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50.はじまり

 空から降りて来たのは5人の人影だった。左端の一つは見た事のある黒い鎧を纏ったデビルで、先ほどまでマサズ達が戦っていたシギだ。先にレオラを見捨て逃げていたのだろう。その横に居るデビルは暗い緑色のでっぷりと太った巨漢の醜いデビルだ。アリナは見た事が無かったがシギと同等の危険を感じており、強者である事が分かる。

 右端にいるのは長身の痩せ細った薄灰色のデビルで、危険を感じるのだがその感じが他と違い、不気味に揺らいで感じられた。その隣には透き通るような白い肌に金髪の美しい女性のデビルが居た。恐ろしいのはこのデビルからは何の危険も感じない事だった。

 そして中央に居るのはアリナもよく知る茶髪の子供のようなデビルだった。見た目に反してとてつもない危険をアリナは祝福ギフトで察知している。


「レオラは僕の駒だよ。勝手に取られたら困るから消去させて貰った」


「ルブ!!

お前だけは絶対に許さない!!」


 角だけは巨大な男の子のようなデビルのルブに対してアリナは吠える。危険な相手なのは分かっているが怒りを抑えられない。レオラは敵だったが、それでもこんな簡単に殺されていい分けじゃないと。


「アリナさん、落ち着いて下さい。

貴方が魔族連合の代表のルブですね。始めまして私はアスイ・ノルナです。

ところで、いいのですか今の魔王である貴方が少人数で私達の前に現れて」


「アスイ殿、貴方の事はよく存じていますよ。我々にとってとても邪魔な存在なんでね。

まあ僕もこんな所まで来たのは大人げないと思ってます。僕は臆病でね、駒を動かして自分自身は裏方に徹するのが性に合ってるんだ。

でもね、せっかく作った魔族連合がボロボロにされては、流石にどこかの勢力を潰さないと僕の面目も立たないんですよ」


「アスイさん、ここには十分な戦力があります。今、ここでルブを倒しましょう」


 スミナは冷静に戦う事を提案する。周囲の敵を倒した今、ここには転生者3人と強力な仲間たち、そして新たに仲間となったエリワ、ギンナ、グリゼヌ、キサハにマサズ率いるヤマトの軍勢もいる。対する相手がいかに強大でも5人だ。勝てない相手ではない。


「そんなに死に急がないで下さいよ。折角転生者が集まってる珍しい場なんですから。

もう少しお話して楽しみましょう」


「一つだけ聞かせて下さい。あれだけディスジェネラルは使い捨てにしてたのに、どうしてミボやシホンさんは使わなかったのですか?戦いの場に人間は殆ど居ませんでした」


 スミナがルブに質問する。アリナも確かにその通りだと少しだけ冷静になった。


「彼女達や人間にはまだ利用価値がありますからね。

亜人は駄目でした。彼らは同族の結び付きが強く、リーダーの言う事を聞いてしまう。

それに比べて人間はとてもいいんです。自分や家族の死をちらつかせればすぐに裏切り、同士討ちを始めてくれる。今後の事を考えれば彼らの利用価値はとても高いんですよ。

レオラにも覇者の王冠を使って人間を動かす方法を教えたんですが、レオラには使いこなせませんでした。そんなだから死んでしまったんですよ」


「お前が殺したんだろ!!」


 話を聞いてアリナの怒りが我慢の限界に達した。アリナは全力で飛び上がり、上空に浮かんでいるルブに向かって刀を抜いた。だがルブは身動き一つしない。アリナの振り下ろした刀がルブに届く前にシギが動いて剣で刀を受け止めていた。その移動速度はオルトにも劣らない速さだとアリナは感じた。


「血気盛んですね、アリナ君は。

皆さんは何か勘違いしているみたいです。レオラの始末は自分でしましたが、僕は皆さんの相手をするつもりは無いですよ。それはここに居る凶魔四天王きょうましてんのうの役目でも無いんです」


 ルブがそう言うと同時にアリナは地面からとてつもない危険を察知する。


「みんな建物から出て空に避難して!!」


 アリナは下に居る仲間達に叫ぶ。それと同時に地面が大きく揺れ始めた。魔法が使える者は自力で飛び上がり、飛行能力が無い者をギンナのドレニスやエルのグスタフ、ヤマトのオンミョウ衆の妖怪が抱えて空に浮いた。それでも建物から出るのが遅れたヤマトの人達は地面にまだ取り残されている。


