Interlude
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スズはずっと、私のナイトだった。
彼女はいつだって、弱く頼りない私のことを守ってくれていたのだ。
それこそ高貴な姫に仕える、気高く実直な騎士のように。
実際スズは、私がピンチに陥るとすぐに駆け付けて、颯爽と救いの手を差し伸べてくれた。
例えそれが、どれほど困難な状況であったとしても、わずかなためらいさえ見せることなく。
おまけに極めて簡単に、誰よりもカッコよく、それを成し遂げてしまうのである。
そのあまりのスマートさには、非現実的なくらい凄い人だ、と思ってしまうこともたびたびあった。
となるとここは、むしろ『王子様』と呼ぶのが的確だろうか。
幼い女の子が夢に見るような、凛々しい白馬の王子様、と。
とにかく私にとっての彼女は、そんな『憧れの人』と表現するに相応しい存在なのである。
そもそも考えてみれば、スズは出会いからしてそういう人だった。
あれは忘れもしない、私が小学生の頃に起きた、ひとつの事件。
私が彼女と仲良くなるきっかけになった、些細なトラブル。
良く晴れた夏の昼下がり、幼い私の身に、自分ではどうにもならない災難が降りかかった時のことだ。
その日、私は学校からの帰り道で、独り半泣きになりながら途方に暮れていた。
『うう……なんで……』
原因は、下校中にクラスメイトの男子達に絡まれたこと。
いつも私をからかってくる、乱暴な男の子の集団に、ひどい嫌がらせをされたのだ。
何の理由もなく、一人でいるところを狙われて。
おまけにその所業は、たいへん悪質かつ過激なものだった。
彼らは私の鞄を奪った後、そこへ生きているセミを放り込んだ上で、地面に投げ捨て去っていったのだ。
小学生の女の子にしてみれば、まさしく地獄の責め苦も同様の仕打ちである。
当然そうなってしまうと、もう私にできることはない。
時折鞄の中にいるセミが、思い出したように暴れるのを見て、驚き身をすくませるのみである。
それは目の前の脅威に怯えたまま、ただ時間だけが過ぎていく、という本当に絶望的な状況だった。
そんな状態でしばし、私は照りつける太陽の下、為す術なく立ち尽くしていたのだが。
そこに偶然、同じく下校中だったらしいスズが通りがかり、不思議そうに声をかけてきた。
きっと困り果てた様子の私を見て、何事かと心配してくれたのだろう。
『えーと……望月さん? 何やってるの?』
もっともその時、彼女はうちの学校に転校してきたばかりで、私と特に親しい間柄ではなかった。
単なるクラスメイトの一人、と言ってもいい。
きっと普段であれば、少なからず遠慮して、その気遣いにうまく頼れなかったはずだ。
それでも心底切羽詰まっていた私は、気後れを押して、彼女に詳しい事情を説明した。
藁にもすがる、と例えるに相応しい心持ちで、必死に助けを求めたのである。
『カバンに……セミが……――君達が、入れてきて……
どうしたらいいか……わかんなくて……』
その途切れ途切れの説明と、私の情けなさ極まる表情で、だいたいの事情を察したのか。
スズはこちらに一声かけてから、すぐさま行動を起こした。
『ちょっと待ってて』
なんと彼女、私の鞄に大股で歩み寄ると、迷わずそれを手に取ったのだ。
しかも全くと言っていいほど、怯えた素振りを見せることなくである。
今もその中では、セミがけたたましく暴れている最中だったというのに。
そして直後、素早く鞄の口を開いて、幾度か上下に振った。
セミはそれに驚いたのか、即座に鞄から飛び出すと、みるみる私達から離れていった。
それは私が声ひとつ上げる暇すらない、あっという間の出来事であった。
さらに次いでスズは、振り回したせいで飛び散った鞄の中身を、丁寧に回収した。
次いでそれらを全て中に収めると、軽く汚れを払い落としてから、クールにこちらへ差し出してきた。
『はい』
もちろん私は、そんな彼女の振る舞いに、これ以上ないというくらい感動した。
その勇敢さとカッコよさに、思い切り心を揺さぶられたのだ。
ハートを撃ち抜かれた、と言ったっていいだろう。
ゆえにその鮮烈な衝撃と、深刻な問題が片付いたという安堵感が合わさって、私は感情のコントロールができなくなった。
差し出された鞄を受け取り、精一杯のお礼の言葉を告げた際、息も絶え絶えというほどに嗚咽してしまったのだ。
『あ……あ゛りがどう゛……み゛や゛まさん゛……』
そんな私にさえ、彼女は実にあっさり、何でもないことのように応じた。
『ん。まあ、何とかなって良かったよ』
その優しさと頼りがいに、さらに強く感情を刺激された私は、次いで少々迷惑な行動に出た。
胸の内から溢れ出すものを抑えきれず、つい愚痴じみた話を始めてしまったのだ。
まだスズとは、顔見知り程度の関係でしかなかったというのに。
『なんで……なんで――君達、こんな事するの……
嫌だって……やめてって……いつも言ってるのに……
本当になんで……うう……』
すると彼女は、一瞬何か考えるような素振りを見せた後、それに驚くべき答えを返してきた。
顔をきつく歪めながら、いかにもうんざりしてます、という口調で。
『ああ……それ、かまって欲しいんだよ』
そしてその意味が掴めず、呆けたように問い返した私へ――
『……え?』
