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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-09 『My Snow White』
97/173

Prologue

更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正


 『図書委員』というポジションが、私――朝倉雪子は、昔から好きだった。



 理由はまずひとつに、知的なイメージを持たれる場合が多いこと。

 『本に積極的に関わっている』というだけで、成績とか頭の出来とかに関係なく、『なんとなく賢そう』と思われるのだ。

 大した努力もなく、手軽に良好な印象を確保できる方法、と言って良いだろう。


 またもうひとつは、常に人から一定の距離を置いてもらえること。

 きっと趣味が特殊で、共通の話題を見つけづらい、という認識があるせいだろう。

 人間は普通、そういう相手に対し、あまり踏み込んで関わろうとはしないものなのである。


 つまり図書委員というのは、他人に悪い印象を与えることなしに、独りの時間をたくさん持てて、それが何ひとつ不自然ではない立ち位置なのだ。

 どちらかと言えば社交性に欠ける私にとって、それはたいへんに有り難い利点だった。


 だから小学校の頃からずっと、私は図書委員を決める際、欠かさず立候補していた。

 スムーズに選んでもらうため、見た目や振る舞いを調整し、わざわざそれっぽいイメージを醸し出すことさえあった。

 一番楽なポジションを誰にも渡すまい、と必死で努力していたわけだ。


 おかげで私は、学生生活のほとんどを、図書委員として過ごせていた。

 人間関係を最低限に保ちつつ、多くの本に囲まれた状態で、平穏な日常を送れていたのである。

 好きな読書も存分に楽しんでいたし、かなり充実した毎日だった、と言っていいだろう。


 もっとも私の場合、読書が好きとは言っても、一般に定義される本好きとは少し違う。

 具体的には、読む本のジャンルが異なるのだ。


 例えば文学とか歴史小説とかの、どちらかと言うとお堅い本は、基本的に対象外である。

 またSFとかノンフィクションとかの、ややコアなジャンルともほぼ無縁だ。

 学術書や哲学書に至っては、ほとんどが触れたことすらない。


 じゃあ何を読むのか言えば、それは大抵、人に知られたくないものばかり。


 例えばその……どう考えても夢物語みたいなシチュエーションの、恋愛系の小説とか……

 あるいはあまりに都合の良い展開が連続で起こる、広い意味で言えば恋愛系の小説とか……まあ、大半はそんなのだ。

 教養になど一切ならぬ、純然たる趣味の本、と呼んで差し支えないだろう。


 当然、身になるようなものではない。

 だから毎日のように読書に励んでいても、それらの本から学んだ事はほぼ無い――変な知識だけは山ほど増えたが――と言っても良かった。

 イメージとは裏腹に、知的とはほど遠いのである。


 まあ一応、学業の成績の方は、それなりに良いものだったのだが。

 ただその成績の良さも、単に地道な作業を苦にしないから、という要素が大きい。

 要領が良いとか頭の回転が早いとか、決してそういう話ではないのだ。


 またそれに加えて、容姿に秀でた点も無かった。

 凡庸と言うか人並み以下と言うか、どちらかと言えば、地味でみすぼらしい雰囲気なのである。


 それゆえ自分に自信を持てず、自然と人目を避けるような振る舞いをして、結果周りから暗い印象を持たれてしまう。

 その悪循環からは、人生において一度も逃れられたことがない。

 私、朝倉雪子は、そういう人間だった。


 それでも特に、その現状を変えようと考えてはいなかった。


 結局凡人の人生なんてそんなものだ、と諦めていたから。

 どうせ頑張ったって大したことはできないだろう、と自分に期待していなかったから。

 そうして私は、一般的には青春と呼ばれるべき期間を、日々何事もなく過ごしていた。


 だから『その日』も、私は独り、降りしきる雨を眺めていた。

 図書室の窓越しに、自分が腰かけている受付の椅子の上から。

 雨は嫌いじゃないんだけど、今は困るな、とひどく鬱屈した気分になりながら。


 なぜなら雨が降っていると、いつもは来ない人間が来ることがあるから。

 普段は外に繰り出す人々が、暇つぶしに図書室を訪れたりするのだ。


 そしてそういう人種は、大抵の場合マナーが良くない。

 やたらと大声を上げて騒いだり、本の扱いが著しく雑だったりするのだ。

 そしてそれを他の利用者に注意されると、決まって不機嫌になる。

 分別のつかぬ子どものようなもので、ほぼ手の付けようがないのである。


 もちろんそんな人達相手に、私なんかができることは何もない。

 隠れ潜むように受付に座り、ただ黙ってやり過ごすのみなのだ。

 頼むから早くいなくなってくれ、と内心で必死に祈りながら。


 そんな後ろ向きで消極的な心理には、一応自分でも問題意識を持っている。

 本当にこのままでいいのだろうか、何かを変える必要があるのではないか――そう自らの行く末を危惧して、不安になることはよくあったのだ。


 さりとて結局のところ、具体的にどうすべきかはわからぬまま。

 なので私は、やはり何の努力もすることなく、漫然と時が過ぎるに任せていた。


 ただし『その日』は、そういう怠惰な過ごし方が許されなかった。

 変わらず読書に耽るだけの私の元へ、密やかな図書室の空気を切り裂いて、突然とある呼びかけが届いたのだ。

 平穏だが閉塞した現状を打ち破り、新しい世界への扉を開く、運命の使者から。

 それにしてはあまりにも軽い、何とも呑気かつ薄っぺらい口調で――



『おっ、貸し切りじゃ~ん』








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