4.決断
デイン王国王城にある地下の会議場は重々しい雰囲気に包まれていた。敵の襲撃は防げたものの、神機ラングの使用で騎士団員であるオリミ・ナンプが死んだ事が問題だった。神機はオルトが持ち帰り、それを国王ロギラに返上した際に会議を開く事が決まっていた。
会議場にはオルトと王国騎士団長のターン、銀騎士団長で歴戦の騎士であるラバツ、薔薇騎士団団長のサニアと団員のフルア、他にも各騎士団団長が揃っていた。騎士団以外からは特殊技能官のナナル、魔導研究所所長のバドフ、聖教会の聖魔術長マーゼなどが並んで座っている。最後に国王ロギラが部屋に入って来た。
「再び集まってもらい感謝する。今回も秘密裏の会議の為、身分や礼節は気にせずに進めてくれ。
恐らく私に言いたい事や聞きたい事がある者がいるだろう。この場の発言はどんな内容だろうと罪には問わず、今後にも影響しないので自由に発言して欲しい」
「では、まずは私が代表して発言させて貰いましょう。
私は恐らくこの中で唯一神機ラングの存在を知っており、オリミがその使用者として選ばれた事も知っていました。
以前国王陛下にその事実を知らされた時、私はなぜ神機の事を公表せず、もっと早く使用させなかったか質問しました。
その時はまだ明かせないと回答を得られませんでした。なので今ここでご説明頂きたいです」
ターンがロギラに最初に質問をする。神機の事を知っていたのでこの時を待っていたのかもしれない。
「分かった。まずは神機の事を皆に隠していた理由から話そう。
神機ラングはデイン王国に代々受け継がれ、真の危機が訪れるまで封印しておくように言い伝えられた品だった。他国には王国が神機を隠し持っているという噂が流れた事もあったが、今まで王国は絶対にその存在を明かさなかった。
その理由としては神機一つでも大きな戦力になり、他国から狙われたり、戦力として頼られる事が分かっていたからだ。
もう一つの理由は神機を扱える者は少なく、神機は使う事でその者の命を吸い取る事が分かっていたからだ」
ロギラが神機を今まで隠していた理由を説明した。強大な力は新たな争いを生むのでオルトもその判断が誤っているとは思わなかった。
「勿論早期に使う事で戦争を止めたり強大な敵の対抗手段になる事は分かっていた。
私が玉座を譲り受け、神機の話を伝えられた時、私はすぐに神機を活用すべきだと考えた。だが前王であるマグラと転生者アスイにそれは止められた。
神機を使う事で効果はあるとしてもそれのみで戦争を終わらせるのは難しい。敵に晒せば対抗策を練られてしまうと。
アスイからはせめて自分が死ぬまでは使わないで欲しいと懇願された。
私はそれを聞き入れ、今の王都の危機まで神機を使う事を止めていたのだ」
確かにどんなに凄い兵器でも、一度披露してしまえば対抗手段を練られる。それが一つしか存在しないなら尚の事だ。オルトはロギラが今まで神機を使わなかった理由に納得していた。
「国王陛下、ご回答ありがとうございます。
王国騎士団長としては陛下のお考えに納得し致しました。
今回神機を使うに至ったのは、転生者不在の王国の危機に対し、犠牲者を出してもそれを防ぐという苦しい決断だった事は私でも理解出来ます」
「ターン団長、あたしはまだ納得いってない。
オリミは優秀で良い子だった。気分屋で我儘なシルンを支え、実際に紫苑騎士団をまとめてたのはあの子だった。
確かにシルンの裏切りに責任を感じていたのは分かる。それでもオリミは生きて紫苑騎士団の団長を引き継ぐべきだったんだ!!」
薔薇騎士団長のサニアが感情的に叫んだ。女性騎士団は分かれているとはいえ、全体的に仲は良く、交流も多かったという。サニアはそのまとめ役でもあり、皆の事を気にかけていたのだろう。
「サニア、秘密裏の会議とはいえ、国王陛下の御前だぞ。感情は抑えろ」
「ターン、よい。サニアのオリミを思う気持ちは痛いほど理解出来た。
だが、私は王として誤った決断をしたとは思っていない」
ロギラが場を収める。若い国王だが王の資質は十分あるとオルトは感じていた。オルト自身当事者としてきちんと話さなければならないと発言する事にした。
「自分も今は王国騎士団に身を置く立場なので発言させて下さい。
十分理解してるとは思うが、王国騎士は国に命を捧げ、同様に国王陛下にも命を捧げている。国王陛下の命令であればそれに従うのが騎士の務め。オリミさんは立派に務めを果たしたと思います。
