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49.決着

 突然の出来事にアリナ達は身動き出来なくなっていた。デビルに操られていたと思われた少女がスミナを脅し、覇者の王冠を奪い取ったからだ。まだ洗脳が解けていないと思われるが、それを解く事が出来る聖女のミアンは今ここには居ない。


「落ち着いて下さい。わたし達は貴方に敵意はありません。

むしり貴方を助けたいと考えています」


「そんな事どうでもいい。これはボクの力だ!!」


 スミナの説得に聞く耳を持たず、少女は覇者の王冠を再び被った。アリナは折角戦いが終わったのにと再び警戒する。だが、危険は全く感じられなかった。


「あれ、どうしてボクの言う事を聞かないんだ???」


「残念ですが貴方には覇者の王冠を使うほどの魔力はもう残っていません。あれだけ動かせたのはデビルが魔力を貴方に送っていたからです」


「だったら魔力が回復すればいいんだな」


 少女はそう言うと地面に沈んでいく。地面に潜る能力は倒したデビルのものでは無く、この少女の祝福ギフトだったようだ。


「すみませんが逃がす訳にはいきません」


 スミナはそう言うと魔導具の手錠をベルトから取り出し、少女の腕につけた。すると少女の能力が遮られたのか、少女は地面へと押し出される。スミナは再び覇者の王冠を外し、手錠をしたままの少女を座らせた。山吹色の短髪の少女は言葉使いや顔付から少年のようにも見える。ただ、身体の凹凸ははっきりしていてアリナよりずっと大人の女性の身体をしていた。


「今、貴方はデビルの支配を受けてませんよね?何がしたいんですか?」


「魔族には捕まった振りをしてただけだ。いずれはヤツラを出し抜いて、この力で世界を支配してやろうと思ってたんだ」


 少女は正気のようだ。ただ、言ってる事が思ったよりも子供じみていたのでアリナは笑うのを我慢する。それに覇者の王冠の力を考えれば彼女の万能感は凄かったのだろう。


「貴方は人間ですよね?お名前は?今まで何をしていたんですか?」


「いいだろう、名乗ってやる。ボクの名前はカヌリ・ラダウだ。魔法と魔導具を使って魔族連合から物資を略奪するレジスタンスのリーダーをしてた。誰もボク達を捕まえる事は出来なかったんだぞ」


