Fragment-1
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金魚のフンみたいな奴、という表現がある。
強い人間の周りに群がる、自分の意志が無い者を揶揄する目的で、良く使われる言葉だ。
自分はまさにそれだな、と結城悟は思っていた。
だっていつも、友人である木原開人と一緒で、しかもその後をついて回っているから。
どこへ行くかも何をするかも、たいていは向こうが決める、という状態で。
そこに僕の意志が介在するケースは、ほとんど無いと言ってよかった。
同い年の友人相手に、僕がそうも依存した振る舞いをする理由。
それは僕の心に、決断力とか実行力みたいなものが備わっておらず、自分では何ひとつ決められないからだ。
それで彼に全て丸投げして、その意志に唯々諾々と従うのみ、となってしまうのである。
ただし表向きは、『身勝手な友に呆れつつも、仕方なく付き合ういいヤツ』みたいな風を装っている。
本当のところは、単に優柔不断なだけなのに。
まさしく金魚のフンと呼ぶに相応しい、受け身で卑劣な精神性と言えるだろう。
だと言うのにカイトは、そんな僕を決して馬鹿にしなかった。
腰抜けの軟弱者と見下し、居丈高に振る舞うことはなかった。
多少強引なところはあったけど、いつだって友達として接してくれたのだ。
だから僕は、そんな彼との関係を変えようとはしなかった。
振り回される代わりに、自分で責任を負わなくていい、という立場を維持し続けた。
このままじゃ駄目だ、いつか独り立ちしなくては、と内心では思いつつも。
まあ要するに、彼の厚意にずっと甘えていたのである。
依存的と言うか、他力本願と言うか、もしくはおんぶに抱っこと言うか。
そういう何とも情けない状態で、僕はずっと日常を過ごしていたのである。
そんな僕に転機が訪れたのは、高校に入ってすぐの頃のこと。
そこで僕は、カイトの元クラスメイトであったらしい、『彼女』と出会った。
その邂逅をきっかけとして、徐々に精神面に変化が生じていったのだ。
『彼女』の名前は――美山涼さん。
その初対面時の印象は、たいへんに強烈なものだった。
なんと彼女、カイトと再会して早々、彼と言い争いを始めたのだ。
殴り合いの喧嘩を始めるのでは、と勘違いしてしまうほどに激しく。
今はもう思い出せないくらいの、ひどく些細なきっかけで。
僕はその様を見て、頬を思い切り引っぱたかれたような衝撃を受けた。
なぜ言い争い程度で、そんなにも驚いたのかというと、それは相手がカイトだったから。
自分が頼り切りになるような友と、真っ向から対峙し一歩も退かぬ女性がいる、という事実に仰天したのである。
だからか彼女の姿は、その元からの容貌の麗しさ以上に、僕の目には輝いて見えた。
当然それゆえに、美山涼という女性の存在は、僕の心に深く刻み込まれた。
会う度に視線を惹きつけられたり、その声が聞こえてくるだけで、つい耳を澄ましたりしてしまうくらいに。
結果としてさらに、僕は美山さんのことを強く意識するようになった。
なぜなら彼女の行動や言動に触れるたび、その全てに美しさを見出し、とても魅力的な人だと感じたから。
例えば、高圧的な大人に屈しないところ。
彼女はどんな事であれ、自らが納得できぬとあらば従わず、敢然と立ち向かっていくのだ。
自分より強い立場の相手だろうと、決して怯むことなく。
僕は叱られるのが怖くて、いつもその言うことを聞いてばかりなのに。
あるいは他人の評価を意に介さず、いつも孤高に己の道を歩んでいくところ。
ノリだとかムードだとか雰囲気だとかに流されず、きちんと自分の意志を貫き通すのだ。
僕は人目を気にして、一歩を踏み出すことすらためらってしまうというのに。
そんな彼女の姿は鮮烈で、そして誰よりも凜然としていた。
いつだって目を奪われ、心かき乱されずにはいられなかった。
