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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-07 『White knight』
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Section-2

更新履歴 21/10/9 文章のレイアウト変更・表現の修正


「では、みなさん揃ったようですし、ホームルームを始めましょうか」



 調査名目で行われた、先のリフレッシュ休暇を終えた後、私達は揃っていつもの教室へと戻ってきた。

 そこで志藤さんは、全員が着席するのを見届けてから、穏やかにそう宣言した。

 自主的なホームルームの開催、というわけだ。


 続けて彼女は、教壇から皆を見回しつつ、今回の議題についての解説を始める。


「話し合う議題はもちろん、先ほど望月さんから提案された件、私達の失われた記憶についてです。

 それは本当に、今後もずっと消えたままなのか。

 もし取り戻す方法があるのなら、具体的にどういうものなのか。

 それをこれから、みんなで話し合っていきたいと考えています。

 どうか、よろしくお願いします」


 つまりはのどかの提案が受け入れられ、ホームルームで議論してもらえることになったわけだ。

 らしくないことをしてまで望んだ、必死の願いが叶って、きっと本人も大いに喜んでいるだろう。

 もちろん私も、その成就のため、何とか役に立ちたいという心持ちである。


 しかしそんな私の思惑とは裏腹に、志藤さんのその呼びかけの直後――


「あー、すまん。先にひとついいか?」


 突如そこに、斉川君が割り込んできて、この議題への根本的な疑問を呈した。


「それって本当に、今やるべきことなのか?」


 そして彼は、その問いに訝しげに応じた志藤さんへ――


「どういう意味でしょうか?」


 相変わらず冷静に、自らの意図を説明していく。


「優先順位の問題だよ。

 確かに今、俺達の記憶は失われているが、それで何か害があるわけじゃない。

 前みたいに、何も知らないまま騙されてる状態じゃないんだからな。


 だから記憶の復活は、現状だと重要な問題とは言いづらい。

 今は他にすべきこと、例えば倉田の件があるんだし、基本そちらを優先した方がいい。

 ……と、俺は思うんだがな。どうだろうか」


 ぐうの音も出ない、と呼ぶに相応しい、完全な正論である。

 確かに記憶がどうであれ、それが直接生死に関わったりはしない。

 のどかの提案は、あくまで本筋からは外れたものなのだ。

 優先度の高い目的から取り組むべき、という彼の主張は、至極真っ当なものであろう。


 ただそうして、いきなり話の腰がへし折られたところへ、急に春日井さんが割り込んできて――


「えー、そんなことないと思うけど」


 思いの外しっかりと、のどかの意見を後押ししてくれる。


「だって記憶が失われているのなら、『何を忘れているのか』もわからないわけでしょ?

 そこに何か、状況を良くするためのヒントが隠れてるかもしれないんだし、やってみる価値はあるんじゃないの?」


 斉川君はその指摘に、一瞬は怯んだものの、やはり変わらず渋い態度を見せた。


「いや、しかしだな……」


 するとさらに、そこへ志藤さんも参戦し――


「私からもいいですか?」


 意外な事実を、私達に告げてくる。


「実は元々、私が提案しようと考えていたのも、記憶に関することなんです。

 私はこの件を、最優先で解決すべき重要な問題と認識しています。

 なぜなら――」


 そして自身の経験を踏まえて、この問題の意義を語ってくれた。


「私が今ここにいられるのは、今はもういない大切な人の思い出が、わずかでも残っているからなんです。

 それにたくさんの力をもらっているおかげで、私はこんなにも前向きに頑張れています。


 ですから当然、この気持ちが失われるのはとても困ります。

 そうなる前に、記憶の問題を解決しておきたいのです。

 それでは、理由として不十分でしょうか」


 もしその言葉が示す通り、彼女が戦場に戻って来れたのが、大切な思い出を支えにしたからなのだとすれば。

 当然記憶が完全に失われていた場合は、今も保健室で心を閉ざしたままの状態、ということになる。


 そんな事態になっていれば、前回の戦いで私達は敗北していたはずだ。

 記憶を取り戻すことがいかに重要か、という事実の何よりの証左である。

 やはりこれは、喫緊の課題として、初めに解決すべきことなのだろう。


 そういう事情に斉川君も気づいたのか、彼の発言は急にトーンダウンする。


「……ああ、いや……そうか。

 確かに、大切なことだよな、うん……」


 どうやら、ちゃんと納得してくれたらしい。

 春日井さんはそんな彼を、それ見たことかという表情になって、後ろから指でつついていた。

 まあ責めているというよりは、自ら翻意したことを喜んでいる、という風だったが。


 そんな二人の姿に、大いに和んでから、私はふと思う。


(つまり、私達が生き延びられたのは……

 その人のおかげでもある、ってことなのか)


 志藤さんを前向きに変えたのが、彼女の思い出の中にいる、大切な誰かだとするのなら。

 私達が今、こうして無事生き残れているのも、その誰かのおかげということになる。


 つまりその人は、死してなお彼女の力になっているわけだ。

 何をどうすればそんなことができるのかはわからないが、中々にすごい話である。

 きっとさぞかし、立派な人物だったに違いない。


 ……という想像を何気なく巡らした瞬間、突如として胸の奥に、暗く重苦しい感情が生まれた。


(……羨ましいな)


