Section-4
更新履歴 21/10/9 文章のレイアウト変更・表現の修正
(いない……か。まあ当然だけど)
どこまでも広がる、茫漠とした漆黒の星の海。
その暗闇に目を凝らし、ひと通り敵の姿を探した後、私は内心でそう呟いた。
たった独り、母艦のすぐ側を静かに漂いながら。
そう、実は今、私は宇宙空間にいるのだ。
あのホームルームの一時休憩の間に、倉田先生に掛け合い許しを得て、そのまますぐ出撃したから。
誰に相談することもなく、たった一人で。
その目的は一応、敵の襲来に備えるため。
未だその兆候は皆無なものの、警戒しておいても損はないはず、と考えてここに来たのである。
古い表現をすれば、見張り番というところか。
……まあ本当の理由は、教室に戻って記憶の話をするのが辛かったから、ということなわけだが。
直視したくない現実から逃げてきた、なんて言い方をしてもいいだろう。
見張りも無駄ではないとは言え、今も真剣に議論しているはずのクラスメイト達には、少なからず申し訳ないと思う。
ただその私の勝手を、倉田先生はわりとあっさり受け入れた。
さして疑うような素振りも見せず、さっさと出撃の許可を出したのだ。
少し前に、クーデター未遂なんて事件があったというのに。
彼にしてみれば、自分の負担を減らそうとしたのかもしれないが、相変わらず考えの読めぬ人である。
そんなこんなで、私は宇宙空間へと進出し、そこで自主的な警備任務に就いていたのだが――
(……何も起こらない)
当然のように、どれだけ待とうとも、一向に敵は現れない。
宇宙空間は変わらず静かで、騒乱の気配なんてどこにもなかったのである。
まあ元々、何か当てがあったわけでもなし、ごく自然な結末とも言えるだろう。
なので私は、それが良いことだとわかっていながらも、徐々に退屈し始める。
結果ついつい意識を逸らして、無益な物思いに耽ってしまった。
(……どんな雰囲気だったんだろう)
おぼろげにしか覚えていない、自分の恋した人の居住まいを、脳裏に思い描こうとしたのだ。
ひょっとしたらそれが、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない、と少しだけ期待して。
顔は……造形はわからないが、いつも笑顔を浮かべていた……ような気がする。
うっすらとだが、脳裏にそんなイメージが残っているから。
声は……優しく穏やかで、口調も真面目で丁寧なものだった……と思う。
どうにか記憶にある、数少ない彼のセリフに対し、そういう良好な印象を受けるから。
立ち居振る舞いは……常に落ち着いていて、スマートだった印象がある。
……あれ? いや、逆にちょっと動揺しやすいタイプだっただろうか。
まあいずれにしても、どこかの誰かのように、ガサツで騒がしくないのだけは確かだ。
……どこかの誰かって、誰だっけか。
急に浮かんできたけど、詳しくは思い出せない。
……だと言うのになぜか、そいつのことを考えただけで、ひどく気分がささくれ立ってきたぞ。
これはむしろ、忘れた方がいいような奴、ということなのだろうか。
……うん、きっとそうに違いないから、もう考えるのはやめておこう。
などとしばし、失われた記憶について考えを巡らしたところで――
(いやいや……理想の異性過ぎるでしょ、こんなの)
私はふと、その自身の思考を笑った。
頭に浮かんだ想い人の姿が、あまりにも非現実的だったから。
だって今の想像を形にすれば、優しげな笑顔を絶やさない、聡明でスタイリッシュな人物像が出来上がってしまう。
それでは完全に、少女漫画に登場する王子様だ。
現実味なんて、ひと欠片もありはしない。
となるとやはり、この記憶には私の願望が交じっている、と捉えるべきなのだろう。
薄らいだ思い出を良いように補正したか、あるいはそもそもが空想に過ぎないのか。
どちらにせよ真に受けぬ方が賢明、しっかり胸の中にしまい込んでおくとしよう。
もっとも仮に、その予想が真実だとすると、私の理想はそういう王子様じみた男性になるわけだ。
自分の趣味を突きつけられた気がして、何やらひどく気恥ずかしい。
その事実にたどり着いた瞬間、私は自分に心から呆れ果てる。
(この状況で、何を考えてるんだか……)
命懸けの戦いとか人類滅亡の危機とか、今はそんな状況だと言うのに、なんて馬鹿なことを考えているんだ……と、自ら突っ込みを入れたのである。
実際、いつ敵が来るかわからないわけだし、ここはいったん気を引き締め直した方がいいだろう。
そう決めると同時に、私は先ほどまでのくだらない思索を捨て去り、意識を集中した。
眼前に広がる、相変わらず静かなだけの星の海へ。
少なくない未練が、まだ心の奥底で燻っているのを感じながら。
するとその直後、不意に違和感を覚える。
(ん……? 今、何か動いたような……?)