「でも捕まってんじゃん」


 自信ありげに言うカヌリと名乗った少女にデビルにもスミナにも捕まっている現実をアリナは指摘せずにはいられない。


「うるさいなぁ。

確かにボクはミスを犯した。2年前ぐらいから魔族連合の動きが活発になって、ボク達の生活も苦しくなった。

そんな時魔族の砦に凄い魔導具のお宝があるって噂が流れたんだ。それは支配者の力を手に入れられるって。

ボクは砦に忍び込んで覇者の王冠を手に入れたんだ。でもレオラとかいうデビルの罠に嵌って逃げられなくなった。

だからボクは敵に協力しつつ、裏切るタイミングを見計らってたんだよ」


「なんだ、計画性とか皆無じゃん」


「いいんだよ、ボクは考えるより先に動いた方が何でも上手く行ったんだから」


 アリナはカヌリが自分よりもバカなんだなと理解した。それと同時に少しだけ気に入っていた。


「カヌリさんの事は大体分かりました。ただ、今は貴方と色々話している場合では無いので、後回しにさせて下さい。

丁度メイルも着いたようですし」


「お嬢様、お待たせしました」


 メイルが魔導馬車をかっ飛ばして到着した。双子達が工房を助ける為に先行したので魔導馬車に乗ったメイル達が後から追い付いた形だ。


「レモネ、ソシラ、ギンナさん、疲れてるところ悪いんですが、魔導馬車に乗ってくれませんか。詳しい話は移動しながらしますので」


「スミナさん、何があったのか分かりませんが、私まで離れたら工房を守る人が居なくなるのでは?」


「それは大丈夫です。

グイブさん、本物の覇者の王冠を使えますよね?」


 スミナが名前を呼ぶと魔導馬車に乗っていたグイブが降りてくる。スミナの横まで来ると覇者の王冠を受け取った。


「早速試してみます」


「それはボクの王冠だ!!」


 カヌリが叫ぶが誰も相手にしなかった。グイブが覇者の王冠を身に着けると倒れていた兵士達が起き上がった。


「大丈夫です、使えます。

ただ、兵士達の疲労も激しいので交代で休ませます。

ここは僕に任せて下さい」


「ゴンボさん、緊急事態ですのでギンナさんをお借りします。

グイブさんは信頼出来るので工房の防衛は彼に任せて下さい。

あと、このカヌリという少女はしばらくドワーフの工房に軟禁しておいて下さい。魔導具の手錠はグイブさんが操作出来ますので」


「何かよく分からんが、救って貰ったのだからスミナの言う事を聞こう。

ワシらの事は気にせず行ってこい」


「ありがとうございます」


 双子とメイルはレモネとソシラとギンナを魔導馬車に乗せ、ドレニスも魔導馬車に格納する。グスタフが魔導馬車を持ち上げると、そのまま空中へと飛び上がった。


「飛んで行くんだ」


「最速で向かう必要がありますので」


 驚くレモネにスミナは答える。


「それでどこに向かうのですか?」


「ヤマトのデマジ砦です。

順を追って説明しますね」


 スミナは自分達がなぜドワーフの工房の救助に間に合ったのかという今までの説明と、今後の事について話始めた。

 スミナは最初にレモネ達と別れた後、王国に戻ってソルデューヌの奇襲を受けた事を話す。その際、ソルデューヌは倒せたが、王国の金騎士団が壊滅し、兄であるライトも亡くなった事を冷静に話した。王都に戻り魔導遺跡や王都が襲撃された詳細を知り、その後双子達は兄の葬儀の為に帰郷したと説明する。

 そんな双子達とは別にアスイとミアンが獣人の解放の為に魔導結界を超えた事をスミナは後で知ったという。葬儀が終わり、故郷に近い魔導遺跡に双子達は移動した。そこでグイブと連絡が付き、王国側の説明を聞いたのだ。王都に近い魔導遺跡を特殊技能官であるナナルとグイブ達のおかげで取り戻し、修復された事が分かった。双子達は一旦王都に近い魔導遺跡に転移し、そこで遺跡の状況を確認したと説明する。

 そんな時、魔導結界外の魔導遺跡と連絡が付き、エレミがアスイ達と行動して獣人を解放して回っていた話を聞いた。獣人の解放は順調であると同時に、魔族連合の極秘情報をアスイ達は手に入れたそうだ。その内容は後が無くなったレオラがドワーフの工房とヤマトのデマジ砦を完全破壊する為に動き出したという。アスイ達は獣道でデマジ砦へ向かうので双子達がドワーフの工房に向かい、救助が間に合ったのだと説明した。


「レオラがドワーフの工房に留まらなかったのはデマジ砦に向かったからだと分かります。

アスイさんが居るので心配無いかもしれませんが、それでも追い詰められたレオラは危険な気がしています。なのでわたし達は急いでデマジ砦に向かっているんです」


「それも誘い出す為の罠だったりしないかな?」


「ディスジェネラルがほぼ壊滅した状態ではその心配は無いとわたしは思います。ドワーフの工房が襲われたとしてもグイブさんが何とかしてくれるでしょう」


 レモネにスミナが答える。アリナはまだそこまでグイブを評価していない。だが、本物の覇者の王冠を触ったスミナが言う事なので本当なのだろう。


「グスタフが凄い勢いで飛んでますが、エネルギーは大丈夫なんでしょうか?」


「今は移動に全振りで使ってるので、次の戦闘では使えないです。

ただ、グスタフが必要な状況かは分かりませんし、いざとなれば緊急作動させる方法もあります」


 ギンナの疑問にスミナが回答する。アリナは詳しくは知らないが、スミナはグスタフについても完全に把握しているようだ。全員を救いたいというスミナの願いを知っているのでアリナはスミナの指示通り動いている。


「見えてきました、デマジ砦です」


 グスタフの中のエルから声が聞こえ、魔導馬車の窓から地上を見ると煙が出ているデマジ砦が見えた。修繕している途中なのにまた燃やされてしまったようだ。デマジ砦には王であるマサズとヤマトの軍勢の他にもハーフエルフで転生者の娘であるエリワと戦士のゴマルも残っている。レオラ達はそれを突破出来るだけの戦力を投入しているという事だ。