そもそもは私の部隊がデッドマスターを止められなかったのが問題でした。私は敵の戦力を見誤り、自信の部隊の力を過信した事が今の結果を招いたと後悔しています」
「オルトさん、あんたは悪く無い。あれで勝てなければどれだけ人数がいようと同じ結果だっただろう。
だが、2度目は無い。今度はきちんと対策を取ってあたし達が王国を守ってみせる」
自分も当事者だと気付いたのか、サニアは冷静になっていた。
「我々聖教会もアンデッド相手に後れを取ってしまいました。今後このような事態にならないよう、協力させて頂きます」
同じく前回の戦いを後悔していた聖教会のマーゼもサニアに続いて発言した。オルトは2人には迷惑をかけてしまったと悔い、後で個別に謝らねばと思っていた。それと同時にこのままでは問題がある事も理解していた。
「2人の意気込みは分かるが、今のままでは同じ結果になるだろう。次に王都に攻めて来るのがデッドマスターとは限らないし、神機の使い手だったオリミさんは亡くなってしまった。
国王陛下、その話をする為に私達を集めたんですね」
「その通りだ。
まず、我が国の軍隊の作戦は全て私の下で動いており、その責任は私にある事を理解して欲しい。
現在、魔族連合は我々の予想を超えた戦力で攻めて来ており、転生者達が戻るまで耐えられる保証は無い。我々は死力を尽くして国を守るほかないのだ。
神機ラングはその為の最期の切り札である。我々はそれに頼るしかない状況になっている」
ロギラは渋い顔で発言する。
「国王陛下、既に神機の次の使い手が見つかっているという事ですか?」
「そういう事だ。ターンは若い騎士に対して能力検査を行っていた事は知っているな。そのタイミングで候補者の選定は終わっていた。その中で最も適正が合ったのがオリミだった。
そして他にも数人、神機に適性がある者は見つかっている。2番目に適性があった者は薔薇騎士団のフルアである」
名前を呼ばれ、サニアの横に座っている若い騎士であるフルアに皆の注目が集まる。以前双子達とも共闘していて、自由奔放だが若い女性騎士の中でもフルアは特に能力が秀でているとオルトは評価していた。だからこそ彼女を失うのは惜しいと思ってしまう。
「ちょっと待ってくれ。そんな話は聞いてない。本当なのか、フルア?」
当たり前だが薔薇騎士団長のサニアは特にフルアを可愛がっており、激しく動揺している。
「本当です、団長。国王陛下からは神機の使い手になるかどうかは拒否しても構わないと言われました。
ですが、私は王国の危機を救えるならこの身を差し出す覚悟です。
金騎士団の方々、憧れていたライト様も国の為に戦い、命を落としました。他にも多くの騎士がここ数ヶ月で亡くなっています。これ以上犠牲を出さない為に私も出来る事をしようと決意したんです!!」
「フルア、お前はまだ若い。これからも成長するだろう。
国王陛下、あたしはまだ神機の適性を確認していません。あたしが神機を使います!!」
フルアの覚悟を振り切ってサニアは大声で名乗り出た。
「サニア、残念だが神機は若いエネルギーが必要な事が確認済みなのだ。サニアではフルアほどの威力も出せず、すぐに命を失うだろう。
王国の今後を考え、騎士団長クラスの者に神機を使わせる予定は無い。最も適した者を選び、効率よく王国を守るのが国王の役目だ。恨むなら私を恨んでくれて構わない」
「失礼しました。国王陛下を恨む事などございません」
ロギラの言葉を聞いてサニアは再度冷静さを取り戻した。長年騎士団長をやってるだけあって国と国王への忠誠心は人一倍強いのだ。オルトは今こそ皆の希望を繋がなければと気合を入れる。
「国王陛下、再度発言させて下さい。
次の神機の使い手、候補者がいるのは理解しました。ですが、敵が攻めて来る度に若く有能な騎士を犠牲にするのは国の今後を考えると危険だと感じます。
王都にはまだ戦力は残っていますし、魔導研究所が作った兵器もあります。防衛に徹するのであれば前回の襲撃も神機無しに乗り越えられたと自分は考えます。
なので、神機の使用は本当に追い詰められた時に限らせて欲しいと考えます。また、使用の判断は私、オルトに一任して貰えないでしょうか?」
「神機を可能な限り使用しない事に関しては私も同じ想いだ。使用しないで済むのならそれが望ましい。
