幼馴染みは外れスキル『変態化』の使い手だけど、俺にとっては大当たりでした。
王都へと繋がる風光明媚な田舎村。ここは王都への侵略をいち早く察知し食い止めるためだけに作られた何とも悲しい歴史を持つ場所。
他国に襲われること多数。未知の生物が現れる事数多。その度に水際で食い止められてきたがこの村の被害は大きく、復興に時間が掛かりいつまでも村が栄えることは無かった。
王都は険しい山に囲まれた袋小路となっており、唯一真面に通れる整備された道が田舎村なのだ。故に王都へ赴く人間は必ず田舎村を通らなくてはいけない。
だからと言って田舎村が栄えることは無く、余所の人間が店を開こうとすれば税が重く、また直ぐさまに未知の生物に襲われて店を失ってしまうのだ。
かと言って、田舎村が途絶える訳でも無く、ギリギリの所で彼等は生活を続けることが出来ているのである。それはある血族の存在によるものであった―――
「ふぁぁ…………!!」
「こら、またアクビばっかりしてぇ!」
「だってこんなに天気が良いんだから眠くもなるよ。春眠暁を覚えずんば虎児を得ずだよ」
「まったく…………」
爽やかな風に煽られながらハンモックで惰眠を貪る青年と、せっせと洗濯物を干す乙女。二人は田舎村に生まれ、不平不満を漏らしつつも元気に暮らしていました。
「……すぐ隣が王都だってのに、なんでここは『田舎村』なんですかねぇ?」
「昔からそうなんだから仕方ないじゃない? それに王都から物が流れてくるんだから案外悪くは無いわよ。そのハンモックだって王都の品でしょ?」
「まぁね……」
「私は平穏に過ごせればそれだけで幸せよ?」
「……あれが平穏?」
青年が遠く村の入口を指差した先に一際巨大な山のような塊がズシンと地響きを放ちながら村へと躙り寄っていました。
「大変!! ゴーレムが来たわ!!」
「……だからこの村は嫌なんだよ」
「早くしないと田畑が荒らされちゃう!!」
「……今度こそ終わりだよ」
青年はくるっと乙女に背を向け、まるでふて寝するかのように眼を閉じた。
「何してるの!? 早くゴーレムを倒さないと……!!」
「俺が太刀打ち出来る相手じゃないよ。前回だってグリフォンにクソメタにされて結局王都の連弩隊が始末したんじゃないか」
「またそうやって逃げるの!? 貴方がやらないとこの村は終わるのよ!? 聖剣【フルンティング】を信じて戦ってよ!!」
「ペナペナした紙切れみたいなコレをかい?」
青年は腰の鞘から剣を引き抜いたが、それは剣と呼ぶには薄く、まるで絹のように柔らかく風で靡いてはそよそよと揺れるばかりでした。
「継承者のクセにしっかりしてよ!! 貴方のお兄さん達もお墓の中で泣いてるに違いないわ!!」
「むしろ優秀な弟達に継承権を回すのに死ねって思ってるんじゃない? ハハハ……」
「…………もういいわ!! アンタなんかさっさと死ねば良いのよ!!!!」
乙女は激怒し走り去ってしまいました。
「お、おい……何処へ行くんだ。まさかゴーレムと戦うなんて言わないよな!?」
「そのまさかよ!!」
乙女はそのままゴーレムの居る方角へと消えてしまい、青年はそのままハンモックに寝転がり続けましたが、直ぐに起き走り出しました。
「ちっ、祝福の儀すらしてないクセに生意気な…………」
青年が乙女の背中に追い着く時には、ゴーレムは村の中へと辿り着き家々を踏み潰して田畑を荒らし回っていました。
「クッ、思ってたより大きいな……!!」
青年は自身の数十倍大きな苔生したゴーレムの迫力に恐れをなしました。
「早くフルンティングを……!!」
乙女は村人を避難させながら青年を鼓舞します。
「…………」
青年は静かに眼を閉じ、グリップを汗ばんだ手で握り締めました。
「―――フルンティング!!」
青年は目を見開き、一気に引き抜きました…………が、それは絹のように柔らかい刃がペナペナと靡くだけでした。
「…………」
青年は剣を納め諦めたかのように項垂れました。
「どうして!? この間まで何とか発動出来てたじゃない!?」
乙女は再度青年を鼓舞します。しかし、このフルンティングは持ち手の高揚感により覚醒し昂揚感の大きさで剣身が変わる不思議な聖剣だったのです。
元々感情の起伏が穏やかな青年は何をしててもやる気が起きず、このフルンティングを上手く扱えない事から継承者として名乗りを挙げませんでしが、長男次男がこの世を去りまだ幼い弟達よりはと仕方なく継承者として選ばれたのです。
(……言えるか!! この間までエスメラルダさんの応援で成り立ってたなんてよ……!!)