闇凶獣ダギラよ。全てを飲み込め」


「何これ、怪獣?」


 地面を飲み込み現れたのは巨大な黒い恐竜にも似た怪獣だった。闇凶獣ダギラというのがその名なのだろう。ダギラは地上にあったデマジ砦の外壁も建物も全て飲み込んでしまっていた。


「皆さんダギラには近寄らないで下さい。吸収されます」


「その通り。流石スミナ君だね。

ダギラは今まで研究した闇術具ダルグ闇機兵ダロンの吸収機能を強化して一度吸収された者は二度と分離出来なくなったんだ。死んでいったディスジェネラル達もダギラの身体の一部となって有効活用してる。

この傑作が出来たのはスミナ君達が魔神ましんや異界災害、消滅の精霊といった貴重な研究材料と戦ってくれたおかげだよ」


「そうだった、こいつがガリサを利用して異界災害を起こしたんだ」


 アリナはルブがガリサを騙した張本人だと思い出し怒りが増す。


「まさか消滅の精霊を召喚したのはアンタなのか?」


「残念ですが僕では無いですよ。

エリワ君は心当たりがあるんじゃないですか?」


「アタイは何も……」


 エリワが口ごもる。気にはなるが今はそれどころでは無い。


「では、僕達は高みの見物させて貰いますよ。もう会う事は無いと思いますが、さようなら」


「逃がさない!!」

「逃がしません」

「させません!!」


 転生者3人は逃げようとするルブを倒そうと一気に近付く。しかし横に立っていた薄灰色の長身のデビルが手を前に出すと5人の周りに見えない壁が出来上がっていた。それはアリナのくれないやスミナのレーヴァテイン、アスイの術でも破壊出来ない。その壁が壊せないまま5人の姿は一瞬のうちに消えてしまった。


「しょうがありません、今はダギラの対処を優先しましょう」


「でも、どうやってあれを攻略すればいいの?」


 アリナは眼下に広がる地獄のような状況を見つめる。ダギラは災害のように移動するだけで自然を飲み込み、破壊する。足や尻尾は無く、大きな体を支える木の根のような触手が地面を滑るように削って移動している。通った跡は命を感じられない枯果てた大地しか残っていない。近くにいる動物だろうとモンスターだろうと黒い触手が伸びて取り込んでしまう。移動速度が速くない事だけが救いに感じられる。

 仲間達は距離を離し、近付いてくる触手を処理するだけで何とか耐えていた。だがそれにも限界が来そうだった。


「以前アリナはゾ王が変化した時はコアを斬って倒したんだよね。

同じようにコアを探せば何とかならないかな」


「お姉ちゃん、なんかその対策がされてるみたいでコアが感じられないんだ。

それに近付くだけで吸収されるんじゃコアを見つけてもそこまで辿り付かないかも」


「私が協力します!!」


 双子のもとにやって来たのは聖女のミアンだった。


「ミアン、出来るの?」


「あれは異界災害の力を参考に周囲を変化させて吸収を行っています。場所させ分かればある程度の範囲を一気に浄化して道を作れると思います」


「やっぱりコアが特定出来ないとダメって事だよね。

でも、あれじゃあ近付けないし、調べるのもままならないよ」


「でしたらその役目は私がやりましょう」


 そう言ったのはアスイだった。


「アスイさんの力は何かあった時の為に必要です。万が一取り込まれたら大変ですし、調査ならわたしがやります」


「それは大丈夫よ。私の祝福には力の吸収がある。同じ能力がある者同士は簡単に吸収されないの。

だから安心して」


「お姉ちゃん、ここは先輩に頼もうよ。誰かが近付いて様子を見る必要があるんだし」


「分かった。

アスイさん、お願いします」


「任せて!!」


 そう言ってアスイは単独でダギラに向かって行った。双子達はアスイを見守りつつ仲間が安全に距離を取れるようにそちらの援護に回った。ヤマトの人達は既にかなりの数がダギラに取り込まれており、マサズとキサハの顔は曇っていた。仇を討ちたいだろうが、下手に動けば無駄死にするのを分かっているのだろう。