分かった、神機の使用に関してはオルトに一任する。また、王都防衛の責任者も同じくオルトに任せよう。皆もそれに協力してくれるな?」
「「はい」」
「では細かい話も含め、後はオルトとターンに任せる。全ての責任は私が取る。だから何としても王都を、この国を守って欲しい」
「了解致しました」
オルトは自分の命を懸けて国を守る事を決意していた。
ロギラの退出後、会議は激しい意見のぶつかり合いとなった。理想で国は守れないと知る者が集まっているからだ。要点は神機を使うタイミングだった。使用の判断はオルトに任されたとしても、作戦としてどのタイミングで使う予定かを決めておく必要があるのだ。
意外にも敵が攻めて来て真っ先に使うか判断すべきと言ったのは銀騎士団長のラバツだった。ラバツは以前は魔族連合との和平も考えるべきという意見を出していたのだが、その後の惨状を見て考えが変わったようだ。金騎士団や他の騎士達を失い、被害を抑える為には先に敵を叩くべきだと思っているのだろう。
それに猛反対するのはサニアだった。あくまで神機は最後の手段で、通常の兵器として考えるべきでは無いというのが彼女の言い分だ。勿論部下のフルアを殺したくないというのが大きいのだろう。
「戦略的に考えれば確かに神機を真っ先に使用する事も考慮すべきでしょう。
ですが、敵は既に神機の存在を知ってしまった。対策を取っている可能性もある。神機は候補者が限られ、連続して使用出来る物ではありません。やはり、最後の手段と考え、温存しておくべきだと思います」
「私もオルトと同じ意見だ。神機を戦いに組み込んでしまうと、いざ不測の事態に陥った時に対応出来なくなってしまう。相手の戦い方は進化を続け、こちらの予想を上回る事が多い。被害が出ようとも我々は今までの戦力で戦う事を考えるべきだろう」
オルトの意見をターンがフォローしてくれる。オルトは今更ながら昔を思い出し少しだけ懐かしい気分になった。一時は疎遠になった親友とこうしてまた共に戦える事が嬉しかった。
ただ、それと同時にそうなったのは自分達が追い詰められた証拠でもあるとオルトは思っている。自分のような時代遅れの騎士が再び必要とされているからだ。本来はアスイや双子がその役目を担うべきだと考えていた。
(頼む、早く戻って来てくれ)
オルトは危機感が増した中、心の中で祈っていた。その後、会議で大まかな対策を話し合い、部隊の編成や調整は後日となった。
翌日、オルト達は再び城に集まり、細かい部隊の配置の話し合いを始めようとしていた。そんな会議室に集まった中に前日見なかった人物が混じっている事にオルトは気付く。そしてその人物が自分が知っている青年である事も。
「オルト師匠、ご無沙汰です」
「ケンブか、久しぶりだな。王都に来てたんだな。
しかし師匠はやめてくれ。俺はお前に殆ど教えて無いんだから」
「そんな事言わないで下さいよ。師匠と出会った事で俺は一回り成長出来たんですから」
まだ幼さの抜けきらない、この紺色の髪の青年の名はケンブ・ワンキ。オルトと同じく戦技学校を首席で卒業しながら、騎士団からの誘いを断って武者修行の旅に出たという変わり者だ。その旅の途中でオルトと出会い、1週間ぐらい一緒に過ごしたのだ。今からちょうど1年半前ぐらいだったとオルトは記憶している。
「オルトさんケンブ君と知り合いだったんですね。
ケンブ君は1ヶ月前にアスイさんから特殊技能官の誘いを受け、この度正式に特殊技能官になって貰ったんです」
「肝心のアスイさんが居ないのは残念ですが、師匠が戦線に復帰したと聞いたから俺は戻って来たんですよ」
「そうか、ケンブが加わってくれるなら助かるな」
特殊技能官で魔術師のナナルがケンブが居る理由を説明してくれた。オルトから見てもケンブのマジックナイトとしての強さは格別で、その祝福も貴重な能力だった。彼が仲間になる事で戦力が大幅に上がったとオルトのやる気も増していた。
「あ!!ケンブ君じゃん!!」
「フルア先輩、お久しぶりです」
部屋に入って来た薔薇騎士団のフルアがケンブを見つけて寄って来る。2人とも戦技学校の魔法騎士科の卒業生であり、フルアが1年先輩なので顔見知りであるのも納得である。
「もしかしてケンブ君も一緒に戦ってくれるの?ついに騎士団に入る気になったとか?」