「エル、グスタフは待機状態にしてここに下ろして。

あとは魔導馬車で行こう」


「了解です、マスター」


 グスタフが着陸し、ゆっくりと魔導馬車を地上に下ろす。エルはその後グスタフから分離して魔導馬車に乗り込んだ。


「砦を囲んでいる敵はデビルなのですが、様子がおかしいです」


「おかしいって何?」


 エルの説明にアリナは確認する。


「正確な事は近くまで行かないと分かりませんが、動きが遅く通常のデビルより弱く感じました」


「弱いのに囲まれてるの?数が凄い多いとか?」


「いえ、数も100体ぐらいで今まで戦ったデビルと比べて特に多い訳でもありません」


 エルからの情報で更にアリナは混乱した。


「既に敵の本隊が砦に突入して外に居るのは予備の部隊の可能性もある。

ともかくここで想像しててもしょうがないし、現地に急ぎましょう」


 スミナの言う通りで、魔導馬車はメイルの運転で砦に向かって発車した。


「お姉ちゃん、分かったよ敵がやってる事が」


 アリナは砦に近付いた事で敵の危険の大きさが察知出来るようになり、何が起こっているかを理解した。


「強大な存在が3つあるのを感じるの。1つはレオラでもう1つは多分レオラの部下のシギとかいうヤツ。ただ、もう1つのヤツが問題で、その強さが今もどんどん大きくなってる。その代わりに周りのデビルが弱くなっていくのが分かる。

これは前に戦ったゾ王とかもそうだけど、周囲から力を吸収してるんだと思う。周りのデビルはエネルギー源みたいなものなんだよ」


「レオラ以上の強さなら砦がピンチになってるのも理解出来ます。

メイルとレモネとソシラとギンナさんは外のデビルの数をなるべく減らして。

私とアリナとエルは中のレオラ達を倒しに行く」


「「はい!!」」


 スミナが指示を出し、馬車の中で戦闘準備をする。敵がギリギリ見える位置で魔導馬車を止め、それぞれ戦闘を開始した。

 砦の外は大量のデビルに囲まれ、外で戦っている者はいなかった。恐らく一気に攻め込まれ、中で向かい討つ事になったのだろう。ギンナのドレニスを先頭にしたメイルとレモネとソシラの4人がデビル達と戦闘を開始する。力を分け与えて弱ったと思えるデビル達だが、それでも戦闘能力は十分にあり、数が数だけに油断が出来ない敵だ。それでもギンナが前面に立って押し寄せる敵を引き受け、メイルとレモネとソシラが効率よく1体ずつ相手をする事で有利に戦っていた。


 双子とエルはギンナ達も気になるが、そこは彼女らに任せ、上空から砦の外壁の中に入り込む。そこでは激しい戦闘が行われていた。

 砦の中にもデビル達がおり、外のデビルより精鋭揃いのようだった。デビル達は中の建物を破壊しようとしている。対するはヤマトのサムライ達とオンミョウ衆の召還した妖怪達で、そこにミアンとゴマルもオンミョウ衆を守る形で参加していた。


 問題はレオラとシギ、そして紫色の炎を纏った巨大なデビルだった。特に異形のドラゴンのような巨大なデビルが暴れ回っており、その対処を転生者であるアスイが行っていた。アスイは圧倒的な能力を持っているが、それでも1人で相手をしている為、苦戦しているように見えた。

 デビルの転生者レオラの相手はハーフエルフのエリワと獣人のグリゼヌとエレミが行っていた。グリゼヌが正面で戦い、エレミが攻撃を防ぎつつ援護し、更にエリワが遠距離から射撃で倒そうとしている。だが、レオラはまだ余裕がありそうでグリゼヌは既に怪我だらけになっていた。

 黒い騎士のようなデビルシギの相手はヤマトの王であるマサズとオニの力を持つキサハの2人がかりで戦っている。かなり強い筈のマサズだが、その刀をシギは受け切っているようだ。キサハの速度のある鎖鎌の攻撃もシギには当たらない。2対1でもシギの方が余裕があるように見えた。


 戦況を見て魔族連合はデマジ砦の勢力を倒す事に全力なのを感じた。アスイ達が援軍に駆け付けたからまだ耐えていたが、それでもかなり劣勢である。だからこそ間に合って本当に良かったとアリナはやる気が満ちていた。


「アスイさん、遅くなりました。わたし達も参戦します」


「スミナさんにアリナさん!!