面倒臭がらず、丁寧に真意を説明してくれた。
『望月さんに、かまって欲しいんだよ。
話をしたりとか、一緒に遊んだりしたいってこと。
仲良くなりたいと思ってる、って言ってもいいのかな。
でも普通に仲良くなる方法は知らないから、こんな風に嫌がらせみたいなことをやる。
それに望月さんが反応すると、自分を認識してもらえたんだ、みたいに考えて満足する。
そういうものなの、ああいう連中は』
しかし私の方は、結局その意味がわからず、首を振りつつ謝ることしかできなかった。
『ご、ごめん……私、よくわかんない……』
もっとも彼女は、それを気にした風もなく、次いでその男の子達をさらに罵倒した。
『……まあ、そうだよね。私もわかんない。
他に話すきっかけがないからって、そんな事するなんて。
それじゃあ絶対、仲良くなんてなれないのに。
本当~~に、馬鹿! な奴らだよね~~』
それから打って変わった明るい口調で、また力強い言葉をかけてくれた後――
『だから今度、そいつらが何かしてきたら、すぐ私に言ってよね。
適当にやっつけて、追い払ってあげるから。
私そういうの嫌いだし、遠慮はしなくていいよ。
それじゃ、また明日』
くるりと踵を返し、さっさと立ち去っていった。
もちろん私の方は、言葉もなくそれを見送るのみだ。
そのあまりの涼やかさに、心を完全に奪い去られていたから。
それが私と、私の親友美山涼との、決して忘れられぬ出会いであった。
そしてその後、スズは自らの言葉通り、私に絡む男子達をやっつけてくれるようになった。
『あんた、そういうのやめなよ。
そのせいで、すごい嫌われてるから。
なんでこんなひどい事するのかわからない、って望月さんも言ってるよ』
そんな風に一歩も退かず、凛々しく男子達に立ち向かい、いつだって私を守ってくれたのだ。
結果として彼らは、その圧力に負けたのか、私にあまりちょっかいを出してこなくなった。
何やら自分が、カッコいい騎士様に守られる、可憐なお姫様にでもなったような気分だった。
加えて彼女とは、友達としても仲良くなれた。
いつも一緒に行動するようになったし、包み隠さず色んな話ができたし、互いの家に泊まり朝まで語り合ったこともある。
あまり友達が多くない私には、その全てが新鮮な体験だった。
そこでもスズは、どんな話でも聞いてくれて、親身に相談に乗ってくれて、そのうえ私の意見を否定することもなかった。
全てありのまま受け入れてくれた、ということである。
私がますます、彼女を頼りにするようになったのは言うまでもない。
まあこんな言い方をすると、一方的に私が依存しているみたいに聞こえ……いや実際その通りか。
スズにとって私は、友達というよりもむしろ、危なっかしい妹のような存在なのかもしれない。
結局のところ私は、ずっとその厚意に甘えさせてもらっているのだろう。
もっとも唯一、私の恋愛についてだけ、スズの反応は微妙だった。
なぜか私の好きな人に対し、やたらと厳しい評価を下すのだ。
『あれは勇気があるんじゃなくて、単に何も考えてないだけ』とか。
『気持ちが前向きと言うよりも、そもそも立ち止まれるような理性が無い』とか。
果ては『友達思いなのは事実かもしれないけど、精神年齢は小学生レベル』とも言われた。
とにもかくにも、常時驚くほどに否定的なのだ。
だから何度も、考え直すように説得された。
『あいつだけはやめた方がいい』と、口を酸っぱくして引き止められたのだ。
まあどんなにしつこく諭されても、私が折れないのを知って、最終的には何も言わなくなったが。
そんなにもスズが必死だったのは、おそらく私が騙されているのではとか、その辺りの心配をしてくれていたのだろう。
面倒見のいい彼女のことだ、きっとそんな意図であるに違いない。
……うん、とりあえず、そういうことにしておこうかな。
ともかくそんなこんなで、私はスズと二人、楽しい日々を送っていたのだが。
ただそうして一緒に過ごす内、ふと彼女に対し、ちょっとした引っ掛かりを覚えるようになった。
確かにスズは、いつも私のことを、大切に守ってくれていたわけだが。
果たして彼女のことを、最優先に守ってくれる人はいたのだろうか、と。
ひょっとしたらスズも、彼女と出会った時の私のように、誰にも助けてもらえず苦しむこともあったのではないか……と。
実はそんな疑問を、いつの頃からか抱くようになっていたのだ。
だってスズは、私と離れている時、いつも独りだったから。
加えて私以外の友達の話を、彼女の口から聞いたことがなかったから。
要は親しい人の気配、というものを一切感じられなかったのである。
無論、直接確かめたわけではないので、詳しいことは不明なのだが。
ただこれだけ側にいる私が、そう感じてしまうのだし、おそらくは当たらずとも遠からずというところに違いない。
彼女はその強さと気高さゆえに、きっと孤立無援な人でもあるのだろう。
だから私は、基本的にいつも、胸の奥でこう思っている。
もし機会があれば、スズの力になりたい、と。
彼女がいつかそうしてくれたように、困っているところに手を差し伸べ、その支えになりたい、と。
自分にできるかはわからないが、常にそういう願いを抱いてはいたのだ。
つまりはそう、次に何か、スズがピンチに陥るようなことがあれば――
その時は、私の方が彼女を守る番なのだ。




