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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-08 『Graceful fighter』
91/173

Section-6

更新履歴 21/10/13 文章のレイアウト変更・表現の修正


 膨大な数の敵に隙間なく包囲され、一斉に攻撃を受ける、というかつてない絶対絶命の危機。


 それを私達は、皆で力を合わせ、どうにかくぐり抜けることができた。



 その後は当然のように、最大加速で戦場を離脱し、十分に敵軍から距離をとった。

 そして安全が確認されたところで、休養を挟むため、いったんいつもの学び舎へと帰還した。

 要は無事、脅威の存在しない場所に戻ってこれた、というわけだ。


 しかしその、危険性皆無な周りの状況とは裏腹に、私の心は千々に乱れている。

 胸の奥から湧き上がる、溺れそうなほどの焦りと不安で、息苦しさすら覚えてしまうほどに。


 なぜなら――


(スズ……! スズは?

 スズはどうなったの!)


 先の戦いの最終局面において、身を挺して敵の攻撃を防いだスズのことが、心配で心配でしょうがなかったから。


 だって彼女、奇襲をかけてきたステルス自爆機と激突し、至近距離で敵の自爆に巻き込まれたのだ。

 そのせいで機体は激しく損傷したし、しかもそれ以降、こちらの呼びかけに一切応じなくなった。

 きっとあまりの強烈な衝撃に、意識を失ってしまったからだろう。


 だから現状、スズの安否は確認できていない。

 それが何よりも怖くて、心は今にも引き裂かれてしまいそうだ。

 とにかく一刻も早く、彼女が元気にしているところを見たい。


 ゆえに私は、あちらの宇宙を離れ、慣れ親しんだレクリエーションルームへ帰り着くと同時に――


(スズっ!)


 急ぎヘッドセットを剥ぎ取ってから、自分でも驚くほどの速さで立ち上がり、隣のシートに腰かけているスズの元へ向かう。

 そして眠ったような姿の彼女を前に、その肩を激しく揺すりながら、何度も何度も呼びかけた。

 目を覚まさなかったらどうしよう、と不安で押し潰されそうになりながら。


「スズ! スズ! 起きて!

 お願いだから、目を覚まして! スズっ!」


 するとわずかな間を置いてから、少しぼんやりした声が返ってくる。


「……のどか?」


 シートに深く沈み込んでいたスズが、うっすらと目を開け、私の呼びかけに応じてくれたのだ。

 まるで寝起きのような振る舞いではあるが、そこには見間違えようのない意志が宿っていた。

 彼女は確かに生きていた、ということである。


 そう確信を持った私は、その事実に歓喜しつつ、思い切りスズに抱きつく。


「スズ!」


 それから嗚咽交じりに、彼女の無事を繰り返し喜んだ。


「良かった、本当に良かった……

 私、もう駄目なのかと思って……本当に、良かった……」


 スズはそのこちらの反応に、ちょっと驚いたような顔を見せてから――


「……大げさだなあ、のどかは」


 やれやれという感じで、安心させるような言葉をかけてから、次いでひどく冷静な分析を述べてくる。


「確かに最後の方は、少し危なかったけど……

 でも大丈夫、ちゃんと相手の攻撃は防いだから。

 あのくらいなら、撃墜されたりはしないよ。


 それにほら、私はこうしてここにいる。

 しっかりのどかの記憶に残ってるし、学校から消え去ってもいない。

 つまりは生きてる、ってことでしょ?

