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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-08 『Graceful fighter』
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Epilogue

更新履歴 21/10/13 文章のレイアウト変更・表現の修正


 眼前の床に、みんなで作った旗が、しわくちゃの状態で打ち捨てられている。


 その惨憺たる有り様を眺めながら、望月和歌は思っていた。


(誰かがこれを倒した、ってことだよね……)



 この旗は、教室に入り込んだ何者かによって倒されたのだ、と。

 私達がレクリエーションルームで、斉川君の帰りを待っているその間に。

 それがいったい誰だったのか、という問題はあるものの、やはり原因はそうと見て間違いはない。


 実際その旗の上には、人の形にも見える跡がついている。

 まるでつい先ほどまで、そこへ誰かが寝そべっていたかのように。

 おそらく自分が転ぶ際、咄嗟に旗を掴んで、一緒に倒れたからこうなったのだろう。


 要はするにこれは、不慮の事故――直しもせず放置していったのが腹立たしい、という程度の、取るに足りない事態と言うわけだ。


 しかしなぜか、単にそれだけのこと、とはっきりわかっているはずなのに――


(痛、い……)


 私の胸は、心臓を握り潰されたのか、と思うくらい激しく痛んでいた。

 まるで心を引き裂かれるほどの悲しいことが、突然目の前で起きたかのようだ。

 何ひとつ心当たりなど無いというのに、おそろしく不可解な反応である。


 そんな風に私は、独り謎の苦痛に苛まれていたのだが。

 そこでふと、旗のすぐ側に屈み込んで、その詳細を調べていた志藤さんが立ち上がる。

 そしてこちらへ向き直りつつ、この事態の原因について、ひとつの仮説を披露――


「……どうやらつい先ほどまで、ここに誰かがいたようですね。

 もちろん『誰か』と言っても、クラスメイトの一人になるのですが。

 ここには私達と倉田先生以外、生きている人間はいないわけですから。

 そして、その誰かはたぶん……」


 また次いで、どこかためらうような素振りを見せつつも、その結論を私に告げた。


「……もう、生きてはいないのだと思います。

 他のクラスメイトや倉田先生が、この件に無関係なのは確認済みなので、可能性としてはそれしか……


 おそらくその人物は、先ほどの戦いを終えて帰還した後、しばらく自由に行動していたのでしょう。

 しかし戦闘中に重傷を負っていたせいで、こうして教室に戻った際、時間差で力尽きたのだと思います……」


 その悲しい話を聞いて、再び私の胸が、思わず声を上げそうになるほど痛む。

 あたかもここにいた誰かの死を、心の底から悼んでいるかのように。

 大切な友人を失ったみたい、とさえ言えるだろう。


 実際その所感は、たぶん間違っていない。

 だってそうでもなければ、こんな気持ちになることはないはずだから。

 きっと私は、また忘れてはいけない誰かを忘れ、それをこうして嘆き悲しんでいるのだ。


 だと言うのにやっぱり、その人のことも思い出せはしない。

 名前も顔も、人柄も居住まいも、全て彼方に消え去ってしまった。

 失ってこうも苦しむくらい、大切な相手だったはずなのに。

 ああまたなのか、またこの空疎な気分が繰り返されるのか、と絶望せずにはいられない。


 しかし一方で、今回はひとつだけ、これまでと明らかに違う異なる部分があった。

 具体的にそれが、何なのかと言うと――


「ああ、それから……ここに書かれている新しいメッセージも、その人が残したものだと思います。

 そこに望月さんの名前があったので、こうしてお呼びしたのですが……

 何か、心当たりはありませんか?」


