから。

ほら、エリワもキサハも遠慮せず上がって」


「じゃあお言葉に甘えて」

「お邪魔します」


 王城では普通だったが双子の屋敷に来ると逆にエリワもキサハもどこか緊張しているようだった。エリワはエルフ以外との付き合いが無かったし、キサハもヤマト風では無い家に入るのは初めてなのだろう。


「ここはあたし達と使用人しかいないから、自分の家だと思ってくつろいでいいよ」


「礼儀作法も気にしないで下さい。元々アイル家はそういう事に拘らない家系ですので」


「まあそうなんだけど、一応領主の館でもあるから、建物は立派だよ」


 アリナとメイルは久しぶりの屋敷で気が緩んでいるのが分かった。スミナも勿論長旅で安心出来る場所が無かったので、ようやく肩の荷が下りた気分になった。3人の雰囲気を感じてエリワとキサハも徐々に緊張が解けていく。


「お茶を入れますので少しお待ち下さい」


 メイルが気を利かせてくれ、双子とエリワとキサハは応接間のソファーに座り休息を取った。


「あまり知らなかったけど、あんた達もお嬢様だったんだよな。キサハも本当はお姫様だって聞いてるし、アタイとは住んでる世界が違いそうだ」


「エリワさんはエルフの森に家を持ってたりしなかったんですか?」


「アタイはディスジェネラルになってからも定住してない根無し草だよ。魔族連合の建物か、エルフの森の空き家を使わせて貰ってはいたけど、私物はカバンに入る量しか持たない主義でね」


「いいなあ、そういう生活も憧れるよ」


「余とは正反対ですね。実家には集めた着物が山のようにありますし、寝具が変わると眠れなくてデマジ砦へも枕と大荷物を持って行きましたので。恐らくもう燃えてしまったでしょう。

今は長旅で野宿するのも慣れてしまいました」


 エリワとキサハは見た目とは違って見た目が麗人のエリワが野宿が得意で、体格が良くて豪快そうな見た目のキサハが繊細だった。


「アリナはキサハさんに近いから私物を減らすのは無理じゃ無いかな」


「あたしは片付けないだけで、そんなに収集癖は無いよ。どちらかというとお姉ちゃんの方が色々集めるのが好きだったでしょ」


「それは、わたしは物の価値が分かるから、何か安く売ってると勿体なく感じて。それに魔導具とかは無駄になってないし」


 スミナは話ながら久しぶりに日常が戻って来たような気がして嬉しくなった。ただ、この屋敷には亡くなった兄ライトの思い出もあり、それを思い出さないように取り留めも無い話題を出して会話を続けるのだった。

 メイルがお茶を持って来てから5人でしばらく会話楽しむと夜も更けて来てしまった。食事はとったので順々に入浴し、双子達はそれぞれ個室で休む流れになった。エルも居ないのでスミナとアリナは本当に久しぶりに2人きりで並んだベッドに横になっている。


「お姉ちゃん、一緒のベッドで寝ていい?」


「どうしたの?急に甘えて」


「色々あったから。お兄ちゃんもアスイ先輩も、レオラも死んじゃった」


 スミナは感覚がマヒしてきていたが、ここ数週間で多くの人が死んだのだとアリナの言葉で思い返す。それは敵も味方もだ。そしてその殆どに自分達が関わっている。それに動揺しなくなったのは強さなのか逃げているだけなのかスミナには分からなかった。


「そうだね、わたし達がこうして生きてるのも奇跡みたいなものだもんね。

アリナ、一緒に寝よう」


「うん!!」


 アリナは喜んでスミナのベッドに入ってくる。本当に甘えたいのはアリナよりも自分なのかもしれないとスミナは思った。アリナの体温を感じながら、スミナはこれからどうすればいいのか考える。どこで誰が戦い、何を守り、何を犠牲にするのか。それを自分なんかが決めていいのだろうか。全てを捨てて仲間や家族だけを連れて逃げ出してしまいたい気持ちもあった。