助かるわ、丁度手が足りなかったの。私が戦っている巨大デビルはディスジェネラルのガズです。相手はこのまま私がやるのでスミナさん達は他の人の援護をお願い」


「分かりました。ガズは外のデビルの力を吸ってると思いますが、外ではギンナ達がデビルの数を減らしています。そうなれば弱体化する筈です」


 スミナはそれだけ言うとアスイとガズが戦ってる場所から離れる。アスイになら任せられると判断したのだろう。


「アリナ、わたし達はレオラの相手をしよう。エルは全体を見つつ中のデビルの排除を。あと、ある程度数が減らせたらグスタフで“あれ”をお願いね」


「分かった」

「了解しました」


 双子はエルを置いてレオラとグリゼヌが戦ってる場所へと移動する。


「あら、アナタ達も来たの。丁度いいわ、まとめて殺してあげる」


「レオラ、貴方の相手はわたし達です。

グリゼヌさんは一旦ミアンに回復して貰って、マサズさんの援護をお願いします。エリワさんとエレミは外でギンナさんが戦ってるのでその援護をお願い」


「助かった、すまんが後は頼んだ」

「アタイはそれでいいのね、了解」

「分かりました」


 双子と交替で3人はその場を離れていく。レオラはそれを邪魔したりはしなかった。


「なるほど、ドワーフの方を助けてからこっちに来たわけね。ホントアンタ達はアタシの邪魔ばかりする。

でもいいわ、今日こそ全てを終わらせるから」


「もう逃がさないよ」


 邪魔が入ったり逃げられたりして決着が付けられなかったが、今度こそアリナもトドメを刺すつもりだった。それが一度は手を組んだ自分の役目だと思っている。それに今は隣にスミナが居る。魔力も体力も万全な状態だ。負ける気がしない。アリナはくれないを抜き、スミナもレーヴァテインを構えた。


「ザンネンだけどアタシはアンタ達を殺す方法をずっと考えてたの。既に準備万端なのよ」


 レオラが何か魔導具を取り出し、天に掲げた。すると周囲の景色が歪む。


「何ここ?」


「別の空間に飛ばされたみたい。気を付けて」


「アタシ達3人だけ別の空間に移動したわ。アタシの持ってる魔導具を壊すか、一定時間経たないと戻れないわ。

これでもう誰にも邪魔はさせない」


 3人が移動したのは壁以外何も無い40メートル四方ぐらいの真っ白な部屋だった。


「逆に追い詰められたのはレオラじゃないの?」


「そんな事を言ってられるのは今のうちよ」


 レオラがごにょごにょと何かを唱えると床や壁、天井から大量の赤黒い触手が現れる。触手はそれなりに危険に感じ、確かに逃げ場の無い罠に嵌った事をアリナは理解した。それでもまだ恐怖を感じるほどでは無い。


(落ち着け、まだ何か隠してる筈)


 過去にレオラは双子に負けており、正攻法で戦う筈が無い。罠か特殊な武器を準備している筈だとアリナは身構えた。


「これがアナタ達を貫く槍よ」


 レオラが青く不気味な槍を取り出す。それによりレオラの危険が一気に増したのを感じる。


「お姉ちゃん、あの槍ヤバい」


「うん、わたしも感じてる。絶対に斬られないようにね」


 双子はそれぞれ別の能力で槍がとても危険な物だと感じていた。攻撃を受けない為にも一気に攻めるしかない。


「さあ、始めましょうか」


「言われなくても!!」


 紅を構えたアリナが先に飛び出した。魔導鎧を速度重視の形に魔力で変形させ、フェイントをかけてからとてつもない速さでレオラを斬り付けた。刀はレオラの背中を切り裂いた筈だったが、いつの間にか振り向いたレオラの槍がそれを防いでいる。だが、それでいいとアリナは内心思う。


「隙ありです!!」


 スミナが高速で飛んでいく魔導具のナイフを2本放ち、更にレーヴァテインで背を向けたレオラを突き刺そうとした。しかしナイフは地面の触手が傷付きながらも受け止め、レーヴァテインは少しの横への移動で回避されていた。まるで後ろも見えているようだ。

 アリナは迫りくる触手を足に付けた刃で切り裂きつつ、再びレオラに斬り付ける。それに合わせてスミナもレーヴァテインを振るった。前後に挟まられる形のレオラは槍を使って何とか攻撃を捌いた。触手は動きが読め、レオラも反撃する隙が無い。完全に双子が有利に思えた。


「ここからが本番よ」


 レオラは槍を大きく振って一旦双子と距離を離すと、再び何かの魔導具を取り出した。魔導具が発動するとレオラが分身する。更に分身は増え、3人になった。見た目は同じだが、元のレオラだけ青い槍を持ち、他の2人は赤い槍を持っている。