 アスイは慎重に飛行してダギラへと近寄っていく。近付くものに過剰に反応するようで細かい複数の触手が伸びていくのと共に巨大な腕がアスイに向かって振り下ろされる。アスイは触手を斬り払いつつ腕を横に移動して回避した。

 アスイはそのまま連続して斬ったり叩いたり、炎を使ったり凍らせたりしてダギラに弱点が無いか試していく。どんな攻撃も吸収したり、再生したりして効いているようには見えなかった。


「腕の攻撃と触手に気を付ければ問題無さそうです。

それよりも有効な攻撃が見つかりません。自分の身を守れる人は攻撃を試して貰えますか」


「了解です」「分かった」「了解」「はい」


 アスイの話を聞いて双子を中心とした強敵と戦った経験のある人達がダギラへ攻撃を開始する。アリナは敵の攻撃を回避しつつ腹を紅で斬り付けてみる。


(やっぱり硬い!!)


 ダギラは全身を硬い鱗で覆っている為、アリナの攻撃も数十センチ傷を負わせただけで、すぐに回復してしまった。触手が伸びて来る根元を破壊してもすぐに次の触手が生えて来てしまう。紅の力で再生を止める事が出来ないのはアンデッドや異界災害の力も取り込んでいるからかもしれない。


 スミナのレーヴァテインやマサズの刀も同様で、表皮が斬れるだけで肉を切るに至ってない。レモネやソシラは弱い部分が無いか探して背中や頭部を狙っていたが、結果は同じでどこも硬いか無限に再生するかで弱点は見つからなかった。

 エリワが弓矢で一点集中の攻撃を試したが、小さな穴が空くだけでそれもすぐに塞がっていた。エルのグスタフとギンナのドレニスが魔力を使った様々な攻撃を仕掛けたが、それにもダギラの皮膚は適切に変化して防いでいた。とにかくコアの場所を見つけ、そこを全員で一点集中で攻撃するしかないかもしれないとアリナは考える。

 既にヤマトの人々やゴマルとエレミにはダギラからかなり離れた位置に避難して貰っていた。どんな攻撃が来ようとゴマルとエレミなら守れるだろうというスミナの判断からだ。


 攻撃を試される一方だったダギラが急に震え出した。すると身体の硬そうな表皮の間がいくつか開き、巨大な眼が複数現れる。周囲の存在が獲物では無く、敵と判断したのだろう。


「皆さん一旦距離を離して下さい」


 アスイが様子を見ようと残り、他のみんなは適度な距離に退避した。すると全身に瞳が出来たダギラの身体から複数のトゲがアスイに向かって射出された。アスイはそれを躱さずに盾を作り出してそれで跳ね返す。跳ね返ったトゲはダギラに当たったがそのまま吸収されてダメージにはなってない。瞳が出来た事でダギラの攻撃の精度が上がり、死角が無くなったように見える。その為アスイでさえ長時間近くに居る事が出来なくなっていた。

 1人残ったアスイは瞳を攻撃したり、周囲を飛び回って状況を確認していた。アスイには溶解液や毒、槍の雨など新たな激しい攻撃が降り注ぎ、アスイでさえギリギリで耐えている状態だった。そこで更に変化が起こった。


(何か変わった!!)


 アリナはダギラから危険の印象が変わったのを感じ、何が変わったのかを見極めようとする。全身を観察してようやくダギラの変化した箇所が分かった。地上から20メートル上の腰回りに大砲の砲口ような突起物がぐるりと数十個飛び出していたのだ。アリナが危険を感じたのはそこからだった。


「みんな、腰の辺りの筒から何か撃ってくる。気を付けて!!」


 アリナが叫んだ数秒後、筒から黒い光を宿したかなり太いビームが放たれた。双子達はアリナが直前に気付いた事で何とかビームを避ける事に成功する。しかしダギラは瞳で敵の位置を認識しており、ビームの向きを発射後にも変えてくる。撃つ角度的に限界があったから良かったが、それでも身体が大きいグスタフは作ったシールドを突破されて身体の一部が壊れてしまった。人が固まっていた地上のミアンの周囲もミアンが緊急でシールドを作らなければ危なかった。

 上空から被害状況を見ると周囲にはビームが撃たれた方向の地面が削られて巨大な谷が出来ていた。更にその方向にあった山は大きく抉られ、かなりの距離まで被害が出ているのが分かる。遠くに逃げていたヤマトの人達は運良く射線と射線の間に居て助かったが、次に角度を変えて攻撃されたら危険な位置であると分かる。