「お姉ちゃん、悩んでるでしょ」


「アリナには分かっちゃうよね」


「勿論!でもあたしにはどうしたらいいかは分からないよ」


「わたしも分からない……」


 スミナはアリナだったら全部倒して解決しよう、ぐらい言ってくれるかとも思っていた。昔のアリナならそうだったかもしれない。でも、今のアリナは色々経験し、無責任に動く事は無くなっていた。それはそれで少し寂しい気もした。


「お姉ちゃんは、みんな助けて、誰も死なせずに平和にしたいんだよね」


「理想は勿論そうだよ。でも、戦いは起こるし、敵は強くなるし、王国だけでもこんなに広いのに、それ以外の人達も助けるのは無謀だって分かってる」


 スミナは同盟を組むまでは良かったが、その同盟の人達も全て助けようと考えるのは無謀だと思えてきていた。それに加えて未だに魔族連合に囚われている人間達もいる。彼らも放置していていいわけじゃ無い。かといって王国を放っておいたら地方から順に被害が出るのは目に見えていた。全部を助けるにはもっと強い力が必要なのだ。


「あたしに出来る事は限られてるけど、それでも絶対にお姉ちゃんだけは守るよ。そして何があっても、何を選択してもお姉ちゃんについて行く。だからお姉ちゃんのやりたいようにやればいい」


「わたしのやりたいように、か。

そうだね、まだわたし達には出来る事があるかもしれない。国を作らなくても人々の力を合わせれば上手く行くかもしれない。アリナが居れば挫けずに進める気がする」


 スミナは少しだけ自信を取り戻し、明日の為にゆっくりと眠るのだった。



 翌朝、スミナはどったんばったんという騒音で目を覚ます。


「お姉ちゃん、うるさいけど何の音?」


「分かんないけど、何か問題が起こったのかも。見て来る」


「分かった、任せたから」


 アリナはまだ眠いのか寝てしまった。アリナの危険察知が反応していないので、敵襲では無いのだろう。音がするのは寝ていた2階では無く1階の方なのでスミナは階段を降りる。すると階段の下にエリワが立っていた。


「エリワさん、何か問題がありましたか?」


「あれ見てよ。敵襲かと思って飛び起きて損したわ」


 エリワが指差したのは奥にある洗面所の方だった。見るとそこではキサハが鎖鎌を振り回しており、その被害が出ないように必死にメイルが動き回っていた。


「メイル、何があったの?」


「お嬢様、キサハさんを一緒に止めて下さい」


「キサハさん、どうしたんですか?落ち着いて下さい!!」


 スミナは洗面所に飛び込んで、キサハの鎖鎌を掴んで止めた。


「余は落ち着いておる。ただし、この邪悪な機械は破壊しなくてはいけない」


「邪悪な機械?この魔導洗顔機の事ですか?」


「お嬢様、きちんと説明するのでキサハさんをなだめていて下さい」


「キサハさん、まずは話を聞くので暴れるのは待って下さい」


「了解した」


 スミナが現れた事でようやくキサハの動きが止まる。


「それで、なんでこんな事に?」


「説明致します。今朝、洗面所に来ましたらキサハさんが洗面台の使い方が分からないようなのでご説明したんです。それで、便利なので魔導洗顔機の使用をお勧めしたのですが、使用したら突然怒り出してしまいまして……」


「余が問題を起こしたみたいに言うでない。メイル殿が変な機械を使わせたので余の身体に傷が付くところだったのだぞ。乙女の肌は大事なもの、こんな邪悪な機械は使うべきではないのだ」


「文化の違いでしょ。ヤマトの国は魔法を使わないからね」


 後ろで話を聞いていたエリワが言う。確かに何も知らずに魔導洗顔機を使ったら危険を感じる可能性はある。

 魔導洗顔機は貴族などのお金持ちしか所持出来ない魔導帝国時代の魔導機械である。洗顔から肌のお手入れ、髪の手入れとムダ毛処理に歯磨きまで全て自動でこなしてくれる魔法と機械を合わせた便利な道具だ。スミナは実家の屋敷にも王都の屋敷にもあったので便利な道具として日常的に使っていた。戦技学校の寮には無い物なのでアリナは寮に移った直後は文句を言っていたものだ。