「アリナ、どれも実体があるから注意して」


「分かった」


 これがレオラが持っている能力の一つ、魔導具を暴走させて使う力なのだろう。いくら魔導具でも一気に2人も分身を作る事は出来ないだろうからだ。


「「行くわよ」」


 3人になったレオラはまずアリナに向かって攻撃して来る。まともに戦っては勝ち目は無い。アリナは特に危険な本体の青い槍に注意を払い、他2体の攻撃はかすっても気にしないようにした。こちらから攻撃する隙が無くなるが、アリナは1人では無い。


「そこ!!」


 スミナがアリナに集中している分身の1体を背後から斬りかかろうとする。しかし、別の分身がそれを槍で防いでいた。ただその行動は逆にアリナのチャンスになる。アリナは本体に向けて魔力の鎖を飛ばして動きを封じようとした。それを分身が防ぎ、本体はアリナに攻撃を仕掛ける。

 お互いに手数は増えたが、どちらも決定打に欠けていた。双子には長年築いたコンビネーションがあるが、レオラの分身による人数差はそれをカバーしている。それに加えて部屋の触手が邪魔をして本当に鬱陶しかった。


『お主は余計なことを考え過ぎじゃ』


 そんな時、持っている刀である紅の声が聞こえた。


『そんな事言っても考えなきゃ対応出来ないよ』


『何の為に双子の姉がおる。お主の弱点は姉が補ってくれよう』


 反射的に紅と脳内で会話する。確かにその通りかもしれないとアリナは思った。自分の強みは頭を使う事では無いのだと。


「お姉ちゃん」


「何?」


「フォローしてね」


「当たり前だよ」


 アリナはスミナと最低限のやり取りをする。そして頭を切り替えた。大したダメージを与えて来ない触手の事は気にしない。敵は3人いるが、その特定のどれかを判別しない。ただ、近くに居る敵の攻撃を避けて、斬る。シンプルに考える。


(斬る!!)


 アリナは最速で近くの敵に斬りかかった。攻撃を受けようとした槍ごと刀は叩き斬る。槍で減速した分、敵の傷が浅くなる。だが、そこで止めずに更に斬る。左右から攻撃が来るが気にしない。青い槍はスミナの剣で防がれ、もう一本突いて来た槍はスミナの蹴りで軌道がずれてアリナの肩を軽くかするだけで済んだ。その間にアリナは1体のレオラを頭から真っ二つに叩き斬っていた。するともう一体いた分身も同時に消滅する。


「やったね、アリナ」


「まだだよ、お姉ちゃん」


 アリナは集中して危険が拡大するレオラを睨んだ。レオラの全身から黒い煙が広がっていく。アリナはそれ自体に危険を感じる。


「お姉ちゃん、あの煙を吸うと多分ヤバい」


「任せて」


 スミナが何か魔導具をベルトから取り出し、それをレオラに向かって投げた。すると煙が魔導具へと吸収されていく。慌ててレオラがそれを破壊しようとするところをスミナが攻撃した。レオラの腕は斬られ、握っていた槍ごと地面へと落ちる。


「もう道具で小細工するのは終わりです。わたしは本気で貴方を倒します」


「うるさい、そのすかした態度がキライなんだ!!」


 レオラは斬られた腕をくっつけつつ、左手に球体の魔導具を取り出す。それは激しく跳ね回り、双子に向かって光線を放ってきた。しかしアリナが反応するより前にスミナが球体を捕まえ、その機能を完全に止める。


「お姉ちゃん、もう終わりにしよう」


 アリナもこれ以上時間をかけてもしょうがないと、レオラを斬り付けた。今度はレオラの左足が綺麗に斬り落とされる。そこへすかさずスミナも斬りかかり、レオラの胴体に穴を開けた。すると白い部屋だった空間が歪み、元の世界へと景色が戻る。スミナの攻撃で隠し持っていた魔導具が壊れたのだろう。


「2人とも戻って来れたのですね。こちらも終わります」


 アスイが双子を見つけて声をかけてくる。見ると周囲のデビルは殆ど倒され、巨大なガズもボロボロになっていた。シギの姿も見えない。


「何でよ、ガズもやっぱり役立たずじゃないの……」


 身体を再生しつつ周囲を確認したレオラが絶望的な声で言う。


「これで終わりです」


 アスイが巨大な光の球をガズの上に作り、ガズに落下させた。光の球はガズの身体を分解していき、全て消滅させていた。


「どうして、どうしてアタシの計画は上手く行かないのよ!!」


「レオラ、結局貴方も魔族連合、いやルブにいいように使われているだけだからです。

降参すれば命までは取りません。貴方も転生者ですからね。もう諦めなさい」


「転移は出来ませんよ。もう逃げるのも無理です」


 レオラはアスイとスミナに睨まれていた。アリナも周囲に新たに危険が現れないか注意しつつレオラがどうするかを見つめる。流石にここまでやって更なる切り札は無いだろうとアリナは思っていた。


