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3 見舞いに来た修道僧ミツル

 チエの症状は重かった。いつまでも目覚めぬチエの枕元で、その時ユウトはただ祈ることしか知らなかった。

「天よ、愚かで無力な俺の祈りを聞きたまえ。四翼の騎士となった今も、チエさんを、目の前のわが魂の相手を、最愛の相手を守り切れていない。俺自身を使い切ったとしても天から与えられた使命を全うできていない。それは、俺が不完全なものであるが故。ああ、どうか、俺の不完全さを補いたまえ、俺自身を完全なものにさせたまえ。どうか、俺自身が命を失ったとしても守り切れないことを補いたまえ、天の選びに応じた守りを得させたまえ」

 チエは眠ったまま何日も答えない。それでもユウトはこの祈りをチエの枕元で繰り返した。

 いや、チエはユウトの祈りの言葉も、ユウトの思念さえも把握していた。ただ、その心の動きが顔や体の表面と切り離されていたため、眠っているようにしか見えなかった。

「先輩にこんな思いをさせていたなんて…」

 罪の意識さえも持ったチエではあったが、チエはユウトの言葉と思念とを見続けるしかなかった・・・。動けなかったから。


 ユウトの祈りと思念は強くなる一方だった。ある時から、祈りの内容がさらに付け加わった。

「天よ、かわいそうなチエさんを救えないのでしたら、せめてチエさんの身代わりになりたい。そして、願わくば、チエさんに尽くしたい、チエさんに役に立ちたい チエさんに仕えたい チエさんのものになりたい、チエさんにすべてを捧げたい」

 この祈りはチエを赤面させた。ユウトはそれに気づかずにその祈りを毎日繰り返した。


 ユウトはそれでもまだ自分のやっていることに不満があった。

「俺は全然役に立っていない。もっと、チエさんの役に立たねばならない。今も何かをしてあげなければ・・・・」

 こうなるともうユウトの思いはまるで強迫観念のように強まる一方だった。チエも自らへの思いがこれほどであると知って、心の中で赤面した。

「おお、そうだ、俺の大切な相手…。それならば、清潔にしてやらねば…、どうすればいい? おお そうだ、タオルでぬぐってやらねば」

 チエは思わず心に呟いた。

「え、まって!」

 チエの声にならない悲鳴にもかかわらず、強迫観念にとらわれたユウトは気づかない。いや、ユウトは そんなつぶやきに気づくはずもなかった。

「え、やめて! ストップ!」

 ユウトは看護師のやり方を見よう見まねで要領よく・・・・短時間で終わった。

「全部見られた・・・・。もう、これでおしまいにしてほしい」

 しかし、次の日もユウトはチエの清拭を繰り返した。ところが、ユウトの献身はそれにとどまらなかった。

「そうだ、チエさんは風呂好きだった。風呂に入れてやれば、気持ちよくて目覚めるかもしれない」

 それこそやめてほしかった。

「全部見られた・・・・もう先輩へお嫁にいけない……」

 ようやくチエの目が開いた。ユウトはようやくチエの目覚めを勝ち取った・・・・はずだった。


 チエが目を開けた時、そこにユウトの顔があった。

「先輩・・・」

「チエさん」

 その途端、二人は互いに何をして何をされたかを思い出した。

「あの、私が眠っている間、いろいろとしていただいたみたいで・・・・」

「え、なぜそれを?」

「私は眠っていても先輩の心の中をすべて把握できました。だから、私が眠っている間に何を祈り、何を考え、何をしてくれたかを…」

 チエはそう言いかけた途端、二人は、ユウトがチエにどんな世話をしたかを認識した。

「あ、それは、必要だと思ったからで…。まさか、俺がやったこと全てわかっていたのか・・・・」

「全部見てしまいました。全部見られていたことを・・・。もう、私、お嫁にいけない…」

 チエはそういうと黙ってしまった。ユウトはそれを聞き一言いうと、ひどく赤面した。

「す、すまない…」

 互いに誓い合ったはずの二人なのだが、ユウトとチエはそれ以来伏し目がちな態度になってしまった。特にユウトはチエを真っ直ぐに見ることができなくなった。


 チエが目覚めたという一報は、聖杯城で修業を始めたミツルにも、またミツルに付き添っていたリディータにも届いた。リディータとミツルはその日の午後に、チエの病室を訪ねていた。

