Section-1
更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正
静まり返った空間に、パソコンのキーボードを叩く際の、硬く小さな音だけが鳴り響いている。
私は自分が立てている、いかにも不器用そうなその音を聞きながら、独り悶え苦しんでいた。
(えーと……これが……こうで……
うう、もうわけわかんないよ~……)
なぜなら作業中のパソコンのディスプレイに、細々とした数字が、目が痛くなるほど大量に羅列されているから。
こういうのは昔から苦手なので、その猛威に晒され四苦八苦しているのだ。
何やらもう、脳の使いすぎで頭痛さえしてきた気がする。
とは言えこれも仕事だし、と私は我慢してその作業を継続した。
持ち前の粘り強さを発揮し、 ついつい後ろ向きになる自分を奮い立たせながら。
結果として、気が遠くなるよう――ちょっと大げさだが、苦手分野ゆえそう感じた――な忍耐の果てに――
(できたあ……ふー……
ちょっと休憩しようかな)
ようやく作業を一段落させて、やれやれとひと息つく。
軽く伸びをしてから、体の力を抜き、椅子の背もたれに寄りかかったのだ。
おかげで四肢の隅々まで、緩やかな解放感が満ちていった。
それに身を任せながら、私は自身の苦労の結晶が表示された、目前のディスプレイを眺める。
そこに並んでいるのは、先に述べた大量の数字の列と、それに続く意味不明な単語のオンパレードだ。
何を隠そう、実はこれ、私達の機体の戦闘記録である。
例えばいつの戦闘で、どれくらい何の弾薬を使ったのか、とか。
その際、誰がどの部位に、どの程度のダメージを受けたのか、とか。
そういう様々なデータが、微に入り細に渡って保存されているのだ。
私は闇雲に収集されたそれを整理し、可能な限り簡潔にまとめ直している最中なのだ。
倉田先生への報告書、という体裁をとって。
例えるならばそう、事務方の雑用とでも言うべきだろうか。
私がなぜ、そんな秘書の真似事みたいな作業をしているのかと言えば――
(倉田先生、ずっとこんな事してたんだ……)
事の発端は、斉川君から出された提案である。
先生の負担を軽減するため、彼の仕事をいくつか私達で分担しよう、という話になったのだ。
その詳しい理由は不明だが、きっとこれも例の作戦――倉田先生の記憶を取り戻すこと――の一貫なのだろう。
となればもちろん、断るわけにはいかない。
それでこうして、苦手ゆえに嫌々ながらも、データの整理なんぞに励んでいたのだ。
先生も大変だったんだな、と否応なしに実感しながら。
もっとも、実はクラスメイト皆がそうしている、というわけではない。
むしろ作業を免除されている人間の方が、ずっとずっと多かったりする。
まず志藤さんと斉川君は、頭を酷使する作戦担当なので、当然のように除外。
春日井さんと橘君も、戦闘における主力なので、休養を重視して除外。
またマキちゃんに事務作業を頼もう、などという無鉄砲な人間がいるはずないので、こちらも除外。
つまりは残った三人――私、柳井君、望月さんだけが、先生の手伝いに取り組んでいる。
ちなみに担当は、私がみんなの機体で、柳井君は母艦、望月さんが機体のパイロットである私達……という感じで、それぞれ関連したデータを整理中だ。
具体的な振り分けの根拠はわからないが、まあ似たり寄ったりの作業だし、さして変わりはないだろう。
そう現状を振り返った後、私は次いでディスプレイから視線を外し、自分のいる部屋を見回した。
数字と睨めっこして気が滅入ったので、そうやって気分転換をしようと思ったのだ。
そこで私の視界に、飛び込んできたものは――
(やっぱり……落ち着くな)
ズラリと並ぶ背の高い本棚と、そこに収められている多種多様な蔵書の姿だ。
以前通っていた学校とは少し違うが、それでも似た雰囲気を持つ、この学校の図書室の風景である。
その馴染みある佇まいと、そこに満ちる落ち着いた空気には、やはり大いに安心感を覚える。
静かな場所で集中して作業したい、と志藤さんに無理を言って、貸し切りにしてもらった甲斐があったというものだ。
ただその理想的な環境に、ひとつだけ物足りないところがあるとすれば、それは――
(……まあ、読む本は無いんだけどね)
私好みの本が置いていない、という点だろう。
蔵書のラインナップが、たいへん一般的なものなので、趣味に特化した書籍などは皆無なのだ。
外面だけ図書委員の自分には、さっぱり縁の無い物ばかり、と言い切ってしまってもよかった。
まあ一応、ここにある本は全部データ上の存在だから、先生に頼めば望む物を用意してくれるのかもしれない……が、当然ようにあり得ぬ選択肢である。
戦時の考えとしては不謹慎だが、何か誰にも知られず調達する方法とか無いんだろうか、と悩まずにはいられない。
なんて思わず、ちょっと正直過ぎる欲望を抱いたところで、ふと胸に引っ掛かりが生じる。
(私……変な考え方してるな)
戦時がどうとか、そんな事を考える自分に、ひどい違和感を覚えたのだ。
こんなの私らしくない、どこかおかしいんじゃないか、と。
心臓の辺りをぐっと押さえつけられるような、重苦しい感触と共に。
だって私自身は、これまでと何ひとつ変わってはいない。
図書室に引きこもって落ち着いたりとか、好みの本が読めないのを残念がったりとか、そんな事を考えてばかりの人間なのである。
それなのに今はこうして、戦闘のデータを整理したり、命懸けの危険な戦場に出たりしている。
戦争をするために組織された、正式な軍隊の一員として。
しかも人類の存亡だとかの、おそろしく大それた目的のためにだ。
つまり一方では純然たる兵士でありながら、一方ではこれまで通りのイメージだけ図書委員……という状態なのである。
そのあまりのギャップには、やはり戸惑いを覚えずにはいられなかった。
そのせいかふと、別の疑問も湧いてくる。
(みんなは、どう思ってるんだろう?)
