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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-08 『Graceful fighter』
94/173

Fragment-2

更新履歴 21/10/13 文章のレイアウト変更・表現の修正


 そもそもの発端は、僕が例のゲーム、『ムーン・セイヴァーズ』に恐怖を感じるようになったことだ。


 なんと僕は、ゲームの中にあるもの――広大で闇深い宇宙空間とか、自分の命を狙ってくる敵機とか――が、突然無性に怖くなってきたのである。


 ゲームを終えて学校へ帰還した時、全身から冷や汗が噴き出してきてしまうくらいに。



 もちろん、正常な反応ではない。

 あれらは基本、仮想空間内の出来事に過ぎず、全ては精巧な作り物でしかないのだから。

 いくら完成度が高かろうとも、怖いと感じるはずはないのである。

 自分の身に起きた、そんな原因不明の異変に、僕はただ首を傾げるばかりだった。


 おまけにそのおかしな現象は、それからも立て続けに発生した。

 僕は時間の経過と共に、より多様かつ深刻な心身の異常に、次々と見舞われたのだ。


 例えば今は何時何分で、今日は何月何日なのか。

 そういう知っていて当然のことが、なぜだかさっぱりわからないこととか。


 あるいは、あのゲームを欠かさずやらなければいけない、という謎の強迫観念に囚われたりとか。

 僕は本来、そこまでゲームにこだわるタイプでもないのに。

 うっかりや気の迷いでは説明のつかぬ、そうした不可思議な心の動きに、僕は絶えず悩まされた。


 また同時に、周囲の環境がどこかおかしい、ということにも気がついた。


 まず時間を確認しようとしても、どこにも時計の類いが見当たらない。

 加えて教室で行われるのは、なぜかホームルームばかりで、授業が始まる気配は皆無。

 果てはクラスメイトの誰もが、その異常を当然のように受け入れている。

 この状況を奇妙と言わずして、いったい何をそう呼べるのだろうか。


 しかもそんな状態で、僕らは毎日飽きもせず、ただひたすら『ムーン・セイヴァーズ』をプレイしていたのだ。

 どう考えてもただ事ではない、あのゲームはどこか異常である、と考えるのに十分な根拠と言えた。


 もちろんその理由には、ほとんど見当もついていなかったのだが。


 しかし一方で、確固たる危機感はあった。

 あのゲームを何とかしなければ、僕の大切な人に害が及ぶかもしれない、という懸念を抱いていたのである。

 なんと心のどこかで、命の危険さえ感じてしまうほどに、強く深くはっきりと。


 だから一念発起して、僕は行動を開始、皆にその異変について伝えることにした。

 どうにかして危機意識を共有し、一丸となって事態の解決法を探ろうと思ったのだ。

 これは間違いなく、自分の手に余る問題、と認識していたから。


 しかし結局、その試みは失敗に終わった。

 抱える違和感をうまく伝えられず、クラスメイト達の説得が叶わなかったのだ。


 その主な原因は、僕の説明がひどく曖昧で、しかもたいへんに遠回しだったこと。

 突拍子も無い話題なので、変に思われないよう婉曲に話したのだが、それが逆効果となってしまったらしい。


 まあ元からして、極めて個人的な感覚に端を発する問題だ。

 言葉だけだと不十分なのは、ある意味当然の結果だったのかもしれない。

 きっと本来であれば、もっと明白な証拠を確保できてから、丁寧に話すべき事柄だったのだろう。


 ただしそう過ちを悔いてはいても、警告そのものを諦めるつもりはなかった。

 内心の懸念がますます膨れ上がり、絶対にこの問題を放置してはいけない、みたいな心境になっていたから。

 忍び寄る危機に気づいているのが自分だけ、という状況がそうさせたに違いない。


 ゆえに僕は、差し当たっての対策として、自身のメッセージを動画で撮影することにした。

 何か有事が発生した際に備えて、自らが抱いている懸念を、目に見える形で残しておこうとしたのだ。

 もし本当に、あのゲームが危険なものならば、それだって自由に行えなくなる可能性があったから。


