運が良かったみたい。
「あなた、どうしてそんなにしぶといの?」
急に話かけてきた目の前のそれは、俺に対してうっとおしそうに顔を歪ませた。
真っ白に包まれた空間でその言葉だけが自分の頭の中で何度も繰り返されるような感覚に襲われた。
見渡す限りの真っ白い場所はまるで死後の世界を連想させるような、本当に何もない場所だった。
「・・・・・」
「ちょっと、聞いてる?」
「え、いや、あの」
まともな思考ができず、意味のならない言葉がとっさに口から出た。
「はぁ・・・」
呆れたように目の前のそれが吐い溜め息は先ほどと同じように頭の中で繰り返された。
しかし、溜め息を吐かれた所で、自らの状況が全く理解できない自分にはどうすることもできない。
一体なぜこのような場所にいるのか、見る限りどこまで続く真っ白い空間に目の前のそれと二人でいる状況。
あぁ、いったいどうしてこうなったんだろうか?
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「熱い…熱すぎる。なんなんだこの暑さ」
月日は夏の真っただ中。コンクリートに囲まれた都会の気温はまるで砂漠のような暑さに包まれていた。
「自販機…ジュース飲みたい。」
見渡せば、彼の近くにはたくさんの自動販売機があった。
目に止まった自動販売機に彼の足は本能がままに動く。
しかし、目の前に表示されている金額が彼を現実に貶める。
「一番安くても、130円か…」
そう言って、彼は財布の中を確認するが、財布の中身にはたった40円しか残っていない。
どうしてこうなったかといえば、家でのんびりテレビを見ていると母親に買い物を頼まれた。そして母親からお金をもらったところまではよかった。
しかし、いざスーパーに行って、頼まれたものをすべて買いそろえてみれば、残高40円ほどだったのだ。
金額がちょうどすぎて、レジに並んでいる間はお金が足りるのか、計算間違いをしていないか、と何度も確認をして、いらぬ不安を与えられた経緯もあった。
「くっそ、あの野郎。まじで許さん。何が「おつりはそのまま上げるからお願い」だ。おつりなんてほぼ残らないように計算してやがった!」
そんな言葉をつぶやきながら暑さを紛らわそうと、必死に「あの野郎」呼ばわりしている母親に恨みを告げながら歩みを進める。
しかしそんなことを言っていたからだろうか、喉の渇きと暑さで朦朧とする意識の中、前に進む意思だけで歩みを進めていた彼は、横断歩道の信号が青のはずなのに、横からトラックがつっこんできていることに気が付かなった。
「あぶない!!!」
大きな声で誰かが叫んだ。
「え・・・?」
ビクッとして周りをきょろきょろと見渡すと、すぐ目の前まで来ているトラックが無理やりに視界を占領した。
(なんだ、なにが起きてる?どうしてこんな近くにトラックがいる?え?よけないと…)
頭は動くのに、体は動かないという不思議な感覚になりながらも、その場から逃げようと必死に動こうとする。
しかし、その思考とは裏腹に体はピクリとも動かない。まるで金縛りのようになった身体に違和感を感じる。
トラックに気づいて何分経ったか、いや、トラックが突っ込んできているなら、数秒しかたっていないだろう。
(しかし、頭とはよく回るもんだ。こんな状況だからか、数秒がすごく長く感じる)
とてつもなく長く感じる体感の中で、彼は意外にも冷静だった。
しかし、車が近づくにつれて彼の思考は冷静から恐怖へと変わっていった。
(あぁぁ…)
目の前にある車はゆっくりと彼のほうへと距離を縮めている。
その距離が短くなるにつれて冷静だった彼の思考は混乱と恐怖の入り混じった物に塗り替えられる。
(あぁぁぁ…)
頭の中では何度も体を動かして避けようとしているが、彼の体は一切の動きを見せずに硬直していた。
(ああああああああああああああああ!)
既に恐怖に支配された頭の中で言葉にならない言葉を叫びながら、彼は恐怖に顔をゆがませた。
そしてぶつかると思い、目を閉じて体に力が入る。
そのせいで体のバランスが取れなくなり、座り込むようにぺたんと倒れる。
『ドドドドンッ!!!』と大きな衝突音が響き渡る。
(うああああああああああああああ…は…?)
しばらくたっても痛みは、こない。
目を開いて周りを見渡すと、視界を占領していたトラックの横には赤い車が横から突っ込んでいる形で止まっていた。
今まで目の前に迫っていたトラックに別の車が横から衝突したおかげで、彼は無事にトラックとの衝突を回避した。
「あ、うあっぁああ?(助かったのか?)」
舌が回らず、まともな言語を発せていないが、震えた声で自分の状況を確認する。
(はぁ…はぁ…はぁ…はぁ)
先ほどまで恐怖に支配されていた脳が正常を取り戻し、忘れていた呼吸を思い出す。
「君!大丈夫か!」
そんな声とともに、自分が本当に助かったのかを確認するために、体をまさぐる。
「い、生きてる…よな?」
自らに語り掛けるように独り言をぼそっとつぶやいた。
その様子をみて、声をかけてきてくれた男性は心配そうにこちらの様子を見ている。
「見ていた所、車には当たっていなかったとは思うが救急車を呼ぼうか?」
「だ、だいじょうぶです」
「そうか、よかった。しかし、まるで奇跡だな。あのままだと間違いなく君はトラックにひかれて死んでいたよ…」
「そ、そうですよね。よかったぁ…」
そんな言葉に、背中をゾッとさせたが、助かったことに喜びをかみしめる。
服についた砂埃などを払いつつ立ち上がろうとするが、足腰が言うことを聞かない。
そんな彼を見て、先ほどまで話しかけていた男性が彼の異変を感じ取り、肩を貸してくれる。
「本当に大丈夫か?やっぱり念のために救急車を呼ぼう」
そういって、男性は彼を近くの花壇に座らせて救急車を呼んでくれた。
「場所は伝えたから、数分で救急車が来てくれるはずだよ。それまでここで待とう」
「はい。ありがとうございます。」
事故からしばらくたち、心の整理もできてきたころに、そういえば買い物の途中だという事を思い出した。
救急車を待っている間、彼は母親に事故があったことを、どう説明するかを考えていた。
ドスッ!
「ん?」
まるでなにかに刺された様な激しい痛みが背中を襲う。
「いたっ…?ぐあああああああああ」
その声に先ほどから見守っていた男性のがこちらを振り向く。
「な、何をやってるんだ!」
先ほどから見守ってくれていた男性の叫ぶ声が聞こえる。
「ぐぅ」
時がたつにつれて、痛みはどんどんと強くなっていく。
苦痛に声を出してもがく中で、最初に感じた刺されたような痛みは比喩表現ではなく、本当に刺された痛みだと気づく。
「まこと君が悪いんだからね。まこと君があんな女と…」
背中の痛みを感じながら倒れこみ、周りを見渡す。
よくわからない事を話すこの女が俺のことを刺したのだと言うことはすぐに分かった。
身体から血がドクドクと流れ出すいやな感覚を感じながらも、俺は言った。
「ゲホッ…ゲホッ…ちょっと…待って…まことって…誰だよ…」
「何言ってるの!あ、え?あなた誰?」
ヒステリックに声を叫ぶ目の前の女性はこちらをみて、心底不思議そうにこちら顔を見た。
「俺が…ききてぇ…よ。せっかく…助かったのに…」
「うそ、私、間違えて」
そんな理不尽な言葉を最後に、俺の意識は消えていった。