「キサハさんが暴れた理由は分かりました。

これは魔導洗顔機という機械で、安全で、便利な物です。抵抗さえしなければ危険はありません」


「そうではない。肌や髪は女の命、気軽に触れていいものではありません。ましてや口の中まで入ってこようとして、おぞましいではありませんか」


「ですがキサハさん、洗面所を1時間ほど借りると言ってましたよね。流石に時間がかかり過ぎると思い、お勧めしたんですよ。

ではキサハさんがヤマトに居た頃はどのように手入れをしていたのでしょうか?」


 メイルも落ち着きを取り戻し、冷静に質問する。


「屋敷に居た頃は朝起きると侍女達が顔や髪の手入れを時間をかけて丁寧にやってくれました。

今はそれが出来ていませんが、肌の手入れだけは自分で毎日欠かさず行っています」


「それならそうと言って下さい。

機械に任せられないなら私がやります。だから機械は壊さないで下さい」


 メイルはそう言うとキサハから手入れの仕方や専用の化粧品などの説明を聞き出し始めた。キサハはマサズの婚約者なだけあって、美容を気にしていて、確かに透き通るような白い肌は綺麗だなと思っていた。野宿でたまに居なくなっている時間は手入れをしていたと想像出来る。キサハが素直に従い始めたのであとはメイルに任せればいいだろう。


「話は付いたみたいだね。アタイは二度寝するから朝食の時間になったら起こして」


「そういえばエリワさんの肌は綺麗ですよね。キサハさんみたいに特別なお手入れをしてるんですか?」


「アタイ?これは生まれつきで、普通の洗顔ぐらいしかしてないよ。化粧もした事無いし。

まあエルフの血が強いんだろうね、そこは感謝してる」


 エリワの発言は一部の女性が聞いたら怒り出しそうだなとスミナは思う。スミナ自身はたまにメイルに手入れしてもらうぐらいで、化粧もお祝いの時にしただけなので少し羨ましいな、と感じるぐらいで済んでいた。


 朝の一騒動が終わり、朝食の時間になってアリナもエリワも起きてきた。朝の事件の詳細を聞いたアリナは大笑いしていた。キサハも人の屋敷の物を壊そうとしていた事を冷静に思い返して反省していた。

 朝食が終わって、そろそろ出発の準備をしなければと思っていた時、スミナのところにエルから連絡が来た。


『マスター、敵襲です。巨大な敵が王都に向かって進軍しているのを確認しました。恐らく以前戦った闇凶獣ダギラの改良型です。

今のグスタフなら破壊出来ると思いますが迎撃に向かった方がいいでしょうか?』


『罠があるかもしれないから、エルは少しだけ近付いて敵が王都に来るのを阻止して。対処はわたし達がやる』


『了解しました』


「アリナ、聞いたよね?」


「うん。で、どうする?これから出発だし他のみんなにお願いする?」


 エルの声はアリナにも届いていたのでアリナが確認してきた。今後の王都の事を考えるとスミナは大ごとにはしたくないと思っていた。


「お嬢様、何かありましたか?」


「エルから連絡が来て、魔族連合の巨大な敵が攻めて来たそうです。

わたし達は迎撃に向かいつつ、そのまま魔導遺跡に向かいます」


「大丈夫なのですか?」


「大丈夫だからメイルは屋敷で待機してて。

エリワさん、一つだけお願いがあるんだけど聞いてくれる?」


 スミナはエリワが王国の為に戦わないと聞いて考えていた事を出発前に言う事にした。


「いいよ、何?」


「王都の防衛は王国の人達やエルが居るので大丈夫だと思ってます。ただ、魔導遺跡の防衛はエルが距離が離れてて、少し心配なんです。

出来ればエリワさんには魔導遺跡に敵が攻めてこないか警戒と防衛をお願いしたんですが……」


「なるほどね。魔導遺跡が狙われたら戻って来れないよな。

いいよ、それぐらいは飯と寝床の礼にやるさ」


 以前に一度王都の近くの魔導遺跡は狙われ、破壊されている。今は取り返して防衛も強化したが、それでも王都から少し距離があるので狙われたら終わりだろう。エリワが見張ってくれていれば何とかなるとスミナは考えていた。