「!?スミナ、アンタ何をしたの?」


「気付きましたか。自害して能力で逃げようとしても無駄です。貴方の予備の身体はエルがグスタフで探し出し、既に対処してあります」


 スミナは相手がレオラだと分かっていたのでエルに予め予備の身体を処分する事を命じていたのだ。前回逃げられた事への対策は万全だった。例え今から敵の増援が来てもアスイや他の仲間がいる状況で助け出すのは難しいだろう。いくらレオラでも負けを認める筈だ。


「ダメよ……。

アタシはルブ様の為にここでアンタ達を殺さなきゃいけないの!!」


「レオラ、諦めなよ。もう勝ち目なんて無いんだから」


 アリナは最期の情けだと声をかける。


「勝ち目が無い?そんなわけ無いでしょ!!」


「アスイさん、お姉ちゃん止めて!!」


 アリナはレオラの槍から強大な危険を感じて動きながら叫ぶ。アスイもスミナもアリナよりも先にレオラの槍に手を伸ばそうとした。しかし、槍から黒い闇が溢れ、アスイもスミナも防御を余儀なくされる。そして槍はレオラの胸に深々と刺さった。レオラの青い血が吹き出し、身体がぐったりとして倒れる。


「レオラ!?」


 アリナは動かなくなったレオラが死んだかと思い声をかける。しかし危険は収まらず、更に増大していく。そして突然レオラの身体が宙に飛び出し、その目が開かれた。


「これでアタシの意識は無くなる。魔槍まそうブラウデはアタシの力を増幅する代わり、全てを破壊する破壊神へと変貌させる。

じゃあ、あの世で再会しましょうね」


 レオラはそう言った後、“ウォオオオオオオ”という別人の雄叫びを上げた。それと同時に槍とレオラの身体は完全に一体化し、角が伸び、目は赤く光って意思を感じさせなくなり、顔も美しかった女性から獣のように変わっていた。全身は青黒いうろこに覆われ、翼が巨大化し、関節には巨大なトゲが生える。両手両足の爪が伸び、鋭い刃と化した。そして全身からは青い炎が噴き出し、その熱さが離れていても感じられる。


「みんな、防御態勢を取って!!」


 アリナは今にも爆発しそうな危険をレオラから感じ叫ぶ。次の瞬間にはレオラから隕石のような青い炎の塊が周囲に落下し、振るわれた右手の爪から衝撃波が飛んで砦の外壁を破壊していた。ミアンのシールドとドレニスの盾、アスイが張った結界によって砦の建物への被害は何とか抑えられている。


「みんな出来るだけ自分の身を守って。

アスイさん、レオラの相手はわたし達がやります。アスイさんはみんなを守るのに集中して貰ってもいいですか?」


「出来るの?」


「はい」

「レオラはあたし達で何とかするから」


「分かったわ、任せたから」


 アスイは双子の顔を見て砦の建物の方へと移動する。他のみんなもなるべく固まって防御に徹してくれた。


「行くよ、アリナ」


「うん!!」


 双子は空で暴れる破壊神と化したレオラに向かって飛ぶ。分かっていたがもう意思の疎通は出来ず、レオラは近くに居るものを破壊するだけの化け物になっていた。しかしその威力は元のレオラの数倍にもなっている。もし魔槍を刺されたのが双子のどちらかだったらこの化け物になっていたのは自分達だったのかもしれない。

 近寄ってみて今のレオラのヤバさをアリナは実感する。炎や衝撃波の攻撃が全方向に飛んで来るのもそうだが、自ら燃えている青い炎が魔法や鎧の防御を貫通して肉体にダメージを与えて来るのだ。魔法で常時回復させているが、ゲームで毒の状態異常を喰らっているみたいだとアリナは感じる。それに加えて衝撃波の余波が魔力で作った魔導鎧の強化部分を徐々に破壊していき作り直す必要があった。時間がかかれば魔力が足りなくなるだろう。


(だったら)


 近寄らずに遠距離から攻撃すればと考え、魔力の刃や槍を飛ばしてみたが相手にダメージを与えられない。スミナは魔力で防御を強化出来るアリナよりも危険な状態でまともに近寄れなかった。アリナが試しに近接攻撃しようとしたが、爪での直接攻撃の範囲が広く絶望的だった。以前のアリナだったら神機しんき闇術鎧ダルアが無ければ倒せないと諦めていただろう。