まあ要するに、恋をしてしまったのである。
だから僕は、どうにか彼女と仲良くなりたい、と常に思っていた。
いつだか偶然に会った時、人間関係に悩んでいるように見えた美山さんへ、自分なりのフォローを入れたのもそのためだ。
『……それはきっと、怖かったからだよ。
たぶんみんな、美山さんに無視されるのが怖かったんだ』
それを彼女が、どう思ったのかはわからない。
何を偉そうに、と怒ったかもしれないし、この人は何を言ってるんだろう、と首を傾げたかもしれない。
もちろん何も感じなかった、という可能性もある。
金魚のフンの言葉になど、誰もが見向きしなくて当然なのだから。
実際その後も、僕と彼女の関係に、大した変化はなかった。
交わすのは挨拶程度、日常会話すら最低限という、当たり障りの無い関わり方しかできなかったのだ。
距離が縮まるどころか、むしろ遠ざかっているような気さえした。
しかしその一方で、カイトと美山さんは、以降もなんだかんだと繋がりがあった。
顔を合わせればいつでも、よそよそしさなど欠片も無い、親しげなやり取りを繰り返していたのである。
もちろん好意的なものは少なく、喧嘩じみた口論ばかりであったのだが。
でもそれが、僕にはとても羨ましかった。
二人が遠慮なく、気兼ねも無く、ごく自然に交流しているように見えたから。
臆病な気質のせいで、他人と関わる際はいつも、神経をすり減らさずにいられない僕とは正反対に。
そんな二人の姿に、僕はつい、嫉妬じみた感情を抱いてしまった。
どんな雰囲気であれ、想い人と親しく接するカイトを、恨めしいとさえ思ったのだ。
全ては己の弱さゆえの苦しみだろうに、何とも身勝手なものである。
ただそういう状況にあっても、それほど孤独を感じてはいなかった。
なぜなら僕と似たような立場で、似たような辛さを味わっている人が、すぐ側にもう一人いたから。
その人の名前は、望月和歌さん。
どうやら彼女もまた、自らの想い人と親友が話すところを、羨望の眼差しで見ていたようなのだ。
だって、二人を見つめる彼女の目に、自分と同じ影が差していたから。
羨む心を抑えているような、妬ましさに苦しんでいるような、それでいて想い人のコミカルな姿を楽しんでいるような。
まあ最後のはちょっと、僕の勘違いという気がしないでもないが、とにかくそんな印象があったのだ。
無論、直接確かめたわけではないので、あくまで推測の域に留まる話なのだが。
それでも度々、カイトと美山さんが話す横で、僕らは視線で気持ちを通じ合わせていた。
お互い、片想いは大変だよね……と。
その時はいつも、鏡でも見ているような気分にさせられたし、きっと間違ってはいないだろう。
まあ二人の方は、そんな僕の事情など、ほぼ知る由も無かったはずだが。
金魚のフンのことなんて、そもそも気にかけること自体少ないわけだし、それが当然の反応である。
そういう平和で穏やかながらも、何ひとつ進展の無い日々が、僕の日常であった。
当たり前のことだが、僕はそんな自身の境遇に不満を持っていた。
これじゃ駄目だ、このままじゃ何も変わらない、と危機感を抱いていた。
想いを遂げたいのなら、もっと積極的にならねば、と感じていたのだ。
いつだって迷いなく、まっすぐ自らの意志を貫いていく、誰よりも美しい彼女のように。
それゆえ僕は、常にその機会をうかがっていた。
自分を変えるきっかけを、他人からの評価を覆しうる何かを、ずっと求めていた。
それを成し遂げることで、カイトや美山さんの横に堂々と立ちたい、と密かに願っていたのである。
だがしかし、そんな僕の想いを嘲笑うように、事態は急変した。
願いを叶えたと例えるにしては、あまりにも過酷な災厄に、僕らは揃って見舞われたのだ。
そう、ごくありふれていて、だからこそ何よりも尊かった、僕らの楽しい日常は――
とてつもなく大きい力によって、突如として理不尽に奪い去られてしまった……




