2.神の槍
魔導結界が無くなり、デイン王国の王都は騒然としていた。結界の存在を知らない市民には変化が分からないが、知っている者にとってはかなりの衝撃だったからだ。加えて王都には3人の転生者も不在で、他にも聖女ミアンや戦力として期待されていたグイブとその兵士もおらず、防衛が心許ない状況なのもある。また、魔導結界が破壊された事でアスイの身に何かあったのではとも噂されていた。
魔導結界が張られていた王国の国境付近の町は魔族連合に襲われる可能性を考え、国王ロギラは全国民に魔導結界が破壊された事を発表した。加えて今までその事を隠していた事実と、安全だったのが魔導結界のおかげだった事も王国全土に伝えられた。それは国内全域に大きな反響を呼び、国民は恐怖に怯える事となった。ロギラがそこまでしても伝えたのは国民に危機感を持たせ、被害を減らす事を考えたからだ。
各地方の領主はそれぞれ特別な権限を与えられ、自分の領地の防衛に専念するよう命じられた。国から各地に兵士を派遣する余裕は無かった。双子の父でありノーザ地方の領主であるダグザはなるべく主要都市に市民を集め、防衛に徹して対応していた。まだどの地方も大きな戦争には発展していないが、明らかに今まで見た事の無いモンスターの襲撃が多発していた。
デイン王国はかつてない危険な状況となり、それを防ぐ鍵となる双子達はまだ王国に戻って来ていなかった。
王国騎士団の特別指南役であるオルトは疲れた顔で特別会議に参加していた。本格的な襲撃はまだ無いものの、敵の襲撃頻度は上がっており、オルトも戦力として毎日のように呼び出されていたからだ。王城にいる際も何が起こるか分からず、オルトは常に緊張を強いられていた。
特別会議はロギラ王が現状をよく知る10数名のみを招集した会議だった。王国騎士団長のターンの周りには各騎士団の主要メンバーが集まっている。ただ、金騎士団や紫苑騎士団が崩壊した後の再編は結局出来ておらず、実力者のみ参加している形だ。他には特殊技能官のナナルや魔導研究所所長のバドフ、聖教会の聖魔術長マーゼなどが揃っていた。
国王が会議の間に現れ、全員が起立しようとする。
「そのままでよい。今は火急の為、礼節は問わずに進めよう。
皆、忙しいところ集まってくれたこと感謝する。
呼び出したのは更に大きな問題が発生したからだ」
ロギラは皆が立ち上がるのを止め、用意された席に急いで座り、そのまま話し続けた。
「北のノーザ地方から巨大な敵を発見したと連絡が来たのだ。敵は王城ぐらい高さのある巨大な骸骨で、王都の方向へ向かって走っているという。周囲には浮遊するアンデッドを大量に引き連れているそうだ。攻撃さえされなければ周囲を破壊したりはせず、町への被害は今のところ無いそうだ。
ただ、攻撃して来た者への反撃は激しく、熟練の戦士数人でも足止め出来なかったと聞いている。巨大な骸骨は複数の人やモンスターの骨が集まって出来たアンデッドのようで、物理的な攻撃は意味が無いという。
足の速さを考えると明日の夜には王城に辿り着く予想だと。我々はこの敵が来る前にその対策を考えねばならない」
敵が各地に出て来た情報はオルトの耳にも入っていたが、この巨大骸骨の話は初めて聞いた。アンデッドモンスターと言えばディスジェネラルでヴァンパイアのソルデューヌが操っていたが、ソルデューヌはもう居ない。別のアンデッドを操る何者かの仕業だとオルトは推測した。
「陛下、発言させて下さい。
アンデッド相手であれば我ら聖教会で対応出来ると思います。聖女ミアン様が居れば確実です。そうでなくても、人数を動員して何とかしてみせましょう」