暗闇に浮かぶ星の瞬き、そのとある一部分に、わずかな揺らめきが見えたのだ。
まるで水面に映った月が、風に流されその姿を歪めた時のように。
ひょっとしてまた、あの『オベリスク』とかいう奴が現れて、密かにこちらを狙っているのだろうか。
ただもし、それが事実であったとしても、今はそう恐れることもない。
出発前に倉田先生に聞いたところによると、あれには志藤さんが、しっかり対策を立ててくれたらしいから。
なんと彼女、あいつの攻撃の兆候を察知して、その位置を特定可能なシステムを組み上げたらしい。
攻撃に移る直前、敵の迷彩に少し乱れが生じる、という欠点を利用して。
その揺らぎを母艦のレーダーで捕捉し、発見できるようにしたとのことだ。
倉田先生によれば、敵機にそういう欠点があるのは、火力と隠密性の両立が困難だったせいらしい。
志藤さんはそこを的確に突いて、奴を見つけ出す方法を提案したようだ。
相も変わらず、常識外れなほどにハイスペックな人、と言えるだろう。
そしてそのシステムは、倉田先生の協力もあり、私達がピクニックごっこに興じている間に完成した。
だからそのおかげで、今は奇襲を受ける確率がほぼ皆無、という状態になっている。
奴が攻撃してきたのなら、すぐにでも母艦から警告が届くはずである。
つまり肝心なのは、その第一報を聞き逃さないこと。
それゆえ私は、耳へと意識を集中し、来るかもわからぬ敵に備えていたのだが――
(……音沙汰無し、か)
しばらく経っても、私の元に知らせが届くことはなかった。
周囲は物音ひとつなく、死んだように静まり返ったままなのである。
全ては私の勘違い、単なる取り越し苦労だった、ということなのだろうか。
しかし仮にそうだとしても、油断する気はさらさら無い。
だって連中には、今まで何度も煮え湯を飲まされているから。
きっと馬鹿みたいに慎重、というくらいがちょうどいいに違いない。
そこで、ならば今は何をすべきなのか、と色々考えを巡らした挙げ句――
(無駄になるかもしれないけど……一応、試してみようかな)
私は自機を攻撃態勢に移行させて、頭部の小型機関砲を起動し、すぐさまそれを発射する。
首を小刻みに旋回させながら、乱雑に周囲へばら撒いていったのだ。
まるで芝生に散水するための、スプリンクラーか何かにでもなったかのように。
これはもし、見えぬ敵が付近にいた場合、こうすれば偶然当たることもあるかもしれない……と思いついたがゆえの行動だ。
電子的なレーダーでなく、物理的に索敵しようとしたのである。
その発想に従って、私はしばし同様の作業を続けていった。
だが、さして時間も経たぬ内に――
(さすがに、無理かな……?)
自身の選択に、避けられず疑問が湧いてくる。
そのあまりの効率の悪さに、我ながら少々絶望してしまったのだ。
だってこんなの、いるかもわからぬ蚊やら蝿やらに対して、闇雲に殺虫剤を吹きかけているようなものではないか。
偶然に頼りすぎと言うか、作戦としてあまりにいい加減なのである。
直感任せで動かずに、もう少しきちんと考えるべきだった、ということだろう。
そう自らの粗雑さに嘆息しつつ、私はいったん攻撃を停止した。
そして神経過敏になっている自身を危惧し、そろそろ教室に戻るべきかな、と独り思案し始める。
しかしその直後、なんとばらまいた機関砲の弾の内ひとつが、飛んでいった先で――
(なっ……!)
突如、大きな爆発を起こした――




