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2 新たな謎の敵

 ふいにとどろく雷鳴ののち、静寂に閉ざされた農村があった。関東平野の中央、東京からも遠くなく、高速道路や新幹線の喧騒に貫かれているはずのその郊外の町の一角、思川の西に広がった夏の田園が、不意に外界と断絶し閉ざされた。

 

 ユウトは何か良からぬことを予想していた。エチオピアから成田空港に戻ったユウトたちは、真っ直ぐにゼッツーを飛ばしてきた。そして、近づけば近づくほど強くなる気配。ユウトは確信した。

「巨大な積乱雲、これは渦動結界の影響だ。このあたりをすっぽりと包んで渦動結界が形成されている」

 ユウトはそう言いつつ後部座席のチエに空へと注意を促した。一瞬、激しい雷鳴があったと思った瞬間、ゼッツーは雷鳴はおろか、全ての音が消え去った空間に飛び込んでいた。


 結界の中心は、巴波川沿いの部落。部落の中心にある広場にユニットを止めると、リディータも彼女の単車からおりてきた。

 広場から巴波川の堤防を見上げると、そこにふるい石橋があった。三人はそこを渡り、動きのない部落を調べ始めた。巴波川両岸の部落…道路にも家の中にも動く人の気配はなく、全てが静寂に包まれている。いや、さきほどまで動きはあったのだが・・・・。ユウトばかりではほかの二人も、家々のすべてを訪ねていく。全てが無人となっていることは、異常だった。

「霊はおろか、全ての気配、実体までが奪われている。」

 結界の隅、部落の端の名主の家に人影が残っていた。何かに取り付かれたように集めたフィギュアとそのプリント物。ゲームに活用したと思われるサーバー機十数台、HDDと配線、その熱を放出するためのファンとサーキュレーターが、まだ動いている。その隙間にもキーボードやマウス。その部屋の机の下に彼はいた。若いただ一つの躯。苦しみに歪んだ表情、そして諦めに弛緩しつつある無気力の表情へと変わる瞬間をとどめた悲しい存在。それをわざわざ知らしめるように、その若者は疲れ切ったように部屋の隅に無言のまま動かなくなっていた。

「この若者は欲のままに生き、強制的に涅槃へと連れ込まれていったに違いない。以前にもいた力づくの涅槃…末法を来たらせようとするこの所業。しかも、以前とは比較にならぬほど大規模で強大なものに…いったいどうやって…」


 チエの顔が突然凍り付いた。かつて感じたこの気配は、衆羅に似た気配、いや不空羅、虚空羅の気配をより邪悪な気配。それが今までになく濃い汚物のような沈殿物として、チエを襲った。チエは顔をゆがめたものの、声を発することさえできなかった。だが今ユウトは、チエの守護を誓った四翼の騎士でありチエの心に敏感だった。

「チエさん、どうした…。これは、恐怖を与えんとする呪い。これはまたしても明龍(ヴィジャナーガカンマン)の眷属にチエの心を襲わせてしまった・・。チエさんが感じたのはこれか。だが…この強大さは・・・純化した極凶・・・・」

 チエの心の叫びを受け入れるため、ユウトはチエの傍らに立った。チエに流れ込む思念をつかみ取り、出所を探る。

「そこだ」

 ユウトは叫ぶと同時にチエの心を包み込み、思念の流れをわしづかみにしながら結界の太極を捕捉した。チエは恐怖に押しつぶされそうになりながら、同時にユウトから流れ来る慈愛の大波に震え、気を失った。ユウトは四翼を広げたまま太極に両足を突き刺した。

 結界は、関東全体へ広がろうとしていた。それは平野部一帯のすべての人間を恐怖に落とし込み、諦めたままに死に至らしめようとしたものだった。すんでのところで結界は崩壊した。

「そこにいるのは誰だ」

 中心と思しき廃寺には、先ほどまで何者かがいた気配が残っていた。

「そうか、俺は動揺しているチエさんを経由して、あいつらの場所までわかるようになったんだ。あいつら……康煕、いや康煕だったものの残滓。ほとんどは衆羅のような、不空羅のような、いや、虚空羅のような気配・・・だが、このいびつな気配は何事か・・・」

 ユウトはそれを感じることができたが、しかし眷属の本体はどこにも残っていなかった。そこに残されたのは三人だけ。生気を抜けとられたように打ちひしがれたチエ、そしてチエの心の動揺と共鳴して動揺し続けるユウト、そして考え込んだリディータだった。


・・・・・・・・・・・・


 この部落を襲ったのは、確かに眷属だった。しかし、衆羅、不空羅、虚空羅という眷属どもの持つ軽い邪悪さではない。

「何人もの衆羅・不空羅・虚空羅たちが襲いきたのか。いや、彼らは滅びている。とすると新たな眷属か? 明龍(ヴィジャナーガカンマン)がどうにかして新たな眷属を設けた・・・・しかも、どうやって?  依り代の人間の体を複製できたのか…」

 その一人の動きをたどってみると、その残った一人分のオーラは明龍(ヴィジャナーガカンマン)のもの、そして依り代である康煕の一人分に相当した。だが、それは一人分ではなく多数が襲い来たに違いなかった。それも、皆同じ身長、同じ体重、同じオーラ、すなわち同じ体格の者たちが多数一度に襲い来たというべきものだった。

 数兆個の細胞、超複雑な情報体である人体を、一度に大量に複製する力は、相当の演算能力とエネルギーとを必要とする。明龍(ヴィジャナーガカンマン)が絡んでいるとしても、明龍(ヴィジャナーガカンマン)の一つの力で賄えるはずもなかった。そして、それほどの力を明龍(ヴィジャナーガカンマン)が有しているとなると、ユウトの力で倒すことはおろか、チエを守り切ることも難しく思われた。


 リディータが独り言のようにつぶやいた。

「衆羅でもなく不空羅や虚空羅でもない。すでに彼らは滅ぼし尽くされた。それを凌駕した集団・・・・」

 それを聞いたユウトは分析するように振り返った。

「明龍の眷属なのだろうが・・・・しかし、叡智(ニヒルニャーナバーンク)、アサトの気配も少しばかり感じられた・・・・」

「そうね」

「今は何もわからない。ただ耐えつづけるしかない。しかし、この命に代えても守る・・・。」

 ユウトはそういって自分に、そして気を失ってるチエに言い聞かせた。

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