「見たところ連続射撃は出来ないようです。

ですが、次を撃たれる前に何とかしないと被害が出るでしょう」


 双子の元に戻って来たアスイが告げる。


「アスイさん、何か分かりましたか?」


「コアとなる部分は頭部の方には無さそうに感じました。魔法で内部を調査したけど、魔法で観測出来る皮膚から10メートル範囲には無さそう。私の予想では一番分厚い下半身の中心部辺りにあると思うわ。

問題はどうやってそこまで辿り着くかね」


「地面に穴を掘って下から侵入するのはどう?」


 アリナは思い付きで聞いてみる。


「下はお勧め出来ないわ。粉砕機のように何でも取り込んで不要になったものを凄い勢いで吐き出してる場所だから。再生力も一番高い箇所だと思う」


「私が近付いて身体に大穴を開けます」


 双子達のところに再びミアンがやって来る。


「残念ですがミアンさんの浄化は表面の鱗に効果はありません。浄化を使う為には鱗と表面の皮膚をある程度破壊しないといけないと分かりました」


「敵に近付いて鱗と皮膚を破壊して、そこからミアンが近付くのは流石に大変そうですね」


 スミナが迫る敵の触手を破壊しながら対策を考える。


「1つだけ方法があるかもしれません」


 アスイがそう言った時、再び危険が拡大するのにアリナが気付く。


「相談は一旦中止!!またビームが来る!!」


「空を飛べる人は敵の真上へ、そうでない人は敵の足元へ行って下さい。そこがビームの届かない位置になります!!」


 アスイが指示を出す。双子やアスイやミアンはダギラの真上へと飛んでいく。そこにメイルやレモネ、ソシラも飛行して加わった。ギンナのドレニスを中心とした残りの人達はダギラの攻撃を防ぎつつ、足元の近い場所へと移動した。エルが搭乗したグスタフは一部破壊された為、地面に穴を掘って退避を始めていた。


「先輩おかしい、危険が移動してる!!」


「そんな事が!?」


 アリナはダギラの真上で危険が上の方に登って来たのが分かった。見ると腰についていた砲口が3つダギラの頭部の方へと移動してきていた。同様にギンナ達が移動した足元の方にも砲口が移動していた。


「今から回避は間に合いません。私がシールドを張ります」


「駄目です、ミアンさんの魔力は必要です。

ここは私に任せて下さい」


 アスイはそう言うと全身を炎の魔神の力を使い、全身に炎を纏わせた。そしてビームに向かって炎を射出し、ビームを周囲へと分散して防いでいた。改めてアスイの持つ力の巨大さに驚かされる。

 真上へ逃げた人達はアスイのおかげで何とか助かった。地上の仲間も力を合わせて穴を掘り、ギンナがドレニスのシールドで防いだおかげで大きな被害は出なかった。更に遠くに逃げたヤマトの人達がどうなったかはアリナの位置からでは流石に分からなかった。