「マーゼ、その言葉は有難い。だが、聖教会は魔導結界が無くなった事で全国に人員を派遣していると聞く。今後の事も考え、聖教会にあまり被害を出したくないのが本音だ。
ミアンもそうだが、アスイやスミナ達とも連絡がまだ取れていない。彼女達が帰って来てくれれば何とかなっただろう」
聖教会のマーゼの発言にロギラは問題点をあげる。今までも王国は聖教会にかなり助けられており、今後を考えると戦闘よりも救助や復興に力を貸して欲しいというのはオルトも同感だった。
「我らが魔導兵器を持ってすれば巨大なアンデッドなど一たまりも無いですぞ」
「バドフ殿、そう上手く行くとは限りません。魔族連合は王都に魔導兵器がある事を既に知っており、その対策も無しに巨大な敵を送り込むとは思えません」
魔導研究所のバドフに対して騎士団長のターンが口を挟む。魔導結界が無くなった今、魔族連合が簡単に倒せる敵を送り込むとは確かに考え辛いとオルトも思う。だが、そろそろ建設的な意見が出なければ自分達が集まった意味が無い。オルトはこういう時こそ自分の番なのだと覚悟を決めた。
「自分にも発言させて下さい。
アスイさんやスミナさん達が居ない今、アンデッドを止められるのは自分を含め騎士団の協力が必要だと考えます。それに加え、聖教会と魔術師団にも力を借りる必要があります。
ですが、王都の守りも重要であり、人員を割く際はよく考えなければいけないでしょう。なので自分は少数精鋭で巨大骸骨を倒すのが大事だと考えます」
「私もオルトの考えに概ね同意します。騎士団の再編も出来ていない今、なるべく残った騎士団ごとに対応は続けたい。
巨大骸骨対策の人選はオルトに任せ、対応させるのがいいと考えます」
「そうだな。今王都に居る者の中でオルトが最も適任だろう。出来る限りの権限を与えるので対応を頼む」
「分かりました。敵には王都に一歩たりとも入れさせません」
オルトは自分を鼓舞する意味も含めて言い切った。その後、王都の防衛の話を続け、会議は終了となった。
「オルトとターン、あとオリミとナナルは残ってくれ。
少しだけ話がある」
ロギラが皆が退席する前に4人を留まらせる。呼ばれなかった者は早急に会議室を出て行った。オルトは自分とターンは今の王国の要であり、ナナルも特殊技能官の重要人物なので残されるのは分かった。ただ、今は自然消滅してしまった紫苑騎士団の副団長だったオリミ・ナンプが含まれているのは不思議だった。確かにオリミは強いが強さだけなら薔薇騎士団団長のサニアの方が上である。逃げた紫苑騎士団団長のシルンの話なら残した意味は分かるが、それならサニアも残るべきだとオルトは思った。
ロギラと残った4人だけに会議室はなり、扉もしっかりと閉められた。ロギラは皆の顔を見回してから話し出す。
「君達4人には伝えておくべきだと思い、残って貰った。今から話す話は口外無用だと思ってくれ。
知っての通り、魔導結界は何らかの理由で解除、もしくは破壊された。
アスイは旅立つ前に私に告げていた。もし魔導結界が消えたなら自分が死んだと思って欲しいと。
未だにアスイとの連絡は付かず、私はアスイが死んだものと思っている。
ナナルも同じ考えだと思うがどうかな?」
「では発言させて頂きます。
私も国王陛下と同じ考えです。アスイさんは王都を離れる際に重要な資料を全て私に託して行きました。それに加えてもし魔導結界が破壊されたら開くようにと言われた手紙も残していきました。
その手紙の内容は自分が近いうちに死ぬであろうと書いてあり、その後の特殊技能官の運用案などが記してありました」
ロギラとナナルから聞かされたのは辛い内容だった。オルトも勿論アスイが死んだ可能性は考慮していたが、彼女の強さからあり得ないと思っていた。