 そう志藤さんが語る通り、ここで消えた誰かの意志が、はっきりと残されていたのだ。

 クラスの旗の、皆が寄せ書きをした部分の脇に、やたらと歪んだ字で。

 これはどうやら、例の人物が命尽きる間際、遺言として書いたものらしい。


 私は眼前にある、その自分の名前が入ったメッセージを、声には出さず読む。

 胸の奥底で、何かが激しく鳴動し始めるのを感じながら。



『わたしはおもいだせた のどかもあきらめないで』



 その瞬間、さらに大きく心が揺さぶられた。

 送られてきたメッセージが、今まさに抱えている重要な問題に、明確な回答を示していたから。


 そう、私はこのメッセージによって、『記憶は取り戻せる』ということを知ったのである。

 これを残した人自身は取り戻せたから、という心強い事実を根拠にして。

 だからか自然と、塞いでいた私の心に、勇気にも似た感情が湧いてくる。


 それに押されるようにして、私は志藤さんの方へと向き直り、その問いに答えた。


「心当たり……と言えるほどのものは無いです。

 それからこのメッセージをくれた人のことも、あまり良くは思い出せないんですけど……


 でもこれが、自分に宛てられたものなんだ、っていうのはわかります。

 何か大切な事を伝えようとしてたんだ、っていうのは強く感じるんです」


 すると彼女は、そんな私の考えを肯定しつつ、自身の推測を述べてくる。


「そう、ですか……ならきっとこの方は、無事に記憶を取り戻せたんですね。

 そしてそれを望月さんに伝えるため、このメッセージを残した。

 自分の経験が、必ずあなたの役に立つと信じていたから」


 つまり例の誰かは、自分が命の危機に瀕しているにも関わらず、私を気遣ってくれていたわけだ。

 よほど私と、親しい間柄だったらしい。

 そんな相手を忘れるなんて、薄情にも程がある、と改めて申し訳なさを感じずにはいられない。


 ただ次いで、そう落ち込む私を見た志藤さんが、不意に何か思い出したような表情を浮かべた。

 そして珍しく、少し自信なさげに喋りながら、何かを差し出してくる。


「ああ、それとここからは、完全に私の憶測になるのですが……

 この方が記憶を取り戻すきっかけとなったのは、おそらくこれでしょう」


 そんな彼女の手のひらに、すっぽりと収まっていたのは――


(……ビデオカメラ?)


 骨董品を引っ張り出してきたのか、と思ってしまうくらい古い型の、シンプルで飾り気のない、ハンディサイズのビデオカメラだった。

 もちろん、見覚えなどはまるでない。


 それを見て首を傾げる私に、志藤さんはその詳細を語りながら、中身を確認するよう促してくる。


「このビデオカメラは、望月さんの隣の机の上に、起動したまま放置されていた物です。

 例のメッセージを残していった方は、たぶん……その……

 自分が消える直前、これを見ていたのだと思います。

 何かわかるかもしれないので、いったん中の記録映像を確かめてもらえますか?」


 私はそんな彼女の勧めに、少し戸惑いつつも頷いた後、そのビデオカメラを受け取った。

 そしてすぐさま起動し、備え付けのディスプレイに映し出された、動画の撮影者であろう相手を注視する。


 すると、その画面の中の人物が喋り始めた、まさにその瞬間――


『えーと……誰がこの映像を見ているかは、わからないんだけど――』


(あ……)


 自分が同じ制服を着た友達らしき人々と、四人ほどで固まって、楽しげに会話している情景が頭に浮かんできた。

 しかもその様子は、気心の知れ具合が良くわかる、たいへん仲睦まじそうなものだ。

 無論、そこで話している相手の顔も声も、はっきりと思い出すことができる。


 要は突然、かつての記憶であろうものが蘇ってきたのだ。

 これは妄想でも勘違いでもない、と明確に認識可能なほど鮮やかに。

 まるで結露で曇ったガラスを拭いて、向こう側の景色が見えてきた時のような爽快さであった。

 