「3度目は防げ無いかもしれません。ここでどうにかする必要があります」


「アスイさん、ビームの射出口を破壊して体内に入るのはどうでしょうか?」


 スミナの提案はかなり危険な賭けに感じられた。


「私が先ほど言おうとした事と合わせれば上手く行くかもしれません。

ダギラは正確な攻撃をする為に音や気配や魔力では無く、瞳に頼っているのが分かりました。なので目くらましをすればビームを撃つのを少しだけ遅らせる事が出来るでしょう」


「つまり、誰かが目くらましをして、その間に射出口を壊して、そこでミアンが浄化するって事?」


 アリナが理解した範囲で対策を口に出す。


「その後に誰かが内部でコアを探して破壊するのが抜けてますね。

その役目は私がやりましょう」


 再びアスイが危険な役目を立候補する。


「アスイさんは駄目です、何かあった時に臨機応変に対応出来る人が残っている必要がありますから。

内部へはわたしとアリナが行きます。2人でなら最速で対応出来ます」


「そうだよ、2人でならコアを見つけるのも早いし」


 アリナはスミナと2人なら絶対に上手く行く自信があった。


「目くらましはエルとギンナさんが出来るでしょう。他のみんなに周りを守って貰いつつ射出口の破壊をして貰います」


「分かりました、私はミアンさんを安全に射出口に連れて行く役目を引き受けましょう」


 アスイは双子の言う事に反対しなかった。スミナが自分で行くと言い出したのはアスイがいざとなったら自分を犠牲にする覚悟を感じたからでは、とアリナは何となく理解した。

 スミナがエルとギンナに目くらましを頼みに行き、アスイが他のみんなにビームの射出口を攻撃する段取りを付けに行く。アリナはその間ダギラの注意を引き、攻撃を引き受けていた。危険な状況だが、アリナの気持ちは思ったよりも落ち着いている。みんなで協力して強敵を倒す。そして今度こそ誰も失わずに勝利する為に冷静さを忘れないと。


「みんな、来るよ。準備はいい?」


 アリナは再び危険が増大し、ダギラの腰に射出口が飛び出して来たのを確認する。


「タイミングはスミナさんに任せます」


「分かりました。

合図したら皆さんは視覚を保護して下さい。

ギンナさん、エル、今です!!」


 ビームが発射される直前、スミナが合図を出す。アリナは魔法で目を保護し、更に魔力でサングラスを作って状況を見れるようにした。

 合図に合わせ飛び上がったグスタフの全身からフラッシュのような激しい光が照射される。それと同時に反対側からギンナのドレニスが同じように光を出し、更にドレニスから分離した魔導具で追加の光を放った。それに合わせてスミナは鏡の魔導具を周囲に展開していて、光が反射してダギラの上から下まで全身に照射される。ダギラの複数の瞳が眩しさで一気に閉じた。


「光を止めて!!

皆さん、今です!!」


 スミナの声を聞いて最初に行動したのはエリワだった。既に力を溜めていた弓で巨大な光の矢を放つ。矢は腰にある一つの射出口を射抜き、そこが爆発した。


「我らの出番ぞ」

「はい!!」

「分かった!!」


 続いてマサズが跳躍し、それにキサハとグリゼヌが続く。空いた穴の周囲の鱗をマサズは刀で、キサハとグリゼヌは力任せに剥ぎ取った。


「私達の」

「番……」


 レモネを抱えて虚像を作ってソシラが穴まで移動する。2人は巨大な斧と鎌で肉を切り刻んで更に奥まで人が入れる大きさにした。


「ミアンさんお願い」

「はい」


 アスイがミアンをその穴まで物凄い速さで移動させ、ミアンが浄化を始める。その間アスイが周りの肉が再生するのを切り刻んで防いでいた。メイルは攻撃が終わった人が触手で取り込まれないようフォローして回っている。


「悪しき存在よ、消え去りなさい!!」


 ミアンが手を前にかざすとダギラの中に巨大な空洞が出来上がっていた。だが、それと同時に周りの発射口からビームが発射され、周囲が破壊されていく。だが、双子はそれに気を取られず自分達の使命を全うする。


「あとは任せました」


「お2人を信じています」


「わたし達が終わらせます」


「任せて!!」


 双子はアスイとミアンの脇を抜けてダギラの中へと飛び込んだ。とにかく行けるところまでと一番奥まで進んで行く。


「アリナ分かる?」


「下だと思う」


「行こう」


 敵の身体の中は赤黒く不気味で、再生速度が凄まじく一気に圧し潰されそうになる。スミナとアリナは左手同士を繋いで横並びで前後を見る形になり、剣と刀で周囲の肉を斬り裂いて空間を確保していた。魔法で酸欠になる事は無いのだが、とにかく息苦しく感じる。このままコアが見つからなかったら体力と魔力が尽きて取り込まれてしまうだろう。


「お姉ちゃんは何か感じる?」


「ごめん、分からない。でもこの生物に異界災害の力が使われているのは分かる。それはわたしの力で弱体化出来る」


 スミナから伝わる体温が温かくなり、同時にスミナが発する白く清らかな光が周囲を照らした。すると肉壁の再生する速度が遅くなるのが分かる。やはり母ハーラの聖女の力はスミナに多く引き継がれたんだなとアリナは思った。

 スミナのおかげで周囲の空気が澄んだ気がして、アリナの思考もはっきりしてきた。それによって邪悪な意思のようなものが強く感じられるようになる。


「お姉ちゃん、こっちだ」


 アリナはスミナの手を引いて悪意を感じた斜め下へと掘り進んで行く。近付くに連れてその邪悪さは大きく感じ、それは呪闇術カダルを使った時の嫌悪感を思い出させた。それでも耐えて近付く必要がある。そんな時手の平から感じるスミナの温かさがアリナの救いとなった。


(今は1人じゃないんだ!!)


