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更新履歴 21/10/9 文章のレイアウト変更・表現の修正
「駄目だな……やっぱり何も見つからない」
額の辺りに手をかざし、ただでさえ悪い目つきをさらに険しくしながら、斉川君がそう呟いた。
残念がっているというよりは、むしろ予想通りであった、とでも言いたげな口調で。
彼がそうして、観光客のような真似をしている場所は、学校の裏山である。
その小高い山の頂にある、展望台と呼ぶには自然のまま過ぎる空間で、遠くをじっと眺めているのだ。
同じくそこを訪れていた、クラスメイトみんなと共に。
その目的は、周辺の様子を良く観察すること。
今まできちんと目を向けていなかった、学校の敷地外の情報を集めておこう、というわけだ。
それにより、少しでも今後に繋がるヒントを見出すために。
若干物々しい表現になるが、『未踏領域の調査』と言えるかもしれない。
ちなみにこの企画の発起人は、当然のように志藤さんだ。
『ゲームの中というのはわかったが、まだ知らないことの方が多いこの世界について、改めて調査しておきたい』
そう彼女から提案を受けたからこそ、私達――クラスメイトほぼ全員――はこうして、学校の裏山を訪れたのである。
また対象にこの場所を選んだ理由は、周りより標高が高いここなら、今までは見えなかった範囲も見通せるから。
そこに未知の何かがあるかもしれない、と期待し、わざわざ登山を敢行したのだ。
もっとも斉川君の言葉通り、その結果は火を見るよりも明らかだった。
(何も無い……)
視界に映るのが、見渡す限りの山また山で、建物どころか道らしきものすらなかったから。
コピーして貼り付けたような、ほぼ完全に均一な風景なのである。
相も変わらぬ無慈悲な陸の孤島、と呼ぶより他はない。
ゆえに当然、得られる情報も何ひとつ無い。
ただ自分達が、この出口の無い仮想空間に閉じ込められている、という事実を再認識させられただけだ。
どうやら志藤さんの目論見は、珍しく的外れに終わってしまったらしい。
……と、私は思っていたのだが――
「ねえねえ」
そこで急に発せられた、栗原さんの明るい一言により、その認識はあっさりと覆される。
「なんか、遠足に来たみたいだね!」
それはまあ、言われてみれば確かに、という印象の感想である。
だって今の私達は、クラスメイト全員で、仲良く軽い山登りをした後なのだ。
目的はともかくとして、まさしく学校行事で遠足に来たような状況、と言えるだろう。
実際、この場に集うみんなの雰囲気も、どこか柔和なものだった。
例えば斉川君と春日井さんは、何事か相談している様子なものの、その表情に重さは感じられない。
また橘君も、相変わらず栗原さんに振り回されてはいるが、やはり緊張感は皆無である。
そして柳井君と朝倉さんの二人も、ここのところの暗さを脱して、かなりリラックスした雰囲気だ。
要は誰もが一様に、この状況を楽しんでいる、ということだ。
今まではずっと、どこか張り詰めていたはずなのに。
となるとこれは、ひょっとして――
(……最初から、そういう目的だった?)
そもそも志藤さんは、本来そちらを目当てに、この提案をしたのではないだろうか。
それらしい理屈をつけて、一時的に皆を重圧から解放しようとした、というわけだ。
無論完全に想像の話だが、しかしあの頭の良い彼女のこと、そのくらいは考えてもおかしくはない。
年は私と変わらないはずなのに、本当にしっかりした人である。
もっともその心憎い計画に、なんと当の本人は不参加だ。
倉田先生と二人で、何か今後についての大事な相談があるとかで。
皆をリフレッシュさせておいて、自分は一人で仕事だなんて、またいかにも彼女らしい。
するとそんな風に考えたせいか、自然と心の中に、『申し訳ない』という気持ちが湧いてくる。
彼女にだけ苦労させておいて、自分達はピクニック気分でいることが、ひどく後ろめたかったからだ。
ここはやはり、緊張感を切らさず、真面目に当初の目的に取り組むとしよう。
しかしそう決意を固めてから、大して時間も経たない内に――
(なんだか……平和だな)
結局私は、周囲の環境の穏やかさにつられて、ついつい気持ちを緩めてしまった。
もはやピクニックと言うよりは、自分の部屋で寛いでいるような気分だ。
先ほどの殊勝な心がけはどこへやら、まったくもって意志薄弱としか言いようがない。
とは言えそれも、致し方ないことだろう。
だって今の私の眼前には、仮想空間とわかっていても目を奪われる、美しい自然の風景が広がっているのだから。
(綺麗……)
そこにあるのは、まず豊かに葉を伸ばす木々や、今にも虫や動物が飛び出してきそうな茂み。
それから降り注ぐ太陽の日差しの下で輝く、色とりどりの可憐な花達、などなど。
実は遠景と違って、付近はかなり緻密な造形をしていたのだ。
無味乾燥な宇宙空間で、ずっと無機質な機械軍団と戦っていた身としては、やはり魅了されずにいられない。
特に花には、色彩豊かなこともあってか、すごく目を引きつけられる……
……なんて思いながら、私はその内のひとつ、小さくとも可憐な白い花を眺めていたのだが。
そこへ不意に、のどかが話しかけてきた。
「スズ? なに見てるの?」
私が一点に注目しているのを見て、その対象が何なのか気になったのだろう。
無論すぐさま、私は見ていた花を指差しつつ、すっかり緩んだ口調で質問に応じる。
「ああ、この花。すごく可愛いなと思って」
彼女はその解答を聞いて、とても嬉しそうに顔をほころばせた。
私が完全にリラックス状態なのを、自分のことのように喜んでいるらしい。
しかしその直後、ふと何か思い立った様子で、自らの鼻先を花に近づけていく。
(……?)