「ありがとうございます。

メイル、この事はここだけの話で他の人には言わないで下さい」


「内通者を気にしてですね、了解しました」


「余はそちらに回らなくていいのか?」


「はい、キサハさんはメイルを通して王都の防衛の方に協力して下さい」


「心得た」


 双子はメイル達を屋敷に残し、現れた敵に向かって出発した。



 時間は少しだけ遡って双子達が朝食を取っていた頃。オルトは王城にある一室で人を待っていた。


「オルト師匠、おはようございます!!」


「ケンブ、おはよう。朝早くから呼び出してすまなかったな」


「いえ、朝の鍛錬を終えた所なので丁度いいです」


 オルトがケンブを呼び出したのはアスイの件を自分の口から話そうと思ったからだ。なので昨日特殊技能官のナナルにはアスイの事はまだ話さないでくれと言っておいた。


「それで、早速だがアスイの事を話そうと思う」


「やっぱりその話ですか。覚悟は出来てますよ」


 ケンブはもう周囲の雰囲気で察しているようだった。オルトはスミナから聞いた話を丁寧に説明する。アスイの死に関してスミナ達が恨まれる可能性はあるが、嘘を言って誤魔化したらいけないとオルトは思っていた。

 オルトは全てを話し終わると深く呼吸をする。


「あのアスイさんが死んだなんて信じられないです。

でも、本当なんですよね……」


「自分も信じ難いが、今の敵の強さを考えれば事実として受け取るしかないと思ったよ。

俺が代わりに死んだ方が国の為には良かったんだろうが、俺はこっちに残されてしまった」


「駄目ですよ、オルト師匠は今の王国には必要な人なんですから。

俺がもっと強くて、もっと早く戻って来てればよかったんです……」


 オルトと同じくケンブ自身も無力感を持っているようだ。だがケンブは若く、もっと強くなれる可能性がある。だから何とかしてケンブを励ましてやろうと言葉を探す。


「ケンブ、今は戸惑ってるかもしれないが、お前にはもっと強くなれる素質がある。敵は強いが無敵なんかじゃない。一度負けても生きていればリベンジ出来る。お前がアスイの跡を継ぐつもりで行け」


「師匠、ありがとうございます。

俺も頑張ろうとは思っています。あれを見たらレベルが違うなって流石に感じちゃったんですよ。

スミナさんとアリナさん、あれが本当の英雄なんだって」


 強さを求めていたケンブにとって双子の姿が劇薬だった事が察せられた。


「2人を恨んでないのか?」


「恨む?とんでも無いです。アスイさんが2人に託して死んだ意味が分かりますから。

俺はもっとあの2人に近付きたいって思います」


「そうだな、その為に強くならないとな、お前も俺も」


 ケンブは年下である2人を偏見や妬みで見る事無く純粋に尊敬しているようだ。それは過去にアスイやオルトがケンブを倒した事が繋がったのだと感じ、ケンブにいい影響を与えられたと少しだけ誇らしく感じた。

 そんな時部屋にノックの音が響き、オルトが「どうぞ」と返事をする。


「オルト様、ご報告致します。王都の外のグスタフが動き出しました。それと同時に遠方に巨大な敵の影が見えたと連絡がありました。国王陛下はオルト様に対応を任せるとの事です」


「了解した。下がっていいぞ」


「はい!!」


 オルトに言われて伝令が去っていく。


「師匠、どうしますか?」


「グスタフが動いたのなら問題無い気もする。

だが、何かあった時に動けるようにはしておきたい。

ケンブ、付いて来るか?」


「勿論です!!」


 オルトは大ごとにはせず、まずは自分とケンブの2人で現地へ向かう事にした。馬車には乗らず、魔法と祝福ギフトを駆使して飛行する。オルトはその方が速いからだ。ケンブも移動の魔法が得意なので高速のオルトにぴったりついて来ていた。これなら何かあってもケンブに連絡を頼めるとオルトは内心安心していた。ソードエリアを飛び越え、王都を出ると確かにグスタフが移動しているのが見えた。そしてオルト達よりも一足先に2人の人影が飛んでいるのが見えた。スミナとアリナの双子である。