「失礼ながら、発言させて下さい。
アスイ様の存在は王国にとって必要不可欠であると思っていました。王都を離れると聞いた私は国王陛下に異議を申し立てました。それでも国王陛下はアスイ様の出立を許可なされました。私は未だ納得しておりません」
ターンが強い口調でロギラに意見する。それが出来るのが自分だけだと分かっての発言だろう。
「ターンの言う事はよく分かる。私もアスイには残っていて貰いたかった。
だが、アスイの言う事に私は反論出来なかったのだ。問題となったのはディスジェネラルのソルデューヌが持っていたというメモだ。そこには魔族連合はディスジェネラルとは別のルブが持っている戦力があると記されていた。このままでは遅かれ早かれアスイは狙われ、殺されると悟っていた。
だから自分のすべきことは王都で守りを固めるのではなく、出来る限りの魔族連合の戦力を削り、王国外の仲間を増やす事だとアスイは言ったのだ。グイブの部隊が失敗した今、アスイの行動を止める事を私は出来なかったのだ。許してくれ」
「陛下の想いとアスイさんの行動の意図は分かりました。
自分も時代遅れの騎士として思う事があります。王国の未来を作るのは次の世代の騎士達、そしてスミナさんとアリナさんという双子である事を」
オルトは共に戦ってきて双子やその若い仲間達の成長ぶりに驚かされてきた。今彼女達は居ないが、魔族連合との戦争が再開するとしたら彼女達こそ重要だと考えている。アスイも同様の考えで王都を離れたのだろうと想像出来た。
「国王陛下とオルトの考えは理解しました。
ただ、スミナさん達が戻って来てない以上、王都の守りは我々が何とかする必要があります。それが出来なければアスイ様を王国外へ出した意味が無くなってしまいます」
「分かっている。だからこそ今ここにオリミを呼んでいる」
「失礼ながら陛下、オリミさんは確かに強い騎士です。
ですが、この状況を打開する事と関係あるとは思えません」
オルトはオリミにも失礼だとは思うが、今後の対応に誤りが無いように発言した。
「今はまだ明かせないが、オリミには王都防衛に関する重要な役目を与えている。それが可能な事が先日分かったのだ。ただし、とても危険な役目であり、オリミが名乗り出てくれた事には本当に感謝している」
「勿体ないお言葉です、国王陛下。
私は紫苑騎士団としてシルン団長と長い間共に居ました。ですが団長が内通者である事に気付けず、王国に大きな被害を出してしまった。
兄達が王国騎士として立派に戦い、妹のエレミもスミナさん達と共に活躍しています。私も過去の罪を償う為に出来る事をしたいと考えました」
オルトはオリミの言葉を聞いてどこか不穏な空気を感じていた。だが、国王の前でそれを問い質す事は流石に出来なかった。ターンも事情を知っているのかは分からないが、沈黙を続けていた。
「オリミが動くのは本当に王都が危険な時だけとなる。
なのでオルト、出来れば貴方に敵が王都に迫る前に撃退して貰いたいと考えている」
「勿論そのつもりです。王都の防衛は成功させてみせます」
オルトの肩に大きな期待が載せられ、続きの会議も終了した。
オルトは即座にターンと王都に残す戦力と、巨大骸骨を迎撃する部隊の検討を始めた。敵がアンデッドという事もあり、聖教会と魔術師団からも少数精鋭で手を借りる必要があった。骸骨が陽動の可能性も考慮し、銀騎士団などの主要騎士団にはこのまま王都に残っていてもらう必要がある。なのでオルトは女性騎士団から数名を選出し、完全に少数の部隊で迎撃に出る事に決めたのだった。