 だからなんにも、心配はいらないんだよ」


 言われてみればその通り、という話である。

 命を落とせば消え去るはずなのだから、ここにいるという時点で、すでに彼女の生存は確定していたのだ。


 それを実感したことで、私はさらに強く感情を刺激され、涙が溢れて止まらなくなってしまった。


「良かった……良かった……良かったよぅ……」


 彼女はそんな私を見て、軽く微笑んでから、不意にこちらの頭へ手を乗せる。

 そして赤子でもあやすかのように、幾度か優しく撫でてくれた。

 何だか本当に子ども扱いされているようで、ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。


 しかし今は、それでいいのかな、なんて気もしなくはない。

 だって自分を見失ってしまうくらい、彼女の無事が嬉しかった、ということになるのだから。

 変に格好などつけず、ここは素直に喜ぶべきだろう。

 そう見栄を投げ捨ててから、私はスズの労りに身を任せつつ、湧き上がる安堵感に浸り尽くした。


 しかしその安寧な空気の中に、ふとそれを粉々に打ち砕く、たいへん無遠慮な声が割り込んでくる。


「やあみんな、お疲れ様」


 無論、声の主は倉田先生だ。

 そのひどく軽々しいにも関わらず、どこかに含みを感じさせる呼びかけを聞いて、私は緊張から体を固くした。

 この穏やかな状況も、あくまで一時のものに過ぎない、という事実を思い出したのだ。


 そこへさらに倉田先生は、軽口めいた話を続けていく。


「いや~、ホントにみんな無事で良かったよ。

 今回ばかりは、私ももう駄目かと思ったからね。

 あれを切り抜けてしまうなんて、さすがは私の生徒達だ。

 心からの称賛に値するよ。

 自分達でも、すごいと思うだろう?」


 皮肉げなようでいて、どこか正直にも聞こえる喋り方だ。

 つかみどころが無いと言うか、相変わらず不思議な人である。

 一応先生も洗脳されているはずだが、どこからどこまでが本心なのか、私にはさっぱりわからない。


 そう感じているのは皆も同じらしく、全員互いに顔を見合わせるくらいで、すぐには何も言わず沈黙するばかり……だったのだが。

 しかし次いで斉川君が、その先生の質問に対し、ひどく冷静な口調で応じた。


「……ああ、そうだな。ホント、みんなすごいよ」


 すると倉田先生が、はっきりと訝しげな表情を浮かべる。

 拍子抜けしたというよりは、何かを警戒しているような雰囲気だ。

 きっとこれまでとは違う、反抗的な印象の無い斉川君の言動を、不可解に感じているのだろう。


 そのせいか彼は、一瞬だけ硬直していたものの、すぐそれにこだわらず話を再開した。

 あっさりこちらへ別れを告げ、迷わず部屋から退出しようとしたのだ。


「……まあ、わかってくれているのなら何よりだ。

 では、私はこれで」


 しかしそんな倉田先生を、斉川君はすかさず呼び止めて――


「ちょっと待った」


 何の前触れもなく、奇妙な提案を行う。


「実は相談があるんですけど、少し付き合ってもらってもいいですかね?」


 倉田先生はその申し出に、ますます怪訝そうな気配を強めつつも――


「……それは当然、構わないけどね。いったい何の話かな?」


 無碍にはできぬと思ったのか、その『相談』について、詳しく斉川君とやり取りを始めた。


「これからの戦い方について、ですよ。

 今回は……ほら、色々意表を突かれて苦戦したでしょう?

 今後こういうことがあった時のために、ちょっと打ち合わせをしておきたい、ってな話です。

 どうですかね、時間とってもらえますか?」


「……珍しく、殊勝な心がけだね。

 わかった。じゃあ早速、話を聞こうか」


「いやいや、実は詳しい戦闘データを見ながら話をしたくてですね。

 だからできれば職員室で、ってのがいいんですけど。

 駄目ですかね?」


 そしてその終わりに出された提案を、どこか腑に落ちないという表情で受け止めつつも、迷わず承諾し――


「……もちろん、いいよ。なら、職員室に移動しようか。

 ああ、他のみんなは先に休んでいてくれて構わないよ。

 次の戦いのために、しっかり英気を養っておいてくれたまえ。

 では、また後で」


 それに応じて立ち上がった斉川君と共に、二人してレクリエーションルームを退出していく。

 その場に残る皆へ、次の戦いもあることを忘れるな、ときっちり釘を刺しながら。


 ただその直前で、倉田先生の目を盗んで、斉川君が志藤さんに目配せした。

 きっと何か、お互いだけに通じるサインを送ったのだろう。

 全ては計画通りの行動、ということなのかもしれない。


 そういう印象を、私と同じように抱いたのか。

 二人が立ち去ってから時間が経ち、その足音すら聞こえなくなった頃、橘君が志藤さんに質問を発する。


「志藤、今のは?」


 彼女はそれに、一度大きく頷いてから応じ――


「実は先だって、斉川君から提案されていたことなんですが……

 今のは全て、先生の洗脳を解くために立てた、とある作戦の一環なんです」


 斉川君の行動の意図について、その詳細を解説していった。


「具体的には、先生と別の話をしながら、そこで昔の話を持ち出す。

 そしてそれへの反応を見て、洗脳を解くきっかけを探そう、という試みです。

 元からの知り合いである、斉川君だからこそ可能な作戦ですね。


 まあ仮に目立った効果がなくても、何らかの変化は生じるはずだし、まずはトライあるのみだ……と彼は言っていました」


 ただ志藤さんのその話に、少なからず引っかかりを覚えたのか、橘君は怪訝そうに問い返す。


「このタイミングでそれをやるのか?

 今は向こうから帰ってきたばかりなんだし、もう少し落ち着いてからでも……」


 その至極もっともな疑問にも、志藤さんはやはり丁寧に受け答えしていた。


「戦闘の後の方が、向こうも安心して隙ができるかもしれない、という狙いだそうです。

 実際先ほどは、良い話のきっかけにもなりました。

 危険もほとんど無いと思いますし、ここは彼に任せようと考えています」


 それで納得したらしく、次いで橘君は、あっさりと話題を切り替える。


「そうか……わかった。

 なら、俺達はどうする? 倉田の言う通り、休憩にするか?」


 すると志藤さんは、その問いかけに同意しながらも、申し訳なさそうにひとつの提案をしてきた。


「はい、今回はみなさん疲れていますから。

 お言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらいましょう。


 ただし移動はせずに、もうしばらくここに残ってはもらえませんか?