 アリナはそう強く感じ、勢いを増してコアと思われる場所に突き進んだ。


「ここだ……」


 紅で斬り裂いた肉の向こうに直径10メートルぐらいの球形の小さな空間が広がっていた。そこは肉壁から太い血管のような管が何本も伸び、中心にある黒い箱状の物体に繋がっていた。ただ、アリナはここまで来てそれに近付けない。


「お姉ちゃん、あれから凄い危険を感じる。多分破壊しようとしたら爆発か何かの反撃が来る」


「じゃあわたしの出番ね」


 スミナはアリナと繋いでいた手を離すとそのまま箱に近付こうとした。


「危ないよ!!」


「大丈夫、触れるだけだから」


 スミナが球形の空間の中を進むと管を破壊しないレベルの針の攻撃が周囲からスミナを襲った。スミナはそれをなるべく反応せず傷だらけになりながらも真っ直ぐ中心の物体に近付いた。アリナは危険が増大するのを感じ、動きたくなるのを我慢する。今は姉を信じるしかないと。

 スミナが箱状の物体に手を触れた瞬間、危険は感じられなくなった。スミナが物を操る祝福ギフトでダギラの支配権を奪取したのではないかとアリナは思った。しかし、そんなに上手く行くはずも無かった。


「アリナ、このコアとなってる部分はちょっと厄介よ。

何重にも守る為の壁が層状に折り重なっていて下手に刺激すると暴発する。一番上の攻撃機構だけはわたしが解除出来たけど、その下を操るには慎重に対応しないといけない」


「お姉ちゃん、あたしにも見せて」


 スミナの言っている内容は雰囲気的には少しの衝撃でも爆発する爆弾のようなものだと分かる。ただ、アリナには違う物に感じられるかもしれないと思った。アリナは飛んで来る攻撃を防ぎつつ、なるべく静かにスミナの横に並んだ。四角い物体はよく見ると半透明で、一番奥に人型の何かがあるのが見える。そしてその頭部に付いている仮面のような物がアリナが感じていた邪悪の根源だと分かった。


「お姉ちゃん、あれだよ、あの仮面みたいなもの。あれを壊せば解決する気がする」


「そうだとしても、この何層もある壁をどうにか出来ないと」


 2人がそう話しているうちに再び危険が箱状の物体から感じるようになった。恐らく表層の機能をスミナが解除したのでその下の層が攻撃を始めようとしているのだ。


(一気に貫く?でもそれで爆発したら意味が無い。もっといい方法があれば……)


 アリナは考えるのは苦手だがスミナが思いつかないなら自分が何とかしないといけない。


「お姉ちゃん、攻撃を解除するのにどれぐらいかかる?」


「直接触れれば1秒もかからないけど」


「連続で解除出来る?」


「多分」


 既に危険はかなり増大し、悩む時間は無かった。


「あたしが紅で一層ずつ斬るから、お姉ちゃんは斬れたら解除して、出来たら手を離して!!」


「分かった、お願い!!」


 スミナはアリナの言う事を理解し、即座に頷いた。アリナは2層一気に斬らないように慎重に紅を握る。料理は殆どしないが、やるのは野菜の皮だけ切るようなものだ。


「斬る!!」


 アリナは紅を箱に対して水平に斬り、一番上の層だけを切り離した。次の瞬間スミナがずれた部分に手で触れ、攻撃を解除する。スミナが手を離した瞬間にアリナは再び紅を振るった。アリナは額に汗を流しながらも失敗せずに1層ずつ綺麗に斬っていく。スミナもテンポが崩れないように斬れたら即座に解除する動きを正確に繰り返した。

 2人のそんな行動を邪魔する為に周囲の肉壁から小型の虫のような敵が現れ襲ってくる。


「アリナは斬るのに集中して!!」


 スミナがそう言って何か魔導具を取り出して空間に放った。アリナは言われた通り襲ってくる敵は無視して斬り続ける。スミナが出したのは自立防衛する魔導具のようで、次々と壊れながらも2人の行動を邪魔する敵を近付けるのを防いでくれた。


