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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-09 『My Snow White』
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Section-1

更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正


 静まり返った空間に、パソコンのキーボードを叩く際の、硬く小さな音だけが鳴り響いている。


 私は自分が立てている、いかにも不器用そうなその音を聞きながら、独り悶え苦しんでいた。


(えーと……これが……こうで……

 うう、もうわけわかんないよ~……)



 なぜなら作業中のパソコンのディスプレイに、細々とした数字が、目が痛くなるほど大量に羅列されているから。

 こういうのは昔から苦手なので、その猛威に晒され四苦八苦しているのだ。

 何やらもう、脳の使いすぎで頭痛さえしてきた気がする。


 とは言えこれも仕事だし、と私は我慢してその作業を継続した。

 持ち前の粘り強さを発揮し、 ついつい後ろ向きになる自分を奮い立たせながら。


 結果として、気が遠くなるよう――ちょっと大げさだが、苦手分野ゆえそう感じた――な忍耐の果てに――


(できたあ……ふー……

 ちょっと休憩しようかな)


 ようやく作業を一段落させて、やれやれとひと息つく。

 軽く伸びをしてから、体の力を抜き、椅子の背もたれに寄りかかったのだ。

 おかげで四肢の隅々まで、緩やかな解放感が満ちていった。


 それに身を任せながら、私は自身の苦労の結晶が表示された、目前のディスプレイを眺める。


 そこに並んでいるのは、先に述べた大量の数字の列と、それに続く意味不明な単語のオンパレードだ。

 何を隠そう、実はこれ、私達の機体の戦闘記録である。


 例えばいつの戦闘で、どれくらい何の弾薬を使ったのか、とか。

 その際、誰がどの部位に、どの程度のダメージを受けたのか、とか。

 そういう様々なデータが、微に入り細に渡って保存されているのだ。


 私は闇雲に収集されたそれを整理し、可能な限り簡潔にまとめ直している最中なのだ。

 倉田先生への報告書、という体裁をとって。

 例えるならばそう、事務方の雑用とでも言うべきだろうか。


 私がなぜ、そんな秘書の真似事みたいな作業をしているのかと言えば――


(倉田先生、ずっとこんな事してたんだ……)


 事の発端は、斉川君から出された提案である。

 先生の負担を軽減するため、彼の仕事をいくつか私達で分担しよう、という話になったのだ。

 その詳しい理由は不明だが、きっとこれも例の作戦――倉田先生の記憶を取り戻すこと――の一貫なのだろう。


 となればもちろん、断るわけにはいかない。

 それでこうして、苦手ゆえに嫌々ながらも、データの整理なんぞに励んでいたのだ。

 先生も大変だったんだな、と否応なしに実感しながら。


 もっとも、実はクラスメイト皆がそうしている、というわけではない。

 むしろ作業を免除されている人間の方が、ずっとずっと多かったりする。


 まず志藤さんと斉川君は、頭を酷使する作戦担当なので、当然のように除外。


 春日井さんと橘君も、戦闘における主力なので、休養を重視して除外。


 またマキちゃんに事務作業を頼もう、などという無鉄砲な人間がいるはずないので、こちらも除外。


 つまりは残った三人――私、柳井君、望月さんだけが、先生の手伝いに取り組んでいる。


 ちなみに担当は、私がみんなの機体で、柳井君は母艦、望月さんが機体のパイロットである私達……という感じで、それぞれ関連したデータを整理中だ。

 具体的な振り分けの根拠はわからないが、まあ似たり寄ったりの作業だし、さして変わりはないだろう。


 そう現状を振り返った後、私は次いでディスプレイから視線を外し、自分のいる部屋を見回した。

 数字と睨めっこして気が滅入ったので、そうやって気分転換をしようと思ったのだ。


 そこで私の視界に、飛び込んできたものは――


(やっぱり……落ち着くな)


 ズラリと並ぶ背の高い本棚と、そこに収められている多種多様な蔵書の姿だ。

 以前通っていた学校とは少し違うが、それでも似た雰囲気を持つ、この学校の図書室の風景である。


 その馴染みある佇まいと、そこに満ちる落ち着いた空気には、やはり大いに安心感を覚える。

 静かな場所で集中して作業したい、と志藤さんに無理を言って、貸し切りにしてもらった甲斐があったというものだ。


 ただその理想的な環境に、ひとつだけ物足りないところがあるとすれば、それは――


(……まあ、読む本は無いんだけどね)


 私好みの本が置いていない、という点だろう。

 蔵書のラインナップが、たいへん一般的なものなので、趣味に特化した書籍などは皆無なのだ。

 外面だけ図書委員の自分には、さっぱり縁の無い物ばかり、と言い切ってしまってもよかった。


 まあ一応、ここにある本は全部データ上の存在だから、先生に頼めば望む物を用意してくれるのかもしれない……が、当然ようにあり得ぬ選択肢である。

 戦時の考えとしては不謹慎だが、何か誰にも知られず調達する方法とか無いんだろうか、と悩まずにはいられない。


 なんて思わず、ちょっと正直過ぎる欲望を抱いたところで、ふと胸に引っ掛かりが生じる。


(私……変な考え方してるな)