翌日、オルトの希望はほぼ受け入れられ、女性騎士団から10名、聖教会から5名、魔術師団から5名のオルトを含めて21名の部隊が集まっていた。女性騎士団の中には薔薇騎士団の騎士団長であるサニアと若きエースであるフルアが含まれていた。聖教会からは対アンデッド戦に慣れた者を依頼し、先日の会議にも参加したオルトと顔見知りであるマーゼが代表として来ている。魔術師団からも対アンデッド戦に慣れた猛者が集まっていた。
「集まってもらってすぐに言うのも気まずいんだが、聞いて欲しい。
これから戦う巨大骸骨は本来この人数で戦える相手では無いと考えている。勝てない可能性もある。それでも俺達は王都を、王国を守る為に絶対にここで食い止めないといけない。だから皆の命を俺に預けてくれ。
その代わり勝ったら皆に恩返しする」
「英雄オルトと一緒に戦えるならあたしは十分満足だ。
それにここに居る騎士達はオルトさんが思ってるより強いぜ。負けるつもりなんて無いからな」
「私達聖教会も完全ではありませんが、それでも十分アンデッドと戦える人員を集めました。私達の願いは全員が生きて帰る事です。共に力を合わせましょう」
サニアとマーゼの言葉にオルトの胸が熱くなる。王国は苦戦続きだが、オルトはここで耐える事で流れが変わる気がしていた。オルトは部隊の士気が高いうちに早速出発した。
魔導馬車は各地方への派遣などで使われて出払っており、オルトの部隊は通常の馬車で巨大骸骨が来る方角へと王都から向かう。時間は昼近くになり、アンデッドにとって不利な時間帯だ。オルトが夜に戦うのは危険と判断して急いだのもある。王都を出て30分ほど経ったところで早速敵の姿を確認した。遠くからでも巨大な人影が動いているのが見えるのだ。
「馬車を止めてくれ。
しかし想像以上にデカいな、あれは」
馬車を止めオルトは地上に降りると魔法で視力を上げて巨大骸骨を確認する。確かに王城ぐらいデカい人骨が砂煙りを立てながら全速力でこちらに向かって走って来るのが見えた。あの歩幅だと数分後には接触するだろう。
「各自、予定通り部隊を展開してくれ。
合図を出したら作戦開始だ」
オルトが部隊のリーダーとして指示を出す。少し前までは裏方に徹していたが、今は部隊を指揮する方が増えていた。オルトは昔リーダーをしていただけあって今でも的確に動く事が出来た。
巨大骸骨が近付くにつれ、その周囲にも実体の無いゴーストタイプのアンデッドが無数に浮いているのが分かる。そして巨大骸骨を拡大すると複数の人やモンスターの骨が柱のように固まって巨大な骨を形成しているのが分かった。
(あれの弱点が分かれば話は早いんだがな)
どんなモンスターにも弱点があり、複数のモンスターが融合したタイプは特にコアなどの弱点を破壊しないと倒せない。この巨大骸骨も同様なのではないかとオルト達は話し合っていた。そしてそれを潰す為の作戦を立てているのだ。
オルトが考えているうちに地響きが近付いて来て、巨大骸骨がかなり近付いていた。オルトは集中してタイミングを見計らう。
「今だ!!」
オルトの合図に合わせ、最初に魔術師団の魔法使い達が準備していた魔導具を発動させる。すると巨大骸骨の四方に巨大な壁が作られ、それは巨大骸骨の下半身を包み込む形で固まった。巨大骸骨の移動が完全に止まり、壁を壊そうと藻掻いている。巨大骸骨の周りのゴースト達はオルト達が妨害した事に気付き、こちらに向かって飛んできた。
「援護を頼む!!」
オルトは叫びながら走り出し、それに薔薇騎士団長のサニアだけが続いた。巨大骸骨の攻撃がどのようなものか不明な為、実力が高い2人だけで最初は攻撃することにしたのだ。巨大骸骨に向かう2人にゴーストが襲い掛かるが、それを聖教会の聖職者達が魔法で妨害してくれる。残った騎士達がゴーストの相手に回り、オルトとサニアは敵から抜け出す事が出来た。