 その目的のため、僕は早速実際の作業に着手し、動画撮影の準備を行った。

 皆が続々と教室を去っていく中、ただ一人その場に残って。

 卒業式の記録係に預けられる、古いビデオカメラを起動したのである。


 そしてそのカメラを、自分の机に置き、録画スイッチを入れた後――


「ええと……これで、いいのかな?」


 そう呟きながら、カメラの前に回り込み、そこにある椅子へと着席する。

 次いできちんと撮影が始まっていることを確認してから、内心の緊張を抑え、ゆっくりと喋りだした。


「えーと……誰がこの映像を見ているかは、わからないんだけど。

 一応クラスメイトの誰か……という仮定で、話をします」


 それからまずはと、軽い前置きをした後――


「そこでまず、初めに言っておきたいのは。

 これから僕が、とても大切な話をする、ということです。

 だからできれば、このメッセージを聞き終えた後、同じ事をクラスのみんなにも伝えてください。

 どうか、よろしくお願いします」


 ちょっと慎重過ぎるかな、と思いつつも、一応自己紹介もしておく。


「じゃあ、改めて。僕の名前は、結城悟。

 県立芦原高等学校第二分校に通う、生徒の一人です。

 ……ああ、まあ自己紹介なんて、必要無いのかもしれないけど。

 とりあえず念のため、何があるかはわからないから」


 そしていよいよ、本題に入っていった。


「それで、話っていうのは……ムーン・セイヴァーズについてなんだ。

 僕達みんなが、毎日学校でプレイしている、あのゲームのことを話そうと思ってる。

 ちょっと変わった内容なんだけど……どうか、笑わずに聞いて欲しい」


 それに続いて、今の自分の中にある、拭えぬ危惧を言葉にしていく。

 こんな事を言ったらまた変に思われるよな、という不安に苛まれつつも、『これは必要なことなんだ』と己を鼓舞しながら。


「あのゲームはたぶん……とても危険なものなんだと思う。

 何て言うか……ひょっとしたら、プレイヤーの命そのものに関わるとか、そんな気がするんだ。

 だから可能な限り、いや絶対に、ゲームの中で撃墜されない方がいい」


 しかしそれを終えてから、その根拠について語ろうとしたところで――


「僕があのゲームを、そういう危険なものだと感じる理由は、ええと……

 いや、ごめん。言葉で説明するのは、とても難しい。

 僕にもまだ、確信の持てていないことがたくさんあるから」


 心にふと迷いが生じ、話を続けられなくなってしまった。

 この胸にわだかまる危機感を、自分はまだうまく言語化できない、ということに気づいたから。

 整然と説明し、理詰めで納得してもらうのは、かなり難しいということだ。


 ただそれでも、簡単に諦めるわけには行かぬと、僕はもどかしさを抱えつつ話を再開する。

 必死で言葉を尽くし、まっすぐに自分の考えを訴えかけたのだ。


「でも本当に、色々おかしいところがあるんだ。

 あのゲームだけじゃなく、僕達自身や、周りの物ほとんど全てに。

 すごく不自然で不明瞭で、不可解な部分がたくさんある。

 僕らはそれに、本当はもっと敏感になって、もっと警戒をしなくちゃならないんだ」


 だがその途中で、否応なく自覚させられた。

 自分の話があまりにも曖昧で、ほとんど具体性が無いということを。

 これではもちろん、皆にこの危機感を伝えるなど不可能である。

 要は焦るあまりに、先のホームルームの時と同じ過ちを、もう一度繰り返してしまったわけだ。


 そう己の失態を自覚した結果、自然と強い後悔が芽生えて――


「……いや、こんな言い方じゃ、受け入れてはもらえないよな。

 わからないことだらけだけど、とにかく信じてくれなんて。

 強引にもほどがあるよ」


 ついそこで、愚痴のような話を始めてしまう。

 己の臆病さと不甲斐なさを、自分でひたすらに責め立てたのだ。

 メッセージを伝えるための動画だと言うのに、また何ともちぐはぐな行動である。


「ああ、本当に駄目な奴だよな、僕は。

 やっぱり怖がらず、カイトに相談しておけば良かった。

 頭がおかしいと思われるかも、なんて心配をしてる場合じゃなかったんだ……」


 ただそうして、一度ネガティブな精神状態に陥ったことで、変な焦りが薄れたのか――


(……いっそ、それでいいのか)