今は余所へと嫁いだエスメラルダさん。ちょっと抜けている所がありダボダボのお手製のエプロン姿で青年を心強く励ましてくれていたパン屋の優しいお姉さんです。ジャンプした時に揺れるエプロンが青年のフルンティング発動の鍵を握っていました。
ぶっちゃけると、この青年……ただのスケベ野郎なのです。
「頑張ってよ!!」
どれだけ乙女が鼓舞しようが、エスメラルダさんに劣る応援では青年のフルンティングがフルンチィングしませんでした。
「グゴォォ……!!」
「!?」
ゴーレムの足が2人の居る場所を蹴飛ばすように、大きく地面を剔ります! 木が根っこごと持ち上がりズシンと倒れメキメキと音を放ちました。
「キャーッ!!」
青年は受け身を取り起き上がりましたが、乙女は酷く転がり倒れた木の枝で傷付き服がボロボロになり顔は小さな傷だらけになってしまいました。
「……た、助けて…………」
「大丈夫か……!」
青年が乙女に駆け寄ります。ゴーレムは二人の傍を地響き放ちながら通り過ぎ、大きな足跡を残していきました。
「お願い……フィーン…………」
「……その名前で呼ぶな…………」
フィーンとは青年の名前。この田舎村に伝わる古い言葉で【強く立ち上がる者】を意味する名前です。
「フィー……ン…………」
乙女は気絶してしまいました。ボロボロになった乙女を見て、青年は己の無力さを痛感しました。
と、同時に別な感情も湧き出しました……。
「あぁ、ボロボロ過ぎて下着まで見えてるじゃないか…………下着まで………………下着………………下、着……」
青年の腰に挿したフルンティングの鞘が僅かに光りを放ちます。そっと引き抜いてみると、その刀身はプルプルとゼリーのように太く揺れていました。
「…………てかパンツ見えてない?」
それは同い年とは思えない程大人びたパンツで、王都からの流れ物であろうと青年は推測できましたが、幼馴染みの乙女がそれを履いていると分かった瞬間、彼の心は大きく揺れ動きフルンティングが鋼のように硬くなり見事な小さな剣へと変身を遂げました!!
「…………やれる!!」
青年は乙女をその場へと残しゴーレムを追いました。
「この石コロ野郎ぉぉぉぉ!!!!」
──ズバッ!!
「グゴォォ……!?」
石で出来たゴーレムの脚が、まるでパンを切るかのように容易く二つに分断され、その場へと崩れ落ちました!
「よしっ! このまま……!!」
しかし青年のフルンティングが徐々に柔らかくなっていきます。
「ま、マズい……!!」
青年は慌ててゴーレムにトドメを刺しました。事が終わる頃には青年のフルンティングは元通りペナペナになっており、青年は静かに鞘へと戻しました―――
―――その夜、青年は一人空き家の屋根の上で考え事をしていました。己の未熟さ故に多くの家屋や田畑が犠牲になり、陰で悪く言われているのではないかと疑心暗鬼に陥っていたのです。
「この村を出て行くしかない…………」
青年は大きなため息をつきました。
そして家へと戻ろうと歩いていると、長老の家の灯りが着いていることに気が付きます。
「……オババがこの時間に起きているなんて珍しいな…………」
青年がこっそりと中を覗くと、そこには草の冠を被り聖なる衣に身を包んだ乙女が祭壇の前に座っておりました。
「アイツ……祝福の儀か!?」
祝福の儀とは一定の歳になった男女が女神の祭壇に祈りを捧げることによって、一度だけ女神の力を分け与えられるという田舎村に伝わる神聖な儀式の事です。
神聖なる力とは一言で表すならば【スキル】であり、どんな力を授かるかはその時にならないと分からず、しかも授かった力は必ず使わないと天罰が下ってしまう何とも賭けに近い代物でした。
祭壇に祈りを捧げた乙女が振り返り、長老が草の冠を外します。
「……其方には【変態化】のスキルが備わったようじゃな……」
「?」
「は?」
乙女と青年の頭上に『?』マークが咲き乱れました。
「……女神様の力に外れなど有るはずが無かろう。信じるのじゃ、さすれば救われる…………はず」
乙女は何とも言い難い表情で外へと出ました。青年は何と声を掛けて良いのか分からず呆けるしかありません。
「魔物が出たぞー!!!!」
突然、村人の助けを求める声が夜の村に響き渡りました。乙女は拳を握り声の方へと勢い良く走り出します。
「ちょ、待てよ!」
青年も慌てて乙女の後を追い掛けます。
二人が村の中心へと向かうと、そこには厳ついオークが三匹暴れ回っていました!