「元気そうね。あれ、今日もユウトが付き添っているの?」

「うん」

 二人は言葉が少なかった。

「どうしたの、二人とも…。まあ、互いに何を感じているかがわかるから、黙っているのかな・・・」

 ミツルの誘い水にもかかわらず、ユウトもチエも言葉少なだった。

「どうしたの、二人とも…。チエさん、ユウトは毎日祈りを欠かさずに、しかもチエさんの身の回りのことを一生懸命世話していたと聞いていたよ。それなのに・・」

「わかっています。先輩が私のために祈っていたことも、それから私の身の回りの世話も…」

 チエが言いよどんだ言葉から、リディータはようやく察しがついたのだが。

「あんたたち、今頃そんなことでどうするのよ。ちょっと前まで情熱的に互いを求めてキスもしていたはずなのに・・。そういえば、最近は愛情表現をしているのかしら…」

 リディータの言葉に二人は余計に顔を伏せてしまった。

「まさか、今頃になって恥ずかしくなったの? キスは?」

 黙り込む二人の態度がすべてを語っていた。

「あのねえ、大学入学と同時に何のために『二人の式』を行ったのよ? あれは婚約式なのよ!」

 ミツルもあきれたように二人を見つめた。

「互いに心の内が分かるから、余計に恥ずかしいのかね・・・」


・・・・・・・・・・


 チエは、夏の田園の部落で突然襲われたときのことを思い出しながら、語った。

「あれは、直接に私の心に侵入してきたのよ。彼らの一人は康煕老人の姿、つまり明龍(ヴィジャナーガカンマン)だった。でもその同一の個体に叡智(ニヒルニャーナバーンク)、アサトさんの気配も感じられたの。そして、その個体が数十体も同時に押し寄せてきた感じだったわ。」

 ミツルがそれを聞きながら頷いて答えた。

「彼らの下で修業したことを基に考えるなら・・・・。明龍(ヴィジャナーガカンマン)叡智(ニヒルニャーナバーンク)がチエさんや黒木先輩への怒りのあまり、自らの正しさを見失ってしまった、ということかな。明龍(ヴィジャナーガカンマン)叡智(ニヒルニャーナバーンク)とが互いに互いをを吸収した…食い合ってしまった?・・うまく表現できないけど、明龍(ヴィジャナーガカンマン)たちが今までの眷属や別の位格さえも食べ尽くしてまとまり、そこから新たな霊体を生み出したんだと思う。つまり悪衆羅(アシュラ)とよばれるものだ」

悪衆羅(アシュラ)?」

「そう、彼らはその存在形態に移行したんだ。つまり、この時空を末法の世に至らしめるんだけど、許しを忘れ、人間に与えられた自由を一切一顧だにせず、すべての人間たちを怒りのままに強いて十万億土の果ての涅槃に連れ込もうと、恐怖の塊となったというところだね」

「なぜそんな移行をしたんだろう」

「狂気というべきかな。怒りのあまり、考慮を失い、すべての人間たちの心に恐怖を植え付けてでも絶望とともに諦めさせ、涅槃へと連れ込むためだ。そのための恐怖の姿を取ったのだといってもいい」

「でもなぜ、チエさんを襲うのだろうか」

「それは、チエさんを捕らえれば末法が本格的に始めることができるからだろうね。でも、いまとなっては黒木先輩が常時傍らにいる。だから、このままでは勝てないだろうね。そうすると、彼らはさらに「『悪衆羅(アシュラ)のスンバとニスンバ』に分裂し、さらには許しを忘れた『羅刹邪ラシャサ)』となっていくと思うよ」

 ユウトはそれを聞きながら、意を決したように言った。

「それならば、彼らと俺とは戦いを避けられない。いいさ、守り切る。この命に代えて…」

 その言葉を聞いたリディータは、ユウトとチエを見つめながら、静かに警告した。

「ユウト、貴方は六翼の騎士になるつもりなの? つまり、六翼の天使よ。ほとんどの記憶も感情を失っていく…。残るのは最後に念じた思いのみ。その思いだけで動くことになる。まるで三歳児程度の飼い犬とか、自動機械のようにね・・・・」

 彼女の語ったユウトの将来は、ユウトの経験する苦難と栄光の始まりであり、チエを通じてユウトが天の栄光を示し続けるみちだった。

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