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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-08 『Graceful fighter』
84/173

Prologue

更新履歴 21/10/13 文章のレイアウト変更・表現の修正


 箱入り娘、なんて言葉がある。


 まるで箱へ入れたように、可能な限り外界との接触を避け、大事に大事に育てられた女の子……という趣旨の言葉だ。


 親に大切にされていた、という意味で考えれば、良い表現だと言えるのかもしれない。



 ただしそれは、あくまでも一面的な見方である。

 実際は世間知らずとか常識が無いとか、あるいは著しく過保護に育てられた人、という文脈で使われることが多いのだ。

 基本的に悪口、と言い切ってしまっていいだろう。


 私――望月和歌は、他人にそういうイメージを抱かれることが多かった。

 はっきり言われることはなくとも、何となく周りからそんな扱いをされるのだ。

 別段、高貴な生い立ちというわけでもないのに。


 もちろん、とても嫌だった。

 その言葉が耳に入るたび、自分に対して向けられたものでなくとも、少なからず気持ちがざわついてしまうほどに。


 だってその表現には、相手を仲間外れにしているような、あるいは子ども扱いしているような印象があったから。

 お前は何もできない人間だ、と言われている気がして、ひどく落ち込むのだ。

 それは悩み事としては、比較的些細なことなのかもしれないが、私にとっては深刻な問題だった。


 だから、いつも思っていた。

 私は箱入りなんかじゃない、私にだってできることはある、と。

 抗議と言うか反抗と言うか、とにかく他人の評価に対し、内心逆らうような気持ちがあったのだ。

 自分はそこまで子どもじゃないし、感性だって普通に近い、と強く信じていたから。


 でもどうやら、その認識は間違っていたらしい。

 実のところ、私が普通だと思っていたものは、みんなにとって普通でないものだったようなのだ。

 有り体に言えば、価値観が大きく異なっていた、ということである。


 私がそう思うようになったきっかけは、主に友達と話している時に、共感を得られる機会が少なかったこと。

 意見が合わないと言うか、話が噛み合わないと言うか、とにかく感性がフィットしなかったのだ。


 例えば本や映画の感想が、みんなと少し違っているとか。

 好きな物の話をすると、揃って首を傾げられてしまうとか。

 素直な気持ちを口にして、眉をひそめられたことさえある。

 自分を少数派だと感じ、心理的な壁が生まれる機会は多かった。


 それで次第に、私は自信を失っていった。

 自分はみんなと違う、考え方や感じ方がズレているんだ、という自覚が芽生えてしまったから。

 その感覚は、私の心の奥底に、決して抜き取れぬほどに深く食い込んでいった。


 結果としてそれらは、私の性格や行動にも影響を与えた。

 変なことを言ってしまわぬよう、周りを良く観察しながら、いつだって慎重に振る舞うようになったのである。


 具体的には、人と話す時は聞き役に回り、極力自分の話をしないで済ませたりとか。

 気分が盛り上がって口を滑らさぬよう、常に落ち着くことを心がけたりとかだ。

 そのせいでますます、『お嬢様っぽい』と言われる頻度が増えたのは、まさしく皮肉と表現するしかない現象だろう。


 そんな私が唯一、心を許せる相手と言えば、小学生の頃から仲の良いスズだけ。

 彼女はどんな時も、私をからかったり、馬鹿にしたりしなかった。

 何も言わぬまま、優しく見守ってくれていたのだ。


 その理由を本人は、『私も色々ズレてるから』なんて風に、ちょっと照れながら言っていたが。

 何にしても、有り難いことに変わりはない。

 おかげで私は、自分の有りようを否定せずにいられたのだから。


 もちろんそういう自分を、少なからず情けなく思ってもいた。

 こんなにスズに頼りきりでいいのかな、それってすごく箱入りっぽいんじゃないのかな、と感じてはいたのだ。