 命を落とし忘れ去られた後でも、自分を助けてくれる人がいる。

 そんな志藤さんに対し、少なからず嫉妬じみた気持ちを抱いたのだ。

 喉の辺りに、焼け付くような熱さが走るほどに、強く強く。


 その反応に対しては、我が事ながら、感じの悪さを覚えずにはいられない。

 だって私は、彼女が大切な人を失って、ひどく苦しんでいたことを知っているのだから。

 それを棚上げして妬むなんて、人でなしも甚だしい考え方だし、本来なら即刻慎むべきである。


 しかしそう自覚しているのに、例の感情が消え去る気配は無かった。

 いや消えるどころかむしろ、徐々に勢いを増して、私の心をくまなく覆い尽くしていく。

 きっと志藤さんの凛々しい姿が、この体に潜む懊悩を刺激するからに違いない。


 ああ、本当になぜ、私と彼女にはこれほどの差があるのだろう。

 大切な人の記憶が、わずかしか残っていないのは、お互い同じであるはずなのに。

 記憶の問題が解決されれば、私も彼女のようになれるのだろうか……


 そんな風に私が、表には出さず、独り苦痛に喘いでいる間に――


「ええ、ありがとうございます、斉川君」


 志藤さんはすかさず、引き下がった斉川君にお礼を言ってから、逸れた話の流れを整えた。


「では、議論の方に戻りましょうか。

 まずやるべきことは、抱えている問題の整理です。

 私達の記憶に生じた異常について、判明している情報を確かめ直しておきましょう」


 次いで表情と口調を、いつも以上に真剣なものへと変えて、これまでの経緯を語り始める。

 あたかもそれが、歴史の授業か何かであるかのように。

 私はその話に、慌てて物思いを脱してから、じっと耳を傾けていった。


「現在私達は、『順化調整』という技術の影響下にあります。

 意図的に記憶を消されたり、正常な感覚を狂わされたりしているのです。

 自分の脳の機能を、ある程度他人に制御されているわけですね。


 それにより私達は、この学校が仮想現実であることに気づいていませんでした。

 自分達が戦争をしていることも、全く知りませんでした。

 そしてその戦争のせいで、犠牲者が出ていることを忘れていました。

 いつの頃からかはわかりませんが、長くそうして過ごしてきたのです。


 私達のことを、そんな風に操った犯人――それは倉田先生と、彼が所属する組織です。

 その目的は、私達を兵士に仕立て上げて、人類を滅ぼそうとする機械の軍団と戦わせること。

 その方法は、機械で直接脳に干渉し、意識や記憶の操作を行うこと。

 私達はこれまで、まるで機械のパーツか何かように扱われてきた、ということですね」


 改めて聞いてみると、やはり心底ふざけた話、という印象だ。

 知らぬ間にそんな事をされていたなんて、想像するだけでも背筋が寒い。

 斉川君ではないが、もし犯人が目の前にいたら、とりあえず一発殴ってやりたい気分である。


 するとその自分の話で、教室の空気が悪化したのを察したらしく、志藤さんは少し語り口を緩めて――


「ただし今は、あくまで一部ですが、その呪縛から解放されています。

 世界の現実に気づけましたし、犠牲者のこともわずかながら思い出せました。

 私達を縛り付ける鎖は、確実に力を弱めているわけです」


 前向きな情報を提示した後、いったん自らの話を総括し、その浸透具合について確認をとってきた。


「以上が、現在の私達の状況になります。

 何かわからないところはありますか?」


 そしてそれを、皆が無言で肯定するのを見届けてから、いよいよとばかりに本題を切り出し――


「では記憶を取り戻すための、具体的な方策の話に入りましょうか。

 方針として有力なのはやはり、『順化調整』をさらに弱めることだと思います」


 これから論ずべきことを詳細に解説、次いでこちらに意見を求めてくる。


「倉田先生は以前、その性質について、『暗示や催眠程度がせいぜいで、完全な記憶や意識の制御はできない』と言っていました。

 『記憶はあくまで封印しているだけだ』とも。


 ならば当然、それを弱めれば、自然と記憶も蘇ってくるはず。

 ですから今後は、どうやってそういう状態に持っていくか、を考えることになります。

 では、何か意見のある人……」


 それにすかさず挙手して応じたのは、当然のように斉川君だった。

 彼は先ほどの汚名返上とばかりに、自身の推測を並べ始めたのだ。


「とりあえず思いつくのは、機体から外に出る方法だな。

 奴によれば、脳への干渉はあの機体を通じて行ってる、って話だった。

 つまり俺達は、あれに操られてると言っていい状態なわけだ。


 ならそこから降りれば、自然とその干渉からも逃れられるはずだ。

 一応それで、意識の制御は解除されると思う。

 ただ問題は、具体的にどうやって外に出るのか、っていうのと……」


 しかしその最後で、ためらうように言い淀んだ。

 何か口にしづらいことがあります、といった態度である。


 そこにはすかさず、志藤さんが助け舟を出す。


「はい。機体の外が一番危険、という問題ですね」