 僕は不意に落ち着きを取り戻し、今からでも遅くないのでは、という結論にたどり着いた。

 まずはカイトに全て話し、彼を説得してから、皆への伝え方について相談すればいい……と思いついたのだ。


 実際カイトならば、例え説明が曖昧でも、何かしら行動を起こしてくれるはずだ。

 彼は頭で考えてどうと言うよりも、心で感じてどうなのか、を重視する人間だから。

 誠心誠意訴えかければ、必ずそれに応えてくれるに違いない。


 またそうして彼の協力を取り付ければ、僕の懸念に対する、他のクラスメイト達からの反応も変わることだろう。

 ただの一人であっても、賛同者がいるのといないのとでは、印象が大違いなのだ。

 つまりはこうして独り悩んでいるよりも、よほど有力な選択肢ということである。


 その降って湧いたアイデアに、大きな自信を得た僕は――


「うん……そうだよな。やっぱりカイトに、ちゃんと相談した方がいい。

 こんな風に独りで、うじうじ悩んだりしてるより、ずっといいはずだ。

 ……よし!」


 自分へ言い聞かせるように、そう現状を総括してから、早速それに従い行動を開始する。

 善は急げとばかりに、迷わず椅子から立ち上がり、眼前のカメラのスイッチを切ろうとしたのだ。

 この無益な作業を中止し、すぐに彼の後を追うつもりで。


 しかしその瞬間、視界に飛び込んできたある物を見て、僕は思わず体を強張らせた。


「あっ……」


 僕の席から見て、ちょうど斜め前に位置する、美山さんの机が目に入ったのだ。

 今はもぬけの殻だが、いつも密かに眺めているだけあって、ついそこに彼女の姿を重ねてしまう。


 そして同時に、猛烈な危機意識を抱いた。

 今後ともあのゲームに関わる中で、もし僕の身に何か異変があれば、自分の気持ちは誰も知らぬままになる、と。

 それは少し悲しいな、という未練のような感情が芽生えてきたのだ。


 ゆえに慌てて手を止めると、再度着席し直し、またメッセージを残していく。

 これはさすがに不吉かもなあ、と自分で自分に突っ込みを入れながら。


「最後に、なんだけど……実はちょっと、言い残しておきたいことがあるんだ。

 まあこんな表現だと、遺言みたくなっちゃうから、縁起でもないんだけど」


 しかし当然のように、その途中で――


「ただこれは、みんなに関係の無い話なんだ。

 僕のとてもとても、個人的な話。

 だからもし、僕がまだそこにいるのなら、どうかこの先は聞かないで欲しい」


 自分は今、ものすごく恥ずかしいことをしようとしているのだ、という事実に気づいた。

 だって身の危険を感じ、動画で自身の気持ちを残すなんて、まるで映画のワンシーンみたいではないか。

 冷静に考えてみれば、恥ずかしいことこの上ない。


 その照れ臭さからつい、僕は慌てて言い訳を並べることになり、結果として――


「いやもちろん、死ぬんだったら言わない方がいいっていうか……そんな話なんだけど。

 でももし死ぬ可能性があるのなら、言わずにはいられない、みたいな気持ちもあって……」


 何を言いたいのかわからぬ、ひどく歯切れの悪いコメントの数々を、映像に残す羽目になる。

 その相変わらずの腑抜けっぷりには、我が事ながら呆れるばかりである。


 ただそうして、僕が自分の不甲斐なさに、ため息を漏らしそうになった瞬間――


『本当にお前は、相方不在だと締まらないやつだな』


 ふとそんな風に、どこかでカイトが笑ってくれたような、謎の錯覚に陥った。

 そういうのもお前らしいよ、だから気にせず好きなようにやればいい、と励まされたみたいに感じたのだ。

 それと同時に、不思議と動揺から解放され、胸の内の気恥ずかしさも消えていく。


 そうして落ち着いた気持ちに導かれ、僕は軽く居ずまいを正し、改めて語り始めた。

 ずっと心に秘めてきた、どうしても伝えずにはいられない、ただひとつの想いを――



「私、結城悟は――」








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