 急に私の身に、そんな不可思議とも言える現象が起こった原因――それはきっと、見覚えがあったからなのだろう。

 例のビデオカメラの画面に映し出された、同い年くらいの温和そうな男子生徒に。


 実は今しがた思い出した、過去の記憶らしき映像の中にも、彼の姿があったのだ。

 どうやらその存在が引き金となって、失われた思い出が復活しつつあるらしい。


 ゆえに当然のごとく、私は続く彼の話に意識を集中し、慎重に耳を傾けていく。

 さらなる記憶の手掛かりが、その中にあると期待して。


 そこでまず始まったのは、本人の自己紹介である。


『じゃあ、改めて。僕の名前は――』


 その最初に彼が告げてきた、『結城悟』という名には、何となく覚えがあった。

 確か私が好きな人の友達で、片想いに悩む者同士だった気がする……という曖昧な感触があるのだ。

 これはやはり、知り合いと考えて間違いないだろう。


 そう手応えを得る私の前で、彼は話を継続し、例のゲーム……と『思われていた』ものについて語り始める。

 自身の抱える違和感を、曖昧ながらも訴えかけてきたのだ。


 どうやら彼、私達よりもずっと早く、状況の不可解さに気づいていたらしい。

 のんびりした見た目に似合わず、中々に勘が鋭い人のようだ。

 もっとも、だからこそ犠牲になってしまった、という可能性もあるわけだが……


 ……などと私が、ディスプレイの人物に思いを巡らす最中、不意に事態が急変する。

 彼の話の中に、決して無視できぬ、ひとつの名前が出てきたからである。


『ああ、本当に駄目な奴だよな、僕は。

 やっぱり怖がらず、カイトに相談しておけば良かった』


 すると、その一言をきっかけに――


(え……? あ、あああ……!)


 胸の奥から、熱いものが一気に溢れてきた。

 『カイト』という言葉が鍵となって、固く閉ざされていた記憶の扉が、勢い良く開け放たれたからだ。

 その激しさは、まるで台風の時のダムから放出される濁流のよう、と例えるに相応しい。


 結果として、私の脳裏に浮かんできたのは――


(この……人……は……)


 無邪気な少年のように、明るく弾ける笑顔。

 迷いも怯えも無い、まっすぐに澄んだ眼差し。

 意気と情熱に溢れた、陽気で力強い声……

 つまりはようやく『彼』について、余さず思い出すことができたのだ。


 私は蘇ったその記憶に、目眩がするほど心を揺さぶられながら、絞り出すように彼の名を呼ぶ。


(木原……くん……)


 それと同時に、かつて彼が発した言葉達も、次々と頭に浮かんできた。


『失敬な。元気が無い友の心を、ちょっとでも盛り上げてやりたい…という、この俺の巧みな気づかいがわからんのか?

 まったく、これだからガサツな女は。

 もう少し思いやりってもんがないのかよ』


『いやー、すまんすまん。

 ほら、望月さんが可愛いからさ、ついつい見とれちゃって。ハハハ……』


『大丈夫! 君のことは、俺が絶対、絶対に守ってみせるから!

 怖いのはわかるけど……でも頼む、俺を信じて任せてくれ!』


『ああ、わかった。絶対無事に母艦まで送り届けるから、安心して任せてくれ』


 私はその思い出の奔流に晒されて、止めどなく涙を流し続ける。

 ずっと求めて止まなかった、掛け替えのないものが戻ってきた幸せを、思う存分噛み締めながら。


(良かった……本当に、思い出せた……)


 しかもそれに次いで、さらにもうひとつ、大切な名前が手許から聞こえてきた。


『美山涼さんのことが、好きです』


 映像の中から発せられた、そのまっすぐな愛の告白が、またも眠っていた記憶を呼び覚ます。


(あ……)


 凜としている、という以外に表現しようのない佇まい。

 磨き上げられた宝石のように、曇りなく透き通った瞳。

 冷たそうに見えて、しかしどこかに優しさを秘めた表情……

 思い浮かんだその姿に向けて、私は心の中で、力の限り絶叫した。


(スズ……! ああ、スズ! スズっ!)