そして何をしているのかと訝る私の前で、しばしその体勢を維持した後、心底残念という雰囲気の呟きを発した。
「うん……そっか。無いのか……」
その発言内容から、見ていた私の方も、とある可能性へと思い至る。
ゆえにそれを確認するため、急ぎ彼女の真似をして、同じように花へ顔を寄せた。
すると、案の定――
(香りがしない、ってことか)
どれだけ近づこうとも、その美しい花弁からは、一切匂いが漂ってこない。
見た目には間違いなく、命の輝きが満ち溢れているのにだ。
そうした事実は私に、ここはあくまで仮想空間なのだ、という強い実感をもたらす。
そのせいで急に、意識が現実へと引き戻されてしまった。
先ほどまでの浮ついた気分は、もうすっかり雲散霧消である。
そんな私の表情を目にして、すぐ事情を察したのだろう。
申し訳なさそうな口調で、のどかが謝罪の言葉を告げてくる。
「ごめんね、スズ。余計なこと言っちゃって」
せっかくの楽しいところを邪魔してごめん、とでも言わんばかりの態度だ。
そもそも悪いのは、この状況を作り出した連中だというのにである。
もちろんここで彼女が謝る必要なんて、ほんの一欠片だってありはしない。
ゆえに素早く、私はのどかの憂いを払おうとした。
「別に、のどかのせいじゃないよ。気にしないで」
そしてそのまま、嫌な流れを断ち切るため、別の話題を探し始めたのだが。
そこにちょうどいいタイミングで、斉川君からの呼びかけが聞こえる。
「……そろそろ時間だな。全員、学校に戻るぞ」
彼の言う『時間』とは、こうして外出していられる時間のこと。
実は倉田先生からの指示で、そこに大きな制限がかかっているのだ。
間の抜けた言い方にはなるが、門限みたいなものである。
目的はおそらく、敵の襲来に備えて、戦力的な空白を作らぬためだ。
兵士が全員出払っている時に攻められたらまずい、だからすぐ帰ってこい、という指揮官としてごく当たり前の判断である。
変にそれを破って、先生との関係を悪化させるわけにもいかないし、ここは素直に帰還すべきだろう。
そう考えているのは、他のみんなも同じだったのか。
直後に斉川君の指示通り、全員が移動を開始、文句ひとつなく下山していった。
『平和な日常』という、今の私達には非日常的な体験を、心底惜しみながら。
まさしく休暇を終えて、戦場に戻っていく兵士達のように。
ただその途中、私はふと、すっかり失念していた心配事を思い出す。
(そう言えば……のどかは大丈夫なのかな)
のどかはもう、精神的に立ち直ったのだろうか。
いつかの戦いの後、全く喋れなくなるほどのショックを受けて、ずっと塞ぎ込んでいたはずなのに。
そう遅まきながら、彼女の心の問題が気になってきたのだ。
おそらく緊張がほぐれたせいで、戦いにかまけて忘れていた憂いが、不意に蘇ってきたのだろう。
一応、先ほどの会話だけを考えれば、すでに何ともなさそうではあった。
しかし無理をしている可能性も否定できないし、やはりここは、もっと詳しく様子を確かめた方がいいはずだ。
その考えの元、私は慌てて、隣を歩くのどかに視線を向けたのだが――
(……やっぱり、大丈夫そうだな)
彼女の纏う雰囲気に、淀んだ印象は全くと言っていいほどなかった。
その表情には翳りがなく、足取りも確かで、涙の気配だって微塵も無いのだ。
これはむしろ、充実しているとさえ表現できそうである。
要は以前の彼女に、あれほどはっきり出ていた悲しみの影が、今はどこにも見て取れぬわけだ。
のどかはあまり器用なタイプではないから、演技とも考えにくいし、どうやら完全に立ち直ったらしい。
だがやはり、その姿を直に見た後でも、何となく違和感は拭えない。
本当に心が壊れたのでは、と感じてしまうほど、激しく泣き濡れていた姿を知っているがゆえに。
いったいあの時から今の間に、彼女にどんな心境の変化があったというのだろう。