「いえ、俺は特殊技能官として採用されたんです。フルア先輩と一緒に戦えるのは光栄です」
「うん、一緒に頑張ろうね」
フルアは笑顔で自分の席に移動した。ケンブの顔が対照的に少し暗くなったのをオルトは気付いていた。
呼び出した代表者が全員揃ったので会議が始まる。会議の取り仕切りは王国騎士団長のターンが行ってくれた。オルトは王都防衛の代表者になったとはいえ、ここではまだ新参者であり話を円滑に進める役目はターンが合っていると実感している。
まずオルトの意向で基本的な王都の防衛体制に変更はしない事が決まっていた。既に慣れた守備配置があり、そこを大きく変更すると問題が発生しやすくなるからだ。ただ、オルトが指名した人員はオルトが率いる特別部隊に入ってもらう事になっている。これまでの敵の動きから少数精鋭では後れを取る為、機動力がある人員が必要だと判断したからだ。
また騎士団からの人員の移動を最低限にする為に、オルトは国王ロギラに一般兵を回してもらっていた。ただしどこも人員不足の為、数十人が限度だった。それでも数は戦力に大きく影響するのでオルトとしては十分ありがたかった。
それに加え、魔導研究所や王城の宝物庫にある魔導兵器を常に移動出来るように準備していた。それを使う人員も特殊技能官、魔導研究所、魔術師団から選定されている。
あとは聖教会からも支援要員を状況に合わせて出して貰えるように話をつけた。前回のようなアンデッドの部隊なら聖教会の聖職者の数が重要になってくる。
「とりあえずまとまりはしたが、やはり人員不足は否めないな」
「これでも王都外に駐留した部隊も可能な限り呼び戻した結果なのだ。今の人員でやるしかあるまい」
ターンが渋い顔で答える。オルトも疲労しているが、もっと大変なのがターンなのは察していた。騎士団全ての責任がある上に他の団体や貴族、市民からの苦情も全て回って来ているのだ。オルトは改めてターンの人としての大きさを尊敬していた。それは責任から逃げた自分を省みる事になり、自分を奮い立たせる力にもなった。
それと同時にこのままではどうにもならない事もよく理解出来た。国王ロギラがグイブの覇者の王冠を用いた新たな部隊を作ろうとした事は今の状況を見れば正しい選択だったとも。残る希望はスミナとアリナの双子が同盟を結んだ戦力と共に戻って来てくれる事だけだった。
会議が終わりを告げそうな時、1人の伝令が会議室に飛び込んできた。
「報告します!!王都の西側から魔族連合と思われる敵の大部隊を確認しました!!」
その報告に会議の場は騒然となる。敵の襲撃は近いと考えていたが、大部隊がすぐに来る事は想定外だったからだ。ただしターンとオルトはその可能性も十分あると考えていた。
「皆さん落ち着いて下さい。まずは敵の情報を聞いて、それから対策を決めましょう」
オルトは落ち着いた口調で場を鎮める。ただのモンスターの大群であるなら慌てる必要も無いからだ。敵が機械の闇機兵の場合でも既に対策は出来ている。
「敵の半数はモンスターです。それに加え、巨獣が数体と魔族や魔獣も確認されています。
その後ろに黒い騎士のような集団がいるとの事です」
「他の町や村の被害はどうなっている?」
「今のところ被害の報告は聞いておりません。
恐らく王都を攻める為に戦闘を避けて来たのではと推測されております」
「報告ご苦労である。下がってくれ」
「はっ!!」
伝令が部屋を出て行く。オルトは手強かったデッドマスターが再度攻めて来たのでは無い事に少しだけ安堵する。そして敵の構成が今までの部隊と変わりない事に違和感を覚えていた。そこで際立つのが黒い騎士の集団だった。
「敵は物量で押して来たように見えるが、そうじゃ無さそうだ。本命は黒い騎士の集団だろう」
「オルト、心当たりがあるのか?」
「ああ、以前戦った強いデビルに黒い鎧を着た奴がいた。レオラの部下で確かシギとかいう名前だった」
オルトは自分が倒せなった相手の名前を思い出す。剣で引けを取った事が殆ど無いオルトにとってその姿は鮮明に浮かび上がる。シギがいるとなると油断出来ない集団だという事だ。
オルトは大量のモンスターを殲滅出来る魔導兵器の準備と巨獣や魔族と戦える騎士の手配を即座にする。それと同時に黒い騎士の集団を強敵である可能性を考え、フルアと神機も準備しておく事にした。敵の進軍速度は速く、2時間後には王都に到着する予定だ。その前に迎え撃つ必要がある。会議に集まった人達はそれぞれ迅速に対応を始めるのだった。
