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4 再びの逃避行

 先ほどまで、蒼い空に尖塔が光っていた。いつもなら平和を約束するシンボルに、迫る黄土の影。再び雷鳴が空いっぱいに、そしてユウトの頭上に急激に立ちこめる積乱雲。


 この日、ユウトは退院したばかりのチエを支えながら、初秋の大学キャンパスに戻って来たばかりだった。

「台風の影響なのか・・・・。いや、これは台風に隠れて迫る黄土の影。これは巴波川流域の部落の時と同じ結界…」

 ユウトが上を見上げた時、ふいにユウトたちと外界のリディータたちとの通信が遮断された。同時にキャンパス内の建物が破壊され始めた。

「こいつらは、俺の黄土を認識している。つまり、チエさんを狙っている。チエさんを連れて逃げなければ…」

 急に強まる風。その風が舞い上げる小枝や落ち葉。それにまぎれるように、ユウトはチエを抱えながら走り出した。すぐ後ろで崩壊し続ける建物や道路、照明灯群、橋梁。二人はやっとのことでキャンパスを飛び出した。だが、まだ結界から外へ出ることができなかった。

 キャンパスの外の道路には、キャンパスの塀に激突した車たちが転がっている。チエはその車の姿を見て息をのんだ。服はあるが体がない。そういえば、逃げ出してくる間、キャンパスのいたるところに不自然に衣服が吹きとばされていた。まるで脱いだ服がそのまま風に飛ばされたように見えたのだが、あれは服の主たちが全て体を失った後の姿に違いなかった。大学は壊滅していた。


「俺たちは、周りを巻き添えにしてしまう」

 ユウトはそういうと、チエをゼッツーの後部座席に乗せ、キャンパスの外へと飛び出していった。

「俺たちならいざ知らず、無関係の人々をいきなり強制的に涅槃へと・・・・。このままではさらに周りを巻き込んでしまう。許せん」

 ユウトのつぶやきをあざ笑うかのように、声が響いた。明龍(ヴィジャナーガカンマン)と一体化した康煕老人、すなわち悪衆羅の声だった。

「チエとユウト。お前たちはよくもここまで俺たちを馬鹿にしたものだ。だが、チエは俺たちのものだ。ここまで俺たちは全てを一体化し、十分に準備してきたんだ。決して逃げられないぜ」

 ゼッツーはその声から逃れるために限界速度まで加速した。だが、どこへ行けば・・・・。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・


 リディータとミツルは、結界から飛び出したユウトにチエと二人だけで日本を飛び出すことを提案した。

「調布の廃空港にまで逃げられるか? そこに複座の飛行機械を準備した」

「飛行機械?。ジェット機なの? 俺は操縦できないよ」

「聖杯城から持ち込んだガルガリム球体ユニットだ。聖杯城に昔から伝えられていた古代機器だ。このまま国内で逃げられていても、日本にいるかぎりは何度も襲われるに違いない。そこから一気に聖杯城へ向かえ。」

 ゼッツーは新甲州街道を西へ。そして調布の廃空港へと達した。

「燃料は使わない。あんたが力の続く限り飛び続けられるはずだ。できるだけはやく逃げてくれ」

 荒れた廃滑走路。そこを無理やり飛び出したのは、転がる透明なボールの中に複座の席、そこから4つの光線砲塔が透明な球体の外に向けられている。滑走路から直接上昇して雲の上に出て南へ向かった時、ユウトとチエは追いかけて来るものの姿をはっきりと見た。


 黄土を舞い上げたような雲、いや巨大な煙が驚異的な速度で追ってくる。巨大な雲が、他からも舞い上がって追ってくる。いくつもいくつも。関東中の、日本中の、いやアムール川、上海・・・・東アジアの地上から一斉に上昇した黄土の巨大な雲の一団が、青い空一面に広がった。黄土の巨大雲一つ一つに乗っている。同じ姿、同じ人間の姿、同じ老人の姿。それは悪衆羅アスラの姿だった。

「俺は明龍(ヴィジャナーガカンマン)だったもの。叡智(ニヒルニャーナバーンク)とともに、一体化し、いまや新たな存在となったものだ。末法の世の今、チエを頂こう」

 数百体もの黄土の衣姿の悪衆羅アスラが、全てユウトとチエの乗るガルガリム球体ユニットめがけて殺到する。一度、二度、三度、上に下に、右に左に、黄土の影をかいくぐるようにして逃れていく。だが、追いつかれることは時間の問題だった。


「囲まれた!」

「私を捨てて、逃げて・・・・」

 ユウトはチエを見つめた。チエは秋物のワンピースの姿だったはずが、首筋から手首まで白く包まれ、白のドレスで着飾った姿に変わっていた。

「そのドレスは何だ?」

「え、いつのまに・・・・」

 二人は絶句した。そこへ周囲を囲んだ悪衆羅アスラの集団が口をそろえて声を出した。

「チエは、汚れたものゆえ、ここで力づくで涅槃へと導き、清める」

「力づくだと…。自由を奪っておいて、それが救いだというのか」

「また問答を繰り返すのか。力づくの前に、自由など不要だ。無駄なことを」

「いくらでも言ってやる。チエさんが穢れているとは言わせない。チエさんはすでに許されている。たとえけがれていても、許された存在。さすればすでに清められた存在だ。なぜなら、天がチエさんを選び、愛しているからだ。深く許されるがゆえに、チエさんは天を愛し、決してお前たちを受け入れないということが分からないのか。天が愛するがゆえに自由が与えられているのだ。その自由を奪うだと? 天が与えてくださったものをお前たちが奪うのか。それこそ天に逆らうもの、下がれサタン」

「無駄だ、無駄だ。お前こそ、ここで滅べ」

 

 ガルガリム球体ユニットは自動操縦にされたまま、飛び続けている。ユウトは風防ガラスを開けて四翼を広げた。その次の瞬間、ユニットは一瞬にして黄土の巨雲を突き放した。


「翼で一刺しするには、彼らは分散過ぎている」

 ユウトはそう考えると、逃げ方を変更した。空中や眼下に何者もの影のないインド洋へ向けてまっすぐに、まっしぐらに。必然的に黄土の煙が集合し、背丈上空十万メートルまでの姿にまとまりあがった。その時、ユウトは外へ飛び出し、翼をするどい形へと変形させ・・・・。両足の一刺しの一撃がその巨雲を一瞬にして散り散りに引き裂いた。

 だが、しばらくたつと、黄土の巨雲は再びまとまりつつ速度を増し、ユニットの上空をすべて埋め尽くす。ユニットは今にも地上へと押し下げられようとしていた。ユウトは急ぎ操縦席へと戻つた。

「あれが東アフリカだ。聖杯城はもうすぐだ」

 確かに、前方の蒼い大気の向こうに、アフリカ大陸が見えてきていた。 


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