考えられるきっかけとしては、ひとつにこの前の戦いで、敵の砲撃の嵐から生き残ったこと。
そしてもうひとつは、私のいない間に、栗原さんと交わしたらしい何らかの会話。
それらを境にして、のどかの振る舞いは大きく変貌したのだ。
その穏やかな気性に似合わぬ、命を懸けた激しい戦いへと、ためらいなく身を投じられるくらいに。
本当に何があったんだろう、と独り思い悩まずにはいられない。
しかしそれに結論を出すよりも早く、私達はふもとに到着する。
そして続けて向かった校舎の玄関で、ほぼ間髪入れず、あまり嬉しくない出迎えを受けた。
「おや、おかえり。もう気は済んだのかい?」
待ち構えていた倉田先生が、そう声をかけてきたのだ。
いつものように、どこか含みのある態度で。
挑発なのか探りを入れているのか、いずれにせよ気持ちのいいものではない。
しかし斉川君は、それに乗ることなく、冷静に答えを返す。
「ええ、はい。先生の配慮のおかげで。
ありがとうございました」
これまでと違って、そこに皮肉げな印象は一切感じられなかった。
きっと彼との共闘を意識して、無闇に刺激しないようにしているのだろう。
ちなみにそう言われた先生は、拍子抜けした様子で、一瞬だけ呆けていたが。
しかしすぐ元の態度に戻って、話を再開――
「……そうか、それは何よりだね。
じゃあ、私はこれで。
もう授業は無いけれど、いつまたお客さんが来るかわからないから、気は抜かないように」
こちらにきっちりと釘を刺してから、くるりと踵を返し、校舎の中に入っていく。
その重い置き土産のせいで、穏やかな心持ちは台無しになったが、まあこれが現実である。
そろそろピクニック気分を捨てて、気を引き締め直すとしよう。
すると私が、そう決意を固めたところで、不意に斉川君の声が聞こえて――
「お……戻ったか、志藤」
同時に校舎の玄関から、志藤さんが姿を現わした。
すでに中へと引っ込んだ後の、倉田先生と入れ替わりに。
どうやら『今後についての重要な相談』とやらは、無事に終わったらしい。
その証拠に彼女は、合流してすぐ、斉川君と軽く何事か会話した後――
「みなさん」
すぐに私達へ向けて、これからの予定に関する提案を行う。
「調査から戻ってすぐ、というタイミングで申し訳ないのですが……
みなさんに報告と、それから相談したいことがあります。
このまま教室に移動してもらっていいですか?」
当然、それに異論を差し挟む者などいない。
一様に神妙な顔で、静かに頷くのみだ。
いよいよ『戦いという日常』に戻る時が来た、みたいな雰囲気である。
しかしそこで、そんな空気を切り裂いて、突如予想外の声が響き渡った。
「あの……その前に、私からもひとついいでしょうか」
その遠慮がちな呼びかけに驚き、声の方を振り返る私の目に入ったのは――
(のどか……?)
いつになく固い表情で佇む、望月和歌の姿だ。
なんと彼女、志藤さんが作った流れに割り込み、自ら何か提案しようとしているらしい。
いつもはその控えめな性格ゆえ、話し合いの場などでは、意見を求められた時くらいしか喋らないのに。
彼女のそうした行動に驚いたのは、皆も同じだったのだろう。
次いでその視線が、一斉にのどかの方へと集中する。
誰もが『なんだどうした』という、ひどく訝しげな表情である。
のどかはそのクラスメイト達の反応に、ちょっと緊張した風を見せながらも、すぐに発言を再開した。
「すごく、急な話なんですけど……
私にも、みんなで話し合いたいことがあるんです」
そしてそれに応じた志藤さんと、短いやり取りを交わした後――
「話し合いたいこと、ですか?」
「はい」
「それは具体的に、どういった件でしょうか?」
腹を決めるように、小さく息を吐き出してから、力強く本題を切り出してくる。
「私達が記憶を取り戻すことって、本当にもうできないのでしょうか?」