 これは改善すべき状況である、と頻繁に考えるくらいはっきりと。


 もっとも結局、具体的な行動は起こさなかった。

 相も変わらずスズ頼みの、それこそお姫様、と揶揄されても仕方のない状態でいたのだ。

 何をすればこういう自分が変われるのか、見当もつかなかったせいで。

 そんなぼんやりした日々こそが、私にとっての日常だった。



 そういう風に、巣で親を待つ雛鳥のごとき、他力本願な生活を送っていた頃である。


 『彼』が、私の前に現れたのは。



 出会いは確か、高校に入って間もない時分だったと思う。

 スズの元クラスメイトだったとかで、偶然知り合いになったのだ。


 ただ最初は、正直ちょっと苦手だった。

 彼にはどこか荒っぽいと言うか、何となく無神経そうな雰囲気があったから。

 スズからも悪評を聞いていたし、実はあまり積極的に関わりたくない、とさえ思っていた。


 そんな敬遠気味の相手を、なぜ私が意識することになったのか。

 それはとある雨の日に、学校の玄関で起きた、ひとつの出来事が原因だ。

 私はその時、彼の意外な行動を目撃、そこから急速に惹かれていったのである。


 その運命の日は、『昼までは晴れていたのに、夕方から急に土砂降りの雨が降り出す』という、荒れ模様の天気だった。

 そんな中で下校時刻を迎えた私は、折り畳み傘を手に玄関へ向かい、そこで同じく帰宅途中の彼と遭遇した。


 とは言え当時の私は、まだ彼と親しくなく――まあ今もそうだが――直接話すのにかなりの気後れがあった。

 なので向こうがこちらへ気づいてないのをいいことに、素早く距離をとって身を隠した。

 会わずにやり過ごそうとした、ということである。


 だがそんな私の目の前で、不意に彼はピタリと動きを止めた。

 じっと固まったまま、出入り口の方を見つめるだけになったのだ。

 その振る舞いを不思議に感じた私は、すぐ彼の視線の先に目を向けた。


 するとそこには、雨粒が際限なく落ちてくる曇天を見上げつつ、独り途方に暮れる彼の友人の姿があった。

 きっと急な夕立に阻まれたのに、傘を持っていなかったので、為す術なく立ち往生していたのだろう。


 ただし、それを眺めるあの人の手には、大きめの折り畳み傘があった。

 それを二人で使えば、無事濡れずに帰宅が可能、というわけだ。


 ゆえに当然、私は彼が、自らの友人にそう提案するだろう……と、思い込んでいたのだが。


 しかしそんな私の予測を、次いで彼はあっさりと裏切った。

 直後になんと、その折り畳み傘を、自らの鞄にしまい込んだのだ。

 まるでそれを、友人の目から隠そうとしたみたいに。


 そしてそのまま、立ち尽くす友人に歩み寄り、何事も無かったかのように話しかけた。


『ようサ――。ピンチじゃないか。お前らしくない』


 友人はそれに応じて、ごく当たり前の質問を返したのだが――


『ああ、カ――。

 うん、今日はちょっと、傘持ってくるの忘れちゃってさ。

 そっちは?』


 そこに彼が返したのは、思いもかけない驚くべき答えであった。


『ふっ……俺がそんなに用意周到だと思うのか?』


 なんと彼、妙に芝居がかった言い回しで、雨具の所持を否定したのだ。

 先ほどは間違いなく、折り畳み傘を手にしていたというのに。


 しかもその発言に、呆れた様子で応じる友人と――


『自慢げに言うことじゃないと思うけど……

 でもそうか、カ――も持ってないのか。

 参ったな……どうしよう?』


 私の予想を遥かに超えた、意味不明とも思えるやり取りを始めた。


『そりゃあもちろん、強行突破だろう』


『……本気? この雨だよ?』


『大丈夫だ。雨に打たれても人間は死なない』


『風邪は引くと思うんだけど……』


『問題無い。自分の免疫機能を信じるんだ』


『それは問題無いって言うより、解決する気がないだけなんじゃ……

 ああ、もう完全にやる気だね、しょうがないな……』


『よし、じゃあ行くぞ! 突撃ぃー!』


『ちょっと待って! せめて鞄! 鞄を傘がわりにしようよ!