「一気に行くぞ!!」
オルトは魔法で飛行し、巨大骸骨に近付いた。すると巨大骸骨は腕を振り回してオルトを殴ろうとした。オルトは高速移動の祝福でそれを避け、一気に巨大骸骨の頭蓋骨に近付く。
「そこだ!!」
白銀の魔導鎧を身に着けたオルトは青い魔導具の剣で頭蓋骨の中心部を貫いた。巨大骸骨の頭に人間大の大きな穴が出来上がっていた。もし頭部がコアとしての役目があるならこれで破壊出来る筈だ。
「駄目か……」
しかし巨大骸骨の動きは止まらず、空いた穴も周囲の小さな骨が再び融合して塞がってしまう。オルトは巨大骸骨の動きを避けつつ、剣で頭部の違う箇所に攻撃を続けてみた。
オルトと同時に近付いたサニアは巨大な剣で近付く骸骨の拳を粉砕し、跳躍して巨大骸骨の胸部や腹部の骨を攻撃していた。骨以外は何も存在しないただの骸骨なのであばら骨の部分や背骨を砕く形だ。凄まじい破壊力のあるサニアの攻撃だが、破壊した箇所はオルトと同じですぐに再生して元の形に戻っていく。
2人の猛攻は当っているが、それでも巨大骸骨はデカく、頑丈で、すぐに再生してまるで効果が無かった。オルト達が弱点だろうと想定した箇所はことごとく外れていたようだ。
巨大骸骨はオルト達を攻撃しつつ下半身を固めていた壁を攻撃していて、壁にひびが入っていた。そしてついに足が壁を砕いて出て来る。魔導具の妨害も時間切れとなったのだ。
「頭部に恐らくコアは無い。そっちは?」
「胸や腹もダメだ。
どうする?全員で攻撃するか?」
サニアに聞かれてオルトは少しだけ考える。全員で攻撃すれば巨大骸骨のどこかにあるコアを破壊出来る可能性は上がる。だが、それでも人数は限られ、全身をくまなく攻撃出来るわけではない。オルトは速度で、サニアは反撃で何とか巨大骸骨の相手をしているが、人数が増えれば攻撃を避けられず怪我をする者も出て来るだろう。それに大量のゴーストの相手を聖職者や魔法使いだけに任せる事になってしまう。
「いや、コイツの相手は俺達だけでやる。
ただ、弱点は見つけて貰おう」
オルトは魔導具を取り出して閃光を放ち、部隊に合図を出す。最初の攻撃が失敗した際の次の作戦に移るのだ。合図を見て薔薇騎士団のフルアに護衛された聖教会のマーゼがオルト達の方へと走ってきた。オルト達は巨大骸骨が移動しないように足を集中的に攻撃していた。
「お待たせしました。解析は任せて下さい!!」
「マーゼ様の安全は私が守ります!!」
やって来たマーゼの役目は巨大骸骨を解析し、弱点がある場所を探し当てる事だ。そしてその間身動き出来ないマーゼを守るのがフルアの役目だった。
「2人とも頼んだぞ!!」
「なるべく攻撃が来ないようにしてやるからな!!」
オルトとサニアは2人に攻撃が来ないように囮になりつつ、移動するのを妨害していた。オルトはそれと同時に下半身の骨を攻撃し、コアを破壊出来ないか試していた。しかし、どこを攻撃しても効果は無かった。
(流石に厳しいな……)
オルトは能力で回避を続けたものの、自分の体力の限界が近い事を感じる。流石に現役の頃のようには動けないのだ。サニアは頑丈な巨体と巨大な剣での反撃で攻撃を防いでいるが、それでも何度も攻撃の衝撃を受け、ダメージが蓄積している。彼女の限界も近いのではとオルトは感じていた。
「解析出来ました。
ですが、巨大骸骨のアンデッドの状態は均一で、特別な部位が見つかりません!!」
マーゼの解析結果は想定外だった。これではどうしようもない。それに加えてマーゼを守っているフルアも攻撃を逸らす為にかなりの傷を負い、ゴースト達の相手をしている他の仲間も無尽蔵に現れるゴーストに追い詰められていた。
(何かがおかしい。どういう事だ?)