「これでラスト!!」


 アリナが人型の何かが入っている一番下の壁を切り捨てる。すると3メートルぐらいの黒い人型の物体とその仮面が剥き出しになった。直接感じる仮面からの負のオーラが2人を圧倒する。スミナは仮面に触れてそれを解除しようと動いた。


「お姉ちゃん、触れちゃ駄目!!」


 アリナは体当たりしてスミナをどかし、紅でそのまま仮面を斬り裂いた。触れたらスミナが取り込まれる可能性を感じたからだ。仮面は真っ二つに割れ、それと同時に周囲の肉壁が溶けていく。


「アリナ、脱出するよ!!」


 スミナがレーヴァテインの威力を上げ、溶けていく肉を斬り払いながらアリナを引っ張った。アリナは気力を使い切ったのか、力が入らずスミナに引っ張られるのに任せた。


「やったんだね、あたし達……」


「アリナ、ありがとう。あのままだったら触れてたと思う」


「ううん、こっちこそ色々してくれてありがとうだよ……」


 双子は大量の肉の流れを抜け、外へと脱出した。そう思った瞬間だった。アリナは背後から何かに引っ張られ、握っていたスミナの手を離してしまう。アリナの全身には黒い触手のような何かが纏わり付いていた。


「アリナ!!」


「攻撃するのはやめた方がいいですよ。その瞬間に破裂してアリナ君は死んでしまいますからね」


「貴方はルブ!!」


 双子の目の前には先ほど撤退した筈の子供に大きな角が付いたようなデビルのルブが浮いていた。だが、危険は感じず、その姿が少し揺らいでいる事から実体では無いのが分かる。


「何なの、これ」


「それはダギラの素体に使った原初の魔神ましんですよ。解放されても生きる力が無いので目の前の者を呪い殺そうと執着してるんです。

しかしダギラが破壊されるとは想定外でした。やはり試作品ではこんなものですね」


 ルブがあまり悔しく無さそうに説明する。


「わざわざそんな負け惜しみを言いに来たの?こんなの危険を感じないし、簡単に……」


 アリナは黒い物体を引き剥がそうとするが、それはアリナに纏わりついて剥がれない。それにアリナの力がどんどん減っているのが分かる。


「その呪いは寿命と同じなんです。だから危険だとは感じられない。ダギラ一体と転生者1人では吊り合いませんが今回はアリナ君の命で我慢しましょう」


「ミアンお願い、アリナを助けて!!」


「ちょっと待って下さい」


 スミナが叫び、ミアンがこちらに飛んで来る。アリナは下手に動いて状況が悪化しないように動かずミアンに身体に纏わりついている黒い物体を見せた。


「やってみます」


 ミアンが手を白く光らせ、黒い物体に触れようとした。すると“バンッ!!”という音と共にアリナの左腕が弾けた。アリナの左腕の肘より先が爆発して無くなっていた。


「痛っ!!」


「ごめんなさい!!

これは、デビルの力とは別の何かです。私の力では……」


「謝らなくていいよ、これはあたしが迂闊だったんだ……」


 アリナは痛みに耐えつつ何か方法が無いか考える。だが、その痛みも思考も段々とアリナから失われていった。自分の生命力が無くなっているのだろう。


(でも、他の誰かじゃなくてあたしで良かったのかも)


 アリナは思考が消え行く中、自分が色々と酷いことをした因果が返って来たのだと納得してしまっていた。


「アリナ、諦めちゃ駄目!!。

待って、何か方法がある筈だから」


 スミナが涙目で叫ぶ。映像のルブはそれを楽し気に眺めていた。ダギラの身体だった部分は全て溶け、みんなもアリナの周りに集まってくる。だが、爆発する危険を感じ、ある程度距離を取っていた。


「助ける方法はあります。アリナさん、これを掴んで下さい」


 アスイに何か道具を投げられ、アリナは殆ど動かなくなった右手で何とかそれをキャッチする。何かの魔導具のようだ。


「アリナさん、頭の中で許可して下さい」


「分かった……」


 アスイに言われたままに脳裏で許可を出す。するとアリナは急に身体が軽く感じた。周囲を見ると景色が変わっていて、自分が場所を移動したのが分かる。そして痛みが一気に感じられ、そのまましゃがみ込んだ。身体に纏わりついていた黒い物体は消えていた。


