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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-07 『White knight』
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Section-1

更新履歴 21/10/9 文章のレイアウト変更・表現の修正


「駄目だな……やっぱり何も見つからない」



 額の辺りに手をかざし、ただでさえ悪い目つきをさらに険しくしながら、斉川君がそう呟いた。

 残念がっているというよりは、むしろ予想通りであった、とでも言いたげな口調で。


 彼がそうして、観光客のような真似をしている場所は、学校の裏山である。

 その小高い山の頂にある、展望台と呼ぶには自然のまま過ぎる空間で、遠くをじっと眺めているのだ。

 同じくそこを訪れていた、クラスメイトみんなと共に。


 その目的は、周辺の様子を良く観察すること。

 今まできちんと目を向けていなかった、学校の敷地外の情報を集めておこう、というわけだ。

 それにより、少しでも今後に繋がるヒントを見出すために。

 若干物々しい表現になるが、『未踏領域の調査』と言えるかもしれない。


 ちなみにこの企画の発起人は、当然のように志藤さんだ。


『ゲームの中というのはわかったが、まだ知らないことの方が多いこの世界について、改めて調査しておきたい』


 そう彼女から提案を受けたからこそ、私達――クラスメイトほぼ全員――はこうして、学校の裏山を訪れたのである。


 また対象にこの場所を選んだ理由は、周りより標高が高いここなら、今までは見えなかった範囲も見通せるから。

 そこに未知の何かがあるかもしれない、と期待し、わざわざ登山を敢行したのだ。


 もっとも斉川君の言葉通り、その結果は火を見るよりも明らかだった。


(何も無い……)


 視界に映るのが、見渡す限りの山また山で、建物どころか道らしきものすらなかったから。

 コピーして貼り付けたような、ほぼ完全に均一な風景なのである。

 相も変わらぬ無慈悲な陸の孤島、と呼ぶより他はない。


 ゆえに当然、得られる情報も何ひとつ無い。

 ただ自分達が、この出口の無い仮想空間に閉じ込められている、という事実を再認識させられただけだ。

 どうやら志藤さんの目論見は、珍しく的外れに終わってしまったらしい。


 ……と、私は思っていたのだが――


「ねえねえ」


 そこで急に発せられた、栗原さんの明るい一言により、その認識はあっさりと覆される。


「なんか、遠足に来たみたいだね!」


 それはまあ、言われてみれば確かに、という印象の感想である。

 だって今の私達は、クラスメイト全員で、仲良く軽い山登りをした後なのだ。

 目的はともかくとして、まさしく学校行事で遠足に来たような状況、と言えるだろう。


 実際、この場に集うみんなの雰囲気も、どこか柔和なものだった。


 例えば斉川君と春日井さんは、何事か相談している様子なものの、その表情に重さは感じられない。

 また橘君も、相変わらず栗原さんに振り回されてはいるが、やはり緊張感は皆無である。

 そして柳井君と朝倉さんの二人も、ここのところの暗さを脱して、かなりリラックスした雰囲気だ。


 要は誰もが一様に、この状況を楽しんでいる、ということだ。

 今まではずっと、どこか張り詰めていたはずなのに。


 となるとこれは、ひょっとして――


(……最初から、そういう目的だった?)


 そもそも志藤さんは、本来そちらを目当てに、この提案をしたのではないだろうか。

 それらしい理屈をつけて、一時的に皆を重圧から解放しようとした、というわけだ。


 無論完全に想像の話だが、しかしあの頭の良い彼女のこと、そのくらいは考えてもおかしくはない。

 年は私と変わらないはずなのに、本当にしっかりした人である。


 もっともその心憎い計画に、なんと当の本人は不参加だ。

 倉田先生と二人で、何か今後についての大事な相談があるとかで。

 皆をリフレッシュさせておいて、自分は一人で仕事だなんて、またいかにも彼女らしい。


 するとそんな風に考えたせいか、自然と心の中に、『申し訳ない』という気持ちが湧いてくる。

 彼女にだけ苦労させておいて、自分達はピクニック気分でいることが、ひどく後ろめたかったからだ。

 ここはやはり、緊張感を切らさず、真面目に当初の目的に取り組むとしよう。


 しかしそう決意を固めてから、大して時間も経たない内に――


(なんだか……平和だな)


 結局私は、周囲の環境の穏やかさにつられて、ついつい気持ちを緩めてしまった。

 もはやピクニックと言うよりは、自分の部屋で寛いでいるような気分だ。

 先ほどの殊勝な心がけはどこへやら、まったくもって意志薄弱としか言いようがない。


 とは言えそれも、致し方ないことだろう。

 だって今の私の眼前には、仮想空間とわかっていても目を奪われる、美しい自然の風景が広がっているのだから。


(綺麗……)