オルトは攻撃を避けつつ必死に考える。このままでは部隊は全滅する。何よりそれは王都の陥落を意味するのだ。オルトはこの状況を見てどこかで笑っている者がいるのではと思った。だがそれが新たな考えに繋がった。
「マーゼさん、解析の範囲を広げてくれ。巨大骸骨の周り、特に上空におかしな点が無いか」
「分かりました」
「フルア、もう少し耐えろよ」
「団長こそ限界じゃないですか?」
「バカを言うな。あたしはまだまだ元気だぞ」
オルトが頼む横でサニアとフルアがお互いを鼓舞していた。オルトは自分が動けるうちにと走り回ってなるべく攻撃を引き受ける。1つだけ助かった事があるとすれば巨大骸骨には人のような知能は無く、純粋に暴れまわる事しかしない事だった。もし人間のような賢さがあったら既にオルト達は全滅していただろう。
「ありました!!巨大骸骨の上空に怨念の塊のようなものが。
浄化の魔法で可視化します!!」
マーゼが見つけて即座に魔法を発動する。すると巨大骸骨の上空が光り、それによって禍々しい薄汚れた塊が怒りの悲鳴を上げた。
「骸骨は任せた!!」
オルトはそう言いいつつ上空に飛び上がる。オルトの魔導具の剣には隠された機能があった。威力を限界まで高めるが、その後しばらく使えなくなるという諸刃の剣の機能だ。オルトはこの巨大骸骨を操っているだろう部分はそれを使わないと斬れないと本能で感じていた。
「滅せろ!!」
オルトは剣の機能を発動し、巨大化した刃で怨念を一閃した。斬られた怨念は煙のように消えていく。それと同時に巨大骸骨がただの小さな骨の集まりに戻り、崩れていった。
「オルトさん、やったな」
「みんなご苦労様だ。助かったよ」
地上に降りて来たオルトは周囲にいたゴーストが消えていくのを見てようやく一息ついた。そんな時だった。
「まさかギガントデスが破壊されるとはな。
念の為付いて来て正解だったわ」
「誰だ!?」
かすれたような低い声が上空から響き、オルトは再び警戒する。巨大骸骨が居た場所から姿を現したのは全身を黒いローブで纏った骸骨姿のアンデッドだった。手には禍々しい巨大な杖を持っており、オルトはそれがリッチという魔法を使うアンデッドの上位種だと理解する。
「名などとっくの昔に捨てた。ただ、皆はわしの事を不死者の王、デッドマスターと呼んでおる」
オルトは相手が恐らく巨大骸骨を操っていた大元だと理解し、他の者に攻撃しないよう目配せした。知能のある敵なら何かしらの情報を得られると思ったからだ。
「お前がアンデッド達を操っていたんだな。お前も魔族連合の仲間なのか?」
「わしはそんな下等な連中の仲間などでは無い。ただ、魔族連合のルブの奴とは知り合いでな、魔導結界が破壊された事を教えて貰った。だから王都を死の町に変えに来たのだ」
「アンデッドならソルデューヌの仲間じゃないのか?」
「あんな保身に生きる半端者と一緒にするな。確かに昔、共に戦った事もある。だがあやつは人間を貴重な食料と考え、最後には人間を利用しようと動いて死んだ愚か者だ。
人間に利用価値があるとしたら死んだ後だけだ。全ての人間をアンデッドに変え、永遠の王国が完成してこそ価値があるのだ」
デッドマスターは魔族連合よりもたちの悪い理想を持っているようだ。オルトはあらかたの情報は手に入ったと考え、予備の魔導具の剣を準備する。恐らくこいつを倒さなければ再び巨大骸骨が作られると考えていた。
「わしを殺すつもりか?やってみるがいい、出来るならな」
「援護を頼む!!」
オルトはそう言いつつ上空のデッドマスターへ突っ込んだ。デッドマスターは魔法を使い、周囲に赤黒い無数の頭蓋骨が浮かび上がる。ただ、その頭骸骨たちはマーゼの魔法とサニアとフルアの攻撃で次々と破壊されていた。オルトはデッドマスターとの間にいる頭骸骨だけを破壊し、そのままデッドマスターへ突っ込んだ。
「斬る!!」