 斉川君の件も含めて、まだ何か起きる可能性もありますし、すぐ対応できるようにしておきたいのです。

 本当にあと少しですので、どうかお願いします」


 それに異論を唱える者は、誰一人としていない。

 みんな今までの戦いの教訓が、骨の髄まで染みているからだろう。

 不測の事態に備えるためにも、最低限の態勢は整えておく必要があるのだ。


 そんな皆の雰囲気を察してか、次いで橘君が、状況を総括するように呟く。


「……じゃ、ここで気長にあいつを待つとするか」


 その一言をきっかけに、場の空気が定まった。

 戦いの時よりはずっと緩いが、しかしどこかに張り詰めたものもある、みたいな雰囲気に変わったのだ。

 休みはするが、完全に気を抜くこともない、というところか。


 なので私も、それに倣ってリラックスしつつ、少しだけ意識に緊張感を残す。

 まるでいつか来る戦いへの備えを怠らぬ、本当の兵士になったかのように。

 こういうのにもずいぶん慣れてきたけど、それはそれで悲しいのかな、なんてことを考えながら。


 しかしそこで不意に、『これで結論は出た』という場の空気に抗って、意外な人物が発言を始めた。


「ちょっと……いい?」


 そうやや遠慮がちに、軽く手を挙げながら志藤さんへ呼びかけたのは――


(スズ?)


 ずっと静かに、状況の推移を見守っていたスズだ。

 彼女はそれに続けて、何事かと驚く私の前で、考えてみれば極めて妥当という申し出を行う。


「ごめん、少し疲れちゃったみたいで。

 保健室で休んでてもいいかな?」


 志藤さんはそれを受けて、何かに気づいたような表情になり、すぐさま承諾の返事をした。


「はい、もちろんです。

 ここは私達に任せて、ゆっくりと休んでください」


 きっと先の戦いで、意識を失うほどのダメージを受けた、スズの体調を気遣ったのだろう。

 確かにここで無理をしたら、今後に何か影響が出てもおかしくはない。

 いくら備えが必要な状況でも、彼女にだけはしっかり休んでもらわねばならぬのだ。

 

 そこで私は、スズの負担にならぬよう、慌ててその体に抱きつくのをやめる。

 彼女はそんな私へ、優しげに微笑みかけてから――


「……じゃ、お言葉に甘えて」


 再度志藤さんの方を振り向き、そう断りを入れてから、ゆっくりと立ち上がった。

 早速、保健室に移動するつもりなのだろう。


 もちろん私も、途中で何かあってはいけないからと、そんなスズについていこうとしたのだが――


「スズ、なら私も……」


 彼女は一転して明るい口調になり、やんわりとその提案を断ってきた。


「大丈夫大丈夫、ちゃんと一人で行けるから。

 それよりのどかはここにいて、何かあったら私に知らせて欲しいんだ。

 お願いできる?」


 そう言われてしまえば、無闇にはねつけるわけにもいかないので、私はやむを得ず承諾の返事をする。


「う……うん。わかった」


 スズはそれを見届けてから、こちらに変わらぬ笑顔を残しつつ、出入り口の方へ向かった。

 思ったよりもずっと、しっかりとした足取りで。

 本人もそう言っていたし、あれだけ元気なら、とりあえず問題は無いだろう。


 むしろ、問題があるとすれば――


(……また、守ってもらっちゃったな)


 相変わらず守られてばかりの、私の方だ。

 今回も結局、最後は彼女に助けられている。

 それでスズのことを、命の危険もある状況に追い込んでしまったのだから、徹底的に反省すべきだろう。

 今後はこういうことが起きぬよう、私はもっともっと頑張らなくてはならないのだ。


 もっともそう、強く自らを戒めていても、そこにネガティブな感情は交じっていない。

 落ち込んでいるわけではなく、むしろさらに成長したい、という意欲に溢れているのだ。

 今までは何か失敗すると、すぐ自虐的になっていたというのに。


 これはきっと、先の戦いのような苦境を、無事にくぐり抜けられたからだ。

 しかも自分の力で、十分な貢献をしながら。

 その事実が私に、大きな自信を与えているらしい。

 また次もある、そこで努力すればいいんだ、と素直に思えていたのである。


 だから。


 だから、見過ごしてしまった。


 自分の事に集中し、そちらに意識を向けていなかったので、見逃してしまった。


 前向きな感情に満たされ、内心の不安が薄れていたせいで、見落としてしまった。


 私は迂闊にも、気づいてあげられなかったのだ。


 保健室に向かうスズが、レクリエーションルームの出入り口を抜けて、廊下を歩き出したその瞬間――



 大きく、体のバランスを崩したことに……








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