 戦時がどうとか、そんな事を考える自分に、ひどい違和感を覚えたのだ。

 こんなの私らしくない、どこかおかしいんじゃないか、と。

 心臓の辺りをぐっと押さえつけられるような、重苦しい感触と共に。


 だって私自身は、これまでと何ひとつ変わってはいない。

 図書室に引きこもって落ち着いたりとか、好みの本が読めないのを残念がったりとか、そんな事を考えてばかりの人間なのである。


 それなのに今はこうして、戦闘のデータを整理したり、命懸けの危険な戦場に出たりしている。

 戦争をするために組織された、正式な軍隊の一員として。

 しかも人類の存亡だとかの、おそろしく大それた目的のためにだ。


 つまり一方では純然たる兵士でありながら、一方ではこれまで通りのイメージだけ図書委員……という状態なのである。

 そのあまりのギャップには、やはり戸惑いを覚えずにはいられなかった。


 そのせいかふと、別の疑問も湧いてくる。


(みんなは、どう思ってるんだろう?)


 他のクラスメイト達は、この状況をどう感じているのだろう。

 私同様に違和感を覚えているのか、それとも全て受け入れていて、こんなに後ろ向きなのは私だけなのか。

 そんな事が、突然気になってきたのだ。


 理由はもちろん、自分と同じ気持ちの人がいるとわかれば、こちらも精神的に楽になるから。

 抱えた不安を共感することで、重圧をある程度は和らげることが可能だから。

 それでみんなの考えを知りたい、という衝動が生まれたのである。


 ただしだからと言って、実際に聞いてみるような勇気は無い。


 だってもし自分だけ違ったら、集団から浮いてしまうから。

 それが原因で、仲間外れのような状態になるかもしれないから。

 無論彼らならそんな事はしない、という信頼もあるが、やはり恐怖そのものを拭うことは難しい。


 となるとここは、やはり黙って耐えるしかないのだろう。

 慣れぬ環境にも、向いてない役割にも、心を苛む不安にも。

 らしくない自分を受け入れ、じっとやり過ごしていくのみ、というわけだ。


 すると不意に、そんな自らの言葉をきっかけに、かねてから抱えている憂いが再燃した。


(らしくない自分……か。

 柳井君、大丈夫かな)


 それは当然、柳井君についてだ。

 彼はここのところずっと、彼にしてはひどく珍しい、やたらと神経質な振る舞いが続いている。


 例えばあのクーデター計画の時、斉川君と激しく口論したりとか。

 戦闘がない時の教室で、塞ぎ込んで誰とも話さなかったりとか。

 なぜかそういう、普段の彼からは考えられない行動を取っているのだ。

 きっと何か理由があって、精神的に不安定になっているのだろう。


 もちろん私としても、そんな彼を何とかしてあげたい、と思ってはいるのだが。

 しかし残念ながら、これという方法は見つからずじまいだ。

 抱えた問題について、向こうが黙して語らぬままなので、対処のしようがないのである。


 そんな全てが噛み合わぬ現状には、やはりため息を漏らさずにはいられない。

 どうしてこんな事になってるんだろう、なんでみんな変わっちゃうんだろう、と思い悩まずにはおれぬのだ。

 いったい何をすれば、元の平和な生活が戻ってくるのだろうか……


 ただしそう、鬱々と物思いに耽った後、私はふと気づいた。


(……ああ、駄目駄目。これは駄目だ)


 自分が今、ネガティブな思考に囚われてしまっている、と。

 このままこれを続けていたら、際限なく気持ちが暗くなるばかりだ、と。

 それに呑み込まれぬためにも、ここは可及的速やかに、メンタルを立て直さなくてはならない。


 そこで気分を紛らすため、私は休憩を取りやめ、割り振られた作業に戻ろう……としていたのだが。

 その寸前で、またも心の落ち着きを奪う事態が発生する。

 ひっそりとした雰囲気の図書室に、突然大きな声が鳴り響き、静けさに慣れた私の耳を貫いたのだ。


「ユ~キ~ちゃ~ん!」


 そしておもちゃ箱をひっくり返したような騒がしさと共に、図書室のドアを開いて、栗原真希――マキちゃんが現れた。

 どうやら何か用事があって、急ぎ私を訪ねてきたらしい。


 そのあまりの大音量には、さすがに面食らったものの――しかしこれも慣れたものだ、と私はすぐさまそれに対応する。

 しっかり気持ちを整えてから、静かに彼女へ、来訪の目的を問いかけたのである。


「マキちゃん? どうしたの、そんなに慌てて。

 何かあった?」


 するとマキちゃんは、何度か深呼吸して息を整えた後、早口で用件を伝えてきた。

 私が最も聞きたくなかった、しかし決して避けては通れぬ、恐ろしい言葉と共に――



「また敵が来たから出撃だって!

 志藤さんが呼んでるから、すぐ一緒に来て!」








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