 それに導かれるように、彼女からもらった思いやりの数々が、猛然と頭の中を巡り始める。


『だから今度、そいつらが何かしてきたら、すぐ私に言ってよね。

 適当にやっつけて、追い払ってあげるから。

 私そういうの嫌いだし、遠慮はしなくていいよ。

 それじゃ、また明日』


『大丈夫……大丈夫だからね……大丈夫だよ……』


『大丈夫。全部わかってるから。

 心配してくれて、ありがとう。

 ……それじゃ!』


『それにほら、私はこうしてここにいる。

 しっかりのどかの記憶に残ってるし、学校から消え去ってもいない。

 つまりは生きてる、ってことでしょ?

 だからなんにも、心配はいらないんだよ』


 その励ましや気遣いは、喜びに打ち震える私の全身に、隅々まで染み渡っていった。

 今はそれに揺さぶられ湧き上がってきた、怒濤のごとき感情の波に溺れそうな状態だ。

 本当にこのまま、息が止まってしまうのではないだろうか……


 そんな風に私が、動揺と歓喜の入り交じった、複雑な精神状態に陥る中――


『以上、結城悟でした』


 映像の中の彼――結城悟君のメッセージが、唐突に終わりを告げる。

 後に残されたのは、真っ暗になったディスプレイと、それから――


(あり……がとう……ありがとう……)


 胸一杯に満ちる、感謝の気持ちだ。

 このメッセージが残っていたこと、それが私の元まで届いたこと、そして何もかもを思い出せたこと……

 その事実と、そこに関わってくれた全ての人に、心からありがとうと言いたかった。


 ゆえに私は、例のカメラを抱き締めつつ、思い出せた友人達の名を繰り返す。

 溢れ出るこの想いが、彼らにも届くよう願いながら。


(スズ……木原くん……結城くん……)


 おかげでもう、心は幸福感でいっぱいだ。

 これまでの懊悩も、流した涙も、してきた努力も、全て報われる気がしたから。

 私はただただ、自分が迎えたこの結末に満足していた。


 しかし、その一方で――


(でも……みんなはもう……)


 悲しみもまた、際限なしに膨れ上がっていく。

 自分は大切なものを失ったのだ、という実感が、改めて湧いてきたから。

 そのせいか、幸せを感じているにも関わらず、頬には冷たい涙が流れ落ちていた。


 そんな私の様子に驚いたのか、志藤さんが心配そうに声をかけてくる。


「望月さん? 大丈夫ですか?

 辛いようなら、これ以上は……」


 しかし私は、即座にその気遣いを断り、涙を拭いながら毅然と告げた。

 一切の迷いなく、己の定めた決意を言葉にして。


「……いえ、大丈夫です。ちゃんと、向き合えますから」


 それから必死に、ともすれば弱気になりそうな、自分の心を奮い立たせる。


(そう、大丈夫。スズがいなくても、木原君がいなくても、私は大丈夫。

 もちろん辛いのは事実だけど、立ち止まったりはしない。

 前みたいに泣いてばかりで、そのまま何もできなくなったりはしない!)


 だってスズも木原君も、そんな私を望んではいないはずだから。

 彼らに心配をかけないよう、これからの私は、強くあり続けなければならないのである。


 加えてもうひとつ、私には大事な役割がある。

 それはもう二度と、この思い出を忘れないこと。

 あの四人の時間を覚えているのが、私だけになってしまった以上、私が忘れたら全て終わりなのだ。


 だから今後は、例え何があろうとも、記憶を失うわけにはいかない。

 大切なその思い出達を、この暗い宇宙に呑み込まれてしまわないように。

 それを守り抜くことこそ、私に与えられた最大の使命、とも言えるだろう。


 その決意の元、私は自分の弱さを振り払うように、心の中で力一杯呼びかけた。

 もう記憶の中にしかいない友人達に、返事が無いとわかっていながら、それでもどこかに届くと信じて――



(スズ! 木原君! 結城君!

 私……私、頑張るからね!)








 以上をもちまして、『美山涼・望月和歌編』の完結です。次回からは、世界一みっともなくて格好いい戦いが繰り広げられる、『朝倉雪子・柳井満編』を開始いたします。

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