Prologue
更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正
『図書委員』というポジションが、私――朝倉雪子は、昔から好きだった。
理由はまずひとつに、知的なイメージを持たれる場合が多いこと。
『本に積極的に関わっている』というだけで、成績とか頭の出来とかに関係なく、『なんとなく賢そう』と思われるのだ。
大した努力もなく、手軽に良好な印象を確保できる方法、と言って良いだろう。
またもうひとつは、常に人から一定の距離を置いてもらえること。
きっと趣味が特殊で、共通の話題を見つけづらい、という認識があるせいだろう。
人間は普通、そういう相手に対し、あまり踏み込んで関わろうとはしないものなのである。
つまり図書委員というのは、他人に悪い印象を与えることなしに、独りの時間をたくさん持てて、それが何ひとつ不自然ではない立ち位置なのだ。
どちらかと言えば社交性に欠ける私にとって、それはたいへんに有り難い利点だった。
だから小学校の頃からずっと、私は図書委員を決める際、欠かさず立候補していた。
スムーズに選んでもらうため、見た目や振る舞いを調整し、わざわざそれっぽいイメージを醸し出すことさえあった。
一番楽なポジションを誰にも渡すまい、と必死で努力していたわけだ。
おかげで私は、学生生活のほとんどを、図書委員として過ごせていた。
人間関係を最低限に保ちつつ、多くの本に囲まれた状態で、平穏な日常を送れていたのである。
好きな読書も存分に楽しんでいたし、かなり充実した毎日だった、と言っていいだろう。
もっとも私の場合、読書が好きとは言っても、一般に定義される本好きとは少し違う。
具体的には、読む本のジャンルが異なるのだ。
例えば文学とか歴史小説とかの、どちらかと言うとお堅い本は、基本的に対象外である。
またSFとかノンフィクションとかの、ややコアなジャンルともほぼ無縁だ。
学術書や哲学書に至っては、ほとんどが触れたことすらない。
じゃあ何を読むのか言えば、それは大抵、人に知られたくないものばかり。
例えばその……どう考えても夢物語みたいなシチュエーションの、恋愛系の小説とか……
あるいはあまりに都合の良い展開が連続で起こる、広い意味で言えば恋愛系の小説とか……まあ、大半はそんなのだ。
教養になど一切ならぬ、純然たる趣味の本、と呼んで差し支えないだろう。
当然、身になるようなものではない。
だから毎日のように読書に励んでいても、それらの本から学んだ事はほぼ無い――変な知識だけは山ほど増えたが――と言っても良かった。
イメージとは裏腹に、知的とはほど遠いのである。
まあ一応、学業の成績の方は、それなりに良いものだったのだが。
ただその成績の良さも、単に地道な作業を苦にしないから、という要素が大きい。
要領が良いとか頭の回転が早いとか、決してそういう話ではないのだ。
またそれに加えて、容姿に秀でた点も無かった。
凡庸と言うか人並み以下と言うか、どちらかと言えば、地味でみすぼらしい雰囲気なのである。
それゆえ自分に自信を持てず、自然と人目を避けるような振る舞いをして、結果周りから暗い印象を持たれてしまう。
その悪循環からは、人生において一度も逃れられたことがない。
私、朝倉雪子は、そういう人間だった。
それでも特に、その現状を変えようと考えてはいなかった。
結局凡人の人生なんてそんなものだ、と諦めていたから。
どうせ頑張ったって大したことはできないだろう、と自分に期待していなかったから。
そうして私は、一般的には青春と呼ばれるべき期間を、日々何事もなく過ごしていた。
だから『その日』も、私は独り、降りしきる雨を眺めていた。
図書室の窓越しに、自分が腰かけている受付の椅子の上から。
雨は嫌いじゃないんだけど、今は困るな、とひどく鬱屈した気分になりながら。
なぜなら雨が降っていると、いつもは来ない人間が来ることがあるから。
普段は外に繰り出す人々が、暇つぶしに図書室を訪れたりするのだ。
そしてそういう人種は、大抵の場合マナーが良くない。
やたらと大声を上げて騒いだり、本の扱いが著しく雑だったりするのだ。
そしてそれを他の利用者に注意されると、決まって不機嫌になる。
分別のつかぬ子どものようなもので、ほぼ手の付けようがないのである。
もちろんそんな人達相手に、私なんかができることは何もない。
隠れ潜むように受付に座り、ただ黙ってやり過ごすのみなのだ。
頼むから早くいなくなってくれ、と内心で必死に祈りながら。
そんな後ろ向きで消極的な心理には、一応自分でも問題意識を持っている。
本当にこのままでいいのだろうか、何かを変える必要があるのではないか――そう自らの行く末を危惧して、不安になることはよくあったのだ。
さりとて結局のところ、具体的にどうすべきかはわからぬまま。
なので私は、やはり何の努力もすることなく、漫然と時が過ぎるに任せていた。
ただし『その日』は、そういう怠惰な過ごし方が許されなかった。
変わらず読書に耽るだけの私の元へ、密やかな図書室の空気を切り裂いて、突然とある呼びかけが届いたのだ。
平穏だが閉塞した現状を打ち破り、新しい世界への扉を開く、運命の使者から。
それにしてはあまりにも軽い、何とも呑気かつ薄っぺらい口調で――
『おっ、貸し切りじゃ~ん』