(でもあたし達なら出来る気がする)


 アリナはギリギリで攻撃を避けながら気持ちを切り替える。こうなった以上はレオラを倒す以外の方法は無い。細かい作戦は姉に任せ、アリナはとにかく攻撃を当てる事だけに集中した。

 炎を避け、衝撃波を避け、近付くものを切り裂こうとする爪の攻撃に合わせてレオラの腕を刀で斬ろうとした。しかし“ガキーン”という金属音と共に刀がレオラの爪に弾かれる。腕を斬ろうとしたのに合わなかったのは速度が足りなかったのだ。

 一方のスミナはレオラがアリナに集中しているところを狙って背中の羽を伸ばした剣で斬り付けていた。しかし羽は簡単に切れてもすぐに再生してくっ付いてしまう。アリナは更に速度を上げて今度は腕を斬り付けた。だが全てを切り裂ける筈の紅でも鱗に傷を付けただけで止まってしまう。爪や鱗は固く、やわらかい部分は再生力が高い。攻略は困難に思えた。


(でもあたしの刀はただの刀じゃない。これで柔らかい部分を斬れれば……)


 アリナは諦めず一つの考えが浮かんだ。


「お姉ちゃん、悪いんだけど正面で敵の相手をしてくれる?」


「分かった」


 スミナは即答しアリナと交替してレオラの正面に移った。レオラの猛攻をスミナは運動神経と魔導具で何とか凌いでいる。ただ、あまり長時間はもたないだろう。


(あたしが決めないと)


 アリナは敵の攻撃を避けつつ、魔力の刃を飛ばして牽制してレオラの隙が大きくなるタイミングを見計らった。スミナのレーヴァテインがレオラの足に当たり、それに対してレオラが大きく右手を振り上げる。巨大化した右手によってアリナの姿はレオラに見えないようになっていた。


(今だ!!)


 レオラが手を振り下ろした瞬間、アリナは突進して紅をレオラの赤く光る右目に突き刺した。紅は眼孔を貫通し、頭の奥まで深く突き刺さった。即座に左手がアリナに迫り、急いで紅を抜いて回避する。紅に刺された部分は再生せず、レオラは“グアアアアアア!!”と獣の咆哮をした。

 傷付いた事により動きが激しくなったレオラだが、片目が破損した為か攻撃の精度は落ちていた。アリナは回避しつつスミナに話しかける。


「お姉ちゃん、紅なら鱗の無い部分を攻撃すれば傷が再生しなくなる」


「分かった、アリナはわたしが隙を作った箇所を攻撃して」


 アリナの話を理解したスミナは自分が先に立って攻撃を仕掛ける。スミナの攻撃は鱗や爪で防がれるが、その隙にアリナが関節や鱗の隙間などの斬れる部分を攻撃していく。相変わらず近寄る事での継続ダメージはあるものの、見事なコンビネーションで暴れるレオラを2人は圧倒していった。

 レオラは再生出来ない箇所が増えるにつれ、攻撃が弱まっていた。隙が増えれれば攻撃が更に通るようになり、レオラの全身は傷だらけになっていく。


(これじゃあ余りにも可哀想じゃない……)


 アリナは悲惨な姿になっていくレオラを哀れんだ。レオラの姿がダルアに身を任せた結果に取り込まれたもう1人の自分のように感じたからだ。自分達もダメージが蓄積していて早くトドメを刺すべきなのにアリナは攻撃の手を止めてしまう。


「お姉ちゃん、本当に倒すしかないのかな。レオラだってこんな姿で死にたくない筈だよ……」


「上手く行くか分からないけど、一つだけ方法はある。でも、失敗したらわたし達が死ぬと思う」


「どんな方法?教えて!!」


 アリナは藁にも縋る思いでスミナに聞く。


「アリナは以前、闇術書ダルブを読んで呪闇術カダルを少し学んだでしょ。その中に相手を呪う方法と、呪いを解く方法が少し載ってた筈。

アリナが魔槍ブラウデの呪いを少しの間でも解いてくれればわたしが槍を操って引き抜く事が出来るかもしれない。でもその為には2人ともレオラに近寄らないといけない。そしてもし解呪出来なければ作戦は失敗する。アリナ出来るの?」


「あたしは……」


 アリナはカダルは確かに覚えたがダームを作る以外殆ど実践した事が無かった。しかもカダルが使えたのはダルアを身に着けていた事が大きく、今は使おうとすると吐き気を覚える。例え解呪の呪法だとしても使う事自体を身体が拒絶しているのが分かる。


(それでも!!)