「オルト師匠!!」
オルトが廊下を移動している途中で背後から声をかけられた。振り返るとケンブが立っていた。
「ケンブか。早速戦いになりそうですまないな」
「あの、フルア先輩の件本当なんですか?神機の使い手だと」
「お前もその話聞いてるのか?」
オルトは周りに聞いている者がいないか確認してから話す。先程の会議では神機の存在を知らない者も含まれていたのでフルアはあくまで特命で動いている事にしていたからだ。
「俺、特殊技能官に正式に決まったのは最近ですが、師匠と出会った時から候補生だったんです。
学校を卒業する時、アスイさんに誘われて、挑発して俺に勝てたら特殊技能官になるなんて言ったんですよ。で、案の定ボコボコにされて……。
その時魔導結界の事とか、今後魔族と戦争になる可能性とかを聞いて、すぐに特殊技能官にならずに武者修行する事に決めたんです。アスイさんも認めてくれました。そこでたまたま師匠と出会ったんです。師匠には黙ってましたけど」
「そうだったのか。なるほど、ある程度今の状況を理解してるんだな」
「俺も自分なりに魔族の動きが活発になってから戦って来ました。1人で町を救った事もあるんです。あの頃よりずっと強くなりましたから」
オルトは地方に名を名乗らない強くて若い騎士がいる噂は聞いていた。それがケンブだったと分かり、納得していた。
「オルト師匠、俺はフルア先輩を死なせたくない。俺が神機を使わせずに敵を殲滅します!!」
ケンブがフルアを見て悲し気な表情をした理由をオルトは理解する。知り合いを神機の犠牲にしたくないのだと。オルトはユキアを犠牲にして生き残った自分を思い出す。そんな悲しい思いは自分だけで十分だと。
「ケンブ、俺も同じ想いだ。フルアさんを犠牲にする事は避けたい。
だが、敵のシギは強いぞ。俺でも敵わなかった」
「師匠が……。でも俺も昔の数倍強くなりました。どんな強敵だろうと倒せる力が俺にはあります!!」
「分かった。俺も全力で対応する。ケンブ、お前にも期待するぞ」
「はい!!」
オルトは絶対に負けられない戦いだと覚悟を決めたのだった。
敵との戦闘が始まった。オルトの部隊は前回よりも人数も兵器も増え、王都から少し離れた場所に展開している。敵は情報通りで魔族連合である事は確実だった。モンスター達は相手の攻撃を受け、少しでも減らせればいいという雑兵扱いで本命はその後ろに控えている巨獣や魔獣、魔族達だ。数では圧倒的に敵の方が勝っていた。
だが戦いが始まると結果は逆になっていた。モンスターと対峙するのは騎士団では無い一般の兵士で、魔術師と聖教会の聖職者から魔法で強化されている。彼らはモンスターと戦い、敵を倒し、傷を受けたら下がり後ろの兵士と交替するという隊列を組んでの戦闘を行っていた。確かに有効ではあるが、数に勝るモンスターに段々と圧倒される。そのタイミングでオルトは撤退を指示する。するとモンスター達はそれを固まって追いかけてくる。そこへ魔導兵器の爆弾を打ち込み、一網打尽にしたのだ。多少の犠牲は出ているものの、戦線は崩れず、敵の数を効率的に減らせていた。
この戦術はグイブが司令官に任命された事で、存在価値が無くなったと思われた王国戦略室が提案してくれたものだ。今の戦力で戦う事を考え、よく練られておりオルトが採用したのだ。
(気合入ってるな)
そんな兵士達とは別に動いている2人の人物をオルトは後ろから眺める。薔薇騎士団団長のサニアと特殊技能官になったばかりのケンブの2人だ。サニアには前線での指揮をお願いしたが、既に1人で突破口を作っている。1人でも犠牲を減らし、神機によってフルアの命が奪われない為に敵の大将まで倒しに行くつもりなのだろう。サニアは大剣でモンスター達を薙ぎ払い、魔獣や巨獣も切り伏せていった。まさに猪突猛進といったところだ。
一方のケンブも速度はサニアほどでは無いが大軍のモンスターを割って突き進んで行っている。特筆すべきはその武器が細身の刺突剣であるレイピアだという事だ。レイピアは突きの速度が速く、威力も魔法で上げられるが、大軍相手に使う武器では無い。なので騎士でレイピアをモンスター相手に使う者は殆どいなかった。