「……私がやる! フィーンはそこで指くわえて見てなさい……!!」
「ま、マジかよ…………」
乙女は眼を閉じて呼吸を整えます。
「我等を支えし大いなる女神よ……今汝の御霊の一滴を我等が授からん……!!」
手を合わせ祈りを捧げ、乙女の目が輝きます!!
「―――変態化!!」
(……うわぁ、それ言うんだ)
乙女の体から眩い光が溢れ出し、夜の村を白く染め上げました!
そして光が落ち着き光から人型が姿を現すと、それは『火炎ライダーのお面、上半身裸にサスペンダー、チェックのミニスカート、靴下』の姿をした紛う事無き変態でありました。
「変態だーーーー!!!!」
一部始終を見ていた村人が大声で叫びます。
「おい、その姿は…………何だ?」
乙女は自分の変わり果てた姿を見て一瞬思考が止まり、一拍置いて耳が赤くなりました。
「イヤーーーーーッ!!!!」
「おい! 落ち着けエリス!!」
エリスとは乙女の名前。この田舎村に伝わる古い言葉で【清らかなる者】を意味する名前です。
「今はその名前で呼ばないで!!!!」
「す、すまん……」
体を隠すように両手で覆う乙女。
「何よコレ!? 何よコレ!? 何よコレーー!?」
「下乳とサスペンダーの隙間がクソエロいな「「」」」
「はぁぁぁぁっっ!?」
青年の下心がうっかり喉から出てしまいます。
「クッ!! でもこれで私も戦えるわ!!」
乙女は涙ぐみながらもオークに向かって拳を振り上げました。
「うりゃあーっ!!」
「……ウガ?」
──ボゴォ!!
「…………っそで……しょ……?」
乙女はオークの棍棒で思い切り吹き飛ばされました。
「おい!! 大丈夫かっ!?」
青年が慌てて駆け寄りますが、乙女はお尻を突き出した格好のまま地面に倒れ気を失っています。
「…………だから下乳とサスペンダーの隙間がクソエロいんだって……!」
お尻の下から見えるプリン体に、青年のE-sportsが酷く捗りそうです。
「―――フルンティング!!」
青年はキリッと眉をしかめ、腰の聖剣を強く引き抜きました!
それは言うまでも無くフルンティングで、天を仰ぐほど力強く刀身が漲り、ビキビキと鋼のうねりが聞こえてきそうな魂の鼓動を放っています。
「これが……本来の姿なのか?」
青年がフルンティングを一振りすると遠く離れていたオークの首がポンとシャンパンを開けるかの如く吹き飛びました。
「…………えっ?」
チラリと他のオークを見ると、二匹はオロオロと慌てふためきどうするか迷っています。
「……俺とやるのか? やらないのか?」
オークは武器を放り投げ、両手を上に上げました。
「よし、これで一件落着だな」
青年がふう、とため息を放つとフルンティングがヘナヘナと絹のように薄くなり項垂れました。賢者タイムとやらです。それを見たオークの目がギラリと光りました。
「ウガァァァァ!!!!」
「なっ!? ズルいぞ!!」
──ブォン!!
棍棒が青年の頭を掠めます。青年は慌ててフルンティングを叩き起こそうとしますが何も反応しません。
「んん……ムニャムニャ…………」
──ゴロン
お尻を突き出していた乙女が寝返りを打ち、仰向けに寝転がりました。上半身裸に火炎ライダーのお面がアンバランスで実に難しい問題を抱えています。
(……下乳とサスペンダーの隙間にちくわを入れたい…………!!)
青年は命の危機に瀕してもまだスケベが勝っていました。
しかし青年は直ぐに真面目な顔付きに戻ります。どうやらそんな事を言っている場合では無いことに気付いたみたいです。
(いや、サスペンダーに電車を走らせたい…………!!!!)
もうこの青年は末期です。
御陀仏です。
御臨終です。
「―――フルンティング!!」
青年の聖剣が再びその強さを取り戻します。
狼狽えるオークを容赦無く斬り捨て、ようやく村は平和を取り戻しました―――
―――翌日、そこには長老の家に殴り込もうとする乙女が居ました。
「待て待て待て!! 早まるな! 長老を殴ったら即追放だぞ!?」
「あのクソババァ!! よくも騙しやがったわね!? こんなクソ外れスキルを授けやがって!!!!」
「騙してない騙してない!! 当たりも当たり、大当たりだよ!!」
「はぁぁぁぁ!?!?!?」
「実はな…………」
青年はこっそり乙女に耳打ちをしました。すると見る見るうちに乙女の顔が赤くなりガタガタと歯が震えだしました。
「と、言う訳で俺の聖剣を奮い立たせるために役立つ最高のスキルなんだ! 誇って良いぞ?」
「バ……!」
「ば?」
「バッ……!」
「ばぁ?」
「バッカじゃないのーーーー!!!!」
乙女の罵声が心地良く青年の鼓膜を突き破りました。