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反抗期の義妹は恋する乙女  作者: 夜恵
義妹完結編
30/37

30話 義妹の天敵

 翌朝。一睡もできなかった杏一はそろそろ日差しが鬱陶しいと思い、上体を起こして掛け時計を確認した。


 時刻は八時半。夏休み初日という事を考えると悪くないスタートだ。


 布団から出ようとすると隣でもぞもぞ動く気配を感じる。


(やっぱり柊と寝たんだよな……)


 夢だったのではと思うが一睡もしていないため現実だ。今でもはっきり唇の感触を思い出せるし頬を引っ張ると痛いため、夢の中という可能性も無い。


(キス、しちゃったのか……)


 その場の雰囲気でしてしまった。

 柊の方からも近づけてきたし嫌がられてはいない。


 だが問題はあるだろう。


 おやすみのチューをするにしてもせめてほっぺのはずだ。マウストゥーマウスで濃厚接触をするのは一段ぐらい階段を上ってしまった気がする。


(いや、むしろキスで済んでよかったな)


 抱きしめてキスもしたが一線は越えなかった。だからまだ兄妹でいられる……はずだ。今はポジティブに考えればいい。


 自分を納得させてベッドを降りようとすると、


「んぅ。おにぃちゃん……ほはよ」


 ちょうど柊の上を通過するタイミングで目が合った。押し倒しているように見えなくもないため誤解される前にすぐ離れて地に足をつける。


「おはよ、柊。よく眠れたか?」

「うん。おにぃちゃんが一緒にいてくれたから」


 きっと嘘だろう。よく見ると目が若干充血しているし、寝癖一つないサラサラヘアーが保たれている。柊も同じように興奮して眠れなかったのかもしれない。


「そりゃよかった。俺もぐっすりだ」


 同じく息をするように嘘を吐く。

 柊が可愛すぎて眠気だけは吹き飛んだ。


「ご飯作ってくるから着替えてきな」

「うんわかった! 今日もおにぃちゃん大好き!」

「ありがと。柊も可愛いよ」

「えへへ」


 褒めてあげるとくすぐったそうに頬を赤らめる。いつも以上にいつも通りな柊を見て、杏一は思わず頭を撫でた。猫みたいにごろごろ言ってくれるから、つい頬っぺをもちもち触ってしまう。


「んぅ……やめてよぉ」

「わり、お餅みたいでお腹空いてくるな」

「もお。私は、食べ物じゃないんだよ?」


 柊もそう言ってつねってきた。

 お互いに引っ張り合って完全に辞め時を見失っていると、ぐーと柊がお腹で喋った。


「ふふ、そろそろ作ってくるな」

「わ、私じゃないもん!」


 恥ずかしがって自分の部屋に戻ってしまう。

 昨夜の件には触れてこないため、杏一も兄妹であると認識したまま過ごすことにした。





「やっぱりおにぃちゃんの料理は美味しいね」

「具材乗っけて焼いただけだけどな」


 二人そろっての朝食。杏一の正面に柊が座るのも習慣だ。思えば杏一の顔を見ながらご飯を食べるのが好きなのかもしれない。今もニコニコとご満悦だ。


 メニューはトーストにリンゴとハムを乗せて蜂蜜をかけただけのもの。杏一としては手を抜いているつもりで週に四回ぐらい作っているが、柊は飽きずにうまうまと食べてくれるためウィンウィンだ。


 今も小さな口でもぐもぐ頬張っている。


 夏という事もあって家の中では胸元と腕がシースルーのシャツを着ているが、目を奪われるのは唇だ。机の下では生足をばたばたさせているが気にも止まらない。


 ぱくぱく。ぱくり。もぐもぐ。ごっくん。


 口に運んで、齧って、咀嚼して、呑み込む。

 その一連の動作に釘付けになった。


「んぅ~。おにぃちゃん見過ぎだよ。恥ずかしぃ」

「ごめ、キモいよな」

「ううん、かっこいいよ」


 なんだか慣れない。杏一は柊にキモいとかうざいとか言われないと逆に違和感を持つようになってしまった。そちらの扉を開きかけたのかもしれない。


「あ、また金魚みたいな顔してる。変なおにぃちゃん」


 柊はきょとんと首を傾げると「ごちそうさまでした」と手を合わせてお皿を流しに運んだ。


 杏一も一呼吸おいて食べ終えると席を立つ。

 戻ってくる柊とすれ違う瞬間、


「あっ──」


 柊が短い悲鳴を上げた。何もないところで自分の足に躓いてしまったのだ。

 杏一は机の上に皿を置いたままだったからすかさず受け止める。


「気をつけて」

「えへへ、ありがと」


 腕の中で柊が破顔する。

 杏一は抱きしめたまま離すことが出来なかった。


 近い。柊の顔がすぐそこにある。


「……おにぃ、ちゃん」


 恍惚とした目で見上げてくる柊がゆっくり近づいてくる。背伸びして、鳥の赤ちゃんみたいに唇をほんの少し突き出した。


 杏一も数分先の未来なんて考えるのはやめて、目先の欲に食らいついた。腰に添えていた手で顎をくいっと持ち上げる。


 夜の続きをするように、

 5センチ──3センチ──1センチ──



 ピンポーン。



 あと数ミリのところでインターホンが鳴った。

 その音で正気に戻った杏一は自分がしようとしていたことの重大さに気づく。


(やっべ! バカか俺は! 何やってんだよ!)