しかしケンブは自らの祝福との相性でレイピアを武器に選んだのだ。ケンブの祝福の能力は力の継続。一度放った攻撃などの力をそのまま継続させる能力だ。これにより針のような1点集中のレイピアの威力が継続し、穴は広がり長く伸びる事になる。深く刺さらなかった筈の攻撃が相手の奥深くまで届くのだ。
ケンブは己の技を磨き上げ、敵に合わせて使っていた。オルトは初めて戦った時に本気で命の危険を感じたほど若い頃のケンブも強かった。今のケンブはその時よりも更に攻撃の速度も威力も上がっており、一騎当千の力を身に着けている。
「騎士団出撃だ!!」
モンスターの数が減ったのを確認してオルトが指示を出す。魔族や魔獣相手に兵士では被害が増えるだけなので交代する必要があった。オルトとターンが選んだ精鋭騎士達がサニアとケンブが切り開いた道を進んで行く。オルトも本当は前線で戦いたいところだが、今は部隊の指揮と神機とフルアの護衛も兼ねて後方に待機する必要があった。
「巨獣への攻撃も開始してくれ」
「はい」
持ってきた魔導兵器を魔術師団や特殊技能官が使って攻撃を開始する。身体が大きい巨獣へは直接戦うより魔導兵器が有効だった。
騎士団と魔族や魔獣が戦闘を開始したが、統率が取れている分、こちらの有利が続いていた。背後に控える魔術師や聖職者が有能なのも大きかった。最小限の人数で敵を食い止め、撃破する事が出来ていた。
(問題は後ろの黒い鎧の集団だ)
敵も戦況を見ているのか、黒い騎馬のようなデビルの集団は動かなかった。オルトはその一番奥にシギの姿を確認している。恐らくシギが指揮官なのだろう。
先頭を進むサニアとケンブがデビル達を次々と倒し、ついに待機していた黒色の集団の前へと抜け出ていた。それに反応してついに後方のシギが手を挙げ、黒い騎士のような集団が動き出した。
(速い!!)
よく見ると敵は上半身がデビルで下半身が馬のケンタウロスのような姿で、かつ下半身はダロンのような機械の姿である事が分かった。武器はみな斧槍を手にし、抜け出した2人に向かって突っ込んでいく。この状況は不味いと感じオルトは何か打てる手が無いか考える。騎士達はまだ魔族などと交戦中だし、魔導兵器で今から狙っても敵の速さを考えると当たる確率は低い。自陣に残っている直接戦闘出来る戦力は自分と兵士達だけだ。
(駄目だ、すぐに助けには行けない)
オルトは2人の無事を祈るしかなかった。ついにデビルの騎馬とサニアとケンブがぶつかる。数十体の騎馬に対して2人という圧倒的な数の暴力ですぐに決着が付く可能性はあった。だが、サニアとケンブは健在で、その周囲の騎馬が倒れていた。サニアは剣を強引に振り回す事で攻撃を跳ね除け、逆に高速で接近する敵を斬り倒していた。ケンブは斧槍を避け、騎馬の足を狙う事で次々と転倒させて敵同士巻き込まれる形に崩していた。
2人の高い技術で敵を打ち倒したように見えたが、オルトは気を抜かなかった。そしてオルトの嫌な予感は当たっていた。倒した筈の騎馬が次々と立ち上がるからだ。騎馬の下半身の馬部分は機械化されており、通常のデビルの再生力より高いのだ。上半身部分も硬い鎧に覆われ、通常致命傷である攻撃でも耐えられている。能力が高い2人であっても、騎馬を倒すには1体ずつ集中して倒さなければならないようだ。
(このままでは本気で不味いかもしれない)
オルトは自分だけでもすぐに駆け付ける準備をする。その横で既に鎧を纏い神機ラングを持ったフルアが心配そうな顔をしていた。彼女が攻撃すれば騎馬達も一気に倒せるだろう。だが、それをさせない為に自分はここに居る。
騎馬達は1体ずつ狙われないように2人から距離を取り、連携して攻撃を始めた。デビルは協力して戦う事は少なく、珍しい光景である。その足並みはオルトが感心するほど揃っていた。パワーで防ぐサニアもスピードで回避するケンブも対応が間に合わず、徐々に傷が増えていくのが分かる。
王国でも百年前ぐらいまでは騎馬が戦場で使われたという。しかし魔法と物理を合わせた技が広まり、騎馬の有用性が無くなった為、移動手段にしか馬は使われなくなった。馬との意思疎通の必要性と馬が攻撃された際の対応を考えると、魔法で能力を上げた騎士の攻撃に勝る点が無くなったからだ。
だが、魔族連合のこの騎馬はその不利な点が解消された、理想の形だとオルトは思った。スピードは増し、守備力もパワーも増しているからだ。この敵が何百体も同時に襲って来たら対抗するのは厳しいだろう。
(!!)