 斉川君はそれに頷きつつ、自らの意見が抱える問題点を明らかにした。


「外は宇宙空間だから、人間は出た瞬間にフリーズドライなんだよな。

 母艦の格納庫は、気密性について考慮されてない設計だし、そこを解決しなくちゃならないんだ」


 機体の中にいれば操られるし、外に出れば死が待つのみ、というわけだ。

 文字通りの八方塞がりで、かなり追い込まれた状況と言えるだろう。

 やはりこの洗脳を完全に解くのは、かなり難しい作業らしい。


 実際次に議論へ参加した春日井さんと、それに応じた斉川君のやり取りも、すぐ出口を見出せないものになっていく。


「宇宙服を着て乗ってる……わけないもんね。

 となると、機体を何かで覆ったりして、空気がある状態で外に出ればいいってこと?

 それって……具体的にどうするの?」


「……ちょっと、思いつかんな。

 そもそも機体から降りると言っても、今はその方法すら無いんだ。

 無理やり引きずり出すのは危険だし、やっぱり外に出るのは難しいな」


「じゃあ、ずーっと母艦の外にいる、とかは?

 長い時間艦から離れていれば、それだけ洗脳の方も弱まっていくんじゃない?」


「確かにそれはそうなんだが……結局、安全面の問題は残るんだよな。

 長時間離れた時、体に何が起こるかはわからないから。

 倉田も警戒するだろうし、それは中々、現実的な選択肢としては考慮しづらい……」


 もうすっかり行き詰まってます、といった雰囲気だ。

 それを憂慮したのか、志藤さんは話の流れを変えて、突破口を作ろうと試みていた。


「そうなると……単純に記憶を刺激してみる、という考え方になりますかね。

 今までもそれで、少しは効果があったわけですし」


 しかしそれに対する斉川君の反応は、おそろしく冴えない。


「うん……まあ、そうなるんだよな」


 またいかにもピンと来てない、という風の受け答えである。

 きっとその方法では、劇的な効果が望めないと判断しているからだろう。

 おそらくここは、何か新しいアイデアが必要な局面なのだ。


 そこで私は、この困難な議論へ介入することに、少しだけためらいを感じつつも――


(……ちょっと、言ってみようかな)


 そういう弱い自分を乗り越え、思い切って発言を開始――


「あの……ひとついいかな」


 それに応じて、こちらに視線を向けた皆へ向け、自らのアイデアを提示してみる。


「もういっそ、倉田先生と直接交渉してみたらどうかな?」


 そしてその提案に、大いに驚く様子を見せる志藤さんへ――


「直接交渉、ですか?」


 ひとつ頷き返してから、意図を明確に説明した。


「元々その『順化調整』って言うのは、私達を騙すためにやっていたことなんだよね?

 なら今は、もう必要がなくなったはず。

 『解除してください』って要求すれば、意外に何とかなるんじゃないかな」


 するとそれに、素早く斉川君が反応する。


「なるほど……確かにありだな。

 奴にとっても、『順化調整』はもはや不要なもの。

 手間をかけて継続するよりも、いっそ無くしてしまった方がいい……と考える可能性はあるわけだ」


 さらにその私の話を受け継いで、自らの意見も加えつつ、強く支持してくれた。


「それに考えてみたら、俺らは倉田の洗脳も解かなきゃならないんだ。

 その取っ掛かりとして、記憶の件はぴったりかもな。

 自然に奴から、『順化調整』とやらの詳しい情報を引き出せる。

 一挙両得……と言うか、かなりの妙案だな。

 やってみる価値は間違いなくあるぞ、それ」


 それには志藤さんも、納得したように同意し、早速クラスの方針として採用する。


「そうですね……では、その方向で具体策を考えてみましょうか」


 どうやら考えていた以上に、私のチャレンジはうまくいったようだ。

 怖がらずに発言して良かった、と自身の選択に満足するばかりである。


 ただそう安堵する私に、不意にのどかが、隣の席からお礼を言ってきた。


「スズ……ありがとう」


 自分の案を後押ししてくれてありがとう、という意味合いだろう。

 確かに私の意見により、議論の方向性が定まった、という手応えはある。

 きっと彼女は、それを心から喜び、また感謝してくれているに違いない。


 もちろんそれは、私にとってもすごく嬉しいことなのたが。

 しかしその呼びかけに対する返事は、ひどく曖昧なものになってしまった。


「ああ、うん。

 ……うまくいって、良かったよ」


 なぜなら、すでに気づいてしまっていたから。

 自分が必ずしも、のどかのために行動していたのではないことを。

 実は途中で、『自身の記憶を取り戻すこと』に、目的がすり替わっていたのだ。


 そう、私は失われた記憶のその先に――


(これで……何か変わるのかな)



 自分の抱える、重大な悩みの解決法があるかもしれない、と期待していたのだ……








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