「そんな、アスイさんそれは……」


「いいんです、アリナさんを助ける事の方が優先ですから」


 アリナが顔を上げると自分に纏まり付いていた黒い物体がアスイを覆っているのが分かった。それでようやくアスイが使ったのが身体の場所を入れ替わる魔導具だと理解する。


「まさか、そんな事が出来るとはね。魔神の呪いはどんな魔法も祝福も効かない筈なのに」


「これは特別な魔導具ですから」


「ですが、アスイ殿が殺せるならむしろ好都合ですね。他の人もいたのに馬鹿な事をしたものです」


 ルブの言う事は理解出来るが、アスイの行動に対しての侮辱だと感じる。


「アリナさん、腕を治しますので動かないで下さい」


 ミアンがしゃがんだアリナの腕を治しに来てくれる。今は治療に身を任せるしかなかった。


「アスイさん、何か助かる方法があるんですよね?」


「その可能性を信じて入れ替わってみましたが、ちょっと無理そうです。私は魔神の力を持ってるので相手を逆に取り込めないかと試しているんですが、流石に無理でした。

ですが、こうなって良かったと思う事もあります。ルブ、貴方は嘘を言っていましたね。この魔神の呪いは相手が死んだ後、取り込んだ力で復活する。アリナさんが死んだ後、復活した魔神で更に被害を出そうと企んでましたね」


「流石アスイ殿、そこまで分かりますか。ですが、貴方が入れ替わった事で約2人分の力を取り込んだより強い魔神が復活しますよ」


 アスイがルブの計画を明かす。アリナはルブの罠に嵌っていた事を後悔するしかなかった。そして、何とかアスイを助ける為に動きたい。その為にも腕が早く治る事を祈った。


「ここに居る誰にもこの呪いを解く事は出来ないでしょう。もう私の力も大分吸い取られています。

だから私は魔神を復活させない為に命を張ります。私の中の魔神の力を解放し、相殺して魔神を倒します」


「それではアスイさんも無事では無いのでは?」


「ですが、皆さんを助ける為には最善の策だと思います。スミナさんは反対するでしょうけどね。

私はスミナさんとアリナさん、2人と出会って救われました。

2人はこんなに多くの仲間を作れた。私には出来なかった事です。2人なら本当の意味で世界を救えるでしょう。

私の役目はここまでです。本当ならミーザが死んだ後、後を追うべきだったのでしょう。でもこうして自分の役目を果たせる時が来たので満足よ」


 アスイが自分の決意を語る。アリナはそれを許すわけにはいかなかった。


「アスイさん、駄目です。まだ世界には貴方が必要なんです!!」


「そうだよ、諦めちゃ駄目だ!!あたしは先輩にまだ勝ってない!!」


「そんな事ないわ。もう実力じゃ2人には敵わない。

私の代わりに世界を救ってね」


 アスイはそう言うと天高く上昇していく。スミナとアリナはアスイを追うが、その速度は疲労した2人では追い付かなかった。

 そして2人の目の前で光が弾けた。音も無く光が広がり、アスイの姿も周りの魔神の力も全て消えてしまっていた。


「アスイさん……」


「アスイ先輩……」


 双子はレオラに続いて転生者がまた1人死んだ事を悲しむ。だが悲しむ暇も無く、上空から異変が見えていた。


「お姉ちゃん、あれ……」


「魔導結界が消えていく……」


 上空から遥か西側に見えていた王国の巨大な魔導結界が消えていく様を2人は確認する。

 地上に降りると笑い声が響いていた。


「ハハハハハ。

馬鹿な転生者でしたね。自らの死が王国を破滅へ導くのですから。

貴方達が戻る前に王都は滅んでいるでしょう」


「お前だけはあたしが絶対に殺す!!」


「ルブ、貴方の望むようにはさせません!!」


 アリナとスミナはそう言うとと四方八方に攻撃する。ルブが情報収集や姿を現す為に仕込んでいた複数の闇術具ダルグを破壊したのだ。ルブの映像は消えるまで笑顔だった。


「行くよ、王国へ戻ろう!!」


 アリナは立ち止まらず、前へ進む決意をしたのだった。



―― 第2章 完 ――

第2章はこれで終わりです。


話はまだ続きます。

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