「やるよ。失敗したらゴメンね、お姉ちゃん」


「アリナなら出来るよ。やろう!!」


 スミナが早速敵の気を逸らす為の魔導具を起動し、周囲に空中で簡単な動きをする人型のダミーが放出された。傷だらけで片目だけのレオラはそれを敵と認識して攻撃しようとそちらに集中する。


「今だよ!!」


「うん!!」


 アリナが飛んで来る敵の攻撃を正面から受けつつレオラの胸と融合して少しだけ突き出ている槍の部分に触れた。


(呪いよ解けて!!)


 アリナは全力で解呪のカダルを実行する。身体が拒絶して張り裂けそうだが、それでもアリナはレオラを助けたかった。するとレオラの動きが止まり、変身が解けていく。


「あとは任せて!!」


 スミナがアリナの横に並び、2人で槍を引き抜いた。槍は激しく光り、アリナは吹き飛ばされる。


「お前のあるじになんてならないわ。消えなさい!!」


 スミナは宙に浮かぶ槍をレーヴァテインで消滅させていた。アリナは傷だらけで落下するレオラを見つけ、空中で受け止め、抱き抱えたまま地上へと着地する。


「終わったのね。流石だわ、2人とも」


「まだ終わって無いです。レオラはまだ生きてるから」


 アリナは腕の中のレオラにまだ命がある事を確認して気を抜かずに様子を伺う。


「あれ?なんでアタシはまだ生きてるの?」


 レオラの残された左目が元の藍色に戻って開く。


「残念だけどあんたの完敗だよ、レオラ」


「そう、アタシはレオラ……この記憶は……。

そっか、アタシ忘れてたんだな、大事なことを……」


 レオラの口調はどこか穏やかだった。


「レオラさん洗脳が解けたようね」


「そうではないわよ。洗脳されていたワケじゃない。アンタ達と戦ったのは自分の意思よ。

でも、昔の、この時代に目覚める前の記憶は封印されていたわ。

アタシはデビルを滅びから救う為に世界と戦ったのよ。アタシはデビルを救ったの。

それなのにアイツらはアタシを封印して……。

ぐっ……ザンネンだけど時間切れ。アタシの心臓は再生しないから。

最期に2人と戦えて良かったわ……」


 レオラの命が急速に失われていくことをアリナは感じる。


「ミアン、何とか出来ないの?」


「無理です。彼女は魔槍に命を捧げた状態です。

それに敵である彼女を生かす意味はあるのですか?」


 ミアンの言う事はもっともだった。それでもアリナは救ってやりたいと思ってしまう。


「アリナ、救う方法はまだあるの。言うと反対されると思ったから言わなかったけど。

エル、持ってきて」


「それは……」


 レオラが何かを感じて反応する。近くまで来ていたグスタフからエルが分離し、エルの腕には小さな子供がクリスタルに包まれていた。


「これはレオラがあらかじめ作っていた身体の複製体です。このクリスタルを解けば貴方は魂を移して再生する事が出来る筈。アリナ、本当に復活させていいの?」


「うん、お願い」


「そんな、どうしてアタシにそこまで……」


「殺すのは簡単だと思う。でもあたしはレオラに生きていて欲しい。敵としてじゃ無く、同じ転生者の味方として」


 周囲には反対されるだろう。今までレオラがやって来たことは限度を超えているから。それでも殺さずに罪を償う方法だってある筈だとアリナは思っていた。


「ありがとう。アタシ、死にたくない……」


「アスイさんもいいですね?」


「2人がそう決めたんでしょ、私は2人の気持ちを尊重するわ」


「エル、クリスタルを解除して」


「了解です、マスター」


 エルがクリスタルを解除した。エルの腕にはレオラに似たデビルの子供が抱かれている。レオラの命が今まさに消えそうなタイミングでエルの腕の中の身体に移ろうと二つの身体が光輝く。

 “ドンッ!!”と音が響いた時には既に二つの身体が消滅していた。アリナとエルの腕の中には何も残っていない。危険を察知する筈のアリナの祝福は全てが終わってから危険を捉えていた。レオラを消滅させたのは天からのいかづちだった。


「誰がやった?」


 アリナは怒り、天を睨む。空は陽が陰り、暗雲が広がっていく。天にはいつの間にか複数の人影が現れていた。

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