そんなオルトの不安をよそに状況が変わっていた。騎馬の動きに乱れが出て来たのだ。そのきっかけを作ったのは魔導師団や特殊技能官などの後方部隊だった。オルトは細かい指示は出さずに騎士のフォローや敵の妨害を頼んでいたのだが、サニア達が危険なのを見て即座に障害物を作る魔導具を使用して敵を妨害したのだ。そのおかげでサニアもケンブも立て直して少しずつ騎馬を倒している。それを指揮したのが同じく後方待機している特殊技能官のナナルである事はすぐに分かった。
「ナナルさんの判断か。助かったよ」
「いえ、私は指示を出しただけで。マーゼさん達が騎士団のフォローに向かってくれなければ動けませんでした」
ナナルの言う通り、マーゼ達聖教会の人達の一部は後方から前線に移動し、直接騎士達を回復して回っている。戦場での連携が予想以上に上手く行っていて、危機は免れたように思えた。
しかし、オルトの希望はすぐに打ち消される。今まで後方で指揮をとっていた敵の指揮官であるシギが動き出したのだ。黒い騎馬が多数健在の今、シギが加われば一気にこちらが崩れる事になるだろう。
「フルアさん、俺が合図を出すまでは絶対に神機を使わないでくれ。
もし俺が倒された時は自分の判断で動いて欲しい」
「オルトさんはどちらへ?」
「敵の親玉が動いた。あいつの相手は俺がするしかない」
オルトはフルアにそう告げると前線へと全速力で移動した。フルアを守り戦況を見守るべきなのは理解しているが、シギが襲って来れば多くの被害が出るのは確実だ。そうなれば神機を使わざるをえなくなる。
オルトはサニアに向かって飛んで来る黒い鎧に身を包んだシギを確認する。騎馬達と戦うサニアの横にオルトは着地し、サニアを斬ろうとした剣を魔導具の剣で防いだ。
「お前の相手は俺だ」
「オルトさん、何でここに?」
「こいつが言っていた敵の指揮官のシギだ。俺が戦っているうちに他のヤツを倒してくれ」
「了解だ!!」
サニアはオルトの話を理解し、騎馬の相手に専念してくれる。攻撃を防がれたシギは何も言わずにオルトの方を睨んだ。その殺気の強さにオルトは全身から血の気が引いていく。だが、皆が戦っている事を思い、自身の気力を呼び戻した。
「今度は負けん!!」
オルトは先行でシギに斬りかかった。体力は全盛期から劣っていても、剣の腕は数々の戦いを経て磨きがかかっている。以前戦った相手に対しては対策も考えていた。シギはオルトの攻撃に対して激しく動かず、冷静に剣で受けようとした。だがオルトは剣を当てずに回転し、フェイントで別方向からシギに斬りかかった。しかしその凄まじい速さの攻撃をシギは体を捻って避けていた。
(避けられただと!?)
オルトは今の攻撃はアリナの危険察知があっても避けられない速さだと考えていた。それが全くかすりもしないとは思わなかった。シギの動きは速く感じないのに、攻撃は剣で受けられたり避けられたりして当たらない。一方シギの攻撃をオルトはギリギリでかわすので精一杯だった。パワーでは敵わないので受け続けるのも危険だ。すぐに戦いはシギが一方的に行うようになっていた。
「師匠、手伝います!!」
オルトが一方的に押されているところに鋭い一撃がシギに当たった。それはケンブのレイピアの一撃だ。シギの腰部分の鎧に当たった攻撃は威力が継続し、鎧を砕いていた。
「油断するなよ、手強いぞ」
「分かってます」
ケンブはシギの反撃を華麗に避ける。経験はオルトに劣るものの、若さと運動能力でケンブはシギに対抗していた。ケンブは騎馬の相手をサニアや他の騎士達に任せオルトの援護に来たようだ。サニアはともかく、他の騎士では騎馬の相手は苦しいとオルトは思っている。だからこそシギを2人で早急に倒す必要があった。
「行くぞ!!」
「はいっ!!」
オルトが先に動き、ケンブがそれに合わせた。オルトは高速でシギの周りを動き回り、攻撃を繰り返した。シギはそれを捌いていく。そこにケンブが動きを合わせ、シギに攻撃を当てていった。
オルトには必殺の一撃があるが、当たらなければ意味が無い。ケンブの攻撃は速さと手数が多く、当てる事を考えればオルトが囮になり、ケンブが当てるのが一番だった。流石に2人がかりは捌ききれず、ケンブの攻撃はシギの身体に傷を増やしていった。シギの動きが鈍ればオルトも攻撃を当てられるとチャンスを伺う。
(今だ!!)