 そこにあるのは、まず豊かに葉を伸ばす木々や、今にも虫や動物が飛び出してきそうな茂み。

 それから降り注ぐ太陽の日差しの下で輝く、色とりどりの可憐な花達、などなど。


 実は遠景と違って、付近はかなり緻密な造形をしていたのだ。

 無味乾燥な宇宙空間で、ずっと無機質な機械軍団と戦っていた身としては、やはり魅了されずにいられない。

 特に花には、色彩豊かなこともあってか、すごく目を引きつけられる……


 ……なんて思いながら、私はその内のひとつ、小さくとも可憐な白い花を眺めていたのだが。

 そこへ不意に、のどかが話しかけてきた。


「スズ? なに見てるの?」


 私が一点に注目しているのを見て、その対象が何なのか気になったのだろう。

 無論すぐさま、私は見ていた花を指差しつつ、すっかり緩んだ口調で質問に応じる。


「ああ、この花。すごく可愛いなと思って」


 彼女はその解答を聞いて、とても嬉しそうに顔をほころばせた。

 私が完全にリラックス状態なのを、自分のことのように喜んでいるらしい。


 しかしその直後、ふと何か思い立った様子で、自らの鼻先を花に近づけていく。


(……?)


 そして何をしているのかと訝る私の前で、しばしその体勢を維持した後、心底残念という雰囲気の呟きを発した。


「うん……そっか。無いのか……」


 その発言内容から、見ていた私の方も、とある可能性へと思い至る。

 ゆえにそれを確認するため、急ぎ彼女の真似をして、同じように花へ顔を寄せた。


 すると、案の定――


(香りがしない、ってことか)


 どれだけ近づこうとも、その美しい花弁からは、一切匂いが漂ってこない。

 見た目には間違いなく、命の輝きが満ち溢れているのにだ。


 そうした事実は私に、ここはあくまで仮想空間なのだ、という強い実感をもたらす。

 そのせいで急に、意識が現実へと引き戻されてしまった。

 先ほどまでの浮ついた気分は、もうすっかり雲散霧消である。


 そんな私の表情を目にして、すぐ事情を察したのだろう。

 申し訳なさそうな口調で、のどかが謝罪の言葉を告げてくる。


「ごめんね、スズ。余計なこと言っちゃって」


 せっかくの楽しいところを邪魔してごめん、とでも言わんばかりの態度だ。

 そもそも悪いのは、この状況を作り出した連中だというのにである。

 もちろんここで彼女が謝る必要なんて、ほんの一欠片だってありはしない。


 ゆえに素早く、私はのどかの憂いを払おうとした。


「別に、のどかのせいじゃないよ。気にしないで」


 そしてそのまま、嫌な流れを断ち切るため、別の話題を探し始めたのだが。

 そこにちょうどいいタイミングで、斉川君からの呼びかけが聞こえる。


「……そろそろ時間だな。全員、学校に戻るぞ」


 彼の言う『時間』とは、こうして外出していられる時間のこと。

 実は倉田先生からの指示で、そこに大きな制限がかかっているのだ。

 間の抜けた言い方にはなるが、門限みたいなものである。


 目的はおそらく、敵の襲来に備えて、戦力的な空白を作らぬためだ。

 兵士が全員出払っている時に攻められたらまずい、だからすぐ帰ってこい、という指揮官としてごく当たり前の判断である。

 変にそれを破って、先生との関係を悪化させるわけにもいかないし、ここは素直に帰還すべきだろう。


 そう考えているのは、他のみんなも同じだったのか。

 直後に斉川君の指示通り、全員が移動を開始、文句ひとつなく下山していった。

 『平和な日常』という、今の私達には非日常的な体験を、心底惜しみながら。

 まさしく休暇を終えて、戦場に戻っていく兵士達のように。


 ただその途中、私はふと、すっかり失念していた心配事を思い出す。


(そう言えば……のどかは大丈夫なのかな)


 のどかはもう、精神的に立ち直ったのだろうか。

 いつかの戦いの後、全く喋れなくなるほどのショックを受けて、ずっと塞ぎ込んでいたはずなのに。

 そう遅まきながら、彼女の心の問題が気になってきたのだ。

 おそらく緊張がほぐれたせいで、戦いにかまけて忘れていた憂いが、不意に蘇ってきたのだろう。


 一応、先ほどの会話だけを考えれば、すでに何ともなさそうではあった。

 しかし無理をしている可能性も否定できないし、やはりここは、もっと詳しく様子を確かめた方がいいはずだ。


 その考えの元、私は慌てて、隣を歩くのどかに視線を向けたのだが――


(……やっぱり、大丈夫そうだな)