他のクラスメイト達は、この状況をどう感じているのだろう。
私同様に違和感を覚えているのか、それとも全て受け入れていて、こんなに後ろ向きなのは私だけなのか。
そんな事が、突然気になってきたのだ。
理由はもちろん、自分と同じ気持ちの人がいるとわかれば、こちらも精神的に楽になるから。
抱えた不安を共感することで、重圧をある程度は和らげることが可能だから。
それでみんなの考えを知りたい、という衝動が生まれたのである。
ただしだからと言って、実際に聞いてみるような勇気は無い。
だってもし自分だけ違ったら、集団から浮いてしまうから。
それが原因で、仲間外れのような状態になるかもしれないから。
無論彼らならそんな事はしない、という信頼もあるが、やはり恐怖そのものを拭うことは難しい。
となるとここは、やはり黙って耐えるしかないのだろう。
慣れぬ環境にも、向いてない役割にも、心を苛む不安にも。
らしくない自分を受け入れ、じっとやり過ごしていくのみ、というわけだ。
すると不意に、そんな自らの言葉をきっかけに、かねてから抱えている憂いが再燃した。
(らしくない自分……か。
柳井君、大丈夫かな)
それは当然、柳井君についてだ。
彼はここのところずっと、彼にしてはひどく珍しい、やたらと神経質な振る舞いが続いている。
例えばあのクーデター計画の時、斉川君と激しく口論したりとか。
戦闘がない時の教室で、塞ぎ込んで誰とも話さなかったりとか。
なぜかそういう、普段の彼からは考えられない行動を取っているのだ。
きっと何か理由があって、精神的に不安定になっているのだろう。
もちろん私としても、そんな彼を何とかしてあげたい、と思ってはいるのだが。
しかし残念ながら、これという方法は見つからずじまいだ。
抱えた問題について、向こうが黙して語らぬままなので、対処のしようがないのである。
そんな全てが噛み合わぬ現状には、やはりため息を漏らさずにはいられない。
どうしてこんな事になってるんだろう、なんでみんな変わっちゃうんだろう、と思い悩まずにはおれぬのだ。
いったい何をすれば、元の平和な生活が戻ってくるのだろうか……
ただしそう、鬱々と物思いに耽った後、私はふと気づいた。
(……ああ、駄目駄目。これは駄目だ)
自分が今、ネガティブな思考に囚われてしまっている、と。
このままこれを続けていたら、際限なく気持ちが暗くなるばかりだ、と。
それに呑み込まれぬためにも、ここは可及的速やかに、メンタルを立て直さなくてはならない。
そこで気分を紛らすため、私は休憩を取りやめ、割り振られた作業に戻ろう……としていたのだが。
その寸前で、またも心の落ち着きを奪う事態が発生する。
ひっそりとした雰囲気の図書室に、突然大きな声が鳴り響き、静けさに慣れた私の耳を貫いたのだ。
「ユ~キ~ちゃ~ん!」
そしておもちゃ箱をひっくり返したような騒がしさと共に、図書室のドアを開いて、栗原真希――マキちゃんが現れた。
どうやら何か用事があって、急ぎ私を訪ねてきたらしい。
そのあまりの大音量には、さすがに面食らったものの――しかしこれも慣れたものだ、と私はすぐさまそれに対応する。
しっかり気持ちを整えてから、静かに彼女へ、来訪の目的を問いかけたのである。
「マキちゃん? どうしたの、そんなに慌てて。
何かあった?」
するとマキちゃんは、何度か深呼吸して息を整えた後、早口で用件を伝えてきた。
私が最も聞きたくなかった、しかし決して避けては通れぬ、恐ろしい言葉と共に――
「また敵が来たから出撃だって!
志藤さんが呼んでるから、すぐ一緒に来て!」