いつもの剣と違って威力は落ちるものの、それでもオルトの必殺の剣技はどんなモンスターでも斬れる筈だった。だが、オルトの剣はデッドマスターの杖で受け止められていた。デッドマスターは想像以上に速い動きで動けるようだ。それでもオルトは諦めず、何度も斬り付けようとする。しかし、オルトの身体は突然動かなくなった。
「何だ、これは……」
「これが死霊使いが使う本物の呪いだ。デビルが使うような紛い物とは違い、人間への効果が高く、耐える事など不可能だ。
お前の身体に纏わりついているのはお前がこれまで殺して来た者達だ」
そう言われて身体の周りを見ると今まで倒して来たモンスターや裏切った故に殺した元仲間の人間の姿がぼんやりと見えてきた。祝福も魔法もそれらには効かず、オルトは動けなくなった。周囲を見るとサニア達も聖教会のマーゼさえ動きを封じられているのが見えた。
「人間がわしに勝とうなど数百年早いわ。
では、ここから本当の恐怖というものを見せてやろうでは無いか」
デッドマスターが杖を掲げると大地が震えていく。地面から先ほど倒した筈の巨大骸骨、ギガントデスが組み上がっていく。しかしそれだけでは無かった。少し離れた位置に1体、もう1体と次々とギカントデスが姿を現したのだ。
「やめろ!!」
オルトは気合を込めて全力で動こうとする。すると今まで動かなかった体が重いが動くようになってきた。
「なるほど、呪いを克服するほどの精神力を持っていたか。
だが、1人では何も出来んぞ」
デッドマスターが言った瞬間にギガントデスの拳が上空から振り下ろされる。動きが鈍くなったオルトは避けきれず地面に叩き付けられた。先程の戦いと今のダメージでオルトの身体はボロボロで、立ち上がるのがやっとだった。仲間達を見ると身動き出来る者は誰もおらず、ギガントデスが仲間を踏み潰そうと動き出していた。
(ここまでなのか……)
オルトは悔しさで胸が圧し潰されそうになる。自分がもっと上手くやっていればこんな事にはならなかったのではと。
次の瞬間、目の前が激しく光り、遅れて“ヒュン”という風を切るような音が聞こえた。すると騎士達を踏み潰そうとした1体のギガントデスが崩れていった。
「何だ、今のは」
デッドマスターが驚いたような声を出す。続いて再び光が見えた。すると別のギガントデスが崩れていく。3度目の閃光でオルトはそ光る槍が飛んできているのを確認出来た。光る槍はギガントデスを作り上げている怨念を見事に貫き、次々と破壊していった。
「こんな兵器が王都にあるとは聞いておらんぞ。どういう事だ」
「貴方も消えなさい!!」
王都の方向から光る槍を手にした女性騎士が飛んで来るのが分かった。見た事の無い魔導鎧を着ているが、それが元紫苑騎士団のオリミだとオルトは判別出来た。
光る巨大な槍を構えたオリミはそれをデッドマスターへと投げる。光る槍は光速でデッドマスターへと飛んでいった。デッドマスターは杖でそれを防ごうとしたが、杖は槍に当たって粉砕していた。それで威力が落ちたのか、デッドマスターの身体は小さく穴が空いただけでまだ生きていた。
「わしの大事な杖が!!
クソ、まさかこんなものが王都にあるとは。ルブの奴め、わしで試しおったな。
お前等運が良かったな、次に会った時こと殺してくれるわ!!」
デッドマスターは捨て台詞を吐きながら次の槍が飛んで来る前に消え去っていた。
「皆さん無事ですか?」
「オリミさん、助かった。
それが国王陛下が言っていたモノか」
「はいそうです。これは神機ラングと言います。
申し訳ないのですがこれを国王陛下にお返しして頂けないでしょうか?」
やって来たオリミにそう言われてオルトは困惑する。オリミの顔をよく見ると青ざめ、汗が滝のように流れ落ちていた。
「マーゼさん、治癒を!!」
「やっています。ですが、オリミさんが受け付けてくれません!!」
「私は神機の適合者でした。ですが、もう負荷には耐えられず限界なのです。
既に目も見えなくなりました。
オルトさん、後を頼みます。
エレミ、お願いだから死なないでね……」
オリミの手から神機が離れて地面に落ち、オリミ自信も地面に倒れた。オリミの全身はミイラのように干からびていき、オリミは動かなくなっていた。