 脳内で天使と悪魔が囁く。天使が柊ちゃんは妹だよと諭し、悪魔はさっさとキスしろやと煽ってくるのだ。


 どちらの意見も尊重したいが、杏一は結局柊を離してあげることにした。


 思えば一線を越えていないとはいえ限りなくグレーである。抱き合って大好きと囁き合って、キスまでした。それはもはや肉体関係を持っていると言えなくもないのではないだろうか。


(気をつけよ。マジで)


 このままではどこまで行ってしまうか分からない。

 杏一は頭ポンポンもぎゅーもちゅーも、しばらく封印することにした。


「誰かな? こんな朝早くに」


 柊はもう切り替えたのか何とも思っていないのか、既に素面に戻っている。

 時刻は九時半。早いと言えば早いし遅いと言えば遅い時間だ。


「いたずらか? 俺が出てくる」


 インターホンのカメラには誰も映っていなかった。柊がお化けかもと震えているため大丈夫だよと言って安心させてから解錠する。


 ドアノブに手をかけると勝手にドアが開いた。


「にぃにぃ~~~~~!」


 不法侵入してきたのは小さな小さな女の子。

 栞よりも背の低いその子は日除けの麦わら帽子を被り、花のアップリケが付いたポシェットを虫カゴみたいに斜め掛けしていた。


「にぃにぃすき。あいたかった」

「おっと、(なぎさ)か。一人で来たの?」

「うん。ガタンゴトン乗って渚だけで来たよ」

「偉いな。じいちゃんたちは知ってるよな?」


 渚は父の弟の娘で、杏一の従妹に当たる。まだ小学六年生なのにしっかりした子だ。


 小学校も夏休みだから内緒で遊びに来てくれたのだろう。杏一は足にしがみついてくる渚を持ち上げて抱っこしてあげる。


「ちゃんと行ってきますしたよ。にぃにぃたちが同棲してるから遊びに行って来いって」

「ど、同棲とは違うぞ? 誰に聞いたんだ?」

「渚がそう思ったんだけど……違うの?」

「違う。そんな言葉どこで覚えてきたんだ」


 最近の小学生は進んでると思った。


「まあいいや。とりあえず上がろう」

「おじゃまします」


 下ろしてあげると靴を揃えて脱いで挨拶もした。帽子を取るとぴょこんとアンテナみたいなちょんまげが立ち上がる。柊にも今度やってあげようと思っていたら、


「渚ちゃん、いらっしゃい」

「ふんっ。ねぇねぇとは話したくない」


 微笑む柊に、渚はぷいっと顔を背けてしまう。

 そして杏一の足にしがみついた。


「にぃにぃは渚のだもん。渚はにぃにぃと結婚するからねぇねぇはバイバイ」


「けっ!? な、何言ってるの渚ちゃん。おにぃちゃんと渚ちゃんは従妹だよ?」


「結婚できるもん。ねぇねぇはおバカさんだね」


「バッ!? な、なら私だって……。ごほんっ、お姉ちゃんとも仲良くしよ?」


「ふんっ」


 渚は柊に対抗心を持っている。昔は玩具の取り合いみたいに二人に引っ張られていた杏一だったが、柊が反抗期を迎えたことで冷戦状態となっていた。


 今は柊の反抗期が終わっているためどうなるかと思ったが、柊は大人の対応を取っている。


「渚。柊とも仲良くしてあげて」


 柊と渚に血縁は無いが従妹だ。

 兄として二人の間を持つべきだろう。


「……わかった。仕方ないからねぇねぇも家にいさせてあげる」

「ここ私の家なんだけど!? なんでそんな反抗するのぉー」

「柊も最近までこんな感じだったぞ?」

「え……おにぃちゃんはそっちの味方なの?」

「ふふ、渚の勝ち。ねぇねぇ負け」


 渚がしししと笑って杏一の腰に抱き着く。

 その様子を見て柊は風船みたいな顔をした。


「にぃにぃ遊ぼ」

「遊ぶか。何する?」


 えーっとね、と楽しそうな渚を連れて部屋に入る。

 遅れて柊がついてくるがボソッと、



「おにぃちゃんのバカ」



 いじける声が聞こえた。


 本当は慰めてあげたいが今は顔を見るのも恥ずかしいため構ってあげられない。二人だと気まずいから渚が遊びに来てくれて良かったと杏一は思った。

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