オルトはケンブの攻撃をもろに喰らってよろめいたシギに必殺の一撃を当てようとした。
「師匠!!」
ケンブの叫びでオルトは異常を感じ、自分の背後から攻撃が来ている事に気付いた。振り向いて対処しようとしたが、攻撃は既に背中をかすめていた。致命傷は免れたものの、背中に物凄い痛みを感じる。
「なんだ、これは……」
オルトは振り返り状況が一変している事にようやく気付いた。黒い騎馬の姿が変形し、巨大化していた。見ると倒した騎馬を他の騎馬が取り込んでいるのが分かる。シギの狙いは最初から騎馬の強化を行う隙を作る事だったのだとオルトは悟った。
オルトは襲ってくる巨大化した騎馬に斬り付けた。しかし背中の痛みもあり、威力が落ち、騎馬に与えた傷はすぐに塞がれてしまった。見るとサニアも複数の騎馬に囲まれ押されており、騎馬と戦う騎士達も苦戦しているのが分かった。完全に形勢は逆転している。
そしてシギが手を抜いていた事もすぐに分かった。今までシギに対抗出来ていたケンブが今度は圧倒されているからだ。攻撃は当らなくなり、逆にケンブは回避が間に合わなくなっている。オルトはすぐに助けに向かいたいが、それを騎馬が邪魔してくる。
(俺がもっと周囲を見れていれば……)
オルトは自分が指揮官という立場を忘れ戦いに没頭してしまった事を後悔する。前線に向かわず、上手く部隊を動かしていれば後手に回らずに済んだかもしれないとも。だが、今は後悔している暇は無いと、騎馬を倒す事に専念した。
(頼む、もう少しだけもってくれ)
痛む身体を無理矢理動かし、オルトは全速力の一撃で目の前の騎馬を切り捨てた。そしてそれが取り込まれないようにと周囲に目を凝らす。するとオルトに向かって2体の騎馬が迫ってきた。全て倒さねばとオルトは再び全力で1体の騎馬を倒した。そしてもう1体を倒そうとしたが、身体に力が入らず態勢を崩してしまう。何とかそこを狙って来た騎馬の攻撃は防げたが、オルトは目がくらんで気を失いそうになる。血が流れ過ぎたのだ。そんな時上空にフルアの姿を見つけオルトの意識は一気に鮮明に戻る。
「フルアさん、どうしてここに?」
「オルトさん命令して下さい!!団長が、ケンブ君が、みんなが死んでしまいます!!」
フルアの言う通り部隊は壊滅寸前だった。このままでは全滅し、敵は王都へと向かってしまう。何よりオルト自身の意識があとどれだけもつか分からなかった。決断するなら今しかない。オルトは覚悟を決めた。
「フルアさん、神機でみんなを助けてくれ!!」
「分かりました!!」
フルアがそう言って、手の中の神機が輝いたその時だった。
「させません!!」
その声はオルトがよく知る少女の声だった。上空から高速で何かが降下し、フルアと衝突してそのまま地面へと叩き付けられる。神機は倒れたフルアに跨る少女の手に移っていた。彼女こそオルトが待ち望んだ双子の1人、スミナ・アイルだった。
「スミナさん、どうして?」
そう言うオルトの身体が急に重くなり、地面へと縛り付けられる。見ると上空にはもう1人の双子であるアリナが浮いており、魔力の実体化で巨大な枷を作ってオルトや騎士達を次々と地面に縛り付けていた。あっという間に戦場の仲間達は全て身動き出来なくなっていた。
「2人とも裏切ったのか?」
あまりの事態にオルトは混乱する。動けなくなった味方を敵は攻撃しようと迫る。オルトの目の前にも倒し損ねた騎馬が迫っていた。シギも動けないケンブにトドメを刺そうとしている。オルトは自分の判断が遅かったのだと後悔した。
だが、次の瞬間事態は一変した。巨大な人型の物体が空から降下し、全身から放たれた光線で周囲の全ての敵を消し去ったからだ。
「オルトさん、遅くなってすみません。
もう大丈夫です」
スミナはいつもの笑顔でオルトに微笑んでいた。