 ――トーっ!』


 そして二人、降りしきる雨の中を、ずぶ濡れになりながら駆け抜けていった。

 本来なら避けられるはずのものを、わざわざ自分から浴びにいったわけだ。


 もちろんそれは、私には全く理解も共感もできぬ、不可解極まりない行動だったわけだが。


 しかしそれゆえに、深く心へ刻み込まれもした。

 あまりにも予想外過ぎて、二度と忘れられなくなってしまう、というほどに衝撃的だったのである。


 だから自然と、彼がなぜそうしたのかについて、真剣に考えるようになった。

 あまりに意味不明なその行動の理由を、何とか知りたいと願ったのだ。

 好奇心とはどこか違う、謎めいた強い衝動に、心も体も突き動かされながら。


 もっとも、その答えは思いの外あっさりと出た。

 相談したスズに、『単に、二人でひとつの傘を使うのが恥ずかしかっただけでしょ』と、すんなり謎を解明されてしまったから。

 言われてみればその通りの、何とも拍子抜けな結論であった。


 ただそれでも、私は彼の行動の中に、気恥ずかしさとは別の感情を見出していた。

 本来なら苦しいだけの出来事を、むしろ明るい思い出に変えてしまおう、という前向きな意志を感じたのである。


 だって私の目には、彼が自らの選択を、心底楽しんでいるように見えたから。

 また実際に、向き合うことが面倒なだけのトラブルを、面白おかしく突破してしまっていたから。

 呆れながらも笑顔を浮かべる、彼の友人の表情を見れば、それは明らかな事実だろう。


 つまりは例え、大きな困難が目の前に立ちはだかっても、決して明るさを失わない。

 嫌がり遠ざけるでもなく、うまく解決しようとするでもなく、笑顔でまっすぐその中へ飛び込んでいく。

 私は彼が、そういうすごく立派なことをやってのけたんだ、と感じたのである。


 あるいはパートナーを孤独にしないよう、共にその苦難を背負い込んで、手を取り合いながら敢然と立ち向かった……と言い替えてもいいだろうか。

 まるで二人なら必ず乗り越えられる、と信じているかのように。


 いや、きっと本当に信じているのだろう。

 その情熱に影響されて、相手もまた同じ感覚に陥ってしまうほどに、強く強く。

 彼ならどんな高い壁も、そのエネルギーでぶち破ってしまうのではないか、とさえ思えた。


 だから私は、そんな二人が眩しかった。

 彼と共に歩める、彼の友人が羨ましかった。

 自分があの立場だったらどんなに幸せだろう、と思わず夢想してしまうくらいに。

 それこそ私があの人を、『特別な相手』として意識した瞬間だった。


 そう感じたのはきっと、臆病な自分を変えたい、と私が願っていたからだろう。

 それで強引なほど積極的に、新たな世界へ駆け出していく彼へ、猛烈な魅力を感じたのだ。

 その想いだけは、他の記憶のように薄れることなく、今も私の胸の中に息づいている。


 でもやっぱり、それも変な理由なのだろうか。

 私が世間知らずで、箱入り娘だから、そう感じてしまうのだろうか。

 ひょっとしたら単なる憧れであり、恋愛感情でさえないのだろうか。

 私はその可能性を、自分への自信の無さゆえに、否定することができなかった。


 ただ、仮にそうだったとしても。

 その考えが揺るぎない事実であり、この感情が幼稚なものだったのだとしても。

 それでも、私は――


(すごいなあ……木―君は)



 あの人の強さとまっすぐさに、心を惹きつけられずにはいられなかった……








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