「スミナさんとアリナさん、2人だけですか?」


「オルト先生、ケンブさんも。

はい、敵は1体だけなのでわたし達2人で対処しようと思いました」


「お出かけ前のゴミ掃除するから2人は見ててよ」


 オルトは2人に追い付くと確認する。喋っているうちに敵が見えてきた。巨大なドラゴンにも似た黒いモンスターは地面を抉りながら王都を目指し、グスタフが魔法のシールドのような物で動きを遅らせていた。


「何だあの化け物は……」


 ケンブは初めて見る巨大なモンスターに圧倒される。双子達と共に戦って来なかったケンブにとっては特に異様に見えるだろう。オルトも今まで出会った敵よりも吐き気を催す邪悪な雰囲気を感じ取り身体が一瞬動かなくなった。


「あれがアスイさんを殺した闇凶獣ダギラです。ただ、改良型のようで、中心部には以前のような魔神ましんの存在は感じられません。それと以前はディスジェネラルのガズなどの強力なデビルを取り込んでいたのですが、今回は以前よりも取り込んだ敵が少なく大きさも小さいです。

前回シギと戦った戦場のモンスター達の死体を吸収したのでしょう。気付かず申し訳ないです」


「いや、死体を放置する判断をしたのは俺達だし問題無い。

ところでグスタフを使って倒せないのか?」


「恐らく倒せますが、今はエルとグスタフのエネルギーは王都防衛に残しておきたいんです。

大丈夫です、一度戦ってるのでわたしとアリナだけで対処出来ます。以前のようなミスもしません」


「この間の恨み、晴らしてやるから」


 スミナもアリナもやる気に満ちていた。オルトは自分やケンブは邪魔になるだろうと一定の距離を取って待機する事にした。青い魔導鎧に青く輝く魔導具の剣レーヴァテインを構えるスミナ。赤い魔導鎧に紅い刀の魔剣、くれないを構えるアリナ。2人の戦う姿は今までにも増して神々しく見えた。


「アリナ、行くよ!!」


「準備オッケー!!」


 2人はダギラに近付き、触手を切り捨て、巨大な腕の攻撃や光線を避け、ダギラの分厚い表皮を切り取っていく。2人の動きは演舞のように噛み合い、お互いの短所を補い合っていた。


「そろそろ行けるね」


「分かった、エル時間稼ぎを」


「了解です、マスター」


 スミナが伝えるとグスタフが盾になり動きを止めた2人を守る。2人は手の平をダギラの方に突き出し、手を重ねた。


「見えた!!」

「先にやる!!」


 2人はほぼ同時に言ってスミナが何かの魔導具を取り出してダギラに向かって発動する。するとダギラの腹に直径3メートルほどの円形の穴が身体の奥の方まで開いた。そこに紅を構えたアリナが突っ込み内部を切り刻んで穴が閉じるのを防ぎつつ奥へと突き進んでいく。スミナは即座にその後を追った。穴は閉じ、ダギラは暴れ続けた。

 が、しばらくするとダギラの動きが一気に止まる。そしてダギラの肉は溶け始め、大地を汚して広がった。それに伴い腐敗臭が一気に広がっていく。そして崩れるダギラの中に丸い物体が浮いていた。それはアリナが作った魔力を実体化した球だった。それが割れると中から黒い仮面のようなものを持ったスミナとそれを見守るアリナの姿があった。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


「うん、呪いは無いし、これは破壊しても問題無い」


 スミナは仮面を宙に投げ、レーヴァテインで叩き斬った。それでオルトが感じていた邪悪な気配が消えたのが分かった。


「やっぱり凄いですね、あの2人は……」


 戦いを眺めていたケンブが感嘆していた。オルトも改めて2人の強さと成長を感じていた。


「以前よりずっと強くなってるな、2人とも」


「師匠、俺は思うんです。

あの2人はこの世界を救う為に現れた救世の天使なんじゃないかって」


「ケンブ、お前意外とロマンチストなんだな」


 オルトは笑いつつもその考えに同意するのだった。


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