 彼女の纏う雰囲気に、淀んだ印象は全くと言っていいほどなかった。

 その表情には翳りがなく、足取りも確かで、涙の気配だって微塵も無いのだ。

 これはむしろ、充実しているとさえ表現できそうである。


 要は以前の彼女に、あれほどはっきり出ていた悲しみの影が、今はどこにも見て取れぬわけだ。

 のどかはあまり器用なタイプではないから、演技とも考えにくいし、どうやら完全に立ち直ったらしい。


 だがやはり、その姿を直に見た後でも、何となく違和感は拭えない。

 本当に心が壊れたのでは、と感じてしまうほど、激しく泣き濡れていた姿を知っているがゆえに。

 いったいあの時から今の間に、彼女にどんな心境の変化があったというのだろう。


 考えられるきっかけとしては、ひとつにこの前の戦いで、敵の砲撃の嵐から生き残ったこと。

 そしてもうひとつは、私のいない間に、栗原さんと交わしたらしい何らかの会話。


 それらを境にして、のどかの振る舞いは大きく変貌したのだ。

 その穏やかな気性に似合わぬ、命を懸けた激しい戦いへと、ためらいなく身を投じられるくらいに。

 本当に何があったんだろう、と独り思い悩まずにはいられない。


 しかしそれに結論を出すよりも早く、私達はふもとに到着する。

 そして続けて向かった校舎の玄関で、ほぼ間髪入れず、あまり嬉しくない出迎えを受けた。


「おや、おかえり。もう気は済んだのかい?」


 待ち構えていた倉田先生が、そう声をかけてきたのだ。

 いつものように、どこか含みのある態度で。

 挑発なのか探りを入れているのか、いずれにせよ気持ちのいいものではない。


 しかし斉川君は、それに乗ることなく、冷静に答えを返す。


「ええ、はい。先生の配慮のおかげで。

 ありがとうございました」


 これまでと違って、そこに皮肉げな印象は一切感じられなかった。

 きっと彼との共闘を意識して、無闇に刺激しないようにしているのだろう。


 ちなみにそう言われた先生は、拍子抜けした様子で、一瞬だけ呆けていたが。

 しかしすぐ元の態度に戻って、話を再開――


「……そうか、それは何よりだね。

 じゃあ、私はこれで。

 もう授業は無いけれど、いつまたお客さんが来るかわからないから、気は抜かないように」


 こちらにきっちりと釘を刺してから、くるりと踵を返し、校舎の中に入っていく。

 その重い置き土産のせいで、穏やかな心持ちは台無しになったが、まあこれが現実である。

 そろそろピクニック気分を捨てて、気を引き締め直すとしよう。


 すると私が、そう決意を固めたところで、不意に斉川君の声が聞こえて――


「お……戻ったか、志藤」


 同時に校舎の玄関から、志藤さんが姿を現わした。

 すでに中へと引っ込んだ後の、倉田先生と入れ替わりに。

 どうやら『今後についての重要な相談』とやらは、無事に終わったらしい。


 その証拠に彼女は、合流してすぐ、斉川君と軽く何事か会話した後――


「みなさん」


 すぐに私達へ向けて、これからの予定に関する提案を行う。


「調査から戻ってすぐ、というタイミングで申し訳ないのですが……

 みなさんに報告と、それから相談したいことがあります。

 このまま教室に移動してもらっていいですか?」


 当然、それに異論を差し挟む者などいない。

 一様に神妙な顔で、静かに頷くのみだ。

 いよいよ『戦いという日常』に戻る時が来た、みたいな雰囲気である。


 しかしそこで、そんな空気を切り裂いて、突如予想外の声が響き渡った。


「あの……その前に、私からもひとついいでしょうか」


 その遠慮がちな呼びかけに驚き、声の方を振り返る私の目に入ったのは――


(のどか……?)


 いつになく固い表情で佇む、望月和歌の姿だ。

 なんと彼女、志藤さんが作った流れに割り込み、自ら何か提案しようとしているらしい。

 いつもはその控えめな性格ゆえ、話し合いの場などでは、意見を求められた時くらいしか喋らないのに。


 彼女のそうした行動に驚いたのは、皆も同じだったのだろう。

 次いでその視線が、一斉にのどかの方へと集中する。

 誰もが『なんだどうした』という、ひどく訝しげな表情である。


 のどかはそのクラスメイト達の反応に、ちょっと緊張した風を見せながらも、すぐに発言を再開した。


「すごく、急な話なんですけど……

 私にも、みんなで話し合いたいことがあるんです」


 そしてそれに応じた志藤さんと、短いやり取りを交わした後――


「話し合いたいこと、ですか?」


「はい」


「それは具体的に、どういった件でしょうか?」


 腹を決めるように、小さく息を吐き出してから、力強く本題を切り出してくる。



「私達が記憶を取り戻すことって、本当にもうできないのでしょうか?」








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